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2007年2月

2007年2月28日 (水)

要介護認定で税制優遇

確定申告の季節だ。日経2/19夕刊に「要介護認定で税制優遇」の記事があったので、市役所、税務署に電話で問い合わせたけれど「優遇はありません」との返事。
もう一度、記事を読み直して今日は市役所の介護関係の窓口に聞いたら制度があり、書類を提出すれば控除があるとのこと。

すなわち、要介護認定を受けるとその程度(自治体個別の判断!)により障害者控除が受けられるということである。

姑が要介護1なので対象になると思い、市役所に行き「障害者控除対象者認定申請書」を記入・提出してきた。窓口担当者の話では多摩市の場合、要介護1でも控除対象になるとのこと。書類提出後、一週間程度で認定書が届くのでそれを確定申告と一緒に提出すればよい。賢く節税したい人はお早めに。

この制度はネットで検索してもわからなかった。市役所の人も税務署も(俺の聞き方が悪かったのかなあ。そんな筈は無い)知らない制度だ。新聞を読んでてよかったあ。

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ニューヨーク急落

きっかけは上海の急落だったが、終値で415ドル安、1日の下げ幅としては米同時多発テPhoto_50 ロ以後の最初の取引日となった2001年9月17日以来の大きさだった。一時的に500ドル安もあったが引けにかけて戻しもあり、テレビ東京キャスターによると市場は冷静だったという。

さて、世界同時株高は終わったのか。昨日の急落は一時的調整なのかそれとも潮目が変わったのか。ドル不安が起こらない限り、トレンドはまだ上げと俺は見ている。ちなみにドル円は118.90円とドル安。

困った。ダイキンを売れなくなった。エアコンの金が払えぬ。
よかった。昨日一瞬、日経ミニ先物買おうと思ったけど買わなくて。
米帝は嫌い。しかしドル急落も困る。だからドル帝国をいかに軟着陸させるかが大課題。
いつか作ろう、汎太平洋共通通貨圏(ドル×円×人民元)。安倍ちゃん、出来る?出来るわけないか。

※画像はニューヨークダウ日足。リアルタイム世界の株価指数と為替から拝借。

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囀@囀や多摩はよきとこ俳句の子

「囀り」としなかったのは「囀る」と読んで頂いても面白いと思ったからだ。

 囀や多摩はよきとこ俳句の子

部屋で寝ころんで読書中に囀りが聞こえていい気分になったから、ついでに「俳句の子」としてもっといい気分になった。
ところで、遂にこのしぶちんがデジカメ購入を検討中である。

 デジカメを買はむと思ひネットにてクリックつづけ肩凝りにけり

こないだ朝ウォーク中に街路樹からの鶯の鳴き声を聞いた。しばらく見つめたけれど発見できず。デジカメがあればずっとシャッターチャンスを待ち続けたろう。
一眼レフは敬遠、バカチョンコンパクトも価格が高すぎる。そこでちゃんとファインダーが付いていてマニュアル操作も可能なタイプを考えている。あの偽装請負のキヤノンになりそうだ。言動が一貫しないのが俺らしい。Photo_49

 美しく生れ拙く囀るよ         富安風生
 囀や立子の墓見る虚子の墓    成瀬正俊
 囀りをこぼさじと抱く大樹かな    星野立子
 囀りの今朝は高きにガラス拭き   川端康成

囀りは小鳥のいのち。表現も人間のいのち(コナトゥス)である。

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春愁@春愁をもてあましたり鼻毛抜く

老人になると鼻毛も耳毛も伸びるのだ。Photo_691

 春愁をもてあましたり鼻毛抜く

初案「耳毛生え鼻毛も伸びて春愁ひ」だった。いくらなんでもこんなに毛があるのは風雅に欠けるとずっと「もてあましていた」が鼻毛だけにすれば俳味で納まると思い本句となった。春愁は、手元の歳時記には「そこはかとない春の哀愁」とある。

 春愁や虚構の恋の捨てがたく   山口青邨
 うすうすとわが春愁に飢もあり   能村登四郎
 春愁や折れて走れぬ湖の波    鈴木真砂女
 いつ寝しや病閑春愁相似たり   大野林火

真砂女の句、真砂女らしくないところがある句と感じた。でも「折れて走れぬ」というのは矢張り真砂女だ。屈折してなお、しなやかな人生を生きた人だと思う。

ところで川内康範(写真)の耳毛が凄い。あれは意識して伸ばしているのだと思う。「月光仮面」の原作者である。

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二月尽@白梅のはや萎えにけり二月尽

梅の散るのは桜とはまた異なったじんわりとした哀れがある。Photo_690

 白梅のはや萎えにけり二月尽

「白梅の明る夜ばかりとなりにけり」蕪村辞世の句を意識して「白梅やいつか死すもの人間は」「白梅にいのちの果てを思ひけり」などを在庫したが、いずれも生に過ぎる。
そんな時に今朝の増俳の一句「老猫のひるね哀れや二月尽」網野菊に出会った。よし、「二月尽」にしようと季重なりにかまわず本句となった。だから中七だけが勝負である。成立しているだろうか。「萎え」が焦点だ。

 二月尽くかがやかざりし一日もて   綾部仁喜

「二月尽」は手元の歳時記には無い。現俳データベースにも無い。上の例句はわたしの俳句歳時記から拾った。おっと、増俳にはあった。

 二月尽雨なまなまと幹くだる      石原舟月

この句の鑑賞には「明治初期に陽暦が採用されてからは、春は名のみの寒い月となり、明日から春三月と思うことに、特別な感情が徐々に加わるようになる」とある。まだこれからの季語である。

