« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »

2006年11月

2006年11月30日 (木)

冬田の句

今日の二句目も耕衣の織り込みで「風狂の耕衣の背なや冬田道」。Photo_351
耕衣さん、句集を拝見していますよとの挨拶のつもりである。播州の田の畦道を行く耕衣の背中を見つつの挨拶でもある。

 家康公逃げ廻りたる冬田打つ      富安風生
 最澄の瞑目つづく冬の畦         宇佐美魚目
 爺の背に負はれて冬田何もなし     森 澄雄    

澄雄も播州網干の生まれだったか。
澄雄には初期のみずみずしき代表作「除夜の妻白鳥のごと湯浴みをり」がある。

※写真は特別展「森澄雄の世界 俳句―いのちをはこぶもの」から勝手拝借/感謝です。

| | コメント (0)

大悟一番

姑85歳との会話。Photo_23
「このごろぼけてきたわ」
「なんや、どういうこっちゃ、言うてみ」
「朝起きるやろ。昔やったら今日はこれしよう、というのがあったけど今はないねん」
「ふーん、それは何かのためになにかしようと思てたんか」
「そや、それが今はないねん」
「あかん。何かのためにいうのが間違いや」
「どういうこと?」
「つまりなあ、何かのために何かをするいうのはなあ、目的と手段や。ところがこんな風に考えると、目的がなくなってしまうとみーんな無しや。そやから手段という考え方自体が間違いやねん。玉葱と一緒や、手段という皮を剥いていったら全部無くなってしまうねん」
「ほおおぉぉ」
「そやから、あんたの人生みんな間違い。息することも目的やと思うてみ。それが大悟一番ということや」
「ふうーん、ふうふうふはああ」と息をする姑であった。

思いつきで言ってしまった大悟一番。ネット検索すると使われてはいる。よかった。しかし出典判明せず。

それはともかく、言葉はいつも天唾でわが身に降り降りてくる。
全ては目的。大悟一番せよ、只管打坐→追記:ネット検索したら、観念がんじがらめに自分を縛る、閉塞社会そのものです、仏とは何か、ほとけはほどけだと云った人がいます。自縄自縛する縄をほどくんです、ほどき終わればもと仏。とあった。読んで、意味はわかる。わかるけれどもなかなかほどけぬこの煩悩。

※写真は道元、道元禅師様から勝手拝借しようとしたけれど転載禁止としてあるのでカン トで代替する。東海大学公開講座より勝手拝借/感謝です。

| | コメント (0)

奥村晃作

このところ(正直に言って)俳句に夢中である。なぜ、こんなに夢中になったかという理由についてはウィトゲンシュタインとの出会いにありという自分なりの自己分析があるが、これはいつかまた書きたい。
それはさておき、俳句である。俳句の魅力のひとつは省略にある。簡潔なのである。

 生きがたきこの生のはてに桃植ゑて死も明かうせむその花ざかり  岡井隆
 夢の世に葱を作りて寂しさよ  永田耕衣

短歌と俳句を並べてみた。岡井隆が冗長に(申し訳ない)語っていることを、耕衣はぽんと放り出してお終いである。耕衣が「グダグタ言いなさんよ」と言っているかのようだ。
しかし、短歌には短歌の言い分がある。言葉を連ねて言いたいことがある。映像として読み手の脳に伝えたいことがある。
つまりは、短歌は具象画、俳句は抽象画ということかもしれない。この両者の世界で独りよがりに遊べる吾は幸せなりき。

さて、今日は奥村晃作。奥村晃作短歌ワールドを開設運営して元気いっぱいな歌人70歳Photo_349 である。

 次々に走りすぎ行く自動車の運転する人みな前を向く

一読、面白い歌だ。なにが面白いといって当たり前だから面白いのだ。言われてみればなるほどなのである。後ろを向いて運転する人なんてこの地球上に一人も(自信無くなってきた、ミラー使いが一人ぐらいいるかもしれぬ)いない(たぶん)。
作者にはこの手の歌が多い。いわゆる、ただごと歌である。
では、なぜ、ただごと歌を作者は好んで作るのか。

さきほど、俳句と比較して短歌は具象画と書いたけれど、この論理を延長すると具象画はただごと歌に到達するという理屈がひとつである。
もうひとつの推測は、作者の自己紹介にあるように思う。ここで作者はこう書いている。

少年の日と同じく、あいも変わらず、本当にやりたいことが何であるのか分らない。何のために生まれてきて、どういう使命を帯びていまなお生かされているのかよく分らない。

そして「
わたくしはここにゐますと叫ばねばずるずるずるずるおち行くおもひ」他の叙情歌が引かれている。

短歌には、俳句では汲み尽くせない叙情がある。この叙情を俳句は切り捨てることによって成立する。ものにつけ、ということである。ウィトゲンシュタインの言葉を借りれば「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」のが俳句なのである。

これに対して、奥村は叙情を切り捨てない。叙情を切り捨てるのではなく、裏側から歌いたい、それが奥村のこの歌ではないだろうか。前を向かねばならぬ運転者の切ない感情がここにはある。

※写真はクレスタ ユーザー評価 【carview】 トヨタ クレスタ - ユーザーレポートから勝手拝借/感謝です。

| | コメント (2)

冬眠の句

俳句初心者の俺の課題は、まず、季語に親しむことである。春夏秋冬、四季の季語を一Photo_348 通り回さないと一段落しないけれど、各季節の季語を頭に織り込むことが必要だと思っている。だから、暇さえあれば(と言う程でもないが)歳時記をひもといている。

そこで、今朝の句の季語は冬眠、「哲学はしばし冬眠耕衣来る」。
ちょうど哲学も少し飽きかけていた(こらえ性がない、ホント)ところに耕衣と出会った。哲学(入門)書を脇において、俳句入門書、耕衣句集を読み始めている。

では、冬眠の句をいくつか引いて季語に親しもう。
 金色の蛇の冬眠心足る      加藤楸邨
 冬眠の亀や西暦二千年      鈴木沙万沙
 獰猛と記され鰐の冬眠す      山口波津女
 冬眠の蛇をおこして蛇遣ひ    有馬朗人

