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2009年1月

2009年1月31日 (土)

つきもまた実力のうち朝青龍大麻事件で不敵に笑むや

148677_c450 つきもまた実力のうち朝青龍大麻事件で不敵に笑むや

ガッツポーズ問題は若麒麟逮捕で吹っ飛んでしまったなあ。若麒麟は、昨年9月の検査で2度に及ぶ追加検査の末に陰性と判定された経緯もあり、師匠は何度も本人に潔白を念押ししたというが、俺でもこの件は新聞記事で知っていた。大相撲協会は何をしていたんだろう。

ところで、左のガッツポーズ写真、イザ!から拝借したが、右クリック禁止。そこで、Googleノートブックに一旦保存した後に右クリックして画像を保存したもの。努力はしてみるものだ。

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2009年1月30日 (金)

ミーハーが俺の身上テレビ見て野村の歌をYouTubeする

朝のNHKニュースで野村監督が「歌手の野村です」と言っていたのを見てもしかしたらとYouTube検索したらやっぱりあったぜよ。

曲は野村克也「女房よ...」。
低音の魅力!ソフトボイスの魅力満載!作詞は野村沙知代!作曲は三木たかし!夫婦の絆 をテーマにした作品と、郷愁感溢れる故郷歌謡の大作2作品!!

http://www.teichiku.co.jp/teichiku/artist/nomurakantoku/
と、YouTubeにコメントされているからテイチク提供の動画、著作権問題なしとは目出度いことである。

しかしながら、「リクエストよる埋め込み無効」とつまらぬ小細工しているのが気に入らぬ→聴きたい人はこちらをクリック。

 ミーハーが俺の身上テレビ見て野村の歌をYouTubeする

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2009年1月29日 (木)

女きみまろ・秦万里子

昨日の朝のNHKニュースで知った52歳デビュー女性歌手である。
そこで、いつものごとくYouTube検索すると「あなたは」という歌を歌っている動画があった。この歌の詞の中の「低空飛行」という言葉が気に入ったので一首。

 毎日が低空飛行にぎやかなおばさん歌手に辟易もして

中高年を元気にする!のが、きみまろなら、こちらは主婦を元気にする!

なんだって。

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2009年1月28日 (水)

ポアンカレ予想をわかりやすく表現すると…

BShi、ハイビジョン特集「数学者はキノコ狩りの夢を見る~ポアンカレ予想・100年の格闘」を見て、おお、これはいい機会だ、ポアンカレ予想なるものをなんとか理解したいと、例によっていろいろネット検索した暇人である。

ポアンカレ予想をきちんと数学的表現すると「単連結な3次元閉多様体は3次元球面S3に同相である」となるが、これでは全く何のことかわからない。そこで、これをもっとくだくと

「3次元物体にかけた輪ゴムを一点に縮めることができるのは(トポロジカルな意味の)球面だけだ」という、子供の遊びみたいな命題だ。しかも、これは4次 元以上では証明されたのに、3次元(といっても多様体だから普通の球体ではない)だけが残されていた。それをウェブサイトに投げたドラフトで証明してし まったのがペレルマンである。←なんと池田信夫blogである。各種方面に造詣・興味が深い方だなあ。

それはともかく、もっとわかりやすくいうと、マゼランは地球一周して地球が球体であることを実証したとされているが、実は地球はドーナツ形かもしれない。つまり、一周でき たからといって球体とは限らないのだ。

しかし、どんなかけ方をされた輪ゴムも一点に縮めることができるのならば(これが単連結という意味)、それは球体しかあり得ないというのがポア ンカレ予想である→やったあ、わかりやすく表現できたぞ。

そして、このポアンカレ予想は幾何化予想「コンパクト3次元多様体は、幾何構造を持つ8つの部分多様体に分解される」という命題の部分命題であり、これを位相幾何学ではなく(なんと)物理・微分幾何学の手法(証明には熱量・エントロピーなどの物理的な用語が登場するとのこと!この証明の概要も素人理解したいのだが無理だろうなア)で解決したのが天才数学者ペレルマンである。

以上、興味を持たれた方はこの番組の類似番組がYouTubeにあったのでご覧あれ。

追記:夕方病防止するべくこの番組を姑に見せている。どこまで理解しているか不明だがじっと見ているなあ。作戦成功!
ちなみに、「ポアンカレ予想」検索継続して「トポロジカル宇宙 完全版―ポアンカレ予想解決への道 」根上生也なる本を発見。俺にも読めそうな本だと判断して図書館にリクエスト済み。下にアマゾン、カスタマーレビューを一部転載しておく。

本書はこのポアンカレ予想とペレルマンの成果を補って「完全版」として改訂されたばかりのトポロジー(位相幾何学)の入門書だ。数式はいっさいでてこない 一般向けに書かれた「超入門書」である。そしてNHKの番組の関連本ではあるがそれに便乗したものではない。なぜなら著者の根上氏はこの番組の監修者でも あるからだ。本の内容もNHKの番組とほとんど重複しない。

更に追記:俺のこの駄文よりもっと高級でわかりやすいポアンカレ予想の解説ブログを発見した。この問題に興味を持った方に必読である。上のカスタマーレビューの筆者のブログと思われる。

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ショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲全曲聴破プロジェクト

テレビには童謡かけてパソコンでショスタコを聴く居間の夕暮れ

姑がデイ・サービスから帰宅。認知症が進んだせいか夕方病。夕方になると鬱になる。それを少しでも防止するためにテレビでは安田姉妹の童謡、もう何回も聞き飽きた俺はパソコンで音楽。

これを機にずっと前に図書館から借りてダビングしただけで聴いていなかったショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲全15曲を聴破することにしよう。演奏はエマーソン弦楽四重奏団である。

とりあえず今日のところは1番から3番。解説は

交響曲はスターリンが死んでからのごく一部の作品を除いて、表向きの顔を持たざるを得なかったのです。それに対して、弦楽四重奏曲は、基本的には、「自分 と友人達の間の楽しみとして」書かれたので、ずっと自由に、そしてあるものでは内省的に、そしてあるものでは音楽性のみを追求して作曲していたようなので す。作曲し始めた時期は遅かったのですが、その後、死を迎えるまで非常にコンスタントに作曲されています。ソヴィエト共産党の偉いさんがたは、派手好き だったらしく、基本的には地味な室内楽などどうでもよかったのでしょう。

を参考にしよう。

さてそこで、最後に動画。上のCDと同じくEmerson String Quartet: Shostakovich, String Qtet no. 3, IIIがあったので貼り付けておく。
クラーイ、コムツカシイ音楽である。

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2009年1月27日 (火)

あなたには私のハート見えますかこんなに赤く小さいけれど

Img_342303_2759419_4 あなたには私のハート見えますかこんなに赤く小さいけれど

「20世紀のはじまり ピカソとクレーの生きた時代」展の中のパウル・クレーの作品「頭と手と足と心がある」を見ながら詠んでみた。画像は、この作品を「タイトルの言葉の響きが、絵の中にさらにリズムや生き生きとした感じを与える、なかなか心憎い演出」と評しているブログから拝借した。

パウル・クレーは

1933年ヒットラーがドイツ帝国首相に任命され、政治的に危険と思われたクレーのアトリエは捜索を受け る。晩年に訪れる皮膚硬化症(進行性で命にも関わる病)の発症、そして国を持たずに過ごす悲哀。彼の自由な表現はナチス支配下の祖国ドイツからは追われ、 当時保守的な誕生の地スイスへの亡命を望みながらも、これもついに果たされることはなく60年の人生を閉じた。


その言葉に
”芸術は目に見えるものを再現することではなく、見えるようにするものである”というのがあるそうだ。真実は発見するものではなく構成するものだ(真実=事実+価値判断という言葉と通じるものがあると今、思った。

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2009年1月26日 (月)

土足かスリッパか?

