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2008年8月

2008年8月30日 (土)

Beethoven String Quartet in C# minor Op 131 6楽章、7楽章

これも青春(梅新・日響)の一曲である。
この名曲喫茶「日響」で俺がリクエストをよくしていたのはマーラー。他に、常連の若い男がいて(口を利いたことは一度もない)、この人がリクエストしていたのがベートーベンの後期弦楽四重奏だ。

後期弦楽四重奏とは(ウィキから引くと)第12番 変ホ長調Op.127、第13番 変ロ長調Op.130、第14番 嬰ハ短調Op.131、第15番 イ短調 Op.132、大フーガ 変ロ長調 Op.133、第16番 ヘ長調 Op.135の六曲のことだ。

ベートーヴェンは第11番の作曲後、14年間弦楽四重奏曲に着手する事はなかったが、その後、弦楽四重奏曲5曲と大フーガを作曲している。この12番は、ベートーヴェンがこの14年のブランクの後に作曲した最初の弦楽四重奏曲であり、これ以降の弦楽四重奏曲はベートーヴェン「後期」の弦楽四重奏曲とされる。

とりわけこの第14番 嬰ハ短調Op.131、更に中でも第七楽章(終楽章)は驚天動地(激しく叩きつけるような第1主題)の現代的な響きを感じた。

会心の作品であり、しばしば引用されるところによると、「ありがたいことに、想像力は昔よりもそんなに衰えてはいないよ」と友人に語ったという。《弦楽四重奏曲第13番》と《第15番》とともに、ベートーヴェンの創作活動の頂点を極めた作品である。シューベルトはこの作品を聴いて、「この後でわれわれに何が書けるというのだ?」と述べたと伝えられている。

という記念碑的作品だ。音楽とは何かと訊かれたらこの曲が答えだと言ってもいいぐらいである。

さて、この曲(終楽章)の演奏をYouTubeで捜したけどなかなか見つからない。なんとか見つけたのがこの演奏である。どういう演奏家たちかというと

(more)

We are 8 professional musicians who comprise the faculty of the Point CounterPoint Music Festival, located on Lake Dunmore in Vermont. We perform 4 full-length chamber music concerts throughout Vermont each summer. Cyrus Beroukhim, Sean O'Neil Violin William Hakim Viola Yun Joo Na Cello apologies for the grainy video; some of the quality was obviously lost somewhere between the dvd and youtube, but at least the sound quality was retained. also, i understand the sections of this performance are not the standard movements; i had to arrange this performance by file size more than anything else. all movements are represented, but not grouped in the traditional segments. http://www.pointcp.com

ということである(このぐらいの英文になるともうついていけぬ)。第一級のプロのスリリングな演奏ではないが鑑賞には耐える演奏だった。興味ある方は次の第一楽章も聴かれよ。

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在日の方々は何故、女の腐ったみたいにねちねち日本人を揶喩するんでしょうか?

という質問に対して

朝鮮に古くから伝わる儒教を
都合のいいように解釈したのが朝鮮人です。
その中でも代表的なのが年功序列です。
世界の中心は中国であり
中国に近いほど序列が上という考えです。
ですから韓国が兄で日本は弟という主張をするのです。
そうなれば日本が正しくても正しいのは自分たちだと言ってくるわけです。
このような見下し方をしてくるので朝鮮人とまともな対話ができないのはそのためです。

というのがベストアンサー。それ以外の回答が(俺のも含めて)全て批判的だったのが救いではある。

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2008年8月29日 (金)

Mehta conducts Mahler: Symphony 5: mvt. 4 (Adagietto)

我が青春の名曲シリーズ、ショスタコーヴィチの次はマーラーである。
Zubin Mehta conducts Israel Philharmonic Orchestra. Teatro Municipal de Santiago de Chile. 2001.

高校時代にタコ(ショスタコーヴィチのこと。通はタコ8とかタコ5とか略称するものらしい)でクラシック開眼、大学に入って名曲喫茶通い(大阪梅新にあった「日響」)。
何がきっかけだったか覚えていないがマーラー(作品の演奏が頻繁に行われるようになったのは、「新ロマン主義」が流行した1970年代からであり、幸か不幸か前衛の停滞が彼の名声に大きく貢献した)を好きになって、「日響」でコーヒー1杯で6、7時間粘って聴いていた。他人様が嫌がるのも無視してリクエストは暗く重く聴きづらいマーラー。中でも「大地の歌」@クレンペラーが好きでお店に数え切れず迷惑リクエストだった。

「生は冥く死もまた冥い」というニヒル・ヒロイズムに溺れる乃至エエカッコする年頃だったのだ。大学紛争/70年安保の時代である。デモにも行かず名曲喫茶とパチンコの日々であった。

そこで「大地の歌」をYouTubeで捜したのだが見つからず、代替にマラ5。「ベニスに死す」ヴィスコンティで使われたアダージェット(ベストセラーたるカラヤン「アダージオ」にも収録されている)だ。ひょっとしたら、俺はどんな人生を過ごすのだろうかという不安感が俺にマーラーを聴かせていたかもしれない。以来、マーラーの虜である。ちなみに今は3番、9番がいい。

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2008年8月26日 (火)

Shostakovich 5th - Tilson Thomas/SFS - 3rd Mvmt

From the 2007 BBC Proms, Michael Tilson Thomas conducts the San Francisco Symphony in Symphony No. 5 by Dmitri Shostakovich.
YouTubeは1投稿10分以内という制限があるので第三楽章が二つのパートに分かれている。

高校生だった。アカ思想にかぶれていたこともありソ連の音楽だという理由でレコードを買ったように思う(ロジンスキー指揮)。
第一楽章の衝撃的な低弦の出だし、そして、第四楽章、勝利の歌。クラシック音楽の凄さ、奥行きの深さに出会った一曲である。

それから四十年以上、クラシックを聴き続けている。この曲、今では第三楽章が一番好きだ。人生の悲哀を切々とみずみずしく歌う緩徐楽章、いつ聴いても新鮮な響きである。上の演奏はプロムス(プロムス(Proms)は「プロムナード・コンサート」の略であり、その語はこのコンサート開始当初に聴衆がそぞろ歩いていた(promenading)という習慣に由来している)の明るい雰囲気の中のものなので少々違和感を感じるけれど、これはこれで一曲である。

ショスタコーヴィチ、政治に翻弄されつつも自分の音楽を綴った作曲家。政治が音楽の良し悪しを判断、支配する(典型はジダーノフ批判)という愚劣な国家は滅亡して当然である。今から思えば。

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社会主義という考えはいけないんですか?

