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2006年9月 9日 (土)

思想=哲学+形而上学

灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなしで紹介されていた一哲学徒の苦難の道―Kozai1 丸山眞男対話篇1を図書館にリクエストして読んだ。マルクス主義哲学者古在由重さんとの対談で、 古在さんがマルクス主義に傾き活動し検挙され「転向」した経緯等を丸山さんが聞くという対談である。
一読、戦前の苦難の時代状況が彷彿とする対談ではあるが、古在さんがカント哲学からマルクス主義に移行された動機・理由がよく分からない。侵略戦争に抵抗しなければ、と止むに止まれぬ気持ち、ある意味で追い込まれて活動に入られたのではないかと読後、推量している。重い問題であるから俺ごときが云々することではないかもしれないが。

それはさておき、面白かったのは哲学と思想の関係について、古在さんがこんなことを言っている。
英米と日本では捉え方が違う、英米では「日常的な意味」をもっているが日本では逆。「哲学というと、非常に、なにか遠い、深いものである。思想といえば、なにか親子の思想が違うとか、うちの親父の思想が堅いとかいって、わりに通俗語で、普通のおじさん、おばさんの会話のなかにも思想というこの言葉は出てくる。しかし、哲学という言葉は絶対に出てこない」
なるほどなあ。この対談がなされたのは1966年、哲学がまだ講壇のもの、輸入物という時代だった。しかし、今では哲学も普通のおじさん、おばさんの会話にわりと出てくるんではないかなあ。

哲学は、the way of thinking すなわち思考の筋道。これに対して思想とは人生観、世界観すなわち形而上学。だから、思想=哲学+形而上学という方程式が成り立つのではないか。そして、思想に左右はあれど哲学には左右はないのではないか。合理的にものごとを考えようとする人々に哲学はコモンであるはずなのだ。

このあたり、今でもいらっしゃるマルクス主義哲学者はどう考えるのだろうか。あ、誰もいなくなったか。古在さんも晩年に共産党から除籍処分を食らったもんね。

※この対談の要約を定年後の読書ノートがまとめてらっしゃいます。多様性の海から個を中核にした左翼の再生を!なあんてカッコよすぎるかしら。
写真は有田芳生の今夜もほろ酔いから勝手拝借/感謝です。

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