ピアソラ「フーガ・イ・ミステリオ」 クレーメル&クルメラータ・バルティカ
昨日、クラシックひとりごとを書きながらビデオを聴いていたら、こんないい曲/演奏があることを発見した。書きながら聴くということの効用だなあ。ピアソラを知らない人向けの入門の一曲である。
昨日、クラシックひとりごとを書きながらビデオを聴いていたら、こんないい曲/演奏があることを発見した。書きながら聴くということの効用だなあ。ピアソラを知らない人向けの入門の一曲である。
あの反米大統領が来日しているとは知らなんだ。ニュース(動画あり)から一部転載。
終始ご機嫌ムードのチャベス大統領でしたが、予定されていた記者会見を突如キャンセル。その理由を聞くために直撃すると・・・。
(どうして会見をキャンセルしたのですか?)
「(英語で)英語がわからないので、何て言っているかわかりません。時間がなかったので記者会見をキャンセルしました」(ベネズエラ チャベス大統領)
通行人の女性と記念撮影に応じたチャベス大統領。結局、会見のキャンセルについて納得できる説明はありませんでした。(06日18:02)
なんだろうなあ。あの反米大統領と我が総理とがにこやかに会談したのもちょっと違和感があるが、記者会見突然キャンセルの理由を知りたい。日本政府がアメリカに気配りしてキャンセル依頼したのだろうか。WBCの話題もいいけれど、会見内容が知りたい。
ところで、チャベス→ベネズエラといえばシモンボリバル・ユース・オーケストラ。YouTubeにあるかなあと検索したらあったあった。
そして、このオーケストラの楽員(指揮者ドゥダメルも)を育て、現在も30万人のこどもたちを教育しているのがエル・システマである。
音楽教育を通じて貧困層の子供たちの健
全な成長を図るための組織「エル・システマ」の創設者である、経済学者のホセ・アントニオ・アブレオにより1975年に設立といわれるが、その発端となっ
たのがバチカンから赴任させられたカトリックの2人のドイツ・オーストリア系司祭・修道女たちが始めた非行防止のための青少年オーケストラ運動である。事
実、メンバーの中には元ストリート・チルドレンで麻薬の密売や強盗の経験があるものがとても多い。これが元で犯罪がほとんどなくなって世界的に注目され、
事実ドイツのノルトライン=ヴェストファーレン州でこれを手本とし、非行防止と教育強化の一環として2007年から小学校からオーケストラの授業が全員必
修になった。
GDPも大事だけれど、サッカーとオーケストラで世界一になって欲しい俺は愛国者なのだが、ベネズエラに負けるなよ、日本。
久しぶりの好天、雨上がりの朝の沈丁花とサクランボの花だ。
曲はフォーレ「レクイエム」から「楽園にて」、演奏はクリュイタ ンス/パリ音楽院管弦楽団である。
この曲、写真を撮っているときにちょうど通りかかったおばさまの好きな曲である。
桜桃の花ほころびて楽園に沈丁をきく雨上がり朝
先日、NHK火曜日の歌謡番組で発見。いい声しているしキャラがかわゆい。本格的演歌歌手にになるかも。
ウィキから略歴等一部転載しておく。
2007年にTBS系列の番組「さんまのSUPERからくりTV」内のコーナー「からくりみんなの!かえうた」に出場し、「演歌高校生」として注目を浴びた。後に高校を中退したが、その後も同番組内で「演歌浪人」または「演歌一般人」と紹介され、演歌歌手を目指し安住紳一郎(TBSアナウンサー)の勧めでデモテープを送った結果、北島音楽事務所の目に留まり、2009年にシングル「のろま大将」でデビューが決定した。同曲の作曲は、大江がかねてから弟子入りを志願し、師と仰ぐ北島三郎が楽曲制作時に使うペンネームの原譲二名義で手掛ける。更に同曲のカップリング曲である「なんか一丁やったろかい」も原譲二名義で北島が手掛けている。また、北島の内弟子の経験を持たない初の北島ファミリーの一員となった[2]。
レクィエム聴きつつ思ふ生き死にの外なる橋を渡らむことを
脳内コンサート、今朝はアーノンクールのモーツァルト「レクィエム」。
アーノンクール(アルノンクール?)はウィーン交響楽団を指揮しているときに、バッハ以前の曲を演奏すると退屈な音楽になってしまうことを残念に思い、古楽器/ピリオド奏法による演奏で打開することを思いつき古楽器オーケストラ「ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス」を立ち上げたそうである(今朝、観たビデオのインタビュー)。
そんな前置きを観た後で、人生三枚舌悦楽教の教義をどうまとめるか考えつつ、面白くレクィエムを聴いた。ひとことでいうとチャーミングな演奏だ。ではあるが、ロマンティックなモーツァルト「レクィエム」に耳が馴れているので、アドレナリンが出るほどではなかった。
そこで、耳直しにヴェルディ「レクィエム」から同じくラクリモーサ(涙の日よ)。こちらの方がドラマティックで俺は圧倒的に好きだ。ちなみに、ヴェルディは無神論者だったと先日観たトスカニーニのドキュメントでトスカニーニが証言していた。
ところで、神を信じない者にとって「生き死にの外なる橋」とは何であろうか。それを追求するのが人生三枚舌悦楽教の魂である。
美しき声張り上げて拍手されオペラヒロイン皆死ににけり
春浅くオペラヒロイン皆死ぬる
脳内(大音響)コンサートと称してテレビをヘッドホンで聴いている。
夜は早く就寝し、未明(今朝などは深夜1時だ)目覚めて、DVDプレーヤーに接続したテレビで俺のDVDライブラリ(BS2等からダビングしたもの。一生分、既に貯まったなあ)を再度鑑賞しているのだ。
そこで、今日の名曲はヴェルディ「リゴレット」。俺のダビングしたネルロ・サンティ指揮、レオ・ヌッチ主演の公演がブルーレイDVD\6958で市販されてるではないか(儲かったなどと下品なことは俺は毛頭思わない)。その二幕フィナーレ"Sì, vendetta"のこの上演での様子が動画で見られるのが上である。オーソドックスな演出だが、悪役マントヴァ公を歌ったピョートル・ベツァーラがひ弱に見えるのが惜しいというのは同感である。
朝のNHKニュースで野村監督が「歌手の野村です」と言っていたのを見てもしかしたらとYouTube検索したらやっぱりあったぜよ。
曲は野村克也「女房よ...」。
低音の魅力!ソフトボイスの魅力満載!作詞は野村沙知代!作曲は三木たかし!夫婦の絆 をテーマにした作品と、郷愁感溢れる故郷歌謡の大作2作品!!
http://www.teichiku.co.jp/teichiku/artist/nomurakantoku/
と、YouTubeにコメントされているからテイチク提供の動画、著作権問題なしとは目出度いことである。
しかしながら、「リクエストよる埋め込み無効」とつまらぬ小細工しているのが気に入らぬ→聴きたい人はこちらをクリック。
ミーハーが俺の身上テレビ見て野村の歌をYouTubeする
昨日の朝のNHKニュースで知った52歳デビュー女性歌手である。
そこで、いつものごとくYouTube検索すると「あなたは」という歌を歌っている動画があった。この歌の詞の中の「低空飛行」という言葉が気に入ったので一首。
毎日が低空飛行にぎやかなおばさん歌手に辟易もして
中高年を元気にする!のが、きみまろなら、こちらは主婦を元気にする!