最近、yahoo!知恵袋で時々暇つぶししている。先ほども、「社会主義という考えはいけないんですか?わたしはいい考えだと思うのですが。」という質問を見つけたので

搾取を無くすために財産は共有とし、「働きに応じて報われ」いずれ生産力が向上すれば「必要に応じて受け取る」ことができるというのが社会主義の理想でした。しかしながら、現実は一党独裁、権力は腐敗し、人々の自由は奪われ、更には資本主義との軍備競争、経済競争にも敗れてしまいました。
思うに、人間=エゴ(
損得、好き嫌い)+志。社会主義は理想が高すぎたんでしょう。人には、まず、自由とエゴの満足を与えねばなりません。志さえ高ければ(人は皆、平等。搾取と暴力を世界から無くそう)、人はついてくるという考え方は独善に過ぎたと言うべきです。
つまり、理想・志さえ
高ければ(正しければ)世の中は変えられるというのが独善だったと思います。人は利が無ければ動かぬのですから。

と答えてみた。利が無ければ人は動かぬ。理が無ければ人は納得せぬ。情が無ければ人はついて来ぬ。そして、志が無ければ己が立たぬ。

ちなみに、俺の知恵袋コイン現在1160枚(質問したり回答したりしたら増える仕組み)。溜まるのが少々楽しみである。

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大相撲モンゴル巡業、朝青龍らウランバートル入り

いよいよモンゴル場所が始まるようだ。

当初、巡業はモンゴルの相撲会館で行う予定だったが、警備上の問題があるとして2500人収容の民族サーカス場に変更された。

暴動があったりしてモンゴル巡業の有無・場所が興味だったのだが、予定通り民族サーカス場(報道によっては国立サーカス場と表現しているものもある)。ここは

関係者によると、朝青龍の兄弟を中心とした親族は「ASAグループ」という企業体を所有している。昨年、モンゴル投資銀行を買収したほか、同年末には国営サーカス場を買収して地元で話題となった。
  モンゴルに詳しい政治ジャーナリストの宮田修氏は「サーカスの買収は競合他社の中で一番低い額を提示していたASAグループが落札した。本来ならば最高額 の企業が入札するものだが…」と疑問を投げる。朝青龍は、エンフバヤル大統領と親しく、選挙の際に応援したりするなど“あ・うんの呼吸”の関係といい、ど うやらサーカス取得は政治力でうっちゃった模様だ。

とのことで、朝青龍にとっては相撲のみならずビジネス、政治でも頑張りどころである。そのために先場所休場したのかも。頑張れ、朝青龍。

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2008年8月25日 (月)

庄司紗矢香 ドヴォルザーク:「スラヴ舞曲」 第2集 作品72 第2番

小菅優のピアノに続いては若手日本人演奏家つながりで庄司紗矢香にした。

東京に生まれたが、母の美術の仕事の関係で3歳からシエーナに移り、2年間を送る。最初ピアノを習っていたが、シエーナでのキジアーナ音楽院のコンサートでヴァイオリン演奏を見たことがきっかけとなり、5歳からヴァイオリンを始めた。帰国後、国分寺市内の小学校に進み、1994年、6年生の時に第48回全日本学生音楽コンクール東京大会、全国大会で第1位を獲得した。

というキャリアの持ち主だ。幼少時の在欧経験が大きいのか、音楽に色気と艶がある。ブラームスのバイオリン協奏曲をテレビで聴いたが堂々と艶やかで切ないブラームスだった。音楽は切なくなければ音楽ではない。ちなみに、数日前に観た「バリー・リンドン」スタンリー・キューブリックでシューベルトが切なかった。

そこで、もう一曲。ブラームスを探したが見つからなかったのでベートーベンの協奏曲第3楽章。指揮者ノリントンおじさんの毒気に当てられているような気がする演奏だが。

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2008年8月23日 (土)

F.ショパン 夜想曲 嬰ハ短調 遺作

ピアノつながりで今度はショパン。この曲、BS2で放送していた小菅優の演奏が素晴らしかった。美しいトレモロ、しみじみとジーンとくる旋律、まさに珠玉の演奏だった。前回採り上げたジャズピアノの上原ひろみに対抗するクラシック若手ピアニストである。プロフィールの一部を転載しておこう。1983年東京生まれ。東京音楽大学付属音楽教室を経て、1993年よりヨーロッパ在住。9歳よりリサイタルを開き、オーケストラと共演している。

この時の演奏をYouTubeで探したのだが無かった。有名な曲なのでアマチュアの演奏も多く投稿されているが、プロの演奏とは矢張りレベルが違う。映画「戦場のピアニスト」(観た記憶あり)のモデルとなったウワディスワフ・シュピルマン本人の演奏を選んだのだが、正直言って小菅優の方が数等、上だ。繊細さと丁寧さが違うのである。

ショパンが無かったので更にYouTube探索していると、このショパン(アンコールで弾いたもの)を弾いたコンサートのメインの演奏が見つかった。ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番/サカリ・オラモ指揮フィンランド放送響で、第3楽章のピチピチした演奏を聴きつつショパンを思い出すことにしよう。

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テレビは「矢野国会喚問問題」を採り上げよ

いつもビデオ早送りですっ飛ばしているTBSサタデーずばッと「政界茶飲み話」、今朝は早送りしないで観た。というのもテーマが国会召集時期問題、公明党がなぜ早期召集に反対するのかの、その理由説明を求められていたからだ。

出演していた公明党議員の説明は①インド洋給油問題、特別多数可決を前提とする早期召集案には反対②景気対策のための補正予算策定準備時間が必要というもの。
しかし、①早期召集しても特別多数可決しなければいいじゃん。また、遅く召集したからといって特別多数可決しないとは限らない。②補正予算と国会召集時期とは別の問題。また、リンクするとしても官僚に頑張って働いてもらえばいいじゃん(そのためのタクシー券ならば安いものだ)。

