2009年7月 6日 (月)

給付付き減税は究極の霞が関改革?

7/4付日経「大機小機」に「給付付き減税は究極の霞が関改革」とあって面白く読んだのでちょっと検索してみた。

まず、そもそも給付付き減税(税額控除)とはどういう制度か。

それにしても、今年は定額給付金の話でずいぶん議論が混乱した。そもそも、定額給付金を配らなくても、所得税を減税すれば似た経済効果は期待でき る。ただ、それだと課税最低限以下となり所得税を全く納めないでよい低所得の人には、減税の恩恵が及ばない。そこで、定額給付金のアイディアになったのだ が、事務的には相当煩雑で、市町村から不満の声が上がった。

 そんな混乱を見ていると、洗練された方法はないものかと思う。世界には、給付つき税額控除という方法がある。本書はその効果を分析して利点を説得的に説いている。

 所得税で課税最低限以下の低所得者に減税の恩恵が及ばない理由は、所得控除方式を取っているからだ。例えば、基礎控除や配偶者控除として1人38 万円が、課税対象となる所得の金額から差し引かれる。ただ、これだと、税引き前の年収が200万円の人で、諸々の控除の合計額が250万円あっても、課税 対象所得はマイナス50万円ではなく0円とみなされ、所得税が課税されないままで終わる。いくら減税するとしても、課税対象所得が0円だと恩恵がない。

 それに代わり、税額控除方式だとこうなる。税引き前の年収がそのまま課税対象所得となり、例えば税率が10%なら、一旦所得税額が20万円とな る。しかし、そこで税額控除として30万円与えられれば、税額はマイナス10万円となり、10万円分の給付が受け取れるという仕組みだ。これなら、所得税 制を使って給付金を配るのと同じことができる。

 本書にあるように、欧米だけでなく韓国でも導入されている。

ということだそうだ。そして、なぜ霞が関改革になるかというと

歳出行為である給付(社会保障支出)と税額控除を組み合わせる
ことにより、税制と社会保障との一体運営が可能となり、政策が効率的・
効果的に行われることになる。

ことにその根拠があるようだ。政府の「骨太の方針2009」にも採り入れられたようである。

解散時期云々などと政局ばかりの政治報道だけれど、こんな地道な論点もきちんと扱ってほしい。選挙がすめば少しは落ち着くのではないかと(気休めに)希望的観測をしておこう。

※検索の過程で「トランポリン型福祉」なる言葉に出会った(「給付つき税額控除」とともに中長期的ビジョンの検討を)ので、これについても参考になるサイトをリンクしておこう。

簡単に言うと、社会から落ちこぼれてきた人を受け止める「セーフティネット」に対して、貧困から脱出させ生活水準を高めるところまで福祉政策のスキームを広げることを、下に落ちてきた人を上に跳ね返す様子を形容して、そう呼ぶ。具体的には、イギリスブレア政権下で就職支援と職業訓練をセットにして注力した一連の政策が代表例。落伍者を受け止めるばかりでは福祉給付の受給者が増えるばかりで、いずれ負担が重くなりすぎて支え切れなくなる。したがってセーフティネットにかかる負担を減らすには、落ちてきた労働者を再び支える側に戻してやるのが良い、ということも政策趣旨に含まれている。余談だが、安倍晋三政権の「再チャレンジ」政策の中で「正社員非正規社員の均衡処遇」や「新卒一括採用を見直して複線型の採用」が提唱されたということを聞いて、「惜しい!もうちょっと踏み込んでくれ。」という感想を抱いたことを思い出した。もはや覚えている人もあまりいないと思うが、具体的な制度に落とし込むことができていれば、評価する向きは増えていただろう。話を戻すと、単純労働人件費の面からどうしても後進国に奪われやすいので、先進国では単に失業給付を手厚くするよりも、しっかりとトレーニングを施したうえで労働市場に戻してやるのが、いたずらに国民負担を増やさないという観点からも妥当だろう。

| | コメント (0)

2009年7月 4日 (土)

鳩山故人献金問題と政治家の相続税脱税疑惑

あんまり興味が無かったのだが、

「弟の邦夫さんが07年には母と姉からそれぞれ計600万円ずつの献金を受ける際、同一の政治団体への個人献金の上限が150万円であることから、 超過分を別の三つの政治団体を迂回させていることが報じられた。常識的に考えて由紀夫さんにも同じ額が献金されているはず。由紀夫さんは資金管理団体と政 党支部しか受け皿がないので、超過分を故人などの名義を使って割り振ったのでしょう」
 鳩山家は言わずと知れた超大金持ちで、兄弟の母・安子さんの名義になっている東京・音羽の「鳩山御殿」は土地の評価額だけでも約50億円になるといわれる。弟の邦夫氏は先の「迂回献金」が発覚した際、「母の愛だ」と釈明した。
 兄・由紀夫氏の架空献金も実は「母の愛」ではなかったか。