なんだって。
テレビには童謡かけてパソコンでショスタコを聴く居間の夕暮れ
姑がデイ・サービスから帰宅。認知症が進んだせいか夕方病。夕方になると鬱になる。それを少しでも防止するためにテレビでは安田姉妹の童謡、もう何回も聞き飽きた俺はパソコンで音楽。
これを機にずっと前に図書館から借りてダビングしただけで聴いていなかったショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲全15曲を聴破することにしよう。演奏はエマーソン弦楽四重奏団である。
とりあえず今日のところは1番から3番。解説は
さてそこで、最後に動画。上のCDと同じくEmerson String Quartet: Shostakovich, String Qtet no. 3, IIIがあったので貼り付けておく。
クラーイ、コムツカシイ音楽である。
自分が担当したコンサートの模様をYouTubeで眺める味は格別である。
トライセラ・ジェット・グラフィティ
2009年1月23日
聖蹟桜ヶ丘ヴィータ多摩市関戸公民館VITA
KAYO KOIE:vocal , MASAKAZU KITAGAWA:guitar , NAOMI HONDA:piano , SHIRO OCHIAI:bass , SYUNSUKE FUKUHARA:drums
出演者大募集中!。詳細は土曜日までお問い合わせ願います。
ジャズ聴けば気分ゴージャスゴキゲンで舞台の袖でステップを踏む
昨日の本年最初のマンスリー、まずまずの盛況だった(112)。演奏はトライセラ・ジェット・グラフィティ、プログラムはこちらに画像あり。ピアノの本田尚美さんが秀逸。タッチが美しく歌ってはった。ギターとピアノのノリがよかった「サニー」が最高だった。
そこで、YouTubeを検索して、昨日演奏された一曲「Waltz for Debby」、編成はトリオ(昨日はドラムが加わってカルテット+ボーカル。ボーカルは「ミスティ」がしっとりと聴けた)。ジャズは愉し。
ちなみに、「ワルツ・フォー・デビイ」は、ビルが1956年に作った曲で、当時まだ幼かったビルの姪に捧げられた曲。主なカバーとしては、ジョン・マクラフリン、トゥーツ・シールマンス、渡辺香津美などが取り上げた他、スウェーデンの歌手モニカ・ゼタールンドが、ビル本人をバックに従えて「モニカのワルツ」と改題して発表。サラ・ヴォーンも歌詞つきのヴァージョンを取り上げている。日本では2008年、日産・ティアナのCMソングとして土岐麻子が歌ったとウィキにある。
武満を聴きつつ相撲眺めれば異界のごとき風景に見ゆ
ヘッドフォン\2180購入。未明脳内コンサート用である。寝ころんで聴くからイヤホンだと抜けたりして不便なので決断したものだ。今朝はお気に入り我が宝物のBS2放映録画DVD、ピーター・ゼルキン来日コンサート、ベートーベンop.109ソナタを聴いた。
そこで、余ったのがDVDプレーヤー付属のイヤホン。これを遂に居間パソコンに接続して周囲を遮断、独我に浸るようになってしまった。かくして、相撲を見ながらYouTubeで「takemitsu」検索して見つけたのが上の動画である。A short clip of a young Singaporean conductor reading Takemitsu's Requiem for the very first time with orchestra.
Note: This is not me, but a friend of mine. Uploaded with permission. (more)と説明がある。
ところで、この曲は武満の出世作である(全曲を聴きたい人はこちら但し静止画像)。
初演は1957年6月20日に上田仁指揮、東京交響楽団により行われた。当時の東響は、積極的に若手作曲家の作品の初演に取り組んでいた。当初はあまり芳しい評はなかったものの、来日中のストラヴィンスキーがこの曲を耳にしたときに「絶賛した」ことから評価が一転し、武満徹の名は一躍世界に知られることになり、アメリカ楽壇との関わりがここから生まれることとなった。
と、ウィキにある。武満の音楽はpureで新鮮、限りある生なのだから新鮮な響き(現代音楽)をなるべく聴こうと努める今日この頃、音楽は異界への通路である。
三時間音に淫して寝床にて欠伸をすれば夜明け来たれり
今朝の未明脳内コンサートはワーグナー「ワルキューレ」二期会ハイライト。
何にしようかとDVDをまさぐったらワーグナーがたまたま目に入ったのでかけてみたら、面白くて全部聞いてしまった。イヤホンで聴いているから大音量でも何の問題もなく、映像観つつイタリアオペラのように楽しめた。久しぶりに聴くワーグナー、これからもたまには聴こう。当然、イヤホンでなくては楽しめない。
そこで、ワルキューレ、「ヴォータンの告別」からフィナーレまでの動画をYouTubeでいろいろ探したがこれが一番いい。ハンス・ホッターの深みのある声がヴォータンにぴったりなのだ。ソースはカラヤン、スカラ座のような気がするのだがどうだろう。静止画像だけれど音楽だけでも楽しめる。
レクイエム聴きつつ歩く病院をいつか呆ける予感を抱いて
姑が昨日、退院した。室内用の車椅子を手当てして使っている。そして夜も居間の簡易ベッドで眠る。そこで、問題になるのがいつも未明三時過ぎに目覚める俺の始末。
しかし、そこは抜かりなく、姑の入院中に安田姉妹の童謡を聞かせるために買ったDVDプレーヤーを今度は俺の未明脳内コンサート機器として転用したのだ。
カラヤン「新世界」、メシアン「キリストの昇天」・「忘れられた捧げもの」/マーラー9番(いずれもチョン・ミュンフン/N響)が第一回のプログラムである。DVDプレーヤーをテレビにつないでテレビからイヤホンで耳に大音量を送り込んで愉悦した。この脳内コンサート病、一生、治らぬなあ、多分。
上の動画は昨日に続きフォーレのレクイエムから第3曲Sanctus。Bow Valley Chorusの演奏とあるがあまりメジャーではないようである。ところで、そういえば今日は阪神・淡路大震災祈念日である。レクイエム(Requiem、レクィエムとも書く)は、ラテン語で「安息を」という意味の語、死者ミサ曲、死者のためのミサ曲などと訳される。鎮魂曲とも訳されることがあるが、レクイエム自体には「鎮魂」の意味はないそうである。
動画を埋め込みたかったのに埋め込み禁止でアップされているのでしようがないからリンクにする。
