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2010年4月22日 (木)

映画「ただいま それぞれの居場所」感想

東中野ポレポレ、山手通りをちょろっと歩いたり見渡したりしても場所がわからぬので電話して聞いたら「なんだプラットホームから目の前じゃん」。
上映時刻まで時間をスーパーのソフトクリームでつぶしてビル地下の館内へ。こじんまりした館内だが6割以上の客の入り、まずまずなんだろうか。

映画感想、情的結論から書くと、だらだらで終わった感じ。もっと感動的なものがあると思ってハンケチまで用意したのに。

徘徊癖とか暴力とかのために通常の施設では受け入れてもらえなくて介護保険の枠外施設でそれぞれの生活を送っている認知症の人々とそれを支える施設スタッフの記録物語。姑の認知症にもこういう時期はあったけどなんとか介護保険医療制度の枠内で済んだなおと思いながら観た。

制度は原則。原則だから平均点を基準に作られる。しかし原則には必ず例外がある。例外まで制度で拾うとコストがかかる。従ってこの映画で取り上げたような制度外施設は必要、そしてまた制度外施設をリスクを背負って立ち上げた人々の存在は嬉しくなる。

ところが、このような制度外施設で火災や事故が発生するとマスゴミは非難するのだろうなあ。多数派が少数を(それだけを理由にして)非難するのは「泥棒に も三分の理」に反する不合理、従ってこのような制度外施設の存在とその必要性を広く世の中に知らしめようとする努力は合理的なものだというのが映画感想理 的結論。

しかしながらワタクシ的には多数の側に属しているのが安穏なことは否定できない。そこで俺は安穏に死ねるよう他人様の世話にならぬよう多数派に居場所を持ったままで生涯を終えるべくプールにせっせと通うのである。

ドキュメンタリー映画『ただいま それぞれの居場所』では、設立から23年になる民間福祉施設と、新たに、若者によって設立された三つの施設を取材。人手 不足や低賃金などの問題ばかりが取り上げられがちな介護の現場ですが、映画は、利用者やその家族と深くかかわることを望み、日夜奮闘する施設のスタッフた ちの姿を映しだしていきます。そして、いくつもの人生の最後の季節、生と死のあわいに向き合い続ける日々が、スタッフそれぞれの哲学を育んでいきます。

2010年04月21日(水)

3:50起床。MET「タイス」続き、快楽主義遊女タイスは享楽の一方で虚ろな心、原理主義修道士は真実の愛に目覚めよと説く。遂にタイス回心(タイスの瞑想曲)、タイスは修道院に入る。タイスと離れて修道士に募る恋心、「俺の言葉は偽りだった」と打ち明けるがタイスの死によって物語終了。
posted at 07:32:15

@biwaprancer @udonenogure1 おはようございます。オペラのヒロインはたいてい死にます。「西鶴の女みな死ぬ夜の秋」長谷川かな女を思い出した朝です。
posted at 07:45:59

「虚礼禁止」←プールの帰りのミニバス運転席にあった貼り紙。年賀状だと「虚礼廃止」敬礼だと「虚礼禁止」か、なるほど。
posted at 11:13:46

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