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2007年9月

2007年9月30日 (日)

移民開国せよ日本

昨日の日経がグリーンスパン前FRB議長のインタビューを「バブルは防げない 危機吸収Photo_3 する柔軟な経済を」と見出しをつけて大々的に報じている。グ氏新著「波乱の時代」を自社から近刊するからだろう。とはいえ、面白かった。目についた所をいくつか記録しておく。まず、「イラク戦争の本質は石油にあると指摘しているが」との質問に対する答え。

米政権が石油のために開戦したと言っている訳ではない。私にはイラクのフセイン元大統領が中東原油を支配しようとしていることが明白に思えた。原油輸送が止まれば主要国経済は停止しただろう。フセインが引きずり降ろされた時はほっとした。

開戦当時のFRB議長の発言だからこれは重要。フセインが原油輸送停止まで意図したかどうかは判らないが、開戦理由が米政権が表向き口実にした「大量破壊兵器」になく、石油をめぐるアメリカとイラクの対立にあることはこのグ発言によっても明白だろう。

すなわち、アメリカは「ドルの帝国循環」を崩そうとしたフセインを懲罰するべく、イラクを侵略したのである。

次に、格差問題について。「技術革新やグローバル化に伴う貧富の差の拡大を懸念する声も増えている」との問いかけに対して。

新しい発明と歩調を合わせて人々の技術的能力が高まるわけではない。低い技能しかない人は賃金が低下し、高技能の人は給与が大幅に上がっている。民主社会にとっては危険な傾向だ。富が公平に分配されていると人々が思わなければ、資本主義への支持も得られない。
教育によって人々の技能を高め、それによって所得水準を上げていくことが重要だ。富裕層への課税で所得を再配分すれば、全体の所得を低くしてしまうだけだ。

グ氏をはじめとするアメリカ支配層は市場原理主義者(市場原理に全てを任せれば何もかも解決するという考え)のように思っている人が多いだろうが、この発言を見る限り少なくともグ氏はそんなことはない。
資本主義が成立する前提として富の公正(公平よりこの言葉が適切だと思う)な配分を指摘しているし、格差是正の手段として教育を挙げているのは納得できる考え方だからだ。ちなみに、小泉政権は就任演説で「米百俵」の精神を謳ったけれど教育による格差是正に関しては具体策は何も無かったように思う。

ただ、税の所得再配分機能(平等促進)については(過度な強調は)全体のパイを小さくすることにつながるのでグ氏は反対しているのだと思う。つまり、平等よりは公正と自由、それが20世紀の社会主義の悲惨な実験の教訓だと考える。
要するに、公正な市場と教育の充実による活力とが資本主義を支え自由な市民社会を繁栄させるという当たり前のことだ。だから、市場原理主義とか新自由主義とかレッテル張りの議論は不毛である。グリーンスパン、なかなかええこと言うやんか。

最後に日本。「日本経済の先行きは」と問われて。

外からとやかく言うべきことではないだろうが、エコノミストとして見る限り、移民を増やそうとしていないことは日本経済を将来難しい状況に追い込むと思う。生産性上昇や労働人口に限りがあれば成長は鈍くなってしまう。

ちなみに同じ昨日の日経一面連載「復活製造業 死角はないか」は「今春の入試で全国の大学の工学部志願者は26万8千人とピークの92年より6割少ない」と伝えている。

新自由主義がどうしたこうしたとか米百俵などと空虚なスローガンを振り回してばかりいるとこの国は滅びる。そんなことしている暇があったら若者を育てよう、日本の若者にその気がないなら外国から輸入しよう。黒い目でも青い瞳でもなんでもいいからきちんと勉強してしっかり働いて年金を納めて俺を食わせてくれる若者が俺は好きだ。

参考リンク:反帝、反スタから新左翼の条件へ:イザ!

