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2007年2月

2007年2月28日 (水)

要介護認定で税制優遇

確定申告の季節だ。日経2/19夕刊に「要介護認定で税制優遇」の記事があったので、市役所、税務署に電話で問い合わせたけれど「優遇はありません」との返事。
もう一度、記事を読み直して今日は市役所の介護関係の窓口に聞いたら制度があり、書類を提出すれば控除があるとのこと。

すなわち、要介護認定を受けるとその程度(自治体個別の判断!)により障害者控除が受けられるということである。

姑が要介護1なので対象になると思い、市役所に行き「障害者控除対象者認定申請書」を記入・提出してきた。窓口担当者の話では多摩市の場合、要介護1でも控除対象になるとのこと。書類提出後、一週間程度で認定書が届くのでそれを確定申告と一緒に提出すればよい。賢く節税したい人はお早めに。

この制度はネットで検索してもわからなかった。市役所の人も税務署も(俺の聞き方が悪かったのかなあ。そんな筈は無い)知らない制度だ。新聞を読んでてよかったあ。

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ニューヨーク急落

きっかけは上海の急落だったが、終値で415ドル安、1日の下げ幅としては米同時多発テPhoto_50 ロ以後の最初の取引日となった2001年9月17日以来の大きさだった。一時的に500ドル安もあったが引けにかけて戻しもあり、テレビ東京キャスターによると市場は冷静だったという。

さて、世界同時株高は終わったのか。昨日の急落は一時的調整なのかそれとも潮目が変わったのか。ドル不安が起こらない限り、トレンドはまだ上げと俺は見ている。ちなみにドル円は118.90円とドル安。

困った。ダイキンを売れなくなった。エアコンの金が払えぬ。
よかった。昨日一瞬、日経ミニ先物買おうと思ったけど買わなくて。
米帝は嫌い。しかしドル急落も困る。だからドル帝国をいかに軟着陸させるかが大課題。
いつか作ろう、汎太平洋共通通貨圏(ドル×円×人民元)。安倍ちゃん、出来る?出来るわけないか。

※画像はニューヨークダウ日足。リアルタイム世界の株価指数と為替から拝借。

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囀@囀や多摩はよきとこ俳句の子

「囀り」としなかったのは「囀る」と読んで頂いても面白いと思ったからだ。

 囀や多摩はよきとこ俳句の子

部屋で寝ころんで読書中に囀りが聞こえていい気分になったから、ついでに「俳句の子」としてもっといい気分になった。
ところで、遂にこのしぶちんがデジカメ購入を検討中である。

 デジカメを買はむと思ひネットにてクリックつづけ肩凝りにけり

こないだ朝ウォーク中に街路樹からの鶯の鳴き声を聞いた。しばらく見つめたけれど発見できず。デジカメがあればずっとシャッターチャンスを待ち続けたろう。
一眼レフは敬遠、バカチョンコンパクトも価格が高すぎる。そこでちゃんとファインダーが付いていてマニュアル操作も可能なタイプを考えている。あの偽装請負のキヤノンになりそうだ。言動が一貫しないのが俺らしい。Photo_49

 美しく生れ拙く囀るよ         富安風生
 囀や立子の墓見る虚子の墓    成瀬正俊
 囀りをこぼさじと抱く大樹かな    星野立子
 囀りの今朝は高きにガラス拭き   川端康成

囀りは小鳥のいのち。表現も人間のいのち(コナトゥス)である。

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春愁@春愁をもてあましたり鼻毛抜く

老人になると鼻毛も耳毛も伸びるのだ。Photo_691

 春愁をもてあましたり鼻毛抜く

初案「耳毛生え鼻毛も伸びて春愁ひ」だった。いくらなんでもこんなに毛があるのは風雅に欠けるとずっと「もてあましていた」が鼻毛だけにすれば俳味で納まると思い本句となった。春愁は、手元の歳時記には「そこはかとない春の哀愁」とある。

 春愁や虚構の恋の捨てがたく   山口青邨
 うすうすとわが春愁に飢もあり   能村登四郎
 春愁や折れて走れぬ湖の波    鈴木真砂女
 いつ寝しや病閑春愁相似たり   大野林火

真砂女の句、真砂女らしくないところがある句と感じた。でも「折れて走れぬ」というのは矢張り真砂女だ。屈折してなお、しなやかな人生を生きた人だと思う。

ところで川内康範(写真)の耳毛が凄い。あれは意識して伸ばしているのだと思う。「月光仮面」の原作者である。

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二月尽@白梅のはや萎えにけり二月尽

梅の散るのは桜とはまた異なったじんわりとした哀れがある。Photo_690

 白梅のはや萎えにけり二月尽

「白梅の明る夜ばかりとなりにけり」蕪村辞世の句を意識して「白梅やいつか死すもの人間は」「白梅にいのちの果てを思ひけり」などを在庫したが、いずれも生に過ぎる。
そんな時に今朝の増俳の一句「老猫のひるね哀れや二月尽」網野菊に出会った。よし、「二月尽」にしようと季重なりにかまわず本句となった。だから中七だけが勝負である。成立しているだろうか。「萎え」が焦点だ。

 二月尽くかがやかざりし一日もて   綾部仁喜

「二月尽」は手元の歳時記には無い。現俳データベースにも無い。上の例句はわたしの俳句歳時記から拾った。おっと、増俳にはあった。

 二月尽雨なまなまと幹くだる      石原舟月

この句の鑑賞には「明治初期に陽暦が採用されてからは、春は名のみの寒い月となり、明日から春三月と思うことに、特別な感情が徐々に加わるようになる」とある。まだこれからの季語である。

※画像は松任谷由実春よ、来い-ルージュの伝言-中央フリーウェイ ピアノ・ソロ-ピアノ弾き語り - Yahoo!ブックスから勝手拝借/感謝です。

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2007年2月27日 (火)

感情論@「エティカ」を読む(4)

存在論(神即自然だけが唯一の実体)→認識論(想像知・理性知・直観知)と進めてきてPhoto_689 今度は感情論。その特徴は次の二点である。
(1)感情と理性を対立的に捉えない。理性で感情を抑えようなどと野暮は言わない。存在論に基づく感情論だから、存在についての十全な認識(理性知・直観知)による感情は肯定されるしかない。
(2)感情の基礎はコナトゥス(ものの力)。ここでも存在論が基礎に置かれている。物にも生命にも人間にも共通な力こそが感情の源である。物における慣性・エネルギー・エントロピー、生命における活動力・生命維持力がコナトゥスの現れであり、人間においては感情となるのだ。全てを肯定する哲学だからこそ、これが出来る。

では、憎悪のような否定的な感情はなぜ生じるか。
それは感情に先立つところの認識に不十分な点があるからである。想像知:「ふたしかな経験、記号による認識」「ものを想像するときの観念」が否定的感情を生じさせるのだ。例えば、愚者は憎み賢者は哀れむということを想起すればいいだろう。

かくして、スピノザにおいて感情は次のようにコナトゥスから簡明に演繹される。
意志:コナトゥス(自己の本質を実現する力)が精神だけに関係する場合
衝動:コナトゥスが精神と身体とに同時に関係する場合
欲望:衝動を特に意識した場合。衝動の自己認識。
喜び:欲望の力の増大
悲しみ:欲望の力の減退

欲望・喜び・悲しみの三つが基本感情で、他の全ての感情はこれから導出される。例えば「愛は、外的な原因の観念をともなっている喜び」「憎しみは、外的な原因の観念をともなっている悲しみ」である。

そしてスピノザは感情の療法(感情の力学的抑制)を提唱する。感情は理性で抑えられない(我慢するな)。感情を抑えるには、それに反対的で、しかもより強力な感情によらなければならない。
そのためには、まず感情を明瞭・判明に理解することが肝要(理性知・直観知)で、その限りで感情は我々によって支配することが出来、受動感情(想像知に基づく感情)は能動感情(理性知・直観知に基づく感情)に変わる。

要するに、感情は自然の現れだから無理して抑制するな、広い視野に立てば能動的な感情に変わるということだ。つまりは悟りである。

読んでいる途中で何度も仏典を読んでいるような気分になった、般若心経しか仏典を読んだことはないけれど。これにて「エティカ」を読むは完了。春夕焼明日は明日の風が吹く。

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春の月@指値して上がるを待てり春の月

駄洒落句だ。Photo_688

 指値して上がるを待てり春の月

ダイキン株を売ることにしたが、少し高値で指している。昨日は出来ず今日はどうだろう。春のツキ試しだ。

 春月や招かれゆけば柩ある      岸本尚毅
 春月や宿とるまでの小買物       芝不器男
 春月に乳房の重み偽りぬ       西野理郎
 蹴あげたる鞠のごとくに春の月   富安風生

春の月はどこか焦点が合いにくい。朧なのだろう。

※写真は東京証券取引所内部、勝手拝借/感謝です。
 

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仔猫@片足を上げ尿すや猫の子も

朝ウォークでいつも犬の小便している姿は見かけるが、一昨日突然に疑問が湧いた。Photo_686

 片足を上げ尿すや猫の子も

そういえば猫の小便(尿:いばり)を見たことがないなあ。猫も同じなのだろうか。

 西もひがしもわからぬ猫の子なりけり  久保田万太郎
 置かれたるところを去らぬ子猫かな    日野草城
 もう既に子猫が申す好き嫌ひ         有馬朗人
 百代の過客しんがりに猫の子も       加藤楸邨

擬人化したり、もじり、パロディも俳味である。詩にならないまでもパロることぐらいは芸にしたい。猫の小便、ネット検索したがわからず。

※写真は漱石旧居につくられた猫の像である。

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梅@円楽の声のくぐもる夜の梅

円楽引退表明をテレビで見て。Photo_682

 円楽の声のくぐもる夜の梅

噺家は口が命。「ろれつが回らない。出て、すぐ引っ込んじゃおうかなって思う。2、3分でそういう気持ちになってしまうなんて、ダメですね」と話している。人工透析も20年前から受けていたそうだ。
ちょうど「夜の梅」でなんとか一句と「ヘイ・ジュード聴きつ想へり夜の梅」なる駄句をひねったりしていたところだった。

 白梅やわれをも含め人が邪魔   岡本文弥
 父方のその父方の梅白し      塩野谷仁
 母の死や枝の先まで梅の花     永田耕衣
 梅も一枝死者の仰臥の正しさよ   石田波郷

文弥は新内の名人。「コツコツ生きる仕事する」を信条とし、百歳まで現役を通した人生の達人とのことである。

※画像は円楽が第一線からの引退を明言 - 芸能ニュース  nikkansports.comから勝手拝借/感謝です。

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椿@白椿女患混み合ふクリニック

昨日、行きつけの女医クリニックで得た句。Photo_685

 白椿女患混み合ふクリニック

玄関脇に大きな椿が咲いていた。今まで気がつかなかったなあ。これも俳句のおかげだ。そして、待合室は女性患者で混んでいた。お、この風景は句になると考えた。
初案「紅椿女患の多きクリニック」。「き」の音が気になった。また、紅よりも白だろうと思った。実際は紅椿である。
初案を得たところで受診。血圧を診てもらい少し会話して終了。世間話はお仕事の邪魔になるから、しない。

 一生のふとしたことに白椿    大坪重治
 眼に見えぬ糸の張られて白椿  桂 信子
 粗食して世を軽がると白椿    高島茂
 白椿老僧みずみずしく遊ぶ   金子兜太

現代俳句データベースから白椿の句を選んでみた。ふとしたときに軽々とみずみずしく、しかし運命の糸につながる椿かな。白は根底に死を湛えている。

※写真は朝ドラ「芋たこなんきん」で主人公の小姑・女医を演じている田畑智子「隠し剣   鬼の爪」にも出ていたのでようやく名前を覚えた。

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2007年2月26日 (月)

「デート法」を制定せよ

今朝の日経、石田衣良がインタビュー「領空侵犯」でデート法(残業禁止法)の制定を提案Photo_674 している。少子化を食い止めるために残業を禁止し、もっと結婚のチャンスを作ってもらうデート法を制定すべきとの主張で、ネットでのコメントも歓迎とのことである。
そこで、次のようなコメントを投稿したけれど、左翼的言辞と判断されて掲載されないだろう、多分。

大賛成です。残業禁止法とセットでホウイトカラーエグゼンプションなんとかという難しい法律を施行するのはどうでしょうか。
残業は原則禁止、例外的に労使が認めた人間だけは可、かつ、場合によっては裁量労働制もありというのが妥当と考えます。

個別企業はどうしても短期でコスト優先になりがちです。これが行き過ぎると結局は国力を落とします(最近の偽装派遣問題→若者の非正規雇用にその危惧を感じています)。
そこを制御するのが議会・政府の役割です。安倍政権には大企業に歯止めをかけてのイノベーションを望みます。それが「美しい国、日本」への道です。

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日本のレーニンよ、出でよ

左派系ブログで野党共闘をめぐって「論戦」が起こっている。歓迎すべきことである。おっちょこちょいの俺もPhoto_673(当然に)参戦してみた。

非国民通信 野党共闘という陥穽(本編)へのコメント

自称反日共左翼→土曜日です。国会で野党共闘があるのなら、選挙でも選挙協力があっていいんじゃない?と思う今日この頃です。共産党もいつまでも金槌頭でいないで民主党に選挙協力しつつ揺さぶって内部崩壊を狙えばいいんではないでしょうか。権力獲得を目指さないボルシェビキなんて魅力がありません。メンシェビキをだまくらかしたレーニンの禿を見習うべきでしょう。

らんきーブログ 気づきのブログ そんなブログになりたい 【野党共闘】へのコメント

自称反日共左翼の土曜日です。共感しました。
(1)反帝国主義(2)自由主義(3)多元主義という要件であの宮沢喜一さんですら共闘できると常日頃夢想しています。

確か、「レーニンの禿」云々の俳句があったように思ったが見つからなかった。そこでしようがないから拙句「レーニンは悪でありしか冬の月」で代用する。日本のレーニンよ、出でよ。

※写真は1910年のレーニン。パリ総会決議から勝手拝借/感謝です。

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春袷@春袷いつも変はらぬ人とゐる

女性句だ。Photo_672

 春袷いつも変はらぬ人とゐる

「裏地の付いた着物のことを袷といい、春に着る袷のことを特に春袷という。色彩も柄も華やか」とわたしの歳時記にある。色気がある季語だ。そこで女が詠んだ句にしてみた。句意はどうでもいい。無意味な句が名句である。

 夫なしのわが身に裁つや春袷    桂 信子
 弥撒の花白き手にあり春袷     佐々木有風
 そよそよと生きて来しなり春袷    山田みづえ
 行きずりの私語も柔らか春袷    大津信子

掲題句、春ショールでは華やかに過ぎる。だから春袷。季語は動かないと言い張っておこう。

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春の雷@春雷や恋は突然やつてくる

「春の雷」とすべきかどうか迷ったが、結局、切れ字に寄りかかることにした。Photo_671

 春雷や恋は突然やつてくる

ほんとにそうかな、と疑り深い俺は思うのである。酒飲みがなんにつけても飲む理由にするのと同じではないだろうか。

 下町は雨になりけり春の雷       正岡子規
 春雷や胸の上なる夜の厚み      細見綾子
 あえかなる薔薇撰りをれば春の雷   石田波郷
 春雷やたどりつきたる京の宿    久保田万太郎

細見綾子の句は男でもわかる女の句だ(と思う)。子規の句は春雷の写生のようで、実は下町の雨との取り合わせ、二物衝撃と読んでもいい。俺の句はつきすぎの取り合わせかもしれぬ。

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春@春マスクかけて警官目に涙

花粉症句。

 春マスクかけて警官目に涙

たまたまテレビでマスクをかけた警官の映像を見て、これは句になると直感した。「秋風や眼中のものみな俳句」虚子の領域に達しつつあり。ウソ、嘘だ。Photo_670

 雪の絵を春も掛けたる埃哉       正岡子規
 春を病み松の根つ子も見飽きたり   西東三鬼
 蟇ないて唐招提寺春いづこ       水原秋桜子
 春は物の句になり易し古短冊      夏目漱石

三鬼の句は癌で病没する直前の絶唱である。1962年4月1日他界、享年61歳。波郷に「万愚節半日あまし三鬼逝く」がある。

※画像は西東三鬼賞 - 津山市から勝手拝借/感謝です。

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鶯@うぐひすのまだ世慣れせぬ鳴き心地

数日前に啼いていた。昨日あたり寒くなったのでどうしたかな。Photo_669

 うぐひすのまだ世慣れせぬ鳴き心地

ご近所の家で餌付けされているのだろうか。啼いてくれるのだ。結構、まともに鳴いていた。これも暖冬のお陰だろうか。

 鶯や餅に糞する縁の先       芭蕉
 鶯の枝ふみはづす初音かな    蕪村
 鶯に人は落ちめが大事かな   久保田万太郎
 鶯の身をさかさまにはつねかな  其角

江戸俳句と万太郎で四句が埋まった。芭蕉のこの発想、そしてそれを優美な句にする腕前。いつかきちんと芭蕉を勉強しよう。

※画像はYahoo!きっず図鑑 - ずかんカード - 鳥類 ウグイスから勝手拝借/感謝です。

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2007年2月25日 (日)

現実的国際主義への道@九条を捨てるな

今朝のサンデーモーニングに出演していた伊勢﨑賢治さんという人、アフガン等で軍閥のPhoto_668 武装解除等平和回復活動に従事したとのことで興味を持った。
検索してみると略歴は

伊勢﨑賢治 1957年、東京生まれ。
   早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了、
   インド留学中、スラム住民の居住権獲得運動に携わる。
   国際NGOに身を置き、アフリカ各地で活動後、東チモール、
   シエラレオネ、アフガニスタンで紛争処理を指揮。
   著書に「インド・スラム・レポート」(明石書店)、
      「東チモール県知事日記」(藤原書店)、
      「武装解除~紛争屋が見た世界」(講談社現代新書)など。


発言は

アフガン人は9条を知らないかもしれないけれど、中立で野心がないというイメージがあるから、日本人が武装解除をできた。平和憲法を持っていることが、日本という国のブランドになっているんです。


という結果を見出すことが出来た。

こうした考え方は哲学者田島正樹さん(当サイトにも訪問してくれた)の

自国の軍隊の運用に関して初めから大きな憲法的制約があるということは、外交上必ずしも不利でないばかりか、その事が可能にするオプションもないわけではない。いずれにしても重要な事は、長期的外交・安保の戦略をいかに構想するかにかかっている。