今日は姑の退院の日。三日前にコルセットを作ったばかりで、ろくに歩行訓練もできてないのに退院である。地域の中核病院に(たまたまベッドの空きがあったので)入院できたのだが、この病院はそもそも「手術のための病院」、圧迫骨折のようなざらにある病いに対応する余裕は無いのである。俺たち団塊が高齢者になった頃にはどうなっているだろうか。
そんなことを思いながら病院に通ってケータイ・イヤホンで音楽を聴いていた。ボリュームを一杯に上げて脳内コンサートである。ヴェルディの劇的なレクィエムを聴いたら、フォーレの静謐でしかも悦楽に満ちた天国的なレクィエムを聴きたくなったので図書館でCD見つけてダビングして聴いている。ウィキから構成をコピペする。
第1曲 イントロイトゥスとキリエ(Introitus et Kyrie)
第2曲 オッフェルトリウム(Offertorium)
第3曲 サンクトゥス(Sanctus)
第4曲 ピエ・イェズ(Pie Jesu)
第5曲 アニュス・デイ(Agnus Dei)
第6曲 リベラ・メ(Libera me)
第7曲 イン・パラディスム(In paradisum)
上のうちの第6曲 リベラ・メ(Libera me)、第7曲 イン・パラディスム(In paradisum)を上にリンクした。指揮 Jean Fournet (1913 ~ 2008 )、バリトン 木村 俊光、 ソプラノ 佐藤しのぶ、合唱 国立音楽大学、1990 NHK ホールだ。
リベラ・メとつぶやく言葉覚えたり懺悔に遠き我のひとよよ
リベラ・メって懺悔ではなく「我を解き放ちたまえ」と訳した方が俺にはぴったりくる。
Libera me, Domine, de morte æterna,in die illa tremenda.主よ 永遠の死から私をお救いください恐るべきその日にという詞ではあるが。
かくして、メシアン好きになった遠因がフォーレにあったことに気づいた。フォーレ自身、「永遠の至福の喜びに満ちた解放感」とこの曲を表現しているようである。
1936年5月14日生まれ、ブロンクスで育つ。
心臓病で15歳までしか生きられないと宣告されたボビーだが、音楽と出会い、スターを夢み、生きる力を得る。
スタンダード・ミュージックにスイングを持ち込んだ彼は、一部の音楽評論家からはフランク・シナトラに並ぶ存在と評価される。14年間のキャリアでレコー
ディングした曲は、アダルトポップスを始め、ロック、R&B、フォーク、カントリーなど、幅広いジャンルに渡る。
ビルボードTOP40入りにのヒットが22曲、うち10曲がTOP10入り、1959年の「マック・ザ・ナイフ」は1位を記録し、グラミー新人賞と最優秀楽曲賞を受賞している。
歌手として以外でも、俳優としての映画出演や、TV番組のホスト等も数多くつとめ、「カリスマ的天才エンターテイナー」とも称されたが、1973年12月20日、2度目の心臓病手術後に帰らぬ人となった。(享年37歳)
今朝のネットBGMはBS2放映の「ビヨンド the シー ~夢見るように歌えば~」、ボビー・ダーリンの伝記映画、製作・監督・出演 ケヴィン・スペイシー、スペイシー自身が吹き替えなしで歌う20曲のヒット・ナンバーという映画だ。2004年製作だからこのときケヴィン・スペイシーは45歳。37で夭折した歌手を演じるのはちょっと辛いが、歌は楽しめる。上手いぞ。
こういう映画はあらすじを知ってしまっても観る気になる。俺の朝飯前の映画鑑賞である。
六時間眠れば覚める我が仕掛け未明眺めるアメリカ映画
イヤホンのねじれほどいて首に巻きミサ曲を聴く病室の夜
先日、イヤホンをジャンパーのポケットに入れたままにしていたところ、それを知らない家人がジャンパーを洗濯してしまった。なんともなく使っていたが昨日になってコードの接触が悪くなり、音声不調頻繁となった。
そこで、量販店であれこれお兄ちゃんに訊いてストラップイヤホンなるものがあることを発見、購入した。
聴く音楽はヴェルディ「レクィエム」、とりわけその中のLacrimosa(涙の日)、ヴェルディが自分でも泣きながら作曲したという悲痛なメロディである。演奏はRenee Fleming, Violeta Urmana Jorge Antonio Pita and Rene Pape、指揮者は不明である(映像からは俺は判断がつかぬ)。
ノリントンおじさんが振ったPROMS2008が面白かった(日曜深夜のBS2で放送)。ノリントンは「ピリオド楽器による演奏(HIP)で古典からロマン派の作品に新しい光を投げかけて」きたという異色の指揮者で、弦のヴィブラート否定(「ベートーベンの時代には下品なヴィブラートをかけなかったぞ」ノリントン発言)の主張者の一人だ。
ところがこの夜の弦楽器は適度にヴィブラートをかけていたように見える。ノリントンおじさんも「もっとヴィブラートを」などとジョークを発してくつろいだ楽しいコンサートであった。演奏曲目全部をきちんと拾ってくれているブログがあるので参照願いたい。
さて、この夜のもうひとつの目玉はバリトン歌手プリン・ターフェル。恰幅がよくて声が素晴らしく通って、やっぱり西洋人にはかなわないなと思わせる歌手である。ワーグナー、プッチーニその他をたっぷり朗々と歌っている。この夜の模様は全てYouTubeにアップされているので上の動画の関連動画で見つけて楽しむといい。
そして、更に目玉が共感覚のピアニスト、エレーヌ・グリモー。そのピアノをフィーチャーして
の演奏が、上のベートーベン「合唱幻想曲」である。あまり演奏されない曲とのことだが覚えやすいメロディで、交響曲第9番の歓喜の合唱の原型とみなされている。もっと演奏されてもいい知られざる名曲である。
ところで、ザ・プロムス(The Proms BBCプロムスとも)はイギリス・ロンドンで毎年夏開催される、8週間におよぶ一連のクラシック音楽コンサート・シリーズ。そのラストは観衆六千人の英国国歌の大合唱で盛り上がって終わる。音楽はかしこまって聴くものではないと実感させるなあ。
という構成の大部な曲であるが、ケータイのお陰でスーパーなどのお供の際に俺一人の世界を作って楽しんでいる。上はそのうちの5、N響アワーのテーマミュージックで使われたことがあるので聞き覚えがある方もいるだろう。演奏は
Pierre Laurent Aimard, Cynthia Millar, Andrew Davis, and the
National Youth Orchestra of Great Britain play Messiaen's Turangalîla
Symphonie, 5th Movt "Joy of the Blood of the Stars" at the 2001 Proms.