ということで、いずれも理由にならない。そうすると思い当たるのは公明党矢野元委員長の国会喚問問題(彼は喚問されれば応じると言っている)。公明党創価学会が早期召集に反対するのはこれしかない。番組に出演している評論家、議員諸氏もこれがわかっているのに触れない。かろうじて、みのもんた氏が「他に何か理由があるのではないですか?」と問いかけたけれどそこまで。話は民主党代表選問題に移ったのでビデオを早回しした。

頼むからTBSさんテレビ各局さん、「矢野国会喚問問題」を採り上げてよ。上の俺の邪推を吹き飛ばし、開かれた公明党創価学会にするためにも、タブーを作ってはいけない。芸能ネタならあることないこと面白おかしく採り上げるくせに、鶴のタブーには触れないマスメディアよ。君たちが民主主義の敵になるかどうかの瀬戸際だと俺は思う。オリンピック感動の押し売りばかりが商売じゃないぞ。

以上、TBSサタデーずばッとにメールしてやる。

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2008年8月22日 (金)

上原ひろみ Someday my prince will come

内田光子からピアノつながりで上原ひろみ。お気に入りのジャズピアニストである。曲は「いつか王子様が」(ディズニー映画「白雪姫」の主題歌)、演奏はWatanabe, Sadao(As), Autin Peralta(p), Uehara, Hiromi(p), Chick Corea(p) and The Great Jazz Trioの豪華顔合わせである。

上原ひろみが気に入っている。まるで子犬が鍵盤上を跳ねているようなノリのいいピアノなのだ。ジャズも結構、聴くのだが基本はトラディショナルなスィング、スィングしなけりゃ意味がないと思う俺にとって、最近のジャズ(ロックとの融合傾向など)は敬遠なのだが上原ひろみだけは別格。スイングしているのである。

そんな上原ひろみのスイングをと、YouTube検索して見つけ出したのがこの演奏(東京ジャズフェスティバル。BS2が放送していたもの)だ。ナベサダで始まってチック・コリアに続いて上原ひろみが登場する。短時間だけれどスタンダードナンバーでひろみを聴いてほしいと思い選んだ。

こんな短時間の上原ひろみでは欲求不満だと思う人には下の "XYZ"。ばりばりの現代風ジャズの巫女、HIROMIを楽しめる。

そして最後におまけ。ビル・エバンスのSomeday my prince will come。これがトラディショナルジャズなのだ。Bill Evans,Chuck Israels,Larry Bunker
London,TV Broadcast,March 19,1965
dvd"in europe"

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テレビっ子、番組インフレ中

Stb \5880の決断を経て現在、阪神の試合があれば毎夜楽しんでいる(正確に言うと神宮のヤクルト戦のみ観戦不可。神宮には昔の産経アトムズ以来のフジ利権があるためかフジ721・739が中継独占、多摩テレビではこの局を見るためには1,050円の追加契約が必要だからしぶちんしている俺である)。

STBにダビング機能が無いためダビングしたい場合にはSTB/ビデオ同時録画という面倒な操作が必要なのが問題だが(操作ミスがあってうまく録画できなかったが多摩テレビ訪問サービスで解決)、この問題以外は快適テレビライフである。(STB操作がわずらわしいウザイのが鬱陶しい、なんとかしてよパナソニックさん)

とすると、後は2011地デジ全面移行に伴い現在のビデオが使用不可になることが大課題だ。STBにダビング機能がついてHDD大容量になればいうことなしなのだけれど、見通しは明るくない。STBなどというニッチ商品にメーカーが力を入れることは考えにくいからだ(現に、上の操作ミスが原因不明のときにパナソニックコールセンターに電話したらCATVに訊けと冷たくあしらわれた)。闘うぞ俺は。モンスタークレーマーになってやる。

ということで、テレビっ子、番組インフレ中である。STBにもビデオにも録画が溜まっている。人生、なべて時間との戦いという極楽トンボであった。

※写真の上の機器が問題のパナソニックSTB 
TZ-DCH2000である。全国のCATV/STBユーザーよ、団結しよう。

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2008年8月20日 (水)

Mozart Piano Concerto No. 9, Third Mvt, Mitsuko Uchida

バッハ@グールドの次はモーツァルト@内田光子。
Mitsuko Uchida plays piano and Jeffrey Tate conducts the Mozarteum Orchestra in Mozart's Piano Concerto No. 9 "Jeunehomme", in E flat major, K. 271.
A Saltzburg Festival performance, recorded in the Mozarteum, Saltzburg, 1989
俺だって少しは英語を読めることを示しておこう。続きはのちほど。

(続き)内田光子とジェフリー・テイトとのコンビによるピアノ協奏曲「ジュノム」があったので引いた。

内田光子は「とにかくピアノを弾くことが、好きで好きでたまらない。1000回生まれ変わったら、999回はピアニストになりたい」「口紅1本持っていません。そんな時間がもったいないから」との発言がある1948年生まれのピアニスト(俺と同年や)。演奏している時の表情だけで音楽を語ってくれている。
指揮者のジェフリー・テイトは生まれつき二分脊椎症を患っており、1989年より英国ASBAH(二分脊椎症と水頭症の患者と家族のための慈善団体)の総裁に就任している人で、内田とのコンビでモーツァルトピアノ協奏曲を録音している。

ところで、「音楽そのものの結晶」=バッハと対比できるのがモーツァルト。グールドは「記号的な音楽だ」とモーツァルトを評価していたようだが、装飾的な音楽だという意味かなあ。下の浅田彰(ようわからん哲学者)司会のグールド紹介テレビ番組でも、「モーツァルトにビタミンを注入してみたい」「モーツァルトをバロック風に演奏する」などとグールドは発言している。

結晶だ装飾だとかぐだぐだ言っているが、要するに、音楽は音楽以外のなにものでもない。音楽から何をどう感じるかは聴き手に委ねられているのである。

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2008年8月19日 (火)

みのもんた、夏休み延長?