にも通じる。

九条があるから出来る国際貢献がある。九条で守れる国益(嫌な言葉だけれど)がある。
そして、九条・日米安保・自衛隊が大枠では現状では最も合理的効率的現実的な軍事的安全保障体制だと思うのである。

※画像はAmazon.co.jp: 東チモール県知事日記 本 伊勢崎 賢治から勝手拝借/感謝です。

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菜の花@菜の花や姑米寿に近づきぬ

数日前に菜の花を横浜市青葉区で目撃した。Photo_667

 菜の花や姑米寿に近づきぬ

姑はこの四月で満86歳になる。亡母と同じく、俺の先生だ。健康で楽しく人生を味わい尽くして春風のように逝きたい。なんと強欲なことである。
ちなみに、昨日からプール再開。体重は86.2→85.4程度で納まっていた。明日は休みだから今日も行く。 

 菜の花や月は東に日は西に      蕪村
 菜の花や淀も桂も忘れ水        言水
 菜の花がしあはせさうに黄色して   細見綾子
 菜の花といふ平凡を愛しけり     富安風生

言水の名はこの一句だけでも歴史に残る。あのあたり(淀と桂の合流地点)今でも平凡で幸せな湿地帯の風景を感じる。

※画像は淀川 - Wikipediaから勝手拝借/感謝です。

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蛇穴を出づ@蛇穴を出てバブル来る兜町

誰もが強気になればバブルだ。Photo_666

 蛇穴を出てバブル来る兜町

エアコンが壊れた。量販店に行った。東芝の最新製品がキャンペーン格安だった。買ってしまった。ついでにダイキン製品の評判を聞いてみた。東芝、ナショナルに劣るとのことだった。ダイキンの株価は行き過ぎと判断した。明日リカク(利益確定)を決断した。リカクの悔し紛れに句をひねった。以上、ホントの話だ。

 おのが丈忘じて蛇が穴いづる    長谷川双魚
 蛇穴を出て見れば周の天下なり   高浜虚子

自らの身の丈以上を妄想することがバブルだ。バブルからデフレへ。失われた十年は実際は二十年近い。米帝の陰謀だなどとはこれっぽっちも思っていない。

※画像は蛇男から勝手拝借/感謝です。

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風光る@風光るブラウスの人小走りに

昨日は風が強くてちょっと寒かったが、暖かければブラウスでも→やっぱりまだ寒いか。
Photo_665
 風光るブラウスの人小走りに

別にトイレに急いでいる訳ではない。風光る→ブラウス→小走りと(俺としては)自然な連想が働いたものだ。
ところで、手元の歳時記「風光る」には「春風との同趣同巧を避くべきである」とある。試しに「春風やブラウスの人小走りに」としてみたが、これでは「風光る」の感覚が出ないだろう。従って季語は動かないのである(キッパリ)。

 ころころと老婆生きたり光る風    相馬遷子
 風光りすなはちもののみな光る    鷹羽狩行
 風光るこころの端の千利休      平井照敏
 風光る入江のぽんぽん蒸気かな    内田百閒

「こころの端の千利休」も「ぽんぽん蒸気」もいいなあ。二物衝撃はつかずはなれずはなれずつかず、まことに君子の交わりの如きものである。

※画像は【 ozie 】レディースシャツ・ブラウス ストレッチ 8067-4-4から勝手拝借/感謝です。

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茂吉忌@飯食へば糞の出るなり茂吉の忌

今日は斎藤茂吉の忌日。かねて用意の挨拶句だ。Photo_664

 飯食へば糞の出るなり茂吉の忌

茂吉の歌を二首を引く。
 わが色欲いまだ微かに残るころ渋谷の駅にさしかかりけれ
 ゆふされば大根の葉にふる時雨いたく寂しく降りにけるかも

茂吉は「大根の葉」のような叙情歌をつくる一方で、ドイツに留学した医者でもあったから「色欲」のような自己の生を客観的にそのまま見つめるような歌も残した。故郷山形で培われた素朴おおらかな人間性に叙情と客観性をまぶした不思議で魅力的な人物だ。妻の輝子(茂吉は斎藤家に入った養子)との軋轢など悲しい物語にも事欠かない。そんな茂吉に捧げるつもりでこの句をつくった。

 えむぼたん一つ怠けて茂吉の忌   平畑静塔
 音立てて日輪燃ゆる茂吉の忌    相馬遷子
 茂吉忌のオランダ坂に蝶生る    下村ひろし
 茂吉の忌茂吉狂ひも減りしかな   藤田湘子 

茂吉の生涯については北杜夫の四部作(青年、彷徨、壮年、晩年)がお勧め。偉大という言葉は茂吉のためにあると言ってもよいだろう。画像は斉藤茂吉記念館再訪から茂吉の生家、勝手拝借/感謝です。

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2007年2月24日 (土)

赤ちゃんポスト、首相「抵抗ある」

首相が「親として責任をもって産むことが大切だ。匿名で子どもを置いていけるものを作るPhoto_663 のがいいのか、大変抵抗を感じる」と発言した。
この問題(俺の嫌いな)みのもんたのサタデーずばッとが以前取り上げていたが今日も再び、肯定的なニュアンスで特集していた(俺のお気に入り下村健一レポート)。

緊急避難的な位置づけであり、事情があって誰にも相談できない母親と子供をサポートすることが目的とのことだ。だから匿名でないと意味が無い。

配下のあの有能な柳沢大臣が慎重に見守る姿勢なのに、かかる否定的な発言をするとは行政府の最高権力者として軽々ではなかろうか、安倍ちゃん。あるいは元々他人への想像力・配慮に欠ける人なのかもしれない。

写真は「赤ちゃんポスト」(正式名は違う。これはメディアが勝手につけた名前だ)をレポートする下村キャスター。

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桜餅@貧ならず金持ならず桜餅

桜も咲いているから桜餅の季節でもある。Photo_662

 貧ならず金持ならず桜餅

最近、季語から先に発想することが多くなった。歳時記を何度も眺めて季語を頭に入れておく。そうすると何かの拍子で季語に対応したフレーズが浮かぶ。この句も「桜餅」で得たいと念じていたら浮かんだものだ。リフレインにちょっと嫌味を感じるけれど。

 わが妻に永き青春桜餅      沢木欣一
 雨かしら雪かしらなど桜餅     深見けん二
 うかれたる心も少し桜餅      星野立子
 子のもどり家明るくすさくらもち  草村素子

桜餅は「文政年間に向島長命寺で売り出したのに始まる」そうである。色気もあって俳諧味もあってなかなかいい季語だ。

※画像は2006年03月|京都に暮らせば から勝手拝借/感謝です。

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春の空@北へ行く飛行機ひとつ春の空

実景句。Photo_661

 北へ行く飛行機ひとつ春の空

多分、羽田から富山または金沢へ行く旅客機だと思う。青空に機体が小さく光っているのを見上げた。
野と山と街をつつめり春の空」に続く二句目。すこしはよくなったが矢張り、詩(比喩、意外性)が無い。

 ゆびきりの指が落ちてる春の空   坪内稔典
 死は春の空の渚に遊ぶべし      石原八束
 手を容れて冷たくしたり春の空   永田耕衣
 鴎の目鋭きかなや春の空      高浜虚子

耕衣ほど難解にしなくともいいから、せめて
稔典さんの詩が欲しいなあ。「飛行機のひとつ落ちてる春の空」とか。ああ、これでは剽窃であった。
石原八束の句は名句だと思う。他に「血を喀(は)いて眼玉の乾く油照 」がある。よくはわからないけど詩人である。

 詩人へと梯子のかかる春の空

見えないものを見るのが詩人なのだ。

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春の夕焼@春夕焼明日は明日の風が吹く

するっと出た句。Photo_660

 春夕焼明日は明日の風が吹く

冬でも夏でも秋でもない、春でなければならない句だ。そして詩にもなっていると、この安易さを自己弁護しておこう。

 さきがけてわが部屋灯す春夕焼   桂 信子
 
雪山に春の夕焼滝をなす        飯田龍太
 春夕焼いつも涙は塩の味        伊東テル子
 地に子供春の夕焼母のごとし    三谷 昭

春の夕焼けは秋とは違う味がある。しょっぱいけれど甘みもあるのである。だから、明日は明日の風が吹くと開き直ることもできる。裕次郎も甘えん坊だった。

※画像は石原プロモーション-石原裕次郎-映画-明日は明日の風が吹くから勝手拝借/感謝です。

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別れ霜@余白あり余命ありけり別れ霜

「別れ霜」はきれいな季語だ。

 余白あり余命ありけり別れ霜

なんか人生教訓みたいな臭いがしてちょっと嫌味だけれど「別れ霜」がそれを救ってくれている。いつのまにか霜もみなくなった。春たけなわがやってくる。
歳時記には「4月中旬から5月上旬にかけて、暖かくなってきた後で、急に気温が低下して発生する霜。八十八夜(5月2日頃)におりる最後の霜。忘れ霜」とあるけど暖冬だからもう使ってしまった。

 別れ霜人に泪はすぐ乾き        成瀬櫻桃子
 みちのくに名残の霜の降る夜かな   角川源義
 ごみ焼の穴ひとつ掘り別れ霜      鷹羽狩行
 別れ霜庭はく男老いにけり        正岡子規

掲題句、中七をなんとか出来なかったかと反省。たとえば「余白あり音なき夜の別れ霜」とか。
そうそうついでに駄句をもう一つ。「日本中宮崎県や別れ霜」。もういい加減に報道騒動止めてくれ。

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2007年2月23日 (金)

どうしようか、都知事選

どこからも出馬依頼は来ないしなあ。Photo_659
というのは冗談だけれど、今さら菅なにがしがしようことなしに立候補しても投票する気は起こらんぞ。
田中なにがしもぱっとしないし、よっぽどの玉でないと投票に行く気にもならない。アホウな多数派が石原某に入れるもんね。

かといって共産党に入れるのは癪だなあ。負けても我が党は正しいと言い張る理由にされるもんねえ。

誰か立ってよ。お願い、このままでは参院選自公勝利→憲法改悪につながるぞ。

※画像は吉永小百合(今週のスター)から勝手拝借/感謝です。

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形而上学入門

「エティカ」から
俺流「エティカ」存在論の結論は究極の実体は宇宙全体のエネルギー・物質循環系
理性の下、分析・総合・直観によって我々は十全な認識に到達す
という存在論、認識論の結論を得て、形而上学の凄さが少し分かりかけていたところ、図書館で佐藤一郎「哲学的冒険―形而上学へのイニシアシオン」を発見し書名に惹かれて読んだ。これも凄い本であった。
まず、俺の読解のエキスを図示(エティカ見取図←得意の世界三層構造)にこの本から得たものを追加する。

価値世界    論理世界     事実世界
 価値論      認識論       存在論
   ↑        様態     神即自然=唯一の実体     Photo_658
 感情論    三種の知性     コナトゥス(力)  
       (想像知・知性・直観知
            様態         実体
            概念         存在
         記号(シニフィアン)  シニフィエ
 自由         金         生(経験)
             色           空
             器           道

形而上学とは一言で言えば、概念のメガネを外して存在(実体)を見ることである(現象学のエポケー=判断停止、判断保留。「括弧に入れること」も同じだと思う)。

「エティカ」の用語に従えば、我々は普段、実体(神即自然)を見ずにその概念化(様態)を見ている。換言するならば存在ではなく記号を見て記号として接している(売り手と買い手、女と男、妻と夫、……)。こうした記号の最たるものが金だ。

そうじゃないだろう。それではいつまで経っても生身の生を享受することは出来ないだろう。概念なんか捨てちまえ、金も無用の長物だ。というのが色即是空。

とはいえ人間食わねば死ぬ。そして食うために現世では金が必要、先立つものはやっぱり金=記号。だから空即是色にならざるを得ない。

そして著者は森有正を引用する。良識(自由と読み替えてもいいと俺は思う)は「経験が多かれ少なかれ生れ始めている人々の間で、そのつど判断せらるべき、実践的課題」であり、「いつも無の底から決断」することであり「人生はそういうものだけで出来上がっている」のだと。

つまり、形而上学とは経験と概念・記号・金との絶えざる往復運動ということだ。これを般若心経は色即是空空即是色と喝破したと俺は思う、お釈迦様及びスピノザ様。

ちなみに易経に「形而上者、謂之道、形而下者、謂之器」(形而上なる者、これを道と謂い、形而下なる者、これを器と謂う」とあり、これから明治維新時に形而上学をメタフィジカの訳語にしたそうである。
道を行き器に従うを自由と謂うなり

※画像はart random - 人生のセイムスケール - age 79釈迦から勝手拝借/感謝です。

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春風@春風のやうに逝きたしジョギングす

今朝は雨。吟行をせず。Photo_657

 春風のやうに逝きたしジョギングす

とにかく人の世話になりたくない。「自立もならず自説も曲げず」と言われても。
だからウォーキングとプール。おお、土曜日から市営プール再開である。

 古稀といふ春風にをる齢かな   富安風生
 春風にこぼれて赤し歯磨粉     正岡子規
 想ふべし三歳児以前の春の風   三橋敏雄
 春風や闘志いだきて丘に立つ   高浜虚子

子規の句、赤が印象的だ。ほんとに赤い歯磨粉はあったのだろうか、写生の子規さん。

※画像はAmazon.co.jp: 伊丹十三DVDコレクション お葬式 DVD 山崎努,伊丹十三,宮本信子,菅井きん,大滝秀治,津川雅彦から勝手拝借/感謝です。

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梅@誘ふがに枝垂梅咲く露天風呂

行きつけの日帰り温泉俳句詠む枝垂れ梅見て裸で立ちてPhoto_656

 誘ふがに枝垂梅咲く露天風呂

「がに」は古語なんだけれど「…せんばかりに。…するかのように。…するほどに。」と国語辞典に万葉歌まで付けてある。これは活用できるなあ。

 白梅や天没地没虚空没     永田耕衣
 表札は三橋敏雄留守の梅    三橋敏雄
 母の魂梅に遊んで夜は還る   桂 信子
 なによりも亭主大事や梅の花  草間時彦

梅はだいぶ例句を引き尽くしたので、時彦の句以外は現代俳句協会「現代俳句データベース」のお世話になった。耕衣の句は「阪神大震災」と前書にある。

 盆梅やネットは世界小宇宙

※画像は枝垂梅 写真集から勝手拝借/感謝です。

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春@ぬらぬらと唇がつく春の嘘

「と」か「の」かで悩んだ。テレビで見た唇の印象を重視すると「の」だ。Photo_655

 ぬらぬらと唇がつく春の嘘

「の」にするとべったりし過ぎなので「と」にした。朝のテレビ(ライブでテレビを見るのはニュースだけ。後は全部ビデオ)をヒントにしたもの。現実が「春の嘘」とは思ってはいないのでお間違いなく。

 女身仏に春剥落のつづきをり   細見綾子
 人妻に春の喇叭が遠く鳴る    中村苑子
 わが墓を止り木とせよ春の鳥    々
 春や昔十五万石の城下哉    正岡子規

現代俳句協会「現代俳句データベース」が例句の圧倒的な収録量
である。全体では12674句(わたしの俳句歳時記例句数約18,000句)だが、例えばこの「春」ではなんと108句も出てくる。季語によってメリハリをつけているということだろう。しかし、俺が名句と思う句でも収録されていないこともある。これはしようがないか。
それはともかく、春は女性の季節なのかもしれない(だから春の嘘とまでは言わない)。子規の句はとりあわせに挙げたにすぎず。

※画像はYahoo!ニュース - 日刊スポーツ - 叶姉妹“疑惑”やらせではございませんから勝手拝借/感謝です。

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シクラメン@わが愛を片隅に置けシクラメン

初案「シクラメン片隅に置けわが愛を」だっだが、投句の際に無意識に本句になってしまPhoto_654 った。やっぱり、こちらの方が自然なのだろう。

 わが愛を片隅に置けシクラメン

ところで、季語「シクラメン」。ハイクブログ現代俳句協会「現代俳句データベース」は冬の季語だが、手元の角川合本歳時記は春、わたしの俳句歳時記でも春(しかも晩春)だ。そしてシクラメンをネット検索すると年末を飾る鉢花の王様という。
生活実感から言うと新春かなあ。温室栽培だからいつでもいいか。

 シクラメン花のうれひを葉にわかち   久保田万太郎
 恋文は短かきがよしシクラメン      成瀬桜桃子
 シクラメン虚飾のことば風に乗る     鷲谷七菜子
 ひと言でいえばいいひとシクラメン    石口りんご

名句とは何度読んでも飽きない句、そして、ほとんど無意味な句というのも何かで読んだ。万太郎の句はこの条件を満たしている。 ひと言でいえば名句なり。

※画像はシクラメンから勝手拝借/感謝です。

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2007年2月22日 (木)

団塊男性諸君!

NHK短歌をビデオ鑑賞していたら

 手を焼くは団塊世代の男たち自立もならず自説も曲げず
                           東京都 青木孝子Photo_653

なる歌が出てきた。ゲストの高樹のぶ子も「同世代として実感あり」と発言していた。
うるさい黙れ、女ども。

※画像は高樹のぶ子book 紀伊國屋書店BookWebから勝手拝借/感謝です。

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クボタに拍手?