Yes, I have the rest of the symphonie. No, I will not upload it. It was
a lot of trouble to get. Go here to order yourself a copy if you want
the rest. This is merely 6 minutes of this big 75 minute piece.
である。ウィキに以下のような記述があるので参考になった。「トリスタンとイゾルデ」は昔、憧れた音楽である。
全体の構成には「トリスタンとイゾルデ」の影響がある。本作は連作歌曲「ハラウィ(愛と死の歌)」を始めとするメシアンの愛と死の主題に関する三部作の中心を成す作品である(第3部は、無伴奏合唱のための「5つのルシャン Cinq rechants」である)。
調性をかなり逸脱しており全体的に無調性の強い楽章が多いが、第5楽章(嬰ハ長調)および第6楽章と第10楽章(嬰ヘ長調)
では完全に調性が明確となり、さらに第2楽章、第4楽章、第8楽章でも部分的に調性の和音が顔をのぞかせ、これらの和音は最終的に嬰ヘ長調に帰結する。つ
まり全曲において特に重要な役割を担う調性は嬰ヘ長調であるが、これは『幼子イエスにそそぐ20のまなざし』において「神の主題」とされた和音が嬰ヘ長調
に基づくように、メシアンにおいて特に神性を孕んだ調性であると言える。
そして、もっと面白い部分はこの次の楽章「愛のまどろみの庭」。YouTubeにその断片があるので埋め込んでおこう。なにはともあれ、メシアンの没我独我悦楽世界、イヤホンでここ当分は楽しみ続けるであろう。
宝山を肴に聴くはウィーン・フィル元日の夜はブルジョア気分
元日の夜はニューイヤーコンサート。例によって録画しておいて追っかけ視聴、俺としては奮発して買った薩摩いも焼酎「宝山」を飲みながら観はじめて、これも例によって酔いつぶれて途中で眠ってしもうた。
それでも、上の駄歌は詠んでいてメモっておいたのだから上出来。「ブルジョア気分」とは客席にいる人たちへの嫉妬から出た言葉であろう、多分。
ところで、「女は入れないウィーンフィル」、近年は女性の入団も認めているのだが、今年びっくりしたのはコンマスの隣に女性が座っていることだった。ネット検索したら、この話は既に有名なことのようで「選ばれたのはブルガリア生まれのアルベーナ・ダナイローヴァ。すでにロンドン・フィルとミュンヘンのバイエルン国立歌劇場でコンマスを勤めた実績のある人」ということである。名前を覚えておこう。
もうひとつ、この番組の前座で伝えていて知ったのだが、ウィーン・フィルの弦楽器は全て楽団所有だそうである。弦楽器を管理している職人がいて、この楽団のあの音色を醸し出している理由のひとつだそうだ。楽団を去るときに楽員は楽器との別れを悲しむだろうなあと思ったけれど、どうだろうか。
以上、今年の豆知識初仕込みであった。映像が無いとサミシイので今年の指揮者バレンボイムの写真でもと思ったが、試しにYouTube検索するともう動画がアップされているのを発見。そのうち見つかって削除されないかと他人事ながら心配である。
ワーグナーに憧れし頃大いなる希望ありしかメシアンを聴く
カラヤン「ラインの黄金」をBGMに昨日、朝ネットしていたのだが、フィナーレ、神々のワルハラ城への入場、あの高らかなファンファーレ(検索して剣のファンファーレと判明)が演奏されてちょっと真面目に聴いた。
二十歳前後たったか、ワーグナーをわりと聴いた。年末になるとNHKFMがバイロイト音楽祭を放送してくれるので、熱心に聴いたものだ。今のような環境は無いから録音することもせず、でもそれだけに熱心だったし知識を吸収しようとするモチーフも高かったのだろう(スノッブと言って当たりかもしれない)。それが今はBGM、音楽全般に対する俺の姿勢が変わったということかもしれない。ともかくも、そんな昔を思い出したのである。
それが今ではメシアン。つまりは、擬音で表現するとタタータータタタター(ワーグナー)からチュルチュルヒャラヒォララリパッパ(メシアン)へ、嗜好が変化したということであろう。
そこで、ここまで書いたらYouTube検索せねばならぬと「ラインの黄金」で検索したらDas Rheingold - finaleが見つかった。YouTubeは賢い。演奏は
Der Ring des Nibelungen, a famous production from Bayreuth 1976, recorded 1980. Heinz Zednik as Loge, Donald McIntyre as Wotan, Siegfried Jerusalem is also seen as Froh. Conducted by Pierre Boulez, directed by Patrice Chéreau.
