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2009年3月15日 (日)

チェチェン人、ハッサン・バイエフ医師

アバミーで「信仰とは何でしょうか?」質問をしたら「同胞のチェチェン人も、敵のロシア人も、平等に助けた」医師のことを教えてくれた人がいた。検索して、その詳細情報と動画を見つけたので記録しておく。

ところでまた、哲学お喋りパーティで、至道無難、唯嫌揀択(悟りに至る道は簡単、ただ好き嫌いを言わなければ)という禅語も教えてもらった。これも検索して

わたし達は愛し、惜しむ心の上に花の存在をとらえ、嫌いに思う心の上に、すぐにはびこる草の存在をとらえるが、花しろ草にしろ真実の存在は私達の思いの外にある。個人もちの尺度を手放したところに、真実の世界は広がると言うのである。

なる解説に出会い、この次の文章に「好き嫌い、損得、良し悪しに終始しているうちは、至道はやはり難しいようである」とあって、まさに世俗(損得、好き嫌い、理非、善悪)を超えて梵我一如と我田引水納得した。

 人生=世俗(損得、好き嫌い、理非、善悪)+宗教(苦楽、美醜、真偽)

バイエフ医師はスーフィズム信徒とのことだが、悟りが覚悟となり行動に結合している人なのだろう。悟りにも覚悟も遠し春ショール

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