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2006年8月

2006年8月31日 (木)

大引け/退屈な午後

エラソーに退屈だってえ。Photo_92
だってノートレードだもん。
それで正解。午後は板から値動きを読む練習だ。

さて、今夜。
米7月個人所得(21:30/0.5%)
米7月個人支出(21:30/0.8%)
米7月製造業受注(23:00/-0.9%)
米8月シカゴ購買部協会景気指数(23:00/57.0)
米FRBバーナンキ議長講演(1日1:00~)
これでかなり弱気が出てNY下げれば明日の下値で買い出動(自分に都合のいいシナリオ)。

まだ16000台は固まらず。

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天国のドア

 先物はまさに両極地獄みて利食いできれば天国のドアPhoto_135

なにせレバレッジ100倍だもんね。損も利益も大きい。
ボク、モルヒネになりそう。

画像はユーミンCDのジャケットです。

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前引け16140

16035で返済したのだから逃した魚が大きい(とは言わない)。シッポはくれてやる。Photo_90
でも、返済売り注文オペをしているその時に急騰していたのはちょっぴり口惜しい。
だから、今後、返済注文出すときには深呼吸を一回だけすることにしよう。
ついでに現物。キヤノンが目標価格に到達したので5790で利食い。Photo_91

さて、調整よドーンと来い。もっとも来週SQ怖いから12月物に切り替えるかな。
後場は売り方の仕掛けを注視の所存。

※前場の祇園精舎→ドレッシング買い?踏み上げ?・・・今日の前場

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粘り勝ち!

先週金曜イナバウアー急騰に欲釣られ、苦闘・冒険・下手糞ナンピンの末、ようやく勝ちPhoto_134 にけり。ミニ先47枚×16035ありがとう、神のご加護であった。

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楽天の記事

朝Walkの途中、近くのコンビニで立ち読み。Photo
目次を見たけど見つからない。あれえー、と思い目を凝らすとトップではなかった。しかも見開き2ページ。なんだこれだけかと思いつつ(老眼鏡なしで)読む。

で、結論は「Xデーは新政権発足後落ち着きをみてからの10月」とのこと。ようく考えるとこれはオカシイ。なんで新政権発足後やねん。逮捕するか否かは政治と関係ないやろ。政権の意向を伺わなければ逮捕が出来ぬというのなら、司法の独立に反するし、政治の職権濫用である。どうせ書くのなら政治にまで踏み込め、週刊新潮の風説の流布野郎。

ということで楽天を株価監視ボードに入れて底値を拾う候補にする。実は1株だけTBSに勝った場合の保険のつもりで持っているのだが、買うのならどーんとナンピンしよう。
東京都民銀行とのネット銀行提携がちょっと気になったのでググると、三木谷氏は、東京都民銀行と提携し、来春に開設する予定の都民銀行のネット支店「楽天銀行」が、「今後のキーになる」と話した。とあった。とりあえずは安心(としよう)。

※画像は新潮社からパクリ/感謝です。

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CME現在値15895

ああ、下げちゃった。Photo_133
しかしまあ、アメリカはともあれ日本は自主独立(でありたいな)。
8:50発表の鉱工業生産統計がまずはの材料か。

 綱渡り真剣白刃受け止めてへらへら笑ひ寄付きを待つ

※写真は市川雷蔵ブームとは何かから勝手拝借/感謝です。

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坪野哲久

みの虫さんから「チョーマイナーな短歌、書」とコメントを寄せて頂いて、そうか俺は少数派に属するのだとあらためて安心感(少数派でないと納得できないこのへそ曲がり)。そんなところに「グーグル―Google 既存のビジネスを破壊する」をさーっと流し読み。流し読みしても未だグーグルの凄さがよくわからぬ、日本では何故ヤフーがグーグルに勝っているかも不明。ああやっぱり俺の目は曇っている(俺はヤフー4株を塩漬け所有)。
それはそれとしてロングテール現象は少数派にとって福音。リアル書店で手に入らぬ希少本を古本屋巡りせずとも入手できるのはラクチンであろう。
だがしかし安心するのはまだ早い。一方でネットは無知大衆が一方的に煽られる危険性を秘めている(想起せよ昨日の相場楽天騒ぎ。あ、朝ウォークで週刊新潮立ち読みしなくちゃ)。
結局ネットは矢張り手段にすぎぬ。人民が無知ならばネットはそれを増幅する。もっとも双方向性がある分、マスメディアよりは相当性にマシ。それが証拠に、こうして俺がヘタレ話を書いても読んでコメントしてくれる人がいる。ハイパーテキストとブログと検索エンジンに多様言論の希望をつなぐべし。Photo_132