※写真はグリーンスパンの嘘から勝手拝借/感謝です。

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花魁の曼珠沙華咲くわが団地

Photo 花魁の曼珠沙華咲くわが団地

「まんじゆしやげ昔おいらん泣きました」渡辺白泉の本歌取りのPhoto_2句である。 この句は右の写真の時代を想起させる。「貧しさはきはまりつひに歳ごろの娘ことごとく売られし村あり」結城哀草果の時代である。俺が生れるつい二十年ほど前のことだ。当時の日本国民のほとんど大多数は(侵略戦争に反対した共産党はこの点、エライ)こうした窮状から逃れるべく大陸侵略を支持、歓迎した。この時代から今を見ると現在の「繁栄」は一場の夢かもしれない。

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2007年9月29日 (土)

仏蘭西のレクイエム聴く花芒

Photo_2 仏蘭西のレクイエム聴く花芒

フォーレのレクイエム(「他人の信仰に敬意を払う不信心者の作品」と評されているそうだ)。「熱狂の日」でのミシェル・コルボ指揮の演奏をBS2で放送していたので録画して繰り返し聴いている。天国が実在するとは信じていないが、この曲は天国的な美しさだ。俺の葬式で流してほしい曲は、このレクイエムとカヴァレリア・ルスティカーナの間奏曲だなあ。

あと、レクイエムではヴェルディ。「怒りの日」などは少々辟易するぐらいオペラチックにすぎるが、ヴェルディが泣きながら作曲したというLacrimosa(涙の日)は聴き手も泣ける。アルコールが入っているとほんとうに泣いてしまうかもしれない。信仰は持てない俺だけど生きることの悲しみは知っている(つもりだ)。

CDは図書館から借りてダビング、DVDはテレビの録画。かくして俺のほぼコストゼロの「財産」は生ある限り増えて行く。キリエ・エレイソン(主よ、あわれみたまえ)

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阪神、連敗脱出(林2ラン)

Photo この一勝天までとどけ風船よ

写真は、阪神―中日の4回、阪神の林が右へ逆転の2ランを放つ。試合は2―1で阪神の勝利。阪神が連敗を8で止め(28日、甲子園)(時事通信社)より勝手拝借/感謝です。
いつもながら思うのだが、八連敗していても甲子園は満員。チームはファンによって支えられ、政権は国民あってのものである。

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2007年9月28日 (金)

秋彼岸平次親分こゝにあり

Photo_6 秋彼岸平次親分こゝにあり

先日、前立腺癌の手術を無事に終えた知人を御茶ノ水の順天堂病院に見舞った。そのついでに近くの神田明神を吟行したPhoto_7ら、こんなのがあったので興に乗って写真を撮ってしまった。更にはこうしてネットで公開してしまうのだ、アホ。
右の写真は銭形平次の碑(台座が寛永通宝の形をしているPhoto_8ことに注意)。 発起人一覧を見て成程と思った。テレビ映画で永年、平次役を務めた大川橋像は色気のある役者だった。 邦画全盛時代の平次、長谷川一夫はもっと色気があるが、時代的に橋蔵ほど馴染みは無い。

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八連敗沈思黙考秋の暮

Photo 八連敗沈思黙考秋の暮

写真は7回阪神1死二、三塁のチャンスに三振に倒れた矢野。捕手谷繁=甲子園 @阪神 泥沼8連敗…中日はM6から勝手拝借感謝です。

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2007年9月27日 (木)

意味を求めてめぐりし後に

Photo_3 エロスより出でてエロスに環り来む意味を求めてめぐりし後に

短歌旧作。空蝉がなぜかしらこの泰山木に止まったままだった。

ところで、この歌、俺の人生観の結晶である。すなわち、事実世界(エロス)→記号世界及び価値世界(意味)→事実世界(エロス)という生の円環運動が人生ではないだろうか。ちなみに、心(生の円環運動)の見取り図を心の哲学(4)から転載する。ここに、「概念世界」とあるのを思うところあって「記号世界」と最近は呼び変えている。

価値世界      概念世界     事実世界
客観(間主観) ⇔   心   ⇔     実在
   信念    意志 思考(理性)     経験(知覚現象)
   規範        認識(意味の他者と言語による社会的認識:悟性)
              知覚(五感)
          感情 感覚(体性感覚。例えば痛み)
              記憶

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ポケットにしまふ青空白木槿

Photo_2 ポケットにしまふ青空白木槿

木槿は花期が長いなあと思っていたら、花が次々に咲き、花期が長いため朝鮮語では無窮花(むきゅうか・ムグンファ - 무궁화)と呼ばれるとウィキペディアにあった。「底紅」という、ういういしく愛らしい少女を思わせる季語もある、と「花の歳時記 秋」にある。
ついでに例句をひとつ引いておこう。「白木槿言葉短く別れけり」石井露月。

