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2006年11月21日 (火)

暮らしに役立つ哲学入門

面白い本を図書館で見つけて読んだ、伊藤笏康「人間に何が分かるか―知識の哲学」Photo_322

まず、知識を三つに分類・ネーミング(概念化)している。俺流に表現すると下のようになる。

生活知:普通の生活をこなす上で必要な知識。仕事の手順(マクドナルドのマニュアル知)、行儀作法エチケット等TPOで何をすべきかすべきでないかの知識、謂わばknow what、そして不明な場合に誰に訊けばよいかのknow whoである。
遂行知:課題・問題を解決するための知識。仕事の能力では一般にこれが問われる。つまりknow howである。技術・技能の知である。
説明知:学問・科学の知。問題解決より、なぜそうなっているかを説明することの方が重要となる。すなわち、know whyだ。

そして、上の分類を統一的に説明するために著者は次の方程式を導入する。
 
 現実=原理+個別事情

生活知では、原理より個別事情が優先される。現実にそぐわないknow what、know whoは捨てられて、代替のwhatまたはwhoが選択されるのだ。「現実が原理を一方的に裁く」と著者はうまいことを言う。
一方、遂行知では、原理は「知の補助手段だが、積極的意味を持ち」「現実に合わなくても原理の理解が現実理解を助ける」。原理を知らない技術者はつぶしが効かないということだ。
そして、説明知では、「説明自体が目的となり」「現実は原理を直接裁けない」。「原理は理想として現実を測る基準となる」のである。原理なくして改革なしなのだ!(小泉→安倍政権に原理なし!)

そして、更に面白いのは上の方程式をひとひねり(移項)すれば

 原理=現実-個別事情

すなわち、現実を抽象化して概念モデル化することにより原理が分かるという式になることである。説明知(科学及び哲学)、遂行知(技術)における原理の重要性をこの式は語っているのである。

そして、著者は哲学を分類する。

形而上学(第一哲学):説明知、従って原理を最重要視する考え方。走る前に走るとは何か、走ることの本質(イデア)を考え、それを見極めてから走れということだ。
実用主義(プラグマティズム):原理より効用を重視する。謂わば、走ってから、または走りをシュミレートした後で効用を測定し、走ることの価値を決めようという考え方だ。
批判哲学:原理自体の「限界と射程を見極め」(批判)ることにより、現実に対する有効性を考える哲学である。俺が尊敬するカントの立場であり、これが哲学本来のあり方だと思う。有限な人間は、船(哲学・科学・技術及び全ての知)を修理しつつ航海せざるを得ないのだ。

以上、知識の分類(生活知・遂行知・説明知)を覚えておくだけで、暮らし・仕事の様々な局面でwhy・what・who・howを区分して考えたりする役に立つ。なのに、俺たちは、こんなことも学校では習わなかった。
技術立国日本、知は永遠の円環運動(価値⇔概念⇔事実)であり、平和と繁栄の礎となるのである。だから、頑張れ日教組、教育基本法改悪にめげるな。

※画像はCOLLECTOR'S EDITION 学校から勝手拝借/感謝です。

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