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2010年4月26日 (月)

テレビ観てネット眺めて検索し風景つくる天井桟敷

俺のブログは「天井桟敷からの風景」というタイトル。先ほどの「NHKスペシャル「上海 百年の物語 激動を生き抜く」 」をトゥギャりを今日の記事としよう。



2010年04月25日(日)

5:10起床。ゲルギエフN響悲愴、しばらく聴いたがつまらぬ、色気がない。途中放棄してエスケッシュ×ルゲ(オルガン×ルゲ)デュオに切り替え。聴いたことがない曲ばかりだが面白し。音楽の面白さとはなんだろうと思う。
posted at 07:23:02

@biwaprancer おはようございます。快晴の朝です。
posted at 07:34:50

ショパンはパリで葬られたが心臓だけは姉によってポーランドに持ち帰られたという話を名曲番組で拾った。移動に時間を要する時代、ドライアイスもなくて大変だったろう。そして、ちょっぴり本当かなあと思う。
posted at 07:44:22

真理と正義は一致しない@スピノザ:彼はデカルトと同じ合理主義者でありながら、「理性は真理と叡智の領域を、神学は敬虔と服従の領域を」と主張して、信仰と科学とは次元が異なる→無関係だとした。http://bit.ly/cedBSp
posted at 07:52:23

大人のための科学哲学入門:物自体は知り得ない(カント)。このカントの立場を一歩進めて、対象の実在は認め(独立性テーゼ)、法則の実在は否定する(知識テーゼ)のが科学哲学でいうところの反実在論である。唯物論を採りながら反実在論がなうい。http://bit.ly/brMa3E
posted at 08:00:27

ことばは意味をもてるか:帰納のみでは理論を決定することができない(決定不全性)から「ことばは実在世界に意味をもてない」。従って、コトバの意味は実在世界にあるのではない。コトバは実在についての論理モデル対象を指示しているということだ。http://bit.ly/cBYRb9
posted at 08:09:58

@udonenogure1 おはようございます。快晴の下、プールへ歩く朝です。
posted at 08:16:54

@keith2forests おはようございます。毎日満喫日曜日です。
posted at 08:17:55

昨日の合唱練習録音反芻しながらプール往復。「咽喉で歌うな、息づかいで歌え」女性に接するように優しく丁寧にと自戒。全ては仕事、丁寧で楽しい仕事なり。
posted at 11:04:14

世界的微小「グルーのパラドックス」入門:帰納に合理的根拠があるか。①ヒュームが提出した懐疑論。昨日と同じく今日も太陽はのぼるのかという懐疑。②グルーのパラドックス。言語の曖昧さ・恣意性(分節の恣意性)に発するパラドックスだ。http://bit.ly/cDsFMF
posted at 11:51:55

ウィトゲンシュタインのパラドックス:「規則は、行為の仕方を決定することはできない。なぜなら、いかなる行為の仕方も、その規則と一致させることが可能だからである」。つまり、現象から帰納できる規則(法則)は一つとは限らないということ。http://bit.ly/10Y51Y
posted at 12:00:08

ウィトゲンシュタイン「論理哲学論考」より引用→6.41 世界の意義は世界の外になければならない。世界の中ではすべてはあるようにあり、すべては起るように起こる。世界の中には価値は存在しない。http://bit.ly/bCCzSt
posted at 12:27:44

認識論の自然化・社会化:経験によって検証されるのは、独立の言明でなく、体系全体である(クワインのホーリズム)。このことはまず科学と非科学の境界を霧散させ、更には分析命題/綜合命題の区別も解消する。理論の正しさを保証するのは人間以外にない。http://bit.ly/dwrm7y
posted at 12:48:55

言語論的転回:知識は心の中に観念としてあるのではない。知識は公共の財産(言葉)として存在し、言葉の意味は言語におけるその使用形態(ウィトゲンシュタイン)だ。将棋の駒(観念)に意味は無く、将棋というゲームにおいて駒が使われる用法が駒の意味。http://bit.ly/dwrm7y
posted at 13:02:21

西洋哲学史概観:自然主義(古代原子論)→反自然主義(プラトンのイデア一元論)→反プラトン主義(認識論的転回:デカルトの物心二元論、そしてニーチェ)→言語論的転回(反観念論フレーゲ)という流れをたどってきた。http://bit.ly/cKypGO
posted at 13:08:43

スコラ/坂本龍一/バッハ最終回(対位法)の感想→音楽は時間と共に推移変移(旋律・リズム)する建築物(和音)である。
posted at 13:47:49

スコラ 坂本龍一 音楽の学校(バッハ編)が終了 http://doyoubi.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/post-87ca.html とぅぎゃりました。
posted at 15:53:42

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