さて、今日は坪野哲久山田あきの旦那であり、チョーマイナーな短歌人の中でも左翼という更なる少数派に属する。

 曼珠沙華のするどき象夢にみしうちくだかれて秋ゆきぬべき

「曼珠沙華のするどき象(かたち)」はいったい何の愉(たとえ)であろうか。「曼珠沙華」に「するどき」という形容詞をかぶせるのは尋常ではない。更には「象(かたち)」である。この不可解な愉は不可解なままで読者の記憶に残る一方で、下句「うちくだかれて秋ゆきぬべき」は比較的平明に読める。作者が「うちくだかれて」も歌いたかったものは何かという疑問は残りつつ、その切迫感は伝わってくるのである。
そんな疑問をずっと抱いていたが今回ネット検索して作者自解に出会った。「これは三十四年前の夢の歌。いわゆる「支那事変」という侵略戦の只中、多くの若者たちが、大陸の山野に血を流しつつあった時期で、この身もいっぴきの餓狼にちがいなく、心身ともに病み憑れていた。そのときのやる方なき無残の想いが、この歌の最後に揺曳しているのであろうか」と作者は書いているそうだ。また、転向したか否かという議論にも出会い、「うちくだかれて」という措辞には(転向したか否かは別にして)転向を迫られるような暴力の状況が反映していると思う。

しかし、歌は言語として外化した以上は、作者及び作歌の時代状況とは独立した生命を持つ。不可解は不可解のままで愉として読者に迫る。夢にみた彼岸花は打ち砕かれても、季節は過ぎ、生者は死者をときに悼みつつ生きなければならぬ。

            彼岸花死人のごとく血を垂らす

※写真はひゃあひゃあ 山へ行くから勝手拝借/感謝です。

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2006年8月30日 (水)

大引け/楽天騒ぎ下げ後反発

明日の週刊新潮にクサイ記事が載るのだろうけれどお騒がせだなあ。Photo_89
三木谷さんが逮捕される訳がないじゃん。だって体制の虎の尾は踏んでないでしょう。
もっとも楽天安値を買う勇気は無いけれど。

ああ、明日の16000にラッキークリック!

※今日の祇園精舎→楽天ショックで乱高下・・・買戻しは入るものの

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中性脂肪広告トラバ

「中性脂肪」というコトバに反応した機械的システム的営業トラバだけれど、公序良俗に反するものではないと判断して許す。

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前引け/昨日と同じ膠着状態

一瞬15900割れはあれど下値は堅い(と見る)。Photo_88
さて後場、買いはやってくるだろうか。

ところで10月からストボが動画配信するとのこと。歌と祝賀メッセージを投稿した。

ナンピンの歌

 ナンピンの冒険ばかり先物を高値で掴み苦闘は続く
動画配信おめでとうございます。
インターバルCMで売り上げもアップ→株式公開を楽しみにしております。

追記:前場の祇園精舎→無風相場・・・今日の前場

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CME15945→今日、勝てるか?

薄商いだけれども、鉄・証券等再編期待、円安、米金利上げ打ち止め期待など好材料揃いつつあり。今日は16000越えあるか。Photo_131

寄付き前に16010で返済売り注文を出す手もあるけれど、賭場が開くまでまだまだ考慮中。

※写真は株式会社タナカ善から勝手拝借/感謝です。

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株は記憶のゲーム

である(とストボに教わった)。Photo_130
脳内にどのくらいの値動きパターンを蓄積しているか、こういう局面ではあのときああだったから今回はこうなるのではないかと帰納→仮説→検証するのである。

だから、株ブログを書き残す狙いはパターンを記憶しライブラリを形成することにある。
しかし、その日の動きを非力な俺がまとめるのは至難の業である。
そこで、人様の力をお借りすることになる。