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秋風や七連敗に夢去りぬ

Photo 秋風や七連敗に夢去りぬ

でもクライマックスシリーズがまだある、それが駄目なら来年がある、それでも駄目なら来世も。

写真は「4回横浜1死、佐伯に満塁本塁打を浴びたボーグルソン=横浜 」アニキ空砲…阪神7連敗でV消滅より勝手拝借/感謝です。

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2007年9月26日 (水)

秋桜いつか別れは来るものを

Photo_3 秋桜いつか別れは来るものを

思いっきり歌謡曲の句である。

ところで、ブラームスの恋の続き。1856年にロベルト・シューマンはこの世を去ったが、最後の言葉は、ワインを指に付け夫にしゃぶらせるクララを腕に抱いてささやいたという「俺は知っている(Ich weiß)」であった(クララがその様子を日記に書いている)。これがブラームスとクララ・シューマンの不倫の事なのかどうかまでは、ついに決定的証拠が残されることがなく、現在でもシューマン研究の論争の種だそうだ。それから40年後の1896年にクララ・シューマンは没した。ブラームスはクララが没した翌年、まるで後を追うかのように病没している。ブラームスはクララの危篤の報を受け取り汽車に飛び乗ったが、行き先を間違えたために遠回りとなり葬儀に立ち会えず、ボンにある夫ロベルト・シューマンの墓へ埋葬される直前にやっと間に合い、閉じられた棺を垣間見ただけであったという

ちなみに、ブラームスの交響曲第1番は着想から完成まで21年を費やして作曲。集中して取り組んだのは最後の5年間。1876年に完成した。ロベルト・シューマンの死後20年、クララ・シューマンの没年まで20年である。

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名月や六連敗に声もなく

Photo_2名月や六連敗に声もなく

4回、追加点を許した上に、三塁手関本も負傷、ベンチで厳しい表情の阪神・岡田監督(左)=横浜 から写真を勝手拝借/感謝です。

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2007年9月25日 (火)

五連敗拝むばかりの秋彼岸

Photo_2 五連敗拝むばかりの秋彼岸

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朝顔の芯を貪り吸ひにけり

Photo 朝顔の芯を貪り吸ひにけり

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2007年9月24日 (月)

「理念的保守」への質問

産経新聞の阿比留記者がご自身のブログで信念と誠実さをもって「理念的保守」の主張Photo_6 を展開されている。今回の福田政権誕生についても

本日、自民党の新総裁に福田康夫氏が就任しました。とても残念ではありますが、昨年の総裁選に安倍首相が出馬していなければ、そのときに1年早く福田政権ができていたことでしょう。もしそうなっていたら、日教組を追いつめた教育基本法改正も、防衛庁の省昇格も、国民投票法社会保険庁解体法、公務員制度改革法などの成立もなかったはずです。福田氏は、そういう志向・方向性は全く持っていないでしょうから。その意味で、安倍政権のこの1年間を、改めて評価したいと思っています。

という書き出しで記事を書かれている。そこで、以下の質問をさせてもらった。

阿比留さん、こんにちは。質問です。
なぜ「理念的保守」を高く評価されるのかそこを知りたくてコメントさせて頂きました。
私にはこのグローバリゼーションの時代(資本の無国籍化と経済の相互依存の時代)において、「理念的保守」は「国家主義」更には「排外主義」に陥りやすく、流れに抗しているように思えます。
資本の無国籍化(一例は
ヘッジファンドの横暴。これは帝国主義の新たな形態かもしれませんが)の弊害に対しては各国の共同的経済政策によって対抗すべきですし、経済の相互依存はユーロに見るように共通通貨を生み出しヨーロッパ経済を復活させています。
確かに、自らの社会に誇りを持つべきとは思いますが、それと国家主義とはまた別物のように考えます。阿比留さんの信念と丁寧なレスに敬意を払いつつ質問させて頂きました。


テロの脅威とか共産党一党独裁・人権抑圧に対しても各国が共同歩調を取れればいいのだが、そうはいかないところが国際政治だ。かといって、極端な国家主義に走るのもいかがなものかと俺は思うのだが。

参考リンク:保守主義と国家主義とはちゃいまんねん:イザ!