である。ついでながら、「ラインの黄金」は
という物語である。辛気臭いお話に壮大虚構の音楽(ごめんなさい、ワーグナー・ファンの皆様)である。
関心空間のオレのキーワード「教訓Ⅰ」加川良につながりをつけてくれた人(沢田研二──TVスターがたどり着いた場所) があって、この曲の存在を知った。
ジュリー、少し太ったけれど健在。社会的政治的メッセージを発しているのである。
ついでに、「教訓Ⅰ」加川良も埋め込んでおこう。「そうよあたしゃ女で結構 女のくさったのでかまいませんヨ」がいいなあ。
疲れたぜ満員御礼来てくれたお客に詫びて礼するばかり
昨夜のマンスリー、(予想に違わず)満員だった。「申し訳ありません、満員です。先着順です」と頭を下げるばかりだった。
そして、コンサート。熱演、アンコールはThank You For The Music。いろいろあるけど音楽は人の心に届く(と思おう)。以下、昨日のプログラムと次回(1/23)チラシである。
【TaRO】(クロスオーバーテナー)
名古屋出身。学生の頃から音楽好きで、中部日本放送歌謡(CBC)コンクール
でチャンピオンになる、その後ヤマハポピュラーソングコンテストに出場。
しばらく音楽活動から離れていたが、数年前より音楽活動を始動。
カウンターテナーに目覚めコンクールに挑戦し入選。テナーとカウンターを混合させる
独特なスタイルでジャンルを問わないクロスオーバーシンガーとして現在オリジナル曲
創作を開始。「イザナギTaRO」名で筝曲の世界的名曲・宮城道雄「はるのうみ」を史上初、歌で奏でるCDをリリース。 また、ITエンジニアであり学習塾オーナーでもある。
声楽/浅川礼子氏、永田孝志氏師事。URL:http://www.taro.crap.jp
【井上ゆかり】(女優・シンガー)
京都出身。4才より京都バレエ専門学校にてバレエを始め、その後、有馬龍子バレ
エ団公演にも多数出演している。また、学生の頃より演劇部に在籍し卒業後、劇団「CREATORSゆい」にて精力的に活動、多くの公演を経験。
ミュージカルを学びつつ平成18年にはソロ・コンサートを成功させた。
今春、青山劇場のブロードウェイ・ガラコンサート2008のステージに出演。
歌・ダンス・演劇とマルチにこなし、透通る高音域の歌声に定評がある。
ステージ衣装制作もプロの腕前。
声楽/今泉道隆氏、浅川礼子氏師事
【波咲まこ】ゲスト(女優・シンガー)
大阪出身。 劇団四季演出部を経て、役者として活動を始める。
商業演劇で時代劇の所作などを学んだ後「自然で観客に近い芝居」を目指し、演劇ユニット[Delicious-delicious]を立上げる。
劇場公演、カフェやバーでの公演「Live Delicuous」、また映像作品の制作なども。他劇団への客演や、映像作品への出演のほかナレーションやCM、ゲームやテーマパークのキャラクターなど声の仕事でも活動。Vocalユニット「Parque de pausa」のメンバーでもある。
【大河内美和】(ピアニスト)
神奈川県出身。 4歳よりピアノを始める。
ジャンルを問わず、唱歌からクラシックはもちろん、最近ではミュージカルソングの伴奏を中心に積極的に演奏活動をしている。
自ら幼稚園児から大人までを対象とした音楽教室を開き、ピアノの基礎技術から発展させ応用力のあるピアニストに育て上げる指導には定評がある。
2008年12月20日、20周年の発表会を地元、藤沢で開催する。
小石川後楽園で名残の紅葉(予想外のいいスポットだった)、清澄庭園でゆりかもめ観察、久しぶりの秋葉原視察(やっぱり凄い)、そして夜は岩本町でジャズライブ堪能、笑笑で日本酒四合飲んで帰宅。
地下室に一歩入れば大音響熱気溢るるジャズ堪能す
下はIn The Mood - Lee Sarah Special Big Band - Tokyo(昨夜演奏された曲ではない)。1985年に早稲田大学ハイソサエティ・オーケストラと慶応大学ライト・ミュージック・ソサエティのOBが中心 になって結成された、社会人ビッグ・バンドの演奏である。このバンドのギタリストに年明け「新春ジャズの夕べ」と銘打ってマンスリーに出演してもらうことことがきっかけとなった。まことにご縁である。
昨夜の演奏では、ウララ洋子さんという女性ボーカルとアルトサックスのコンビネーションが絶妙だった「No More Blues」と、最後の曲目「After Mr.Teng」(秋吉敏子の曲:米中国交回復の際に故鄧小平副首相に捧げられたそうだ)が特に印象的だったことを付記しておこう。
だいぶ以前に放送していた「福井 敬 ヴィンチェンツォ・スカレーラ デュオ・コンサート」のアンコールの一曲である。、聴き覚えのあるような曲だったが、この放送で俺のお気に入り日本歌曲の一曲となった。検索して見つけたサイトから詩の全文を転載させてもらう。ボニージャックスなども歌っていたそうだ。
砂山の砂に
砂に腹這い
初恋のいたみを
遠くおもい出ずる日
初恋のいたみを
遠く遠く
ああ ああ
おもい出ずる日
テノールは福井敬。ピアノ伴奏もいい。ところで、作曲の越谷達之助という人はどんな人なのだろうと思って検索したら「学生の時の恩師」だったという方のHPに出会った。この曲をめぐるエピソード、楽譜、写真も掲載されているのでご興味あればこちらにどうぞ。
だいぶ以前にこの曲をテレビで知って、そのコテコテ大阪メロディー及び歌詞が気に入っていた。YouTubeにないかなあと先日検索したらいくつか発見。中でも上の動画が一番なのでケータイにも落としてある。
木村充揮(本名:木村秀勝(きむら ひでかつ)、朴秀勝(ぱく・すすん))の関西アホ顔もええけど、大西ユカリがなおよろし。まさに大阪のおばちゃんである。不景気を吹き飛ばせ、浪花ど根性で。
YouTubeは凄い。俺がちあきなおみファンだということを知っていてお勧め動画で薦めるのだ。
そこで(この曲、知らなかった)聴いたけれど、歌詞が彼女の運命(1992年に夫の郷鍈治と死別をきっかけに、その後一切の芸能活動を休止、引退同様の状態)を先取りしているかのようである。
YouTubeにはこの曲のいつくかの演奏があるが、これが名唱である。テレビ東京「誰でもピカソ」東京では1月25日放送からのものと思われる。是非、お聴きあれ。
先日、BS2でブラームスの協奏曲を弾いていたジュリアン・ラクリン(第2楽章は別名「オーボエ・コンチェルト」といわれるほど,前半でオーボエがソロを聴かせるのですが,これがまた素晴らしい名手で,ほれぼれと聴いていま した.そしてヴァイオリンがそれを上回る美しさでヴァイオリンによるコロラトゥーラ・アリアと呼ばれる緩徐楽章を演奏してくれました)、例によってYouTube検索すると、あったあった、俺がこのバイオリニストに出会ったオランダ運河コンサートの映像が。YouTube、ほんとう、音楽の宝庫である。
YouTubeには曲目の紹介が無いけれど、手元の俺のビデオHDDによると「2つのバイオリンとピアノのための5つの小品から」(ショスタコーヴィチ作曲/アトフミヤン編曲)からプレリュード・ワルツ・ポルカの3曲だ。特に、プレリュード(そしてワルツも)、これはショスタコーヴィチの渇いた抒情入門曲としてお薦めである。音楽は悲しみ、聴いている聴衆の表情もお奨めだ。
ついでにもうひとつ、ラクリン。ゴルドベルク変奏曲のJohann Sebastian Bach - Goldberg Variations (arr. for string trio by Dmitri Sitkovetsky).
