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2010年11月 7日 (日)

日本より頭の中の方が広いけれど…

BS2が司馬遼太郎「街道をゆく」を再放送しているのに最近気づいて録画して鑑賞している。直近の放送は「本郷界隈」

司馬はこの地を西洋文明の「配電盤」と表現し、「配電盤」の役割を担った帝大生夏目漱石を通して、「明治国家」の姿を見つめようとした。

「街道をゆく」は昔、全編を読んだ(筈な)のだが内容殆ど覚えていない。
番組によれば「本郷界隈」は漱石「三四郎」の中の次の文章で締めくくられているそうだ。

□三四郎が熊本から東京へ行く汽車の中
「然しこれからは日本も段々発展するでしょう」と〔三四郎は日本を〕弁護した。すると、かの男は、すましたもので、
「亡びるね」と云った。—―熊本でこんなことを口に出せば、すぐ擲ぐられる。わるくすると国賊取扱にされる。三四郎は頭の中の何処の隅にもこう云う思想を入れる余裕はない様な空気の裡で生長した。だからことによると自分の年齢の若いのに乗じて、他を愚弄するのではなかろうかとも考えた。男は例の如くにやにや笑っている。その癖言葉つきはどこまでも落付いている。どうも見当が付かないから、相手になるのを已めて黙ってしまった。すると男が、こう云った。
「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より……」で一寸切ったが、三四郎の顔を見ると耳を傾けている。
「日本より頭の中の方が広いでしょう」と云った。「囚われちゃ駄目だ。いくら日本の為を思ったって贔屓の引倒しになるばかりだ」
 この言葉を聞いた時、三四郎は真実に熊本を出た様な心持がした。同時に熊本に居た時の自分は非常に卑怯であったと悟った。

頭の中は日本よりも世界よりも広い。その証左の代表例が音楽だ。音楽は国境も時代も超えて生き、人は時代に固定され(少数の例外を除いては)国境に縛られている。

「戦場のピアニスト」は傑作だった。前にも観たような記憶があるのだが忘却の彼方。今回は記憶に刻みつけておこう。ショパンで一番好きな夜想曲嬰ハ短調「遺作」、孤独の曲である。演奏は「戦場のピアニスト」実話主人公シュピルマン。

2010年11月06日(土)

4:25起床。ポランスキー監督「戦場のピアニスト」 http://amzn.to/cZXndB 前半鑑賞。以前に観たような記憶があるがどうも思い違いか。ドイツ軍の残酷圧制に耐えられない思い。日本軍もこんな残酷ぶりだったのだろうか。痛いの大嫌いな俺は全ての暴力反対。posted at 06:17:52

@sunajopon@biwaprancer @azumizoku @itutubosi @kgussan @udonenogure1 他の皆様、おはようございます。映画「戦場のピアニスト」を観て何はともあれ平和な社会を有り難く思う朝です。
posted at 06:19:26

#twnovel 彼とは2年になる。最初は遊びのつもりだったのにあの優しさが私を本気にしてしまった。私を気遣ってくれてあの時も上手に導いてくれる。彼の胸の中で彼の匂いに包まれて私は幸福。甘えたり拗ねたり泣いたりしてもいつも優しく微笑んでいる。彼に家庭さえ無ければもっと幸福なのに。
posted at 07:25:59

行く秋や軍歌の響き高まりて #jhaiku #fhaiku #haiku #kigo 「ゆく秋やわれとわが知る身のやまひ」久保田万太郎
posted at 07:53:35

冬近き平和の街をしばし行く RT @sunajopon: @doyoubi おはようございます。ストーブの前でコーヒーを飲むしみじみ平和な朝。しかも出勤に余裕があるのでパック中 ^^。
posted at 07:55:36

混声合唱団Shin定期演奏会11/13(土)14時~パルテノン多摩(多摩センター駅から徒歩5分)無料ご招待します。来て頂けたら感謝感謝です。DMお待ちしています。
posted at 11:51:53

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