今朝の日経・企業面の小さな記事「クボタ 派遣労働者2100人のうち1400人を契約社員Photo_652 に」を読んで、ほう、と思わずクボタに拍手しそうになった。
ところがネット検索したら、子会社が労働者派遣法違反の「偽装請負」をしていたとして、大阪労働局から是正指導を受けたのを契機に、直接雇用に転換とある。
なんやあ、そういうことかと納得。しかし、他企業に先駆けて実施判断はエライ。キヤノンよ見習え。

金利上げも昨日の日銀決定で一段落。参院選後までは無いだろう。
輸出が好調なうちに、労働保護・中小企業への波及による内需盛り上げで底上げを図ってや安倍ちゃん。大企業だけがお得意先とは違いまっせ。日経もちゃんと事の経緯を伝えよ。

さて、今日の相場はと見れば18024.48 +111.27 ではないか(やっぱり)。大企業中心の相場はそろそろピークかと思いつつ、まだ様子見を決め込んでをり。

※画像は新聞・雑誌広告│企業広告活動│クボタから勝手拝借/感謝です。

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春の風邪@春風邪のすこし憂鬱美人かな

「月曜の春の風邪とも春思とも」みなこへの返句だ。Photo_651

 春風邪のすこし憂鬱美人かな

風邪を引く女の色気などと巷間言うのですこし気が引ける。しかし憂鬱美人というのもいい。元気陽気もまたいいけれど。

 春の風邪誰も見舞つてくれぬなり   鈴木花蓑
 ぬばたまの闇に灯消して春の風邪   中村白葉女
 耳掻きの鈴がちりちり春の風邪     三村純也
 よくもなくわるくもなくて春の風邪     下田実花

そうそう、艶といういい言葉、字がある。春をつけて春艶。今度使ってみよう。

※画像は竹久夢二伊香保記念館の通販サイト「夢二ショップ」から勝手拝借/感謝です。 

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初桜@佳き人の善く暮らすかな初桜

佳人、佳品、佳作、佳句。いい言葉だ。Photo_650

 佳き人の善く暮らすかな初桜

近所でもう桜(染井吉野ではないけど)が咲いていた。山形で染井吉野が咲いたというニュースも昨日、あった。今年は例外的な年だったと思おう。

 わき道の夜半や明るく初桜      千代女
 人はみななにかにはげみ初桜   深見けん二
 初花やななめに降つて山の雨   草間時彦
 旅人の鼻まだ寒し初ざくら       蕪村

初桜、初雪、初富士、初笑など日本文化は初物を愛す。おっちょこちょいというか飽きっぽいというか。

※画像は加賀の千代女(かがのちよじょ) - 白山市から勝手拝借/感謝です。

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椿@そつぽ向く椿の花も雨上がる

昨日の毎朝吟行の成果句だ。Photo_649

 そつぽ向く椿の花も雨上がる

雨上がりの花は(濡れているせいか)美しい。椿はよく見ると花が様々な方向を向いている。俺が見てやってるんやからこっちを向かんかい、どアホ。
「も」が工夫のつもりだ。

 ぽつてりと椿に花粉政子の墓    殿村莵絲子
 椿咲き日輪海の上わたる      岸 風三楼
 はなびらの肉やはらかに落椿    飯田蛇笏
 老居してすこし椿のなまなまし    能村登四郎

椿は花もさることながら肉厚で艶のある葉もいい。だから、なまなましさを感じるということもある。ところで北条政子って美人だったのだろうか。

※画像は雨あがる (期間限定生産) 映画DVD - goo 映画から勝手拝借/感謝です。

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春風@春風やロングブーツと短足と

助詞に悩んだ句である。Photo_648

 春風やロングブーツと短足と

初案「春風やロングブーツの短足の」→「春風やロングブーツの短足に」の結果、本句となった。対立的に捉えるのが面白いというのが理由だ。
昨日たまたまテレビを点けていて、錦糸町駅前で素人さんを捕まえて映し出しコメンテーターがファッション評価するという番組を瞥見した。そこで評価の結果「おブス」というラベルを貼っていた。なかなか親しみのある言葉である。お陰で本句を得た。

 春の風ルンルンけんけんあんぽんたん   坪内稔典
 九十五齢とは後生極楽春の風        富安風生
 春かぜに吹かれ妻子のある身かな     楠本健吉
 大阪へ今日はごつんと春の風        坪内稔典

春の風には名句が多いが、なんといっても稔典さんサイコー。
そして例句を引きたいがために俺も春風のごとくまだ句を用意してある。春風は明日に続く。

※画像は【楽天市場】特価!送料無料!ストレッチロングブーツ No.6650 ブラック:KARADANILUCKから勝手拝借感謝です。

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2007年2月21日 (水)

まんさく@まんさくやネット句会の初投句

今朝はココログメンテのため、投稿できず。(メンテは当日までメンテ予告記事を残しておPhoto_647 いておくれ)

 まんさくやネット句会の初投句

そこで、しようがないから昨日見つけた現代俳句協会のインターネット句会に入会した。ちょうど投句が締め切られた直後で選句募集中だったので選句した。なんと約1100句から5句を選句するのだ。でも、勉強になるなあ。そしてまた、俺の俳句センスがどの程度のものか分かるではないか。また投句候補も既に選定済みで、さて得点できるか楽しみである。
掲題句は入会の挨拶代わりで、季語は直近の俳句王国の兼題「まんさく」から得た例によっての安易句である。

 まんさくに水激しくて村静か       飯田龍太
 まんさくや蝶舞ふやうに言葉出て   田中水桜
 まんさくや水飲むさへも人恋し     湯浅康右

まんさくは漢字では「金縷梅」と書く。ちょっと読めんぞな。

※画像はまんさく@花図鑑から勝手拝借/感謝です。

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春眠@春眠のなぜか目覚める午前四時

早起きオヤジの句だ。Photo_646

 春眠のなぜか目覚める午前四時

「春眠や」ではなく「春眠の」で切れているのが特徴の句だ(誰も言うてくれへんから自分で言う)。「六時間眠れば覚める我が仕掛け検査入院夜明け待ちをり」という旧作短歌もある。
それはともかく、この頃は毎日昼寝しているので健康上も何ら問題にはならないだろう。午前四時どころか二時三時に目覚めることがあるのはちょっと困るが。

 春眠といふ晩年の玉手箱      岡田京花
 春眠や自飯器すでに保温中     桑谷友峰
 春眠の夢でよかりし涙かな     上村占魚
 春眠の寝顔をこそは見られけむ  安住 敦

「晩年の玉手箱」という人もいるんだなあ。まことに人生いろいろである。
ちなみに昨夜の俺は9時半には眠りに落ちていた。

※画像はMSNオークション [5個【倒産百貨B】Μ◆新開発の低反発ウレタンチップ使用◆通気性に優れたビッグ安眠枕◆BIG低反発ピローYE]から勝手拝借/感謝です。

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春日@春の日や割り込んでくる足と脚

「春の空」「雲」「月」「星」と詠んだので「春の日」の番だ。Photo_48

 春の日や割り込んでくる足と脚

「春日」には「春の日光と一日をさす二つの場合がある」と手元の歳時記にある。この句はどちらか。どちらでもいい、ええ加減な句である。

 春の日やあの世この世と馬車を駆り    中村苑子
 春の日やボタン一つのかけちがへ     久保田万太郎
 美しき春日こぼるる手をかざし        中村汀女
 熟れて落つ春日や稼ぐ原稿紙        秋元不死男

「春日」で句を得たかったのは苑子、万太郎の句を引きたかったのもある。何かで読んで歳時記に書き込んだ句が愛おしいのである。
ところで、掲題句に関連する我が短歌旧作も引いておこう。

 通勤者を記号の列と呼ぶ詩あり記号の中に我の個もあり

※画像は電車図鑑から勝手拝借/感謝です。

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霞@遠霞都心働く人のあり

Photo_79 空が冬とは変わってきた。

 遠霞都心働く人のあり

稲城の図書館に行くために車で走っていたときに、高台を通るので新宿副都心が見える。春の霞の中に、もやっと高層ビルの林だ。

 春なれや名もなき山の薄霞       芭蕉
 旅遠くわが来し道のすぐ霞む     山口青邨
 一人づつ渡舟を下りる霞かな     高浜虚子
 どの山も霞みてをれば大和かな   角川春樹

景の中に情あり。新宿の高層ビルが霞んで見えるのは気候だけのせいではない。

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青き踏む@男なら男になれよ青き踏む

「青き踏む」で句を得たかった。Photo_644

 男なら男になれよ青き踏む

上等ではないけど、一句ではある。「青き踏む」は「陰暦の3月3日、草萌える頃、戸外に出て、その青々とした草の上で楽しく過ごすこと。元は中国の習俗にならったものだが、その日に限らず、春の野山の青草を踏み遊ぶことである。元来は野遊びのことだが、単なる散策、そぞろ歩きをもいう。」とネット歳時記にある。なんか高級な感じがするが、単なるそぞろ歩きである。でもかっこいいのだ。

 意思弱き男青きを踏みにけり    鈴木真砂女
 来し方に悔なき青を踏みにけり   安住 敦
 踏青や口ついてでる賢治の詩    成瀬櫻桃子
 青き踏む背骨一本たてとほし    加藤耕子

男のロマンというか意地っ張りというかそんなものにつながりやすい季語だ。そうか、青二才とか青臭いとかいうもんね。それどころか第一、青春であった。青春、朱夏、白秋、玄冬。我はいま朱夏なり。

※画像は石原裕次郎の世界から勝手拝借/感謝です。

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2007年2月20日 (火)

若者の半分はフリーター

朝刊の記事を読んで検索した。Photo_642

18―29歳の男女の半数がフリーターまたはフリーター経験者であることが19日、労働政策研究・研修機構の調査でわかった。フリーターでいる期間が長期化し、5年前の3人に1人から割合が高まった。このうち正社員になろうとしたことがあるのは4割にとどまり、長引いた雇用環境の悪化で、正社員になるより仕事以外にやりたいことを目指す「夢追求型」フリーターが4人に1人いた。

朝刊記事によると調査結果から「夢追求型」「モラトリアム型」「止むを得ず型」に分類したそうだが、この分類がどこまで実態を正しく反映しているのか疑問だ(誰が好き好んで低賃金過酷労働で夢追求するか)。
また、偽装「再チャレンジ」~自己責任論を超えて~シンポジウムを予定している若者の集まりもあるという。

低賃金・過酷労働もさることながら、若者の半分はフリーターという状態で技術継承蓄積ができるのだろうか。「付け焼き刃」の底上げ戦略ではイノベーションなど出来ないぞ、安倍ちゃん。

日経平均新高値更新はご同慶だが、足元に若者問題(格差問題よりこの表現の方が正しいかもしれない)、海の向こうにはいつかやって来るドル不安と中国懸念。売り時を忘れないようにしよう、株主諸君。

※画像は上のシンポのパネラー雨宮処凛さんという人。すごい生き方から勝手拝借/感謝です。

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春の月の句@春月ややさしき人の甲斐性なし

俺のことではない。Photo_641

 春月ややさしき人の甲斐性なし

俺は既に「手鞠唄うたふばかりの甲斐性なし」というのをつくっていた。しかし、本句の方が風情がある。手鞠歌は男の句、春月は女の句だから。

 外にも出よ触るるばかりに春の月    中村汀女
 春月の木椅子きしますわがししむら   桂 信子
 ずり落ちさうにキリストや春の月      細谷喨々
 春の月産湯をすつる音立てゝ       石田波郷

汀女の句は「とにもでよ」と読ませて五音に納まる。秀吟なり。外に出たくなった。あ、まだ朝か。

※画像は男はつらいよ―寅さんの世界―|松竹から勝手拝借/感謝です。

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春塵の句@またいつかどこかで会おう春の塵

春の惜別そして再見の句である。Photo_640

 またいつかどこかで会おう春の塵

人はいつか水となり(春の水人間たかが百年余)塵となる。そんなことが脳裏にあってこの句になったと今、気がついた。口語だけれど気に入っている句だ。

 春塵や東京はわが死にどころ   鈴木真砂女
 春塵の鏡はうつす人もなく      山口青邨
 釈迦の掌の生命線に春ぼこり    吉水就子
 春塵や観世音寺の観世音      高野素十

観世音寺は福岡県太宰府市にある天台宗の古刹。観音様のお姿をと思ったけれど見つからず、代わりに薬師寺の観音様を拝観させて頂くことにする。

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春の星の句@春星や希望なけれど生きてをり

実感句である。

 春星や希望なけれど生きてをり

初案「春星や希望あらずば生もなし」だった。皮を剥いて俳味をまぶして本句となった。言Photo_639 葉はつい観念的に使い勝ちだと反省し、スローガン句から抜け出すことができた。

 乗鞍のかなた春星かぎりなし    前田普羅
 火の山の太き煙に春の星      高野素十
 春の星またたきあひて近よらず  成瀬櫻桃子
 盛り場の裏くらがりに春の星     福田蓼汀

俳句の基本は物を詠むこと。掲題句にはそれがない。反省。
ところで、普羅は山を愛した俳人。同じ春星で「春星や女性(にょしょう)浅間は夜も寝(い)ねず」がある。

※画像は乗鞍・畳平 (まぐろのめだま)から勝手拝借/感謝です。

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春の雲の句@頬杖をつけば淋しも春の雲

机上句だ。

 頬杖をつけば淋しも春の雲

まずまずか。措辞だけで切り抜けているようなところもある。気分の実はあるつもりではあPhoto_638 るが。

 春の雲人に行方を聴くごとし     飯田龍太
 春の浮雲馬は埠頭に首たれて    佐藤鬼房
 土手の木の根元に遠き春の雲   中村草田男
 宝石の大塊のごと春の雲       高浜虚子

龍太の句は一読、感じさせる名句である。比喩は出そうとして出せるものではない。擬人化して見るのも一つの手段かもしれない。
それはともかく、俺の句で比喩が成立しているものを後で探してみよう。

※画像は髪|粉末ジュースの味から勝手拝借/感謝です。

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春の空@野と山と街をつつめり春の空

写生句ができると気分がいいのだ。Photo_637

 野と山と街をつつめり春の空

机の上で得た句だけれど、毎日の吟行で堆積しているのだろう、何かが。もうひとひねりすると秀吟になるのだが。まだひらべったいのである。

 緞帳は春の空なり石舞台     安居正浩
 春空へ気球字を生む一字づつ   林 翔
 春の空円しと眺めまはし見る   星野立子
 首長ききりんの上の春の空   後藤比奈夫

足らないのは詩であった。「緞帳」「字を生む」「円し」という比喩、また、「きりん」という意外性、これが詩である。一番肝心なものがないやんか。
俳句=季語+二物衝撃+切れ+詩(比喩、意外性)を作りこむこと。要するに、俳句は「季語と物事との二重性の詩」(中村草田男「俳句入門」から俺が脚色)なのである。

※画像はミニミニ動物園(きりん)から勝手拝借/感謝です。

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2007年2月19日 (月)

サヨクに捧げる歌

 負け癖のつきしサヨクよここ一番憲法九条守らむかいざPhoto_636

戦後、サヨク(共産党、社会党)はずっと負け続けてきた。しかし、自民党政権はサヨクが存在することを理由にアメリカに対して軽武装を守り続けることができ、結果として経済的「繁栄」を享受することができた。
しかし、ベルリンの壁崩壊後状況は一変しつつある。アメリカは凋落し(イラク侵略はそれを露呈し進行を早めた)新興諸国(BRICS等)が経済的に台頭している。もはやアメリカは世界の警察官維持に困難に感じている。
だから、九条をいま変えることは米帝の下請け・肩代わりになる。俺が九条を守りたいのはアメリカが好きで嫌いだからである。

ここで不安要素は中国である。中国人民の自由を抑圧する共産党統治がいつまでも続くはずが無い。もし、共産党政権が急激に解体して内乱が発生した場合に、日本国民は在留邦人・企業の生命・財産を守るために軍事力行使にかられはしないか。俺の親類縁者で中国在留の人間はいないけど、身内に在留者がいると「こんなときのための自衛隊」と思うだろう。

だからこそ九条を変えてはいけない。日本国政府は憲法上丸腰の強みを生かして今からでも中国の軟着陸に努めるべきであり、日本国民は不測の事態が発生しても在留邦人の生命・財産保護のための自衛隊派遣は絶対にしないという覚悟を固めるべきだ。

日本国憲法は国際主義憲法である。生命・財産・権利の貴重さにおいて内外の区別は無いことを憲法は示している。反帝国主義・自由主義・多元主義(国際主義)こそがサヨクではなく、左翼の要件である。あの宮沢喜一さんでさえもこの要件に賛成すると俺は思う。

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春の夜の句@春の夜に手習ひせむと書く恋句

切れが無いけど、「春の夜」よりは「恋句」に力点を置きたいので止むを得ないか。Photo_635

 春の夜に手習ひせむと書く恋句

といっても、歳時記にボールペンでキチャナイ字で句を書き込む作業のことである。ほんとは毛筆だろうなあ。今年の秋で俳句も一周一年となるので、どこかの句会に入れて頂こうかとも思いつつある。でも句会も近年はボールペンを使っているのだろうなあ。
いっそのこと習字のお師匠さん(当然女性)につこうかしら。

 春の夜をかな文字ばかり習ひけり    山口波津女
 春の夜や後添が来し灯を洩らし      山口誓子
 春の夜の心の隅に恋つくる        吉川五明
 時計屋の時計春の夜どれがほんと   久保田万太郎

吉川五明の句は現代の句のようにも思えるが、江戸俳句だ。大岡信「新折々のうた」で見つけた。このシリーズから気に入った句を歳時記に書き写しているときに掲題句を得た。
春の夜は秋とはまた違った愁いにふけるのである。

※画像は一宮市消防本部・児童防火作品から勝手拝借/感謝です。文言に深い意味は無い、念のため。

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春燈の句@春燈や嘘つく人の喉仏

我ながらいい句だと思ったのに。Photo_634

 春燈や嘘つく人の喉仏

「春の灯や女は持たぬのどぼとけ」日野草城に後から気づいたのだ。こうして盗作とされるケースが発生するのだなあ。無意識下に名句に支配されているのである。まあしかし、この句は詩想が違うから剽窃ではないと認めてもらえるだろう、多分。いや、「春の灯や」と直すとマズイかもしれぬ。

 仰山に猫ゐやはるわ春灯     久保田万太郎
 明日会ふも別れは別れ春燈     大橋桜坡子
 雨の傘たたみて春の灯を流す     細見綾子
 春燈やはなのごとくに嬰のなみだ   飯田蛇笏

万太郎の句は芸妓さんの言葉をそのまま借用して春灯句としたものだ。色香のある季語だ。まだまだつくるぞ、いずれ。

※画像は舞妓さん鑑賞・派遣&祇園お座敷遊び&京都観光サポート~観光京都.ねっとから勝手拝借/感謝です。

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春闘の句@春闘の満額回答トヨタ様

ボーナスは満額回答というニュースあり。Photo_633

 春闘の満額回答トヨタ様

消費者に波及して内需拡大(輸出関連大企業→中小企業・労働者)をみんな期待するのだけれど、年金不安でなかなか財布の紐が緩まない。そこで、最後の切り札は金利上げ。急激に上げると円高を招くのでぼつぼつと上げて小金を持っているジジババに金を使わせたいのが政府日銀の本音だろう。
今週日銀は金利を小幅に上げるのは確実と俺は見ている。少々株安を招くけれどまだ大丈夫。怖いのはドル不振ドル安だ。さて、それがいつ来るか。

