歌できず女神の微笑待つ未明ヘッドホンにて愉しむは時
この写真で一首詠みたいと昨日からずっと思っているのだが浮かばない。こういうときはひたすら駄文を重ねて詩の女神が微笑んでくれるのを待つしかないなあ。そこで、ひたすら駄文。
去年はメシアン生誕百周年。テレビで結構放送されたのでメシアン好きになった。あの空中浮遊感覚がたまらぬ。また、サントリーホールでの現代音楽コンサー トのチケットを近所の人に貰ったりした(今年も貰えると期待)ので、大音響生で聴く不協和音の快楽も覚えた。そこへケータイ/イヤホンとの出合い。ついには居間のテレビでもヘッ ドホンで音浸りである。
今、聴いているのは西村朗「室内交響曲第2番」。西村は
大阪市城東区で自転車屋の息子として生まれる。幼い頃の夢は比叡山で僧侶になることだったが、小学校5年のとき放送部に入ったことでクラシック音楽に惹かれ作曲家を志す。
だそうだ。俺はうどん屋の息子だから、自転車屋の息子には親近感あり。そういえば初恋の相手が自転車屋の娘(ええい、書いちゃえ、名前は是常和代、いまだに覚えている)だった。
と、こんな具合で駄文を連ねたら微笑んでくれたかな?
歌できず女神の微笑待つ未明ヘッドホンにて愉しむは時
まあ、こんなものか。これで一日一首、ブログ記事にする(招待制SNS「哲学お喋りパーティ」から転載)。
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