昨日の大相撲、表彰式で、「内閣総理大臣杯」の「杯」を読み飛ばし、「内閣総理大臣 朝青龍明徳殿」と述べる場面もあった麻生総理だが、今度はデーモン小暮閣下に「土足で」土俵に上がったと激怒された。

しかし、上のビデオをじっくり眺めるとどうもスリッパのようである。早とちりは怪我の素でありました。

 

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ヒールにも涙ありけり朝青龍お帰りなさいとビデオに拍手

Tky200901250150 ヒールにも涙ありけり朝青龍お帰りなさいとビデオに拍手

今朝の日経、元特等床山(床山さんにも位があるのだ!)床寿さんのコメントを転記しておく。

12本くらいあった頭の角が最近は3本くらいに減っていたけれど、またにょきにょき生えてきたな。酒を断っていたから、やると思ったんだ」。

写真は、東京都内で25日夜にあった大相撲初場所の優勝パレード。朝青龍の乗るオープンカーの前席に、元床山「床寿(とこじゅ)」こと日向端隆寿(ひなはた・たかじゅ)さん(65)の姿があった。「日本のお父さん」と慕ってくれる横綱とかわした約束が、驚きの復活でかなえられた。から拝借。

昨年の不祥事から脱出すべく、大相撲協会もその大スポンサーたるNHKも朝青人気復活に向けて大車輪だったと俺は思うのである。千秋楽、本割り、決定戦の筋書きも相当に練られたものだろうなどとは金輪際思ってはならぬ。

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2009年1月25日 (日)

The Girl from Ipanema (vo) - Tricera Jet Graffitti

自分が担当したコンサートの模様をYouTubeで眺める味は格別である。
トライセラ・ジェット・グラフィティ
2009年1月23日
聖蹟桜ヶ丘ヴィータ多摩市関戸公民館VITA
KAYO KOIE:vocal , MASAKAZU KITAGAWA:guitar , NAOMI HONDA:piano , SHIRO OCHIAI:bass , SYUNSUKE FUKUHARA:drums

出演者大募集中!。詳細は土曜日までお問い合わせ願います。

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目録を片手に歩くピカソ展キュビズム由来メモ満足す

E381b2e38198e3818be38191e6a485e5ad9 目録を片手に歩くピカソ展キュビズム由来メモ満足す

「20世紀のはじまり ピカソとクレーの生きた時代」展を見てきた(入場料\1400)。警視庁音楽隊ニューイヤーコンサートに応募して当選したので池袋、芸術劇場に行くついでに渋谷に出たものだ。

入場料割高かなあと思いながら歩き出すと、目録にメモりながら見て回っている人が結構いる。ああ、なるほど、ああやって見ると作品がより印象に残るなあと 気づいて俺もすぐ真似をした。書きづらいので壁(板の仕切り)に目録を置いてメモっていると係員がバインダを手配してくれた。バインダを下敷きにしてメ モっている人は俺以外にはいなかった(鼻高とまでは言わない)。

ところで、この展覧会、表現主義→キュビズム→シュルレアリズム→クレーという流れでピカソ、クレー以外の作家(シャガール、ルネ・マグリット、ミロその 他)の作品も展示されていた。パネル解説に、「表現主義は生命力、キュビズムは存在力」とあったのが印象的でなるほどなあと思ったのだが、キュビズムは、表現主義の主意的な行き過ぎに対し て、オブジェクト、フォルムに戻ろうとした運動のように理解した。セザンヌの「自然を円筒形、球形、円錐形として扱いなさい」という言葉がパネル解説に あったのでこれも記憶に留めるべく目録にメモして俺は満足であったのだ。

ということで、お茶目ピカソの「ひじかけ椅子に座る女」をネットから検索して取り出そう→おお、あった、あった。「ピカソにクギづけ * クレーにため息:てんとうむしの庭へようこそ」から拝借した。その時々の愛人(フェルナンド・オリヴィエ、マリー=テレーズ・ワルテル、そして上の絵のドラ・マール)をモデルにしたピカソ(この三人の名 も目録にメモ。上の拝借先リンクでいずれの絵も楽しめる)、彼こそは内容と形式を統合して尚且つ自然でエロスに満ちた画家だと認識したのであった。

 目録を片手に歩くピカソ展キュビズム由来メモ満足す

参考リンク:「キュビズムを唱えしピカソ艶福で女陰を描き長生きしたり」

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2009年1月24日 (土)

Waltz for Debby - Tricera Jet Graffitti (Trio)

ジャズ聴けば気分ゴージャスゴキゲンで舞台の袖でステップを踏む

昨日の本年最初のマンスリー、まずまずの盛況だった(112)。演奏はトライセラ・ジェット・グラフィティ、プログラムはこちらに画像あり。ピアノの本田尚美さんが秀逸。タッチが美しく歌ってはった。ギターとピアノのノリがよかった「サニー」が最高だった。

そこで、YouTubeを検索して、昨日演奏された一曲「Waltz for Debby」、編成はトリオ(昨日はドラムが加わってカルテット+ボーカル。ボーカルは「ミスティ」がしっとりと聴けた)。ジャズは愉し。

ちなみに、「ワルツ・フォー・デビイ」は、ビルが1956年に作った曲で、当時まだ幼かったビルの姪に捧げられた曲。主なカバーとしては、ジョン・マクラフリントゥーツ・シールマンス渡辺香津美などが取り上げた他、スウェーデンの歌手モニカ・ゼタールンドが、ビル本人をバックに従えて「モニカのワルツ」と改題して発表。サラ・ヴォーンも歌詞つきのヴァージョンを取り上げている。日本では2008年、日産・ティアナCMソングとして土岐麻子が歌ったとウィキにある。

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2009年1月23日 (金)

オバマは賢明、聡明、英明?

Inauguration_1_601x550 フリーダムSNSに次の日記を書いた。これをネタに今日の一日一首。

 聡明なリーダーを得てアメリカは立ち直れるか雨降り続く

更に、アバミー質問「賢明、聡明、英明、どれが一番カシコイでしょうか?」を思いついた。老人一歩手前の暇つぶしアンチエイジングである。次からがフリーダムSNS日記の転載である。

ブログのコメに次のようにコメ返しさせてもらった。

ほっほほほ、お子さんにまで浸透していますか。まさにメディア大統領ですね。
オパマさんの聡明なところは、力強く美しい言葉を使いつつもオーバーコミットは避けているところです。無理な目標設定はしないで出来る最大限の設定をした上でYes We Can!。人民が自信を取り戻すことが第一です。


上のコメを書きつつ、だいぶ以前に書いた記事を思い出していた。題して「オバマ四段論法」である。一部だけ転載しておく。

(1)最初は"They":世の中の公式見解紹介して批判
(2)お次は"You":でも、あなたは違う、とか、あなたどうする、などと考えさせる
(3)かなりたってから"I":問題意識を持たせた上で「私は」と切り出す
(4)最後は"We":我々は出来るのだと扇動する


以上、聡明とは何かという考察とレトリック豆知識である。

転載終わり。冒頭の写真は人工衛星から見たオバマ米大統領就任式--「GeoEye-1」撮影:ニュース - CNET Japanから拝借。

Ph021 もう一つ、右の写真はオバマ就任式後のゴミの山である。

あれだけの人が集まれば多少のゴミが出るのは当然だとしても、それにしてもすさまじい量である。しかも、オバマの意味深い演説を聴いた直後だけに、はっき り言って、興ざめし、呆れ果てた。帰り際、近道をしようとしてフェンスを力ずくで倒し、植木を踏み折っていく者たちもいた。

と、筆者は書いている。

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2009年1月22日 (木)

Yes We Can - Barack Obama Music Video

右目ではオバマ・パレード左目はガザの惨状眼は二つ

NHK夜九時のニュースを翌朝見る習慣がついたのだが、昨日のニュースによると神奈川県綾瀬の美容院ではオバマ演説をBGMで流しているんだって。英語わからないけどカッコイイとかなんとかおばさんが言うてはりました。

YouTubeから適当な映像を探してくっつけて今日の一首にしてみた。Yes We Can - Barack Obama Music Videoという動画であるが、現在の再生回数: 15,764,010である。アホクサなとど決して思わないこと。

※参考までに欺瞞の宣誓:「変革」か、あるいは「終わりの始まり」か» 暗いニュースリンクから一部転載。企業やロビイストからどの程度の献金を受けているかわからないけれど。

