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2006年10月31日 (火)

栗原小巻、サイテー

BS2・寅さん話である。Photo_274
「柴又より愛をこめて」のマドンナは栗原小巻(「ペレストロイカとソ連の芸術」なんて論文も書いているロシア好きなんだ) 。二作目の登場だ。松坂慶子も非道かったけど小巻はそれ以上である。

小巻の亡くなった親友の夫(男手ひとつで娘を育てている)川谷拓三(1995年逝去)から求婚されて小巻は悩む。悩んだ小巻が寅に相談する(この鈍感さは寅マドンナが持たなければいけない論理的必然なのでこの際問題にしない)。問題にしたいのは、小巻の悩み方・内容である。以前もトラバさせて頂いたブログ(凄いな、この台詞収録能力努力は)からコピペする。

真知子 「彼は誠実な人だし、女の子、とても私になついているし、何も問題は無いの。でもね、・・あ、でも・・、もしそうなったとしたら・・・・・・・身を焦がす様な恋の苦しみとか、大声で叫びたい様な喜びとか、胸がちぎれそうな悲しみとか、そんな・・・・・そんな感情は、胸にしまって鍵をしたまま、一生開けることもなくなってしまう・・・、そんな悩み、寅さんなら、どう答えてくれるかと思ってね。」

具体的な求婚に対して、この女性は一般的なことを悩んでいる。相手が誠実で結婚生活もうまく行きそうならば、それでいいではないか。なんで満足できへんねん。
思うに、このオンナは強欲なのだ。幸せな生活だけでは満足しないのだ。恋の歓び苦しみを味わったことがないのに(ないから余計に思うのだろう)封印して暮らすことが厭なのだ。

しかし彼女は数日(映画では描かれていないが、たぶん)悩んだ後に結局、結婚を決める。なんや、それやったらそんなつまらぬ悩みを寅に打ち明けるな、このカンドン。

ということで、俺は小巻が昔から嫌いやった。それだけの話しでありました。

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コメント

 つーかそのセリフは「恋の歓び苦しみを味わったことがある人間」から出るセリフではないですか? なぜなら、未だ知り得ぬものを喪失(?)することに何の未練が生じましょうや? もちろんその人間は真知子ではなく、真知子=小巻のキャラに「可能的適合的未来」をイメージしているであろう観客であり、観客の立場に立とうとする脚本家でしょう。これはつまり芝居ゆえの絵空事人格、または一種のサービスではないかと(笑)

突然の乱入失礼しました(_ _) 

投稿: 道草クー太郎 | 2006年10月31日 (火) 午前 11時50分

突然の乱入、ありがとうございます。
そうか、観客へのサービスでしたか。
ということは、当然、私みたいにマドンナに憤慨することを目的として寅を観る客をも想定しているんでしょうね、凄い、朝間義隆クン。
思えば、憤慨しなかったマドンナは浅丘ルリ子と木の実ナナだけでありました。

投稿: 土曜日の各駅停車 | 2006年11月 1日 (水) 午前 03時56分

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