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2007年1月

2007年1月31日 (水)

天木新党構想に賛成

今日はもう手仕舞いと思って最後に天木直人さんのブログを覗いたら、 Photo_6
「国民投票で改憲を阻止し、米国への軍事的従属から自立した平和日本へと日本を解放する」新党構想の意見を募集していた。

賛成です。ほんとうは地方区反自民全野党選挙共闘+全国区新党が一番いいと思うのですが。
写真は[公式] 天木直人のブログから勝手拝借/感謝です。

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冬の川の句@冬の河をとこをんなに手もふれず

寅句である。Photo_570

 冬の河をとこをんなに手もふれず

「川」ではなくて「河」の方がどんよりしているように思うから。俺もどんよりしていた、かつては(ああ今も)。

 冬の川女の裳裾あざやかに      原コウ子
 冬川に出て何を見る人の妻      飯田蛇笏
 冬川のひびきを背に夜の伽      石原八束
 冬の川見て叱咤して詩を作る     山口青邨

冬の川って結構、エロスを湛えているじゃん。また叱咤して詩をつくらむか。

※画像は山本富士子の「夜の河」から勝手拝借/感謝です。

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寅、枯れにけり

Photo_569 遂に、寅最終作「寅次郎紅の花」を観てしまった。
最終作だと思うと、観る前からハイ・テンションで、渥美清の座ったままの演技につらかったろうと思ったりした。

奄美大島でなんとかなると思ったに、もーう、寅の
馬鹿にしか見えないよ、そんなのは。自分じゃ、格好良いつもりだろうけど、要するに、卑怯なの、意気地が無いの、気が小さいの。体裁ばっかり考えているエゴイストで、口程にもない臆病もんで、つっころばしで、ぐにゃちんで、とんちきちんの、おたんこなすだっていうんだよ。

この映画はそして寅はリリーのこのひとことにつきるのである。
ぐにゃちん

だからボクらは寅を愛した。愛する人を奪えない寅のやさしさを呆れるぐらい愛したのである。

しかしなあ、リリーも相当のもんだよ。この意地っ張り。寅がぐにゃちんだとわかっているのだから、やさしく導いてやればいいじゃあねえか。それともやっぱりあれかい、リリーも愛する人を壊すのが恐いのかい?いや、違うなあ、リリーは「あたしは愛される資格なんかないんだ」と思っているんだ、多分。奪い奪われることに資格や能力なんか関係ないのにね。

 冬の河をとこをんなに手もふれず

画像は
浅丘ルリ子×木の実ナナ 二人の大物女優が“伝説の映画女優”を演じる!から勝手拝借/感謝です。一にルリ子、二が喜和子、次がナナでその次は小百合かなあ。オリエも忘れちゃあならない。男優ゲスト助演ベストは当然、志村喬である。なんといっても第一作だ。また泣くぞ。

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梅の句@第二弾

第一弾は「蕩尽のまだ余命あり梅一輪」だった(引用した波郷の句にミス発見し訂正済Photo_568 み)。

 いつまでも大人になれず梅ひらく
 梅ひらく水面に落とす紅き影
 紅白梅睦み居りたる斜面かな

一句目を「いつまでも男の子なりけり梅の花」に直してみたが、初案に戻した。では「少年のまなこ清けく梅紅き」はどうかと思ったが、これもいじりすぎと判断して没。素直な句が俺のとりえと自己納得させてはいる。
この句は、永田耕衣という96歳まで生きた俳人に「少年や六十年後の春の如し」という不思議な句がある。でもこれは真実なのだ。少年は六十年後の春に、再び「少年」の感性を取り戻すに違いない。に激しく同意するものである。

二句目三句目は今朝のWalkingで得た。梅を見むとてコースを変えて写生(自信を持ってこう表現する)した。特に三句目は自信あり(誰も言うてくれへんから自分で言う)。これも耕衣近海に鯛睦み居る涅槃像」を意識した句だ。この句にはエロスを感じてしまう。生(エロス)は死(タナトス)とともに古来語られてきたが、耕衣は俗語を駆使してその世界を詠んだ。に俺も同感である。まことに俳句とは言葉のネットワークだ。

 
むめがゝにのつと日のでる山路かな   芭蕉
 白梅や老子無心の旅に住む      金子兜太
 多摩の山左右に迫りて梅の里     高浜虚子
 天曇るつめたさに触れ梅ひらく    鷲谷七菜子

コピペしたら字体が変わってしもうた。元に戻す方法わからず。→表示させたら大丈夫だった。入力/編集画面のみの問題か。

ああ、ついでに短歌一首。

 冥土へは句歌を土産に持ち行かん言葉に優る財のありや

※画像は演劇倶楽部『座』 - 過去の公演実績「少年探偵団」から勝手拝借/感謝です。

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かえるネット京都に再質問

かえるネット京都護憲共闘に関しての私の質問に対して回答していただいた。共産党員の方の見解は理解できるが、政治情勢は共産党の柔軟な態度を要求しているし、少し長いスパンで見ると共産党の利益(得票増・党勢拡大)にもなると考える。

以下はかえるネット京都での再質問だ。コメントでの字数制限もあってこちらに掲載する。

私の質問に答えて頂いてありがとうございます。
>民主党との「護憲共闘」の実現可能性は、「ゼロとは言わないが、極めて小さい」。
という点についてはよく理解できます。しかし、夏の参院選は憲法分け目の関が原、政治決戦だということは安倍政権があのような国家主義的言動を見せている以上、否定できないことだと思います。また、イラク問題、ワーキングプア問題など平和と国民の権利と生活を守る必要性が高まっているのも事実だと思います。そこで更なる質問をさせて下さい。
(1)民主党との護憲共闘が無理だとしても、平和と生活防衛という観点から反自公選挙協力の可能性はありませんか。
率直に言って共産党が候補を下ろせば、民主党が勝てそうな選挙区(特に一人区)は多々あるのではないでしょうか。確かに、一方的に共産党だけが不利益を蒙るように見えますが、民主党支持者・無党派の中でも共産党の柔軟な姿勢に好感を持ち、地方選挙・衆院選挙での得票増、党勢拡大に結びつく可能性は高いと思います。現在の民主党を見るだけでなく背後の支持者・世論を味方につけることにより民主党を変えていくのも政治闘争ではないでしょうか。
(2)上の点は民主連合政府の展望とも関連することです。連立政権の条件として護憲は絶対ですか。自民党の悪政から国民を解放し憲法を守り抜くために「よりましな」勢力と連携するべき時期に来ているのではないでしょうか。