2009年、オバマ大統領の就任式開催のために集まった献金額は、 現在までにおよそ4,100万ドル。 大統領選挙時の資金同様、タテマエでは大企業やロビイストの影響力を排除するフリをしてきたオバマだが、実際には金融・保険・不動産業界を筆頭に、小売業 界から広告業界まで幅広く献金を集めており、ロビイストからも300万ドルほど受け取っている

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2009年1月21日 (水)

1/23マンスリーのプログラム

Photo せっかくの労作だからこちらに掲載、記録しておく。おヒマなら来てよね。聖蹟桜ヶ丘駅前のヴィータ8Fです。Photo_2

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弟分兄貴助けて白鵬を倒したりけり前褌取りて

Im20090120ssxkc04682001200913 弟分兄貴助けて白鵬を倒したりけり前褌取りて

昨日の大相撲、解説者が「油断したらいかん、白鵬」などと口を揃えて言うので「これは、ひょっとしたら」と思ってみていたら案の定である。ビデオを見ているのに俺は拍手喝采、自分のアホを改めて確認した次第である。

白鵬を相手に今場所初めて日馬富士らしい攻めが出た。左を深く差し込んで食らいつき、下手投げで揺さぶって寄り切り。新大関の重圧に苦しんでいたとは思え ない快勝。「勝てないだろうと思っていたから、うれしいのと申し訳ない気持ちもあった」と正直な心情を話した。勝ち越しまであと4番。「こんな大事な一番 に勝ったんだから、あとは全部勝ちたい」ときっぱり。

何はともあれ、モンゴル三人衆。共存共栄、互助会だろうなどと憶測するのはこれっぽっちもしてはならない。悪役=白鵬、ヤンチャ坊主=朝青龍そしてその弟分、日馬富士という構図で相撲を楽しめばよいのだ。ご参考→横綱・朝青龍の素顔(YouTube動画あり)。

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2009年1月20日 (火)

Y染色体は500万年内に滅びる

タイトルは、先週日曜放送されてた「NHKスペシャル|シリーズ 女と男 第3回 男が消える? 女が消える?」からの話題である。

これはY染色体の必然的な運命だとい う。ほかの染色体は二本ペアになっている。もうひとつの性染色体のX染色体も母親の体内では二本揃っている。こうした場合、片方に欠損があっても、もう一 方で補修できる。ところが、Y染色体は誕生以来、ずっと一本のまま、父から息子へと伝えられてきた。欠損を補修する仕組みがないため、長い間にY染色体に は欠損が蓄積され、X染色体のじつに14分の1の大きさにまで小さくなってしまっているのだ。

ということだそうだ(これは哺乳類に共通の問題)。つまり、遺伝子のコピーを何回も繰り返す間に欠損(コピーミス)が生じて、いつかは遺伝子消滅という筋書きである。番組では生殖技術(体外受精、精子バンクなど)により人類はこの危機を乗り越えられるだろうか、生殖技術の倫理的問題は?などと伝えていた。

俺が思うに、いつかはX染色体のみで自然に生殖する仕組みを作り出して世の中、女ばっかりという時代が来て人類は生き延びるような予感あり。ちなみに、番組でも突然変異で生じた「Y染色体を持たないネズミ」が採り上げられていた。

ところで、番組は「ほかの生物はメスだけで子孫を残せる仕組み」があると伝えていたのだが(ある種のトカゲは受精せずに卵を産むそうだ)、これは有性生殖しないということなのだろうか。検索したけど情報見つからずわからず。

その後もしつこく検索し続けて、単為生殖という概念があることが判明。「有性生殖器官を強引に無性生殖的に用いてしまう」とあるが、有性生殖なのに受精せずにこどもが出来るのが不思議、ようわからぬ。サメでもこのような例があるとのことである。

 吾は男Y染色体の持ち主で引き継ぐタネも嗚呼無かりけり

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2009年1月19日 (月)

アクセス急増の理由

「ぼくゴリラ ウホホイウッホ ウホホホホ ウッホホウッホ ウホホホホーイ」…ゴリラの孤独を表現した短歌で17歳高校生、市長賞に輝く

という痛いニュースのお陰で俺のブログアクセスが急増した。この歌を選んだ選者、田井安曇(78)で検索して俺のこの記事に来ているようだ。だからどうしたということは別にないけれど。

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武満徹「弦楽のためのレクイエム」

武満を聴きつつ相撲眺めれば異界のごとき風景に見ゆ

ヘッドフォン\2180購入。未明脳内コンサート用である。寝ころんで聴くからイヤホンだと抜けたりして不便なので決断したものだ。今朝はお気に入り我が宝物のBS2放映録画DVDピーター・ゼルキン来日コンサート、ベートーベンop.109ソナタを聴いた。

そこで、余ったのがDVDプレーヤー付属のイヤホン。これを遂に居間パソコンに接続して周囲を遮断、独我に浸るようになってしまった。かくして、相撲を見ながらYouTubeで「takemitsu」検索して見つけたのが上の動画である。A short clip of a young Singaporean conductor reading Takemitsu's Requiem for the very first time with orchestra.
Note: This is not me, but a friend of mine. Uploaded with permission. (more)と説明がある。

ところで、この曲は武満の出世作である(全曲を聴きたい人はこちら但し静止画像)。

初演は1957年6月20日に上田仁指揮、東京交響楽団により行われた。当時の東響は、積極的に若手作曲家の作品の初演に取り組んでいた。当初はあまり芳しい評はなかったものの、来日中のストラヴィンスキーがこの曲を耳にしたときに「絶賛した」ことから評価が一転し、武満徹の名は一躍世界に知られることになり、アメリカ楽壇との関わりがここから生まれることとなった。

と、ウィキにある。武満の音楽はpureで新鮮、限りある生なのだから新鮮な響き(現代音楽)をなるべく聴こうと努める今日この頃、音楽は異界への通路である。

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2009年1月18日 (日)

おお、輪島やんかあ

大相撲はビデオ録画して後からいつも見てるのだが、今日の中入り後の解説はなんとあの輪島(+デーモン小暮閣下)だった。これはニュースだなあと「輪島 NHK 解説」でググッたらやっぱりニュースになっていた。

“過去は水に流して”輪島さん大相撲解説から転載しておく。

元横綱で元花籠親方の輪島大士さんが、85年に親方業を廃業して以来初めて本場所を訪れ、8日目のNHKテレビのゲスト解説を務めることになった。輪島さ んは経済問題で相撲協会を事実上解雇され、プロレスに転向。その後はアメフトの社会人の総監督やタレント活動などを行っていた。角界を“追放”された元力 士が本場所の中継に出演するのは極めて異例。NHKの担当者は「今年は国技館ができて100周年。輪島さんは蔵前(国技館)の星と言われた方なので呼ぶこ とになりました」と説明している。

昨年の一連の不祥事を受けて、大相撲協会の大スポンサーNHKの梃入れ策であろう。
そして、輪島大士(わじま ひろし、本名:輪島 博(わじま ひろし)、1948年(昭和23年)1月11日 - )、俺と同年である。

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Hans Hotter & Birgit Nilsson - Die Walkure

三時間音に淫して寝床にて欠伸をすれば夜明け来たれり

今朝の未明脳内コンサートはワーグナー「ワルキューレ」二期会ハイライト
何にしようかとDVDをまさぐったらワーグナーがたまたま目に入ったのでかけてみたら、面白くて全部聞いてしまった。イヤホンで聴いているから大音量でも何の問題もなく、映像観つつイタリアオペラのように楽しめた。久しぶりに聴くワーグナー、これからもたまには聴こう。当然、イヤホンでなくては楽しめない。

そこで、ワルキューレ、「ヴォータンの告別」からフィナーレまでの動画をYouTubeでいろいろ探したがこれが一番いい。ハンス・ホッターの深みのある声がヴォータンにぴったりなのだ。ソースはカラヤン、スカラ座のような気がするのだがどうだろう。静止画像だけれど音楽だけでも楽しめる。

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2009年1月17日 (土)

