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2006年11月25日 (土)

聡明で健気な貴女に捧げる哲学史(3)認識論的転回

ギリシア以来、哲学の主要問題は存在論(ほんとうに存在するものは何か)であった。Photo_334
ものごとを神(心)の側から見るべきとする中世キリスト教神学は、ものごとを実在の側から眺めて、ほんとうの存在は物質であるとする自然主義的存在論(唯物論)を抑圧し続けてきた。つまり、心と物質の対立に心は勝利していたということである。そりゃそうだよね、心と物質とどっちが大事?と訊かれたら素朴に心と答えるもんね。

ところが、ここにデカルト登場。彼は主戦場を存在論から認識論(我々は何を知り得、またいかにして知り得たと言うことを正当化するか)にシフトすることにより教会に対抗しようとしたのではないかと俺は思う。どっちが大事と訊かれて物質と答えることは憚りがあるので、存在論は棚上げにして認識論で戦ったのである。それが彼の方法的懐疑「我思う、故に我あり」(方法的懐疑により、自分を含めた世界の全てが虚偽だとしても、まさにそのように疑っている自分自身の意識作用そのものだけは、その存在を疑いえない)である。

しかし、ここで気をつけないといけないのは「すべてを疑うことによってデカルトが到達した精神としての私の存在ということにおいては、私とか我とかいうのは、結構中身がリッチなんだ」(ネタ本から引用)ということである。つまり、デカルトは全てを疑うのだけれど、到達点としての精神は空っぽの精神ではない。疑いの過程で出てくる世界、人、存在といったものに対する様々な観念を持ったままの精神が到達点なのである。
言い換えると、デカルトの命題は自我の存在を証明する推論ではない。デカルトは、「全て考えるものは存在する」とは主張しておらず、物質や世界の存在は、意識作用の直接性から「直観として」(神の存在証明から)導かれたものである。
だから、デカルトは直観主義であり、これに対して真理基準の論理的分析を強く主張するライプニッツは形式主義と言われるのである。

それはともかく、デカルトは認識論の土俵の上で戦うことにより、イデアから物質を切り離し主客二元論=物心二元論(延長<大きさ・長さ>を本質とする物質、思惟を本質とする精神の二元論)を確立することに成功した。プラトンのイデアを主観に封じ込めて、客観=物質の数学的モデル化・分析への道を開いたのである(端的な例が学校で習ったデカルト座標)。
ここに、ギリシア以来の西洋主観主義哲学は今日の物質文明の基礎を築くことができた。主観主義(心=主観の側から世界を眺める)の伝統とキリスト教の抑圧が二元論偽装に止まらざるを得なかった唯物論者デカルトを生み、デカルトの数学的モデル化・分析手法は科学技術の飛躍的発展をもたらしやがて西洋は東洋を圧倒侵略するのである。

画像はスウェーデン女王クリスティーナ(左)とデカルト。デカルトは女王に招かれたスウェーデンで病没する。享年54歳。
さて、次回はいよいよ言語論的転回、乞うご期待。

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