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2006年11月24日 (金)

聡明で健気な貴女に捧げる哲学史(2)認識論的転回前史

前回はギリシャ哲学の話だったけれど、要するに存在論(何がほんとうに存在するのか)が問題だった。
すなわち、万物流転の世界の中で感性からすると全ては流転生成消滅する。しかし、理性からすると固定的に存在してくれるものが無ければ困る、捉えようがない。そこで感性と理性の統一の要請から出て来たのが原子論。表層の変化の底に変化しない原子が存在するとして調和を図ったのである。

ところがプラトン登場。プラトンは、生成変化する物質界の背後には、永遠普遍のイデアという理想的な雛型があり、イデアこそが真の実在であるとした。 不完全である人間の感覚ではイデアを捉える事が出来ず、理性によってのみ捉える事が出来るとした。
つまり、原子のような具体的物質的存在を設定したくなかったのだろう。物質よりも理性に優位性を認めたいという反自然主義(反唯物論)の表れだったと俺は考える。

そして、プラトンの立場をアリストテレスが変形強化する。アリストテレスにとって存在するもの(実体)は個別的なものであって、イデアのような普遍的なものではないのである。善のイデアというものがあると考えてみよう。善というのはより善いとかより悪いとかいった「関係」にも関わるものではないか。そして、関係というのは実体の後から出てくるものなのだから、善は実体ではない。だから善はイデアではない、と。

おお、そうか。ここで既に普遍(プラトン)と個別(アリストテレス)の関係が問題になっているのだ。ほんとうに存在するものを求めるとしてそれを普遍に求めるべきか、個別なのかが問題となったのだ。また、実体(対象)と関係の先後をアリストテレスは問題にしたことも覚えておこう。

さて、アリストテレスは天体の運動と地上の運動とを完全に区別する宇宙論を構築した。すなわち宇宙は、同心円状の階層構造として論じられている。世界の中心に地球があり、その外側に月、水星、金星、太陽、その他の惑星などが、それぞれ各層を構成している。これらの天体は、前述の4元素とは異なる完全元素である第5元素「アイテール(エーテル)」からなる。そして、「アイテール」からなる故に、これらの天体は天球上を永遠に円運動をしているとした。さらに、最外層には「不動の動者」である世界全体の「第一動者」が存在し、すべての運動の究極の原因であるとした。 トマス・アクィナスら、中世のキリスト教神学者は、この「第一動者」こそが「神」であるとした。Photo_329

これがコペルニクス、ガリレオの地動説を弾圧したキリスト教神学である。要するに、キリスト教を広めるためには理屈っぽい教義が必要になり
頭でっかちになりすぎたんだなあ。いうならば、理性の暴走である。
そして、天上と地上の物理学の区別は、ニュートンが万有引力の法則を提唱するまで揺るがなかったのである。ニュートンは天体の運動とリンゴが木から落ちる運動とを統一的に説明するのに初めて成功したのである。ただし、万有引力の発生原因は未だに判明していない。自然界に存在する四つの力統一場理論として構築途上である。

話が横道にそれた。本筋に戻すと要するに、古代唯物論は中世キリスト教神学に制圧されたのである。ほんとうに存在するものは物質ではなく非物質(イデア?。トマス・アクィナスのわかりやすい入門書ないかいな、ないやろな)とされたのである。

こうして存在論において、反自然主義者と闘うことはキリスト教権力・暴力によって封殺されていたのが17世紀までの西洋事情であった。そこに近代哲学の祖、デカルトが登場し(俺の見るところ)唯物論=自然主義の本格反撃が開始されるのである。

以上、今回は、ネタ本を離れてネタ本の影響下に、ウィキペディアその他ネットのお世話になった。ネットが無ければこんなエラソーなこと、よう書かんぞなもし。

※画像はガリレオの肖像画。イタリア 科学とテクノロジーの世界から勝手拝借/感謝です。

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