あ、俺の句には冬眠する具体的な動物が出てこないなあ。これではいかん、俳句は具体につかなければならぬと反省した次第である。

※写真は「学力低下」よりも、深刻な問題はほかにある-有馬朗人さん - 学びの場.comから勝手拝借/感謝です。

| | コメント (0)

2006年11月29日 (水)

日記買ふの句

今日の二句目は「愛娘潮迎へけり日記買ふ」(「我が息子」の娘バージョン)。Photo_346
手帳も買わなくなった俺だから当然に日記も買わない。ウソばっかりの句である。
こんなウソばっかりで耕衣の足元のゴミのチリまでも近づけないだろうなあ。
それでも精進。精進すればいつか芽の出る花の咲く。

 人波のここに愉しや日記買ふ      中村汀女
 我が生は淋しからずや日記買ふ   高浜虚子 
 実朝の歌ちらと見ゆ日記買ふ     山口青邨
 すでにして己れあざむく日記買ふ   岡本 眸

さて、ブログとは己れあざむくものなりや。

※写真は岡本眸。湘南よみうり310号から勝手拝借/感謝です。

| | コメント (0)

スコア

BS2「スコア」を観た。エドワード・ノートンアンジェラ・バセットも知らんかったけど、これでPhoto_345 (名前は)覚えたぞ。

 諍ひてひとり洋画を深夜観るマーロン・ブランドああ老いにけり

これが、スーパーマン リターンズ(アーカイブ映像にて参加)を別にすれば、ブランドの最後の出演作だったようだ。2004/07/01没、享年80歳。

※写真はアンジェラ・バセットから勝手拝借/感謝です。

| | コメント (0)

賀状書くの句

城山三郎「部長の大晩年」読了。主人公、永田耕衣は郷里加古川の大先輩だ。Photo_344
そんなこともあるのか、巻置く暇もなく(この言葉、いっぺん使ってみたかった)読み通した。
ええなあ、カッコええなあ、こんなジジイになりたいなあ、と単純に憧れてしまう。耕衣に夢中(になりそう)である。ひろく深くおのがじしに生きたい。

さて、今朝の句は「我が息子毛の生えにけり賀状書く」。
もうそんな季節である。(暇はあるのに)いつもぎりぎりにならないと書かない。

 世のつねに習ふ賀状を書き疲る     富安風生
 うつし身の逢ふ日なからむ賀状書く    渡辺千枝子
 横顔の記憶ぞ慥か賀状書く        谷口小糸

「部長の大晩年」によると世間に囚われずに生きた耕衣は賀状なんて書かないと広言していたが、何人かには手書きで心をこめた賀状を書いていたそうだ。「人間、出会いは絶景」とは耕衣の言葉である。

※写真は耕衣。兵庫文学館から勝手拝借/感謝です。

| | コメント (0)

2006年11月28日 (火)

熱燗の句

亡父に続き、亡母の句である。「熱燗や喉骨太き母拾ふ」。
享年75歳で一昨年、他界した。東京に呼んで五年間、トライアングルで暮らした。濃密な時間だった。墓はつくらず、和田堀廟所に納骨した(俺もここに入る)。絶対に、母の齢をPhoto_343 抜いてやると毎日、母を思っている。

 熱燗に舌を焼きつつ談笑す      高浜虚子
 熱燗の舌にやきつく別れ哉      村上鬼城
 熱燗や食ひちぎりたる章魚の足   鈴木真砂女

 熱燗やいつも無口の独り客        仝

真砂女の「来てみれば花野の果ては海なりし」が辞世の句ではないかと察せられるとのことである。死と、愛こそが句歌の究極的なテーマのような気がしている。
 祖父の骨父母の骨拾ひしは仕合せなりと南無阿弥陀仏

※写真は鈴木真砂女。チャートの王様から勝手拝借/感謝です。

| | コメント (0)

陰の主役、すま・けい

寅40作は「サラダ記念日」。当時、爆発的なブームを起こした俵万智の歌集にちなんだ題名の作品だ。知らない人のために歌を引いておこう。
 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日Photo_342

マドンナは三田佳子。ちょっとセンチにすぎる女医役がぴったりだった。寅に対するカンドンはマドンナ共通だからこれは許す。
そして、三田の上司である病院長(一人暮らしであることが映画結末部でさりげなく描かれている)がすま・けい。これが実は陰の主役なのだ。

というのは、すま・けいのセリフ(ようちゃん、流石。冒頭で引いてくれました)が理由だ。

いいですか。この病院はあなたを必要としている。それが何よりも大事な事で、あなたが抱えている問題は大したことじゃない。子供と会いたければ、呼び寄せれば良い。え、悩み事があれば、働きながら解決すれば良い。そうやって苦しみながらですね、この土地で医者を続けていくことが、自分の人生だということが、あなた、どうしてそれが確信を持てな・・ないんですか。東京の郊外のお母さんの家で、花でも眺めながら休息の日々を送る。その内、縁談があって、瀟洒な病院の奥様に納まる。そんな人生があなたにとって幸せなんですか。ちっとも幸せなんかじゃない。

これはもうほとんど愛の告白である。「瀟洒な病院の奥様」などは嫉妬の表明である。このセリフを映画は、すま・けいの後姿のみを映して表現する。すま・けいの背中の名演技に俺は唸ったのだ。
そして映画の結末部、新年、忙しく働いている三田佳子(東京に戻ることを諦めたようだ)と一人ぼっちのお屠蘇で酔っ払ったすま・けいを映し、画面一転、恒例の寅の正月バイで終わらせる。

どうした、すま・けい。おまえも寅になりたいか。
欲しいのなら「センチな医者は不要。俺の女になれ」と迫れ。愛は惜しみなく奪うものなりき。

※写真はすまけい -プロフィール-から勝手拝借/感謝です。

| | コメント (2)