かくして、相場を日々精緻に記録し具体的分析していらっしゃる株式祇園精舎を拝読し俺の株ブログの大引けページにリンクすることにした。ハイパーテキストとはなんと便利なものよ。

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経験の構造について

純粋経験 「色を見、音を聞く刹那」まだ私は存在しない。
       主客未分の状態。
知覚    色を色として音を音として認識する。
       私の中の座標軸(時間・空間)が世界を分節する。
帰納    色、音は私の脳内の摸像(モデル)と照合される。
       世界はモデルと突き合わされて、意味を獲得する。
仮説    色、音は何処から来るのか。何に起因するのか。
       因果律が働き私は原因を設定する。
演繹    とすれば、かくあるはずだ。
       ここに、存在と非在の仮説がつくられる。
検証    仮説は実験によって検証される。
       確からしさを確認して仮説は理論と呼ばれる。

経験は上のような構造をしているのではないか。そして、経験の限界が形而上学であり、言語ゲームは、分節→意味→原因→存在をめぐる実在からは自律した戯れである。
かかる事態を独我論者永井均は「開闢の奇跡」気分を率直に語るなら、「私」と「今」とは同じものの別の名前なのではないかとさえ感じていると表現しているのであろう、と俺はエラソーに決めつけたいのだ。

だから我と汝は、純粋経験において未分(想起せよ性愛)であり、抽象の極北=理論において共通理解しようとする。ふふ、俺は一人で生まれひとりで死ぬのであるが。Photo_129

ちなみに、相場は帰納と仮説(強気/弱気)と検証を主戦場とするゲームである。多くの場合、検証で失敗するのだが。
       

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木俣修

昨日のプール体重は86.0→85.2。いっときは84キロ台に突入したのに、このところ停滞気味である。朝ウォークも休まず継続しているのにどうしたことか。年内目標80キロを取り下げるつもりはさらさらないが。
実はこのリストラbyプール計画、発端は大山登りであった。町内有志でヤビツ峠から山頂目指し約3時間だったかなあ、30分歩いては5分休憩というペースでの「初心者コース」だった。ところが、頂上まであと一息というところでふいてしまった。顔面蒼白になってしまった。町内おばさんたちは悠々頂上に到着したのに俺はその手前で脱落。畜生、くやしーいがこのリストラにつながったのだ。
12月初旬から毎週3回ブールに通い、水中ウォークとちょっとだけ水泳そしてサウナ。少なくとも3キロは減らしているなあ。週3回プールに通う日々ありて根性無けれど根気はあるぞ。

さて今日は木俣修。白秋の「多磨」(白秋が鉄幹の死に際して「奥様、私は弔い合戦をいたします」と短歌に復帰して作った同人雑誌とのこと)で活躍し、近代短歌研究にも業績を残した人である。Photo_128

 老の身の華奢を見よとぞ胸にさすアカシヤの白き花のひと枝

4句から5句にかけて「白き花のひと枝」が句跨りになっているが、それが結句を際立たせる声調を作り出している。さりげない技巧である。2句切れ(57・577)なのか3句切れ(575・77)なのか判然としないのも技術であろう。
そして措辞はなんといっても「老の身の華奢」。「きゃしゃ」ってこんな華々しく豪奢な字だったのだと、「老の身の華奢」だけに余計にあらためて思う。スマートな老人の色気を感じさせ、アカシヤと共によく映えるのである。

こんなスマートで知性的でダンディな老境を迎えたい。いつまでも色気を失わずに、とダンディとか色気に無縁な俺は思うばかりである。
だから、プール通いは中性脂肪対策や健康のためばかりではなく、伊達や酔狂でもある。伊達や酔狂が人生の本質なのだから。

※写真はアカシヤの大連から勝手拝借/感謝です。

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2006年8月29日 (火)

大引け→明日に希望をつなぐ

引け間際、先物主導で急上昇。明日に希望をつなぐ引けだった(としよう)。Photo_86
今夜はFOMC議事録発表。今後の利下げ見送りにつながる内容ではないように予感。
しかし、今日は下髯の十字足も希望だ。
しかしこんなかんなあんなでもたもた上昇して利食いできれば俺は HAPPY。Photo_87

