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2006年8月 9日 (水)

斎藤茂吉

自分のブログを開いて以来、ブログの面白さを一味違って味わえるようになった。事実は立体的だから見る人の角度によって一つの事実でも異なって見える。それまでは単なるPhoto_67 日記やないかと軽視していたブログも開設者の立場に立つと、違う姿で見えてくるのである。それは、一言で言えば、ブログを通してその人が見えてくる(エラソー!)ということである。
だから、ネット検索する際にもWEB一般とブログを切り分けて検索できるヤフーを最近は重宝している。下のリンクは「実相観入」でブログ検索して出会ったものだ。

さて、今日の歌人は斎藤茂吉。日本近代短歌史上、最大の巨人である。

 ただひとつ惜しみて置きし白桃のゆたけきを吾は食ひをはりけり

歌の鑑賞に入る前に一言、茂吉は相当の食いしんぽだった。だから「ただひとつ惜しみて置きし」という措辞には切実な情念があることを理解しておきたい。そして第三句(57577の7)を「ゆたけきを吾は」と敢えて句割れ(ゆたけきを/吾は)にして声調を破っているところに、桃に対する執着が表れていると思う。
歌意は単純(一見)。ひとつ残して置いた白桃を(食欲に負けてしようがなく)食べてしまったが、なんと旨かったことよ、とただそれだけの歌である。こんな、ただごと歌(内容のない歌・感動を覚へない歌)が短歌かよぉ、という声もあるだろう。
しかし、巨人茂吉が単純に写生に徹したのみの歌をつくるはずがない。そこで、実相観入=実相に観入して自然・自己一元の生を写す、の登場となる。作者が写生を通じて自然・自己一元の生を表現しようとしているのだから、読者もそのつもりで読まねばならないのである。

ここで問題。この歌で、茂吉は自然・自己一元の生の何を歌おうとしたのだろうか。そして「白桃」は果たして何の隠喩であろうか。俺には答えがあるが、もう紙幅に余裕が無くなった。

ところで、カラオケ歌俺も写生に徹しようとして作った歌があるが、実相観入の足元にも及ばず。だけど見せたがりなものだからここで引いておく。

 店員をスタッフと書き募集する貼紙ありて店繁盛す

歌の三要素は、措辞(レトリック)・声調・厚み。カラオケ歌屋さん、精々精進しなはれ。

追記:四宮さん、はじめまして。「ただごと歌」で検索したら四宮さんの「名歌鑑賞」に出会いました。拝読して大変参考になりましたので勝手ながらリンクを張らせて頂きました。ブログでコメントしようとしましたが不可のようですので、トラックバックしました。どうもありがとうございました。

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「短歌」カテゴリの記事

コメント

初めまして、laudaceのmowです。
コメントいただきましたのにお返事もせず、
大変な失礼をいたしました。
もう2ヶ月も経過しており、かえって失礼かとも存じましたが…
丁寧なコメントを頂いたうえで、トラックバックを頂いたのにまことに恐縮です。
私事でどうにもブログに本格的に向かう気がせず、
失礼をしてしまったような次第です。
どうかご寛恕くださいませ。

株のことは完全に門外漢なのですが、
哲学と国際政治の記事は特に楽しみに読ませていただいております。
哲学もどちらかというと僕が苦手で食わず嫌いな領域に
興味を持っておられるようで、大変勉強になります。
これからの更新楽しみにしております。

失礼いたします。

投稿: mow | 2006年10月13日 (金) 午前 12時23分

mowさん、コメント頂いて喜んでいます。
また駄文を読んで頂いていらっしゃるご様子、大変励みになりました。
さて、あらためてmowさんのブログ・プロフィールを拝見したら、respectになんと車寅次郎が挙がっているではないですか。敬服いたしました。今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: 土曜日の各駅停車 | 2006年10月13日 (金) 午前 07時41分

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