枯木立の句

亡父、亡母の句を得た。句集「妾宅の木戸」に並べて載せて、供養にしたい。Photo_341
そこで、まずは亡父の句「亡き父の夢になほ出づ枯木立」。
たまに亡父の夢を見る。縁薄く、還暦前に他界した父の人生を思う。

 三井寺や狂女もあらず枯木立     高浜虚子
 今日の日の空を支へて枯木立     星野立子
 枯木立月光棒のごときかな       川端茅舎

立子は虚子の次女。「大佛の冬日は山に移りけり」がある。
花鳥諷詠(

「花鳥風月を諷詠することで、一層細密に云へば、春夏秋冬四時の移り変りに依つて起る自然界の現象、並にそれに伴ふ人事界の現象を諷詠するの謂であります」と虚子は言う)の見本といえようか。

写生は俳句の基本。子規にも、草花の一枝を枕元に置いて、それを正直に写生して居ると造化の秘密が段々分って来るやうな気がする。という言葉あり。眼を凝らして見つめることを忘れてはならぬと自戒するものなり。

※写真は星野立子。星野立子 かまくら GreenNetから勝手拝借/感謝です。

| | コメント (0)

2006年11月27日 (月)

落葉の句

言語論的転回の駄文を弄して、ウィーンフィル@アーノンクールのモーツァルト三大交響Photo_340 曲(昨夜NHK教育放送)を聴いている。ノリントン@ピリオド奏法viaN響はあんまり感じなかったけれど、アーノンクールは感じる。ヴィブラートかけずとも、音が輝いている。うっ、ウィーンフィルだから当たり前か。

そんなこんなで哲学脳・俳句脳・短歌脳・音楽脳を持てる心の嬉しさよ。

 短歌脳哲学脳に俳句脳能なしなれど脳三個あり(三個しか織り込めず)

さて、今日の二句目は「落ち葉には落ち葉の言ひ分愛は愛」。
ああ遂に俺は無意味句の領域にまで乗り入れてしまった。流れ流れて網走のおいらの行く先番外地なり。

そこで、落葉の句をいくつか引く。
 落葉踏みさだかに二人音違ふ      殿村莵絲子
 白き手の病者ばかりの落葉焚      石田波郷
 夫恋へば落葉音なくわが前に       桂信子

桂信子には「ゆるやかに着てひとと逢ふ蛍の夜」という美しい句がある。美しさはやはり美徳なのであろうか。

※写真は桂信子、art random - 人生のセイムスケール - age 90から勝手拝借/感謝です。

| | コメント (0)

聡明で健気な貴女に捧げる哲学史(4)言語論的転回

西洋哲学はギリシアにおける存在論(ほんとうに存在するものは何か)に始まった。Photo_22
そんなん、決まってるやん、物質やんかあと物質文明全盛の今では答えるのがフツーだ(かもしれない)。
しかし、プラトンはイデア(「美」や「正義」という普通名詞に対する<美そのもの>や<正義そのもの>という抽象的実在門脇俊介「現代哲学」<自然主義vs反自然主義を軸にした現代哲学教科書>から引用。以下斜体はここからの引用)が真に存在するものだとして、これが西洋哲学の主流となっていた。
ところが、デカルトが反旗を翻す。彼は方法的懐疑により物心二元論に直観的に到達し、イデアに対して物質の独立性を対抗した。もっとも、このデカルトの抵抗は物質に限定されたもので、プラトンのイデアは観念(心の中の表象)として生き残った。だから、物質を数学的に記述・分析したとしてもそれによって心にもたらされる観念が知識の究極的な要素とされざるを得なかった。知識の正当性は知識を持つ人の心の中の観念の正当性と同一視されたのである。

ここにフレーゲ登場。フレーゲは言葉の意味から観念の牙城を突き崩そうとした。すなわち、言語を単なる伝達の道具としてしか見なかったデカルト・ロック・カントなど近代観念論者たちは意味の観念説「言葉の意味は観念である」を取っていたが、フレーゲは、言葉の意味を人間の心の状態に関係づけるこうした心理主義=意味の観念説に反対した。言葉の意味を意義言葉が公共的に使用され理解されるあり方)とイミ(言葉が指示する対象)に分解し、意義もイミも公共的に使用される文脈の中で定まってくるという文脈原理を主張したのである。

なあんかムツカシそうに聞こえるけれど要するに、知識は心の中だけに観念としてあるのんとちゃいます、ということだ。知識は言葉によって伝達され蓄積され更には深化(思考)される。そやのに、おまえエラソーに知識を振り回しとるけど知識はおまえ一人のもんか、ちゃうやろ、学校の先生に習ったやろ、本を読んだやろ、ネットでパクッたやろ。知識は公共的なもんや、公共の財産や
そして、ウィトゲンシュタインは言葉の意味は言語におけるその使用形態なりと喝破したのである。将棋の駒に意味は無い。将棋というゲームにおいて駒が使われることが駒の意味である。

以上を要するに、言語論的転回は心の中から観念を追放し言語を哲学の主対象として取り上げる動きのことである。もっとも、存在論から認識論へという認識論的転回の枠組みの下でという制約がついているのだが。この点は次回最終回に乞うご期待。

※写真はフレーゲとは - はてなダイアリーから勝手拝借/感謝です。

ブログランキング前回よりちょっとはオモロイのんとちゃいますか?

| | コメント (0)

師走の句

お相撲が終わった。朝青龍全勝優勝、強すぎるよ。来年は誰か負けさせよ朝青龍。でも、あのスピードと利発とやんちゃにはなかなか勝てぬわなあ。Photo_339
そこで、今朝の句は「お相撲の浮いて沈んで師走の来」。
若の里が十両で相撲を取っていたんだ。頑張れとビデオ観て拍手して喜ぶ大相撲なり。

さて、師走の句をいくつか引く。
 師走くる靴屋に靴をはきながら     秋山巳之流
 炭売に日のくれかゝる師走かな     蕪村
 病む師走わが道或はあやまつや    石田波郷
 極月の不況あざむく蘭の束       殿村菟絲子

