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2009年3月 3日 (火)

「帰依する」が俺にぴったり信仰は何かを思いバルトーク聴く

今朝の脳内大音量コンサートはパルトーク@アルゲリッチ。メシアンのヒュルヒュルチャラチャラ@エロスに比べるとパルトークは重苦しくなかなかアドレナリンが出にくいが、何度も聴いていると面白くなってくる。音楽もある程度、馴れであるのだろう。

ところで、「慈悲は宗教の範囲外であることの発見」をさせてくれた末木文美士(仏教vs.倫理」の著書を今、集中的に読もうとしていて、リクエストしていた「思想としての仏教入門」を今朝から音楽鑑賞ながら読書を始めた。

読んでいたら、「帰依する」という言葉が眼に飛び込んできて「信仰とはどういうことでしょうか?」質問が浮かんだ。回答選択肢は、信じる、拝む、祈る、帰依する、信心、その他である。

 「帰依する」が俺にぴったり信仰は何かを思いバルトーク聴く


そこで、今朝の収穫をメモっておこう。仏経は多様性に満ちた曖昧な教えであるが(インド、東南アジア、中国、日本)、教義の柱は

諸行無常・諸法無我・一切皆苦・涅槃寂静の四法印

とまとめてもいいかもしれない。例によってネット検索して

  いろはにほへとちりぬるを(色は匂へど散りぬるを)
  わかよたれそつねならむ(我が世誰ぞ常ならむ)
  うゐのおくやまけふこえて(有為の奥山今日越えて)
  あさきゆめみしゑいもせす(浅き夢みじ酔いもせず)

この四法印を解説しつつ、いろは歌に触れているサイトを見つけたのでリンクしておく。

人生=ロゴス(損得、好き嫌い、善悪)+エロス(快不快、美醜、真偽)
   =意識( 損得、好き嫌い、善悪)+無意識(快不快、美醜、真偽)
   =世俗( 損得、好き嫌い、善悪)+魂(快不快、美醜、真偽)

世俗は意識的論理的に暮らす世界、魂(快不快、美醜、真偽)は論理とは違うレベルを生きる。真善美のうち、善は世俗の問題、真と美とは非世俗の問題だと思いがいたりました。                       

と今朝、アバミーでコメントした。さて、仏教に魂(快不快、美醜、真偽)を発見できるだろうか。

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