仮に今、憲法改悪国民投票を行えば、憲法に無知で北朝鮮更には韓国中国に敵意を燃やす愚昧な世論の存在を考えると、改悪賛成票は過半数を越えると私は予測します。
このような世論に衝撃を与え自民党を政権から引きずりおろす第一歩として、対米従属是正・格差是正・イラク(イランも)戦争協力反対の観点での全野党選挙協力の実現を願って止みません。共産党が平和と民主主義の守護神かどうかが問われている時期です。ボルシェビキはメンシェビキに食い込んで利用してロシア革命を実現した歴史もあります(余計なことを書いてしまいました)。ご奮闘を期待しています。

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2007年1月30日 (火)

冬の蜂の句@安倍憎し自公倒せと冬の蜂

今日はもう打ち止めのつもりだったのだけれど安倍晋三 - トラックバック・ピープルを眺Photo_567 めていたら、前々から欲しかった「冬の蜂」の句が浮かんでしもうた。

 安倍憎し自公倒せと冬の蜂

スピノザ(その政治思想の特徴は、その現実主義にある。政治への理想を保持しつつ現実の直視を忘れないその姿勢)はユダヤ教正統解釈守旧一派に対して、聖書を拠り所として内在的批判で闘った。外在的批判では守旧派はびくともしない。守旧派を倒すためには彼らの地盤を足元から掘り崩すことが必要だったからである。田島正樹「スピノザという暗号」はスピノザの全体論的かつ内在的批判という方法を俺に教えてくれた。奴らを倒せ、足元から根こそぎに。

 
冬蜂の死にどころなく歩きけり     村上鬼城
 冬蜂と我とエスカレーター天にゆく   加藤楸邨
 冬蜂の死と闘へる巌の上        野見山朱鳥

※画像はスピノザ。1677年没、享年44歳。 

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冴ゆの句@どこからも富士は真向かひ朝冴ゆる

これまでで最も出来がいい富士句と思っているが、市場の反応や如何に。Dvc00005

 どこからも富士は真向かひ朝冴ゆる

しぶちんの俺はデジカメ所有せず、ケータイカメラのみ。左はそれによる写真だけれども構図が悪い。それにどこで撮ったかも忘れてしもうた。

 灯の冴ゆる机の上の夜半かな    坂本四方太
 冬冴えのレールや鳩の拾ひ食ひ   平畑静塔
 冴ゆるまで静けき室に墨匂ふ     新井石毛
 叱咤冴え湖上に馬を引き入るる    古舘曹人

静塔は京大俳句の創刊者。やはり、京大俳句事件で検挙された。(三鬼の死)「もう何もするなと死出の薔薇持たす」「えむぼたん一つ怠けて茂吉の忌」がある。リンクに孫の方が中学生時代に書かれた「ぼくのおじいさん」なる作文がある。

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冬の海の句@処刑されし人に歌あり冬の海

テレビ番組を観て、海の風景に十二音(刑死せりし人に歌あり)が浮かんだ。

 処刑されし人に歌あり冬の海

字余り承知で「処刑されし」と直して、付ける季語は「冬の海」しかなかった。なぜなら、「冬の皺よせゐる海よ今少し生きて己れの無惨を見むか」中城ふみ子なのだから。Photo_566

ところで、死刑制度は廃止すべきと思う。威嚇効果にいささかの根拠はありそうだが、冤 罪(八海事件など)を思えば根拠はかき消され、人倫を越えていると考える。

 鷲とんで白を彩とす冬の海       山口誓子
 冬浜に老婆ちゞまりゆきて消ゆ    西東三鬼
 銃さげし少年匂ふ冬の磯        原 裕
 冬海の方へ寝かへる一息に      加藤楸邨

※画像は八海事件を描いた映画「真昼の暗黒」より勝手拝借/感謝です。

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島秋人と窪田空穂

フジテレビは基本的に観ないのだが、日曜日にたまたま新聞テレビ欄で「われに短歌(うPhoto_565 た)ありき~ある死刑囚と窪田空穂~」があるのを発見し、観た。

死刑囚の名は島秋人。経歴・事件内容についてはこちらに詳しいが、警察署長の息子として旧満州に生まれ、父親が公職追放にあったこと等もあり恵まれない生活の中で育っち、二千円のために強盗殺人及び致傷事件を起こし、死刑判決を下された人である。
獄中で小学生のとき唯一褒めてくれた図画の先生に手紙を出し、先生の夫人の勧めで短歌に目覚める。毎日新聞に投稿したことにより窪田空穂との文通交流が始まり空穂は心を込めて作歌を指導する。

