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2006年11月23日 (木)

小野茂樹

投句してコメント読み書き、さらには名句鑑賞して俳句脳はいったん終了。
一息ついて、来し方行く末を思えば短歌脳となり一首を得し。

 失ひしもの少なくて得しものの多しと思ふ冬の夜明けに

先物の傷は未だに残れども、代わりに俳句を得たと思えば釣り合いがとれたと思う浅墓さ。一歩後退、二歩前進。おお、陳腐な言葉ばかりなり。

つまり、我が句歌に親しむ由縁はと、これもまた自分探しなのか、いや、ボケ防止と立派客観理由あり。そうそう、我れ青春に非ず。自分探しとは言えぬ。なんでや、なんで自分探しと言うたらあかんねん、責任者出て来いコイコイ池の鯉。Photo_327

さて、今日は小野茂樹。悲運の夭折歌人なり。

 あの夏の数かぎりなきそしてまたたつた一つの表情をせよ

二句から三句へたたみかけるリズムの気迫に加えて、下の句の命令形で読者は粛然とする。そして、作者の夭折を思うと、「表情」は永遠と化して記憶に固定される。
青春相聞歌の傑作である。俺にはこんな青春は無かったなあとちょっぴり口惜しく妬ましく思ってしまう傑作である。紆余曲折を経て果たした雅子との再会を背景にした歌とのことであるが、そんなことを知らなくても、この歌の透明で衝撃的な叙情を十分に感じることができる。

歌は叙情、句は叙景。情と景、すなわち心のうちそとを友とできる俺は(とにかくもまあ)仕合せなのだ。

 珈琲とジャズが青春秋扇

昨日、プールで得た句である。来年の秋、もし生きていたらハイクブログに投句しよう。

※写真は花物語  「羊雲離散」から無断拝借/感謝です。転載禁止ならば即削除いたします。

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コメント

こんばんは。

リンク明示の転載ならば、引用ということでOKします。
どうぞよろしくお願いします。

投稿: f-doll | 2006年11月27日 (月) 午後 06時07分

ご了承頂きありがとうございました。リンク明示していますので、このまま転載を続けさせて頂きます。

投稿: 土曜日の各駅停車 | 2006年11月27日 (月) 午後 10時42分

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