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2014年11月 6日 (木)

原罪=自己愛+思考

NHK「100分de名著」ブックス パスカル パンセ NHK「100分de名著」ブックス パスカル パンセ
鹿島 茂

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原罪は煩悩(自己愛)と俺なりに理解していたのだが、100分de名著「パスカル パンセ」鹿島茂を読んで、これに思考を付け加えることにした。理由は以下(放送内容を文字起こししてくれている記事からコピペ)。

ナレーション:「人間は誰しも生まれた瞬間から“死”という壁に向かって進んでいます。その真実を見ないようにするため、人はありとあらゆる“気晴らし”によって 目隠しをするのです。
こうした気晴らしを 耐えず作りだすことで 人間は安心して“死”という壁のほうに進んでいる。パスカルは そう考えました。」
鹿島:「人間は何故“死”を恐れるかというと、死そのものは恐くない。あるとき突然きたら それでおしまいなんだから。だけど 死のことについて考えることが 死よりももっと恐い っつんですよ。」
伊集院:「人間は 死のことを考える という能力を持っちゃってる と いうコトから逃れられない。」
鹿島:「そこが人間が、動物とかそういうのと違う 不幸で・生きるのがつらい すべての辛さっていうのは、その “死”のことを考えちゃう。これをパスカルはキリスト教の用語で、“原罪”だ と。」
島津:「『考えることは“原罪”。』」

思えば、自己愛は生命そのものの働きなのだから、それだけを原罪としてしまうと生命一般が原罪を背負っていることになってしまう。そこで、原罪=自己愛+思考。かくすれば「死を思う」ことが出来るのは人間だけだから、人間のみの原罪となって辻褄も合う。

そして、パスカルの更にエライところは思考は原罪のみならず尊厳でもあると言っているところ(ここも先ほどの記事からコピペ)。

鹿島:「これはですね、考えるということを さらに考える。考えることは“原罪”である というコトを さらにもっと考えると、これは“尊厳”になるかもわからない っていう。 だから 人間は“死”のことを考えますね。そして不幸になりますね。しかし“死”のことを考えることを また考える。…こういうですね人間というのは、ある事柄を もう一段階繰り上げて考えるというような思考が出来るんですよ。それが出来るか出来ないかが人間とそれ以外の違い だと。」

嗚呼、また俺はカシコクなってしもうた。鹿島解説本第4回「人間は考える葦である」を余してパンセを読み終えた気分なり。

2014年11月05日(水)

柳沢峠からの富士と恵林寺屏風 plaza.rakuten.co.jp/doyoubidayo/di… 「若者たち」映画三部作 完全放送無料放送録画、まずは第1作「若者たち」、ド派手な兄弟喧嘩が売り物だった左翼ドラマ(しかも放送したのがフジテレビ)。金と魂の二項対立が図式的に過ぎるがBD保存する。
posted at 05:00:35

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