※画像は松任谷由実春よ、来い-ルージュの伝言-中央フリーウェイ ピアノ・ソロ-ピアノ弾き語り - Yahoo!ブックスから勝手拝借/感謝です。

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2007年2月27日 (火)

感情論@「エティカ」を読む(4)

存在論(神即自然だけが唯一の実体)→認識論(想像知・理性知・直観知)と進めてきてPhoto_689 今度は感情論。その特徴は次の二点である。
(1)感情と理性を対立的に捉えない。理性で感情を抑えようなどと野暮は言わない。存在論に基づく感情論だから、存在についての十全な認識(理性知・直観知)による感情は肯定されるしかない。
(2)感情の基礎はコナトゥス(ものの力)。ここでも存在論が基礎に置かれている。物にも生命にも人間にも共通な力こそが感情の源である。物における慣性・エネルギー・エントロピー、生命における活動力・生命維持力がコナトゥスの現れであり、人間においては感情となるのだ。全てを肯定する哲学だからこそ、これが出来る。

では、憎悪のような否定的な感情はなぜ生じるか。
それは感情に先立つところの認識に不十分な点があるからである。想像知:「ふたしかな経験、記号による認識」「ものを想像するときの観念」が否定的感情を生じさせるのだ。例えば、愚者は憎み賢者は哀れむということを想起すればいいだろう。

かくして、スピノザにおいて感情は次のようにコナトゥスから簡明に演繹される。
意志:コナトゥス(自己の本質を実現する力)が精神だけに関係する場合
衝動:コナトゥスが精神と身体とに同時に関係する場合
欲望:衝動を特に意識した場合。衝動の自己認識。
喜び:欲望の力の増大
悲しみ:欲望の力の減退

欲望・喜び・悲しみの三つが基本感情で、他の全ての感情はこれから導出される。例えば「愛は、外的な原因の観念をともなっている喜び」「憎しみは、外的な原因の観念をともなっている悲しみ」である。

そしてスピノザは感情の療法(感情の力学的抑制)を提唱する。感情は理性で抑えられない(我慢するな)。感情を抑えるには、それに反対的で、しかもより強力な感情によらなければならない。
そのためには、まず感情を明瞭・判明に理解することが肝要(理性知・直観知)で、その限りで感情は我々によって支配することが出来、受動感情(想像知に基づく感情)は能動感情(理性知・直観知に基づく感情)に変わる。

要するに、感情は自然の現れだから無理して抑制するな、広い視野に立てば能動的な感情に変わるということだ。つまりは悟りである。

読んでいる途中で何度も仏典を読んでいるような気分になった、般若心経しか仏典を読んだことはないけれど。これにて「エティカ」を読むは完了。春夕焼明日は明日の風が吹く。

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春の月@指値して上がるを待てり春の月

駄洒落句だ。Photo_688

 指値して上がるを待てり春の月

ダイキン株を売ることにしたが、少し高値で指している。昨日は出来ず今日はどうだろう。春のツキ試しだ。

 春月や招かれゆけば柩ある      岸本尚毅
 春月や宿とるまでの小買物       芝不器男
 春月に乳房の重み偽りぬ       西野理郎
 蹴あげたる鞠のごとくに春の月   富安風生

春の月はどこか焦点が合いにくい。朧なのだろう。

※写真は東京証券取引所内部、勝手拝借/感謝です。
 

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仔猫@片足を上げ尿すや猫の子も

朝ウォークでいつも犬の小便している姿は見かけるが、一昨日突然に疑問が湧いた。Photo_686

 片足を上げ尿すや猫の子も

そういえば猫の小便(尿:いばり)を見たことがないなあ。猫も同じなのだろうか。

 西もひがしもわからぬ猫の子なりけり  久保田万太郎
 置かれたるところを去らぬ子猫かな    日野草城
 もう既に子猫が申す好き嫌ひ         有馬朗人
 百代の過客しんがりに猫の子も       加藤楸邨

擬人化したり、もじり、パロディも俳味である。詩にならないまでもパロることぐらいは芸にしたい。猫の小便、ネット検索したがわからず。

※写真は漱石旧居につくられた猫の像である。

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梅@円楽の声のくぐもる夜の梅

円楽引退表明をテレビで見て。Photo_682

 円楽の声のくぐもる夜の梅

噺家は口が命。「ろれつが回らない。出て、すぐ引っ込んじゃおうかなって思う。2、3分でそういう気持ちになってしまうなんて、ダメですね」と話している。人工透析も20年前から受けていたそうだ。
ちょうど「夜の梅」でなんとか一句と「ヘイ・ジュード聴きつ想へり夜の梅」なる駄句をひねったりしていたところだった。

 白梅やわれをも含め人が邪魔   岡本文弥
 父方のその父方の梅白し      塩野谷仁
 母の死や枝の先まで梅の花     永田耕衣
 梅も一枝死者の仰臥の正しさよ   石田波郷