 春闘妥結トランペットに吹き込む息    中島斌雄

それにしても製造現場には頭が下がる。俺にも尻の穴が広がる疲労の経験はあるが、製造現場の労働は質が違うと思う。労働分配率も低下したのだから、政府は本腰を入れて労働保護策を打つべきだ。特に偽装請負。若者の未来を開かなければ、年金すなわち老人の未来も無いのである。

※画像はAmazon.co.jp: 自動車絶望工場―ある季節工の手記 本 鎌田 慧から勝手拝借/感謝です。

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2007年2月18日 (日)

旧正月の句@お鏡のそのまま御座る旧正月

俳句の功徳は季節、暦に敏感になったことだ。今日は旧暦元旦。Photo_632

 お鏡のそのまま御座る旧正月

ビニールパックに包まれて小さな鏡餅がテレビの上にある。ちなみにテレビはまだブラウン管テレビだから、テレビの上に物を置けるのだ。ざまあみろ。

 旧正の草の庵の女客       高浜虚子
 隣りより旧正月の餅くれぬ    石橋秀野
 道ばたに旧正月の人立てる   中村草田男
 旧正や旅をうながす南の星    大野林火

いつものことながら虚子はうまい。彼の脳内では言葉と言葉が目に見えぬ糸でつながっているのだろう。実在と対応して言葉のネットワークというものが存在するように思う。それを鍛えるのが俳句である。短歌ではここまでは求められないように思う。鍛錬。

※画像は日本鏡餅組合から勝手拝借/感謝です。

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春の雨の句@落選句

NHK俳句の落選句と投稿しなかった句である。Photo_631

 寝て一句起きて一句や春の雨
 ジャズが好き女も好きや春の雨

どちらにしようか考えて上の句にした。特選句と比べるとやはり品格に欠ける。当然、選者を恨んではならない。毎回五千句程度は投稿があるそうだ。
ちなみに、「春雨やパリには降らず巴里に降る」「春雨や路地に育ちし身を惜しむ」も得たが没とする。

 春雨や小磯の小貝ぬるるほど    蕪村
 春雨や喰はれ残りの鴨が鳴く     一茶
 喉切って声失ひぬ春の雨      石田波郷
 春雨やゆるい下駄貸す奈良の宿   蕪村

いい季語だが意外と難しい。今シーズン中に再チャレンジしたい。それにしても蕪村の小磯の句はいいなあ。何度読んでも飽きない句が名句である。

※画像は我が愛するジャス゜・ピアニスト、オスカー・ピーターソンである。 

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春時雨の句@春時雨ショパンに別れのワルツあり

三月のにわか雨を春時雨と呼ぶように思うが、今年は暖冬。Photo_630

 春時雨ショパンに別れのワルツあり

初案「悲しきワルツ」だった。歳を経るごとにショパンが好きになる。冬も「冬の夜はショパンが似合ふI miss you」という句をつくった。実は秋のショパンも既に在庫している。夏を用意しなくっちゃ。

 いつ濡れし松の根方ぞ春しぐれ   久保田万太郎
 いくたびも秋篠寺の春時雨       星野立子
 春の驟雨たまたま妻と町にあれば   安住 敦
 母の忌やその日のごとく春時雨    富安風生

こうしてみると掲題句はにわか雨の雰囲気を詠み込んでいない。春時雨と春の雨とは違うのに。だから、掲題句は季語が動くと言わざるを得ない。反省。

画像はショパンと9年間同棲したジョルジュ・サンド。彼女の子供たちをめぐるトラブルなどから別れたそうだ。ちなみにショパンの別れのワルツは別人との別れの際の曲である。

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2007年2月17日 (土)

価値観の対立と政策的対立

古い社民主義から新しい社民主義へ@広島瀬戸内新聞ブログ版に下のようなコメントをPhoto_629 させて頂いた。社民主義は不勉強でようわからんけれど、落とし所は自由主義+政策的調整ということではないかと考える。なによりも大事なのは自由であり、経済的問題(例:格差)は価値観の問題ではなく政策的課題にすぎないと思う。

はじめまして。私は次のように単純化して考えることにしています。価値観の対立は国家vs個人。政策的対立は自由vs平等。自由は合成の誤謬を招くので政府が調整して経済縮小防止と相対的平等とを図る必要がある。その過程において政策的対立が生じるということだと思います。そして、安倍政権は政策的対立以前に、国家的価値を盲目的に信ずる愚を演じているのだと考えます。

ケインズは長い目で見れば何事もうまくいくのだと決めてかかる経済理論家に我慢がならなかったらしい。こんなことを言っています。〈この『長い目』という考え方は、目の前の出来事を見誤らせる。〉〈『長い目で見れば』わたしたちはみんな死ぬ。〉とから画像を勝手拝借/感謝です。

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春の暮の句@春の暮ぼくらは少年探偵団

わはは、快感句だ。Photo_628

 春の暮ぼくらは少年探偵団

俳句には人間が出る。安易な人間は安易な句をつくる。どうだ、参ったか、明智君。

 春の暮家路に遠き人ばかり     蕪村
 いづかたも水行く途中春の暮   永田耕衣
 春の暮白き障子を光とし      橋本多佳子
 春のくれ夫なき家に帰りくる     桂 信子

そうそう、いつか書こうと思っていたけれど俺が俳句に目を開かれたのは上野さち子「女性俳句の世界」であった。橋本多佳子もこの本で知った俳人だ。多くの場合、女が(俺の場合)導きの糸である。

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春の雪@なるやうにならぬ心や春の雪

初案「春の雲」だった。Photo_627

 なるやうにならぬ心や春の雪

しかし、もっとお湿りが必要と考えて「春の雪」に手直し。なんの具体表現もないけど、まずまずの練習句駄句なり。

 泣蟲の杉村春子春の雪           久保田万太郎
 海までの明るさに舞ひ春の雪         鷲谷七菜子
 手鏡の中を妻来る春の雪           野見山朱鳥
 ばか、はしら、かき、はまぐりや春の雪   久保田万太郎

光の中にあはれを湛える季語だ。これこそ花鳥諷詠、具体を詠わねばと反省しきりである。

※画像は女の一生 紀伊國屋書店BookWebから勝手拝借/感謝です。

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梅の句@ミスターの現はれ出でて梅満開

梅の句はそろそろ打ち止めと思っていたに。Photo_626

 ミスターの現はれ出でて梅満開

やっぱりちょっと感動した。プロ・デビューは1958年か。開幕戦で相手ピッチャーは金田正一。三打席連続三振だったか、多分→いや、4打席空振り4三振だったもうオーラに包まれていたんだ。
ついでに短歌同時作。「へそ曲がり我は巨人が大嫌ひましてや原の陰鬱はなほ」。

 梅咲ぬどれがむめやらうめじややら   蕪村
 ありありと晩年が見え梅の花      草間時彦

蕪村の時代、梅を「うめ」か「むめ」かいずれで表記するかという議論があったそうだ。また、「行かむ」を「行かん」と表記するかについても争われたそうだ、これは俺も悩むなあ。
いずれにせよ、梅は清しく長く楽しませてくれる花である。 

※写真は「今年は勝つ、勝つ、勝つ」 長嶋名誉監督が来県 ―宮崎日日新聞社から勝手拝借/感謝です。

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2007年2月16日 (金)

左翼と右翼の違い

田島正樹という哲学者がいる。著書「スピノザという暗号」で出会ったけれど難しくて途中放棄して、リベンジするべく 今度は「読む哲学事典」で再チャレンジしてなんとか読み通せた。
この本で面白かったのは、左翼と右翼の違い(定義)である。田島さんはブログを持っていてこれも読むのに少々骨が折れるけれど「読む哲学事典」の左翼・右翼の定義を頭において一つの記事を読んだらなんとかそれなりに理解できた(ような気がする)。

そこでこの記事(コメント)から左翼の定義をつまみ食い転載させてもらう。興味ある方はクリックして原記事を是非頑張って読んで頂きたい。記事のタイトルは「自由人と奴隷」である。

私が導入する左翼右翼の区別は、政治共同体を分裂を含むものと見なすかどうかです。
左翼は、政治共同体にとって対立は決して排除できない契機であり、それが政治共同体そのものの活力を形成すると考えます。つまり公共性をめぐる解釈の対立こそが政治闘争の中心をなすと見なすのです。

要するに、左翼は政治共同体(例:国家)の中に分裂を見るが右翼は分裂を見ない
現下の日本を例にとると、左翼は格差社会(分裂)を主張するが、右翼は「同じ日本やないか。底上げで格差は解消する」と主張するということである。田島さんの言葉を借りれば「左翼とは、このような公共性の簒奪に対する不断の異議申し立て」ということになる。

もっと端的に表現すると右翼は一元主義、左翼は多元主義という言い方になる。従って俺の新左翼の要件=(1)反帝国主義(2)自由主義(3)多元主義は田島さんの定義にも合致する(と俺は思う)。

ちなみに田島さんの左翼の定義は反実在論・意味の解読モデル(無限とか理念とか公共性は実在するものではなく構成するものだ)から導かれるものだと考えているが、こPhoto_625 れは哲学の話である。

かくして左翼は哲学的実存的根拠を持つ。自信を持とう、左翼の諸君。ちなみに、左翼と称する人でも多元主義を認めない人は左翼ではありません、日本共産党指導部御中。

※写真は日本共産党をのばし、「巨大開発病」をただそう-福岡演説会 志位委員長の訴え(要旨)から勝手拝借/感謝です。

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対策するべし、ネットカフェ難民

昨夕たまたま見ていた日テレ・ニュースで「ネットカフェ難民」なる言葉を初めて知った。日雇いで働いて泊まる所はネット・カフェという要するにホームレス(一歩手前)だ。
右より日テレが左の話題を取り上げるのは面白いと思い、ネット検索したらドキュメントで以前放送したものをニュースでも拾った話題のようで、日雇いの賃金相場は6千円前後で、交通費・深夜料金・社会保険はナシ。携帯電話は必要不可欠、率直な感想を言うと、NHKの『ワーキングプア』よりも怖い内容というブログを発見した。Photo_624

折から今朝の日経には「政府が成長力底上げ戦略 格差批判に対抗 突貫工事、焼き直し多く」という見出しの記事がある。内容を読むと、これまで検討するとしていたワーキングプアの実態把握について「概念がはっきりしないのでやらない」(大田経財相)と方向転換した、とある。ワーキングプアという野党が設定した土俵には乗りたくないけど格差は無視していないぞ、ということなのだろう。姑息な話だ。

底上げ戦略か格差是正かという論争は別にしても、ネットカフェ難民の存在は(敢えて言うならば)犯罪の温床になる危険性がある。治安対策・防貧対策としてのワーキングプア対策は必要だろう。つまらぬ屁理屈や体面など捨てて、清潔・安全・自由かつ公正という世界に冠たる日本社会の価値を維持しよう。放置すると若者犯罪がますます増えるぞ、安倍ちゃん。美しい国にしようよ

 ホームレス一歩手前の若者らネットカフェに夜々過ごすらし

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春一番の句@春一番踊りましょうよタンゴでも

雪崩、海難事故など自然は凶暴化しているけれど、ともかくも春だ。Photo_623

 春一番踊りましょうよタンゴでも

本句を得たので「この冬は雪も降らずに春一番」「春一番空に濁りのひとつなく」は没。写生ではないけど一応、詩にはなっているか。

 若者に古着が流行る春一番    有馬朗人
 春一番競馬新聞空を行く      水原春郎
 春一番吹きをさまりて夜の卓    角川春樹
 春一番来し顔なればまとまらず   伊藤白潮

最後の句、増俳に鑑賞あり。こういう句に突き当たることがあるから、俳句読みは止められない。とある。なるほど。措辞「まとまらず」の力である。

※画像は当然にキャンディーズである。聴けるぞ。

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梅の句@梅つぶら夜来の雨が濡らしたり

梅の花が濡れているのに欲情してしまった。Photo_622

 梅つぶら夜来の雨が濡らしたり

「夜来の雨」が陳腐だ。「雨」が出ているのだから「濡らしたり」は余計だろう。などと投句してから不満が噴出した。推敲の余地あり。

 ありありと晩年が見え梅の花     草間時彦
 梅も一枝死者の仰臥の正しさよ   石田波郷
 いつ見ても梅寂光の中にあり     川本臥風
 梅散りて白磁の鉢の夜々ひとり   横光利一

句の姿形の凛々しさということを思う。佳句は品がある。人格が滲むのかもしれない。ああ。

※写真は早稲田と文学(横光利一)から勝手拝借/感謝です。

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紅梅の句@紅梅の向かうは遠く冨士真白

朝の吟行(30分Walk)で得た。紅梅は梅とは別に季語になっているのはなぜだろう。Photo_621

 紅梅の向かうは遠く冨士真白

紅白の取り合わせは意図的に過ぎていやらしくはないか、真白は「勇気こそ地の塩なれや梅真白」中村草田男から頂戴したが強すぎないか、など懸念はあれどともかく一応写生句なので嬉しい。そしてまた、吟行でふっと富士句が出たのも喜びだ。

 
 紅梅の眼を白梅に戻すなり      綾部仁喜
 母好みし紅梅昏れて忌日暮る    大野林火
 伊豆の海や紅梅の上に波ながれ  水原秋桜子
 紅梅のこぼるる先を海女ふたり   今井杏太郎

こうして見ると写生は無限に素材があるように思える。要は素材を発見する力だなあ。
そして、俳句=二物衝撃(季語+モノ)+詩(喩)+写生が花鳥諷詠ということかと思い至った。そこで、二物衝撃(季語+モノ)+詩(喩)を自選の最低条件にすることにした。
※写真は富士山写真の英姿富士 富士山写真ギャラリー(ダウンロードフリー)から拝借/感謝です。フリーなのは心強い。富士句の励みになる。

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2007年2月15日 (木)

またまた全野党選挙協力の実現を

岡山の共産党員東つよしさんのブログに性懲りも無くコメントしてしまった。多少は共産党に希望を持っているということなのかなア?

論戦を拝読しました。懇切に回答される東さんに敬意を表します。しかし、私は参院選では民主党に投票します。自公を負けさせるためには民主に勝たせるしかないと思うからです。もし、自公が勝てば間違いなく憲法改悪で時代は大回転します。それを是非とも食い止めて欲しいのです、共産党には。
だから、ブログのあちこちで誠実な共産党員の方に呼びかけています。小異を残して大同について下さい。反自公全野党選挙協力の実現を切望します。

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認識論@「エティカ」を読む(3)

俺流「エティカ」存在論の結論は究極の実体は宇宙全体のエネルギー・物質循環系であった。さて次は認識論。真理や知識の性質・起源・範囲(人が理解できる限界など)について考察するのが認識論で、ここが近代西洋哲学の主戦場である。

認識を敢えて思考と言い換えるが、思考は分析的思考と総合的思考に分かれる。ものごとを分割して分割した単位ごとに認識・思考するのが分析的思考。これに対して、総合的思考は分析的思考ないし直観を基に全体的に認識・判断することと言っていいであろう。
「エティカ」も基本はこのような常識的路線に沿ってはいるが、少しアクが強い。

すなわち、認識を三種類に分別し、第一は想像知、第二は理性知(知性)、第三は直観知と名付ける。
想像知:上の分析的思考に近いが、「ふたしかな経験、記号による認識」とする。「ものを想像するときの観念に似ている」からこのようなネーミングとなっている。実体は全体なのに断片的に想像するアホウと言いたいのだろう。
理性知:断片ではなく「十全な」知識のことを言う。総合的十全な認識である。「観念の秩序と連結はものの秩序と連結と同じ」(ウィトゲンシュタイン!)ことが存在論に基づき証明(第二部定理七)されているので、このような認識は存在するとするのである。言わば神の認識だと俺は思う。
直観知:しかし神は細部に宿り給う。分析的思考+総合的認識に加えて様態(実体の思惟・延長への限定:個物)の直観が必要とする。ここがスピノザのエライところだ。

つまりは、理性の下、分析・総合・直観によって我々は十全な認識に到達するというPhoto_620 当たり前なことを<存在論に基づいて>言っているのである。

このように、「エティカ」において存在論と認識論はぴったり決まっている。数学的エロティシズムを感じる所以である。
目的的見方の否定(自然に目的などありゃしない)の論証、因果律は実体に内在している(だから全ては必然)ことの論証については省略するが、かくして、「エティカ」の基本思想(2)(3)(4)が導かれる。

(2)これから、ホーリズム(クワインと結論は同じ!)内在主義(ものごとは対象の立場に立って内在的に理解するべきだ、従って批判も内在的批判であるべきだ)が演繹される。
(3)そしてまたホーリズムの立場だから、認識論においても分析的認識(想像知)ではなく総合的認識(知性)が正しいとされ、実体がその属性において変様した(俺に言わせればモデル化)様態(要するに個物)を認識する直観知とが認識の両輪である。
(4)全ては必然的(だから自由意志は否定)、コナトゥス(実体の力)の現れである。それを認識するのが知性と直観知である。

※画像はクリムト「ダナエ」。グスタフ・クリムトから勝手拝借/感謝です。

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小沢民主党に捧げる歌

気の早い俺はもう参院選にどういう投票行動をとるべきか考えている。
比例区は天木直人党が出れば投票するだろう、多分。選挙区は(しようがないから)民主党かなあ。しかしいまいち不安感がある。というのは

 憲法を置き去りにして参院選勝つても守るか憲法九条を

生活維新・格差是正に論点をすり替えて民主党が仮に勝ったとしても、憲法を自公Photo_619と一緒になって変えようとするのではないかという不安である。

そこで、思考実験。
自公が勝てば、「美しい国」=戦後レジームの見直しは信任を得たとして(改憲を論点にしてなくても)大威張りで改憲に走るだろう。だから自公投票は絶対にノー
民主が勝ったとすると、民主が改憲を論点にすることはまず考えられないから、改憲に走ろうとしてもブレーキはかかる。鳩山某にしても前原某にしても論点にしないでおいて改憲を主張するほど鉄面皮ではないだろう。
いや、民主が勝てば政界再編が動き出すだろうから、ひょっとしたら憲法を対立軸にしたわかりやすい再編になるかもしれない(甘いなあ、そんなにわかりやすくはしてくれないぞ)。

