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2009年4月14日 (火)

先住民保護という思想

NHKスペシャル「ヤノマミ 奥アマゾン 原初の森に生きる」を観た(再放送は4月15日(水)  午前0時45分~1時44分)。世界で最も原始的とも言える彼らの人口は2万(ベネズエラで1万2千人、ブラジルで8千人ほど)にも及ばず絶滅の危機に迫られているそうだが、現在でも所謂文明社会とは全く無縁に狩猟生活を続けている人たちだ。

彼ら彼女らの風習で最も印象的なのは

女子は平均14歳で妊娠・森の中で出産。へその緒がついたままの状態で人間の子供として育てるか、精霊にするかの選択を迫られる。精霊にすると決めた場 合、へその緒がついた状態でバナナの皮にくるみ、白アリのアリ塚に放り込む。その後、白アリが食べつくすのを見計らい、そのアリ塚を焼いて精霊になったこ とを神に報告する。

である。見方を変えれば嬰児殺しとでも表現できる風習である。

そして、「ヤノマミ族との接触には政府の許可が必要です。よって、ツアーの始まる丸2か月前にあなた方の旅券のコピーと全額の50%前払いとして必要です」ということのようで、文明社会人との接触を政府が管理している(先住民保護区として指定。非先住民地主の退去命令事件なども起きているようだ)。

番組では先住民保護の内容に立ち入っていなかったが、先住民の側からの文明社会との接触要望は無いのだろうか、嬰児殺しともいえる風習に対して一般世論の反応はどうなんだろうか、更には彼ら彼女らの選挙権等人権保護はどうなっているんだろうなどと余計なお節介まで考えてしまった。

トキなどの動植物保護と先住民保護とを同列に考えているのではないだろうけど、気になることは気になるのである。

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