 この澄めるこころ在るとは識らず来て刑死の明日に迫る夜温し

が処刑前日に残した歌である。この歌も含め多くの歌が心を打つ。その中から一首、引く。

 愛に飢ゑし死刑囚われの賜りし菓子地に置きて蟻を待ちたり

昭和42年4月12日窪田空穂、死去。享年89歳。
同年11月2日、島秋人、死刑執行される。享年33歳。

※画像は島の描いた絵である。朗読劇「鬼灯」と企画展「ある死刑囚の短歌と空穂、遺愛集が語りかけるもの」から勝手拝借/感謝です。

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柳沢大臣に寄せる短歌と俳句

日経夕刊につい先日までコラムを連載していた柳沢大臣。若い頃にはアカにもかぶれて なかなかの読書家とお見受けしたのであったが。

 デカルトを昔読みしがつい癖で子を生む機械と言ひにけるかもPhoto_564

ラ・メトリーはその著作で、足は歩く筋肉であり、脳髄は考える筋肉であるとした。100年近く前にデカルトが唱えていた人間を精神と肉体とでできた機械(デカルト的二元論)とみる発想よりも「機械論」に徹していた。という程度はご存知であっただろう、多分。

 生教養怪我の素なり冬の蠅

画像は「人間機械論」を提唱したラ・メトリー。

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渥美清の俳句

渥美清が「風天」という俳号で句をつくっているとみなこさんに教えていただいたので検索Photo_563 してみた。
きっこの日記に句がいくつか紹介されている。また、増殖する俳句歳時記(増俳と世間では略称するようだ)にも一句引かれている。

そんなことも知らずに俺は以前にこんな句をつくっていた。

 小春日や寅も黄泉にて句をひねる
 団子屋に団子食ひけり初時雨

二句目は寅が黄泉でひねった句という設定だ。無知であったわいなあ。

 ベースボール遠く見ている野菊かな  風天

※写真は甘味処 - 高木屋老舗 - livedoor 東京グルメから勝手拝借/感謝です。

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2007年1月29日 (月)

対立軸は国権vs民権

生活維新も政治資金もいいけれど、対立軸を明確化することが支持率UPには絶対必要Photo_150 だよ、小沢クン。そして、その絶好のチャンスが代表質問。各論は委員会審議に任せて総論、政治信念更には世界観で対決してほしい。

とすれば、「美しい国」批判で真っ向勝負しかない。逃げたらアカン引いてもダメよ。戦後民主主義見直し論をぶっ飛ばせ。

思うに、自民党は国権=国家主義。もっと言うなら政官財癒着国家食い潰し。それが証拠に9条改正論も突き詰めれば対米従属軍事費横領論にすぎない(だから北朝鮮金王朝に倒れてもらっては日米ともに困るのだ)。教育改革も国家統制強化して政官財癒着有為の人材育成が目的だ。郵政民営化にいたっては露骨な国民貯蓄利用目的であることは言うまでもない。

これに対して、民主党は民権=個人主義に立つのがホントウなのだけれど、9条は言うに及ばず、経済政策も福祉政策も(政治資金の如く)曖昧不透明である。その理由は、対立軸を党内でも明確化していないことにある。国家主義に訣別して自由と個人の側に立ってこそ民主党の活路は開ける(添付図参照←クリックすると拡大明瞭可視可能)。

それができるかなあ、あかんやろなあ。一応代表質問のビデオは録って置くけれど。

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寅枯れるの句@寅枯れてハイビスカスの花ひとつ

Photo_81 寅最終作「寅次郎紅の花」を観て、「寅枯れる」をハイクブログ季語登録しての句である。

 寅枯れてハイビスカスの花ひとつ

最終作だと思うと、そして、渥美清の身体が既に癌に侵されていたことを思うと観る前からハイテンションだった。
勝ち組も負け組みも金持ちも貧乏人も時間だけは平等。いのちはひとつ。
そして、生活習慣病はなんとか対抗できるとしても、癌には運命に近いものがある。

すっかり歌を忘れたカナリアだけれど、俳句でいのちを詠えると知って(いまのところは)俳句にいれこんでいる。俺だって、いのちの詩にいつかめぐりあえるよな、寅さん。

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草城忌の句@草城忌男心の枯れもせで

今日は日野草城の忌日である。Photo_561

 草城忌男心の枯れもせで

「男とは闘ふものぞ草城忌」「草城忌ベッドサイドの灯を消して」の二句を用意していたのだが、思うところあって没にした。その代わりの句を昨日、プールでうんうんうなっていた。

草城は無季俳句を提唱したために(虚子の花鳥諷詠論に楯突いたので)「ホトトギス」同人を除籍されたが(1936年)、戦後の療養生活を経て死の直前に(1955年)赦されて同人に復帰した。ミヤコホテル十句(SOHYAさんのブログに詳しい)が当時の俳壇に大きな衝撃を与え、これが除籍の端緒となったものだ。十句から一句だけ引く「をみなとはかかるものかも春の闇」。

 この冬の意外なぬくさ草城忌     桂 信子
 侘助の群がる日なり草城忌      石田波郷
 風邪臥しの背骨の疼く草城忌     伊丹三樹彦
 ばら色のままに富士凍て草城忌    西東三鬼

水原秋櫻子、日野草城らの反写生論があって現代俳句がある。他方、虚子の写生論が俳句の大衆化に貢献した(誰でも取り組める花鳥諷詠)との見方もできる。

能書きはこのぐらいにしよう。いずれにせよ、駄句は駄句である。精進精進。

※写真は草城。特別展「日野草城生誕100年」から勝手拝借/感謝です。

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2007年1月28日 (日)

絶対無<私>は神の贈り物

今朝Photo_560

 神からの贈り物なり冬銀河

という句を得た。そして、哲学トラックバックに旧記事「西田幾多郎×永井均」をトラバして、もう一度読み返す。この記事の末尾に赤字で

私は言語によって有化され、経験によって無化される。だから、「人が経験するのではない。経験が人をつくるのである」と西田も言うのである。色(主語)即是空(述語)、空(述語)即是色(主語)。絶対無とは「自覚」され無化された有なり。←神さまの贈り物