朝ズバッを毎朝6:30~7:00まで録画しているのだが、先週で夏休み終了した筈なのに今週もまだ出てこない(放送のどこかの部分で理由説明してるかもしれないが)。
気になって検索すると「夏休みを利用してみのもんた(63)が極秘検査していた、持病の腰部脊柱管狭窄症のケアが目的」との記事あり。

俺と一緒やんかあ、と思いつつ毎朝、みの不在の爽やかな朝を味わっている。大事にしてください、お金よりも何よりも健康です、十分おわかりだとは思いますが。

追記:ガセだったら俺の信用が落ちるので再度検索したら「番組表を見ると21日木曜日から復帰されるようです」。リンクされてる番組表も確認した。

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2008年8月18日 (月)

Bach - Goldberg Variations: Aria (Glenn Gould)

グールドのバッハを聴けば神のごと宇宙に触るゝ快感の湧く

エリック・サティからバッハへ。「音楽の意味とは何か」つながりである。
(ここに後ほどぐたぐだを書くつもり)→さて、そのぐだぐたを書こうとして、きっかけの言葉が見つからず、グールドがバッハにあそこまでこだわった「意味」とか「(グールドの)言葉」を知りたくて、「グールド バッハ 言葉」でググってみた。

何件か眺めてみたら、ぴったりの言葉に遭遇。
「“今”、鳴っているこの音こそが全てで、これ以上に確実なもの、重要なものなどどこにもない。」「 グールドのバッハは、(途中省略)バッハについて、グールド自身について、一切なにも表さない。それはどんなことともまるで関係がないのだ。ただ、音楽そのものの純粋な結晶として、物質のように、在る」

おお、その通りだ。俺の言いたかった言葉がここにある。「音楽そのものの純粋な結晶」がグールドの弾くバッハとりわけゴールトベルク変奏曲なのだ(デビュー盤としてグールドは、プロデューサーなどの反対を押し切り、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」を録音。1956年に初のアルバムとして発表されるや、ルイ・アームストロングの新譜を抑えてチャート1位を獲得した)。

将棋の駒に意味は無い。将棋というゲームにおいて駒が使われることが駒の意味である。同様に、音楽に意味は無い。音楽という作曲・演奏・鑑賞ゲームにおいて音楽が使われることが音楽の意味である。

と俺も前回に書いている。音楽に意味は無い。意味が無いからこそ音楽は「純粋な結晶として」魂に作用する。ここが他の芸術と決定的に違う音楽の効用なのだ。いや、効用などという功利的な言葉を使ってはいけない。音楽は魂(コラソン)そのものなのである(ピアソラの項で、素晴らしい音楽が全て共有しているコラソン=魂と書いているのでここで、リベルタンゴ@ピアソラを鑑賞されよ)。

そこで、アリアだけでは欲求不満な人、もっと聴きたい人は次をどうぞ。
Gould plays Goldberg Variations var.26-30 & Aria Da Capo 9:32

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2008年8月17日 (日)

レンゲショウマ@奥多摩御岳山

P8150032 敗戦日山はカメラの万華鏡

姑が木曜日からショートステイ不在なので嫁の慰労で山歩き、奥多摩御岳へ。
P8150019_2 ケーブルカーで登って、レンゲショウマ群生地へ。

キンポウゲ科には特異な形の花を咲かせるものが多いが、レンゲショウマもその一つだろう。花の脇に坐り込んでつら つら眺めると、長い茎の先に小人の国のペンダント・ライトを吊るしたようなこんな形の花がどうして生まれたのだろうと、不思議な気持になる。赤紫の真ん丸 い蕾も愛嬌がある。
       レンゲショウマは日本特産の1属1種の多年草で、本州の太平洋側の温暖な地帯に分布している。好んで自生するのは、湿り気のある林の中や木陰である。花の盛りは8月後半だ。


という花だ。御岳山観光協会、御岳登山鉄道株式会社では、見頃となる8月はレンゲショウマまつりを開催して集客を図っている。

P8150029 レンゲショウマの他にタマアジサイも咲いていた(今回、その名を知ったばかり)。シャクヤクの蕾のような蕾が破れて開花する。
タマアジサイの名は、蕾がしっかりした苞(ほう・苞葉)に包まれ、大きなまん丸い形になることによります。ということだ。

花の少ない八月にこうした花が咲いている御岳山は、カメラマン・ウーマンでいっぱい。一眼レフを持ったおばさんが目につく(別に羨ましく思っている訳ではない、念のため)。

レンゲショウマを撮った後、休憩所でうたた寝。その後、神社まで一歩きして展望台(長尾平)まで行って昼食休憩。

昼食後は七代の滝まで行くことにしたが、これが結構急な下り道。腰に問題(脊柱狭窄症)を抱える俺は腰、膝の使い方がまずい。少し難儀しながら下る。なんとか滝までついて滝壺の傍まで行って涼気を味わう。

P8150079 滝壺や女神裸足で降臨す

さて今度は登り。降りてきた急傾斜を思うとげんなりだが、天狗岩経由の道を(ええい、どうせ苦労するなら違う道を行こう)採ることにする。
ところが、こちらは階段で直線的に上がるのが苦しいのを除けば、後は比較的平坦な登り道だった。神社参道までたどりついた所で氷あずき\500を食す。

帰路、つるつる温泉に寄る。家に着いたらすぐに阪神戦ビデオ再生し追っかけ観戦。当然のごとくこの夜も

●横浜を相手にゲーム崩壊す外人投手の違いはあれど
 (8/15横浜戦4-11横浜ウィリアムス変投軟投阪神リーソップ二死もとれず)

であった。藤川、矢野の不在は大きい。ここをどう乗り切るか、勝っても負けても阪神命。

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Kaori Muraji plays Satie's Gnossienne No.1

武満徹つながりでエリック・サティ。どうしてかと言うと、ロマン派音楽の終焉とはどういうことか、哲学における言語論的転回との関係は、などという屁理屈が必要になる。後ほど乞うご期待。→以下、その屁理屈である。