目標16010でいいのだけれど。SQ来週金曜日までに。

追記:今日の祇園精舎→薄商いの自律反発・・・鉄だけが熱い

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前引け15900

ずっと膠着状態→前引け15分前になって先物買いに現物が付いて行って小幅高で終わPhoto_85 る。
買いも考えたけれど、買いは引き寄せて、勝負は後場と見て見送り。

 売り方が崩した後に買い入れてその後上がるシナリオがよき

さて、図書館に行ってこよう。

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損切りについて

今回だけは損切りすべきだったと痛感しつつある。
あのイナバウアーの後場、ずるずると下げたあたりがタイミングだったかなあ。

そして何故損切りしなければいけないか。
確かに損を最小にするという目的もあるだろうけれど、損切りしなければ後の投機判断が歪められるということを俺としては挙げたい。Photo_127

相場は相場に聞け。自然体で投機し回収し撤退する。そんな、客観(相場)と主観(投機)の対峙のあり方を理想としたいからである。自然な判断を維持するために膿は切るべきなのだ。

以上、悔し紛れの理屈であった。
ところがアメリカは想定外の上げ、CME15890。今日も撤退せず、ナンピンするのか。このビョーキ治らぬわ。

 相場張る心は知らず百日紅盛り過ぎれば鈴虫の泣く

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生方たつゑ

こどもの頃、俺は一人遊びが好きだった。家が商売だったもので親は面倒をみてくれず、かといって近所の子たちはワルが多いからと遊びを止められるボンだったのだ。
だから、メンコもビー玉も(恥ずかしながら)できない。釣りもトンボ採りもしたことがない。
家の中でひとり漫画を読んだり空想してたりするこどもだった。大きいなあ、育ちは。孤独が好きで甘えん坊という性格を形成したのは、まさに育ちである。Photo_126

さて、今日は生方たつゑ。三重県宇治山田に生まれ群馬県沼田の四百年続く旧家に嫁した人だそうだ。自然というより、自然以上にし峻烈な人生を思っていた」という感慨を残している。

 にんげんはつひに「ひとり」と書き終へて硝子のやうな氷片溶かす

どのような状況で何があってこの歌に到ったかはわからない。しかし、この感情は分かる(ような気がする)。生まれてくるときもひとり、死ぬときもひとりという点において「ひとり」は普遍的だから。
だけど「硝子のやうな氷片」(多分、作者の心の中のなにごとかの比喩だろう)は水に溶けていく。溶けるのが自然とまでは言わないが、とにかく溶けざるをえない。
群馬県沼田は三重県で生まれ育った人にとって寒さの厳しい土地であったろう。そこの旧家で嫁として暮らしつつ我がうちの「硝子のやうな氷片」を徐々に溶かして行かざるを得ない女の一生を思うのである。

今日は印象批評になってしまった。
歌は徹底的に私歌ではあるが、「私」は普遍に何処かでつながっている。誰もが心の中に

「硝子のやうな氷片」を持っているのだから。
そして、それが溶けるか否かはまた別の問題。生まれ育ちの違い、そして人生において自分がどんな決断をするかにかかっているのだから。

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2006年8月28日 (月)

打つ手なし

今日はだめ。見ていて上げる気がしなかった。Photo_83

 ずるずると下げる相場に打つ手なく指をくわえて底打ちを待つ

打つ手といってもナンピンだけ。大引け前にちょっと考えたけれど、今夜のアメリカに上げる事情はなさそうだから、止めた。Photo_84

今日の下げで、あの停電急騰の日の水準に戻してしまった。
さて、反騰のきっかけはいずこにありや。

※今日はロンドン・バンク・ホリデー。だからアラブの王様は買いたくても買えないとの話あり。覚えておこう。

それにしても金曜前場の上げはなんやったんや!

