« 高見恭子 | トップページ | 水涸るの句@恍惚のネットワーカー川涸れる »

2007年1月28日 (日)

冬草の句@冬草やバッハを愛す人生も

自分ではわりと出来がいいと思っている。

 冬草やバッハを愛す人生も

バッハには膨大な作品群がある。BWVとして整理されたもので1080曲だそうだ。
だから、「バッハを愛す」としたけれど、おまえ、どれだけ聴いてるんやと自問すると忸怩たるものがある。でもともかく好きである。ゴルトベルク変奏曲を一番に挙げよう。
バッハの鍵盤音楽は、聴いていて宇宙に触れるような心地がする。数学的美(秩序とエロスの共鳴ないし相克とでも言おうか)を感じるのだ。だからついでに人生も、としたのがこPhoto_557 の句である。

 母長寿たれ家裾に冬の草      大野林火
 荷車を曳く冬の草見つづけて    斎藤夏風
 冬草は絹の手ざはり久女の墓   加藤知世子
 日のあたる冬草父も兄も亡く    大川真智子

形式と内容の相克ないし共鳴から美は生まれる。俳句然り、音楽然り。そして人生においても生と死が形式、生活が内容と言うべきか。単なる思いつきだが。

ええい、ついでに駄句もう一句。

 冬草や声高の人テレビにも

みのもんたのことだ。朝3時に起き、朝3時半に自宅を出て、4時半にTBSに到着。午前中~昼は朝ズバッとおもいっきりで忙しく、午後はジムに通ったり、ほかの番組の収録、水道会社の取締役社長としての業務もこなし、夜は毎晩店で飲み、自宅には夜中の12時過ぎに帰ってくるという殺人的な毎日だそうだ。敬服はするが美は感じない。賢明な人だからどこかですっぱり引退して長生きに努めるだろう。
 
※画像は杉田久女。「清張の会」の歩みから勝手拝借/感謝です。読みづらい形式だけれど内容は読み応えのある久女関連記事である。 

|

« 高見恭子 | トップページ | 水涸るの句@恍惚のネットワーカー川涸れる »

「俳句」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 高見恭子 | トップページ | 水涸るの句@恍惚のネットワーカー川涸れる »