と書き込みたくなった。そうなのだ、絶対無<私>は神の贈り物なのだ、ということに俺は気づいた。ああ、なんとかならぬかこの観念狂い。

※画像は<スタジオ・クラシック・シリーズ> 終身犯から勝手拝借/感謝です。この映画のラスト近くで主人公バート・ランカスターのセリフ「人生は神からの贈り物」を昨日、観た。ボクって単純なんです。

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真っ向勝負だよ、小沢クン

施政方針演説で遅まきながら俺にもわかった「美しい国」の正体。要するに、戦後見直しPhoto_559 論の亜種にすぎないんだ。
だから、なぜ「美しい国」なのかの理由付けが
輝かしい戦後の日本の成功モデルに安住してはなりません。憲法を頂点とした、行政システム、教育、経済、雇用、国と地方の関係、外交・安全保障などの基本的枠組みの多くが、21世紀の時代の大きな変化についていけなくなっていることは、もはや明らかです。我々が直面している様々な変化は、私が生まれ育った時代、すなわち、テレビ、冷蔵庫、洗濯機が三種の神器ともてはやされていた時代にはおよそ想像もつかなかったものばかりです。 (「戦後レジーム」話への感想 メンフィスからの声から転載させて頂きました)
という貧相なものにならざるを得ないんだ。「明らか」と言っているだけで具体的なことはなんにも言っていない。「三種の神器」まで持ち出してハズカシイ。

思うに、ここで言っている「21世紀の時代の大きな変化」とはグローバリゼーションのことを言っているのだろう。これについていけずに、バブルに踊りながーいデフレに苦しんだのは戦後民主主義のせいではない。大企業中心官民癒着自民党政治が個を抑圧し、寄らば大樹行け行けドンドン赤信号みんなで渡れば恐くない文化を作り出してもたらしたものだ。だから改革しなければならないのは、憲法・教育基本法等戦後民主主義ではなくて大企業中心官民癒着自民党政治そのものである。問題をすりかえるな、安倍ちゃん。

そこで(自信にかなり欠けるけれど)小沢クンに期待。「美しい国」を真っ向から批判せよ。大企業中心官民癒着自民党政治をぶっ壊せ。
彼がなぜ自民党を離党したのか、いまだに俺には理由不明なんだけれど(当初中立であった参院竹下派に派閥オーナーである竹下自らが関与して小渕支持を決定、この結果として後継会長は小渕に内定した。政争に敗れた小沢は羽田、渡部、奥田らと改革フォーラム21(羽田・小沢派)を旗揚げし、派閥は分裂したが理由だろう、多分)。代表質問を楽しみにしている。

郵政選挙は論点をずらそうとして失敗した。その轍を踏んではならない。「美しい国」に真っ向から勝負せよ、つくろう護憲人民戦線を。

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水涸るの句@恍惚のネットワーカー川涸れる

三十年後、ネットはいったいどうなっているだろうか。

 恍惚のネットワーカー川涸れる

初案「いくつまでネット出来るや冬の河」だった。これを「老い惚けて」と直し、更に「恍惚のネットワーカー冬の河」として、動詞が無いなあと気づいて本句となった。「冬河に新聞全紙浸り浮く」山口誓子(「つかり」は陵をさんずいへんに変えた字)を例句に引けなくなったのが残念だ。

 川なりに涸れても水の曲るなり    石塚友二
 あさましく涸れたる川を眺めけり    日野草城

まあしかし、九十まで生きることを前提に句をつくるのだから相当の自信であるPhoto_558。あさまし や。あ、一句できた。

 神からの贈り物なり冬銀河

いのちは神からの贈り物なり。所有物にあらず。

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冬草の句@冬草やバッハを愛す人生も

自分ではわりと出来がいいと思っている。

 冬草やバッハを愛す人生も

バッハには膨大な作品群がある。BWVとして整理されたもので1080曲だそうだ。
だから、「バッハを愛す」としたけれど、おまえ、どれだけ聴いてるんやと自問すると忸怩たるものがある。でもともかく好きである。ゴルトベルク変奏曲を一番に挙げよう。
バッハの鍵盤音楽は、聴いていて宇宙に触れるような心地がする。数学的美(秩序とエロスの共鳴ないし相克とでも言おうか)を感じるのだ。だからついでに人生も、としたのがこPhoto_557 の句である。

 母長寿たれ家裾に冬の草      大野林火
 荷車を曳く冬の草見つづけて    斎藤夏風
 冬草は絹の手ざはり久女の墓   加藤知世子
 日のあたる冬草父も兄も亡く    大川真智子

形式と内容の相克ないし共鳴から美は生まれる。俳句然り、音楽然り。そして人生においても生と死が形式、生活が内容と言うべきか。単なる思いつきだが。

ええい、ついでに駄句もう一句。

 冬草や声高の人テレビにも

みのもんたのことだ。朝3時に起き、朝3時半に自宅を出て、4時半にTBSに到着。午前中~昼は朝ズバッとおもいっきりで忙しく、午後はジムに通ったり、ほかの番組の収録、水道会社の取締役社長としての業務もこなし、夜は毎晩店で飲み、自宅には夜中の12時過ぎに帰ってくるという殺人的な毎日だそうだ。敬服はするが美は感じない。賢明な人だからどこかですっぱり引退して長生きに努めるだろう。
 
※画像は杉田久女。「清張の会」の歩みから勝手拝借/感謝です。読みづらい形式だけれど内容は読み応えのある久女関連記事である。 

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2007年1月27日 (土)

高見恭子

俳句王国に高見恭子が出ていた。Photo_556
どんなタレントかよく知らなかったので検索して、ほう、そうかと思った。
それだけである。

ところで俳句王国、今日の兼題は「薄氷」→観ながら一句を得た。

※画像は高見恭子 プロフィール - goo ニュースから勝手拝借/感謝です。

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哲学トラックバックを設置しました

右サイドです。このトラックバックピープルって面白いなあ。昔のパソコン通信の感覚にちょっぴり似ています。

ところで、先日設置したWAKAトラックバックが俺の独占みたいなので、ちょっと遠慮してトラバしています。

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「拒否の一票を投じればいいだけ」か?