レクイエム聴きつつ歩く病院をいつか呆ける予感を抱いて

レクイエム聴きつつ歩く病院をいつか呆ける予感を抱いて

姑が昨日、退院した。室内用の車椅子を手当てして使っている。そして夜も居間の簡易ベッドで眠る。そこで、問題になるのがいつも未明三時過ぎに目覚める俺の始末。
しかし、そこは抜かりなく、姑の入院中に安田姉妹の童謡を聞かせるために買ったDVDプレーヤーを今度は俺の未明脳内コンサート機器として転用したのだ。

カラヤン「新世界」、メシアン「キリストの昇天」「忘れられた捧げもの」/マーラー9番(いずれもチョン・ミュンフン/N響)が第一回のプログラムである。DVDプレーヤーをテレビにつないでテレビからイヤホンで耳に大音量を送り込んで愉悦した。この脳内コンサート病、一生、治らぬなあ、多分。

上の動画は昨日に続きフォーレのレクイエムから第3曲Sanctus。Bow Valley Chorusの演奏とあるがあまりメジャーではないようである。ところで、そういえば今日は阪神・淡路大震災祈念日である。レクイエム(Requiem、レクィエムとも書く)は、ラテン語で「安息を」という意味の語、死者ミサ曲、死者のためのミサ曲などと訳される。鎮魂曲とも訳されることがあるが、レクイエム自体には「鎮魂」の意味はないそうである。

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2009年1月16日 (金)

FAURE'(フォーレ) REQUIEM( 4/4)懺悔、楽園にて

動画を埋め込みたかったのに埋め込み禁止でアップされているのでしようがないからリンクにする。

今日は姑の退院の日。三日前にコルセットを作ったばかりで、ろくに歩行訓練もできてないのに退院である。地域の中核病院に(たまたまベッドの空きがあったので)入院できたのだが、この病院はそもそも「手術のための病院」、圧迫骨折のようなざらにある病いに対応する余裕は無いのである。俺たち団塊が高齢者になった頃にはどうなっているだろうか。

そんなことを思いながら病院に通ってケータイ・イヤホンで音楽を聴いていた。ボリュームを一杯に上げて脳内コンサートである。ヴェルディの劇的なレクィエムを聴いたら、フォーレの静謐でしかも悦楽に満ちた天国的なレクィエムを聴きたくなったので図書館でCD見つけてダビングして聴いている。ウィキから構成をコピペする。

第1曲 イントロイトゥスとキリエ(Introitus et Kyrie)
第2曲 オッフェルトリウム(Offertorium)
第3曲 サンクトゥス(Sanctus)
第4曲 ピエ・イェズ(Pie Jesu)
第5曲 アニュス・デイ(Agnus Dei)
第6曲 リベラ・メ(Libera me)
第7曲 イン・パラディスム(In paradisum)

上のうちの第6曲 リベラ・メ(Libera me)、第7曲 イン・パラディスム(In paradisum)を上にリンクした。指揮 Jean Fournet (1913 ~ 2008 )、バリトン 木村 俊光、 ソプラノ 佐藤しのぶ、合唱 国立音楽大学、1990  NHK ホールだ。

 リベラ・メとつぶやく言葉覚えたり懺悔に遠き我のひとよよ

リベラ・メって懺悔ではなく「我を解き放ちたまえ」と訳した方が俺にはぴったりくる。
Libera me, Domine, de morte æterna,in die illa tremenda.主よ 永遠の死から私をお救いください恐るべきその日にという詞ではあるが。

かくして、メシアン好きになった遠因がフォーレにあったことに気づいた。フォーレ自身、「永遠の至福の喜びに満ちた解放感」とこの曲を表現しているようである。

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2009年1月15日 (木)

ご贔屓の安馬が出世の日馬富士四連敗と片目も開かず

0133_1 ご贔屓の安馬が出世の日馬富士四連敗と片目も開かず

正月三日に尻餅をついて圧迫骨折/救急車コール/入院して安静寝たきりだった姑に一昨日コルセットが付いて車椅子で動けるようになった。歩行訓練も始めている(明日予定通り退院。この病院は基本的に手術する人のための病院だから長居してはならぬのだ)。

昨日はそんな姑を車椅子に乗せて病院内をしばし散歩。ところが見てはいけないものを見てしまったのだ。相撲の実況テレビである。ちょうど日馬富士が負けた瞬間だった。相撲はビデオ録画を夕食時に見ることにしているのになあ。

予想通りの敗戦、大ピンチである。昭和以降では初となる新大関の初日からの4連敗だそうだ。まだ、ちゃんと見ていないのでこれから敗因分析観戦する。

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2009年1月14日 (水)

Bobby Darin sings "Beyond the Sea"

ボビー・ダーリン

1936年5月14日生まれ、ブロンクスで育つ。
心臓病で15歳までしか生きられないと宣告されたボビーだが、音楽と出会い、スターを夢み、生きる力を得る。
スタンダード・ミュージックにスイングを持ち込んだ彼は、一部の音楽評論家からはフランク・シナトラに並ぶ存在と評価される。14年間のキャリアでレコー ディングした曲は、アダルトポップスを始め、ロック、R&B、フォーク、カントリーなど、幅広いジャンルに渡る。
ビルボードTOP40入りにのヒットが22曲、うち10曲がTOP10入り、1959年の「マック・ザ・ナイフ」は1位を記録し、グラミー新人賞と最優秀楽曲賞を受賞している。
歌手として以外でも、俳優としての映画出演や、TV番組のホスト等も数多くつとめ、「カリスマ的天才エンターテイナー」とも称されたが、1973年12月20日、2度目の心臓病手術後に帰らぬ人となった。(享年37歳)

今朝のネットBGMはBS2放映の「ビヨンド the シー ~夢見るように歌えば~」、ボビー・ダーリンの伝記映画、製作・監督・出演 ケヴィン・スペイシー、スペイシー自身が吹き替えなしで歌う20曲のヒット・ナンバーという映画だ。2004年製作だからこのときケヴィン・スペイシーは45歳。37で夭折した歌手を演じるのはちょっと辛いが、歌は楽しめる。上手いぞ。

こういう映画はあらすじを知ってしまっても観る気になる。俺の朝飯前の映画鑑賞である。

 六時間眠れば覚める我が仕掛け未明眺めるアメリカ映画

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2009年1月13日 (火)

成瀬巳喜男「浮雲」

Ukigumo3 クラーイ映画である。成瀬の最高傑作とされているのでしようことなしに観ているのだが、いつまでもグジグジと別れられない男と女の物語を敗戦後日本の風景を後景に描いたものだ。

ウィキを見ると、成瀬はその別れられない理由については「身体の相性が良かったから」といった類の発言をしているそうだ。

確かに、そういう解釈しかできないなあ。ラストで死んでしまうヒロインを演じている高峰秀子で持っている映画ではある。

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海見れば遠き記憶の甦る遺伝子の神生命の連鎖

Nsp051224a 人類の歴史は300万年と思っていたのだが、先日BShiが再放送していた番組によると700万年にまで遡るらしい。

人類のもっとも古い化石は、トゥーマイ猿人と名付けられた、700万年前のものである。2001年にフランス人研究者によって発見され、かつてないほど大きな波紋を呼び起こした。

人類かサルかの区別の基準は二足歩行していたかどうか、ということのようだが、見つかった頭蓋骨の形から二足歩行していたと推量されるとのことだ(根拠として信頼に足りるかどうかようわからぬ)。
更に、見つかった場所が、これまで人類発祥の地とされていた東アフリカ大地溝帯の東側のサバンナではなく、中央アフリカはチャドというのも衝撃的だったとのことだ。

BShiの今月のメインテーマは“人類の未来”。「言葉の誕生 私たちはいかにして人間になったか」(15日)というのも放送予定、ビデオのお陰で好きなときに細切れで見て、内容をすぐ忘れてしまう俺である。

ちなみに、地球大進化も面白かった。要約してくれているサイトを見つけたのでここにリンクしておこう。

 海見れば遠き記憶の甦る遺伝子の神生命の連鎖

この歌はずーっと以前に鹿児島に出張ででかけたときに海を見ながらバスに揺られていたときに浮かんだ旧作である。日経歌壇で岡井隆に「面白い歌だ」と評されたのを大事に覚えている。

