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2011年10月24日 (月)

野矢茂樹「語りえぬものを語る」読書ノート

語りえぬものを語る 語りえぬものを語る
野矢 茂樹

意識は実在しない 心・知覚・自由 (講談社選書メチエ) 生き方と哲学 ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む (ちくま学芸文庫) ウィトゲンシュタイン (KAWADE道の手帖) 青色本 (ちくま学芸文庫)

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を書き始めてしもたがな。紹介記事を書いたらそれをきっかけに旧友が読み始めて責任上俺もなんとかせなあかんなと図書館にリクエスト。土曜日に入手して(読めるかいなと少々不安だったが)読み始めたら結構読みやすい。そこで、読書ノートに着手。

全26パーツ、各パーツに1ツイートの方針でツィートしながら読んでいるが、問題は根気。根気維持動機付けするべく下にトゥギャルを貼っておこう。

ところで、昨日はもう一つ収穫。ETV「原発事故への道程」、戦後史俯瞰ともなっている番組だった。丁寧な文字起こし記事を検索発見したのでこれを読みながら鑑賞されよ。

2011年10月23日(日)

@doyoubi は23143日生きた。人生あと6857日しかない。今日は有意義だったか? #30thou http://t.co/zqTPeoUK
posted at 00:39:28

2011年10月22日を普通に過ごした。"SKF2011「青ひげ公の城」小澤征爾/俺の趣味には合わないがヴ..." http://t.co/zqTPeoUK #30thou
posted at 06:16:38

@biwaprancer おはありございます。トゥランガリラ交響曲徒歩プールの朝です。
posted at 07:25:16

100年インタビュー「96歳のジャーナリスト・むのたけじ」http://t.co/JIXkSwzr 「他人依存と責任転嫁が戦後日本を駄目にした。人間を敬う、人間を人間以外の物差(民族・言語・宗教・文化)で計るな」との言葉を記録しておく。独立自尊・敬天愛人とも翻訳できるな。posted at 07:30:38

戦争絶滅へ、人間復活へ―九三歳・ジャーナリストの発言 (岩波新書) 戦争絶滅へ、人間復活へ―九三歳・ジャーナリストの発言 (岩波新書)
むの たけじ 黒岩 比佐子

希望は絶望のど真ん中に (岩波新書) たいまつ十六年 (岩波現代文庫) 詞集 たいまつ〈1〉 (評論社の新書 (114)) 詞集 たいまつ〈4〉 くまとやまねこ

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まおゆう魔王勇者 4この手でできること by 橙乃 ままれ http://t.co/XahXKFml 私のブログでいつもお買い上げ頂き有難うございます。コミックスには頓と縁なき衆生になってしまいました。
posted at 08:11:50

まおゆう魔王勇者 4この手でできること まおゆう魔王勇者 4この手でできること
橙乃 ままれ toi8

まおゆう魔王勇者3 聖鍵(せいけん)遠征軍 まおゆう魔王勇者 2忽鄰塔(クリルタイ)の陰謀 まおゆう魔王勇者 1「この我のものとなれ、勇者よ」「断る!」 まおゆう魔王勇者 エピソード1 楡の国の女魔法使い【Amazon限定予約特典 橙乃ままれ&toi8 書き下ろしメッセージペーパー付】 ログ・ホライズン2 キャメロットの騎士たち

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ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」、コリオラン序曲 (モノラル) ( Beethoven : Sym No5 / Furtwangler BPO (1943) ) by ベートーヴェン http://t.co/e45hbHl9 FM音楽の泉で放送した運命なう。凄みあり。
posted at 11:13:15

B0030G0G50 ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」、コリオラン序曲 (モノラル) ( Beethoven : Sym No5 / Furtwangler BPO (1943) )
ベートーヴェン
ALTUS 2008-08-21

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1.猫は後悔するか:「論理空間・分節化された世界・分節化された言語、これらはすべて厳密に同時に成立する」。現象を分節(対象と関係)化して人は理解する。逆に、分節は論理空間(語り得るもの)を切り開く。野矢茂樹は「語り得ぬものについての沈黙」を自著「語り得ぬものを語る」の出発点とした
posted at 12:18:21

2.思考不可能なものは考えられないか:「私は私自身の論理空間と異なる他者の論理空間を考えることができない。これが『論理哲学論考』の独我論にほかならない」が「私の論理空間は決定的に私のこれまでの経験に依存している」。だから「私は、この独我論を拒否したいのだ」と野矢は書いている。
posted at 12:36:43

