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2014年11月 9日 (日)

アブラハムの生涯

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アブラハムの生涯―森有正講演集 (1980年) 読書開始。創世記12章によると

1 主はアブラムに仰せられた。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。
2 そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。
3 あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」
4 アブラムは主がお告げになったとおりに出かけた。ロトも彼といっしょに出かけた。アブラムがハランを出たときは、七十五歳であった。


これを森有正は「内的促し」による出発とする。

「内面的促し」というこの言葉は哲学者森有正の造語である。彼が考える「実存」や「経験」が始まる事を可能にするものがこの「内的促し」である。この心の中に起こる「促し」は、ある人には「志」として現れ、ある人には消極的な「不満」や「倦怠」や「不安」や「不充足感」として「自分があるべき状態にない」と感ずる感情の状態として現れる場合もある。この「促し」はその人の存在全体を方向づけるもので、これを意識して自覚的に生きることを「実存」という言葉で名辞している。偉大な思想家も普通人も皆同様に一人一人この「促し」に基づいて自分自身を生きていくこと、これだけが絶対の現実なのであると述べている。

俺が我がブログ「責任方程式」を思い起こしながらプールで泳いでいたら、そうだ、そうなんだ、人生の意味に思いが至ったのだと改めて感じたのも「内的促し」だったのかなあ。

何も保証されない、無の中に何かを求めて出て行く冒険の思想の典型的な型がここには描かれている。ヨーロッパ文明の一番古い基礎の一つがアブラハムの姿の中に現れている。冒険の文明の反対が同化の文明であり、日本は同化の文明である。自分がきちんとあって自分に合うものを外からみんな取り寄せて自分の役に立たせてしまう。日本の文明には冒険の思想が根本的に欠けている。

外国に行くことはもう(多分)無いけれど、せめて書物と音楽とネットの中では外国を知ることに努めよう。人生は固有から普遍への旅、神にも人にも責任を果たしつつ、霊を裏切らずに肉の生活を全うするのが我が人生の意味なのだから。

2014年11月08日(土)

高尾山相模湖、ハンガリー首相の発言、ロシアの言い分 plaza.rakuten.co.jp/doyoubidayo/di… クロ現「ベルリンの壁崩壊から25年」で新発見2点。(1)恐ろしい発言をする人がハンガリーの首相(2)ロシアにはロシアの言い分あり
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開店待ち、はよ開けてえなあ。 pic.twitter.com/mYrUd7G4to


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