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2007年2月 8日 (木)

俺たちは国のために生きているのではない

昨日の予算委員会での柳沢発言。
柳沢伯夫厚生労働相は「女性は産む機械」発言については追及されるたびに陳謝を繰り返したが、「2人以上子どもを持ちたい若者」を「健全」と表現した発言については「みんなが子どもを持ちたくないと意思表示をしたら、私は困ってしまう。その言葉を撤回しなければならない理由が分からない」と述べ、謝罪や撤回については拒否した。憧れの風 柳沢(オレ)の子供は国(オレ)のもの、国民(オマエ)の子供も国(オレ)のものから転載)

この「
私は困ってしまう」の「私」は「国」のことだ。国民が子供を作らなければ国が困ると彼は発言しているのだ。つまり、国があって国のために国民は存在するという発想なんだなあ。国家主義そのもの。

国民の安全と生活のために国は存在する。国民にはそれぞれの事情と生活があるのにそれを無視して国民は国のために働け、子供を作れ。それがおまえたちの幸せでもあるという発想だ。

だから彼は「
撤回しなければならない理由が分からない」。国なんか無くても人は生きていける、生きなければならないということが彼には分からないのであPhoto_7 る。

原爆を落とされて戦争に負けて大日本帝国が崩壊しても故郷の山や川はあり、人は生き残った。そして生き残った人々が懸命に働いて今日の「繁栄」がある。
国は清潔・安全・平和そして自由と公正を守るだけでいい。それ以上余計なことはしないでおくれ、頼むから。

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