ということで民主党に地方区は入れることにする。惨敗しろ人民の敵=共産党。

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春の水の句@春の水人間たかが百年余

神即自然、全ては無限循環系である。Photo_618

 春の水人間たかが百年余

証言・昭和の俳句〈下〉中村苑子(平成十三年に八十七歳で逝去)の項に凄い話があったので記録しておく。

人間の原始は「水」と思った
苑子の夫は戦死したのだが(戦後だいぶしてから高柳重信とパートナーシップ関係)、その17回忌を機に墓を佐渡から東京に移転するべく掘り返して骨壷を開けてみると「骨が何もなくて、薄い黄色い水が底のほうに少し溜まっている」だけだったそうだ。苑子はこの経験から句集に「水妖詞館」という書名を付けた。
この話には続きがあって、これを雑誌に書いたら読者から「私の夫は別れてから遺骨になって帰ってきたが、骨壷を開けてみたら水だった。誰にも言えず、ずっとしこりになっていたけど、記事を読んでほっとした」と便りが来たそうだ。

掲題句はこの話を読んでの感想駄句である。

 一つ根に離れ浮く葉や春の水    高浜虚子
 暮れつつも物ながれゆく春の水   多田裕計
 腰太く腕太く春の水をのむ      桂 信子
 一桶の春水流す魚の棚        渡辺水芭

虚子の句は名句だ。花鳥諷詠とはこのことだろう。そして全ては生命(循環系)である。

※写真は苑子の生前墓。高柳重信の墓と並んでつくった。中村苑子から勝手拝借/感謝です。

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バレンタインの句@イケメンの平和に終わるバレンタインデー

「ぎりチョコにしみじみ思う平和かな」谷人に返句してみた。Photo_617

 イケメンの平和に終わるバレンタインデー

先日のNHK歌謡番組に元祖イケメン中条きよしが出ていて「うそ」を歌っていた。
「うそ」は俺のレパートリーでもある。

 嘘詠まじと詠む句の嘘や冬篭   富安風生

※画像は中条きよし プロフィール - goo ニュースから勝手拝借/感謝です。

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春暁の句@春暁の俳句勉強朝刊来

「春は曙」である。Photo_616

 春暁の俳句勉強朝刊来

「来」は「く」と読ませて終止形。4時を過ぎれば朝刊配達がバイクの音を響かせて来る(少々うるさい)。カーテンを閉めているので明るくなるのが何時ごろかは不明。
春眠の季節なのに血圧が高い俺は早起きしてしまうのである。その分昼寝をしているからバランスが取れる。これをスピノザならば全ては必然と言うであろう。

 春暁や人こそ知らね木々の雨   日野草城
 大阪城ベッドの下にある春暁    石田波郷
 春曙何すべくして目覚めけむ    野澤節子
 春暁や死の恍惚も少し知り     能村登四郎

春は生命の季節である。そして、生は死があるからこそ生である。スピノザは死を思うな、生を楽しめと言った。生の哲学者だ。

※画像はYahoo!インターネット検定 - 百人一首タイピング大会から清少納言。歌は「夜をこめて鳥の空音ははかるとも 世に逢坂の関はゆるさじ 」である。

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2007年2月14日 (水)

存在論@「エティカ」を読む(2)

存在論っていったいなんのことやろか。
「そもそも最も根源的に存在するものはなにか、さまざまな様態で現実に存在するもの、根本的な実体を伴って存在するものとはといった問題に取り組むもの」とあるけれど、いまいち実感が伴わない。

そこで、例を挙げよう、海。
海が存在することを否定する人はいないだろう。川もそうだな。では、海と川との境界をはっきり線が引けるだろうか。更には雲とか雨、これらも海・川と合わせて地球上の水の循環システムとしてひとつのもの(実体)といえるのではないだろうか。
つまり、ここでは個物と系(循環システム)のいずれを実体として捉えるかが問題となっている。
同様のことが生命系についても言える。サルでもヒトでも虫けらでも更には植物も全部まとめて生命循環システム(食物連鎖)として実体ではないのか。

スピノザは、実体=自己原因=神として水、生命、更には地球もっと言うと宇宙全体をひとつの循環システムと捉えてこれを唯一の無限実体自己原因とした(神即自然)。そして、個々の物は様態(実体がその属性を限定したもの)であるとした。宇宙の水循環システムのそのまた限定が海という訳である。

だってそりゃそうだよね。スピノザは実体を「その概念を形成するために他のものの概念を必要としないもの」と定義しているのだから最も広い概念(宇宙全部)のみが実体とならざるを得ないよな。Photo_615

そしてまた、後に出てくる感情論もこの実体のコナトゥス(自己を維持しようとする力)から導かれる。
コナトゥスもわかりにくいから、実例で考える。物体でいうと慣性力。生命でいうと生命力。もっと広げるとエネルギー(質量とエネルギーの等価性原理@アインシュタイン)になる。おおそうか、ビッグバン=物質の生成まで遡ると神即自然=エネルギーなのだ。

要するに、究極の実体は宇宙全体のエネルギー・物質循環系。物質も生命もその様態(属性の限定物)に過ぎないのだ。以上からエティカの基本思想の(1)が導かれた。

(1)唯一の実体(自己原因。デカルトは精神と延長という実体二元論、スピノザは無限実体一元論)は神即自然=事実である。無限実体から様態(実体の変様)が産出される(論理モデルを抽出する)。←概観@「エティカ」を読む(1)参照。

 海見れば遠き記憶の甦る遺伝子の神生命の連鎖

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金正日様に捧げる歌

みてみい、アメリカなんかちょろこいもんよ。ちょっと中東がらみで脅したらテロ支援国家Photo_614 指定解除まで約束しよった。これだから強請り・たかりは止められぬわ。

 銭かけて回収したり花の山みんな友達我あらばこそ

結局、我が北王朝があればこそ、みんな喜ぶ。韓国は言うに及ばずアメリカも日本もお友達よ(産軍複合体の軍事費横領の理由になる)。それが証拠にあの産経新聞社説でさえも「北朝鮮問題で最大のカギを握るのはやはり米国だ。引き続き日米連携を密にすることが重要」とアメリカの味方をしとるじゃろ。ワハハハハ。

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梅の句@横浜本牧三渓園の続き

吟行の後を引きたる嬉しさよ。Photo_613

 この世にはをみなとをとこ梅香る
 梅が枝に思ひを懸けて書かぬ文
 野良猫も探梅行や人混みに

しかしなあ。駄句である。三句目だけが実景。だからこいつが一番マシかなあ。本来は没にすべきか駄句の山。

 梅やなぎさぞ若衆かな女かな     芭蕉
 手をかけて人の顔見て梅の花     一茶
 梅一輪ほどのひそかな片思い    福地泡介
 旅がらす古巣はむめに成りにけり   芭蕉


この「旅がらす」という言葉は、どうやら芭蕉その人の造語だったようである。股旅物の渡世人ではなく、「はじめは俳人や僧のような黒衣の旅人に限定して言っていたのが、だんだん意味が変わってきてしまったのではないだろうか」と清水哲男さんが書いている。

お、出来た。

 旅がらすいくつの梅を見て過ぎし

※画像は芭蕉と
曽良。福島県白河市 「白河関の森公園」にあるそうだ。尾芭蕉から勝手拝借/感謝です。

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バレンタインの句@バレンタイン花粉症まで貰ひけり

俺には関わりの無い出来事だけれど。Photo_47

 バレンタイン花粉症まで貰ひけり

手元の歳時記は平成6年刊とちょっと古いので「バレンタインデー」は無い。そこでネット検索してバレンタイン デー 俳句・川柳を見つけた。

 バレンタインデー貴方へ愛のノックする  山下比呂美
 バレンタイン虹はほのかな方がよい    草野春生

わたしの俳句歳時記からは次の一句。
 何事もおこらずバレンタインの日     原田清正

増殖する俳句歳時記からはこの句。

 バレンタインの消えない死体途中の花   鈴木六林男

「ノック」の句が軽快で面白いなあ。本気といえどノック程度であろう、と無関係なおじさんは思うのである。「渇かざる心を抱きて生きたかり何事もなし何事もあり」。

※チョコレートといえばゴディバが旨かった記憶がある。そんな上等、バレンタインに貰ったはずは無いけれど。画像は児玉義弘のココだけの話 GODIVA- バレンタイン チョコレートから勝手拝借/感謝です。

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2007年2月13日 (火)

安倍総理に捧げる歌

女性を救おうとして殉職された警官を板橋署に弔い「ミヤケさん」と名前を間違えてしまっPhoto_612 た総理に一首。

 一国の総理なる人殉職の警官弔ひ名前間違ふ

警備問題はあっても、どうせ行くのならば交番に行くべきだった。まあやっぱり総理、かなりお疲れなのだろう。
ちなみに、TBSニュースは「ミヤケさん」発言カット、他方、テレ朝「ワイドスクランブル」はしっかりコメンテータ批判付きで放送していた。

予算委員会で弁明要求質問があったか否かは知らないが、人間として弁明するべきだろう、誠実な安倍ちゃん。

※写真は時事ドットコム:殉職警官、「日本人として誇り」=安倍首相が板橋署を弔問から勝手拝借/感謝です。

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概観@「エティカ」を読む(1)

図書館で中公クラシックス「エティカ」を見つけ、読めるだろうかと疑いつつ借り出してきPhoto_611 た。そして、なんとか読み通すことができた。工藤喜作の解説を何度も読み返したのと、懇切な注釈・図表が付いているのが効いたのだ。

そこで、まず、エティカ(最近はエチカではなくエティカと表記するみたい)の概観を書く。流れはこうなっている。

存在論(真に実在するものは何か→神即自然である)
認識論(正しい知に到達するための認識はいかにあるべきか)
感情論(人の感情とは何か。感情の療法について)
価値論(善悪とは何か。自由について)

これを俺は得意の世界三層構造を頭に置きながら読んだ(だから読めた)。
すなわち、エティカ見取り図である。

価値世界    論理世界     事実世界
 価値論      認識論       存在論
   ↑        様態     神即自然=唯一の実体     
 感情論    三種の知性     コナトゥス(力)  
       (想像知・知性・直観知

エティカの基本思想を俺の三層世界論に引き付けて記述する。

(1)唯一の実体(自己原因。デカルトは精神と延長という実体二元論、スピノザは無限実体一元論)は神即自然=事実である。無限実体から様態(実体の変様)が産出される(論理モデルを抽出する)。
(2)これから、ホーリズム(クワインと結論は同じ!)内在主義(ものごとは対象の立場に立って内在的に理解するべきだ、従って批判も内在的批判であるべきだ)が演繹される。
(3)そしてまたホーリズムの立場だから、認識論においても分析的認識(想像知)ではなく総合的認識(知性)が正しいとされ、実体がその属性において変様した(俺に言わせればモデル化)様態(要するに個物)を認識する直観知とが認識の両輪である。
(4)全ては必然的(だから自由意志は否定)、コナトゥス(実体の力)の現れである。それを認識するのが知性と直観知である。
(5)生命においてコナトゥスは衝動となり、欲望(衝動の自己認識)・喜び・悲しみが感情の基本要素である。
(6)善悪も感情によって説明される。感情の療法(肯定と赦しの哲学)が倫理である。

要するに、事実(無限実体)から世界の論理モデル(正しい認識)価値モデル(善悪等)を抽出する体系的哲学及び形而上学(思想)なのである。ああ、痺れてしもうた。
存在論@「エティカ」を読む(2)に続く。

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茶番劇なり、六カ国協議

やっぱり六カ国協議は目出度く決着しそうだ。Photo_610
既にベルリンで密約は出来ているのに、中国の顔を立てるためと内外世論を誤魔化すための北の過剰要求茶番劇だった。
日曜のTBS報道特集が中東とのリンケージを伝えていたのを除けば、何故アメリカは柔軟化したかを報道したマス・メディアは見当たらなかった。
そして、安倍政権は「拉致進展なければ支援せず」との国内向け強硬姿勢を見せながら、他方で、ついていきます米帝と「下駄の雪日本亡国建国日」と協議覚書には何ら留保をつけずに署名するだろう。あほらしか。「茶番劇北京に梅は咲きたるや」。

以下は民主党藤末参院議員のブログを発見して書き込んだコメントを転載。載せてくれるだろうか。

はじめまして。「六カ国協議」で検索してこちらに参りました。私は近頃これほど腹が立つことはありません。あんなの茶番です。北がアメリカに、反米勢力に核を売らないと確約したのでアメリカは柔軟化した、これはベルリンで密約したと推測します。北京のドタバタはそれを糊塗するための茶番です。
ところで、日米軍事同盟にとって北は存在して貰わないと困る国です。北が崩壊すれば沖縄基地返還論が出てくるのは確実だからです。

民主党さん、頑張って安倍政権の口先だけの対北朝鮮強硬姿勢を追及して下さい。
そしてまた、出来るものならば人民の敵共産党との参院選選挙協力を実現して自公独裁政権を倒して下さい。

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春ショールの句@二句

一句目はかねて用意の在庫句。Photo_609

 春ショール妾が銭をねだりをり
 現世や浮気心の春ショール

二句目はオペレッタ「メリー・ウィドウ」を観ていて浮かんだ。浮世は憂き世でもあり浮世でもある。人生、色と銭。楽しまなければ損という世界観を我は半ば肯定するものなり。

 春ショール身軽すぎるは不貞めく    岡本 眸
 春ショール春をうれひてまとひけり   久保田万太郎
 行先をひとにあかさず春ショール    荻野忠次郎
 春ショールして茫々と歩むなり      柴田白葉女

女性俳人が強盗に殺害されるという事件があったそうだ(上のリンク参照)。一瞬、ジョークかと思った。人生、色と銭も常識の範囲内に留めて欲しいのだが、世の中には制御が効かない人間がいるものである。

※画像はメリー・ウィドウのワルツの譜面。「メリー・ウィドウ」誕生100年から勝手拝借/感謝です。

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梅の句@横浜本牧三渓園

あんまり出来はよくないけど一応写生できたので。Photo_608

 すゞやかに梅ひらきたり三渓園
 貴婦人の匂へる梅をそゞろ行く
 黒光る飛騨の民家に梅一枝

三重塔があって池があってその手前に梅が咲いているという景を切り取りたいのだけれど、デジカメのように俳句はいかない。写真撮る人をケータイ写したし。

 梅林やこの世にすこし声を出す     あざ蓉子
 梅林の咲きて景色の低くなる      粟津松彩子
 梅咲いてまたひととせの異国かな   ジャック・スタム
 梅散るやありあり遠き戦死報      馬場移公子

増殖する俳句歳時記で梅検索して拾った句。写生の基本を修得した後の目標としたい句を選んだ(つもり)。あざ蓉子の句は特にあざやかである。氏は団塊の世代、他に「桃さくら股間にあそぶ煙かな」などがある。オモロイ俳人である。

※画像は横浜 三溪園 - Yokohama Sankeien Garden -から勝手拝借/感謝です。

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2007年2月12日 (月)

建国記念日の句@建国日九条いまだ生きてをり

昨日、投句するのを忘れていた。二月十一日は紀元節であったのだ。Photo_607

 建国日九条いまだ生きてをり

2月11日は「建国をしのび、国を愛する心を養う日」として、1966年に「建国記念の日」として定められたのである。

ところで、あの「愛国者」小林よしのりが改憲反対を唱えているそうだ。<憲法改正が「自主独立」のためでなく、「日米同盟の強化」のためのものであり、米国の属国化を進めるものならば、わしは「護憲派」にはならないが、「現時点での憲法改正に反対」の立場に回らねばならない!>とのことだ。自主独立派からも当然の論理である。もし9条が無かったらイラク戦争への協力も現状程度で済んでいたかどうか疑わしい。陸上での兵站支援は少なくともやっていただろう。

さて、憲法は果たして参院選の論点になるのだろうか。自公も民主もなんかウジウジしてるしなあ。選挙が終わったら消費税とセットで改憲へなんて御免だけれど、なにせ問題先送り、付いていきますアメリカさんにどこまでもだからなあ。下駄の雪日本亡国建国日。

 神話おほかた愛の争ひ建国日     草村素子
 旗立てて古りし傷撫づ建国日      長かずを
 紀元節今なし埴輪遠くを見る       山口草堂
 豆腐屋の笛もて建国の日の暮るる   岡崎光魚

生活が基本。生活を守る手段として国家は(必要悪として)存在する。そして、国敗れても生活は残るのである(戦争で人は多く傷つき死ぬのだが)。
パレスチナに平和を。そしたら北の核も拉致も解決するような気がしてきた。理由は何故アメリカは柔軟になったかを参照+北の存在は日米軍事同盟共通の利益(北が崩壊したら沖縄基地返還論につながる)。

※画像は少年コミック  か行 - 新・東大一直線(小説版) - ミステリ専門古書店 迅速&丁寧をモットーに国内へ通販から勝手拝借/感謝です。

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2007年2月11日 (日)

首相官邸苦慮中?←モンゴル大統領来日

今朝のWalkはルートを変えてコンビニへ。週刊現代「八百長告発」第四弾を拝読してきPhoto_606た。一定の説得力を感じさせる内容だったが、仁義上ここでは公開しない。
ただ、一点だけ。記事の最後で「モンゴル大統領が今月26日に来日予定。歓迎祝宴に朝青龍を招くかどうか官邸苦慮」とある。
これは筆の走りすぎだろう。いくらなんでもこんな事で官邸が苦慮するとは思えない。モンゴルの英雄であり日本角界大横綱である朝青龍を呼ばなければ、大問題だ。外交上最大の非礼にもなるだろう。繰り返す、こんなことで安倍総理が悩むはずが無い。

スジを通せばいい。たかが週刊誌が書き立てているだけだ。スジを通せない総理と思われているから支持率が低下しているだけなのだ。スジを通せ、安倍ちゃん。

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アメリカは何故柔軟になったのか?