殿村菟絲子がどんな俳人か知らなかったのでネット検索。明治四十一年生まれ。柴田白葉女や加藤知世子らと「女性俳句会」を興し、「女性俳句」を創刊しました。「万蕾」創刊・主宰。秋桜子、波郷に師事。(現代俳句辞典参考)を見つけた。
また、こんなカッコイイ句もある。「枯るるなら一糸纏はぬ曼寿沙華」。

人生に繰り返し無し。日帰り温泉でいつも、俺は裸の猿なりと思ひけり。

※写真はSANSPO.COM  スポーツから若の里を勝手拝借/感謝です。

| | コメント (0)

2006年11月26日 (日)

冬の虫の句

何かで読んだのだけれど、ベートーベンのピアノソナタは日記、弦楽四重奏曲は手紙だそうな。
俺にとってはどうかなあ。俳句は日記、短歌は手紙(宛先の無い)か。ともかくもまあ、毎日、句歌を得ることは仕合せなり。そこで手紙を一首。

 ユニクロにチラシを持ちて買ひに来るオジサンのありクリスマスセールPhoto_338

さて、今日の二句目は「哲学と俳句に没頭冬の虫」。
歳時記には「冬に残り、枯れきった草叢の中で細々と鳴く声には、哀れなものがある。虫の最期の声でもある」とある。
 冬の虫ところさだめて鳴きにけり      松村蒼石
 冬の虫言はぬ一言とはに生く        加藤楸邨
 鳴く力たまれば鳴きぬ冬の虫        竹内武城

楸邨絶唱は「鰯雲人に告ぐべきことならず」である。これが俳句というもののある本質を語っている作品と言われている。楸邨の写真も左のリンクから勝手拝借/感謝です。

| | コメント (0)

記事作成に大苦労

三回、入力し直した。投稿すると内容が真っ白になっちゃうんだもん。

どうも、ネット歳時記から例句をコピペすることに関係しているみたいだ。HTMLのコピーになるからなのかなあ。要注意。
ブログ/HPからコピペする前に一旦更新するといいけど、徹底できないだろうなあ。

見苦しいところをご覧になったお客様、申し訳ありませんでした。

| | コメント (0)

寒鴉の句

昨日は憂国忌であることを俺の句にコメントをつけてくれた方のブログで知った。
三島事件は1970年(昭和45年)。もう遠い過去である。70年安保で騒然とした空気があった時代だ。「あの頃も貧しき心三島の忌」と即席俳句でレスさせてもらった。憂国忌を使わなかったのは愛国心から愛国心へと願うからである。Photo_337

さて、今朝の句は「一日中仕事中毒寒鴉」。
期せずして漢字俳句になってしまったが、飄逸な味があると思うので気に入っている。ナルちゃん俺は自分の句は皆気に入るのだけれど。

そこで、寒鴉の句をいくつか。
 寒鴉ふりむいて連なかりけり     上田五千石
 千代田区を大胆に飛ぶ寒鴉     町垣鳴海
 寒鴉啼きて沖には国もなし      中村草田男

草田男は「降る雪や明治は遠くなりにけり」の作者である。昭和も霞みつつある。サヨナラだけが人生なり。

※写真は愛媛の偉人・賢人の紹介から草田男。勝手拝借/感謝です。

| | コメント (4)

2006年11月25日 (土)

聡明で健気な貴女に捧げる哲学史(3)認識論的転回

ギリシア以来、哲学の主要問題は存在論(ほんとうに存在するものは何か)であった。Photo_334
ものごとを神(心)の側から見るべきとする中世キリスト教神学は、ものごとを実在の側から眺めて、ほんとうの存在は物質であるとする自然主義的存在論(唯物論)を抑圧し続けてきた。つまり、心と物質の対立に心は勝利していたということである。そりゃそうだよね、心と物質とどっちが大事?と訊かれたら素朴に心と答えるもんね。

ところが、ここにデカルト登場。彼は主戦場を存在論から認識論(我々は何を知り得、またいかにして知り得たと言うことを正当化するか)にシフトすることにより教会に対抗しようとしたのではないかと俺は思う。どっちが大事と訊かれて物質と答えることは憚りがあるので、存在論は棚上げにして認識論で戦ったのである。それが彼の方法的懐疑「我思う、故に我あり」(方法的懐疑により、自分を含めた世界の全てが虚偽だとしても、まさにそのように疑っている自分自身の意識作用そのものだけは、その存在を疑いえない)である。

しかし、ここで気をつけないといけないのは「すべてを疑うことによってデカルトが到達した精神としての私の存在ということにおいては、私とか我とかいうのは、結構中身がリッチなんだ」(ネタ本から引用)ということである。つまり、デカルトは全てを疑うのだけれど、到達点としての精神は空っぽの精神ではない。疑いの過程で出てくる世界、人、存在といったものに対する様々な観念を持ったままの精神が到達点なのである。
言い換えると、デカルトの命題は自我の存在を証明する推論ではない。デカルトは、「全て考えるものは存在する」とは主張しておらず、物質や世界の存在は、意識作用の直接性から「直観として」(神の存在証明から)導かれたものである。
だから、デカルトは直観主義であり、これに対して真理基準の論理的分析を強く主張するライプニッツは形式主義と言われるのである。

それはともかく、デカルトは認識論の土俵の上で戦うことにより、イデアから物質を切り離し主客二元論=物心二元論(延長<大きさ・長さ>を本質とする物質、思惟を本質とする精神の二元論)を確立することに成功した。プラトンのイデアを主観に封じ込めて、客観=物質の数学的モデル化・分析への道を開いたのである(端的な例が学校で習ったデカルト座標)。
ここに、ギリシア以来の西洋主観主義哲学は今日の物質文明の基礎を築くことができた。主観主義(心=主観の側から世界を眺める)の伝統とキリスト教の抑圧が二元論偽装に止まらざるを得なかった唯物論者デカルトを生み、デカルトの数学的モデル化・分析手法は科学技術の飛躍的発展をもたらしやがて西洋は東洋を圧倒侵略するのである。