3.世の中に「絶対」は絶対ないのか:「相対主義それ自体はなんらかの絶対性をもたねばならない」「相対主義は、いっさいの主張を相対化しようとする力」「その意味で、相対主義は語りえないのである」。相対主義は主張ではなく、その正しさが検証不可能だ。それが証拠に俺がいつか死ぬのは絶対なり。
posted at 13:30:55

4.真理の相対主義は可能か:真理の相対主義とは同一意味の主張の真偽が文化によって異なるとする考え方であるが、「真理と意味は密接に関係している」から「真偽において評価が正反対であるのに、どうして両者が同じ内容のことを意味していると言えるのか。これが、真理の相対主義の根本的な問題」。
posted at 13:54:53

「原発事故への道程 前編~置き去りにされた慎重論~」要約 http://t.co/CwTUjMkC と番組動画 http://t.co/VjZ5fP78 。後編要約 http://t.co/foHVI9n5 と番組動画 http://t.co/foHVI9n5
posted at 15:18:51

経済性を追求した結果、東電が福島第一1原発建設でやったことが、台地を削ることであった。冷却水となる海水を35mまで引き揚げることは不可能。ターンキー契約は一括契約であったためポンプ変更の追加要求は受け付けてもらえないと考えた。http://t.co/WjavxrM1
posted at 16:19:00

ターンキー契約の盲点は他にもあった。GEの設計には非常用電源のディーゼル発電機が海側のタービン建屋の地下に設置されることになっていた。これも見直しが行われることなく設計図面通り建設された。http://t.co/WjavxrM1
posted at 16:28:31

1973年10月、伊方裁判が始まって間もなく日本はオイルショックに見舞われる。石油不足から火力発電の操業が滞るようになり、計画停電で街は真っ暗に。経済界中心に原発建設を求める機運が一層高まる。伊方原発では着々と建設が進んでいた。http://t.co/vGyU8c5H
posted at 17:10:40

最高裁は上告を棄却。原告住民の敗訴が確定。「原子炉設置許可は各専門分野の学識経験者などを擁する原子力委員会の科学的専門技術的知見に基づく意見を尊重して行う内閣総理大臣の合理的判断にゆだねる趣旨を解するのが相当である。」http://t.co/ZLsIUiQI
posted at 17:56:57

「「原発事故への道程」感想:被爆国故の原子力平和利用幻想+正力讀賣の世論操作が原発導入に踏み切らせ基礎技術軽視(湯川秀樹は正力と衝突して原子力委員を一年で辞めた)と米GEからのターンキー導入は福島事故の遠因となった。また、高度成長する上で原発は必須であり止めることは司法も出来ず。
posted at 18:07:47

5.霊魂は(あるいは電子は)実在しうるのか:「経験超越的な実在は、あくまでもなんらかの立場にとっての実在」「神が存在するのもしないのも、電子が実在するのもしないのも、それぞれにとって本当だ」。数も経験超越的な実在だから、数が存在しない世界も本当だ。実在こそも経験超越的概念だろう。
posted at 19:01:25

「野矢茂樹「語りえぬものを語る」読書ノート」をトゥギャりました。 http://t.co/xYPH6gvu
posted at 19:09:53

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「哲学」カテゴリの記事

コメント

「『論理哲学論考』を読む」を読む (その1~8)という記事を書いてみました。
興味がおありでしたら、読んで批評していただきたいと存じます。

http://ameblo.jp/toorisugari-ossan/entry-10805436866.html#main

投稿: 御坊哲 | 2011年12月23日 (金) 午後 07時14分

その1、2を拝読しました。わかりやすく面白かったです。続きはどこにあるのでしょうか。各記事に次へのリンクがあると助かります。

投稿: 土曜日 | 2011年12月24日 (土) 午前 08時08分

記事が飛び飛びになっていてすみません。
「その2」の次に別の記事(Fool's Paradise)を入れてしまいました。その3はその次にあります。
記事の上の見出しの左側をクリックしていけば、新しい記事が出てきます。

« Fool’s Pa・・・ | 記事一覧 | 「『論理哲学論考』・・・ »


とりあえずその3のアドレスも載せておきます。http://ameblo.jp/toorisugari-ossan/entry-10809580219.html#main

投稿: 御坊哲 | 2011年12月24日 (土) 午前 10時30分

お手間をおかけしました。お陰でその8まで拝読することが出来、同記事に「数は実在か」などと質問してしまいました。団塊哲学同好の誼で(もっとも私は最近あんまり哲学してませんが)宜しくお付き合いをお願いいたします。

投稿: 土曜日 | 2011年12月24日 (土) 午後 04時18分

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