関心空間「翼  武満徹ポップ・ソングス」記事に「それまではただ単純にメロディや詩に重きをおいた音楽の聴き方をしていたと思うのですが、武満さんの音楽からは、音の生まれ方や音そのものの存在感のようなものを知った気がします」というコメントを頂戴して、そうだなあ、武満の音楽を「音の生まれ方や音そのものの存在感」というのは適切な表現だなあと感心した。つまり、メロディや詞という音楽の意味するものではなくて、音楽が何かを意味するのではなく、「音の生まれ方や音そのものの存在感」そのものが音楽ということだと思うのだ。

このような音楽の意味転換は、哲学における言語論的転回(フレーゲは、言葉の意味を人間の心の状態に関係づけるこうした心理主義=意味の観念説に反対した。言葉の意味を意義言葉が公共的に使用され理解されるあり方)とイミ(言葉が指示する対象)に分解し、意義もイミも公共的に使用される文脈の中で定まってくるという文脈原理を主張した)と符合するというのが俺の屁理屈である。

すなわち、音楽が何かを意味し、その意味を作り出すのが作曲・演奏でそれを聴き取るのが鑑賞という一般的な考え方ではなくて、音楽の意味とは音が公共的に使用され理解されるあり方という考え方への転換である。

将棋の駒に意味は無い。将棋というゲームにおいて駒が使われることが駒の意味である。同様に、音楽に意味は無い。音楽という作曲・演奏・鑑賞ゲームにおいて音楽が使われることが音楽の意味である。

こういう考え方はバッハの昔からあったのだろうが(そうでなければバッハがあの豊穣な音楽世界を作り出せた筈が無い)、西洋音楽において音楽家が意識的にこの考え方を採るようになったのは後期ロマン派爛熟の前後からではないだろうかと妄想する。

そして、武満の音楽も当然にこの延長線上にあり、このような道を切り開いた重要な作曲家の一人がエリック・サティだと俺は屁理屈を構成したのだ(ああ、なんとか結びついた)。
ちなみに、『家具の音楽』というのは彼が自分の作品全体の傾向を称してもそう呼んだとされ、主として酒場で演奏活動をしていた彼にとって客の邪魔にならない演奏、家具のように存在している音楽というのは重要な要素であった。そのことから彼は現在のイージーリスニングのルーツのような存在であるともいえるとウィキにある。

要するに、音楽に意味を求めるな、音自体を楽しめばよいという単純なことである。こんな単純なことを言うのに屁理屈をぐだぐだこねるなと自戒しなければならぬ。

ご参考:スティーヴ・ライヒ(YouTube埋め込みあり)など、ミニマル・ミュージックと呼ばれる音楽も同じ音楽観の産物であろう。

言い忘れた。記事冒頭のYouTubeエリック・サティ「グノシエンヌ第1番」は本来、ピアノ曲だが、気に入った演奏が見つからず、村治佳織のギター演奏で代替した。音楽はまさに音を楽しめばよいのだ。

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最後の栄冠のための試練

この正念場を全員野球で跳ね返せ。そうでないと、クライマックスシリーズも日本シリーズも勝てないぞ。

●勝つために連敗したり獅子身中焦り克服栄冠目指せPhoto
 (8/16横浜戦0-4焦る打線がルーキー桑原に完封されて 

こういう場合に、コーチに的確に敗因を分析させ、選手に徹底して、その上で選手のマインドを高めるのが監督の役割だと思う。岡田監督のコメントを探したが見つからず。今日も勝てる気がしない。

写真は阪神打線を完封した横浜、桑原。三重県→奈良産大出身とのことだ。
 
「土曜日さん、他にも、複数ID使ってる方いらっしゃるのに、なんで、私だけ、怒られるのでしょうか?」
「複数ID使い分けて消えたり出たりして楽しいですか。心底楽しいのなら私には語るべき言葉はありません。
結局、最大の敵は自分なのですから。」

ここでも、おいあくま(おこるな、いばるな、あせるな、くさるな、まけるな)である。口で言うのは容易だけれど。※俺が彼女に対して怒っている訳ではない。彼女が「おいあくま」してくれるといいなあ、という願望である。念のため。

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2008年8月14日 (木)

Toru Takemitsu - Waltz, from the movie "The Face of Another"

前回に引き続き、BS2「フォークソング大全集」、石川セリ、五つの赤い風船、因幡晃、上田正樹、大野真澄、岡林信康、尾崎亜美、海援隊、加川良、小室等、杉田二郎、ダ・カーポ、谷村新司、BORO、ムッシュかまやつ ほかに触発されて今回は武満徹。どういうつながりなのかは後述するとしてまずは動画埋め込みのみである。武満徹らしい新鮮な響きの洒落たワルツを鑑賞されよ。

で、どういうつながりかというと、上の番組で石川セリが「八月の濡れた砂」を歌っていた。この曲もいいけど石川セリといえば「翼  武満徹ポップ・ソングス」がいいなあ。武満徹のポップソングってみんな、どれだけご存知だろう。

ということで代表作「死んだ男の残したものは」をYouTubeで探したのだが、どこかの百貨店合唱団の重々しい演奏ぐらいしかない(石川セリは軽快なボサノバでシニカルに歌っている)。そこで、しようがないから石川セリの上のアルバムに入っている「ワルツ「他人の顔」より」にした。指揮は(映像から判断すると)ユーリー・バシュメットである。

以上のような事情なので多少欲求不満が残る。そこで、武満徹がギターを愛し、ギター曲の編曲をよくしていたというのをだいぶ以前のBS2村治香織の番組で聞いたのを思い出して、その番組で放送された一曲、オーバー・ザ・レインボウ / Over the Rainbow。

ええい、もう一曲。上の石川セリのアルバムのタイトルチューン「翼-wings」、東京混声合唱団・岩城宏之指揮である。武満も岩城も今はもういない。

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2008年8月13日 (水)

CATV/STB経由でテレビを見る場合、テレビ内蔵のチューナーは不要ではないでしょうか?

YAHOO!知恵袋に次の質問を出した。さて、どんな答えが返ってくるだろうか。

CATV/STB経由でテレビを見る場合、テレビ内蔵のチューナーは不要ではないでしょうか?
チューナー無しの低価
格なテレビをどこかで販売してないでしょうか?

