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2006年11月15日 (水)

季語に添う@句をひねる

短歌になくて俳句にあるのは季語。季語の力は圧倒的だとヘボアマ歌人は思う。そして、Photo_309 毎日、句をひねるようになって、季語中心に句作するようにつとめている。措辞を思いついて、さて、季語をどうしようかと考えたり、逆に、ある季語を使ってみたくてそれに合う言い回しをひねるなどである。

さて、今日の句は「山茶花や妾宅の木戸開けて入る」。散歩の途中で山茶花を見かけて家に帰って歳時記を引き、これは木戸を合わせてみたいなあ、おお、妾宅の木戸なんか粋やんかあとなって句にした次第である。
下七「開けて入る」に若干の工夫を要した。開けなければ入れない、その当たり前の妙(をかし)を感じてもらえるだろうか。

俺にとって短歌は本宅、俳句は別宅。この句は俳句入門の句なりと後講釈をつけてみる。
ともあれ、俳句は季語を核とした時空を超えた共同文芸であることを実感している。「山茶花に日当たれば恋得しごとし」轡田進。

 言語フェチ季語に添ひ寝の俳句して脳すこやかに死にてゆきたし

Holi's best 10 shots in 2004山茶花とカワセミ(初冬)が素敵な写真です。クリック→拡大すると、より楽しめます。また、掲載写真は「御宿かわせみ」 NHK金曜時代劇から勝手拝借/感謝です(高島礼子って、いいですねえ)。

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