啄木忌@少年の空戻り来よ啄木忌
インターネット俳句会で1点頂戴したのが嬉しかった。というのも、啄木はわが少年時代の(憧れのとまでは言わないけれど)詩人であり、この句はそんな昔を思う句であるからだ。
今にして思えば、啄木の短歌+中年時のカラオケ修行→日経歌壇投稿短歌(49首入選。ついでに朝日も1首)→ブログ開設/ハイクブログ→写真俳句と一連の流れが形成されているのである。こうしてみると、俺の人生、なかなか首尾一貫しているではないか(誰も言うてくれへんから自分で言う)。
便所より青空見えて啄木忌 寺山修司
いつ消えしわが手のたばこ啄木忌 木下夕爾
啄木忌いくたび職を替へてもや 安住 敦
ひとの恋知れども触れず啄木忌 仝
寺山修司はこの「便所より青空」の一句だけで俳句史に名を残すと思う。実は俺の句はこの句を踏まえての本歌取りである。
また、安住敦の転職の句は、結句「替へても貧」だったのを師匠の久保田万太郎が直したことで有名だ。言わぬが花ということである。
石川啄木、1912年4月13日病没、享年27歳。
いつ消えしわが手のたばこ啄木忌 木下夕爾
啄木忌いくたび職を替へてもや 安住 敦
ひとの恋知れども触れず啄木忌 仝
寺山修司はこの「便所より青空」の一句だけで俳句史に名を残すと思う。実は俺の句はこの句を踏まえての本歌取りである。
また、安住敦の転職の句は、結句「替へても貧」だったのを師匠の久保田万太郎が直したことで有名だ。言わぬが花ということである。
石川啄木、1912年4月13日病没、享年27歳。
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