CATVのSTBをレンタル契約してBSデジタル、CSなどを楽しみだしたら大画面テレビが欲しくなりました。
そこで、量販店に行っ
て販売員と話をしているうちに上の疑問が湧きました。世の中に、チューナー無しの低価格テレビは無いようなので、私の考え方のどこかが間違っているのかもしれません。どなたか、ご教示願います

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今日は勝てよ、泥沼5連敗

Photo オールスター後の阪神応援短歌である。オールスター後第一戦大勝がよくなかった。
それと、俺の\5880の決断も。

●阿部健太うわずる球を打たれけり連敗糧に伸びよ若者
 (8/12巨人戦7-0つながらぬ打線、遂に五連敗
●つながらぬ打線は今日も四連敗魔の八月を乗り切らむいざ
 (8/7広島戦3-4下柳七回に3失点逆転許す
●つながらぬ打線の哀しリーソップがつんと打たれ反撃もなく
 (8/6広島戦2-5ダブル損リレーまずまずも少し不安な三連敗
●マエケンに押さえ込まれてクボタンは劇場興行アニキが救い
 (8/5広島戦1-6金本17号の一点のみ
●金村の玉は軽いぞよく飛ぶぞ勝たせたけれど三浦に負けり
 (8/4横浜戦6-3「横浜は月曜日の試合で6戦6勝」とのことだ
○嗚呼大差エラーも出して大負けの横浜哀れ応援気分
 (8/3横浜戦2-1921安打19得点の大虐殺

写真は 巨人戦の7回裏、投手交代を告げてベンチに引き上げる阪神・岡田監督(撮影・森田達也)

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2008年8月12日 (火)

「ヴィータ・マンスリー・コンサート通信」を開始しました

遂にメルマガ発行人になってしもたがな→「ヴィータ・マンスリー・コンサート通信」。

聖蹟桜ヶ丘ヴィータ(多摩市関戸公民館)で毎月第4金曜日19時から開催しているマンスリー・コンサートのメルマガです。開催予定、コンサート内容、お客様・出演者の声などを掲載します。お客様と出演者、運営スタッフをつなぐ架け橋です。

である。左サイドにもリンクを設定しました。ご愛顧ご愛読の程宜しくお願い申し上げます。

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チューリップのアップリケ  岡林信康

先週土曜日に放送していたBS2「フォークソング大全集」、石川セリ、五つの赤い風船、因幡晃、上田正樹、大野真澄、岡林信康、尾崎亜美、海援隊、加川良、小室等、杉田二郎、ダ・カーポ、谷村新司、BORO、ムッシュかまやつ ほかの豪華出演者、団塊の世代狙いのナツメロ番組であったが、特筆すべきは「教訓Ⅰ」加川良。我が「殺すな、逃げよ。」と共鳴する歌だったので、関心空間で紹介した。

そして、このコンサートの最大の売り物はかつてのフォークの神様岡林信康。

曲の合間には、「どうも私が神様です。お賽銭の用意をよろしく」と笑わせ、「わたしは歌を歌う道具でしかない。黙って歌え、という謙遜な考え方をもてるよ うになりました」などと歌手人生の紆余曲折を感じさせる発言も。谷村新司(59)、武田鉄矢(59)ら岡林の存在に影響を受けた後輩たちは、楽屋から出て きて、舞台袖のモニターにかじりついていたという。

というのだから矢張り凄い。神様である。ちなみに上のリンクにステージ写真もある。分別臭いオッサン顔だ。

そして、最も聴かせたのが上の曲「チューリップのアップリケ」(レコードジャケットの静止画像なのが残念)。下の歌詞(こちらから一部転載。譜面付きだけれど音付きなので注意)のところでは目頭を拭くオバサン聴衆もいた。

      みんな貧乏が みんな貧乏が悪いんや
      そやでお母ちゃん 家を出ていかはった おじいちゃんに お金のことで
      いつも大きな声で 怒られはったもん 
      みんな貧乏のせいや お母ちゃん ちっとも悪うない

あの貧乏な時代を思い出す。夜になると焼酎で飲んだくれて路上で寝ていたオッサン、家庭不和、あ、今も変わらんか。

ところで、岡林信康は教会の家で生まれ育った人だそうだ。


岡林と同棲生活を送った吉田日出子は、表現されているものと実生活に著しい乖離があり、偽善者と酷評。その後、岡林信康とは訣別している。また、日雇労働者の悲哀を歌った『山谷ブルース』は、岡林が山谷に長期滞在して作ったといわれるが、実際には一週間程度しか滞在していなかった。

ウィキにある。人生に紆余曲折あり。人は複雑にして単純怪奇である。

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2008年8月11日 (月)

車をダウンサイジングした(クレスタ→ラウム)

Photo きっかけは、サイドミラーの故障。電動でたたんだり開いたりできるのだが、開けない。事が安全に関わるのですぐディーラーに持って行ったら、モーターの故障、\65000修理交換代とのこと。
ディーラーにちょうどラウムがあって、ユニバーサルデザイン、後部ドアが引き戸になっていたり、前部助手席がタンブルシート(折りたたんで後部座席がゆったり)というのが目を引いた。Photo_2
そこで、ガソリン高騰の折から燃費も気になっていたのでダウンサイジング決断となってしまった。

アルミホイールを装備させて\1700000。こんなものかなあ。なけなしのカネで支払った。
今度は無傷のままで一生を終えたい。十年は乗るだろうから最後の女もとい車になるのかもしれない。Photo_3

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2008年8月10日 (日)

Libertango (Piazzolla) - Yo-Yo Ma

元タンゴ歌手菅原洋一、アドゥンはタイ人つながりで今回はタンゴというか、タンゴの強烈なリズムとクラシック・現代音楽との融合を成し遂げたアストル・ピアソラ(1921年3月11日 - 1992年7月4日)、曲はリベルタンゴ、演奏はヨー・ヨー・マである。CMにも使われたから聞き覚えのある方も多いだろう。

ピアソラの音楽に触れたのはいつだったろうか。ピアソラのFM特集番組をエア・チェックしてテープにダビングして聴き始めたのだから十年ぐらい昔にはなるのかもしれない。タンゴは元々嫌いではなく、そのエロチックなリズムとメロディーに惹かれていたのだが、ピアソラのモダンな曲に触れてより深く愛せるようになった。お洒落で甘美でモダンなのだ。上のリンクの筆者の言葉を借りれば

