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2009年6月17日 (水)

才能方程式

このところ、DVDにダビングした(200枚以上はありそう)音楽番組の復習・整理をしているのだが、今朝の「教育者 斎藤秀雄の真実」が面白かった。
斎藤は、終戦後、巌本や森正らの室内楽活動に手を貸す傍ら、1948年には井口基成伊藤武雄吉田秀和らと「子供のための音楽教室」を開設。これが後の桐朋学園の一連の音楽系学科開設につながっていくという今日の日本のクラシック音楽、演奏家の基盤を作った人である。

この番組の中で斎藤が「素質や努力は教えて出来るものではない。教育者に出来ることは注意力を育てることだけだ」と語ったのが(最近、コーラスを始めた俺には)殊に印象的だった。

素質も無いし努力も嫌いな俺だけど、コーラスの練習で先生が指示してくれる「歌いすぎ。この歌はそんなにきばって歌うものではない」とか「もっとしゃくって歌いなさい(これは「上を向いて歩こう」に関する注意)」はなるほど納得の注意である。言い換えると、自分の演奏ばかりに目が向いている演奏者に対して、曲想とか演奏を客観的に判断して注意する事柄を指摘してくれる、それが教師の中心的役割だということだ。

言われてみればあたり前の話だけど、素質を引き出すとか努力、根性とかを叩き込むのが教師の仕事ではないのである。注意力を高める、知恵を身につけさせるのが教師の仕事ということだ。これを方程式としてまとめると、

 才能=素質+努力+注意力(知恵)

ということになる。努力が嫌いな俺にぴったりの方程式だと自画自賛である。

 権力と権威・強制嫌ひなり努力もせずにまた夏が来る

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