六カ国協議、間際になって北の過剰要求でごちゃごちゃしだしたようだが、結局はまとまPhoto_605 るだろう。メディアが伝えるように、ベルリンで既に話は出来ているようだし、それが証拠に北の金某次官がアメリカのヒル氏と昼食して酒の匂いをぷんぷんさせてご機嫌だったからだ。

日本国政府は「拉致解決なしで支援はあり得ない」と言明しているけれど、だったら北京でテーブルひっくり返して「わが国はお呼びでないみたい」と退席してもいいだろう。上品で大人しいのが売りだから、そんなことは万に一つも無いだろうけど。

ところで、アメリカは何故ここまで柔軟になったのか。メディアはほとんど伝えてくれないが、チラと出てくるのは中東情勢との関係だ。俺が想像するに、北は核兵器・技術をイランやシリア等反米勢力に移転しないことを確約したのではないか。アメリカが柔軟になる理由はこれぐらいしか考えられないなあ。誰かすっぱ抜いてくれないだろうか。

北がきちんと約束を履行するかどうかは別にして、拉致と中東の平和とを量りにかけるとどちらが重いだろうか、難問だ(俺的には答えがあるが説得的論証が困難だから控える)。

結局はどんな形が中東の平和につながるのか、何をすれば北が内側から崩壊するのかが決め手なんだろうなあ。「謀事は密なるをもってよし」と民主主義下での政府の説明責任との問題もある。つまりは国民が信頼に足りる政府を有しているかどうかである。

外務省及び日本国政府をあなたは信頼していますか。

※写真はNIKKEI NET:写真 ニュースから勝手拝借/感謝です。

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椿の句@癌で逝きし寅の一生や落椿

これは予ねて用意の椿の句。Photo_604

 癌で逝きし寅の一生や落椿

椿は咲くそばから首ごとぽたりと落ちる。哀れな花である、と思うのは人の浅はかであって、生命の循環システムがそのように構成されているだけのことだ(と俺は思う)。
そうそう、今夜はプラネットアース最終回だった。ビデオセットを忘れまじ。

 よく咲いてよく落ちてくる椿かな   北山喜久子 
 椿落ちて昨日の雨をこぼしけり   蕪村
 紅い椿白い椿と落ちにけり     河東碧梧桐
 老居してすこし椿のなまなまし   能村登四郎

「恋椿」「落椿」「白椿」「紅椿」など「椿」は使い甲斐がある季語だ。「白椿文も書けずに離れけり」などと駄句を即興安易生産してはならぬ。

※画像はNHKスペシャル|プラネットアース 第9集「ジャングル 緑の魔境」から勝手拝借/感謝です。

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椿の句@箱根路の七つ曲がりや恋椿

真鶴から湯河原に出て椿ラインで箱根の山を上った。Photo_603

 箱根路の七つ曲がりや恋椿

実際見たのは真鶴の公園の椿。大輪の紅が見事だった。椿ラインにもちらほら咲いていて、もうすっかり春である。「恋椿」は次の波郷の句から頂戴した。

 ひとつ咲く酒中花はわが恋椿     石田波郷
 仰向きに椿の下を通りけり       池内たけし
 みちのくの椿は梅にさきがけて     鈴木綾園
 片隅で椿が梅を感じてゐる       林原耒井

耒井の句は(やっぱり)SOHYAさんが鑑賞されていた。俺は大岡信「百人百句」で知ったけれど、こういう感性が詩人なのだろう。見る目と詩想の広がりと句にする着想である。

※写真は椿に恋した波郷。風鶴山房:波郷の足跡から勝手拝借/感謝です。

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桜の句@真鶴や河津桜に波の寄す

河津桜を冬桜とすべきか桜とするべきか。Photo_601

 真鶴や河津桜に波の寄す

写真は本命河津桜開花花予想!から勝手拝借したものだが、真鶴の中川一政美術館の傍の公園の河津桜がピンクの美しい花をつけていた。美術館では「~処女作から絶筆まで 収蔵作品による回顧展」開催中。画伯の絶筆(97歳)が鑑賞できる。そしてまた、画伯の絵もいいけれど書もいい。

それはそうと、河津桜は矢張り桜としよう。静岡県賀茂郡河津町で毎年3月上旬に満開になるのだから。染井吉野よりは約一ヶ月早いだけの正真正銘の春桜である。

 世の中は三日見ぬ間に桜かな   大島蓼太
 桜咲く貝をひろうてまた泣いて    坪内稔典Photo_602
 手をつけて海のつめたき桜かな   岸本尚毅
 岬の鼻見えゐて遠き桜かな     野村喜舟

蓼太の句、ことわざに転化すると「世の中は三日見ぬ間の桜かな」となり意味が変化する そうだ。言われてみれば成程である。

中川一政の書も転載しておこう。この季節、真鶴はお勧めのデートコースである。

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2007年2月 9日 (金)

八百長裁判の行方

本気かなあ、相撲協会。弁護士は「和解を目指すなら提訴はしない」と言っているが、Photo_599 事訴訟を起こすのは今回が初めてだ。
ちなみに、刑事告発は次の二件が過去にある。

(1)大鵬-柏戸戦を八百長だと言った石原慎太郎を刑事告訴した1963年(後に取り下げ)、
(2)週刊ポストを刑事告訴した1996年(不起訴処分)「部屋持ち親方としては初めて11代大鳴戸(元関脇・高鐵山孝之進)の菅孝之進と大鳴戸部屋後援会副会長の橋本成一郎が行った14回にわたる告発手記は、八百長問題・年寄株問題・暴力団との関わり・角界の乱れた女性関係などを〈暴露〉し、大きなインパクトを与えた」。

刑事告発は捜査機関(警察・検察)にその先を委ねるのである意味では気楽だけれど、民事訴訟は当事者となるのでそれこそガチンコ勝負だ。さて、今回の訴訟、どこまで相撲協会、力士たちが真剣に戦うのか興味津々である。

八百長があったというのは証拠(物証はないだろう)証人(内部告発者?)を出せばいいけれど、無かったというのは証明がしづらい。だから、講談社も協会・力士もそれなりにメリットを得たところで「取材に行き届かないところが一部ありご迷惑をおかけしました」謝罪広告で一件落着となるような気がするなあ。今回、所轄官庁(文科省)から「きちんとせよ」と相撲協会は指導されたとの報道もあるので、カッコウだけでも訴訟提起せざるを得なかったのかもしれない。

ともかく春場所はガチンコ勝負を見せてよね。横綱は稽古に励めよ(カッコウだけでも)。
祖父譲りの相撲好きは相撲と裁判の両方でわくわくしているのだ。

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春の夢の句@春の夢男純情まだ止まず

いつまでも男でありたし。Photo_598

 春の夢男純情まだ止まず

「春眠暁を覚えず」(なかなかのクロッキーあり。必見)から春の夢は来たのだろう。俺は血圧が高い。高いから寝覚めがよい。それどころか目覚めるのはいつも暁だ。それでも夢を見るのである。すぐ忘れるけれど。

 春の夢みてゐて瞼ぬれにけり      三橋鷹女
 春の夢少しぼかして妻に言ふ      後藤静一
 春の夢鳥のことばのよく解り       太田寛郎
 春の夢心驚けば覚めやすし       富安風生

ところで、スピノザ「エティカ」の感情論の基本は自己存続の努力(コナトゥス)だ。コナトゥスから衝動が、衝動から欲望・喜び・悲しみという感情の三大元素が生まれるという。
エゴ(コナトゥス)と倫理とを(対立的にではなく)調和的に説明するのが「エティカ」である。存在論→認識論→感情論→倫理と論理を展開するエティカ(どこまでも内在的に生それ事態のありように則し、それをタイプとしてとらえる類型理解(タイポロジー)の方法。審判の体制そのものをひっくりかえすもの)は春の夢の如し。いずれレポート予定。

※画像は男どアホウ甲子園 藤村甲子園 速球王は誰だから勝手拝借/感謝です。

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水温むの句@気ままとは俺のことかや水ぬるむ

上五中七がすっと出て、初案「春の水」だった。Photo_597

 気ままとは俺のことかや水ぬるむ

同時作短歌もある。

 会社をば早期退職したからはその分長生きするが義務なり

なんやあ、結局、自分に都合のええことばかりやんか。このエゴイストめ。
それはさておき、上の歌のロジックで平均寿命に上乗せすると89歳が目標となる。まあええとこやなあ。
だから、宮川大助(あ、俺と同じB型やんか)の病状が気になる。一時は「今夜がヤマ」と医者に言われたそうだ。ジョギングなど健康に留意していたそうだけれど、高血圧に過労が祟ったとのことだ。俺の場合、過労の心配は無いキッパリ。

 これよりは恋や事業や水温む      高浜虚子
 黒くしづかに墓洗ふ水温みたり      石田波郷
 水温む泊るこころになりてをり      大野林火
 水ぬるむ主婦のよろこび口に出て   山口波津女

虚子の句、駄句との評を何かの本で読んだけれど駄句だとしても、偉大なる駄句である。なんかちよっぴり嫌味な句だけれど。

※写真はプロフィールから勝手拝借/感謝です。

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言葉狩りではなく政治論を

やっぱり見る人は見ているんだ。というのは枝野代議士の質問を詳細に取り上げているPhoto_596 ブログに出会ったからだ。
ここで枝野代議士はキヤノンの偽装請負問題(例: キヤノン団交拒否で請負労働者らが救済申し立てへ)を取り上げて追及している。衆議院テレビで俺もちらちら見たけれど、こんな企業の経営者(キヤノン御手洗会長)が公務員(経済財政諮問会議委員)として適任かと追及している。総理の答えは例によってあいまい模糊である。柳沢大臣の件と同様に総理には何故彼(御手洗氏)がその職に適任かという説明が全く欠けている。儲けている企業の経営者だから適任としか説明できていないのである。

枝野代議士は以前の質問(障害者自立支援法)でも目を潤ませながら真摯に質問していた。言葉狩りもいいけれどそれを切り口に政治論、政策に切り込んで欲しい。見ている人は見ている、野党議員諸氏。

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早春の句@早春にブルーマ履いて少女来る

初案「早春のワルツを奏で少女の来」だった。Photo_7

 早春にブルーマ履いて少女来る

面白くないなあと在庫していたら昨日、「ブルーマ」を得て本句となった。
というのは、ワルトトイフェルの『女学生』話があって女学生---ワルトトイフェルを開いたら「今でもこの曲を聴くと、ブルーマをはいて走っていた女学生達の運動会の興奮が想い出される」とあったからだ。
今はブルーマなんて履かないようだけれど、俺の初恋の彼女も履いていた。どんくさく甘酸っぱいパンツである。ちなみに表記はブルマーが正確なようだ。画像を検索したらアブナイのが多々ありそれを転載する勇気はなかった。穏当な画像にした。

 早春や道の左右に潮満ちて     石田波郷
 早春の庭をめぐりて門を出でず   高浜虚子
 あめんぼに早春の水とゞまらず   佐野青陽人
 早春の湾パスカルの青き眸よ    多田裕計

ロシアでは早春を光の春と呼ぶ。しかし、暖冬では二月の光は誰の目から見てももう確実に強まっており、風は冷たくても晴れた日にはキラキラと光るという実感はしづらい。おそろしや暖冬、そして、かなしきかなブルーマ。

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2007年2月 8日 (木)

政治ニュース・ピープルに変更

安倍晋三トラックバックから政治ニュース・ピープルに変更しました(右サイドバー)。
間口をもすこし広くするためです。他意はありません。

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米中と日本の大きな歴史的差異

新聞を読んでいたら、「甦る大国・日本叩きが始まる」とか「中国に食い潰される日本」など本の宣伝コピーの文字が大きく踊っている。Photo_595

ああ、また国家主義日本論かと厭になる。そこで、こんなコピーを信じる乃至信じたい人にひとこと。

アメリカには自由のために独立革命を果たした歴史がある。
そして、中国には人民を食わせることのできない王朝を倒し続けた王朝交代の歴史がある(易姓革命)。
これに対して、我が日本は万世一系天皇制の冠たる国。明治維新も国家の独立を維持するために天皇を納戸から取り出して据え付けた政変にすぎない。つまり、日本は日本人の大多数は素朴に国家を信じているのである。原爆を落とされても戦争に負けても。

だから、我が安倍総理も素朴に美しい国=戦後レジームの見直し=国家主義復興を掲げている。

アホやなあ日本人は、国家を信じるなんてと世界は日本を眺めている。かくして円はまだまだ下がる(やろか)。そして株はなかなか上がらないのだ。賢くなろう、日本人諸君。

※写真はスポーツナビ  写真  男子マラソン 銅メダルの尾方剛は、笑顔で日の丸を掲げたから勝手拝借/感謝です。スポーツ選手には当然ながら何の罪も無い。

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俺たちは国のために生きているのではない

昨日の予算委員会での柳沢発言。
柳沢伯夫厚生労働相は「女性は産む機械」発言については追及されるたびに陳謝を繰り返したが、「2人以上子どもを持ちたい若者」を「健全」と表現した発言については「みんなが子どもを持ちたくないと意思表示をしたら、私は困ってしまう。その言葉を撤回しなければならない理由が分からない」と述べ、謝罪や撤回については拒否した。憧れの風 柳沢(オレ)の子供は国(オレ)のもの、国民(オマエ)の子供も国(オレ)のものから転載)

この「
私は困ってしまう」の「私」は「国」のことだ。国民が子供を作らなければ国が困ると彼は発言しているのだ。つまり、国があって国のために国民は存在するという発想なんだなあ。国家主義そのもの。

国民の安全と生活のために国は存在する。国民にはそれぞれの事情と生活があるのにそれを無視して国民は国のために働け、子供を作れ。それがおまえたちの幸せでもあるという発想だ。

だから彼は「
撤回しなければならない理由が分からない」。国なんか無くても人は生きていける、生きなければならないということが彼には分からないのであPhoto_7 る。

原爆を落とされて戦争に負けて大日本帝国が崩壊しても故郷の山や川はあり、人は生き残った。そして生き残った人々が懸命に働いて今日の「繁栄」がある。
国は清潔・安全・平和そして自由と公正を守るだけでいい。それ以上余計なことはしないでおくれ、頼むから。

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杏の花の句@三連作

Photo_17 杏が咲いた。

 花杏耳朶うつくしき人と逢ふ
 言はざりしそのひとことも花杏
 花杏なにも言はねば黙す人

一句目は男の句。「うしろより耳朶噛まれゐて陽炎へり」富士真奈美を下敷きにさせてもらった。ああ、それから「耳のうら接吻すれば匂ひたる少女なりしより過ぎし十年」近藤芳美もある。
二句目も男の句。寅をすこし上品にしたような男である。
三句目は女の句。寅よりすこし上品でもっと無口な男に対してのリリーの思いである。

 花杏夜も真白き伊豆に来ぬ      福田蓼灯
 妻が言へり杏咲き満つ恋したしと   草間時彦
 従妹たちみなひととなり花杏      木村蕪城
 妻と子の何興ずるや花あんず     安住 敦

家の近辺では杏が一番先に咲く花だ。杏が咲き梅が咲きそして雪柳という順序で春になる。杏はなんにも言わないけれど雄弁なのである。

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2007年2月 7日 (水)

八百長問題を国会で追及せよ

コンビニに行って(申し訳ない)週刊現代の八百長告発記事第二弾を読んできた。記事内Photo_593 容は、それなりの状況証拠を散りばめてあって信憑性を感じさせるものだった。相撲協会は訴訟を検討中とのことだが、これは是非、法廷で白黒決着をつけて欲しい。(脛に傷がありそうな)協会にできるかなアとかなりの不安はあるけど。

ところで協会は財団法人即ち税制等様々な特典を受けている公益法人(文科省管轄かな)である。これだけの問題になっているのだから、政府としても知らぬふりはできないだろう。卑しくも国技たる大相撲、更には恐れ多くも陛下及び愛子様など皇族の方もご観覧になるのである。美しい国を標榜する総理ならば真相究明の指示を出すべきであろう。

そしてまた、今回の問題の底流には少子化・グローバル化に伴う外国人「労働者活用」(こんな言葉で申し訳ない)更には文化摩擦の問題もあるように思う。大相撲は時代の先端を切って走っているお手本なり(外国人に働いて頂いて寺銭で儲けるビジネスモデル)と評価していたのに、八百長が事実とすれば残念だ。
おりから国会審議も再開し少子化問題集中審議予定とのこと、政府追及の材料として是非取り上げて欲しいなあ。総理が真相究明指示を出さないのなら国政調査権を発動して国会自らが真相究明に当たるべきだ。

最後はメディアへの注文。大相撲協会には横綱審議委員会という立派な第三者諮問機関があるではないか。内館牧子、山田洋次など錚々たるメンバーである。メディアは彼らに意見・コメントを取材せよ(ナベツネは委員ではなかったっけ→そうだ、思い出した。ナベツネは海老沢勝二がNHK会長を降りたときに「友情」から横審の席を譲ってやったんだ)。どうした日本テレビ。

なにはともあれ、これで来場所が益々面白くなった。朝青龍の取り組みと勝敗が最も気になる。NHKはニュースでは八百長問題を伝えるけれど場所中継では一言も触れないだろうなあ、多分。

 俳句好き相撲も好きで歌舞伎好きあゝ富士の山日本も愛す

※写真はナベツネ。新人専務のBLOGから勝手拝借/感謝です。

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春霜の句@春霜のいつものろまな人愛す

女性の作品(のつもり)。Photo_592

 春霜のいつものろまな人愛す

実は(何を隠そう)「新婚さんいらっしゃい!」を毎週観ている。下ネタもいいけれど、夫婦の取り合わせを眺めるのもまたいい。そして三枝の芸も笑える。
ところで番組のホームページを始めて見たけれど、へーえ、予選会をやってるんだ。当然、演出(限度内のやらせ)もあるだろうなあ。人生も芸の内なり花曇(でけた!)。

 先見ゆるいのちなりけり春の霜   石塚友二
 春霜に美しう老いておはすらむ   中川宋淵
 つかの間の春の霜置き浅間燃ゆ  前田普羅
 あけぼのや麦の葉末の春の霜     鬼貫

鬼貫は、「東の芭蕉・西の鬼貫」と称された俳人。「にょっぽりと秋の空なる富士の山」が代表作である。もうちょっとコメントすべきなのだが、まだ勉強不足である。

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春浅しの句@開けて閉づ心の障子春浅し

「障子」は冬の季語だが、季重なりにはなっていない句(のつもり)だ。Photo_591

 開けて閉づ心の障子春浅し

最近、心は脳内現象ではなく社会的現象だと思い始めた。そして心と心とを隔てるものは壁ではなく障子程度ではないだろうか。
そうそう、スピノザ「エチカ」を遂に読み始めたぞ。わからないところは流し読みしてわかるところだけでも何回も繰り返し読む。そのうちレポート所存。

 白き皿に絵の具を溶けば春浅し     夏目漱石
 病牀の匂袋や浅き春            正岡子規
 春浅し空また月をそだてそめ       久保田万太郎
 春浅き海へおとすや風呂の水       飴山 實