ピアソラの音楽の最大のすばらしさとは,その中に「魂」を感じることができる点にあるのだ。「魂」とは,英語では「ソウル」,アルゼンチンの母国語であるスペイン語では「コラソン」と言う。ピアソラの音楽にはこのコラソンがこもっているからすばらしいのである。

の通りだ。素晴らしい音楽が全て共有しているコラソン=魂がそこにあるのである。
そして、ピアソラの代表曲、リベルタンゴとは

ピアソラは1974年、自身の新たな活動の場を求めてイタリアに渡りました。それまでの五重奏などの演奏スタイルを捨て、ドラムスやキーボード等を大胆に 導入した新たな試みを始める事になるのですが、そのイタリア期最初のアルバムが「リベルタンゴ (Libertango)」だったのです。タイトルは libertad (自由) + tango (タンゴ)に由来する造語です。

ということで、「自由なタンゴ」というか「自由」そのものへの憧れをこの曲に聴き取るのである、俺は。

つい長くなってしまった(といっても他人様からの転載で長くしているにすぎないのだが)。
ちなみに、ピアソラなどのモダンタンゴのアルバムCD「我が愛しのブエノスアイレス~バレンボイム、タンゴを弾く」を車運転愛聴していることを付記しておこう。

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2008年8月 8日 (金)

アドゥンはタイ人/君の笑顔

今回は「土曜日名曲アルバム」特別編。

実は聖蹟桜ヶ丘ヴィータ・マンスリーコンサートのボランティアスタッフをこの春から務めているが、そのコンサートの10月企画は「秋の夜長はエスニック気分で」(仮称)である。津軽三味線とピアノ弾き語り、そしてタイ民俗ポップのジョイントコンサートになる予定だ。

その打合せで出演者の方と顔合わせを始めたのだが、上の動画はそのうちのお一人、アドゥンはタイ人さん。曲は(オリジナルだろう、多分)「君の笑顔」。明るい太陽を感じさせるラブソングだ。皆様、お気に召したでしょうか。そして、コンサート、盛り上げるぞ。

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笑犬楼大通り

Photo ここんところ電車に乗ることがあった(東京しごと財団という所の研修に数日通った)ので久しぶりの通勤気分、図書館から本を借りて読んでいた。中でも、「銀齢の果て」筒井康隆ワールド満喫、老人に対して甘い政策を重ねた結果、逆に老人を暴力的に減らすこととなりシルバーバトル(政府が強制する)開催、スラップスティックで暴力的な死の数々をこれでもかこれでもかと読ませてくれる。文庫本に最近なったようだが「後期高齢者うんぬん」という帯を編集者が付けたそうだ(後述の笑犬楼大通り偽文士日禄参照)。

読み終わって、たまたまネットサーフィン(飯田橋の研修施設で)していると筒井康隆がブログ(笑犬楼大通り)を開設したとのこと。ほほうと思って開いてみると、縦書き書籍感覚でページをめくる体裁になっている。さすが筒井康隆、一味違うのである。それに縦書きだからコピペ防止にもなっている。 

ちなみに、笑犬楼大通りの運営は朝日ネットとなっている。俺が使っていた(95年から06年まで)パソコン通信(筒井康隆と俵万智が広告塔だった)の運営会社だ。懐かしい。笑犬楼様からも一度だけコメントしてもらったことがある(政治と文学がらみで大江健三郎について書いた記事だった)。

筒井康隆氏、73歳。後期高齢者の星になるのももうすぐである。ご尊顔を勝手拝借した。いつまでも若々しく老いて下さい。

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2008年8月 6日 (水)

菅原洋一 知りたくないの

シャンソン越路吹雪の次はタンゴ菅原洋一。といっても、菅原洋一がタンゴ歌手だったこと、更にはそれ以前はクラシック歌手だったことを知っている人は少ないだろう。

なんで俺が知っているかというと、実は彼(1933年8月21日 - 。兵庫県加古川市出身。兵庫県立加古川東高等学校卒業。国立音楽大学大学院修了。ニックネームはハンバーグ)は同郷、同窓(高校)の先輩だからだ(面識は無い)。俺が高校を出た頃に「知りたくないの」が大ヒットしてビッグネームになった。彼の実家が商店街で結納品店を営んでいてちょうどその頃に改装、きれいな店になったのを覚えている。また、彼のおばさんか(お姉さんだったか?)高校の売店でパンを売っていたのも覚えている。そしてまた、D先生(ハイミス、音楽の先生。ブラバンの顧問)も懐かしいなあ。教え子が有名な歌手になったのを喜んだろう。

ということで誰も俺の過去など「知りたくないの」だろうけれど、開陳してしまった。口直しにもう一曲。今度は「今日でお別れ」。菅原洋一のたっぷりとしたバリトンを聴いてもらおう。ちなみに、加古川人にイケメンはまず、いないのではないか。

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2008年8月 5日 (火)

越路吹雪 サン・トワ・マミー Sans Toi Ma Mie

ミレッラ・フレーニの次は日本の歌姫、越路吹雪。

越路 吹雪(こしじ ふぶき、本名: 内藤 美保子(ないとう みほこ)、1924年大正13年)2月18日 - 1980年昭和55年)11月7日

ああ、56で没しているんだ。しぶちんの俺が、日生劇場ロングラン・リサイタルを観たのは死の半年前だろうか。彼女の歌、「ろくでなし」「私はヴィオロン」「イカルスの星」、その他、ろくに知らない時だった。もっと研究してから行けばよかった、などと悔やんでもはじまらないのだが。

Photo 美人でも美声でも上手でもない彼女の歌の魅力はなんだろう。芸としか言いようがないように思う。それと、彼女のレパートリーの品のよさ。シャンソンを日本に根づかせた功労者だ。彼女とコンビを組んだ岩谷時子(91歳健在の現在の写真はこちら)とのツーショット(二人の出会いの頃)を付けておこう。

ところで、この曲には俺の高校時代の思い出がある。高校で下手糞なトロンボーンを吹いていたのに、神戸製鋼の社内バンドに助っ人に呼ばれてこの曲を演奏したのだ。今思うと目から火の出る恥ずかしさなり。

