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2006年12月 2日 (土)

大根の句(写生について)

今日は旧暦10月12日(こよみのページで計算するとこうなる)、芭蕉忌である。しかし、いまいち自信がないのでネット検索したら京都東山の芭蕉堂では毎年11月12日に芭蕉忌を開き芭蕉を偲ぶそうである。
かねて用意の「時雨忌やウィトゲンシュタイン句をひねる」(昨日、寅に句をひねらせたばかりではないか)をどうしようかなあ、来年回しかなあとも思ったけれど、ハイクブログに投句することは止めて句集「妾宅の木戸」に直接入れることにした。Photo_355

そこで、今朝の句は「朝市や人に混じりて大根買ふ」。
なんの面白みもない(かもしれない)写生句である。短歌もそうだけれど言葉数の少ない俳句では余計に、創作力は鑑賞力・評価眼である。ところが大抵作者の眼は濁っている(ナルちゃん俺は特に)。
この句も俺の眼からは「人に混じりて」に人の世に対するある種の感情(拒絶感)が表明されている佳句のように見える。これではいつまで経っても上達しないのである。

 流れ行く大根の葉の早さかな    高浜虚子

この句の下五「早さかな」という措辞(言い回し)が句の決め手であるというのを何かで読んだ。しかし、それ以前に、景を切り取るカメラ・アイと切り取られた景の動き「流れ行く」があると思う。その上での「早さかな」であろう。ここにどんな情を読み取るかは読者の問題であり、それが俳句(写生:事実世界を概念世界に写すまでが作者の力量)である。価値世界は読者に委ねるのである。

※写真は大根の効果例|鉄力あぐりから勝手拝借/感謝です。

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