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2008年7月15日 (火)

利他的な気持ちはどこから生まれるのだろう?

アバウトミーで表題質問を出してからずーっと宿題である。一応の答えは「究極の利己心から」なのだが、ほんとうにそうなのか、ほんとうだとしても具体的にどんな回路を経て利己心は利他心に至るのかがわからない。

先日の「日々生きてあなたまかせの初夏の風」(自己本位の生活、他人本位の人生)も実はこの宿題を念頭に置いたものなのだが、他人本位ということと利他心とは同じようで違うものだろう、多分

そんなところに、恩義さんの「大衆文化論」なるエントリーで面白い対立軸分解図に出会ったので勝手借用しよう。
Photo ここに規範とは、内的規範ではなく外的規範(制度的制約)だそうだ。いつか死ぬまでに、利他・無規範の象限にたどり着きたいなあ。誰か行き方を教えてチョーダイ。

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「哲学」カテゴリの記事

コメント

拙文の参照、まことに痛み入ります。 欧米社会学では伝統的なほど利他的+規範的で、近代的なほど利己的+無規範的らしいです。 そういう中で、おなじ近代化を遂げた日本社会は、なぜ雰囲気的に欧米近代社会と違うのかという答えを、外面的規範の強弱で考えてみました。 より、個人主義的である欧米との違いを強調したかったのです。

う~ん、利他+無規範ってなんか例が思いつかんですさけんな・・・。 デュルケム殿曰くは、大体真ん中に近ければ近いほど社会と個人は落ち着くとか…。 

投稿: 恩義(oblige347) | 2008年7月15日 (火) 午前 05時43分

モラルって外にあるものではなく内にあるものだ(多分、カント)ということを考えています。だから、利他=利己があるべき姿、そして、制約されるのは嫌いなわがままものだから無規範が好ましい。そう思うのですが、具体的なイメージを提出しなればいけませんね。

投稿: 土曜日 | 2008年7月16日 (水) 午前 02時49分

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