Julian Rachlin (violin), Nobuko Imai (viola), Mischa Maisky (cello).
Performed during the "Julian Rachlin & Friends" Festival in Dubrovnik - Croatia 2006.である。ショスタコーヴィチがバッハのこの曲を編曲していたとは知らなかった。YouTubeならではの掘り出し物である。
アニメにはとんとご縁が無いのだが関心空間キーワードで紹介してくれた方がいらしたので、この曲の存在を知った。
もとは、ジャニス・ジョップリンへのオマージュ映画
「THE ROSE」ベド・ミドラー主演のエンディングソングが原曲
それをなんと都はるみが日本語でカバー
宮崎駿製作・高畑勳監督作品の「おもひでぽろぽろ」
ラスト台詞なし、絵と歌だけのエンディング。
なのだそうだ。そこで、早速(いつものように)YouTube検索したらあったぜよ。
いいなあ、しっとりした歌声。
ところで、都はるみ、最近、テレビであんまり見ない(公式HPにも出演予定が無い)。少し心配になったけど、ディナーショーはやるみたいなので一安心ではある。
YouTube動画を落としケータイへAnytimeAnywhere音の愉悦よ
この曲、以前にBS2放送を聴いた時から気に入っていたのだが、YouTubeにこのたび(誰かが)アップロードしてくれているのを見つけて喜んでいる。歌詞がいい。「世界は泳いで行くための広い海」などはじんと来る。
幸田浩子は、「生まれたときの泣き声からしてソプラノだったという。音楽への理解と造詣の深かった両親のもとで愛情豊かに育ち、その天賦の才が花開いていった」だそうだからいいとこのお嬢さんなのだろう、多分。俺のタイプの美人である。
ところで、この動画を俺のケータイ(ドコモp706ie)に落としていつでもどこでも楽しめるように出来た。
手口は
(1)Any Video Converter フリー版を使ってYouTubeからダウンロード&mp4に変換
(2)パソコンの動画をmicroSDに転送
1:PCに携帯付属のCDからUSBケーブルドライバをインストール。
2:インストール完了後、USB通信ケーブルとPCを繋ぐ。
モードは「microSDモード」
3:PCの「マイコンピュータ」をダブルクリックで開けると、「リムーバブルディスク」という
項目が表示されているので、其れもダブルクリックで開く。
4:中に「SD_VIDEO」と言うフォルダがあるので、これをダブルクリックで開く。
5:中に「PRL001」と言うフォルダがあるので、これをダブルクリックで開く。
6:変換した動画を5で開いたフォルダにコピーする。
7:コピー終了後、microSD側のファイルの名前を、
「MOL???.3gp」(???は001~999の16進数)
と言う名前に変更する。
8:携帯をPCから安全に外す。
9:携帯操作で「管理情報の更新」を行う。
但し、PとNには管理情報の更新はないのでスキップ。
10:menu→データBOX→iモーション(此処でmicroSDに宛先変更)→ムービー
で動画が表示されます。
これでケータイによる動画・音楽愉悦は一応達成(YouTube⇔ケータイ)。ケータイはビデオ、デジカメに続くヒット消費であった。
実はこの曲、題名を知らなかった。というのも、図書館でCDを借りてきてパソコンにダビング、色んなアーティストの様々な曲をミックスしてCDカクテルを作り出して車の中で聴く。カーオーディオには曲名などは表示されないからである。
そんな俺だが先日、NHKが放送していた「歌謡チャリティーコンサート」にクミコが出演(「愛の讃歌」を珍しく岩谷時子の詞で歌っていた。本来の詞はこれ。ホントウは切ないのだ)したのを観て、おお、あのクミコかと喜んだ。曲名は知らないけれど彼女の曲のいくつかは車の中で聴き覚えていたからだ。
そこで(例によって)YouTube検索して見つけたのが「我が麗しき恋物語」。歌詞に味わいがあって印象深かったのである。この曲、ウィキによると
さらなる大きな転換点はavex io移籍後の初アルバム『愛の讃歌』に収録された、バルバラのシャンソンに詩人の覚和歌子が原詞を離れて作詞した「わが麗しき恋物語」という曲で、2002年、48歳の時。ニッポン放送のアナウンサー・上柳昌彦が「うえやなぎまさひこのサプライズ!」で取り上げるなど、ラジオやテレビの番組によってクミコを知らない人々にも紹介されることとなる。たまたま聴いて涙してしまったと評判が広まり、じわじわと世に知られるようになっていった。
という「知られざる」名曲である。映像を観ると俺好みのファニーフェース、苦労人の女性の顔である。
ということで、この名曲名唱をお楽しみあれ。人生は一幕の芝居にすぎぬのかもしれない。
先日、BS2放送のラフマニノフ2番@アンスネスを期待して聴いた。「1970年生まれというから、今年で38歳になるはず。それだけ若いというのに、すでに大成した芸術家の風格を漂わせるレイフ・オヴェ・アンスネス」という高い評価を得ている話題のピアニストだったからだ。
ところが少々がっかり。というのも透明感ある音なのだが(ラフマニノフにしては)あっさりした演奏、言わば濃厚なロマンティック味付けを期待していたのに薄口醤油味のさっぱりした料理を出された気分である。俺だけかなあと思いつつネット検索すると、
と書いている人までいらした。「中村紘子、絢爛たる大雑把」に比較すると(ミスタッチ女王と比較して申し訳ない)、こまやかで第2楽章はしっとりとした情感があるとは思う。今こうしてこの記事を書きつつビデオを再生して聴いている。
そこで(例によって)YouTube検索して見つけたグリーグのコンチェルト、from the 2002 promsである。ブリリアントなオープニングであり、透明感ある音色がぴったりである。
ラフマニノフはやはり選曲ミスなのか指揮者ノセダとの相性なのか、それとも新境地なのだろうか。
アンコールのバッハ反芻帰路につく芸術劇場冬の夕暮れ
また、チケットを頂戴してしまった。今度は
都響、東京芸術劇場シリーズ『作曲家の肖像』 Vol.70 《ドヴォルジャーク》で曲目は
