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2006年8月21日 (月)

岡本かの子

浪花の恋の寅次郎」は最悪の作品である。(リンクはお時間あれば是非クリック願います。寅を愛されている方です)
マドンナ松坂慶子が俺のタイプではないのを置くとして、ストーリーが不自然である。第一、弟の死にショックを受け乱酔した芸者慶子が寅次郎が泊まっている新世界のホテルPhoto_99 に行くのだが、びびった寅は雁之助(ホテルのダメ息子)の部屋に逃げてしまう。翌朝早く慶子は縁切り置手紙を残してホテルを去る。なんだなんだそんな気があったのかよぉ、と観客は疑問発生してしまうのである。
オンナはビミョーでフクザツだからこれは許すとしても次なる問題は第二、わざわざ慶子が上京してきて寅に「うち、こんど対馬に行くことになったんよ」と鮨屋の女房になることを告げるのである。許せぬ、松坂慶子は不倶戴天の敵である。同衾しなかったことをなじって縁切り状を書くような女がこんな残酷な仕打ちを寅にするなんて。だから俺はオンナがキライだ。
そして最大の問題は第三、寅がさくらに愚痴るのだ。「少しは相手の気持ちを考えろってんだよ」と。寅が愚痴るのは後にも先にもこの作品しかないのではないだろうか。失恋の局面で寅は黙って逃げるのみ、がお約束ではないか。愚痴にせよ、マドンナになにかを要求する寅はあってはならない。なんでこんな寅にしたんや山田洋次よ。
最後第四はこれでは救いが無いと思ったのだろう、寅を対馬に行かせて鮨屋夫婦に会わせるのである。これもフツーはあり得ない。芸者仲間のかしまし娘の団体旅行バスに旅の途中で出会った寅が「おにいさん、一緒に行こうな」とせがまれて「それじゃ、ご一緒するかいワルイなあ結構毛だらけ猫灰だらけ」などでエンディングがお約束やんかあ。

さて不平不満愚痴はこれぐらいにして今日は岡本かの子。太郎画伯の母親である。筆跡診断士 慧子さんによると「どこへ行っても満足することはできないタイプかもしれません」とのことである。

 桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命をかけてわが眺めたり

2句末尾「に」3句末尾も「に」と韻を踏ませてある。桜花を「桜ばな」としたのも工夫。そして全体の骨格は「いのち」と「生命(いのち)」のリフレインである。結句も「われ」ではなく「わが」→私が眺めたと、行為より主体を強調している。桜花満開の季節になると思い出す有名な歌である。
しかし名歌ではないなあ、といちゃもん(俺は今日は不機嫌なのだ)。いっぱいいっぱいの歌になってしまっているのだ。こんなに精一杯歌われると、ほんまにそうかあと疑念を抱いてしまう。おまえ偽善とちゃうかあとも思ってしまう。もっとも作者にもこの歌ができる際の切ない事情はあるのだろうが。
だから俺はかの子でもこちらの方が好きだ。

 かなしみをふかく保ちてよく笑ふをんなとわれはなりにけるかも

実際に笑わなくてもいい。ハンドルに余裕を持ちたいという気持ちだけで十分だ。その切なさは俺によく伝わっているのだから。おねえさんよ、達者で暮らせよ。

追記:写真は「新世界 りありずむ」から勝手拝借しました。感謝です。

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「短歌」カテゴリの記事

コメント

ブログのご紹介、またコメントありがとうございます。
私もかの子の歌、掲載させていただきました。
実は母も長年短歌をやっています。
時々ブログ覗かせていただきます!

投稿: 慧子 | 2006年8月21日 (月) 午前 09時59分

慧子さん、いらして下さいまして感謝です。これを機会に短歌に親しんで頂ければ喜びます(私はカラオケが短歌への道を開いてくれました)。お母様によろしくお伝えください。ではまた。

投稿: 土曜日の各駅停車 | 2006年8月21日 (月) 午後 12時27分

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