« 熱燗の句@果てしなき女房の繰り言燗冷めぬ | トップページ | 他人の悲しみや淋しさが良く理解できる人間 »

2007年1月24日 (水)

冬草の句@冬草やゆるゆると来し半生を

かろうじて詩の匂いぐらいはするか。Photo_542

 冬草やゆるゆると来し半生を

チョンギレ句である。「半生を」どうしたいのか。思うのか、懐かしむのか、悲しむのか、誇るのか。何を言いたいのかチョンギレておるぞ。
でも、「ゆるゆると」は「土曜日の各駅停車ゆるゆると詩歌読みつつ職場に向かふ」の「ゆるゆる」のつもりだ。最近、スローライフなんとかが流行り出しているようだが、俺なんか十年以上も前から言っておるわい。自慢するほどのことではないが。
あ、あと「半生」にも着目を。余生にどんな危機が待っているか否かは別にして、責任65、目標80、理想100である。百歳でのど自慢で「リバーサイドホテル」を歌って鐘を鳴らしたるねん。

 冬草に日のよく当たる売地かな     渋沢渋亭
 冬草や黙々たりし父の愛         富安風生
 冬の草青しはこべらとたんぽゝと     山口青邨
 冬草や耳たぶ汚れなき青年       波多野爽波

最後の句、現代詩のように感じてしまう秀句だ。「元々冬草は「枯る」の枕詞であり、さらには恋人の心離れを表すための導入語として用いられたとされるが、現代俳句では枯草は含めない。枯れ色の中で、青々としている冬草のみを指すのである。霜や雪に覆われながらも、精一杯生きる姿が、緑色に象徴され心に沁みる」とネット歳時記にある。
この季語は意外と使いやすく詩になりやすい季語のような気がする。また挑戦しよう。

※写真は小田急電車各駅停車。俺の「土曜日の…」の歌は、いやいやながら休日出勤で小田急に乗ったときに得た歌だ。いやいやをゆるゆるに転化したものである。TOMOの鉄日誌 鉄道:小田急から写真を勝手拝借/感謝です。

|

« 熱燗の句@果てしなき女房の繰り言燗冷めぬ | トップページ | 他人の悲しみや淋しさが良く理解できる人間 »

「俳句」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 熱燗の句@果てしなき女房の繰り言燗冷めぬ | トップページ | 他人の悲しみや淋しさが良く理解できる人間 »