加藤克己
「概念なき知覚は盲目である」という言葉がある。ものごとを知覚するためには知覚する側に知覚の対象に関しての一定の概念(俺のコトバでは脳内モデル)が必要、という意味だ。例えば、ある程度の会計知識、概念が無ければ経営者は日々発生する経営上の出来事を正しく認識し対処することが困難ということだ(BS、PLが読めなくても胡麻すりで出世できたのは昔のハナシ、多分)。
上の言葉との対句で「知覚なき概念は空虚である」という言葉がある。これは、知覚とか経験と切り離された概念は空虚すなわち理屈倒れで空回りするということだ。例えば、実務を知らないコンサルタントがいくら経営知識を振り回しても会社はよくならない、三現主義(現場で現物を現実に知る)というコトバがあるけれども、現場と遊離した経営は破綻するのである。
つまりは、経営に限らず人生森羅万象において知識(概念)と経験は車の両輪ということである。そして問題は、上の二点(概念なき知覚、知覚なき概念)のうちいずれが危険かということになる。
思うに、これは知覚なき概念の方である。なぜなら、もともと人間には経験から学ぶ能力(例えば下手糞ナンピンで火傷したら反省するだろう、大抵は)があるから、概念なき知覚はいずれ概念が整備されて精々自損事故程度で終わるのが一般である。
これに対して、知覚なき概念はアブナイ。上滑りした理屈は伝染するのである。また理屈好きな人間は大抵、声が大きい(例えば売れない営業が何故売れなかったかを滔々と理屈付けて出世するという事例)。MBA蔓延って会社倒産するのである。大日本帝国を見よ(理屈好きで声が大きい秀才官僚・軍人が国を亡ぼした)、オウムを思え(ポアを理屈付け無差別テロを惹起した)。←以上、「理性はどうしたって綱渡りです」をネタに土曜日流に発展展開させた。もう少し書きたいことがあるが、別稿とする。
さて、今日の歌人は加藤克己。近藤芳美らと新歌人集団を起こし戦後歌壇に新風を起こしたモダニズムの代表的歌人である。
核弾頭五万個秘めて藍色の天空に浮くわれらが地球
定型の韻を踏んだ上で、「核弾頭五万個」という破壊的詩句を「藍色の天空に浮く」と宙吊りにしたところがモダニズムであろう。そして「われらが地球」と体言止めにして読者に「おい、どうするんだよ」と問いかけている。
ほんと、どうするんだよ。米ソ冷戦は終焉したのに核は廃絶される気配は毛頭ない。それどころか核はビジネスのネタにされ技術が流通し、お隣の金王朝が得意のゆすりたかりの道具にしようとしている。人類絶滅の危機がいまここにあるのはずっと変わらないのだ。
核兵器を作り出したのは人間の理性である。しかし理性はかかる自殺的武器を廃棄することが出来ない。理性は、国益(イランも北朝鮮もイスラエルも核武装は国益である)の前に無力である。残念ながら、国益は人類益に優越するのである。国家という個人生存のための手段が目的(個)を疎外しているのである。
なに、核兵器があっても理性的に使用を抑制するから大丈夫だってえ。アホか、ボタンの押し間違えがあるやろ。ブッシュが発狂したらどないするねん。
※写真はhttp://leonmilan.lamost.org/astropic/earth.htmから拝借/感謝です。
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