画像はスウェーデン女王クリスティーナ(左)とデカルト。デカルトは女王に招かれたスウェーデンで病没する。享年54歳。
さて、次回はいよいよ言語論的転回、乞うご期待。

ブログランキングデカルトのコギトがリッチだということに納得したらクリックしてね。

| | コメント (0)

懐手の句

今日の二句目は「ドン・ファンと呼ばれて久し懐手」。
歳時記の懐手の項には「手の冷えを防ぐ意味があるが、多くは無精者のすることであまり見てくれのよいものではないが、和服特有の季節感はある」とある。歳老いて行く二枚目の哀愁と嫌味を拙句に感じて貰えれば、と誘導引用であった。Photo_333

そこで、例句をいくつか引く。

 懐手して説くなかれ三島の死      阿波野青畝
 夫と子をふつつり忘れ懐手       中村汀女
 懐手あたまを刈つて来たばかり    久保田万太郎
 出獄のけふきて午後のふところ手   秋元不死男

秋元が検挙されたのは昭和16年、京大俳句事件といわれる一連の俳人弾圧の一環だった。検索したら、きっこの日記で詳しく触れられている。歴史を繰り返させるな。
※写真は秋元不死男。日日光進  1月25日 獄から勝手拝借/感謝です。

| | コメント (0)

上原ひろみファンに捧ぐ

BS2東京ジャズ・フェスにひろみ出演。チック・コリア、ナベサダなどとのコラボ熱演、まさPhoto_332 に神がかり巫女の技であった。
そこで、ブログ検索したらインタビュー、You Tubeへのリンク記事発見。
ひろみファンはとっくにご存知かもしれないけど、これからファンになる人に捧げる。

※写真はNick's Jazz&Golf Cafe Golden Girl ! 上原ひろみから勝手拝借/感謝です。

| | コメント (0)

蜜柑の句

なんとか節酒を続けられている。缶ビール一缶。Photo_331
夕食を始める前は焼酎水割り一杯ぐらいはと我が欲に誘惑されつつも、缶ビールを飲み干したら、ご飯をよそおい食べることにより誘惑から逃れているのである。そして、夕食後冷たい麦茶を啜り、蜜柑を食してエンディングというパターンが定着した。蜜柑を食みつつ子供の頃を思い出したりして。

さて、今朝の俳句は「涙そうそうこぼす女に蜜柑剥く」。
実景ではないが、心境句に近い。初案「よく涙こぼす女」の方がよかったかなあ、と少し疑問含みで投句した。あざとさがちょっと気になる。あ、俺の句の大部分は皆あざとい(小りこうだ。思慮が浅い。とネット辞書にあり)か。

そこで、歳時記から例句をいくつか引く。
 死後も日向たのしむ墓か蜜柑山    篠田悌二郎
 あまたの街角街娼争い蜜柑乾く     金子兜太
 をとめ今たべし蜜柑の香をまとひ    日野草城
 海峡の雨来て蜜柑しづく垂る      西東三鬼

あざとさを抜け出るためには句をつくることの必然性ということかなあ、と思ったりもする。芸道一代、まだ始めたばかりなり。「酒やめようかどの本能と遊ぼうか」金子兜太。

※写真は金子兜太。有鄰 No.436 P3 座談会「外国人が詠む日本語俳句」(2)から勝手拝借/感謝です。

| | コメント (0)

2006年11月24日 (金)

綿虫の句

今日の二句目は「綿虫を吐き出して日々ブログ書く」。
中七を「吐き出して日々」としたのが(「日々吐き出して」ではなく)多少の工夫である。
在庫でだいぶ暖めていたのだが、賞味してもらえるだろうか。あ、ブログの最大の読み手は書き手自身であった。Photo_330

そこで、波郷の絶唱(白鳥の歌という意味ではない)を引く。

 綿虫やそこは屍の出でゆく門    石田波郷

1969年11月11日、肺結核で病没。享年56歳。

※写真は昭和41年11月の石田波郷から勝手拝借/感謝です。

| | コメント (0)

聡明で健気な貴女に捧げる哲学史(2)認識論的転回前史

前回はギリシャ哲学の話だったけれど、要するに存在論(何がほんとうに存在するのか)が問題だった。
すなわち、万物流転の世界の中で感性からすると全ては流転生成消滅する。しかし、理性からすると固定的に存在してくれるものが無ければ困る、捉えようがない。そこで感性と理性の統一の要請から出て来たのが原子論。表層の変化の底に変化しない原子が存在するとして調和を図ったのである。

ところがプラトン登場。プラトンは、生成変化する物質界の背後には、永遠普遍のイデアという理想的な雛型があり、イデアこそが真の実在であるとした。 不完全である人間の感覚ではイデアを捉える事が出来ず、理性によってのみ捉える事が出来るとした。
つまり、原子のような具体的物質的存在を設定したくなかったのだろう。物質よりも理性に優位性を認めたいという反自然主義(反唯物論)の表れだったと俺は考える。

そして、プラトンの立場をアリストテレスが変形強化する。アリストテレスにとって存在するもの(実体)は個別的なものであって、イデアのような普遍的なものではないのである。善のイデアというものがあると考えてみよう。善というのはより善いとかより悪いとかいった「関係」にも関わるものではないか。そして、関係というのは実体の後から出てくるものなのだから、善は実体ではない。だから善はイデアではない、と。

おお、そうか。ここで既に普遍(プラトン)と個別(アリストテレス)の関係が問題になっているのだ。ほんとうに存在するものを求めるとしてそれを普遍に求めるべきか、個別なのかが問題となったのだ。また、実体(対象)と関係の先後をアリストテレスは問題にしたことも覚えておこう。

さて、アリストテレスは天体の運動と地上の運動とを完全に区別する宇宙論を構築した。すなわち宇宙は、同心円状の階層構造として論じられている。世界の中心に地球があり、その外側に月、水星、金星、太陽、その他の惑星などが、それぞれ各層を構成している。これらの天体は、前述の4元素とは異なる完全元素である第5元素「アイテール(エーテル)」からなる。そして、「アイテール」からなる故に、これらの天体は天球上を永遠に円運動をしているとした。さらに、最外層には「不動の動者」である世界全体の「第一動者」が存在し、すべての運動の究極の原因であるとした。 トマス・アクィナスら、中世のキリスト教神学者は、この「第一動者」こそが「神」であるとした。Photo_329