一人党を提唱した天木直人さん「塩野七生が語る安保闘争」

(1)「いよいよ憲法改正が現実のものとなってきた。この動きを阻止できるのは既存の護憲政党や護憲政治家では決してない
(2)「いつの日か改憲案が国民投票の形で現実に国民に突きつけられる時が来る。その時に日本に再び「政治の季節」が訪れる。おそらく戦後の政治史のなかで最後の政治運動が起きる時である。しかしそれを恐れることはない。拒否の一票を投じればいいだけである

と書いていらっしゃる(論点整理の都合上、私の判断で一部のみ引用しています。是非、前文をお読み下さい)。

(1)については(半ば諦めつつ)同意見だが、(2)については不同意である。
なぜなら、国民投票にかけられた時点ではもう遅い、過半数の「賢明な」日本国民は改憲に賛成するだろうと考えるからだ。また、そこまで状況が煮詰まってはじめて改憲勢力は改憲案を提出するだろうからだ。

だから、今夏の参院選で自公をコテンパンに惨敗させることが護憲にとって不可欠であり、護憲人民戦線の実現を切に願うばかりである。聡明な日本国民が民主・共産・社民に働きかけられることを!

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小異か大異か、護憲人民戦線を

共産党員の方との会話が成立して喜んでいる。Photo_555
俺の自公独裁阻止選挙共闘の呼びかけに対して返信を返してくれたからだ。
これ以上、上の場所で議論するのは好ましくないだろうから、こちらで更なる問題提起(上のリンクで提起済み)をしておく。

(1)御党の政治理念と憲法とどちらが大切ですか?
(2)政治戦術としても護憲共闘を民主党に持ちかけることは御党にとって損はないと思います。民主党が断っても民主党を揺さぶれますから。
私のブログに記事を書きますので、そちらに訪問して頂いてもかまいません。または無視して頂いても結構です。返信して頂いて嬉しく思いましたから。それではご奮闘を期待しております。

護憲の観点からは、民主党と共産党との相違は小異だと思っている。
いや、民主党内護憲勢力+社民党+共産党の大同団結を望んでいると言うべきだろう。
いうなれば、古い言葉だが護憲人民戦線だ。各位のご意見を乞う。

※画像は70年以前稀少チラシ PART7から勝手拝借/感謝です。

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霜柱の句@いつか死ぬ死なねばならぬ霜柱

「死なねばならぬ」なあんて演歌である。Photo_554

 いつか死ぬ死なねばならぬ霜柱

でも、「いのちひとつ」の裏側がこの句であると言い訳をする。いつか死ぬから生きるは愉し。俺は死ぬまで生きたるねん。

 霜柱この土をわが墳墓とす    加藤楸邨

例句はこれひとつに留めよう。「人間到処有青山」の「青山」は墓のことである。もっと言うと人間、どこで死んでもいい。更にはいつ死んでもいいということだ。ああ、死ぬ死ぬ。

 人生は一期の夢よ夢ならば長生きをせむプールに泳ぐ

※画像はトリスタンとイゾルデ|最近見た映画レビューから勝手拝借/感謝です。映画があるとは知らなかった。ワーグナー「愛と死」は最高のエクスタシー音楽である。

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実朝忌の句@大島も初島も見ゆ実朝忌

陰暦一月二十七日は源実朝の忌日である。Photo_553

 大島も初島も見ゆ実朝忌

「光る海横目に渋滞実朝忌」「渋滞に大島の見ゆ実朝忌」は没にした。渋滞を入れると句が渋滞するもんね。しかし、本句はすっきりしすぎてひねりがない。ひねって渋滞させない、それが佳句の条件か。

 箱根路をわが越えくれば伊豆の海や沖の小島に波の寄る見ゆ  源実朝

雄大な歌である。そして実朝の生涯を思えば悲しみが湧く。沖の小島に寄せる波に実朝は何を見たのだろうか。

 口衝いていづる和歌あり実朝忌   後藤夜半
 紅顔の人等つどへり実朝忌      山口青邨
 病む窓に伊豆の海あり実朝忌    木村燕城
 引く浪に貝殻鳴りて実朝忌      秋元不死男

季語を引けば俳句は十二音。この狭い海でいかに広い世界を詠うか、更にはなぜ詠うかが俳句の勝負である。なぜが決まれば何を、いかには自然の流れとなる。理屈はわかっとるんや、俺は。

※画像は実朝像。松岡正剛の千夜千冊『北条政子』永井路子から勝手拝借/感謝です。

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寒暁の句@寒暁やいのちひとつを大事とす

震災に寄せる句ができた。Photo_552

 寒暁やいのちひとつを大事とす

あの日、テレビは京都の震度を伝えたけれど神戸は空白だった。いつものように会社に出ると、神戸方面が大変なことがわかりかけていた。会議室にテレビを持ち込んで、ダイアルアップのパソコン通信で現地と連絡をとったりして、忘れられない日々である。

全ては「いのちひとつ」がはじまりだ。文学は当然、政治もそうだ。「いのちひとつ」を念頭に俺は語り続けたい。

 寒の朝みな美しき横顔す      中神洋子
 冬曙六人の病床うかびそむ    石田波郷
 冬の朝病者が残す魚の骨     田川飛旅子

風景に心を見る。それが写生だと思う。「魚の骨」を見て何を感じるかである。

 海見れば遠き記憶の甦る生命の連鎖遺伝子の神

こういうのを俳句に移し変えて写生すればいいのだ。道は遠くて近い。

※写真は阪神大震災ノート 高校生からのメッセージ《2》から勝手拝借/感謝です。

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なぜ「美しい国」なのか

俳句をマクラに議論をはじめる。「寒暁に十二回目の黙祷す」小竹さんへの返句である。

 寒暁やいのちひとつを大事とす

これは「寒暁に十二回目の黙祷す」小竹さんへの返句である。「いのちひとつ」は「遺棄死体数百といひ数千といふいのちをふたつもちしものなし」土岐善麿から頂戴した。「いのち ひとつ」が全ての原点だと思う。

