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2010年7月10日 (土)

我が青春の大地の歌

昨夜の東京芸術劇場、読響。

指揮:シルヴァン・カンブルラン
アルト:エカテリーナ・グバノヴァ
テノール:ミヒャエル・ケーニッヒ
ハイドン/オラトリオ〈天地創造〉から序奏
ヴァレーズ/砂漠
《マーラー・イヤー・プログラム》
マーラー/交響曲〈大地の歌〉

三階席I列(\3000)は天井桟敷一番後ろから三列目だったが、NHKホール天井桟敷よりはステージが近い。

前半はヴァレーズ「砂漠」のハイドン「天地創造~序奏」サンドイッチ。ヴァレーズを楽しみつつハイドンの現代的響きを再認識して欲しいというプログラム。なるほど言われてみればそうかと思う。ヴァレーズ、図書館で探してみよう、ハイドン天地創造どこかに録画があったなあ。

そして、後半が大地の歌。四十年前梅田新道の名曲喫茶「日響」で数え切れないぐらいリクエストした曲だ。「生は冥く死もまた冥い」などとニヒリストを気取りながら。

第一楽章、テノールは三階席では聴こえぬ。おいおい、どうしたんだよ。第三楽章では立ち直ったがそれでも頼りない声量の無いテノールだっ た。そのお蔭でエカテリーナ・グバノヴァは引き立つ。透明感を感じさせつつ深みのあるアルトだ。最終楽章「告別」、このように美しく死にたいなあと思うのだが曲は当然ながらいつかは終る。フライング拍手も無くよかった。

カンブルラン(俺と同い年やんかあ)はもうちょっと粘っこく振ってもよかったと思うのだが、初生読響も上手だった。N響とどちらが上手いなどとは決して考えない。

2010年07月09日(金)

3:00起床。ガーシュイン興味の「巴里のアメリカ人」前半盛り上がらずエンディングに向けてもいまいち。ヘレヴェッヘでエロイカ、古楽奏法(ノンヴィヴラート等)が気にならなくなり新鮮な響きしかしエロスに欠ける(指揮者の顔のせいかも)。ヤルヴイ/カンマーフィルはさすがと思う。
posted at 07:24:55

@Hiro_NaOka @boosuke23 @sunajopon @biwaprancer @azumizoku @itutubosi @kgussan @udonenogure1 おはようございます。肝心の時に勝てない阪神に我が身を映し梅雨空眺む
posted at 07:32:32

#twnovel 朝の通勤電車、亡くなった父を想っていた。大工の父は汗をいっぱいかいて仕事から帰ってくる。私は父の膝の上で汗の臭いをかいで幸せな子供だった。そんな回想に耽っていると父と同じ汗の臭いが。隣の逞しそうな男のものだった。私は思わず彼の××を握った。車内に悲鳴が響いた。
posted at 07:58:05

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