※画像はトゥーマイの頭蓋骨。番組ではこの頭蓋骨から顔、毛髪、表情まで復元していた。研究予算獲得アピールの狙いもあるのだろうがちょっとやりすぎじゃないの。

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2009年1月12日 (月)

笑進笑明

今朝のNHKニュースの成人式特集で知ってちょっぴり感動。
検索したら、「笑進笑明プロジェクト オフィシャルWEBサイト」まであるのには驚いた。

そこから、「車椅子書家 日浦駿介」のプロフィルを転載させてもらっておく。

1988年11月1日生まれ19歳。         

高知県在住。2歳前に定期検診で歩き方がおかしいといわれ、マヒを知る。大学病院で詳しく検査した結果、10 万人に数名の難病、「家族性ケイ性麻痺」と診断される。
原因不明、治療法無し、進行性のものであり、現代医学では進行を止める事は出来ない。現在は歩くことも口で会話することも不可能。          

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モデル論的転回の復習

黒げるさん、M.Lambdaさんがアバミー過去問に答えてくれたので、こちらでちょっと整理(というか俺のブログ過去記事宣伝)してみる。
テーマは「自然界に偶然はあるか」「自然、必然、偶然の関係について述べよ。余裕があれば自由意志についてコメントせよ」である。

基本的な俺の考え方は三層世界論(価値世界、記号世界、事実世界)である。すなわち、事実世界を生きている我々ではあるが、そのモデルを脳内に作り出した記号世界を中心に日々我々は暮らしていると考えるのだ。
(例)俺が愛している彼女は事実としての彼女ではなく、(実は)俺が脳内に作り出した彼女のモデル(記号)。

この発想をもう少し詳しく書いているのが次の記事(ここでは記号世界のことを概念世界と呼んでいる)、「モデル論的転回の提唱」である。

これに従うと、自然も必然も偶然も記号(概念、モデル)にすぎない。カオスというのもモデルの一つなんだろうなあ。かくして、俺は現象(事実世界の現象)、全ては主観(モデル)となるのである。

そして、自由意志の有無についても、自由も意思も記号なのだから(事実世界では単にあるがまま)スピノザの言う「自由意志の否定」も事実世界では正しいとなって辻褄が合うのである。参照→「人生方程式と自由意志の否定」全ては必然的→経済合理性と論理的必然性に還元される。

ご参考までに、言語論的転回についてのウィキから一部転載しておこう。

言語が現実を構成するという見かたは、 常識や西洋哲学の伝統の大部分とは逆である。 伝統的な視点は単語をラベルのように機能するとみなした。 まず最初に、実際のいすのようなものがあると思われ、それに続いて「いす」という言葉が参照するいすという意味があると考えられた。しかし、既に構造主義 の創設者フェルディナン・ド・ソシュールは、意味の差異が音声的差異から独自に存在しえないことを示した。 意味の差異は私たちの知覚を構造化する。「肘掛いす」と対照された「いす」の意味を知らないで、私たちは、単純ないすがいすであると認めることができない だろう。したがって、私たちが現実に関して知ることができることすべては、言語に条件づけられているのだ。

 屁理屈を今朝もこねてはキーボード音楽聴けば言葉は消えて

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2009年1月11日 (日)

Lacrimosa(涙の日)Verdi

イヤホンのねじれほどいて首に巻きミサ曲を聴く病室の夜

先日、イヤホンをジャンパーのポケットに入れたままにしていたところ、それを知らない家人がジャンパーを洗濯してしまった。なんともなく使っていたが昨日になってコードの接触が悪くなり、音声不調頻繁となった。
そこで、量販店であれこれお兄ちゃんに訊いてストラップイヤホンなるものがあることを発見、購入した。

聴く音楽はヴェルディ「レクィエム」、とりわけその中のLacrimosa(涙の日)、ヴェルディが自分でも泣きながら作曲したという悲痛なメロディである。演奏はRenee Fleming, Violeta Urmana Jorge Antonio Pita and Rene Pape、指揮者は不明である(映像からは俺は判断がつかぬ)。

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2009年1月10日 (土)

極楽はプール上がりのマッサージ無料チェアでメシアンを聴く

極楽はプール上がりのマッサージ無料チェアでメシアンを聴く

曲は、
メシアン「アーメンの幻影」から「欲望のアーメン」である。この曲、何度も繰り返し聴いているが、比較的調性が感じ取れる「欲望のアーメン」が一番よくなった。美しい。

上のリンクには

快楽をも含めて手にいれる値打のあるどんな中にも、くぐり抜けねばならぬ苦痛や倦怠の点がある。これをうまく通り越して、快楽は再び盛り上がり持久力をえるというのがこの原理である。 G.K.チェスタトン『正気と狂気の間』(上杉明訳、春秋社)

という言葉が引いてあるが、理屈はともあれ、音楽は無条件に楽しむべき愉悦(エロス)である。YouTubeでこの曲のムービーを見つけてあるのだが演奏がいまいち。もうちょっと捜してみよう。

捜したけれど見つからなかった。上の動画はこの楽章の終末部分だが、冒頭の方がメロディらしきものが聴こえて快感なのだがなあ。

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2009年1月 9日 (金)

貧困はイデオロギー問題ではない

反貧困―「すべり台社会」からの脱出 - 池田信夫 blogを読んで、何かコメントしたいなあ、でもここのコメント欄は結構敷居が高いしなあと躊躇していたが、「貧困をイデオロギー問題として捉えた日本の不幸」が俺の背中を押してくれた。

そうなんだ、貧困はイデオロギー問題ではないんだ。資本主義の是非を問うなどというだいそれた問題では当然にないし、新自由主義か福祉社会かとか、大きな政府か小さな国家かなどいう対立の問題でもない。

それは、(例えば)どの程度の年収層のことを貧困と呼び、その層に対してどういう支援が必要か、施すかという純政策的技術的問題なのである。なぜなら、貧困を放置すると、①犯罪などの社会不安②貧困再生産による社会の弱体化(経済活動に参加しない人たちの増大)を招く。イデオロギーの左右を問わず貧困は放 置できない問題なのだ。

では、国家予算のうちどの程度を貧困対策に振り向けるか。これが難問である。俺には到底答えられない(たとえば各国と比較するなど相対的基準はあるだろう が)。そこで、政府官僚の出番となる。彼らはどのように貧困層を定義してどんな基準で貧困対策費用を策定しているのか、それを知ることがまずは必要だろ う。

ああ、それなのに昨日の予算委員会、菅クンは「セーフティネットはあるのか」などと観念的な質問をしていた。もっと具体的な質問を、数字による政策討論を。イデオロギーと観念は親の仇なり。

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昔から雲を見るのが好きでした浮浪雲にはなれないけれど

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プールのサウナで外の風景(ゴルフ場)と空を眺めていたら、上の句が浮かんだ。短歌は下の句が勝負(オチ)。 浮浪雲を思いついて「なりたくないが」などとこねくり回して結局、「なれないけれど」で落ち着いた。ジョージ秋山に感謝である。

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2009年1月 8日 (木)

ユース・バルジ

「過剰なまでに若い世代」のことをユース・バルジと呼ぶことを昨日の日経「経済教室」で知った。「危機を超えて 世界新秩序と日本」③の山内昌之「中東の混迷も見落とすな」である。

山内論考のポイントは①人口急増するイスラム、「自己主張」強める②若い世代の多さが失業やテロの温床に③解決には中東市民の「意識改革」が重要にだが、ここに記録しておきたいのは論考で使われている数字である。下にそれを引いておく。

①1970に1億9千万だった中東の人口は現在5億、2020年には6億予測。
②世界人口のうちムスリム市民は現在1/4だが2030には1/3見込み。
③ガザの人口は24万人(1950)→150万人(2008)に増加

こうした多子若齢化が中東の様々な問題の背景のひとつにあると山内氏は指摘し、解決のためには産児制限をと主張している。読んでいて、中国は一人っ子政策を実現できてよかったなあと思った。

人口が増えること自体は否定すべきことではないかもしれないが、自然の摂理に反してまでの急増は問題を起こす、ここにも動・反動のメカニズムがあるのかもと昨日の全球凍結説を思い出した次第である。