さて、昨日の施政方針演説で安倍総理は「美しい国、日本」を中心に据えた。演説を読むと「戦後レジームの大胆な見直し」がどうも「美しい国」の具体像のようである。これはこれでひとつの見識だろう。

しかし、ものごとにはHow(いかに)とWhat(何を)とWhy(なぜ)がある。
HowとWhatをどんなに具体的に説いても、その意見の説得力はまだ半分以下でしかない。Whyすなわち、なぜ美しい国を目指すのかを総理は説明するべきだ。
推量するに「戦後レジームの大胆な見直し」が必要だというのが多分、Whyになるだろう。しかし、それでは循環論だ。戦後見直しが必要だ→美しい国だ→戦後見直しの中味は改憲だ、では説得力がないし、第一、論理的ではない。

国家は手段、個人が目的。政治は「いのちひとつ」のためにあるのが原点である。「いのちひとつ」がおろそかにされている、だから「美しい国」が必要だというのならばまだ説得力がある。そしてその場合は改憲の中味について「美しい国」のWhy(いのちひとつ)を基に議論ができることになる。

頼むから、総理よそして日本国民よ、論理的になってほしい。Howばっかり教えられてきたから日本経済はバブルで失敗した。グローバリゼーションでようやくWhatの大切さに気づいた(例えば事業における選択と集中)。次はWhyである。一番大切なのは論理である。価値の議論(個人か国家か等)は論理の後だ。Photo_551

「美しい国」の理念はわかった。中曽根さんがかつて主張した戦後政治の総決算ということだ。
ではなぜ、総決算が必要なのか、その理由を示してほしい。それでこそ世界に冠たる日本の総理なのである。

ウンコな議論はたいてい、理由=タイトル=内容である。「美しい国」はその典型だ。

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2007年1月26日 (金)

縦書き文庫、しばらく中止します

お世話になっていて申し訳ないのですが、縦書き文庫さんのブログパーツ(自句、自歌)をしばらく掲載中止しました。
縦書き文庫さんのシステム安定化とランダム表示の実現を待つことにします。

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諦めるのはまだ早い→一人党がある

夏の参院選は憲法関が原だと思っている。公明党がちょっぴり安倍ちゃんにブレーキをPhoto_42 かけたみたいだけれど、所詮「下駄の雪」、公明党は自民党にくっついていくしかない。また、仮に選挙対策で改憲を引っ込めたとしてもよほどの大負けしない限り選挙後に持ち出してくる。消費税・年金等の争点隠しのためにも上手に国民のナショナリズムを刺激するのが得策なのだから。
だから、参院選では自公を大敗させることが必須である。国父吉田茂の軽武装路線を維持するためにも、そうだよね、加藤紘一さん。

そこで、薩長同盟を作らせた龍馬にあやかって龍馬ブロガーズの力による護憲統一選挙連合を夢見たけれど、ブロガー結集に時間はかかるし、なによりも民主党がだらしなく憲法に関しては四分五裂だから無理だよなあ。
では、百歩譲って護憲は棚上げ、自公独裁阻止選挙協力はどうか。共産党は勝つ見込みの無い立候補を止めよ、と叫んでも人民の敵=共産党は返信もしない。これもあかんわ。

だがしかし諦めるのはまだ早い。そのまんま東を見習って参院全国区で一人党で当選させる手がある。自公を大敗させることは出来ないとしても心理的ショックを与えることはできる。人と金に恵まれれば複数当選も夢ではない。

政権をとるということは過半数の議席を取らなければならないということだ。しかしそんなことをしようとするからろくでもない人間を数あわせで揃えなければならないことになる。金もかかる。内輪もめも起きる。大変なエネルギーの無駄だ。それでも政権をとれる保証はない。間違って政権を取っても、その後に長く維持できるとは限らない。常に野党に転落するおそれがある。政権を取ること、維持する事が目的になってしまうのだ。これは国民のためではない。天木直人さんがこの一人党を提案されている(一部だけ引用したけれどこの記事は熟読の価値がある)。

問題は金だけれど、広く薄くロングテールで集める手もあるんではなかろうか。天木さんが立つのなら俺は○○円拠出する。まだ時間はある。もう一度、諦めるのはまだ早い

追記:天木さんのブログは、低気温のエクスタシーbyはなゆー 参院選比例区に特化した「反逆新党」を旗揚げすれば善戦しそうだがで初めて知りました。感謝です。

※画像は高知県立坂本龍馬記念館から勝手拝借/感謝です。

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都鳥の句@したたかな町人国家都鳥

町人国家が現在のところ、理想だ。Photo_550

 したたかな町人国家都鳥

お武家さんは敬う。その一方で利潤及び平和の配当でしっかり儲けさせてもらう。町内付き合いも怠らず、誰にも過度に嫌われず、子弟の教育もゆるめない。読み書きそろばんが出来れば、親の姿を見て規範意識は自然と身につく。教育に口を出す前に銭を出せ、安倍ちゃん。

 かよひ路のわが橋いくつ都鳥     黒田杏子
 昔男ありけりわれ等都鳥        富安風生
 水にのり水のりかへてゆりかもめ   那須淳男

水の流れに乗ってしなやかにしたたかに泳ぎたい。そういえば、ただいま減量のためプール通い継続中。ちなみに昨日のプール体重:85.0→84.4。83キロ台が見えてきたか。

