梅@梅が香を今朝も呼吸す生きてをり
また梅だ。桜よりも梅の句が多くなるような予感がする。
梅が香を今朝も呼吸す生きてをり
朝Walkのコースをここ数日は変えている。ある公園に梅が数本満開となっていて、紅白の眺めもよく(ああデジカメ欲しや→買ったぞ。俳写にしたぞ。)梅の香もたっぷり吸えるからだ。
この句、上五中七はすっと浮かんだ。問題は下五のオチである。「散歩道」などは月並、ひねって「五十九歳」としても接着しない。そこで「生きてをり」となった次第。
ところで昨日は短歌も得た。
新聞の会社人事に名前読む同期の二人昇進したり
おかげで昨日の俺の感情はほんのちょっぴりブルーだった。我「生きてをり」。
しろしろと畠の中の梅一本 阿波野青畝
紅梅であつたかもしれぬ荒地の橋 飯島晴子
鑑真の海押しひらき白梅は 国武十六夜
白梅の万蕾にさすみどりかな 鷹羽狩行
飯島晴子のリンクのサイトは必見(江戸俳句、現代俳句についてデータベース作成しキーワード分析をされている労作)。79歳で自ら命を絶った飯島晴子についても詳細な分析がある。
また、別のサイトでは飯島晴子の句について「言葉を今までは伝達の手段として使ってきたが、言葉の物体化、すなわち言葉の向うに見えるもう一つの時空に気づいた」という表現に出会った。飯島晴子の句は生活→感情→抽象化→俳句という工程で特に抽象化(物体化化)されているように思う。難解な句が多い中で、わかりやすい句を挙げる。
人間の善意ぎっしり布団干す
人は事実世界と言語世界(論理世界)とを生きている。それぞれの価値を求めて。
※画像はシャガール(恋人達と花束)。Kenの美術館書庫(国内編#1~'98)から勝手拝借/感謝です。
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