※「ユース・バルジ」で検索したら、「自爆する若者たち―人口学が警告する驚愕の未来―」という本が見つかった。

テロは、本当に民族・宗教・貧困のせいなのか? マスメディアに刷り込まれた常識を疑え! 25歳未満の「居場所 のない若者」が増加し続けると、人口グラフではその年代だけが異様に膨らんでみえる。これが、危機のサイン「ユース・バルジ」だ――。人口データに注目す ると、テロの本質がクリアに分かる。海外ニュースが全く違って見えてくる驚きの一冊。

という本のようである。
暇があったら読んでみたいけど多分読まないな。

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駄句駄歌で頭の鍛錬定型を見様見真似の十余年かな

Photo 駄句駄歌で頭の鍛錬定型を見様見真似の十余年かな

年末にご近所の蝋梅が咲いているのを見つけて撮るのが昨日になってしまった。
俺のこのブログを検索するとちょうど一年前に「告げざりし恋臘梅に香るかな」なる駄句と写真をアップしている。毎年、おなじようなことをやっているんだなあと微苦笑だ。

1995年に短歌を始めて日経歌壇に投稿。49首が入選。その後「我が歌の泉は涸れて凡作を転がし遊ぶ夏の夕暮れ」となり投稿は止めてしまい、昨年に虎応援短歌で復活、その勢いで一日一首と現在に至っているのだが、駄作ばかり。
一方、俳句はいつだったか2006年か。これも飽きてしまい現在は二ヶ月に一回のネット句会のみ。

努力は嫌い、物事にもすぐ倦み飽きる。今は生老病死という一大事業を、つつがなく矍鑠安穏に終えるための手段として定型を位置づければいいと思っていることになる(と思ったのである)。

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2009年1月 7日 (水)

福田辞任の本当の理由?

またぞろ、ネットで噂が出回っているようだ。出典はこちらだが、その一部を転載する。

>7月16日、渡辺喜美金融担当相は訪ねてきた米政府元高官に語りかけた。
>「米政府が必要とすれば日本の外貨準備を公社救済のために米国に提供するべきだと考えている」
>渡辺案は、米国の自力による住宅公社再建には限界があるとみて、この6月末で1兆ドルを超えた
>日本の外貨準備を米国の公的資金注入の資金源として提供する思い切った対米協調である。
http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/080717/fnc0807172048018-n1.htm

福田首相は辞任の直前まで続投する気だった。辞任を決めたのは、金融庁が渡辺案の報告書をまとめ上げ、提出する直前だった。もし、福田首相が9月1日に辞任しなければ、9月14日に破綻したリーマンブラザースの救済に日本の1兆ドルの外貨準備金が使われていたかも知れない。

福田辞任の本当の理由とは思えないけれど、渡辺喜美氏が金融危機に対して相当の危機感を早くから持っていたことは事実だろう。そして、彼はまた相当に思い込みの強い人であることも…。

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絶滅の危機が進化を促せる学説聞けば不況を思う

絶滅の危機が進化を促せる学説聞けば不況を思う

昨日は初プール。体重を量ると、なんと、86.5。や、ヤベエエエ。しかしながら、プール上がりは85.5に落ちていたのでホッ。ちなみに年末最終測定は日帰り温泉で85.25だった。プールの体重計はブレが大きくて信頼性に乏しいことを付記して置こう。

プールから帰ってきてテレビ鑑賞。BShiが再放送していた地球大進化が面白い。全球凍結が過去2回あったとの説が有力だそうだが、これによって大型生物 に我々は進化したという推定が面白い。荒ぶる星、地球。生命絶滅の危機が生命の進化を促すという説は昨今の大不況のアナロジーにはなる。

全球凍結が何故起こったか、また、それによって大型生物に進化した理由などについてはこちらを参照願うが、要するに、二酸化炭素と海との関係が根底にあるようである。

つまり、二酸化炭素は海に吸収される関係にあるのが基本だが、微生物であるメタン菌の繁殖→急激な温暖化→海中で光合成する微生物増殖→酸素増大/酸素がメタンと化学反応した結果、メタンガスによる温室効果にブレーキ→一転、寒冷化/全球凍結。

ところが、全球凍結で海も凍りついている場合には、火山から放出された二酸化炭素は海に吸収されることなく大気中に蓄積される。これが大きな温室効果を発揮して大気の温度を上げ、氷床を溶かすに至り全球凍結状態を脱出というメカニズムだそうである(辻褄が全て合っているかどうか少し疑問だが検証能力我に無し)

要するに、大気中の温暖化ガス(二酸化炭素、メタンなど)の量が臨界点以下になると全球凍結(デフレ極限)、デフレ極限状態が長く続くと温暖化ガスが蓄積していつか爆発(バブル、インフレ)凍結脱出ということである。この大不況もいつかはインフレ、バブルを生むという動、反動メカニズムがあるというアナロジーを思い掲題駄歌となった。まあ、なんの慰めにもならないけれど。

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2009年1月 6日 (火)

ベートーベン「合唱幻想曲」Last Night Of The Proms 2008

ノリントンおじさんが振ったPROMS2008が面白かった(日曜深夜のBS2で放送)。ノリントンは「ピリオド楽器による演奏(HIP)で古典からロマン派の作品に新しい光を投げかけて」きたという異色の指揮者で、弦のヴィブラート否定(「ベートーベンの時代には下品なヴィブラートをかけなかったぞ」ノリントン発言)の主張者の一人だ。

ところがこの夜の弦楽器は適度にヴィブラートをかけていたように見える。ノリントンおじさんも「もっとヴィブラートを」などとジョークを発してくつろいだ楽しいコンサートであった。演奏曲目全部をきちんと拾ってくれているブログがあるので参照願いたい。

さて、この夜のもうひとつの目玉はバリトン歌手プリン・ターフェル。恰幅がよくて声が素晴らしく通って、やっぱり西洋人にはかなわないなと思わせる歌手である。ワーグナー、プッチーニその他をたっぷり朗々と歌っている。この夜の模様は全てYouTubeにアップされているので上の動画の関連動画で見つけて楽しむといい。

そして、更に目玉が共感覚のピアニスト、エレーヌ・グリモー。そのピアノをフィーチャーして
の演奏が、上のベートーベン「合唱幻想曲」である。あまり演奏されない曲とのことだが覚えやすいメロディで、交響曲第9番歓喜の合唱の原型とみなされている。もっと演奏されてもいい知られざる名曲である。

ところで、ザ・プロムスThe Proms BBCプロムスとも)はイギリスロンドンで毎年夏開催される、8週間におよぶ一連のクラシック音楽コンサート・シリーズ。そのラストは観衆六千人の英国国歌の大合唱で盛り上がって終わる。音楽はかしこまって聴くものではないと実感させるなあ。

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痴呆にも癌にもならず安穏をいのちひとつを大切に生く

昨日の午前中は病院回り。
姑が入院している多摩南部地域病院に行って、回診に来た女医さんに「どんな状態で退院するのか、その後われわれで介護できるのか」が心配ですと話して、回診後時間を頂戴して説明してもらった。

女医さんの話によると、医学的には、圧迫骨折なるものは所謂リハビリを要するものではないそうだ。骨のつぶれがひどくならないようにとにかく安静を要する ということで、安静が可能ならば入院する必要も無いとのこと。コルセットを着けてから三日で退院だが、その間の歩行訓練で元の生活におおむね戻れると話し てくれた。医療以外のことも含めた相談窓口があるとのことで、そちらにも相談しに行ったら同様の話をしてくれた。

それらの情報を持って近くの行きつけの病院(デイケア、ショート)に行って説明する。退院後の状況によるが、ここでも基本的には従来通りのサービスが受けられるようである。お世話になっている別の介護施設(ケア・マネージャー)とも同様の電話連絡をした。

さて、これで一安心か。午後は家で溜まった音楽録画を再生。プロムス2008が面白かった(指揮はノリントンおじさん)。例によってYouTube検索するとコンサート内容が全部アップされていた。六千人の大合唱「エルサレム」(イギリスの第二の国歌)をリンクしておこう。