※画像は江戸名所 隅田川の月から勝手拝借/感謝です。

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日向ぼこの句@日向ぼこ昔軍人威張りけり

無責任天皇官僚制の下、軍人・官僚になることが出世だった時代があった。Photo_549

 日向ぼこ昔軍人威張りけり

軍人・官僚はほんとうは公僕なのに。しもべが主人のような顔をしていたのだった。そして、自分たちがエラソーに指導した戦争に負けたら一億総懺悔などとちゃんちゃんらおかしいよ。もっとも大衆が戦争を支持したことも忘れてはいけない。また、曲がりなりにも男子普通選挙制度が布かれていたことも。宮崎県知事選挙が衆愚政治の結果かどうかも含めて。

 日向ぼこみんな小さな影を負ひ       山口 速
 ここちよき死と隣りあひ日向ぼこ      鷹羽狩行
 日向ぼつこ日向がいやになりにけり   久保田万太郎
 日に酔ひて死にたる如し日向ぼこ     高浜虚子

日向ぼこも適度にするがよし。なにごとも節度とバランスが肝心である。絶対平和主義という理念は信じよ、他国自国の現実の国家権力行使は疑え。信じることと疑うことが思想である。

※写真は陸軍長州閥の総帥、山県有朋山県有朋(拡大画像)  近代日本人の肖像から勝手拝借/感謝です。

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滝涸るの句@声高に改憲論議滝涸るる

「通り過ぐる句友のブログ滝涸るる」という正体不明の句を在庫していた。もっと明瞭な句をと願っていたら安倍神他国粋神のおかげで出来てしまった。Photo_548

 声高に改憲論議滝涸るる

改憲論議、結構である。手続法の検討も当然に必要である。しかし、声高に居丈高に行う必要はない。なぜ改憲が必要か、どんな手続きが適正かなどを冷静に議論したい。

9条は絶対平和主義という理念的規定であると同時に、日米安保・自衛隊とセットになった軽武装路線上限を設定する政策的規定であると思う。そして、アメリカ帝国主義(ウォール街×産軍複合体)が日本に要求している更なる軍事経済下請化の歯止めともなっている。

冷戦前に規定された9条が冷戦で政策的に運用解釈されてここまでアジアの平和に役立ったものを、なぜ、冷戦終了後に変えなければならないのか。改憲論者は自主憲法制定すべしという根拠以外に、現実的改憲理由を明示すべきだ。俺は、9条のおかげで低いコストで平和が維持できていると考える。コストを増大させなければならない理由を示せ、安倍ちゃん。そろばん片手に話そうよ。

 ライターの火ポポポポと滝涸るる    秋元不死男
 昼の月でてゐて水の涸れにけり    久保田万太郎
 大滝の涸れたる山のさびしさよ     高浜虚子
 男去る涸滝壺を罵りて          上田五千石

秋元不死男は京大俳句事件(なんで俳句まで弾圧されるんや)で1941年に検挙され、二年間収監された。「獄を出て触れし枯木と聖き妻」「獄の門出て北風に背を押さる」がある。また、戦後の作「へろへろとワンタンすするクリスマス」は俺の好きな句だ。俺は平和の下でへろへろと暮らしたい。

※画像は【楽天市場】算盤【トモエそろばん】:文具専門ディスカウントソムソムズから勝手拝借/感謝です。

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初天神の句@初天神脳細胞に神宿る

御祭神菅原道真公の誕生日6月25日、薨去の2月25日に因み毎月25日は御縁日で一月Photo_547 は特に初天神だそうである。そこで一句。

 初天神脳細胞に神宿る

初案「初天神脳細胞に巣食ふ神」だった。「すくふ」で「救ふ」との掛詞にもなるなあと思ったけれど、平らかに本句とした。湯島天神も受験生でさぞ賑わったことだろうと神社のHPを見ると、梅まつりは2/8からとある。湯島の梅は立春(今年は2/4)前後に咲くのかなあ、それとももう開花はしているのかしら。

 初天神友みな遠くなりしかな    星野麦丘人
 宵天神晩学の願ねむごろに    草村素子
 雨となる初天神の篝かな      秋沢鳥川
 床踏んで宵天神に参りけり     島道素石

ところで、天満宮の名の由来は、道真が死後に送られた神号の「天満(そらみつ)大自在天神」から来たといわれ、「道真の怨霊が雷神となり、それが天に満ちた」ことだそうである。なるほど。日々俺は賢くなる。これも脳細胞に宿る神のおかげなり。

※画像は百人一首 菅家(菅原道真)から勝手拝借/感謝です。 

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2007年1月25日 (木)

グローバル・サラ金!?

アメリカ帝国主義(ウォール街×産軍複合体)などと俺は書いてきたけれど、貧しいはずPhoto_546 の途上国からアメリカに毎年資金援助がされているを読んでびっくり。
アメリカの銀行が途上国企業に融資する際に途上国政府にアメリカ財務省証券を担保として買わせる制度のようだ。
ホントウ?と思って検索したら本来、リスクはリスク負担能力が高く、またリスク回避度が低い富裕層や先進国が負うべきものであるにもかかわらず、実際には、途上国の多くがドル建ての債務を負うことによって大きなリスクを負担とあるからホントウのようだ。

いずれもネタ元はスティグリッツ早稲田大学講義録 グローバリゼーション再考。図書館にリクエストしてみよう。

自動車も家電もみーんな日本その他属国にくれてやる。その代わり金融とソフトとエネルギーと飛行機他軍事関連は絶対に放さぬぞ。ブッシュもヒラリーもこの点では意見が一致するだろう、多分。

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室咲の句@室咲や壮年過ぎて知る花のあり

室咲で一句を得たかった。Photo_545

 室咲や壮年過ぎて知る花のあり

この句に至るまでに「室咲を詫びのしるしに買ひ帰る」「室咲や四畳半にも春が来る」があったが、いずれも没。ようやくにして本句となった。「室」とは温室を意味する。温室栽培で、本来の花季ではない冬季に咲かせた花を「室の花」「室咲き」などと称する