仮に小説が無くても漱石は俳句で名を残したと思う。偉大な文人だ(と言いつつ漱石の小説をろくに読んではいないのだが)。白、絵の具、浅き春の見事で且つすっきりした配合よ。

※画像はレース障子-レース障子はアカギの特許商品 障子紙の張替から勝手拝借/感謝です。レース障子なんてあるんだ。

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薄氷の句@薄氷や君子こだはる酒の味

薄氷を踏む思いの句。Photo_590

 薄氷や君子こだはる酒の味

季語との取り合わせに違和感が残る。これでええんかなあ?との疑問が消えない。
中七下五がすっと出ただけに、ちょっと口惜しい。オンザロックを飲んでいると思ってもらおう。そういえば、氷を入れて飲む濃厚な日本酒もあったなあ。ふなぐち菊水一番しぼりだった。ネット検索で思い出す面白さよ。

 薄氷をぴしぴし踏んで老詩人     中村苑子
 春氷大和の雲の浮きのぼり     大峯あきら
 火事跡に二三日張る薄氷      田中鬼骨
 うすらひのつと逃げて指水にあり  皆吉爽雨

この季語は先日、俳句王国で取り上げられた。「薄氷や鼻赤くして僧来たる」野上智恵子が一番気に入ったが、難しい季語だとあらためて思う。また挑戦しよう。

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2007年2月 6日 (火)

春炬燵の句@冷え性の妻の沈黙春炬燵

短編小説の趣のある句である(自分で言ったら世話はない)。Photo_589

 冷え性の妻の沈黙春炬燵

春炬燵から冷え性が出て小道具たる妻が出てきて沈黙となった次第である。いったい何を言いたい句なのか作者もわからぬ。切れが過ぎた句である。

 ぜいたくは今夜かぎりの春炬燵   久保田万太郎
 怠け癖もどるや雨の春炬燵      水原秋桜子
 飲食も目薬さすも春炬燵        久力澄子
 春炬燵みんな出かけてしまひけり    黛 執

万太郎の句は戦時中の句である。「うちてしやまむうちてしやまむ心凍つ」という句も残している。繰り返すまじ、国民的建前熱狂アホイズムを。

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梅の句@凡人生梅を支へし枝もあり

凡人生は俺の造語である。Photo_588

 凡人生梅を支へし枝もあり

初案「紅梅の枝ぶりもよし凡人生」だったが、「枝ぶり」という措辞いまいち、もっと枝を主体として押し出すべきだと考えて本句のように推敲した。しかしかえって、ひねくれ嫌味が強くなったか。やっぱり作者の人格は自ずから出るものなりとクッスンしてもた。そこで両案併記で句集に記録することにした。

蕩尽のまだ余命あり梅一輪」「いつまでも大人になれず梅ひらく」「梅ひらく水面に落とす紅き影」「紅白梅睦み居りたる斜面かな」に続いての五作目なので、例句は引き尽くした。そこで「紅梅」の例句を引く。

 紅梅ニほしておく也洗ひ猫     一茶
 紅梅や枝枝は空奪ひあひ     鷹羽狩行
 紅梅や病臥に果つる二十代   古賀まり子
 厄介や紅梅の咲き満ちたるは  永田耕衣

俳句は切れが命。切ることは意味を切ることでもある。だから、言い尽くそうとしてはならない(ここが短歌との大きな差異)。それどころか言ってはならない(それを言っちゃあおしめえよ)。ああやっぱり初案「紅梅の枝ぶりもよし凡人生」の方がよかったか。

※画像はスーパーマン  象のロケット≪映画DVD総合ナビゲーター≫から勝手拝借/感謝です。

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柳沢苛めから安倍虐めへ@政局を読む

今日の午前中に野党党首会談を開いて今後の対応を協議とのことで、野党は明日からPhoto_587 予算審議に参加との観測がテレビで流れている。
まあ、こんなものだろう。審議拒否しなければメディアはあそこまで大きく扱わなかっただろうし(それでもアニータ某来日で報道スペースを盗られた。あれもアベシンの「陰謀」か)これ以上審議拒否も続けられない。今日にでも審議再開してほしいところだ。

なにせ総理は「職責を全うしてほしい」と願望を述べるばかりなのだから、野党は辞任させない、させなくてもよい理由を追及せよ。そして、その追及を通じてkeep on your easy pace.  柳沢厚生労働大臣が辞任すべきではない理由が指摘されるように
1)少子化の問題(本質)が何なのか
2)そもそも少子化は解決すべき問題なのか
3)将来の日本のあるべき姿は何なのか

を議論して欲しいな。3)については国家主義vs個人主義という対立軸を明確化する必要があるという質とレベルの異なる問題のように俺は考えるけど。

いずれにせよ、問題の焦点は移った。柳沢大臣は辞任せずともよい。職についたままのほうがかえって好都合だ。柳沢大臣を晒し者にした上でじっくり安倍虐めを期待している。

参院選は憲法関が原。実現せよ自公独裁阻止全野党選挙協力を。

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雪の句@雪降らぬ東京都心ビル林立

暖冬のまま、雪もなく冬は終わるのだろうか。Photo_586

 雪降らぬ東京都心ビル林立

上五中七がすっと浮かんだ。問題は下五。「ビルの森」というのは陳腐だしなあ。「君とゐて」と恋句にするのも思想混乱だし、と考えて「ビル林立」。しかし待てよ、先行句なかったっけとネット検索したら自分で引いた例句が出てきた。
「霜柱公園を出てビル林立」松崎鉄之介
確かに下五は同じだけれど、発想が異なるから剽窃ではないと反論できるだろう(「数いくつ」という下五の定番もあることだし)。
とはいえ、結果的に頂戴したことになって少し申し訳ない気もする。いずれにせよ、ネットのお陰でこういう確認作業が容易である。句歌の森は言葉のネットワークであることを実感しつつちょっぴり苦い気持ちで句集に収録しよう。

「雪」の句は「雪富士や日本眺めて二万年」以来である。三句目である(「細雪われに子はなく墓標なく」が最初の句だ)。例句に重複がないことを確認して引く。

 いくたびか雪の深さをたづねけり     正岡子規
 雪降れり時間の束の降るごとく      石田波郷
 窓の雪女体にして湯をあふれしむ     桂 信子
 ゆきふるといひしばかりの人しづか    室生犀星
 心から信濃の雪に降られけり        一茶

雪月花という。雪は日本の代表的風景であるが、雪を見るとき、雪に出会う人の心象は様々である。だから多様な句歌が生まれる。これを一期一会というのだなあ。

※画像は東京ミッドタウン:三井不動産株式会社から勝手拝借。東京のオフィス需要は快調だそうだ。大企業ばかりが儲け新都心格差目に見ゆ泣けとごとくに 

上の本歌取りの元歌を啄木のサイトから転載させて頂いた。

 やはらかに柳あをめる
 北上の岸辺目に見ゆ
 泣けとごとくに

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いつもコメントに感謝です

ネットにつなぐといつもスパムコメントお掃除をしている。
昨日はお掃除でsakakiさんへの自分のレス・コメまで消してしまった(sakakiさん、新左翼の要件に賛成して頂いて歓喜です)。

こんなスパムコメント嵐にもかかわらずコメントして頂いて感謝です。
ココログよ、どうかスパムコメント・フィルター機能を装備しておくれ。フリーユーザーをないがしろにするな。

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2007年2月 5日 (月)

人生方程式と自由意志の否定

石川文康「良心論」を斜め読んでいたら、「良心」(明治維新哲学輸入時の訳語。孟Photo_585子に出典ありとのこと)の原義の紹介があった。
良心は、英語で「conscience」独語は「Gewissen」で、もともとはラテン語「conscientia」に更にはギリシア語の「シュネイデーシス」(ギリシア文字面倒難解省略)に由来するという。ここに「シュン」は「~と共に」という接頭辞、「エイデーシス」は「エイドー」(見る、知る、認識する)の名詞形だそうだ。すなわち、良心とは「~と共に知ること」ということになり、当時の大和言葉にはなかった概念である。

では、何と共に知るのか。
著者は「神と共に」「世間と共に」「自己と共に」の三つを挙げて、「自己と共に」が最も重要だという。これは、知るということが社会的現象であると共に、自己意識が知の根元であることを意味している。

そうか、知るということは、そもそも「神と共に・世間と共に・自己と共に・知る」ということをギリシア哲学以来意味しているのか。だから、スピノザは肯定と赦しの哲学において

(1)自分をゆるす(自己肯定→安らぎ)
(2)神と世界をゆるす(運命に振り回されない)
(3)人間をゆるす(他者との協調)
(4)社会をゆるす(社会に寄与)

というように展開したのかもしれないなあ。

ところで、先日から俺が主張している左翼の要件(反帝・自由主義・多元主義)のうちの自由主義方程式

 自由主義=心は共通×損得は個別×相互に価値尊重

を人生方程式に変換すると

 人生=損得+価値(好き嫌い)+心(知覚と記憶は共通)

となる。ここに損得は経済合理性(アダム・スミス)、好き嫌いは自分でもどうしようもないもの(例:止むに止まれぬ阪神ファン)とすれば、この二つには自由意志の働く余地は極小である。
そして、心=記憶+知覚+思考であり、記憶の対象の多くは社会的情報であり、知覚は共通(五感は概ね共通)、更には思考の基礎をなす論理は普遍的だから、人生および心において自由意志の占める部分はかなり少なくなる(自由意志=自己決定は実は共決定のこと論もある)。

つまり、スピノザのいう自由意志の否定はまんざら肯定できないこともない。いや、肯定すべきだということだ。


要するに、全ては必然的→経済合理性と論理的必然性に還元されるということであり、必然に対して我々の目を眩ませるのは好き嫌い(価値判断)誤った状況認識(自己能力の誤認が主要原因というのは経験的真実)という常識にも合致するのである。ああ、スピノザは正しい。※画像はアダム・スミス

だから、自公独裁に対して全野党共闘が必然的なのにそれを阻んでいるのは共産党指導部の誤った価値判断にあると思うのである。

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春の句@暖冬も春は来にけりサンバ聴く

掲題句の季語は「立春」になるのだろうけれど、例句をあらかた引いてしまったので便宜上「春」にしPhoto_584 よう。

 暖冬も春は来にけりサンバ聴く

季語が重なっているけれど、「暖冬」は季語ではなく表現内容なので許されるだろう。
サンバは長谷川きよし「別れのサンバ」。BS2で放送していたのを聴いた。椎名林檎が共演していた。オモシロイ女性であることを認識し記憶した。

 魂魄のそよりと膝を立てし春      中尾寿美子
 首飾りはづして胸の暇な春        能城 檀
 バスを待ち大路の春をうたがはず   石田波郷
 春や昔十五万石の城下かな      正岡子規

掲題句を無理矢理「春」の句にしたのは「魂魄」句を引きたかったからである。このシュールでエロティックな句、呆然とする。何かで読んで手元の歳時記に書き込んだ句である。「琴座」同人とあるから永田耕衣周辺の俳人のようだ。他に「穴あらば落ちて遊ばん冬日向」などがある。

※写真は長谷川きよし。2006年第14回「いいじゃんかわさき」「たちばな通り」イベント情報から勝手拝借/感謝です。

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冬菫の句@冬菫平明詩人万太郎

俳句王国投句落選句。冬に逆戻りなので来年回しでもいいのだけれど。Photo_583

 冬菫平明詩人万太郎

人生、一寸先は闇。生きているうちに公開することにした。
漢字俳句にこだわっているときの句。久保田万太郎を詠んだものだ。やっぱり詩が無いなあ。それが落選理由だと思おう。切れもないしね。

 わが齢わが愛しくて冬菫         富安風生
 仮の世のほかに世のなし冬菫      倉橋羊村
 ふるきよきころのいろして冬すみれ   飯田龍太

俺にも「冬すみれ同窓会に一二輪」があり。あ、全く同じ三句を例句として引いていた。

※写真は港区ゆかりの人物データベースサイト・人物詳細ページ (久保田万太郎)から勝手拝借/感謝です。

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立春の句@春が来て野球少年キャンプ・イン

プロ野球も少年野球も。Photo_46

 春が来て野球少年キャンプ・イン

昔、「野球少年」という雑誌があったよなあと思い検索したら出てきた。画像は俺が読んだのよりはかなり前の時代のものだけど、こんなのだった。雑誌といえば「少年」。これも検索で出てくるかな→一世を風靡した少年月刊雑誌のひとつであったが、少年週刊誌の台頭によって売れ行きが伸び悩み、ついには休刊となった。とあったよ。鉄腕アトムも鉄人28号も載っていたのだ。
そして時代が下って「少年マガジン」「少年サンデー」。創刊号を買ったのを覚えている。30円だった。

 春立つや愚の上にまた愚にかへる     一茶
 立春のこんにゃくいつか煮えてをり     桂 信子
 立春大吉神田の町に手風琴        加古宗也
 立春や月の兎は耳立てゝ          星野 椿

「新しき猿又欲しや春立ちぬ」というのも作ったのだけれど、「新しき猿又ほしや百日紅」渡辺白泉の完全な剽窃なので自粛没にした。愚をいくつめぐらむかおらが春。

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2007年2月 4日 (日)

共同性から関係性へ

「新左翼の要件」で自己決定権・自己責任原理の虚偽性についてちょっと触れた。本稿はPhoto_582 この点について書く。

ネタ本は小松美彦「自己決定権は幻想である」なのだが、なぜ自己決定権・自己責任原理が虚偽なのかが問題である。
著者は自己決定権は70年代アメリカを起源とする新しい権利で、「自己決定が権利化すると権力の道具になる」とする。
その理由は「自己決定権は言葉によって普遍化された人為的な権利であり、思弁によって客観化された制度であり、さらには個別の実相を他人事に変えてしまう装置であり」従って「政治的な恣意によって道具にされるという危険性」があることに求める。そして例証として、イラク戦争初期に渡航制限を破ってイラクに渡航して人質となった三人に対する自己責任論議(自分の判断で行ったのだから自己責任だ)を挙げる。

自己決定権は人の心の内外を区別して「私は私、あなたはあなた」、だから、「あなたはあなたが下した決定に関して責任を取らなければいけない」という自己責任原理につながる。
しかし、ホントウにそうなのか。ここで言われるような「自己決定」を我々はホントウに出来ているのか。抽象的な人間ではなく具体的な人間及び人間関係を思い浮かべると我々が日々なしている「自己決定」は実は「共決定」ではないのか、というのが著者の言いたいことだ。

心って脳の産物であって、脳は頭蓋骨と皮膚で覆われていてみんな別々。だから、心の内外は存在する。「私は私、あなたはあなた」だ。これがジョーシキだ。
しかし、心=記憶+知覚+思考と因数分解すると、記憶の大半は学校とかメディアによって伝達された社会的情報。知覚も五感は概ね共通だから共通知覚。思考も論理は万人普遍だから似たりよったり。ということは実は心は脳内現象ではなくて社会的現象ではないのか、そんな風に最近考え始めた。そこへこの本がやってきた。そして、共同性と関係性の違いに気づいた。

著者は言う。共同性は「内と外とに縁取りをこしらえて、二つを区分けし固定していこうとする態度」である。これに対して関係性は「まず内と外とを区別しません。個々の人間的な交渉から目をそらさないことを原則として、これを守ることができのであれば、どこまでも外にひろがっていこうとする態度」のことである。

人と人とは個別の接触において利害が対立する(売り手と買い手とを想起すれば明白)。しかし、中長期的な関係においては売り手と買い手とは共存共栄の必要性はある。それでも、相手の失敗までをかぶることはできない。だから「あなたはあなた、私は私」で防御壁を築くのが賢明。でも、それが行き過ぎると売り手も買い手も自滅してしまう(合成の誤謬:部分最適を優先しすぎると全体最適を失う)。だから、みんな同じ日本人やないかとヤルのが共同体。でもその裏では内外区別して失敗したらザマアミロ。イヤラシイ世界だ。

だから、共同性よりは関係性重視。まずは利害は個別とした上で共通の問題として一緒に考えるのがスマートではなかろうか。つまりは、共同性は前提から外して個別の関係で具体的に判断するということである。新左翼の要件→(1)反帝国主義(2)自由主義(3)多元主義における

 自由主義=心は共通×損得は個別×相互に価値尊重

というのが結論である。住みにくい世をスマートに、アツクルシイ共同体は堪忍よ。

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立春の句@予ねて用意の三連作

今日は立春。そして暖冬の立春だ。Photo_581

 これやこれ急かすなよこれ春立ちぬ
 春立つや薄紅色の富士の山
 歳時記をひとなめふたなめ春立ちぬ

一句目は(後から気づいたのだが)「これやこの一期のいのち炎立ちせよと迫りし吾妹よ吾妹」吉野秀雄の影響を受けていた。また、田辺聖子「ひねくれ一茶」を読んでいるせいか一茶風でもある。感化されやすいのである、俺は。

二句目、素直な写生句。とりえが無いといえば無いが、悪くは無いと思ってはいる。

三句目はちょっと説明が必要。季の変わり目なので歳時記の春、冬、新年の例句をさらっと読み返し蛍光ペンで気に入った句をマークしたことを詠んでいる。句集等から句を書き込んだりもしているので手元の歳時記は俺だけの歳時記になりつつある。しぶちんということもあるが、死ぬまで使うだろう。

 門々の下駄の泥より春立ちぬ       一茶
 立春の米こぼれをり葛西橋        石田波郷
 立春の雪の深さよ手鞠唄        石橋秀野
 立春の海よりの風海見えず       桂 信子

季語+物(事)+切れ=俳句。(短歌と異なり)俳句は論理的・数学的なところが好きだ。俺は理性的論理的人間なのだ。

ところで、ハイクブログ現在メンテ中だ(珍しい)。ハイクブログはライプドアがどこかから買収したシステムである。とするとホリエモンの遺産でもある。ありがとう、ホリエモン。
あ、予定より早くメンテ終了。投句しよう。

※写真はまるで親子のような田辺聖子×白鳥英美子から勝手拝借/感謝です。

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2007年2月 3日 (土)

春隣の句@懐かしや反帝反スタ春近し

昔の新左翼のキャッチは「反帝反スタ」であった。Photo_580

 懐かしや反帝反スタ春近し

そして、俺の左翼復活せよのキャッチは「反帝国主義・自由主義・多元主義」である。(嫌いな言葉だけれど)団塊の世代よ、会社を辞めたあと、どうするの。あ、再就職するのね、フツーは。