文弥は新内の名人。「コツコツ生きる仕事する」を信条とし、百歳まで現役を通した人生の達人とのことである。

※画像は円楽が第一線からの引退を明言 - 芸能ニュース  nikkansports.comから勝手拝借/感謝です。

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椿@白椿女患混み合ふクリニック

昨日、行きつけの女医クリニックで得た句。Photo_685

 白椿女患混み合ふクリニック

玄関脇に大きな椿が咲いていた。今まで気がつかなかったなあ。これも俳句のおかげだ。そして、待合室は女性患者で混んでいた。お、この風景は句になると考えた。
初案「紅椿女患の多きクリニック」。「き」の音が気になった。また、紅よりも白だろうと思った。実際は紅椿である。
初案を得たところで受診。血圧を診てもらい少し会話して終了。世間話はお仕事の邪魔になるから、しない。

 一生のふとしたことに白椿    大坪重治
 眼に見えぬ糸の張られて白椿  桂 信子
 粗食して世を軽がると白椿    高島茂
 白椿老僧みずみずしく遊ぶ   金子兜太

現代俳句データベースから白椿の句を選んでみた。ふとしたときに軽々とみずみずしく、しかし運命の糸につながる椿かな。白は根底に死を湛えている。

※写真は朝ドラ「芋たこなんきん」で主人公の小姑・女医を演じている田畑智子「隠し剣   鬼の爪」にも出ていたのでようやく名前を覚えた。

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2007年2月26日 (月)

「デート法」を制定せよ

今朝の日経、石田衣良がインタビュー「領空侵犯」でデート法(残業禁止法)の制定を提案Photo_674 している。少子化を食い止めるために残業を禁止し、もっと結婚のチャンスを作ってもらうデート法を制定すべきとの主張で、ネットでのコメントも歓迎とのことである。
そこで、次のようなコメントを投稿したけれど、左翼的言辞と判断されて掲載されないだろう、多分。

大賛成です。残業禁止法とセットでホウイトカラーエグゼンプションなんとかという難しい法律を施行するのはどうでしょうか。
残業は原則禁止、例外的に労使が認めた人間だけは可、かつ、場合によっては裁量労働制もありというのが妥当と考えます。

個別企業はどうしても短期でコスト優先になりがちです。これが行き過ぎると結局は国力を落とします(最近の偽装派遣問題→若者の非正規雇用にその危惧を感じています)。
そこを制御するのが議会・政府の役割です。安倍政権には大企業に歯止めをかけてのイノベーションを望みます。それが「美しい国、日本」への道です。

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日本のレーニンよ、出でよ

左派系ブログで野党共闘をめぐって「論戦」が起こっている。歓迎すべきことである。おっちょこちょいの俺もPhoto_673(当然に)参戦してみた。

非国民通信 野党共闘という陥穽(本編)へのコメント

自称反日共左翼→土曜日です。国会で野党共闘があるのなら、選挙でも選挙協力があっていいんじゃない?と思う今日この頃です。共産党もいつまでも金槌頭でいないで民主党に選挙協力しつつ揺さぶって内部崩壊を狙えばいいんではないでしょうか。権力獲得を目指さないボルシェビキなんて魅力がありません。メンシェビキをだまくらかしたレーニンの禿を見習うべきでしょう。

らんきーブログ 気づきのブログ そんなブログになりたい 【野党共闘】へのコメント

自称反日共左翼の土曜日です。共感しました。
(1)反帝国主義(2)自由主義(3)多元主義という要件であの宮沢喜一さんですら共闘できると常日頃夢想しています。

確か、「レーニンの禿」云々の俳句があったように思ったが見つからなかった。そこでしようがないから拙句「レーニンは悪でありしか冬の月」で代用する。日本のレーニンよ、出でよ。

※写真は1910年のレーニン。パリ総会決議から勝手拝借/感謝です。

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春袷@春袷いつも変はらぬ人とゐる

女性句だ。Photo_672

 春袷いつも変はらぬ人とゐる

「裏地の付いた着物のことを袷といい、春に着る袷のことを特に春袷という。色彩も柄も華やか」とわたしの歳時記にある。色気がある季語だ。そこで女が詠んだ句にしてみた。句意はどうでもいい。無意味な句が名句である。

 夫なしのわが身に裁つや春袷    桂 信子
 弥撒の花白き手にあり春袷     佐々木有風
 そよそよと生きて来しなり春袷    山田みづえ
 行きずりの私語も柔らか春袷    大津信子

掲題句、春ショールでは華やかに過ぎる。だから春袷。季語は動かないと言い張っておこう。

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春の雷@春雷や恋は突然やつてくる

「春の雷」とすべきかどうか迷ったが、結局、切れ字に寄りかかることにした。Photo_671

 春雷や恋は突然やつてくる

ほんとにそうかな、と疑り深い俺は思うのである。酒飲みがなんにつけても飲む理由にするのと同じではないだろうか。

 下町は雨になりけり春の雷       正岡子規
 春雷や胸の上なる夜の厚み      細見綾子
 あえかなる薔薇撰りをれば春の雷   石田波郷
 春雷やたどりつきたる京の宿    久保田万太郎

細見綾子の句は男でもわかる女の句だ(と思う)。子規の句は春雷の写生のようで、実は下町の雨との取り合わせ、二物衝撃と読んでもいい。俺の句はつきすぎの取り合わせかもしれぬ。

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春@春マスクかけて警官目に涙

花粉症句。

 春マスクかけて警官目に涙

たまたまテレビでマスクをかけた警官の映像を見て、これは句になると直感した。「秋風や眼中のものみな俳句」虚子の領域に達しつつあり。ウソ、嘘だ。Photo_670

 雪の絵を春も掛けたる埃哉       正岡子規
 春を病み松の根つ子も見飽きたり   西東三鬼
 蟇ないて唐招提寺春いづこ       水原秋桜子
 春は物の句になり易し古短冊      夏目漱石