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前引け/15830←反発できず

10枚15905で買ったけど、早すぎた。Photo_82
後場、反発なるか。下髯チャートに楽観的期待を持ちたいが。

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今日のシナリオ

今日、明日は日米共に大きな材料予定はなく16000を挟んでの揉み合い。
とすると、先週外泊分を勝つためにはもう少し単価を下げる必要あり。
アブナイあぶないナンピンである。

そして、今日の焦点はまず第一、寄付き前外国証券売買動向
どこまで信用していいかどうか分からぬが、チェックは必要。ちなみに、金曜イナバウアー相場の朝は大幅売り越し。売りを誘っておいての買い方怒涛の買い策略だったかもしれぬ。Sb_1
第二はソフトバンク。今日も下げるようだと日経も元気なくなるだろう。しかし今日は上げる予感がする。

従って、今日は下値を狙っての危険大好きナンピン。今日で清算できなければまたもや外泊覚悟。ああ、身の破滅に近づかむか。

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柴生田稔

昔、大江健三郎が好きだった。名曲喫茶とパチンコの日々だった頃である。「死者の奢り」「飼育」「セブンティーン」(絶版か)等の初期作品から「性的人間」「個人的な体験」を経て「万延元年のフットボール」までかなあ。それ以降(就職した頃)はとんと読まなくなった。大江が変わったのか(エラソー)俺が変わったのか、司馬遼太郎を読むようになったのだから多分俺が変わったのだろう。いや、時代が変わったのかもしれない。時代を覆う閉塞Photo_125 感の内容が変わったこともあるだろう。

さて、今日の歌人は柴生田稔。斎藤茂吉に師事したアララギの人である。

 放課後の暗き階段を上りゐし一人の学生はいづこに行かむ

2句「暗き階段を」4句「一人の学生は」がいずれも字余りで、それがごつごつした触感を生んでいる。そしてまた「暗き階段」が何ものかを暗示し、結句「いづこに行かむ」と相まって音楽でいえば短調の響きをもたらす。
なんということもない情景を淡々と描写する中にある時代の翳りを読者は感じるのである。陸軍登戸研究所跡を訪れて脈絡もなしにこの歌を想起した方もいる。

歌は徹底的に私歌でなければならぬ。しかし同時に歌は作者から独立の存在であり、時代を映しとる言語ゲームでもある。だから、言語ゲームとして個人的な体験を掘り下げて行けばいつかは普遍的なものに到達する可能性を孕んでいる。昔、大江健三郎もそんな意味のことを書いていたように思う。

「暗き階段」の上には、いったい、何があるのだろうか。

※写真は浜脇小学校HPから勝手借用/感謝です。

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2006年8月27日 (日)

ツチヤ教授

哲学入門書のみの読書で一知半解。それも瞬く間に忘却の彼方へ、という繰り返しの俺だけど、ようやく、ウィトゲンシュタインと言語論的転回がわかった(ような気がした)。

存在とは何か、時間とは何か等形而上学は言葉の使い方に関する問題に還元できる。感覚できない事柄(形而上学)については沈黙しなければならぬ。訊きたいのはやまやまだろうけれど。
要するに、物自体を問うことは形而上学であって、答えはない。それらは勝敗が決することのない言語ゲームである。
言語ゲームは経験(観察・検証)とは別に展開される行為であり、実在(客観的現象)とは切り離して考えるべきだ。これすなわち言語論的転回である。Photo_124

以上、「ツチヤ教授の哲学講義」の俺流エッセンス。
そして以下、俺流更なる展開。

認識するとは、実在及び言説の摸像(モデル)を脳内に構築すること。
理解するとは、言説と摸像とを照合させて過不足を把握すること。
従って、言語ゲームは摸像をめぐる認識・理解の自律的過程となり、実在とは切り離して考えるべきとなるのである。

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前川佐美雄

今日はマクラに苦しんでいる。苦しんだときに容易な解決は一つ。苦しみを克服することではなく回避することである。そこでマクラなしで今日は始めよう。

さて、今日は前川佐美雄。「心の花」から出発しプロレタリア短歌運動にも親近感を持ち、昭和5年「植物祭」で一躍、モダニズム短歌の旗手となり、日本浪漫派(注参照)とも親交を結ぶという振幅の大きな遍歴を経た歌人である。「塚本邦雄・前登志夫・山中智恵子ら多くの異色の歌人を育てた」と現代の短歌にある。そんな歌人の「大和」昭和15年より一首。