これがコペルニクス、ガリレオの地動説を弾圧したキリスト教神学である。要するに、キリスト教を広めるためには理屈っぽい教義が必要になり
頭でっかちになりすぎたんだなあ。いうならば、理性の暴走である。
そして、天上と地上の物理学の区別は、ニュートンが万有引力の法則を提唱するまで揺るがなかったのである。ニュートンは天体の運動とリンゴが木から落ちる運動とを統一的に説明するのに初めて成功したのである。ただし、万有引力の発生原因は未だに判明していない。自然界に存在する四つの力統一場理論として構築途上である。

話が横道にそれた。本筋に戻すと要するに、古代唯物論は中世キリスト教神学に制圧されたのである。ほんとうに存在するものは物質ではなく非物質(イデア?。トマス・アクィナスのわかりやすい入門書ないかいな、ないやろな)とされたのである。

こうして存在論において、反自然主義者と闘うことはキリスト教権力・暴力によって封殺されていたのが17世紀までの西洋事情であった。そこに近代哲学の祖、デカルトが登場し(俺の見るところ)唯物論=自然主義の本格反撃が開始されるのである。

以上、今回は、ネタ本を離れてネタ本の影響下に、ウィキペディアその他ネットのお世話になった。ネットが無ければこんなエラソーなこと、よう書かんぞなもし。

※画像はガリレオの肖像画。イタリア 科学とテクノロジーの世界から勝手拝借/感謝です。

ブログランキングわかりやすかったと思う方はクリックして下さい。

| | コメント (0)

根深汁の句

先日、俺って親友いないよなあと気づいた(ご近所の方の葬儀参列が影響しての思いPhoto_328 だったかもしれない)。会社を辞めてから会社関係とは年賀状の付き合いしかなくなったし、中学高校の友は関西にいるけれどこれは旧友というべきだろう。近くにありて気のおけない友、それを親友というならば、無い。
狷介な(この言葉、いっぺん使ってみたかった。心が狭く、自分の考えに固執し、人の考えを素直に聞こうとしない・こと(さま)。ネット国語辞典にあり)性格の上に、今後リアルの付き合いを広げる可能性もほとんど無いだろうから、親友と呼べる人との出会いはまず無いであろう。

さて、今日の句は「近き友一人もなくて根深汁」。
初案「親友」だったけれど投句に際して「近き友」に変えた。「親友」は少し手垢にまみれているように感じたからだ。
「根深汁」は葱汁のこと。手元の歳時記には「葱は冬がいちばん美味で、熱い舌を焼くような汁、実は半煮え加減がうまい」とある。新鮮な葱は生でもいけそうだから、半煮えでいいのだろう。いつか使ってみたかった季語である。
 老夫婦いたはり合ひて根深汁     高浜虚子
 根深汁老いてうなづくことばかり    大石白夢
 うとましく冷えてしまひぬ根深汁     日野草城
 一人づつ起きる子供や根深汁     本田あふひ
この季語は字面が馴染みにくいので、虚構句心境句では狷介で使いづらい。次に使うときは、素直に写生してみたい。あ、俺の性格を素直にするのが先か。

写真は日野草城。上のリンク(特別展「日野草城生誕100年」)から勝手拝借した。
ウィキペディアにはモダニズム俳句の嚆矢(こうし)とされる。新興俳句の一翼をになった。「俳句を変えた男」と高く評価されるが、風俗俳句のはしりとみる向きもある。とある。
俺好みの句が多い。たとえば「をみなとはかかるものかも春の闇」ミヤコホテル十句より。

| | コメント (0)

2006年11月23日 (木)

枯菊の句

今日の二句目は「枯菊や恋脱ぎすてて街を行く」。Zassouen
短編小説の香りあり(自画自讃)。

そこで、歳時記よりいくつかを引く。

 枯菊に尚ほ色といふもの存す       高浜虚子
 菊枯れて枯れてあとかたなかりけり   久保田万太郎
 モナリザはいつもの如し菊枯るる     山口青邨

枯淡なる色気ありける枯菊に恋を恋して早や三年、と折角の佳句を台無しにしてしもうた。※写真は俳人・山口青邨宅三艸書屋から勝手拝借/感謝です。
   

| | コメント (0)

小野茂樹

投句してコメント読み書き、さらには名句鑑賞して俳句脳はいったん終了。
一息ついて、来し方行く末を思えば短歌脳となり一首を得し。

 失ひしもの少なくて得しものの多しと思ふ冬の夜明けに

先物の傷は未だに残れども、代わりに俳句を得たと思えば釣り合いがとれたと思う浅墓さ。一歩後退、二歩前進。おお、陳腐な言葉ばかりなり。

つまり、我が句歌に親しむ由縁はと、これもまた自分探しなのか、いや、ボケ防止と立派客観理由あり。そうそう、我れ青春に非ず。自分探しとは言えぬ。なんでや、なんで自分探しと言うたらあかんねん、責任者出て来いコイコイ池の鯉。Photo_327

さて、今日は小野茂樹。悲運の夭折歌人なり。

 あの夏の数かぎりなきそしてまたたつた一つの表情をせよ

二句から三句へたたみかけるリズムの気迫に加えて、下の句の命令形で読者は粛然とする。そして、作者の夭折を思うと、「表情」は永遠と化して記憶に固定される。
青春相聞歌の傑作である。俺にはこんな青春は無かったなあとちょっぴり口惜しく妬ましく思ってしまう傑作である。紆余曲折を経て果たした雅子との再会を背景にした歌とのことであるが、そんなことを知らなくても、この歌の透明で衝撃的な叙情を十分に感じることができる。

