髭もじゃのブラームスの恋秋薊
髭もじゃのブラームスの恋秋薊
薊の種類はいろいろあり、どれもよく似ていて分類が難しい(日本だけでも60種類もあるらしい)そうだが、春咲きのアザミはごく少なくほとんどのアザミが夏から秋にかけて咲くと
のことだ。
ところが、俳句では「薊」が春の季語、「秋薊」が秋の季語となっている。多数少数逆転ねじれ現象だ。なんでかなあ。
ところで、ブラームスの交響曲第1番の背景にクララ・シューマンとの「恋」があったこと
をネットで知った。今度からこの二人の顔を思い浮かべながら聴くことができる。音楽は音楽自体を味わうべきものではあるが、その背景も知っていて損することはない。そしてまた、音楽は肉欲をも抽象化純化する。というか、音楽は肉を抽象化するために存在する(トリスタンとイゾルデ→甘美な愛から恍惚の死まで、波間を漂わせ、やがて官能の海に溺れさせます)。
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コメント
トラックバック&リンク有難うございました。
投稿: lightward | 2007年9月24日 (月) 午後 09時50分
こちらこそ勉強になり、音楽を聴く楽しみが増えました。ありがとうございました。
投稿: 土曜日 | 2007年9月25日 (火) 午前 04時08分