そして「壮年」は「さだ」と読んでほしい。岡野弘彦

 壮年すぎてなほ人恋ふるあはれさを人は言ひにき我も然おもふ

から頂戴した。貰うのも俳句である。 

 紅唇の濡るるがごとく室の花      富安風生
 妻のほか人なき日日の室の花     上村占魚
 室咲や古き調度に埋もれ住む     島田みつ子
 室咲きの鏡を占むるトイレ借る     森 みさを

俺の句はやっぱり叙情。叙景への道は遠い。

※画像はシクラメンの管理方法から勝手拝借/感謝です。
「恋文は短きがよしシクラメン」成瀬桜桃子。

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梅の句@蕩尽のまだ余命あり梅一輪

もう、近辺でも梅が咲きだした。Photo_41

 蕩尽のまだ余命あり梅一輪

NHK俳句王国先日放送での「鰭酒や放蕩ごころ女にも」甘利誠治に触発されて得た。放蕩→蕩尽の回路が働いたのだ。「柿食ふや命あまさず生きよの語」石田波郷も意識下にあっただろう。まことに、俳句は連想の王国である。

 勇気こそ地の塩なれや梅真白    中村草田男
 死ぬ人みなわれより若く梅寒し    富安風生
 梅咲くや小さんといへば三代目    久保田万太郎
 人も見ぬ春や鏡のうらの梅        芭蕉

芭蕉の句は
鏡の裏の模様である梅を詠ったものだ。
「梅」とは蕩尽の余命で長いお付き合いとなるだろう。ちなみに俺の句、初案は「余生」だったが、安住敦「俳句入門」を読んで「余命」なる言葉を得たものである。

※写真は五代目小さん(2002年他界。享年87歳)人間大好きから勝手拝借/感謝です。

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寒の水の句@禁煙も五年が過ぎぬ寒の水

13日の金曜日だったからよく覚えている。Photo_544

 禁煙も五年が過ぎぬ寒の水

念のためこよみのページで確認したら、この日(2002.1.13)は日曜日だ。オカシイなあ。ともかく2002年は間違いない。
さてそれで、禁煙のきっかけについてはこの歌が残っている。

 我が思ひ母に届けと意地張りて口論の果て煙草を絶てり

2004年に他界した亡母は煙草を吸っていた。1999年にこちらに呼び寄せてから五年、俺と妻と母との濃密な時間だった。だから、毎日俺は母のことを思い出している。
禁煙も減量もみんな母のおかげである。

 焼跡に透きとほりけり寒の水      石田波郷
 胃に落ちて甘さ戻りぬかんの水    石塚友二
 寒の水飲めばたやすく心満つ     殿村莵絲子
 寒の水ひとりごちのみ「あゝおいし」   森 澄雄

清冽な季語だ。波郷の句は戦後の焼跡を詠っている(典拠未確認だが間違いない)。二度と繰り返してはならないと「戦後を知っている子供たち」の最後の世代として思う。

※写真は俺が最後に吸っていたマールボロ・ライト(金マルと略すのが作法のようだ)。…そんなコンビニ。正しいタバコの略し方から勝手拝借/感謝です。

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2007年1月24日 (水)

他人の悲しみや淋しさが良く理解できる人間

寅47作(おお、遂にラス前だ)は「拝啓 車寅次郎様」。Photo_543
寅と人妻(珍しいケースだ。今までにあったかなア)かたせ梨乃が縦糸、満男と牧瀬里保が横糸になって滋賀県長浜の情景をからませて映画は進行し、当然ながら寅も満男も「失恋」するお話である(顧客サービスのため満男の場合は最後に希望を持たせたが)。

さて、問題はラスト近くの満男のセリフ。
満男 「拝啓、車寅次郎様。伯父さん、僕は近頃、伯父さんに似てきたと言われます。言う人は、悪口のつもりなんだけど、僕には、それが悪口には聞こえないのです。伯父さんは、他人の悲しみや淋しさが、良く理解できる人間なんだ。その点において、僕は伯父さんを認めているからです。」

映画でこのセリフに接した時に俺には、かるーい違和感があった。
あらためて文字で読み直して沈思黙考して理由がわかった。満男は、「良く理解できる人間」と言っているのだ、これが俺の違和感の原因だったのだ。

理解できるためには理解しようとする意志だけではなく能力が必要。寅は理解しようとする意志はあるけれど、能力はどうだろうか。能力=一般的能力+個別能力は他人の悲しさや淋しさを理解するのに十分だろうか。

寅の「アタマのよさ」を棚に上げて人間味という点だけで一般的能力を捉えると、これは問題ない。寅は苦労人だし人情味はもともとあるから。
しかし、問題は個別能力である。その人の置かれた環境や人間関係、仕事の中味、その他もろもろをひっくるめてその人は喜怒哀楽しているのである。更には、性格や立場上、感情を出さない、出せないこともある。寅のような渡世人に簡単にわかってたまるか、堅気の人間の悲しみが。三丁目の夕日じゃないんだぞ、実人生は。

だから、満男よ、気安く「良く理解できる人間」だなどと言うな。寅に対しても失礼だ。人と人とは理解し得ない。理解できたような気持ちになっただけでも幸せよ、そこが渡世人のつれえところよ。だからなあ、俺は人を愛しても信じはしない。信じたら裏切られるというのもあるけれど、信じたら信じられた相手の負担になって可哀想じやねえか。

そこで応用例→東国原宮崎県知事。ウィキペディアは傍証も挙げずに「日常生活でも、自分より上と見た者には媚びへつらうが、一旦、下とみるや非常に横柄な態度を