歌は叙情、句は叙景。情と景、すなわち心のうちそとを友とできる俺は(とにかくもまあ)仕合せなのだ。

 珈琲とジャズが青春秋扇

昨日、プールで得た句である。来年の秋、もし生きていたらハイクブログに投句しよう。

※写真は花物語  「羊雲離散」から無断拝借/感謝です。転載禁止ならば即削除いたします。

| | コメント (2)

小春の句

今朝の句は先ほどの反省をちょっぴり受けて「小春日や芸道一代売れもせず」→心境句のつもりだけれど、客観的には虚構句だろうなあ。小春といえば女房の小春(王将@坂田三吉)を踏まえているのだというのは駄句の言い訳にもならぬ。Photo_326

そこで、名句。 

  小春日や潮より青き蟹の甲    水原秋櫻子

見よ、初冬好天の海が眼前に広がり、蟹の甲に神が宿っておられるではないか。これが俳句だ。まず、実相を写せ。 

※写真は俳人協会の歩みから勝手拝借/感謝です。 

| | コメント (0)

寒雀の句

昨日は二句投げた。二句目は「それぞれに浮名流して寒雀」。有名タレント夫妻を想定しPhoto_325 て読んで欲しいというフィクション句である。ちょっと虚構句に傾きすぎだなあと反省しつつあるのだけれど、575をひねれば小説家気分になれる味をしめてしまったので止められぬ。
しかしまあ、虚構句→心境句→写生句と俺の俳句は進化するのだ、長生きしなくちゃと自己納得するのであった。

そこで、歳時記から名句をいくつか引く。
 寒雀身を細うして闘へり      前田普羅
 天の国いよいよ遠し寒雀     西東三鬼
 寒雀雲にぎやかに浮びたる   飯田龍太

龍太の句が典型的な写生と思う。せめて、いつかは実相観入を心がけたい→子規の写生を発展させたものに虚子の「客観写生」と斎藤茂吉の「実相観入」がある参照。

※画像は株式会社 角川学芸出版から勝手拝借/感謝です。
 

| | コメント (0)

2006年11月22日 (水)

聡明で健気な貴女に捧げる哲学史(1)古代原子論

古代原子論→近世認識論的転回(デカルト・ロック・カント)→言語論的転回→その批判@ローティ自然主義主張という流れで哲学史を語ってみたいという予告編を書いたが、本編を開始する。ネタ本はこのところお気に入りの冨田恭彦「科学哲学者 柏木達彦の冬学期(ウィンター・ターム)―原子論と認識論と言語論的転回の不思議な関係、の巻」である。また、ギリシア哲学については猿でもわかる哲学史を大変参考にさせて頂くと共に適時リンクさせて頂いた/感謝です。Photo_324

さて、今日は古代原子論。何もない空間で、原子が運動し、結合・分離を繰り返すことで、世界が成り立っている@デモクリトスという現代科学を先取りした考え方である。

では、このような驚異的な考え方がなぜ古代ギリシアで成立したか。、これにはヘラクレイトス(変化と闘争を万物の根源とし、火は始原ロゴス)vsエレア派(事物の真の説明は存在の普遍的な統一性という概念にある)という前史があるのである。

万物流転を説くヘラクレイトスに対して、エレア派(パルメニデス)は
万物は変化しない。永遠不変の存在であると主張した。
感覚・知覚によって世界を眺めると、確かに万物は変化しているように見える。
しかし、感覚・知覚は人をだます。物は生成・消滅するように見えるけれど、それは感覚・知覚だけで判断しようとするからだ。思考・理性に従えば、現象の奥にある存在が見えてくる。存在するものは存在を続け、存在しないものはいつまでも存在しない。存在と非存在の区別を不明確にする万物流転論は間違っている。こう、パルメニデスは主張するのである。
そしてまた、パルメニデスは運動も否定する。運動が成り立つためには、あるものがそこへと動いていくための、なにもないところがないといけない。つまり、無が存在しないといけなくなり矛盾であるというのである。

なるほどなあ、理屈である。こうした理屈からすると世界の全ては固定化する。生成・消滅・変化・運動・多は否定され、不生・不滅・不変・不動・一となるのである。

しかし、これではいくらなんでも固すぎる。運動の否定(ゼノンのパラドクス)などは常識に全く反しているからである。
そこで、
理性的には、「存在は変化しない」ように思えても、感覚的には、「存在は変化している」ように見えるこの二つを統合しようとしたのが元素論@エンペドクレスである。
そして、デモクリトスの原子論はこの元素論の上に築かれた。

世界は物質(原子)と虚無で構成されている。表面を見れば、万物流転のように見えるけれど、存在するものは存在し、存在しないものは存在しない。有はいつまでも有であり、無から有は生まれない。かくして原子論は、感性の世界(現象)と理性の世界(原理)とを統合し、世界の唯物論的観方を確立したのであった。

ところが、やがてプラトン/アリストテレス/キリスト教登場。唯物論(自然主義)は唯神論(反自然主義)に制圧されたのであった。次回に続く。

ちなみに、近代原子論は20世紀初にプラウン運動の研究により原子の実在が確認され、実証されたことになったのである。また、長岡半太郎が我々にお馴染みの土星型原子核モデルを提唱したのが1904年、これをボーアが量子化したのが1913年である。

※画像は原子から勝手拝借/感謝です。

ブログランキング少々わかりにくい記述だけれど、おまけして自信ボタンなり。

| | コメント (2)

寒椿の句

今日の季語は「寒椿(冬椿)」。まず、句を引こう。Photo_323
 海の日に少し焦げたる冬椿       高浜虚子
 寒椿赤し一揆の血が流れ        関口ふさの
 冬つばき世をしのぶとにあらねども  久保田万太郎
 ふるさとの町に坂無し冬椿       鈴木真砂女
 父も夫も師もあらぬ世の寒椿      桂信子

虚子の句は「焦げたる」が凄い。また、「海の日」との配合も常人では思いつかないだろう。まさに巨人である。
ひっそりと、しかし、自己主張しつつ咲く寒椿。以前から使ってみたい季語であった。

そこで、俺の句は「二枚目の頬に切り傷寒椿」。上五中七にいささか格調が欠けるが(切られの与三を想起するので)、立派に季語の注釈になっていると(例によって)自讃している。