※国家主義党、保守主義党、社民党に政界三分割再編されるとわかりやすい構図になると最近思い出した。あ、俺は保守主義党に一票を入れる。なぜなら、清潔安全自由かつ公正なこの社会を維持したいと思うからである。国家主義に反対する保守よ、出でよ。
※写真はasahi.com:「影」の人、表舞台に 「本来は相当な決断型」から勝手拝借/感謝です。

※阿比留さんがレスを付けてくれたので記録しておく。
土曜日様
 言葉の定義の問題になると泥沼になるのですが…。例えば安倍氏やその周辺が、排外的国家主義だったかというと、そうではないと思います。私があえて「理念的」と断ったのは、
自民党内で保守本流を自称してきた人たちは、単なる土着的・守旧的な、きょうと変わらない明日があると無根拠に信じてきた人たちなので、そうではなくて国家の将来にビジョンを持っている保守派のことを、便宜的に理念的保守と呼びました。

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髭もじゃのブラームスの恋秋薊

Photo 髭もじゃのブラームスの恋秋薊

薊の種類はいろいろあり、どれもよく似ていて分類が難しい(日本だけでも60種類もあるらしい)そうだが、春咲きのアザミはごく少なくほとんどのアザミが夏から秋にかけて咲くPhoto_3のことだ。
ところが、俳句では「薊」が春の季語、「秋薊」が秋の季語となっている。多数少数逆転ねじれ現象だ。なんでかなあ。

ところで、ブラームスの交響曲第1番の背景にクララ・シューマンとの「恋」があったことPhoto_4ネットで知った。今度からこの二人の顔を思い浮かべながら聴くことができる。音楽は音楽自体を味わうべきものではあるが、その背景も知っていて損することはない。そしてまた、音楽は肉欲をも抽象化純化する。というか、音楽は肉を抽象化するために存在する(トリスタンとイゾルデ→甘美な愛から恍惚の死まで、波間を漂わせ、やがて官能の海に溺れさせます

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2007年9月23日 (日)

ヤクルトを飲めず飲まれて三連敗

Photo_3 ヤクルトを飲めず飲まれて三連敗(5回阪神1死、金本が一ゴロ失策で、一気に三塁を狙うがタッチアウト。三塁手畠山=神宮)

ヤクルト9-6阪神

 阪神は約3カ月ぶりの3連敗。6-4と逆転した直後の四回、渡辺がつかまり、宮本の2点二塁打と畠山の適時打で6-7とされると、五回にも田中浩の適時打などで2点を奪われた。

 4失点で二回途中KOの杉山の乱調が痛かった。

アカンがな。黄信号がついてもた。一千億円の優勝経済効果なんかどうでもええから、勝ってくれええええええええええええええええええ。

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花野には鬼も仏もゐたりけり

Photo 花野には鬼も仏もゐたりけり

俺が花野で出会った人たちを思い出しているうちに、悉皆仏性という言葉が浮かんだ。出典をネットで調べたら、大本はお釈迦様→最澄の天台宗から鎌倉仏教という流れにある言葉だということがわかった。また賢くなってしもたやないか。

ところで写真は箱根湿生花園ツリフネソウ。ここにも仏がいらっしゃるのである。

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2007年9月22日 (土)

我が心石にはあらず花野行く

Photo 我が心石にはあらず花野行く

写真は箱根湿生花園ネバリノギク。この歳になってようやく心が石ではないことがわかってきた(のかもしれない)。

ちなみに、高橋和己「我が心は石にあらず」を大昔に読んだ(と思う)。内容は全く覚えていない。もう高橋和己を読む気力は出てこないだろう。いま読むと大昔とは違った読み方になるだろうが。懐かしさそつと仕舞おう秋の野に

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2007年9月21日 (金)

安馬の大技、釣り落とし

Photo_2 俺が贔屓の安馬が売り出し中のホープ新入幕豪栄道を荒技で見事に降した。ビデオ録画を晩飯しつつ拍手して見るという(アホやなあ)興奮した一番だった。そして、敗れた豪栄道も「相手がすべての面で上だった」と謙虚である。こんな相撲が連日見られるんやったら朝青龍はもうイラン。

※写真は日経ネットより勝手拝借、感謝です。

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草の実や人生生きて六十年

Photo 草の実や人生生きて六十年

写真は箱根湿生花園で撮影したハマナスの実である。「ハマナス」という名は、浜(海岸の砂地)に生え、ナシに形が似ている実を付けることからついた、「ハマナシ」という名がなまったものであって茄子に由来するものではないとのことだ。勉強になった。人生死ぬまで勉強なり。

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2007年9月20日 (木)