三鬼の句は癌で病没する直前の絶唱である。1962年4月1日他界、享年61歳。波郷に「万愚節半日あまし三鬼逝く」がある。

※画像は西東三鬼賞 - 津山市から勝手拝借/感謝です。

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鶯@うぐひすのまだ世慣れせぬ鳴き心地

数日前に啼いていた。昨日あたり寒くなったのでどうしたかな。Photo_669

 うぐひすのまだ世慣れせぬ鳴き心地

ご近所の家で餌付けされているのだろうか。啼いてくれるのだ。結構、まともに鳴いていた。これも暖冬のお陰だろうか。

 鶯や餅に糞する縁の先       芭蕉
 鶯の枝ふみはづす初音かな    蕪村
 鶯に人は落ちめが大事かな   久保田万太郎
 鶯の身をさかさまにはつねかな  其角

江戸俳句と万太郎で四句が埋まった。芭蕉のこの発想、そしてそれを優美な句にする腕前。いつかきちんと芭蕉を勉強しよう。

※画像はYahoo!きっず図鑑 - ずかんカード - 鳥類 ウグイスから勝手拝借/感謝です。

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2007年2月25日 (日)

現実的国際主義への道@九条を捨てるな

今朝のサンデーモーニングに出演していた伊勢﨑賢治さんという人、アフガン等で軍閥のPhoto_668 武装解除等平和回復活動に従事したとのことで興味を持った。
検索してみると略歴は

伊勢﨑賢治 1957年、東京生まれ。
   早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了、
   インド留学中、スラム住民の居住権獲得運動に携わる。
   国際NGOに身を置き、アフリカ各地で活動後、東チモール、
   シエラレオネ、アフガニスタンで紛争処理を指揮。
   著書に「インド・スラム・レポート」(明石書店)、
      「東チモール県知事日記」(藤原書店)、
      「武装解除~紛争屋が見た世界」(講談社現代新書)など。


発言は

アフガン人は9条を知らないかもしれないけれど、中立で野心がないというイメージがあるから、日本人が武装解除をできた。平和憲法を持っていることが、日本という国のブランドになっているんです。


という結果を見出すことが出来た。

こうした考え方は哲学者田島正樹さん(当サイトにも訪問してくれた)の

自国の軍隊の運用に関して初めから大きな憲法的制約があるということは、外交上必ずしも不利でないばかりか、その事が可能にするオプションもないわけではない。いずれにしても重要な事は、長期的外交・安保の戦略をいかに構想するかにかかっている。

にも通じる。

九条があるから出来る国際貢献がある。九条で守れる国益(嫌な言葉だけれど)がある。
そして、九条・日米安保・自衛隊が大枠では現状では最も合理的効率的現実的な軍事的安全保障体制だと思うのである。

※画像はAmazon.co.jp: 東チモール県知事日記 本 伊勢崎 賢治から勝手拝借/感謝です。

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菜の花@菜の花や姑米寿に近づきぬ

数日前に菜の花を横浜市青葉区で目撃した。Photo_667

 菜の花や姑米寿に近づきぬ

姑はこの四月で満86歳になる。亡母と同じく、俺の先生だ。健康で楽しく人生を味わい尽くして春風のように逝きたい。なんと強欲なことである。
ちなみに、昨日からプール再開。体重は86.2→85.4程度で納まっていた。明日は休みだから今日も行く。 

 菜の花や月は東に日は西に      蕪村
 菜の花や淀も桂も忘れ水        言水
 菜の花がしあはせさうに黄色して   細見綾子
 菜の花といふ平凡を愛しけり     富安風生

言水の名はこの一句だけでも歴史に残る。あのあたり(淀と桂の合流地点)今でも平凡で幸せな湿地帯の風景を感じる。

※画像は淀川 - Wikipediaから勝手拝借/感謝です。

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蛇穴を出づ@蛇穴を出てバブル来る兜町

誰もが強気になればバブルだ。Photo_666

 蛇穴を出てバブル来る兜町

エアコンが壊れた。量販店に行った。東芝の最新製品がキャンペーン格安だった。買ってしまった。ついでにダイキン製品の評判を聞いてみた。東芝、ナショナルに劣るとのことだった。ダイキンの株価は行き過ぎと判断した。明日リカク(利益確定)を決断した。リカクの悔し紛れに句をひねった。以上、ホントの話だ。

 おのが丈忘じて蛇が穴いづる    長谷川双魚
 蛇穴を出て見れば周の天下なり   高浜虚子

自らの身の丈以上を妄想することがバブルだ。バブルからデフレへ。失われた十年は実際は二十年近い。米帝の陰謀だなどとはこれっぽっちも思っていない。

※画像は蛇男から勝手拝借/感謝です。

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風光る@風光るブラウスの人小走りに

昨日は風が強くてちょっと寒かったが、暖かければブラウスでも→やっぱりまだ寒いか。
Photo_665
 風光るブラウスの人小走りに

別にトイレに急いでいる訳ではない。風光る→ブラウス→小走りと(俺としては)自然な連想が働いたものだ。
ところで、手元の歳時記「風光る」には「春風との同趣同巧を避くべきである」とある。試しに「春風やブラウスの人小走りに」としてみたが、これでは「風光る」の感覚が出ないだろう。従って季語は動かないのである(キッパリ)。