 春近し雪にて拭ふ靴の泥    沢木欣一
 春隣待たれて釦つけてをり   林 明子
 コピー機のひとり働く春隣    田中太朗
 浦安や春の遠さの白魚鍋    水原秋櫻子

若者たちがしっかり職について技術を身に着けないと日本の未来は無い。ワーキングプアとかニートとかはこの国の損失である。変えよう日本の政治、俺たちの年金と安穏な老後のために。

※画像はAmazon.co.jp: 若者たち 三部作 DVD-BOX DVD 田中邦衛,森川時久,橋本功,山本圭,佐藤オリエ,松山省二,山内久から勝手拝借/感謝です。

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節分の句@節分の今日はイブなり酒飲まむ

節分の句を詠もうと思った。今日は節分のイブだという着想を得た。句をひねった。そこでPhoto_579 節酒の禁を破って昨夜はお湯割り四杯を頂戴した。人生、こんなものである。

 節分の今日はイブなり酒飲まむ

先週は節酒パーフェクト(週末以外は缶ビール一缶のみ)達成というのも言い訳になったなあ。今夜は週末だから当然に飲む。

 節分やつもるにはやき町の雪    久保田万太郎
 節分や鬼もくすしも草の戸に      高浜虚子
 節分の海の町には海の鬼       矢島渚男
 節分や灰をならしてしづこゝろ    久保田万太郎

万太郎の句を引けると嬉しくなる。二句も引ければ尚更だ。「しづこゝろ」は記憶に留めていつか使ってみよう。

※写真は去年の節分の朝青龍(東京新聞から勝手拝借/感謝です)。八百長問題の決着や如何に。

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冬終るの句@トルストイ読みし日もあり冬終る

昨日の速攻句だ。Photo_578

 トルストイ読みし日もあり冬終る

「戦争と平和」は手もつけなかったけれど、「アンナ・カレーニナ」「クロイツェル・ソナタ」は読んだという遠い記憶がある。こういう作品は若いときでしか(俺の場合は)読めない。第一、いまは小説を殆ど読まないしなア。あ、田辺聖子「ひねくれ一茶」は今、読書中。これは俳句の興味から読んでいるものだ。

 二夜三夜兄妹会はず冬了る    石田波郷
 湯屋の前月濃くて冬去りにけり   大野林火
 ひそかなる亀の死をもち冬終る   有馬朗人
 一冬を越えて吾あり五体あり    能村登四郎    

能村登四郎は高校の先生を長く勤めた人だったんだ。高校の(例えば古文)先生と言われるとイメージが湧くなあ。「うつくしきあぎととあへり能登時雨」という綺麗な句がある。他に「火を焚くや枯野の沖を誰か過ぐ」など叙情句あり。能登半島が実家だろうか。

※画像は戦争と平和 DVD  紀伊國屋書店 Forest Plusから勝手拝借/感謝です。

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冬の水の句@冬の水くゞりし泡の数いくつ

今日は節分だ。Photo_45 暦の上では冬の終わりの日だから冬の句の在庫から出した。もっとも、この句は季語が「春の水」「水温む」と揺らいだ。しかし、かく投句することによってもう動かない。

 冬の水くゞりし泡の数いくつ

十二音がぱっと浮かんだ後に下五(オチ)をどうするか一考し、本句となった。「数いくつ」でネット検索したら類句多数あり、これは下五の常套手段であることを知った。その程度には俺も俳句を読みこなしているのだと思い嬉しくもあった。
それはともかく、まあ大した泡は潜っていない。極楽トンボの人生を謝す。だから、季語は「冬の水」でなければならない。

 冬の水一枝の影も欺かず    中村草田男
 冬の水浮む虫さへなかりけり   高浜虚子
 冬水に瀕死の金魚華麗なり   篠田悌二郎
 暗きより暗きへ冬の水の音    石塚友二

草田男の句碑が立川にあるようだ。機会があればと思う。
草田男(腐った男が俳号の由来)はかの有名な句「降る雪や明治は遠くなりにけり」の作者である。また「万緑の中や吾子の歯生え初むる」で「万緑」を季語として通用させたことでも有名だ。「虹に謝す妻よりほかに女知らず」もある。なんかキザな人だなあと思うのは俺の偏見である。

※写真は中村草田男から勝手拝借/感謝です。

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2007年2月 2日 (金)

ランキング設定を変更しました

お陰さまで、にほんぶろぐ村(短歌・川柳)一等賞を十分に堪能させて頂きました。Photo_44
そこで、今度は政治部門での一等賞を目指すことにして、これに伴い、にほんぶろぐ村のリンクボタンを変更しました。
なお、人気blog(芸術・人文→現在36位)、FC2blog(短歌→現在5位)は変更していません。にほんぶろぐ村の結果次第で判断所存です。

クリックで救えるブログがある。ヘッダー部クリックボタンご愛顧の程よろしくお願い申し上げます。

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春隣の句@色事を繰上げ卒業春隣

初案「色事は」を「色事を」に直した。

 色事を繰上げ卒業春隣

梅は咲いたけど桜はまだまだ先である。安心するのはまだ早いのである。単位未修問題Photo_577 はなんとか辻褄を合わせたみたいだけれど。

 叱られて目をつぶる猫春隣   久保田万太郎
 人嫌いいささか募り春隣      田川飛旅子
 春近し納屋には父の匂ひして   長沼紫紅
 白き巨船きたれり春も遠からず  大野林火

林火は臼田亜浪の弟子だからホトトギスから外れた少数派だ。上の句は図柄の大きい骨太な句である。他に「本買へば表紙が匂ふ雪の暮」という本好き叙情句もある。勉強すべき俳人とせむ。

※写真は大野林火。俳人協会の歩みから勝手拝借/感謝です。

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日脚伸ぶの句@日脚伸ぶ四季あることのしあはせよ

物とか人の風景が入れば満点なのだが。Photo_576

 日脚伸ぶ四季あることのしあはせよ

やっぱり観念的だなあ、俺は。在庫している間にもちょっと揉むべきであったわ。反省。

 ひと〆の海苔の軽ろさや日脚伸ぶ   鈴木真砂女
 植木鉢廊下に溜り日脚伸ぶ       田村萌尖
 狂人も狡き日のあり日脚伸ぶ      中村草田男
 日脚伸ぶ今年為すこと多きかな     高浜虚子

草田男句ほど凝らなくてよいから物を詠まなくっちゃいけないよ、あんた。寄物陳思を噛み締めよ。この点、虚子句は別格である。それでも「四季あることのしあはせよ」よりは余程具体的であるぞ。

※画像は七目入り恵方巻から勝手拝借/感謝です。

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二月の句@背中見せ二月は逃げる卑怯者

予ねて用意の在庫句だ。Photo_575

 背中見せ二月は逃げる卑怯者

世間虚仮こけたらあかん十二月」「一月や零の発見印度人」に続く月句である。三月も五月も既に在庫している(ああ、四月は浮かばんなあ。四月馬鹿はあるんだけど)。

 粉ぐすりのうぐひすいろの二月かな    久保田万太郎
 こもりゐて減らす二月の化粧水       宍戸富美子
 暮色もて人とつながる坂二月        野澤節子
 また一人ふえし二月の佛かな       久保田万太郎

来年はもうちっとましな句をつくろうね、寿命があったらねと万太郎の句を読んで思うのである。万太郎は俳句とりわけ人事句の天才である。

※画像は東大寺二月堂の御朱印だそうだ。東大寺(大仏殿・二月堂・三月堂)  住 太陽のブログから勝手拝借/感謝です。←こちらのブログはブロガーに参考になります。クリックをお勧めします。

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早帰りは優秀な証拠

安倍ちゃんが早帰りして何が悪い?にコメントしようとしたけど、なんかうまくいかないのでトラバにしよう。→「全く同感です。よう言うてくれはりました」。

俺なんかも「優秀」だったから早帰りしたなあ。ゴマすりしないし閥にも入らなかったから出世しなかったけれど。

要は結果だ、安倍ちゃん。あ、その前に何を、何故改革するかという問題があるけどね。あんた、それがわかっとりゃあせんからそれが問題だ。

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「新左翼」の要件(オッサンオバハンにも理解して貰えるように)

個人主義「新左翼」宣言してしまったので、旧左翼(いわゆるサヨク)と何処が違うのか、何を理念(価値→要件)とするのかを明らかにしなければならない。対立軸は国権vs民権だけではオッサンオバハンに理解してもらえないからだ。

そこでまず、サヨクが批判の対象としている新自由主義(レーガン・サッチヤー・中曽根・ブッシュジュニア・小泉)をちょっぴり分析してみよう。彼らが展開した政策は別にして、その理念は次の三点にまとめられると考える。

(1)拝金主義(帝国主義)
金のためなら戦争は厭わないということだ。特にブッシュ。米帝(ウォール街×産軍複合体)の利益のためにイラク戦争を引き起こしたのだから。ハリバートンを例証に挙げるだけで十分だろう。

(2)市場原理主義
弱肉強食、格差拡大とサヨクが批判する点で、新自由主義の核とされている。ただ、ここは(1)と違って全面的批判の対象とするべきではない。なぜなら、個人が目的・国家は手段という自由主義立憲主義及び法の支配)までおしなべて批判の対象とすることになりかねないからだ。また、市場に対する政府の介入は必要最小限に止めるのが結局は人民の利益につながるからだ(この点、サヨクは間違っている)。
要するに、格差を固定化し経済縮小再生産になるまでに市場を放置するべきではなく、その点で無制約な新自由主義は理念として批判されるべきである。現在の日本は格差固定化されデフレに逆戻りする危険性がある。理念ではなく政策的に放置すべきではない(特にニート等若者及び教育問題)。ただし、安倍教育改革のごとく統制強化で解決しようとするのは失敗確実だ。
ここはつまりは、小さな政府か大きな政府かにつながる点であるが、理念としては小さな政府、政策的には例えばケインズ政策も福祉国家もマネタリズムもありとして柔軟に考えるべきだろう。ちょうど9条問題と似ている(理念は絶対平和、政策は柔軟外交)。

(3)国家主義(共同体幻想→自国自文化中心主義)
これがアングロサクソン流新自由主義と日本型と大きな違いが出る点だ。例のグローバルスタンダード論なんかとあいまってバブルの失敗を日本型資本主義のせいにする議論だ。赤信号をみんなで渡ってバブルを引き起こしたから、今度は一億総懺悔、みんなで反省しよう、アメリカ的社会にしなくっては日本は立ち直れないという不届きな議論だ(筆者はバブルの失敗は共同体が個を抑圧したために社畜化した個の集団が引き起こしたものだと考えている)。
この共同体幻想の上に自己決定権・自己責任原理が罷り通って、敗者は市場から速やかに退出すべきだという竹中流言説が日本型新自由主義を形成している。克服すべきは国家主義と結合した日本型新自由主義なのだ。(自己決定権・自己責任原理の虚偽性については小松美彦「自己決定権は幻想である」に教えられた。別稿参照

以上を考え合わせると「新左翼」の要件(理念的価値的枠組)は次のようになる。

(1)反帝国主義
金のための戦争は許さない。米帝多国籍資本は市場のルールを守れ。政官財癒着(日本に限らず。アメリカ大統領選挙運動で使われる莫大な費用は誰が出してどう回収しているのか)が諸悪の根源だ。

(2)自由主義(立憲主義・法の支配)
理念は小さな政府。だから地方分権による自治体民主主義・自己統治を基本とする。徴税権を地方に移管して中央政府への実績反映上納制にするぐらいのことをしてもよいのではないか。中央支配の打破が公的部門改革につながる。小泉安倍改革なんどはちゃんちゃら可笑しい。

(3)多元主義・世界主義
ミーイズム、自国一国主義が日本をダメにした(ロシア革命の失敗も同じ)。目指そう世界連邦共和国。日本国憲法はその先駆けだ。

以上が「新左翼」の理念・価値である。これをどう実現していくかは政策的問題。妥協も戦術も心ならずも裏切りもあるだろう。しかし、理念を掲げていればいつかは勝利する。それが理想的現実主義(多分、スピノザもそうだった)である。左翼よ、復活せよ。自由こそが左翼の目指すべきところなのだ。

※哲学に興味がある方は私の世界三層構造論(価値世界⇔論理世界⇔事実世界)+スピノザをお読みください。価値(理念)と現実(論理)を区別することが大切だと私は考えています。

最後まで読んで下さって感謝いたします。あなたにはきっといいことがあります。

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2007年2月 1日 (木)

柳沢騒動はコップの中の嵐??

選挙目当てで担がれた御輿は役に立ちそうもないとわかったらすぐ棄てられるのだろうか。今回の柳沢騒動の結末は果たしていかに。中味は別にして、自公政権党内の力関係の変化のバロメータとなると考える。

小泉総理の時は、入場してくると自民党の議席から拍手があり、「総理~」という掛け声がかかることもしばしばでした
ところが今朝は違いました。ひな壇に閣僚が揃っても、自民党席は立ち話を
している議員や後ろの席と話をする議員などでざわついたまま。総理が入ってきてもそれは変わらず、拍手の一つもありませんでした。求心力ゼロ。その後、扇議長が入ってくると、あてつけるかのような大きな拍手。こんな光景は初めて見ました。
Photo_574

共産党井上議員(写真の人)のメルマガからの転載だそうだから多少は割り引かなければいけないけど、さもありなむと感じた。

しかし、所詮、こんなのはどう転んでも小競り合い政局コップの嵐にすぎない。大切なのは国家主義vs個人主義の戦いである。それに、小泉政権下で「不良債権」処理に消極的だったために首を切られた柳沢さんがちょっぴり可哀想とも思う(竹中某に替わった後に例のりそな二兆円投入があったことを忘れてはいけない)。

あ、いかん。こんなご時勢に柳沢同情論を書くと非国民にされてしまうわ。くわばらくわばら。

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枯尾花の句@枯尾花悉皆仏性色の果て

色即是空。空即是色。Photo_573

 枯尾花悉皆仏性色の果て

本を読んでいて「悉皆仏性」に出会って、前々から狙っていた季語「枯尾花」と結合した。「色の果て」と落ちをつけて一丁上がりなのだが、抹香臭が強すぎるか。
いや、じっくり味わうとそうでもない。これもいのちを詠ったつもりなのだから。

 路傍の石に夕日や枯すすき      泉 鏡花
 冬芒日は断崖にとどまれり      岡田日郎
 枯すすき雲より落ちて夕日あり    木津柳芽
 枯すすき海はこれより雲の色     平畑静塔

静塔の句は感じる、秀吟なり。そして、植物と天文・気象の配合が基本技の一つと覚えたり。我は観念の衣を脱ぎて身に着けむ。
そしてまた花衣ぬぐやまつはるひもいろいろ」杉田久女を味はざるべからず。俳句は俺にとって観念から具体への道なのだから。
※画像は昭和枯れすすき デジタルマスター修復版 紀伊國屋書店BookWebから勝手拝借/感謝です。

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冬籠の句@太鼓腹すこしちゞんで冬籠

今週から定例メンテのため市営プールは四週間休業。ちょっと長すぎないか、多摩市長Dvc00022 殿。

 太鼓腹すこしちゞんで冬籠

厠にて歳時記研究冬ごもり」に続いての「冬籠」の句である。出来は前の方が(断然に?)いい。プールが長期休業になるのが悲しいという生活記録のために句集に残すことにした。ちなみに、休業前のプール体重は85.6→84.8であった。冬は脂肪が落ちにくい→減量を切々願ひ春を待つ。

 老僧の爪の長さよ冬籠         正岡子規
 誘はれず誘はず老いの冬籠      藤田素候
 いまは亡き人とふたりや冬籠     久保田万太郎
 日の当る紙屑籠や冬ごもり       日野草城

特に人事句がつくりやすい季語だ。本当に深みのある人事句というのは徹底した客観写生の修練に寄らなければ完成し得ないとの意見を傾聴するべし。万太郎、草城と俺の今回の駄句との落差を見ればそのことは明らかである。ええい、口惜しいから(恥ずかしきことの数々)写真を添付してやれえ。

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「新左翼」宣言

全野党選挙協力実現を切望しているが、いろいろコメントを頂戴しつつあって嬉しいことPhoto_572 だ。

たちの悪い民主党員め。そうやって、民主党を自民党への対抗勢力と描いて、国民をたぶらかすのもいい加減にしろっ。
とか
それにしても、コメント主は、なんでそこまで民主党に「期待」するのか分からん。見る目がないよ。。。
である。

一方、
今の政治を変えるには共産党が頑張っていかなければなりませんが、国会に占める割合はわずかで影響力は小さいです。そういう中で影響力を及ぼしていくには野党共闘を進めて民主党を少しでも揺さぶっていくしかないです。
との意見も嬉しく読ませて頂いた。

対立軸は国家主義vs個人主義。私は、個人主義に拠って立つことにより左翼が再生することを望む「新左翼」です。

※写真はトルストイから勝手拝借/感謝です。

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睦月尽の句@含み益すこしふくらみ睦月尽

こんな句をひねる奴が「俺は新左翼だ」なあんて言っても誰も信用はしないかもしれないPhoto_571 ナア。

 含み益すこしふくらみ睦月尽

アメリカ経済の底割れはなさそうとの安心感が広がってコマツ株が高値戻しの勢いとなっている。昨日の日経に「2010年まで二桁売上げ増続く」社長談が載っていた。
しかし、コマツに限らず輸出株(更には日本経済)にとってこわいのはドル安イラクに戦費50兆も注ぎ込んでいる国の通貨がいつまでも高いのはおかしい。半分、売ろうかなあ。
先物博打失敗の心の傷は七割方消えた。しかし、持ち株全体の含み損なお消えず。

ともあれ、日中呉越同舟共存(ドル帝国軟着陸に向けて)→イラクアフガン戦争の早期終結→ドル帝国軟着陸→日本経済継続的繁栄→株価上昇・俺の含み損解消というシナリオは一面的願望にすぎるであろうか

ところで睦月尽は手元の歳時記に載っていない。ネット歳時記にもない。「尽」とは終わりを意味する尽であるが、どの月にも使えると言うわけではない。新しがりやに特に警告したい(富安風生)。とあるが、先例句もあるので世間は許してくれるだろう。

 掛け替へし杉玉の香や睦月尽     根岸 善雄

※写真は☆大杉 栄☆から勝手拝借/感謝です。

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