 春の夜にわが思ふなりわかき日のからくれなゐや悲しかりける

平明な語り口の歌である。1・2句「春の夜にわが思ふなり」で歌はすっと立ち上がり、ここで切れた後に(2句切れ。575で切れる3句切れより歌の厚みが出ると思う)、「わかき日のからくれなゐや」と詠嘆し、結句「悲しかりける」で決める。
「春」は生命が溢れ出る季節だけれどなぜか人は憂鬱になる(春愁)。だからここは一息で「春の夜にわが思ふなり」と唐突に歌っても読者は納得する。そして「わかき日のからくれなゐ」がこの歌の喩(暗喩、隠喩)である。革命運動でも皇国運動でも詩歌の交わりでも恋愛でもなんでもいい。「熱き血潮」である。それを「や」と嘆じて「ける」と受けるのは技巧技術である。Photo_123

春の夜に溢れ出づ涙。花が咲き若葉が萌える新しき生命。しかし、もう私の熱き血潮は終わったのか。昭和15年、佐美雄36歳。パールハーバー2年前である。敗戦前の昭和二十年間は左から右まで振幅が激しい時代であった。そして奇襲成功でメディアは大衆を煽り大衆は歓喜し、その僅か四年後に一億総懺悔となるのである。

世間も社会も所詮、バブル。だったら、人は三つの顔と舌→世間向けと社会向けと魂を使い分ければいいのである。これを称して俺は人生三枚舌悦楽教としている。あ、苦しみを回避する容易な解決であったか。

注:リンクした松岡正剛千夜千冊から引用。
このとき、保田には二つの歌の流れが見えていた。
ひとつは「ますらおぶり」の歌である。これは保田の言い方ならヤマトタケルに始まって万葉をへて与謝野鉄幹に及んでいる。もうひとつは大津皇子に代表される「憂結の歌」だった。いわば敗北の歌であり、望憶の歌である。これは家持から西行をへて後鳥羽院にとどいて、「心ばえの歌」というものになった。

この表現を借りると佐美雄のこの歌は「憂結の歌」となる。

追記:この歌を素敵な色紙に書かれているサイトに出会った。鑑賞も簡潔にして要を得ていると思う。是非クリックを。

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2006年8月26日 (土)

すみれ

モーツァルト・ガラに続いて放送してたシュワルツコップのドキュメントをBGMに流していたPhoto_122 ら、「すみれ」が飛び込んできた。こないだ毎日モーツァルトでゲーテの詩にモーツァルトが曲をつけた歌だと知ったばかり。で、ブログを検索するとあった、あった。ちゃんと原語、訳詩を掲載してくれている。

そしてシュワルツコップの検索でディーヴァの肖像に出会う。名花を素敵に面白く描いていらっしゃるサイトだ。

 ゲーテにも名花にも会ふネットかな広き世間の時を愉しむ

※写真はダイビングカフェ写真臭 高尾山のすみれから頂戴(フリー素材)/感謝です。

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ダニエル・ハーディング

ドン・ジョヴァンニ序曲の冒頭ドーンと鳴ったときから耳が惹きつけられてしまった。端正でPhoto_121 パワフルな演奏。おまけにイケメン。こりゃあ人気があるはずだ。俺は初めてだったけれどブログ検索するとちらほら追っかけがいそうである。昨日のBS2ザルツブルク・モーツァルト・ガラで初見初聴の指揮者だった。公式ページもあり。ラトルとアバドの薫陶を受けたとのことだ。

※ええい、公式ページから写真を貼っちゃえ/ドーン。

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CME15980

妥当な清算値かなあ。月曜日、日本は日本の勝負をせにゃならぬ。Photo_120
そこで俺の戦術。
案1)損切り。切るべき縁は早めに清算→新しい勝負へ。
案2)じっと我慢。いつかは戻すからSQまでも待つ覚悟。
案3)ナンピン買いで向かって行く。15800あたりでどーんと買う。

根本は現状についての相場観(強気か弱気か)。そして性格キャラクター。
俺は、いまいち世間が損切りを薦める理由が納得できていないのだ。

※写真は万歩計から勝手拝借/感謝です。

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ブログの息づかい

ブログを作ってカキコするのもオモロイけれど人様のブログに入って行ってコメントするのも快感である。Dna
近頃、印象に残ったブログとコメントをトラックバックしておこう。
ひとつは「不自由な二択」。もうひとつは「愛国心の進化」