 ころころと老婆生きたり光る風    相馬遷子
 風光りすなはちもののみな光る    鷹羽狩行
 風光るこころの端の千利休      平井照敏
 風光る入江のぽんぽん蒸気かな    内田百閒

「こころの端の千利休」も「ぽんぽん蒸気」もいいなあ。二物衝撃はつかずはなれずはなれずつかず、まことに君子の交わりの如きものである。

※画像は【 ozie 】レディースシャツ・ブラウス ストレッチ 8067-4-4から勝手拝借/感謝です。

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茂吉忌@飯食へば糞の出るなり茂吉の忌

今日は斎藤茂吉の忌日。かねて用意の挨拶句だ。Photo_664

 飯食へば糞の出るなり茂吉の忌

茂吉の歌を二首を引く。
 わが色欲いまだ微かに残るころ渋谷の駅にさしかかりけれ
 ゆふされば大根の葉にふる時雨いたく寂しく降りにけるかも

茂吉は「大根の葉」のような叙情歌をつくる一方で、ドイツに留学した医者でもあったから「色欲」のような自己の生を客観的にそのまま見つめるような歌も残した。故郷山形で培われた素朴おおらかな人間性に叙情と客観性をまぶした不思議で魅力的な人物だ。妻の輝子(茂吉は斎藤家に入った養子)との軋轢など悲しい物語にも事欠かない。そんな茂吉に捧げるつもりでこの句をつくった。

 えむぼたん一つ怠けて茂吉の忌   平畑静塔
 音立てて日輪燃ゆる茂吉の忌    相馬遷子
 茂吉忌のオランダ坂に蝶生る    下村ひろし
 茂吉の忌茂吉狂ひも減りしかな   藤田湘子 

茂吉の生涯については北杜夫の四部作(青年、彷徨、壮年、晩年)がお勧め。偉大という言葉は茂吉のためにあると言ってもよいだろう。画像は斉藤茂吉記念館再訪から茂吉の生家、勝手拝借/感謝です。

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2007年2月24日 (土)

赤ちゃんポスト、首相「抵抗ある」

首相が「親として責任をもって産むことが大切だ。匿名で子どもを置いていけるものを作るPhoto_663 のがいいのか、大変抵抗を感じる」と発言した。
この問題(俺の嫌いな)みのもんたのサタデーずばッとが以前取り上げていたが今日も再び、肯定的なニュアンスで特集していた(俺のお気に入り下村健一レポート)。

緊急避難的な位置づけであり、事情があって誰にも相談できない母親と子供をサポートすることが目的とのことだ。だから匿名でないと意味が無い。

配下のあの有能な柳沢大臣が慎重に見守る姿勢なのに、かかる否定的な発言をするとは行政府の最高権力者として軽々ではなかろうか、安倍ちゃん。あるいは元々他人への想像力・配慮に欠ける人なのかもしれない。

写真は「赤ちゃんポスト」(正式名は違う。これはメディアが勝手につけた名前だ)をレポートする下村キャスター。

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桜餅@貧ならず金持ならず桜餅

桜も咲いているから桜餅の季節でもある。Photo_662

 貧ならず金持ならず桜餅

最近、季語から先に発想することが多くなった。歳時記を何度も眺めて季語を頭に入れておく。そうすると何かの拍子で季語に対応したフレーズが浮かぶ。この句も「桜餅」で得たいと念じていたら浮かんだものだ。リフレインにちょっと嫌味を感じるけれど。

 わが妻に永き青春桜餅      沢木欣一
 雨かしら雪かしらなど桜餅     深見けん二
 うかれたる心も少し桜餅      星野立子
 子のもどり家明るくすさくらもち  草村素子

桜餅は「文政年間に向島長命寺で売り出したのに始まる」そうである。色気もあって俳諧味もあってなかなかいい季語だ。

※画像は2006年03月|京都に暮らせば から勝手拝借/感謝です。

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春の空@北へ行く飛行機ひとつ春の空

実景句。Photo_661

 北へ行く飛行機ひとつ春の空

多分、羽田から富山または金沢へ行く旅客機だと思う。青空に機体が小さく光っているのを見上げた。
野と山と街をつつめり春の空」に続く二句目。すこしはよくなったが矢張り、詩(比喩、意外性)が無い。

 ゆびきりの指が落ちてる春の空   坪内稔典
 死は春の空の渚に遊ぶべし      石原八束
 手を容れて冷たくしたり春の空   永田耕衣
 鴎の目鋭きかなや春の空      高浜虚子

耕衣ほど難解にしなくともいいから、せめて
稔典さんの詩が欲しいなあ。「飛行機のひとつ落ちてる春の空」とか。ああ、これでは剽窃であった。
石原八束の句は名句だと思う。他に「血を喀(は)いて眼玉の乾く油照 」がある。よくはわからないけど詩人である。

