« 全能の神の前に責任を負ふ霊魂 | トップページ | 入笠山登頂 »

2014年10月27日 (月)

時間の重層化

片山恭一「どこへ向かって死ぬか 森有正と生きまどう私たち」、まだ半分しか読んでないけど、その時間論が面白かった。

「一人一人の個人のなかには重層化した時間が流れている」、すなわち、「感覚的時間」(例えば鳥が飛んでいるのを見て感じる時間)「身体的時間」(空腹を覚えることによって感じる時間)そして、「精神的時間(人間的時間)」(森有正がパリで過ごした時間)。

自分にとって最大の拠りどころは自分の中に、自分の時が流れはじめたことである。これは僕にとっても何ものにも代えがたいものである。これを自覚する時、どんな苦しみもしのびたいと思う。このことは僕一箇の問題ではあるが、僕一箇だけに止まっては、自分の時間が流れているという意識と切りはなすことができない。
(『流れのほとりにて』森有正エッセー集成〈1〉ちくま学芸文庫)

森有正氏の生活の中に、効率や採算を度外視するような、「無私の精神」が生じていたと考えられています。精神の活動の中に、人為の及ばないような「聖なる時間」を確保することは、非常に大切なことなのではないかと考えさせられました。

やはり、ポイントは、片山氏が、そういった時間を「無私の時間」あるいは「聖なる時間」と呼んでいるところです。確かに、森有正氏の生活スタイルから、そのように呼ぶのが相応しいと思われます。自分のような煩悩の多い人間であったら、このような時間を「私の時間」と呼ぶところでした。しかし、その逆なんですね。


このような時間を「人間的時間」(死を認識し、その認識のなかで生きる者の時間)と呼び、「無私の時間」とも称する。これも一種の回心ないし覚りないし悟りかもしれないなあ。そんな時間を俺は持っているのだろうかと考えた次第なり。

 聴楽も回心の時秋深し

どこへ向かって死ぬか どこへ向かって死ぬか
片山 恭一

生きることと考えること (講談社現代新書) 愛について、なお語るべきこと ことばと思索―森有正再読 その鳥は聖夜の前に 静けさを残して鳥たちは

by G-Tools

2014年10月21日(火) 

どこへ向かって死ぬか(葛藤と責任) plaza.rakuten.co.jp/doyoubidayo/di… 『人間』は一つの生物学的な種などではありません。死を認識し、死者を悼み、自らの死を恐れる。そのことによって、人間は『人間』でありえているのです。人間は最初から最後まで精神的な存在です。それ以外の、何
posted at 05:08:30

2014年10月22日(水)

#photoikku 紅葉狩東北道を北へ行く  #jhaiku 福島磐梯へ@東北道羽入SA。 pic.twitter.com/1gXLNGQamr


posted at 06:08:27

#photoikku 紅葉を邪魔する雨の東北路  #jhaiku 安達太良SA pic.twitter.com/BvA3ArWFmF


posted at 08:00:18

#photoikku 紅葉狩雨に邪魔され美術館  #jhaiku pic.twitter.com/m59bgN9r6y


posted at 09:38:11

#photoikku 紅葉狩雨に邪魔され美術館  #jhaiku 諸橋近代美術館、ダリ、印象派、ピカソ。 pic.twitter.com/fjQBaAL3jR


posted at 10:21:41

#photoikku 傘片手カメラ片手の紅葉狩  #jhaiku 五色沼 pic.twitter.com/vOICmA1Ctb


posted at 12:06:28

2014年10月23日(木)

#photoikku 朝飯の前の紅葉裏磐梯  #jhaiku  休暇村裏磐梯 pic.twitter.com/NpEc3csVSf


posted at 08:09:58

五色沼踏破。帰路バス便わるくタクシーはもったいないので往路をまた歩くことにする。休憩なう、 pic.twitter.com/mIAWtnbd13


posted at 11:10:06

@yanu44yanu ありがとうございます。今日はなんとか薄曇り、紅葉を楽しめています。posted at 12:26:14

2014年10月24日(金)

昨日のベストショット、柳沼(五色沼)。二時間をかけて往復五色沼 pic.twitter.com/h3m3mCwOEk


posted at 05:25:45

磐梯五色沼(毘沙門沼)の鯉 pic.twitter.com/RtCjPpZbfV


posted at 05:59:46

なんか全然遅いなあ、フェイスブック。
posted at 06:38:11

#photoikku 極楽におはす阿弥陀や秋の水  #jhaiku いわき白水阿弥陀堂。 pic.twitter.com/9EezVnC7Mm


posted at 11:45:47

#photoikku 盆栽の如き紅葉松ありて  #jhaiku 夏井川渓谷 pic.twitter.com/6Jooe4MInm


posted at 13:39:31

#photoikku 秋の声草野心平文学館  #jhaiku pic.twitter.com/vk6lacv4IN


posted at 14:04:38

#photoikku 天才の善人の顔天さやか  #jhaiku 草野心平 pic.twitter.com/gHN4FJPUlP


posted at 14:37:08

2014年10月26日(日)

シューマン、太宰治、四六の和音 plaza.rakuten.co.jp/doyoubidayo/di… 南大沢ボエーム練習・ソロコンサート打ち合わせ。帰りの運転時、横断する歩行者に気づくのが遅れる+ファミレス駐車場に入り損ねる+注文タブレットで過剰注文(伝票訂正してくれた)、疲れが出ているのかなあ。
posted at 05:57:58

|

« 全能の神の前に責任を負ふ霊魂 | トップページ | 入笠山登頂 »

「哲学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 全能の神の前に責任を負ふ霊魂 | トップページ | 入笠山登頂 »