ショスタコーヴィチと構造構成主義
昨日、mixiの森の中をちょろちょろとコミュニティ探しをして見つけたのが「ショスタコーヴィチ」と「構造構成主義」のコミュニティ。「ショスタコーヴィチ」には次のような挨拶を書き込んだ。
はじめまして。土曜日と申します。
遥か昔、高校時代に5番/ロジンスキー指揮のレコードをを聴いたのがクラシック音楽に入った第一歩でした。最近、また、ショスタコーヴィチに目覚
めて(彼の音楽が一番、アドレナリンがでることにようやく気づきました)交響曲全曲踏破中です(弦楽四重奏曲は一応、エマーソンSQの全曲演奏を図書館か
ら借りてケータイに落とし込んでいます)。
このようにショスタコーヴィチは私の青春です。皆様、よろしく遊んでやって下さい。
そして、構造構成主義には
はじめまして。土曜日と申します。
「構造構成主義とは何か―次世代人間科学の原理」を読んで読書感想文を書いて理解した気分でいる一知半解です。読書感想文に
外部世界も実在しないし、唯一の正しい科学理論もありません。理論や政策の真理性という話は全部インチキです。擁護すべきものは、世界中の人々の意識の中に存在している、相互に共通であったり背反したりしている多元的な心的構造の実在性だけです。
私がここで提唱している多元主義社会は、世界の人々が、破滅に向かわないで、共存可能な、恐らく唯一の最終社会形態です。
を(確か、池田清彦さんの言葉だと記憶)引用して時々、自分で読み返しています。そして、
(1)反帝国主義(資本による政府乗っ取りを防ぐ)(2)自由主義(とりわけ思想言論の自由を維持拡大する)(3)多元主義(共産主義・ファシズ
ムの亡霊と戦う)(4)社会的共通資本の重視(資本がエネルギー・食糧・水・環境を食い潰すのを防止する)という旗印で人民戦線設立/俺は安穏な老後を楽
しめるという妄想を抱いているアホウです。
というのが自己紹介だ。そこで、ショスタコーヴィチを聴くとアドレナリンが出る理由が今、わかった。価値一元主義の権化(ソビエト連邦)で窒息しそうになりつつも諧謔と皮肉と屈従と内なる闘争心でなんとか生き伸びて音楽を発信し続けた彼のアドレナリンを貰っているのだと。
| 固定リンク
「哲学」カテゴリの記事
- はじめての言語ゲーム(感覚の一致が先か、言語ゲームが先か)(2009.11.25)
- 希望学(2009.09.15)
- 人類が(懲りずに)惹き起こす大量殺戮の原因は何だろう(2009.08.16)
- 愛縛清浄(2009.08.15)
- 孤独な鳥は(2009.08.08)

コメント