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2011年2月25日 (金)

漱石の懊悩と「自己本位」への到達

中東の情勢を見るにつけ、キリスト教よりもっと新しく成立したイスラム教社会と欧米立憲民主主義社会(日本もまがりなりにもその一員)との違いは何だろうと思う。そして、とりあえずの答えは個人主義の存否かなあと臆断するのだ。そこで我が日本。近代日本で個人主義について語った漱石、ググッたら「私の個人主義」全文が見つかったので(ちょっと長いけど)主要部分をコピペしておく。

この時私は始めて文学とはどんなものであるか、その概念を根本的に自力で作り上げるよりほかに、私を救う途はないのだと悟ったのです。今までは全く他人本位で、根のない萍のように、そこいらをでたらめに漂よっていたから、駄目であったという事にようやく気がついたのです。私のここに他人本位というのは、自分の酒を人に飲んでもらって、後からその品評を聴いて、それを理が非でもそうだとしてしまういわゆる人真似を指すのです。一口にこう云ってしまえば、馬鹿らしく聞こえるから、誰もそんな人真似をする訳がないと不審がられるかも知れませんが、事実はけっしてそうではないのです。近頃流行るベルグソンでもオイケンでもみんな向うの人がとやかくいうので日本人もその尻馬に乗って騒ぐのです。ましてその頃は西洋人のいう事だと云えば何でもかでも盲従して威張ったものです。だからむやみに片仮名を並べて人に吹聴して得意がった男が比々皆是なりと云いたいくらいごろごろしていました。他の悪口ではありません。こういう私が現にそれだったのです。たとえばある西洋人が甲という同じ西洋人の作物を評したのを読んだとすると、その評の当否はまるで考えずに、自分の腑に落ちようが落ちまいが、むやみにその評を触れ散らかすのです。つまり鵜呑と云ってもよし、また機械的の知識と云ってもよし、とうていわが所有とも血とも肉とも云われない、よそよそしいものを我物顔にしゃべって歩くのです。しかるに時代が時代だから、またみんながそれを賞めるのです。
(中略)
私はそれから文芸に対する自己の立脚地を堅めるため、堅めるというより新らしく建設するために、文芸とは全く縁のない書物を読み始めました。一口でいうと、自己本位という四字をようやく考えて、その自己本位を立証するために、科学的な研究やら哲学的の思索に耽り出したのであります。今は時勢が違いますから、この辺の事は多少頭のある人にはよく解せられているはずですが、その頃は私が幼稚な上に、世間がまだそれほど進んでいなかったので、私のやり方は実際やむをえなかったのです。
 私はこの自己本位という言葉を自分の手に握ってから大変強くなりました。彼ら何者ぞやと気慨が出ました。今まで茫然と自失していた私に、ここに立って、この道からこう行かなければならないと指図をしてくれたものは実にこの自我本位の四字なのであります。
 自白すれば私はその四字から新たに出立したのであります。そうして今のようにただ人の尻馬にばかり乗って空騒ぎをしているようでははなはだ心元ない事だから、そう西洋人ぶらないでも好いという動かすべからざる理由を立派に彼らの前に投げ出してみたら、自分もさぞ愉快だろう、人もさぞ喜ぶだろうと思って、著書その他の手段によって、それを成就するのを私の生涯の事業としようと考えたのです。
 その時私の不安は全く消えました。私は軽快な心をもって陰欝な倫敦を眺めたのです。比喩で申すと、私は多年の間懊悩した結果ようやく自分の鶴嘴をがちりと鉱脈に掘り当てたような気がしたのです。なお繰り返していうと、今まで霧の中に閉じ込まれたものが、ある角度の方向で、明らかに自分の進んで行くべき道を教えられた事になるのです。

ということで、漱石の「自己本位」とイスラム教との関係を論ずる識見は持ちあわせていないが、漱石の懊悩の一端は垣間見た気分になったのだ。ちなみに、不肖俺にもエラソーに「他人本位の生活、自己本位の人生lがあるのでご参考までとどこまでも自己本位である。

私の個人主義 (講談社学術文庫 271) 私の個人主義 (講談社学術文庫 271)
夏目 漱石

漱石文明論集 (岩波文庫) 「普通がいい」という病~「自分を取りもどす」10講 (講談社現代新書) 漱石日記 (岩波文庫) 「私」を生きるための言葉 日本語と個人主義 虞美人草 (新潮文庫)

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2011年02月24日(木)

3:40起床。「浮世柄比翼稲妻」三津五郎、橋之助、福助。長屋に花魁道中がやって来たり隣りの部屋で刃傷沙汰が起こっているのに狭い長屋で気づかない脳天気色男など荒唐無稽享楽的お芝居。三津五郎の白塗りに対して橋之助は男らしい色黒化粧、福助の早変わり三役など、歌舞伎は演劇ではなく舞踊なり
posted at 07:18:58

@sunajopon @biwaprancer @azumizoku @itutubosi @kgussan @udonenogure1 他の皆様、おはようございます。今日で労働は終了、そろそろ確定申告(医療控除)準備しなくっちゃの朝です。
posted at 07:20:15

#twnovel あいつを電車に乗せた後、俺は井の頭線へ。電車の中で彼との会話を思い出す。神=運命+沈黙+愛か。あいつは自分を納得させる理由が欲しかったのかも。白ヘルでにこやかに笑っていた男が何十年も後に神を信じようとする。いのち得て歳月に降るさくらかな。そうだ、小説を書こう。了
posted at 07:37:54

そうです。正月録画を今頃観てます。三津五郎は色気に欠けます。RT @antea24: @doyoubi …『浮世塚』つまり「鞘当」ですね。このあいだ放送されたものかしら?本来なら花道二本…渡り台詞を堪能できるのです…両花道を生で見るとテニスのラリー…右、左、と…それが楽しい。
posted at 07:42:01

あ、そうですか。でも、家のバソコンで書類を作って持って行くので混雑には巻き込まれないと去年の実績です。 RT @antea24: @doyoubi 医療費控除だけでしたら、他の確定申告より一週間早く始まってます。すいてますので、来年からはお早めに。…
posted at 07:43:36

何事も語らぬ神や光る風 次は女、モデルは光浦靖子 http://peepee.cocolog-nifty.com/peepee/2011/02/q-ab2f.html RT @sunajopon: @doyoubi こんにちは。次も主人公は男性かしら?/風光る寡黙な神の咳払い
posted at 13:36:50

猫柳節酒続かぬあほんだら #jhaiku #fhaiku #haiku #kigo
posted at 13:45:47

「連作小話「追憶」」をトゥギャりました。 http://togetter.com/li/104962
posted at 13:57:47

同様+賞味期限切れ RT @sunajopon: わたしは自分が好き過ぎるのかもね ^^; RT @doyoubi: 何事も語らぬ神や光る風 次は女、モデルは光浦靖子 http://bit.ly/fhZfy1
posted at 15:58:35

漱石の「私の個人主義」を俺流に理解すると「他人を頼るな、信じるな、期待するな。みんな誰しも自己愛の産物なのだから、自分をかまってくれるなんて思うな。更には、人間大好き・他人は嫌いというのが健全な他人観だ」http://bit.ly/eF8HQf となる。自己愛&自己本位なり。
posted at 17:37:40

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