そしてもうひとつ、ガザの戦争の即時停止を願って、グレツキの交響曲第3番「悲歌のシンフォニー」第2楽章から。このビデオに「ポーランドのユダヤ人およそ335万人のうち85%が殺害されたという」とある。イスラエルはこうした記憶を持っている一方で、ハマス殲滅戦に出ているのである。

痴呆にも癌にもならず安穏をいのちひとつを大切に生く

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2009年1月 5日 (月)

ガザ(中東の戦争の裏には石油がある)

「地域全体が難民キャンプか、はたまた監獄か」というサブタイトルが付いている記事から客観的(と思う)歴史的経緯を転載する。この程度の知識は持っておくべきだと自省したからである。

1947年11月 国連がパレスチナ分割決議を採択。しかしユダヤ人とパレスチナ人の内戦激化で実施不可能に
1948年5月 イギリスがパレスチナの委任統治を終了。イスラエルが独立は宣言したが、アラブ各国が侵攻し、ガザはエジプトが占領(第一次中東戦争)
1948年10月 エジプト占領下のガザで全パレスチナ政府が建国を宣言するも、間もなく消滅
1956年19月 第二次中東戦争でイスラエルがガザを占領。国連決議で撤退
1967年6月 第三次中東戦争でイスラエルがガザとヨルダン川西岸およびシナイ半島などを占領
1982年4月 キャンプ・デービット合意(78年3月)に基づき、イスラエルがシナイ半島をエジプトへ返還
1996年1月 オスロ合意(93年9月)に基づき、ガザとヨルダン川西岸でパレスチナ暫定自治政府が成立
2005年8月 イスラエルがユダヤ人入植地を閉鎖し、イスラエル軍が撤退

イスラエル建国時はガザはイスラエルの領土ではなかった。その後の中東戦争でイスラエルが占領、国連決議で撤退したことを押さえておこう。また、96年の オスロ合意を尊重するのならば、ガザは主権国家パレスチナの領土である。主権国家イスラエルに防衛の権利があるのならばパレスチナにも防衛の権利がある。

とにかく戦争の即時停止。イスラエルのイラン攻撃、中東大戦争(そうなれば原油価格は急反騰、産油国及びロシアは息を吹き返す)など真っ平ごめんである。

参考:田中ニュース「原油安に窮するロシア」2008.12.31から一部転載。

中東の戦争が、国際政治のバランスを大転換させるかもしれない。イランのアハマディネジャド大統領は「この戦争は中東のすべてを変える」と述べた。 大戦争になると、原油だけでなく金地金も高騰するだろう。かつては戦争になるとドルが買われたが、今やドルは潜在危機にあり、代わりに金地金が買われる。 12月27日にガザ戦争が始まったときには、金地金と原油の相場が上がった。原油と金が高騰したら、デフレは消えてインフレが再燃する。これは、ドル崩壊 とロシアの再台頭、世界多極化の引き金になりうる。(関連記事

 逆に、イスラエルがガザ戦争をうまく停戦させて小康状態につなげ、中東が安定に戻った場合、原油は高騰せず、ロシアやイラン、ベネズエラ などの反米諸国は窮状が悪化し、政権崩壊につながりうる。たとえばイランの財政収入の6割は石油代金なので、原油下落でイラン政府は社会保障が満足にやれ なくなり、反政府感情が高まっている。原油安が続くと、多極化に歯止めがかかり、米英中心の世界体制が何とか維持される。世界情勢は岐路に立っている。(関連記事

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胸腰椎圧迫骨折

入院二日目の昨日、姑はベッドでひたすら安静。「骨折したのだよ、ベッドが空いてて地域一番の病院に入院できたのは幸運だったんだよ」と言い聞かせてきた(認知症なのですぐに忘れるだろうけど)。

病院が入院計画書なるものをくれた。入院13日目でコルセットができて16日目には退院予定とのことだ。病院は圧迫骨折の治療(というか悪化を防ぐための安静措置とコルセット作成)をするところ、その後の所謂リハビリ治療は別途考えよということのようである。入院した
病院、ケアマネージャー、行きつけの病院その他関係者に相談して今後を考えねばならぬ。

ところで、検索して動画で胸腰椎圧迫骨折を説明しているサイトを発見。

圧迫骨折は、主に高齢者に見られる疾患ですが、何と言っても非常に多くの人がこの診断を下されている事が特徴です。
そしてもう一つ大きな特徴は、患者さんが骨折である事に気づいていない事が多い、という事です。そのようなことから、まず何よりキチンと診断を受ける事が大切です。

ということだが、問題は診断を受けた後にもあると思う。姑は認知症、糖尿病に加えて今回の骨折を抱えてしまった。まことに、人生は生老病死。先の事はわからぬが、日々の出来事をきちんと消化して我が行く末のお手本にしたい。

 老いるとは生老病死精一杯日々を生きむや未来のために

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2009年1月 4日 (日)

汝、狭き門より入れ

450pxnational_museum_of_western_art 昨日、昼飯を食いに行こうとして家を出て、皆より先に駐車場に向かったらしばらくしても出て来ない。そのうち俺のケータイが鳴ってとったら家人だ。なんでケータイなんぞ使うんだと家の玄関を開けると姑が倒れていた。靴を履こうとして尻餅をついたのだ。

「また、転んだ」と家人が言う。昨年末にも玄関で転んで病院でレントゲンを撮ってもらって大過は無かったのだが、今回は起き上がれない。本人は「苦しい」と言って息が荒い。そのうち治まるだろうと思ったけれど、治まらない。

そこで、去年、誤嚥肺炎で入院した病院に電話して診てもらえるかと訊いた。病歴等ヒアリングされた後に「入院の可能性がありますのでベッドの空きがないと診ることができない。申し訳ないんですが」という返事。
しようがないこうなったら救急と電話する。本人の年齢、状況、所番地を告げて大通りに出て待つ。

救急到着、脈・心電図などとって地域の一番大きな病院と連絡してくれる。「救急が混んでいるのでしばらく待つことになりますがいいですか」「ええ。命に別状は無いようですから」と、この公設民営地域病院に行くことが決まった。
担架に乗せて救急車に運んでくれる。「私も後からついていきます」「ゆっくり来てください」「ええ、わかってます」
ということで、これで三度目の救急コール。俺も手慣れたもんだ。

病院に着いたのが倒れてから一時間後。それから小一時間ほども待ったろうか。診てくれた医者が「脊椎圧迫骨折です。コルセットをつけるために入院するか、 お帰りになりますか」と訊くので「入院させてください」と答え、「入院期間は二週間というのが決まりです。一応、約束となりますがいいですか」「はい、わ かりました」というやりとりで入院が決まった。

よかった。ベッドの空きがあったのだ。姑はラッキーな人だ。
入院のための検査などした後にようやく病室へ。ナースに病歴等ヒアリングされた際に「二週間」の話をすると「そんなことを先生がおっしゃいましたか」と微 苦笑だった。寝たきりになったりして患者側が治療の必要性が無くなっても病院に置いてくれと頼む可能性を医者は一応排除したかったのだろう。

ところで、今年来た同期の年賀状に「前立腺ガンの手術をした」というのがあった。ガンに当たらず(当たっても早期発見)痴呆症にも寝たきりにもならず矍鑠と齢90に到達することをあらためて俺の目標としよう。狭き門だなあ。

 救急を呼んで終われる三が日入院させてひとまず幸運

※画像はロダン「地獄の門」。「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」の銘文でよく知られており、深い絶望をあらわす表現としても用いられるそうである。

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2009年1月 3日 (土)

Messiaen - Turangalîla Symphonie - 5th Movt

  1. 序章 Introduction
  2. 愛の歌 I Chant d'Amour I
  3. トゥランガリーラ I Turangalîla I
  4. 愛の歌 II Chant d'Amour II
  5. 星たちの血の喜悦 Joie du Sang des Étoiles
  6. 愛のまどろみの庭 Jardin du Sommeil d'Amour
  7. トゥランガリーラ II Turangalîla II
  8. 愛の敷衍 Développement d'Amour(
  9. トゥランガリーラ III Turangalîla III
  10. 終曲 Final

という構成の大部な曲であるが、ケータイのお陰でスーパーなどのお供の際に俺一人の世界を作って楽しんでいる。上はそのうちの5、N響アワーのテーマミュージックで使われたことがあるので聞き覚えがある方もいるだろう。演奏は

Pierre Laurent Aimard, Cynthia Millar, Andrew Davis, and the National Youth Orchestra of Great Britain play Messiaen's Turangalîla Symphonie, 5th Movt "Joy of the Blood of the Stars" at the 2001 Proms. Yes, I have the rest of the symphonie. No, I will not upload it. It was a lot of trouble to get. Go here to order yourself a copy if you want the rest. This is merely 6 minutes of this big 75 minute piece.