序曲『謝肉祭』 op.92
スラヴ舞曲 第1集op.46より第1番ハ長調、第8番ト短調 第2集op.72より第2番ホ短調
チェロ協奏曲 ロ短調 op.104
というプログラムだった。指揮が小泉和裕、後半のソリストにルートヴィヒ・クヴァント(ベルリンフィルの第1ソロ・チェリスト)を迎えたチェロ協奏曲がメイン・ディッシュである。
都響を生で聴くのは初めて、明るい音色だけれど第一バイオリンにもう少し艶と力強さがあったらなどというのが感想であるが、客席は満員、前半でもスラブ舞曲最後の曲をアンコール、後半がクヴァントによるバッハ無伴奏組曲第6番からサラバンド(これが上の動画、演奏はミーシャ・マイスキー)をアンコールという熱い拍手に応える音楽会だった。
アンコールのバッハを反芻しながら外に出て、帰宅してからYouTubeでこの曲を探し出したものである。もう少しロマンチックな演奏を聴きたければロストロポーヴィチのものがある。
ということで、バッハの祈り=サラバンドをしっかり記憶に刻み込むことができて満足な俺であった。
プッチーニ「トスカ」の中の有名なアリアをマリア・カラスが歌っている映像である。カラスの最後のオペラ舞台=「トスカ」1965年コヴェント・ガーデン劇場の一年前の同じ劇場での公演、第二幕だけが映像で残されているものだそうである。
カラスってあんまりよく知らなかったし、声に癖があるので距離感があったのだが、BShi、ウイークエンドシアター ドキュメンタリー「カラス・アッソルータ 究極のカラス」を観て彼女の生涯を認識した。この番組の内容については
芸術家としてのマリア・カラスと、カラス自身が語るアイドルとしてのゴシップに満ちたマリア・カラスの人生を脚色することなく、残されている限られた映像や写真、音源を収集し、年表仕立てに紹介したドキュメンタリーに込められたマリア・カラスの真実に大きく感銘を受けた
と書かれているブログが詳細な番組ダイジェストを書いてくれているので、カラスの生涯に興味がある人は是非、ご一読を。偏見のまとわりついたカラスではなく真実のカラス像(と思われる)の参考になると思う。
そして、トスカの映像で残されている第二幕をYouTubeこのリンクから全7パートで楽しめることも付記しておこう。カラスの相手役警視総監スカルピアをティト・ゴッピ(知らなかった)が演じているのだが
と玉木茂之氏が評している(一部はBShiの上の番組で放送されていた)。
この映像は土曜日名曲アルバム、YouTubeからの最大の発見である。これからはカラスをYouTubeで折に触れて愉しむことにする。
昨日のクローズアップ現代「演歌の逆襲」で知った還暦デビュー歌手、秋元順子。
歌手生活の始まりはハワイアンバンドであるが、スタンダードジャズやシャンソン、カンツォーネ、ラテン、
ポップス、民謡、歌謡曲…
などジャンルを問わず幅広くライブ活動をする中、デビュー曲「マディソン郡の恋」と出会い2004年4月にインディーズで発売。
映画「マディソン郡の橋」をモチーフにした切ない大人の恋物語を、ルンバのリズムにのせた哀愁溢れるアレンジと、秋元順子の伸びやかで心に沁みる歌声が一度聞いたら忘れられないと大評判に。
インディーズ発売直後から口コミで広がり、有線問い合わせランキングで連続1位になり、
2005年7月メジャーデビュー。
だそうである。YouTubeで探して聴いてみた。美空ひばりの穴を埋めるような感じもあるが、しっとりしてなかなか聴かせます。
今朝のネットBGM映画は「旅愁」デビッド・リーン×キャサリン・ヘップバーンである。
なんだかんだ言っても映画は役者で観るもの。キャサリン・ヘップバーンの存在感と演技が素晴らしい往年の名画(何回も鑑賞に耐えるという意味での)だ。そして、ベネチアの観光PR映画でもある。
そこで音楽。なんというタイトルの曲だっけ、と作曲者アレッサンドロ・チコニーニでYouTube検索して見つけた。映画では(この甘いけど少々下品な)ボーカルはついていない。
なにはともあれ、古き良きアメリカ1955年の映画である。オバマでアメリカは再生するだろうか。
※田中ニュース「世界通貨」で復権狙うイギリスから一部転載。
ブッシュは反英的だが、次期大統領のオバマはどうか。オバマは11月15日のブレトンウッズ2のG20会議には出席せず、会議が開かれるワシントンDCに
も来ない(G20出席の各国首脳と一切会わない)ことを表明した。G20では、アングロサクソン的な自由市場原理にこだわる米国(米英)と、欧州大陸型金
融にこだわる欧州とが対立し、そこにBRICなどの独自の思惑も絡んで、全く議論がまとまらないだろうと予測されている。オバマは、そんな混乱した会議に
出席して就任前に言質を取られてしまうより、会議場に近づかない方が賢明だと思ったのだろう。
先日、東京MXテレビが放送していた演奏だが、YouTubeを探すとやっぱり、あった。
このときキーシンは17歳、カラヤンは晩年80歳。この僅か半年後に、カラヤンはこの世を去ってしまう。そう、これはカラヤンの、最後の映像作品でもあるのだ。
キーシンはもっと速く弾きたかったのだが帝王がそれを許さなかったとキーシンが語っているのをBShiのカラヤンドキュメントで見たばかりである。そのせいか、ギクシャクした演奏のように俺は聴いてしまう。
それはともかく、演奏に先立ってのステージ登場のキーシンがコチコチ、直立不動である。ここだけでも一見の価値がある映像なのだ。
「若者たち」つながりでどうしても聴きたくなった一曲。天知 茂(1974) だが、ホントはザ・ブルーベル・シンガーズの演奏を埋め込みたかった。こちらも静止画像(レコードジャケット)だが、
1969年9月発売。
東映映画「若者たち」の主題歌で天知茂のはオリジナルではない。
レコードジャケットに写っているのは、左から 佐藤オリエ、田中邦衛、山本圭、橋本功、松山省二。
とYouTubeにコメントがある。クラーイご詠歌みたいな曲であるが、あの70年安保の時代の雰囲気の思い出の曲ではある。
往年の懐かしきテレビドラマ→映画「若者たち」の主題歌である。これを演出、監督
した森川時久が監督した「不撓不屈」(TKC宣伝映画だったけど結構楽しめた)を観て、この曲を聴きたくなったので埋め込むことにした。映像が不鮮明なのが気に入らないけど我慢してほしい。