 もしそうだとしたら、カネの趣旨(ワイロ性)としては限りなく「シロ」に近いと言えるかもしれない。だが、別の問題が新たに生じる。
 千葉大法学部の新藤宗幸教授は週刊朝日の取材にこう話した。
「(前略)仮に政治活動にきちんと使っていなかったとしたら、非課税の政治資金を利用して相続税を脱税する形に……(後略)」

 実はこの政治団体を使った「課税逃れ」こそ、政界全体に広がる「パンドラの箱」なのだ。

と週刊朝日編集長が書いている。鳩山故人献金問題の背景に脱税があるのだとしたら、これは相当のダメージになるだろう。しかしまあ、大金持ちのボンがつまらぬ脱税に手を出すだろうか。事実なら、総理を任せるわけにはいかないのは当然である。

※ちなみに、「政治団体 脱税」でググッたら安倍晋三首相「相続税3億円脱税」疑惑などいっぱい出てきた。読む気もしなかったが。

| | コメント (0)

賜りしいのち大事に暮らすのを努めと決めぬ余生薄明

Photo かかりつけの女医さんから先日、「血圧はどうですか。起きぬけの血圧が大事です。下がっているなら薬を減らしたいので計ってみて下さい」と言われていたの で、今朝(といってもまだ深夜だけれど)計ったら、下が96。もう一度と思ってさっき再計測したら105。いかんばい。これじゃあ薬を減らせぬわ。

 賜りしいのち大事に暮らすのを努めと決めぬ余生薄明

| | コメント (0)

2009年7月 3日 (金)

出会ふ人皆菩薩なりベートベンピアノソナタに諦観を聴く

ベートーベン晩年の音楽(特に弦楽四重奏曲、ピアノソナタ)にはある種の諦観が漂っているということを言いたいだけの歌だ。「出会ふ人みな観音さまと拝みつつ我が知恵誇る性のかなしき」なる駄作の二番煎じである。

「スジを通してベストを尽くせ」をここ数日、スローガンにしたいのだが、駄歌はそれ以前のレベルである。嗚呼。

| | コメント (0)

2009年7月 2日 (木)

真夜更けてバッハのフーガ聴くときに鳥にこそなれ我が魂よ

昨夕は久しぶりに(ある事で)電話大激論。一段落したら

 世の中を憂しと恥しと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば

なる歌が自然に口をついて出た。そうかそうか、やっぱり俺は人生方程式なんだ。

 人生=世間(損得、好き嫌い、理非、善悪)+魂(苦楽、美醜、虚実)

上のように、世間と魂とを対立的に捉えているんだなあと改めて実感した。その後、酒飲んで早寝して真夜中に目覚めてトン・コープマンが演奏するバッハを聴 いて、しみじみする。世間も他人も理非も善悪も嫌い、魂(苦楽、美醜、虚実)にだけ生きたいんだけれど、世間が無くてはテレビもビデオも従って音楽を聴く ことができぬ。鳥にはやはりなれぬのである。

ということで、五輪真弓「時の流れに~鳥になれ~」を聴こう。

真夜更けてバッハのフーガ聴くときに鳥にこそなれ我が魂よ

| | コメント (0)

2009年6月29日 (月)

縦横の音の響きを楽しめる耳になりゆく人生の秋

Photo 縦横の音の響きを楽しめる耳になりゆく人生の秋

今朝の居間テレビは「庄司 紗矢香 20世紀の名曲を弾く! 」。(姑がいる日の未明は寝間テレビ、ショートに行って不在の日は居間テレビ。いずれも1万円ヘッドホンで音楽快楽である)。

昨年の生誕百年メシアンとの出会いがあったので、だいぶ現代音楽に耳が馴染んできた。現代曲はムツカシイなどという先入観を捨てて、音の流れ、響き、展開 を楽しめるようになったのだ。そして、紗矢香ちゃん、お気に入りのかわいこちゃんバイオリニストである。この番組、いずれBSでコンサート全容の放映があ るだろうが、紗矢香ちゃんインタビュー、そして、なによりも彼女の絵を映してくれているので永久保存版としよう。
ちなみに、1テラバイトビデオの空き容量73%。NHK放送クラシックほぼ全部を録画しているが、まだまだ整理しなくても大丈夫である。

写真は紗矢香ちゃんの絵とインタビューを受けている彼女だが、いずれもテレビ撮影したものだ。Photo_2

| | コメント (0)

2009年6月28日 (日)