である。ウィキに以下のような記述があるので参考になった。「トリスタンとイゾルデ」は昔、憧れた音楽である。

全体の構成には「トリスタンとイゾルデ」の影響がある。本作は連作歌曲「ハラウィ(愛と死の歌)」を始めとするメシアンの愛と死の主題に関する三部作の中心を成す作品である(第3部は、無伴奏合唱のための「5つのルシャン Cinq rechants」である)。

調性をかなり逸脱しており全体的に無調性の強い楽章が多いが、第5楽章(嬰ハ長調)および第6楽章と第10楽章(嬰ヘ長調) では完全に調性が明確となり、さらに第2楽章、第4楽章、第8楽章でも部分的に調性の和音が顔をのぞかせ、これらの和音は最終的に嬰ヘ長調に帰結する。つ まり全曲において特に重要な役割を担う調性は嬰ヘ長調であるが、これは『幼子イエスにそそぐ20のまなざし』において「神の主題」とされた和音が嬰ヘ長調 に基づくように、メシアンにおいて特に神性を孕んだ調性であると言える。

そして、もっと面白い部分はこの次の楽章「愛のまどろみの庭」。YouTubeにその断片があるので埋め込んでおこう。なにはともあれ、メシアンの没我独我悦楽世界、イヤホンでここ当分は楽しみ続けるであろう。

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初詣は恒例の浅草寺だったけれど…

初詣は恒例の浅草寺。今年は新宿から新しく出来た高速を通って池袋経由北大回りで行った(渋滞回避できたと思いたい。ガソリン余分にかかったけれど)。
ところが駐車場に苦労。毎年より遅めの出発だったのでいつも駐車している吾妻橋向こうのアサヒビール本社地下駐車場が満杯だったからだ。

雷門の方に回ったけれど行列に並べず見つからずでここでもガソリン無駄にして結局、アサヒビール裏に駐車場があることを発見、墨田区役所地下駐車場休日開放であった。

おしっこが辛抱たまらず俺は家人に運転を代わってもらいトイレに駆け込んで戻ってきたら車がまた戻ってくる。駐車場の係りの人に家人が「車椅子」であるこ とを話したら地下ではなく地上の区役所ビル横に止めさせてくれるとのことだ。よかった、ラッキー。さすがは役所である。係員の人たちも民とは違って官らし くおっとりと見えてくる。

そうそう、もう一つ。雷門から仲見世を抜けて行かないと参拝できないように規制されていた(上のビデオ参照。警察官に口頭確認した)。車椅子連れなので人でぎっしりの仲見世を歩く気にはなれず、脇道を通って本堂横まで到達してそこから本堂へ行こうとしたら警察官にブロックされたのである。浅草寺公式HPにはこの件の情報は無い。「浅草寺 初詣 仲見世 規制」で検索しても浅草観光連盟なるサイトに「12月31日夜より1月3日までは、交通規制が実施されます。また初詣の列や進行方向などのルートに従っていただきますようお願いいたします。」とあるだけである。

ちょっぴり(後になってから→今)立腹したので、この記事はブログに転載することにする。

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辛抱と努力嫌いの我なれば山駆け登る若者眩し

20090103k0000m050017000p_size5 辛抱と努力嫌いの我なれば山駆け登る若者眩し

大晦日は歌番、元日ニューイヤーコンサート、そして二日は箱根駅伝と(録画)テレビっ子の俺である。恒例の浅草寺初詣に出掛ける前に追っかけ視聴、帰ってきてからビデオをCM飛ばしつつずーっと観ていた。

そして今年の圧巻はスーパールーキー柏原竜二。昨年の秋までは無名の存在だったそうだが、東洋大は4区を終えて9位だったが、山上りの5区で区間新記録。先頭だった早大との4分58秒差を一気に詰め、残り4キロ付近から競り合った末に突き放したというのだから凄い。来年も再来年もその次も更にその後も楽しみな選手が大舞台に突如登場である。

ところで、昨日のウィーンフィルで味をしめたのでYouTubeに箱根駅伝の動画はないものかと検索したが無かった。誰かがテレビから投稿してもすぐ消されるのかもしれない。ここがスポーツとクラシック音楽との違いである。

写真は往路5区、東洋大・柏原(右)が早大・三輪を抜いてトップに浮上=2009年1月2日(代表撮影)から勝手拝借感謝。

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2009年1月 2日 (金)

ウィーンフィルニューイヤーコンサート2009  アンネン・ポルカ Annen-Polka

宝山を肴に聴くはウィーン・フィル元日の夜はブルジョア気分

元日の夜はニューイヤーコンサート。例によって録画しておいて追っかけ視聴、俺としては奮発して買った薩摩いも焼酎「宝山」を飲みながら観はじめて、これも例によって酔いつぶれて途中で眠ってしもうた。
それでも、上の駄歌は詠んでいてメモっておいたのだから上出来。「ブルジョア気分」とは客席にいる人たちへの嫉妬から出た言葉であろう、多分。

ところで、「女は入れないウィーンフィル」、近年は女性の入団も認めているのだが、今年びっくりしたのはコンマスの隣に女性が座っていることだった。ネット検索したら、この話は既に有名なことのようで「選ばれたのはブルガリア生まれのアルベーナ・ダナイローヴァ。すでにロンドン・フィルとミュンヘンのバイエルン国立歌劇場でコンマスを勤めた実績のある人」ということである。名前を覚えておこう。

もうひとつ、この番組の前座で伝えていて知ったのだが、ウィーン・フィルの弦楽器は全て楽団所有だそうである。弦楽器を管理している職人がいて、この楽団のあの音色を醸し出している理由のひとつだそうだ。楽団を去るときに楽員は楽器との別れを悲しむだろうなあと思ったけれど、どうだろうか。

以上、今年の豆知識初仕込みであった。映像が無いとサミシイので今年の指揮者バレンボイムの写真でもと思ったが、試しにYouTube検索するともう動画がアップされているのを発見。そのうち見つかって削除されないかと他人事ながら心配である。

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2009年1月 1日 (木)

年越しの蕎麦を肴に歌番と上善如水暮れゆくは我

ビデオ機器を増強(虎祈念CATV/STB購入)したので三番組同時録画が可能になり。テレ東ナツメロと紅白、そしてNHK教育クラシックと三つを録画。

テレ東ナツメロはサヨナラ新宿コマと銘打ってはいるが趣向にめぼしいものがなくつまらなかった。こまどり姉妹健在を知ったのは目出度い。
一方、紅白は相変わらずの金満豪華ステージダンス満載、別に反感も持たなかったが交互に追っかけ視聴していたテレ東ナツメロが可哀相、広いステージに歌手が一人で歌っているのである。

ということで、紅白はいまだHDDに存在、同居人が起きてきたら続きを再生、ゆく年くる年を見つつ雑煮を祝う段取りである。

 年越しの蕎麦を肴に歌番と上善如水暮れゆくは我

そうそう、家人がバーゲンで勝ってきた上善如水三合?瓶を半分ほど飲んで焼酎仕上げでいつものごとく眠り込んだのだが、途中目覚めた後、紅白にもナツメロにも出なかった都はるみ公式HPで健在確認して床に就いたことも忘れないでおこう。
1/1、『心に残るニッポンの歌 新春5時間スペシャル』(コメント出演予定)
1/2、『快傑えみちゃんねる 2009年お正月スペシャル』
以上、2番組だけが今後のテレビラジオ出演予定とHPにはある。

ということで年が明けました。いつもご愛顧していただいている皆さん、そして通りがかりの皆様に謹賀新年であります。Photo

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