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2007年3月25日 (日)

木の芽@青春に帰る空あり桜の芽

Photo_105 青春に帰る空あり桜の芽

「木の芽」→「桜の芽」で一句と鋭意努力したがこの程度である。写生しつつ取り合わせという路線(例:「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」子規)の句を得たいのだが、単なる取り合わせになってしまうのが、いまのところの俺の技量か。

 あけぼのゝ白き雨ふる木の芽かな  日野草城
 思ひ出すことみな愉し芽木の山    瀬戸内寂聴
 日暮まで噴水の音桜の芽       館野豊
 木の芽時スーツ一つに安んじて    星野早苗

館野豊の句を稔典さんは、作者の思いの露な表現がないから。思いは光景に転換されているのだと評している。思いを引っ込めれば景が出て来て、思いは光景に転換される(寄物沈思)ということだ。理屈はわかったが。

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