人生一寸先は闇だけれども、世の中は進化している(のだろう、多分)。
確実に言えるのは、ブログには人の息づかいが聞こえるということだ。

※写真はIndex of /Research/vmd/images/collections/dof/dnaから勝手拝借/感謝です。

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吉野秀雄

トラ トラ トラ!を観た。日米両面から描いたフェアーな映画である。両国軍隊の組織文化もPhoto_119 的確に描かれていると思う。アメリカは「個人対組織」の相克。現場の情報が上に伝わっていかないもどかしさ。これに対して日本は、意見の対立はあれど大将(山本五十六)の下に結局は収斂する組織第一体質。そして死を覚悟して出撃する将兵には滅私奉公の精神が漲っている一方で、時の宰相近衛は優柔不断な人物として描かれる。

今はこんな時代だから「わーい、アメリカをやっつけたぞ。気持ちいーい」などとノーテンキ発言があるのではないかとカスタマーレビューもチェック。幸い、無かった。日本もそこまではまだ堕ちていないと安心(するのはまだ早いかもしれぬ)。

さて、今日は吉野秀雄。詩人、正津勉さん(今回、検索して初見)の恋歌・恋句に胸を打つ紹介がある。「生の深処を強く照らす」などと、まことに詩文である。

 これやこの一期のいのち炎立ちせよと迫りし吾妹よ吾妹

発句「これやこの」と結句「吾妹よ吾妹(わぎも)」とがリフレインの対照基礎構造をなしていて、その上に、2・3句「一期のいのち炎(ほむら)立ち」とあまりにも直截な4句「せよと迫りし」が詩の中核として配置される。壮絶な歌である。これ以上の言葉を加える力は俺には無い。

ところでここのところ、「短歌は徹底的に私歌」を思考内で培養している。他方、メディアが毎日煽る集団主義ヒステリーにも些かの恐怖を覚えている。
「私」は集団主義ヒステリーと滅私奉公に対峙できるか。われらにはわれらのパールハーバーがある。Remember the Pearlharbor.生の深処より思考せねばならぬ。

※画像は「いろは 伊呂波 IROHA」から勝手拝借/感謝です。「支配被支配の間に通底する解消しやうのない矛盾を今に予言し得て居る画幅」は至言なり。

勉さん正津勉

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ほんにおまえはイナバウアー

ストックボイスというインターネットラジオ局がある。略してストボ。
先代のパソコンが壊れて、さすがしぶちんの俺も買い換えてついでにようやくADSに。そしたら予想通り株ネット取引にはまってしまう。以来のお付き合いである。相場の雰囲気や背景等を実況中継してくれる。Photo_118

で、昨日の相場。値動きが面白い。ある人が「まるでイナバウアーみたい」と表現していた。そして、その日の回顧、翌日の展望、注目株について話してくれるオンデマンド「今日の株式、明日の株式」である。

昨日の値動きについてどんな話をするかと興味深く聴いてみたら二点。
・ソニー、ソフトバンクの悪材料にも拘わらず相場は以外に強い。
・買い方に回ったヘッジファンドがどう動くか(先週の外人買いはヘッジファンドであることを前提に話していたけどホンマかいな)。

人は自分の都合よきことしか見ない、聞かない。ああ博打の快感、堪らぬ。

※写真はライブドア「みんなの写真」から勝手拝借/感謝です。

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2006年8月25日 (金)

来週は……

15800台をつけたのでアク抜けと思ったに、午後の下げで十字足になってしまった。Photo_117
これは来週どーんと下げても不思議ではない。ああ身の破滅の始まりかしら。

画像はダリの空から勝手拝借/感謝です。

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なんという一日

後場14時半頃からの下げは茫然自失。Photo_81
教訓:週末前場の急騰は騙し多し。惑わされるなかれ。

16枚抱いて外泊すごすごと落とす肩には言葉なきかな

アメリカさん、今夜はどーんと上げてよ。

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後場、16200越えの予感

朝の希望的予想に反して寄付き後売り浴びせ→また得意のナンピンをしてもた(一応下Photo_80 値確認のつもり)。そこから反騰→15970で売り