 俳句とは季語の注釈歳時記をひねもすのたり眺めたり

※写真は有鄰 No.455 P2 座談会「文学都市としての鎌倉」 (2)から勝手拝借/感謝です。

| | コメント (0)

2006年11月21日 (火)

暮らしに役立つ哲学入門

面白い本を図書館で見つけて読んだ、伊藤笏康「人間に何が分かるか―知識の哲学」Photo_322

まず、知識を三つに分類・ネーミング(概念化)している。俺流に表現すると下のようになる。

生活知:普通の生活をこなす上で必要な知識。仕事の手順(マクドナルドのマニュアル知)、行儀作法エチケット等TPOで何をすべきかすべきでないかの知識、謂わばknow what、そして不明な場合に誰に訊けばよいかのknow whoである。
遂行知:課題・問題を解決するための知識。仕事の能力では一般にこれが問われる。つまりknow howである。技術・技能の知である。
説明知:学問・科学の知。問題解決より、なぜそうなっているかを説明することの方が重要となる。すなわち、know whyだ。

そして、上の分類を統一的に説明するために著者は次の方程式を導入する。
 
 現実=原理+個別事情

生活知では、原理より個別事情が優先される。現実にそぐわないknow what、know whoは捨てられて、代替のwhatまたはwhoが選択されるのだ。「現実が原理を一方的に裁く」と著者はうまいことを言う。
一方、遂行知では、原理は「知の補助手段だが、積極的意味を持ち」「現実に合わなくても原理の理解が現実理解を助ける」。原理を知らない技術者はつぶしが効かないということだ。
そして、説明知では、「説明自体が目的となり」「現実は原理を直接裁けない」。「原理は理想として現実を測る基準となる」のである。原理なくして改革なしなのだ!(小泉→安倍政権に原理なし!)

そして、更に面白いのは上の方程式をひとひねり(移項)すれば

 原理=現実-個別事情

すなわち、現実を抽象化して概念モデル化することにより原理が分かるという式になることである。説明知(科学及び哲学)、遂行知(技術)における原理の重要性をこの式は語っているのである。

そして、著者は哲学を分類する。

形而上学(第一哲学):説明知、従って原理を最重要視する考え方。走る前に走るとは何か、走ることの本質(イデア)を考え、それを見極めてから走れということだ。
実用主義(プラグマティズム):原理より効用を重視する。謂わば、走ってから、または走りをシュミレートした後で効用を測定し、走ることの価値を決めようという考え方だ。
批判哲学:原理自体の「限界と射程を見極め」(批判)ることにより、現実に対する有効性を考える哲学である。俺が尊敬するカントの立場であり、これが哲学本来のあり方だと思う。有限な人間は、船(哲学・科学・技術及び全ての知)を修理しつつ航海せざるを得ないのだ。

以上、知識の分類(生活知・遂行知・説明知)を覚えておくだけで、暮らし・仕事の様々な局面でwhy・what・who・howを区分して考えたりする役に立つ。なのに、俺たちは、こんなことも学校では習わなかった。
技術立国日本、知は永遠の円環運動(価値⇔概念⇔事実)であり、平和と繁栄の礎となるのである。だから、頑張れ日教組、教育基本法改悪にめげるな。

※画像はCOLLECTOR'S EDITION 学校から勝手拝借/感謝です。

ブログランキング
先生たちにエール・ボタンのつもりです。

| | コメント (0)

仏は愚者を愛す、されど

寅第40作は「寅次郎物語」→題名は次郎物語をパロってる、絶対に。なぜなら、人はなんのためPhoto_21に生きるのかが重要なテーマとなっている哲学的作品であるからだ。

そしてこれに対する寅の答えは、満男 「人間って何の為に生きているのかな?」
寅さん 「んなぁー、お前、難しい事聞くな。なんていうのかな、あー、生まれてきて良かったなぁ、と思う事が、何べんかあるじゃない、ねぇ。その為に人間生きているんじゃないのか。」といつものセリフ収録ブログ
(ご苦労様です。徹夜なんて無理はしないで)を参照されたく。

さてマドンナは秋吉久美子。色っぽいのである(もう少しぽっちゃりしてると俺のタイプ)。で、落とせる場面もあったのに肉欲を忌避する寅はいつものようにびくついてしまう。それでいて、彼女との生活を夢見てアリアを歌うのだが。

そんな愚者(賢者?)を仏は愛しておられる。されど愚者はそれに気がつかない。アホやなあ、でもそれを言っちゃあ、人生おしめえよ。愛の交差に人生の真実ありき。

ところで、昨日のプール体重:85.2→84.6。光微かに射しつつありや。

 一缶のビールの味を確かめて飲み居るわれに救ひはありや

昨日は月曜日故節酒再開。無事進行中。

※写真は東スポ 写真コラム 色っぽすぎるよ 秋吉久美子から勝手拝借/感謝です。

| | コメント (0)

冬夕焼の句

冬夕焼の句といえばこの名句。Photo_321
 むつかしき辭表の辭の字冬夕焼    富安風生
「辭」は旧字の「辞」(ほんと、むつかしい。昔の人でも矢張り難しかったのだ)。こんな側面から辞表提出という世俗の出来事に光を当てることもできると知らしめた句である。ちなみに辭の字はネット検索で現代俳句アンソロジーに出会って、コピペさせて頂いた。

歳時記を見ると他には
 路地染めて何をもたらす寒夕焼     菖蒲あや
 卵黄を掻き解き掻き解く冬夕焼      中村草田男
 寒夕焼じやんけんぽんの石と紙     鷹羽狩行
などがある。郷愁と哀歓の季語である。

そこで、今朝の俺の句は「観自在菩薩悦楽冬夕焼」。なんで観自在を思いついたのかなあとネット検索したら般若心経であった。菩薩悦楽だけが工夫の句である。

※写真は冨安 風生(とみやすふうせい)―ホトトギス派の代表的俳人―から勝手拝借/感謝です。 

|