小泉改革は何をぶっこわしたのか

今日の日経経済教室の御厨貴「政治の崩壊食い止めよ」が面白かった。突然の安倍辞Photo_2 任は安倍氏個人の問題ではなく「より根の深い構造的危機にほかならない」とするものだ。すなわち、小泉改革が「マスコミや世論と結託」する「小泉劇場」を作り出し、その陰で「政治・行政のプロフェッショナルは一斉に自らの殻にとじこもり」、日本の政治を支えてきた「政治の文法」を壊してしまったというのだ。

 改革の破竹の進撃が、田中政治を超えて政治そのものの破壊に至った(と感じたから政権末期に小泉氏はブレーキをかけたと御厨は書いている)。
 政治家・官僚たたきが彼らの仕事への情熱を奪い、キャリア官僚のなり手は減った。公共事業バッシングで地方の活力は地方の活力は失われた

そして、小泉改革を引き継ごうとポーズした安倍政権については

 安倍氏は経験不足を、イデオロギーを振り回す大政治と、補佐官を活用する小政治とを「お友達ネットワーク」で支えることで乗り切ろうとした。その結果、官僚や政治行政のプロの知恵を利用する術を知らぬまま、安倍内閣では裏側で恐るべき政治の崩壊がどんどん進行した。

と書く。要するに、小泉改革は「自民党をぶっつぶす」と称して政治・行政のプロまで排除する劇場政治であった、ということであり、経験不足価値観政治の政治家安倍晋三の突然の辞任は小泉改革がもたらした「政治の崩壊」の帰結にすぎないということである。

小泉改革がいったい何を改革しようとしたものかいまだによくわからないが、小泉劇場によって政治家・官僚を(味噌も糞も)おしなべて悪人呼ばわりする劇場政治と冷笑主義がブラウン管に蔓延したのは実感できる。だから、小泉改革の行き過ぎを是正するためには、まず、政治家・官僚を尊敬することから始めよう(勿論、尊敬できる人に限って)。その上での政治改革・公務員制度改革・公的部門改革・内需主導経済への転換だ。これを成し遂げれば日本の未来は明るい。福田君、君ならできるかね? 

※画像は御厨貴研究室から勝手拝借しました。

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毎朝の減量散歩草の花

Photo 毎朝の減量散歩草の花

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2007年9月19日 (水)

子の無くて一生終らむ辛夷の実

Photo_2 子の無くて一生終らむ辛夷の実

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ほんのりと色づく秋となりにけり

Photo_4 ほんのりと色づく秋となりにけり

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2007年9月17日 (月)

初秋の箱根湿生花園

Photo_25 風に揺る思ひ出ひとつ吾亦紅
箱根湿生花園に吟行してきたら、今朝久しぶりに句が生れた。
Photo_26 蝦夷竜胆素朴に生きる人羨し
竜胆の後ろに咲いているのがアサマフウロ
Photo_27 可憐な花だ。
Photo_39 可憐といえばサワギキョウ。桔梗の一種である。
Photo_29  ベニサワギキョウというのもある。
Photo_30 これはタムラソウ。「田村草兵火に耐えし堂ひとつ」大島民郎という句がある。
Photo_31 これはノハラアザミ。葉に棘があるのでタムラソウと区別できるそうだ。
Photo_32 マツムシソウ。これも可憐である(ああ、可憐としか形容できないボキャ貧よ)。
Photo_33 これがヤマトリカブト。オソロシイですねえ。
Photo_34 ホトトギス。杜鵑と書く。渋くて粋な花だ。 「さなきだに湖尻はさびし時鳥草」上田五千石。
Photo_35 山上憶良の歌があった。これで秋の七草を覚えよう。ただし、「朝顔」というのは桔梗のことだそうだ。
Photo_36 オミナエシ。これは知っていた。
Photo_37 ヤマハギ。美しく可憐である。
Photo_40 エゾカワラナデシコ。はかなげな花だ。
Photo_38 そしてススキ。箱根はすでに秋であった。

種々の草木に接し朽ちてゆくいのちのあはれ暮らしの愉し

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2007年9月15日 (土)

あたたかいお言葉に感謝

泰二さん、ワーフさんから句会に関してあたたかいお言葉を頂戴しました。ありがとうございます。
残念ながら、小生、相場に(少々傷めつけられてはいますが)没頭しており、句作の余裕が生れてまいりません。申し訳ありません。サブプライムローン問題解決までご容赦をお願いいたします。

なお、別宅にて元気に相場日記その他は続けております。突然の安倍政権崩壊が内需転換・構造改革(小泉構造改革なんど糞食らえ)の始まりの始まりになるように願っております。

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