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2006年11月17日 (金)

季語との距離@句をひねる

今日の句は「冬日和嘘のつけない歳となり」。この句の季語は、在庫中、変遷動揺した。Photo_314

初案「根深汁」→歳時記を読むと「根深汁」とは「葱を実にした味噌汁。葱は冬がいちばん美味で、熱い汁を焼くような汁、実は半煮え加減がうまい」とあり、「根深汁老いてうなづくことばかり」大石白夢の句が引かれている。しかし、嘘と根深の字面の取り合わせが近すぎるのではないかと危惧が拭えなかった。

そこに、ある朝「短日や」が登場。歳時記には「日の暮れるのが早いと人の気持ちや生活もあわただしくなりがちである」とある。よしよし、こっちの方がいいと、こちらに変えてはみたものの、「短日」は「残年短し」を想起しやすいのでこちらも季語につきすぎの不安が残ったままであった。

そうしてるうちに、ハイクブログで他人様の句「携帯を変へて気分は冬うらら」に遭遇。そうか、「うらら」は「春うらら」だけではないんだと歳時記読めば「冬晴れ 冬日和 冬うらら」は同一の季語として扱われていて、「小春というと、冬の初めのころだが、冬日和はそれから後の日和をさす」とある。これを読んで「冬うらら」ではなく「冬日和」とした次第である。

俳句は季語を核とした(時空を超えた)共同文芸<季語を核としたWorld Wide Webのごとき世界>である。そして、季語との距離を適切に保つところに味わい・趣(意味)が生まれる。語の意味は言語におけるその使用形態なり、を実感しつつ今日も俺はひとり悦に入って句をひねくり回しているのである。

※写真はウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』から勝手拝借/感謝です。

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