« 長瀞七草寺(2)恋文を書かぬ思春期藤袴 | トップページ | 長瀞七草寺(4)残生や男色気の白桔梗 »

2007年10月 4日 (木)

長瀞七草寺(3)残生の男むつかし葛の花

Photo 残生の男むつかし葛の花

今年はめぐり合わせ当番で町内会長を務めている。その関係での感想句が上の句だ。勿論、一番取り扱いにむつかしいのは俺自身である。
ところで、葛の寺は遍照寺。花が終わっていたのが残念だが、葛餅を振舞って頂けた。葛は遍くそのあたりに生えている草だから来年は写真に撮ろう。見る目があれば花はどこにでもあるのである。そして遍照寺はいかにも秩父山里の寺という感じで心地よい寺だった。「男老いて男を愛す葛の花」永田耕衣。

Photo_2 面白きこともなき世を女郎花

ネット検索して女郎花の語源は女飯(おんなめし) → 女郎花(おみなえし)という説を見つけた。白は米、だから、男飯。これに対して黄色い粟は一段下だから女飯という絵解きである。それはそれとして、写真の花はオトコエシではなくて白い女郎花だと思うのだが間違っているだろうか。女郎花の寺、真性寺での所見。

ところで「面白きこともなき世を面白く住みなすものは心なりけり」は高杉晋作の辞世と言われている。晋作を主人公にした司馬遼太郎「世に棲む日々」は面白かった。 ちなみに、「世に棲む日々」で検索すると前首相の次のような訓示が見つかった。長州の(観念的)青年政治家らしい訓示である。

 首相は司馬遼太郎氏の小説「世に棲む日々」を引用、組織に埋没して責任を取ろうとせず、定回避で問題解決を先送りする幕末の「ヤクニン」の姿を紹介。
「こうした行動様式は、皆さんが築き上げる新たな国家公務員像の対極に位置するものだ」と訴え、「まず、勇気と主体性を持って諸課題に取り組んでいただきたい」と呼びかけた。

さてこれで長瀞七草寺は、前回を受けて次回が最終回(の予定)。

|

« 長瀞七草寺(2)恋文を書かぬ思春期藤袴 | トップページ | 長瀞七草寺(4)残生や男色気の白桔梗 »

「俳句写真」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 長瀞七草寺(2)恋文を書かぬ思春期藤袴 | トップページ | 長瀞七草寺(4)残生や男色気の白桔梗 »