閑話休題、コーちゃんの曲、一曲だけではおさまらない。もう一曲、アンコールは「ラストダンスは私に」。YouTubeには他にも沢山、コーちゃんがいるので検索されよ。

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2008年8月 4日 (月)

オールスター後第一戦は大勝、横浜哀れ

○嗚呼大差エラーも出して大負けの横浜哀れ応援気分
 (8/3横浜戦2-1921安打19得点の大虐殺

\5880の決断STB導入後、初のCS中継を観ていたのだが、ベイスターズの選手の顔に覇気を全く感じることができなかった。この大負けを引きずらないで今日はいいゲームをしてほしいとベイ応援気分である。

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2008年8月 3日 (日)

Mirella Freni as Mimi "Si, mi chiamano Mimi" La boheme

ラ・ボエームから「我が名はミミ」@ミレッラ・フレーニ。

フレーニはイタリアのモデナで労働者階級の家庭に生まれた。彼女の母親はルチアーノ・パヴァロッティの母親と同じタバコ工場で働いており、同じ乳母の乳で育ったという。

パヴァロッティと同じく苦労人の生まれ(同年、同郷)、育ちで、パヴァロッティ、フレーニは共に譜面が読めなかったという説があるぐらいである。

「パヴァロッティは楽譜が読めない」というまことしやかな噂があったが、本人は2005年9月12日のBBCインタビューの中で「オーケストラ総譜はほとんど読めないけど、テナーとピアノ(伴奏)のパート譜なら完璧に読めるよ」と語っていた。

閑話休題、フレーニに戻ろう。彼女が美人でないのも余計に親しみ深く思える。不美人が薄幸のヒロインを演じるのがおつなのだ。演奏がHamburg, 1971だそうだから、この時フレーニ36歳、まだ若々しく青い声だ。

そこで、絶頂期(?)の Torino. February, 1996(→61歳にしてこの美声の両者)パヴァロッティとのデュエット(同じくラ・ボエーム第一幕最後の重唱)をどうぞ。

イタリア・オペラって高尚なものではなく、惚れた腫れたの美声を囃すイタリア版浪花節だと俺は思うのである。

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2008年8月 2日 (土)

オールスターと内閣改造

夕方のニュースにチャンネルを合わせたら内閣改造のニュース。そうか、今日はそうだったな、どうせ小手先の人心一新よ、つまらぬ政局話よと(他に暇つぶしもないので)漫然とテレビを眺める。6時になったのでオールスター観るかとチャンネルを切り替えたら、テレビ局がオリンピック話を盛り上げている。途端にイヤになって結局、ずーっと内閣改造ニュースに付き合って9時前には眠ってしもうた。

改造ニュースで目に付いたのは
①石原慎太郎の息子の石原某があちこちのチャンネルに出まくり。自身の入閣について訊かれると「私は無い。上げ潮グループと見られているから」とわりと上手に答えていた。そういえば上げ潮グループからの入閣は無いようだ。あの立ち回りのうまいジジ殺しババア(名前がほんとうに出てこない)も入閣しなかった。首相も記者会見で

消費税率引き上げについては「消費税なくして財政再建は考えられないし、社会保障制度も成り立たない」と指摘。その上で「消費税はしっかり議論し、きちんとした道筋を立てて国民に説明していく」と語り、議論を進める考えを示した。

ようである。

②竹中某元総務大臣がテレ朝に出ていて、入閣を断った人がいるとの情報を踏まえて「分裂含み内閣」と不穏当な表現をしていた。この人、結構、政局が好きみたいだなあ。では、何故、(選挙で投票した国民の信託を裏切ってまで)政治家を辞めたのか。どっちが儲かるかとソロバンを弾いたんとちゃう?
Photo
③目玉は女性二大臣。これでマスコミ受けする話題を作り出して総選挙になだれ込もうという計算だろう。一方、公明党は自民党離れのジェスチャー、閣僚ポスト増要求で揺さぶって、本音は早期解散要求。都議選と総選挙の間の期間をなるべく長くとりたいようだが何故か。住民票移動/偽装転居による投票操作の不都合があるに違いない。マスコミはなぜ、この点を突っ込まぬ。

公明党の話題に触れたら気分が悪くなった。マー君152キロの笑顔でも眺めて機嫌を直そう。今日の午後、多摩テレビのSTB導入。これで神宮球場(フジCS放送は今回契約の範囲外)以外の阪神戦は全て観られる。

サンケイ阿比留記者
まあ、福田氏では勝負にならないし、勝利を得ることも覚束ないですからね。ある閣僚は「福田さんは自民党の中でも公明党に考え方の近い人だ。その人を簡単に切るだろうか」とも言っていましたが、そんなウエットな次元の問題ではなく、勝てない首相はためらいなくドライに見捨てるのだろうな、と思っています。

と書いてるけど、どうかなあ。自公癒着は切断不可能なところまで進んでいるのではないだろうか。総選挙結果が楽しみである。

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2008年8月 1日 (金)

Luciano Pavarotti & Lucio Dalla - Caruso (Live 1992)

カヴァレリア・ルスティカーナから何かアリアを引きたかったのだが、見つからなかったのでオペラつながりでパヴァロッテイ。曲はカルーソー。何年か前にテレビでめぐり合って気に入った曲だ。

ルチオ・ダッラは、1986年に世紀の名曲『カルーソ/CARUSO』を作詞、作曲しています。
この曲は、不出生のテノール歌手、エンリコ・カルーソを讃えて歌ったもので、ダイナミックな大バラード曲になっています。

ということを(実は)知らなんだ。あのカルーソーに関係ありそうという薄い認識でしかなかった。
それはさておき、上の演奏はパヴァロッティとルチオ・ダッラの共演で、そのせいかパヴァロッティは力演熱演名唱である。この土曜日名曲アルバム(このYouTube埋め込みシリーズを今からこう呼ぼう)作成のためにあれこれ検索して出会った演奏である。いやあ、ネットって素晴らしいですねえ。

ちなみに、カルーソー本人の声も見つかったので引いておく。次回はパヴァロッティからのつながりでフレーニを予定。

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