 詩人へと梯子のかかる春の空

見えないものを見るのが詩人なのだ。

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春の夕焼@春夕焼明日は明日の風が吹く

するっと出た句。Photo_660

 春夕焼明日は明日の風が吹く

冬でも夏でも秋でもない、春でなければならない句だ。そして詩にもなっていると、この安易さを自己弁護しておこう。

 さきがけてわが部屋灯す春夕焼   桂 信子
 
雪山に春の夕焼滝をなす        飯田龍太
 春夕焼いつも涙は塩の味        伊東テル子
 地に子供春の夕焼母のごとし    三谷 昭

春の夕焼けは秋とは違う味がある。しょっぱいけれど甘みもあるのである。だから、明日は明日の風が吹くと開き直ることもできる。裕次郎も甘えん坊だった。

※画像は石原プロモーション-石原裕次郎-映画-明日は明日の風が吹くから勝手拝借/感謝です。

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別れ霜@余白あり余命ありけり別れ霜

「別れ霜」はきれいな季語だ。

 余白あり余命ありけり別れ霜

なんか人生教訓みたいな臭いがしてちょっと嫌味だけれど「別れ霜」がそれを救ってくれている。いつのまにか霜もみなくなった。春たけなわがやってくる。
歳時記には「4月中旬から5月上旬にかけて、暖かくなってきた後で、急に気温が低下して発生する霜。八十八夜(5月2日頃)におりる最後の霜。忘れ霜」とあるけど暖冬だからもう使ってしまった。

 別れ霜人に泪はすぐ乾き        成瀬櫻桃子
 みちのくに名残の霜の降る夜かな   角川源義
 ごみ焼の穴ひとつ掘り別れ霜      鷹羽狩行
 別れ霜庭はく男老いにけり        正岡子規

掲題句、中七をなんとか出来なかったかと反省。たとえば「余白あり音なき夜の別れ霜」とか。
そうそうついでに駄句をもう一つ。「日本中宮崎県や別れ霜」。もういい加減に報道騒動止めてくれ。

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2007年2月23日 (金)

どうしようか、都知事選

どこからも出馬依頼は来ないしなあ。Photo_659
というのは冗談だけれど、今さら菅なにがしがしようことなしに立候補しても投票する気は起こらんぞ。
田中なにがしもぱっとしないし、よっぽどの玉でないと投票に行く気にもならない。アホウな多数派が石原某に入れるもんね。

かといって共産党に入れるのは癪だなあ。負けても我が党は正しいと言い張る理由にされるもんねえ。

誰か立ってよ。お願い、このままでは参院選自公勝利→憲法改悪につながるぞ。

※画像は吉永小百合(今週のスター)から勝手拝借/感謝です。

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形而上学入門

「エティカ」から
俺流「エティカ」存在論の結論は究極の実体は宇宙全体のエネルギー・物質循環系
理性の下、分析・総合・直観によって我々は十全な認識に到達す
という存在論、認識論の結論を得て、形而上学の凄さが少し分かりかけていたところ、図書館で佐藤一郎「哲学的冒険―形而上学へのイニシアシオン」を発見し書名に惹かれて読んだ。これも凄い本であった。
まず、俺の読解のエキスを図示(エティカ見取図←得意の世界三層構造)にこの本から得たものを追加する。

価値世界    論理世界     事実世界
 価値論      認識論       存在論
   ↑        様態     神即自然=唯一の実体     Photo_658
 感情論    三種の知性     コナトゥス(力)  
       (想像知・知性・直観知
            様態         実体
            概念         存在
         記号(シニフィアン)  シニフィエ
 自由         金         生(経験)
             色           空
             器           道

形而上学とは一言で言えば、概念のメガネを外して存在(実体)を見ることである(現象学のエポケー=判断停止、判断保留。「括弧に入れること」も同じだと思う)。

「エティカ」の用語に従えば、我々は普段、実体(神即自然)を見ずにその概念化(様態)を見ている。換言するならば存在ではなく記号を見て記号として接している(売り手と買い手、女と男、妻と夫、……)。こうした記号の最たるものが金だ。

そうじゃないだろう。それではいつまで経っても生身の生を享受することは出来ないだろう。概念なんか捨てちまえ、金も無用の長物だ。というのが色即是空。

とはいえ人間食わねば死ぬ。そして食うために現世では金が必要、先立つものはやっぱり金=記号。だから空即是色にならざるを得ない。

そして著者は森有正を引用する。良識(自由と読み替えてもいいと俺は思う)は「経験が多かれ少なかれ生れ始めている人々の間で、そのつど判断せらるべき、実践的課題」であり、「いつも無の底から決断」することであり「人生はそういうものだけで出来上がっている」のだと。

つまり、形而上学とは経験と概念・記号・金との絶えざる往復運動ということだ。これを般若心経は色即是空空即是色と喝破したと俺は思う、お釈迦様及びスピノザ様。

ちなみに易経に「形而上者、謂之道、形而下者、謂之器」(形而上なる者、これを道と謂い、形而下なる者、これを器と謂う」とあり、これから明治維新時に形而上学をメタフィジカの訳語にしたそうである。
道を行き器に従うを自由と謂うなり

※画像はart random - 人生のセイムスケール - age 79釈迦から勝手拝借/感謝です。

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春風@春風のやうに逝きたしジョギングす

今朝は雨。吟行をせず。Photo_657

 春風のやうに逝きたしジョギングす

とにかく人の世話になりたくない。「自立もならず自説も曲げず」と言われても。
だからウォーキングとプール。おお、土曜日から市営プール再開である。

 古稀といふ春風にをる齢かな   富安風生
 春風にこぼれて赤し歯磨粉     正岡子規
 想ふべし三歳児以前の春の風   三橋敏雄
 春風や闘志いだきて丘に立つ   高浜虚子