六十を過ぎて成長あることに嬉しく気づく土曜日の夜

Photo 六十を過ぎて成長あることに嬉しく気づく土曜日の夜

毎週土曜日の夜が混声合唱練習日だが、昨夜が俺にとっての四回目である。
以下、バス・パート、隣の先輩との昨夜の会話を記録しておく。

「なんか低音が出るようになった気がするんです」
「そうですよ。発声練習を続けているので二、三ヶ月もすると低音も高音もだいぶ出るようになりますよ」
「そうですか。それは嬉しいです。還暦を過ぎて成長があるのはいいなあ」

ということで、7/12の多摩市合唱祭で(鮮烈?)デビュー予定。
ちなみに、合唱の先生(高浪晋一氏)のキャッチフレーズが各駅停車。アマチュアの合唱はゆっくり各駅停車で楽しもうという趣旨である。 

 土曜日の各駅停車ゆるゆると詩歌読みつつ職場に向かふ

合唱祭の夜は打ち上げだそうだ。上の歌を披露して「ご縁です」と吹いたるねん。

| | コメント (0)

2009年6月26日 (金)

井上靖と小澤征爾

20081105_2 BShiの番組100年インタビュー「小澤征爾~西洋音楽と格闘した半世紀~」を観ていたら、小澤征爾がいい話をしていたので記録しておく。

スクーター一つで海外に飛び出した小澤がブザンソン国際指揮者コンクールで優勝して仕事が来るだろうと思っていたら、仕事も来ないしマネジメントの話も無い。当てが外れてがっくりしていたら日本国内の仕事の話(群馬交響楽団)が来たので日本に帰ろうかと考えていたところ、井上靖に「帰るな。世界で頑張れ」と諭されて群響の話を断ったそうだ。

ここで日本に帰っていたら世界のオザワは無かっただろうなあ。人間、転機はあるものだ(俺はどうだったんだろう)などと思った。そこで、「井上靖 小澤征爾」で検索したら次のサイトが見つかった。

1962年(昭和37年)1月、サンフランシスコ交響楽団の指揮をし、大成功。同年6月NHK交響楽団の指揮者に就 任。12月に同楽団の団員からついていけないとボイコットされる(いわゆるN響事件)。翌年、小澤征爾を応援する井上靖、石原慎太郎、大江健三郎など多く の文化人の主催による「小澤征爾の音楽を聞く会」で指揮。大好評だったが、ニューヨークに再び渡る。シカゴ交響楽団のラヴィニア音楽祭で、急病の指揮者にかわって指揮をする。そこで、シカゴ響のディレクター、ラドキン氏に「この音楽祭をきみにあげよう」と言われ、翌1964年から5年にわたってラヴィニア音楽祭の音楽監督を務める。

人生、まさに出会いである。駄句近作「蚊のごとき男の一生ピアノ弾く」に断然おもしろい。「ピアノ弾く」は自嘲か」との評を頂戴したのが嬉しかった。

※写真は2008年小澤征爾が文化勲章を受章した時の記者会見の様子。日本国政府が小澤に先んじて森光子に文化勲章を与えたことを俺は忘れない。

| | コメント (0)

2009年6月25日 (木)

都議選前日に内閣改造→東国原入閣?

今日の日経にチラッと書いてあったが、都議選前日内閣改造説があるようだ。宮崎県知事を総務相で入閣させ人気沸騰(?)→都議選勝利という皮算用ではないか。

そう思うと、宮崎県知事への衆院選出馬要請はこのシナリオの一環とも読める。東国原+橋下の人気に加えて、地方分権議論を選挙の争点にして都議選投票までマスコミ利用しての支持率上昇策(メディアジャック)ということか。末期的症状と侮るとしっぺ返しが来るぞ、民主党諸君。

ちなみに、東国原説得の使者に立った古賀氏に関する週刊文春記事をリンクしておく。

「今度の選挙は、派閥単位の生き残り競争だ。何より宏池会(古賀派)として勝ち抜くことが大事だ。今の勢力を維持していれば、たとえ自民党が負けても、いずれ必ず民主党からスカウトされるよ」

 古賀氏は子飼いの派閥議員たちに、こう因果を含めている。

はは。政治って面白いねえ。政治に期待するものはなにもないけどこうした権謀術数の世界は見ていて暇つぶしになる。だから俺は必ず選挙権は行使しているのだ。

| | コメント (0)

2009年6月24日 (水)

総裁になりたしなどと高値つけ広告塔の傲慢悲し

Tky200906230338 昨日の仰天ニュース、宮崎県知事の発言「私が次期総裁候補として次の選挙を自民党さんは戦いになる覚悟はありますか」を記録しておこう。そして、これに対して、我が総理が、知事が自らを「自民党総裁候補」とすることを出馬条件としたことについては「人の去就の問題だ。おちょくったような気持ちで言っているとは思わない」と述べたことも記録しておく。自民党末期症状なり。

※写真は会談を前に握手をする東国原英夫宮崎県知事(右)と古賀誠自民党選対委員長より。

| | コメント (0)

«小沢一郎は何故一言も喋らないのか