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2008年12月 8日 (月)

真理とは何か

「真理とは、それが錯覚であること忘却されてしまった錯覚である」というニーチェの言葉があるのを知った。
これを知ったのは、アバミーで「科学とは、より多くに人により普遍的であると信じられる錯覚のこと」というコメントを頂戴して「真理、錯覚」でクグってみたのがきっかけだ。

ほほう、なるほど。これは面白い言葉だと思い、この言葉自体を質問にしてみた。

俺自身の回答選択肢は「真理と錯覚は同じレベル。人類全体の幸福につながれば真理」として、暫く考えて、「合理性=道理性+論理性+効率性なる方程式を「人類全体の幸福」の判断基準にするのはどうでしょうか」とコメントを付けた。

ところで、上の合理性方程式は、アバミー質問「合理的とはどういうことを云うのでしょうか?」で「たぶん二つ意味があると思います。「論理的に筋が通っている」ことと「無駄がない」こと。文脈により、どちらかの意味になる」というコメントを頂戴してひねり出したものである。

ということで、真理と錯覚の違いは合理的か否かの違いということになる。そして、合理的か否かの判断基準は道理性、論理性、効率性を具備しているかどうかということになる。

そして結局は、道理とは何かという問題に戻り、思考はループするのである。

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「哲学」カテゴリの記事

コメント

真理とは0です。数あるものは決して0にはなれません。真理を目指してもたどり着くことはできません。

投稿: 名無し | 2012年3月 1日 (木) 午後 09時53分

コメ感謝。真理は発見するものではなく構成するものだと私(も)考えます。

投稿: 土曜日 | 2012年3月 2日 (金) 午前 05時19分

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