子規の句、赤が印象的だ。ほんとに赤い歯磨粉はあったのだろうか、写生の子規さん。

※画像はAmazon.co.jp: 伊丹十三DVDコレクション お葬式 DVD 山崎努,伊丹十三,宮本信子,菅井きん,大滝秀治,津川雅彦から勝手拝借/感謝です。

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梅@誘ふがに枝垂梅咲く露天風呂

行きつけの日帰り温泉俳句詠む枝垂れ梅見て裸で立ちてPhoto_656

 誘ふがに枝垂梅咲く露天風呂

「がに」は古語なんだけれど「…せんばかりに。…するかのように。…するほどに。」と国語辞典に万葉歌まで付けてある。これは活用できるなあ。

 白梅や天没地没虚空没     永田耕衣
 表札は三橋敏雄留守の梅    三橋敏雄
 母の魂梅に遊んで夜は還る   桂 信子
 なによりも亭主大事や梅の花  草間時彦

梅はだいぶ例句を引き尽くしたので、時彦の句以外は現代俳句協会「現代俳句データベース」のお世話になった。耕衣の句は「阪神大震災」と前書にある。

 盆梅やネットは世界小宇宙

※画像は枝垂梅 写真集から勝手拝借/感謝です。

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春@ぬらぬらと唇がつく春の嘘

「と」か「の」かで悩んだ。テレビで見た唇の印象を重視すると「の」だ。Photo_655

 ぬらぬらと唇がつく春の嘘

「の」にするとべったりし過ぎなので「と」にした。朝のテレビ(ライブでテレビを見るのはニュースだけ。後は全部ビデオ)をヒントにしたもの。現実が「春の嘘」とは思ってはいないのでお間違いなく。

 女身仏に春剥落のつづきをり   細見綾子
 人妻に春の喇叭が遠く鳴る    中村苑子
 わが墓を止り木とせよ春の鳥    々
 春や昔十五万石の城下哉    正岡子規

現代俳句協会「現代俳句データベース」が例句の圧倒的な収録量
である。全体では12674句(わたしの俳句歳時記例句数約18,000句)だが、例えばこの「春」ではなんと108句も出てくる。季語によってメリハリをつけているということだろう。しかし、俺が名句と思う句でも収録されていないこともある。これはしようがないか。
それはともかく、春は女性の季節なのかもしれない(だから春の嘘とまでは言わない)。子規の句はとりあわせに挙げたにすぎず。

※画像はYahoo!ニュース - 日刊スポーツ - 叶姉妹“疑惑”やらせではございませんから勝手拝借/感謝です。

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シクラメン@わが愛を片隅に置けシクラメン

初案「シクラメン片隅に置けわが愛を」だっだが、投句の際に無意識に本句になってしまPhoto_654 った。やっぱり、こちらの方が自然なのだろう。

 わが愛を片隅に置けシクラメン

ところで、季語「シクラメン」。ハイクブログ現代俳句協会「現代俳句データベース」は冬の季語だが、手元の角川合本歳時記は春、わたしの俳句歳時記でも春(しかも晩春)だ。そしてシクラメンをネット検索すると年末を飾る鉢花の王様という。
生活実感から言うと新春かなあ。温室栽培だからいつでもいいか。

 シクラメン花のうれひを葉にわかち   久保田万太郎
 恋文は短かきがよしシクラメン      成瀬桜桃子
 シクラメン虚飾のことば風に乗る     鷲谷七菜子
 ひと言でいえばいいひとシクラメン    石口りんご

名句とは何度読んでも飽きない句、そして、ほとんど無意味な句というのも何かで読んだ。万太郎の句はこの条件を満たしている。 ひと言でいえば名句なり。

※画像はシクラメンから勝手拝借/感謝です。

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2007年2月22日 (木)

団塊男性諸君!

NHK短歌をビデオ鑑賞していたら

 手を焼くは団塊世代の男たち自立もならず自説も曲げず
                           東京都 青木孝子Photo_653

なる歌が出てきた。ゲストの高樹のぶ子も「同世代として実感あり」と発言していた。
うるさい黙れ、女ども。

※画像は高樹のぶ子book 紀伊國屋書店BookWebから勝手拝借/感謝です。

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クボタに拍手?

今朝の日経・企業面の小さな記事「クボタ 派遣労働者2100人のうち1400人を契約社員Photo_652 に」を読んで、ほう、と思わずクボタに拍手しそうになった。
ところがネット検索したら、子会社が労働者派遣法違反の「偽装請負」をしていたとして、大阪労働局から是正指導を受けたのを契機に、直接雇用に転換とある。
なんやあ、そういうことかと納得。しかし、他企業に先駆けて実施判断はエライ。キヤノンよ見習え。

金利上げも昨日の日銀決定で一段落。参院選後までは無いだろう。
輸出が好調なうちに、労働保護・中小企業への波及による内需盛り上げで底上げを図ってや安倍ちゃん。大企業だけがお得意先とは違いまっせ。日経もちゃんと事の経緯を伝えよ。

さて、今日の相場はと見れば18024.48 +111.27 ではないか(やっぱり)。大企業中心の相場はそろそろピークかと思いつつ、まだ様子見を決め込んでをり。

※画像は新聞・雑誌広告│企業広告活動│クボタから勝手拝借/感謝です。

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春の風邪@春風邪のすこし憂鬱美人かな

「月曜の春の風邪とも春思とも」みなこへの返句だ。Photo_651

 春風邪のすこし憂鬱美人かな

風邪を引く女の色気などと巷間言うのですこし気が引ける。しかし憂鬱美人というのもいい。元気陽気もまたいいけれど。

 春の風邪誰も見舞つてくれぬなり   鈴木花蓑
 ぬばたまの闇に灯消して春の風邪   中村白葉女
 耳掻きの鈴がちりちり春の風邪     三村純也
 よくもなくわるくもなくて春の風邪     下田実花

