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2014年9月 5日 (金)

「使徒的人間」を読む/その2、映画「休暇」

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吉村昭原作「休暇」門井肇監督2007年

重く静かな秀作。死刑囚の犯した罪は敢えて暗示に留めている。刑務官には具体的な性格設定を施す一方、死刑囚は抽象化して生と死のドラマにしたかったのだろう。死刑囚を演じた西島秀俊のインタビューから引用。

ところが、この台本ではそういったことが一切描かれていないのです。(自分が演じた)金田という男がなぜ死刑囚になったのかという点が全く描かれてなく、 更に言うと、金田が何を考えているのか、金田が何を思って刑務所で生活しているのかを全く描いていない。そのことが、逆に金田という男の闇を大きく浮かび 上がらせています。そこがすごく刺激的で、面白かったですね。

ところで、死刑執行を前にした死刑囚(本人はまだ近日中に執行されることを知らない)の軽い気持ち 「音楽を聞きたい」という要望にベテラン刑務官が独断でCDラジカセを貸与するシーンがある。死刑囚はこの特別な計らいに執行間近と気付き、取り乱してし まう。このエピソードに触れて俺はちょうど今読んでいる「使徒的人間」の一節を思い起こした。

自由とは何か。それは誰にとっての自由なのか。それは人間の自由なのか。パウロの、そして宗教改革者たちの認識によれば、人間の自由意志とは罪を犯す他は何もなしえないものである。ルターの言葉でいえば、それは「奴隷的意志」以外の何物でもない。
人間の自然的能力としての「自由意志」は、いかに善なる徳行をなそうとも、自己自身を追求する罪に陥っており、「すべてに勝って自己を愛することしかできない」その意志のなかに、神への反逆性が生じるというのである。
ここにユマニスムと宗教改革とを分かつ根本的な原理がある。

この(善なる徳行をなしたつもりの)ベテラン刑務官も「すべてに勝って自己を愛することしかできない」自己愛の人間。まさに、人間は自己愛の産物(それが原罪だ!)、そして人間中心思想、ユマニスムは神に反逆する、その実例を観た思いがした。

使徒的人間―カール・バルト 使徒的人間―カール・バルト
富岡 幸一郎

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2014年09月04日(木)

商売人モーツァルト、百物語、使徒的人間 plaza.rakuten.co.jp/doyoubidayo/di…  WOWOW百物語白石加代子ファイナルのうち「橋づくし」少々退屈しながらも最後まで、オチは気に入ったが俺にはちと高級すぎる三島由紀夫短編<「橋づくし」は、ストーリーもの全盛、といいますか、(い
posted at 05:07:52

RT @uepon2013: 【修正して再送】「イエス・キリストによる神の義は、宗教という朦朧たるものの中に落雷して、その場で人間の実存を炎上させる認識の雷火である。ゴルゴタの丘では、あらゆる人間的可能性と共に宗教的可能性もまた神に献げられる」『ローマ書』カール・バルト。これこそ本当の炎上。
posted at 07:53:08

「ゴルゴタの丘では、あらゆる人間的可能性と共に宗教的可能性もまた神に献げられる。…ゴルゴタは律法の終極であり、宗教の限界である」『ローマ書』カール・バルト。←富岡幸一郎「使徒的人間 p112 サルトルでさえも「自由」を神とする宗教的人間だそうな。イエスの死は宗教的人間の死なり。
posted at 07:59:29

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