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2008年12月29日 (月)

メシアンとの出会いも今年の収穫

 イヤホンを耳に挿し込み聴くメシアン未明寝床の秘かな愉悦

未明3時過ぎに目覚めた。この時に備えて昨夜は枕元にケータイとイヤホン。図書館で見つけてパソコンにダビング→ケータイに落とし込んだ「アーメンの幻影」アルゲリッチ/ラビノヴィチを聴く(日中、スーパーのお供の合間に聴いたのでこれで二回目)。

メシアンは宇宙浮遊感覚、そして引き伸ばされたオルガスムスである。ワーグナーその他の伝統的クラシックがオルガスムスに向けて盛り上げて行くのを基本とするのに対して、メシアンはまさにその瞬間そのものを再現しているように思う。ネットを検索すると

作曲家メシアンはこの音楽を、「肉体的方法で表現される」(淫らな)アーメンと言い切っている。

なる情報を得た。以前に検索して見つけた

フランス二十世紀の作曲家メシアンもまた、宗教的恍惚と官能の愛を見事にドッキングさせた作曲家である。我がピアノの師ピエール・バルビゼは、「彼は十字をきりながらマスターベーションしているようだ」と評したが、言い得て妙というべきだろう。

という表現につながる。カトリシズムの信仰心と性的快楽とが同居しているように聴こえるのがメシアンの面白さである。
ちなみに、この「アーメンの幻影」の演奏をYouTubeで見つけてはいるのだがもう少し消化したところで土曜日名曲アルバムに収録しよう。そのうちにYouTube/メシアン劇場ブログを作ることに今朝、内心決めたのである。

今はマーラー3番@インバルをケータイで聴きながら、これを書いている。かくして、我は
なり。

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