そうそう、艶といういい言葉、字がある。春をつけて春艶。今度使ってみよう。

※画像は竹久夢二伊香保記念館の通販サイト「夢二ショップ」から勝手拝借/感謝です。 

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初桜@佳き人の善く暮らすかな初桜

佳人、佳品、佳作、佳句。いい言葉だ。Photo_650

 佳き人の善く暮らすかな初桜

近所でもう桜(染井吉野ではないけど)が咲いていた。山形で染井吉野が咲いたというニュースも昨日、あった。今年は例外的な年だったと思おう。

 わき道の夜半や明るく初桜      千代女
 人はみななにかにはげみ初桜   深見けん二
 初花やななめに降つて山の雨   草間時彦
 旅人の鼻まだ寒し初ざくら       蕪村

初桜、初雪、初富士、初笑など日本文化は初物を愛す。おっちょこちょいというか飽きっぽいというか。

※画像は加賀の千代女(かがのちよじょ) - 白山市から勝手拝借/感謝です。

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椿@そつぽ向く椿の花も雨上がる

昨日の毎朝吟行の成果句だ。Photo_649

 そつぽ向く椿の花も雨上がる

雨上がりの花は(濡れているせいか)美しい。椿はよく見ると花が様々な方向を向いている。俺が見てやってるんやからこっちを向かんかい、どアホ。
「も」が工夫のつもりだ。

 ぽつてりと椿に花粉政子の墓    殿村莵絲子
 椿咲き日輪海の上わたる      岸 風三楼
 はなびらの肉やはらかに落椿    飯田蛇笏
 老居してすこし椿のなまなまし    能村登四郎

椿は花もさることながら肉厚で艶のある葉もいい。だから、なまなましさを感じるということもある。ところで北条政子って美人だったのだろうか。

※画像は雨あがる (期間限定生産) 映画DVD - goo 映画から勝手拝借/感謝です。

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春風@春風やロングブーツと短足と

助詞に悩んだ句である。Photo_648

 春風やロングブーツと短足と

初案「春風やロングブーツの短足の」→「春風やロングブーツの短足に」の結果、本句となった。対立的に捉えるのが面白いというのが理由だ。
昨日たまたまテレビを点けていて、錦糸町駅前で素人さんを捕まえて映し出しコメンテーターがファッション評価するという番組を瞥見した。そこで評価の結果「おブス」というラベルを貼っていた。なかなか親しみのある言葉である。お陰で本句を得た。

 春の風ルンルンけんけんあんぽんたん   坪内稔典
 九十五齢とは後生極楽春の風        富安風生
 春かぜに吹かれ妻子のある身かな     楠本健吉
 大阪へ今日はごつんと春の風        坪内稔典

春の風には名句が多いが、なんといっても稔典さんサイコー。
そして例句を引きたいがために俺も春風のごとくまだ句を用意してある。春風は明日に続く。

※画像は【楽天市場】特価!送料無料!ストレッチロングブーツ No.6650 ブラック:KARADANILUCKから勝手拝借感謝です。

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2007年2月21日 (水)

まんさく@まんさくやネット句会の初投句

今朝はココログメンテのため、投稿できず。(メンテは当日までメンテ予告記事を残しておPhoto_647 いておくれ)

 まんさくやネット句会の初投句

そこで、しようがないから昨日見つけた現代俳句協会のインターネット句会に入会した。ちょうど投句が締め切られた直後で選句募集中だったので選句した。なんと約1100句から5句を選句するのだ。でも、勉強になるなあ。そしてまた、俺の俳句センスがどの程度のものか分かるではないか。また投句候補も既に選定済みで、さて得点できるか楽しみである。
掲題句は入会の挨拶代わりで、季語は直近の俳句王国の兼題「まんさく」から得た例によっての安易句である。

 まんさくに水激しくて村静か       飯田龍太
 まんさくや蝶舞ふやうに言葉出て   田中水桜
 まんさくや水飲むさへも人恋し     湯浅康右

まんさくは漢字では「金縷梅」と書く。ちょっと読めんぞな。

※画像はまんさく@花図鑑から勝手拝借/感謝です。

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春眠@春眠のなぜか目覚める午前四時

早起きオヤジの句だ。Photo_646

 春眠のなぜか目覚める午前四時

「春眠や」ではなく「春眠の」で切れているのが特徴の句だ(誰も言うてくれへんから自分で言う)。「六時間眠れば覚める我が仕掛け検査入院夜明け待ちをり」という旧作短歌もある。
それはともかく、この頃は毎日昼寝しているので健康上も何ら問題にはならないだろう。午前四時どころか二時三時に目覚めることがあるのはちょっと困るが。

 春眠といふ晩年の玉手箱      岡田京花
 春眠や自飯器すでに保温中     桑谷友峰
 春眠の夢でよかりし涙かな     上村占魚
 春眠の寝顔をこそは見られけむ  安住 敦

「晩年の玉手箱」という人もいるんだなあ。まことに人生いろいろである。
ちなみに昨夜の俺は9時半には眠りに落ちてい