それにしても、「若者たち」は懐かしい。佐藤オリヱ、憧れのオネエサンであったのだ。
「抒情歌のビデオが薬認知症ときにいらだつ姑に聴かせる」といういつものパターンで、衛星第2 「BS永遠の音楽 叙情歌大全集」を再生していて、ペギー葉山(本名:森 繁子[もり しげこ]、旧姓:小鷹狩[こたかり]、1933年12月9日 - )の高齢にもかかわらずの伸びやかな歌声に感心して、YouTubeを検索して発見した掘り出し物である。曲目詳細をコピペしておく。
懐かしのヒット・メドレー人生は振り返る闇思い出ばかり
雪村いづみ、ペギー葉山(1987年)
※二人の35周年記念のスペシャルメドレーです
(編曲:前田憲男)
我が心に歌えば
青いカナリヤ
センチメンタル・ジャーニー
プリデンド
嘆きのワルツ
チェリーピンクマンボ
マンボイタリアーノ
町の小さな靴屋さん
チャチャチャは素晴らしい
エデンの東
モッキン・バード・ヒル
ラ・ノビア
四月の恋
マイ・フーリッシュ・ハート
魅惑のワルツ
爪
シークレット・ラヴ
学生時代
南国土佐を後にして
セブンティーン
ヘイ・グッド・ルッキン
ケ・セラ・セラ
ジャンバラヤ
ドレミの歌
慕情
オバマ大統領誕生を祝して、「巨人」マーラーの終楽章である。Orchestre de Paris
Christoph Eschenbach, conductor Recorded at la Salle Pleyel, Paris - 2007
大統領選挙に関するテレビ報道を見て、①これまで諦めて一回も投票したことがなかった貧しい黒人女性(52)が初めて投票所に足を運んだこと、人種偏見を乗り越えてオバマに一票を投じた白人労働者の存在などを知った。
一方、②オバマは「イラクよりアフガン。ビンラディンを殺してアルカイダを抹殺する」と演説している。
アメリカの大統領は「戦争遂行と貧困対策の二正面作戦」を迫られる存在だということをオバマはジョンソンの轍を踏むか?を踏まえて思い起こしておこう。巨人アメリカと同盟国ポチであることしか許されない我々のために、Yes we can changeと信じつつ。
下は「巨人」終楽章後半である。
抒情歌のビデオが薬認知症ときにいらだつ姑に聴かせる
先日、衛星第2 「BS永遠の音楽 叙情歌大全集」を放送していたのでビデオに収録、これを姑がいたく気に入って、もう何回も再生している。
認知症なもので以前に聴いたことを忘れて「ええなあ、こういう歌。こんな歌があるのは日本だけやなあ」と毎回言う。俺も(調子を合わせて)「学校で習った頃はたいしたことなかったけど、歳をとるにつれてよくなる」と応える。
そんなことを駄歌にしてみたら、YouTubeから何かを引っ張ってきたくなって検索して見つけたのが上のリンク(出演者、演奏曲が概ねピックアップされている)。
そこで、まず、「赤とんぼ」でYouTube検索したけど手頃なものないので「錦織 健」で検索したら、まさに上の番組の中の「荒城の月」が出てきた。和服姿の川井郁子のバイオリンもいい。これだけ単独で聴くと荘重に過ぎる感もなくはないが、番組ではその前の「故郷」渡辺美里のボーカルが品よくはなかったので、耳を洗われる思いであった。
そんなこんなで俺には音楽がある。音楽を生涯の友にして健やかに老いたいと切実に思うのである。
1999年10月9日、ドイツ・ビロード革命10周年記念としてライプチヒ・聖ニコライ教会で記念コンサートでのムローヴァの演奏である(「ビロード革命」と言っても、もう知らない人もいるだろうから左のリンクをちょろっとクリックしてほしい)。
この演奏はBS2で何度も放送しているが、先日聴いたときに何かしら感じた。そのときの俺の心理状態がこの演奏にたまたま、マッチしていたのだろうなあ。音楽とは双方向のものかもしれない。
今、あらためて聴いても心に食い込んでくる。上にはシャコンヌの前半しかないから続きを埋め込んでおく。
ムローヴァは「1983年にフィンランドでの演奏旅行中に、伴奏者のヴァフタング・ゾルダーニャと共に亡命を図り、ソ連の所有するストラディヴァリウスをホテルに残して、タクシーに飛び乗り国境を越えた」というロシア生まれのバイオリニストだ。1959年生まれの彼女、「共産主義とは何だったか」などと思いをめぐらせながら弾いていたかもしれない。
ところで、シャコンヌはバッハのパルティータ第2番ニ短調 BWV1004の第5曲目だが、ウィキは「バッハの音楽の中でも際立って魅力的な曲であり、この一曲だけでもバッハが大作曲家であったことがわかると言われるほどである」とまで評している。俺もバッハ入門の玄関と言っておこう。
音楽はわが生涯の友なりき深夜ネットにシャコンヌを聴く
シベリウス「悲しいワルツ」に続きカラヤン。Alexis Weissenberg and Herbert von Karajanだ。
イギリス映画「逢びき」のBGMにも使われた、ロマンチックな気分になりたいときにぴったりの曲である。ちなみに、中村紘子、絢爛たる大雑把な演奏に感銘を受けた曲でもある。
そしてまたちなみに、このYouTube動画、途中で切れてる。やるんだったらちゃんとやってよ、お願いだから。
TOKYO MX * ヘルベルト・フォン・カラヤン生誕100周年コンサート集で
を放送していたが、歌劇《道化師》間奏曲が一番よかった。悲劇的なドラマを流麗、ドラマチックに演奏するカラヤンに感じ入ったのだ(前にもこの番組観たかもしれないが)。
そこで、YouTube探索したけどこの曲は見つからず、代わりにシベリウスの悲しいワルツを埋め込んでおく。これも憂愁に満ちた美しい演奏だ。
若い頃はカラヤンを毛嫌いしていたのだが。
映画「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」の思い出にエルガーのチェロ協奏曲。この曲、映画を見た頃にはファミリアではなかったが、その後、BSでジャン・ワンの演奏を繰り返し聴くたびにそのロマンチックな響きが気に入るようになった。俺にとってはするめのような曲である。
そして、上の演奏はご当人のJacqueline Du Pré。下のヨーヨーマの綺麗にすぎる演奏と聴き比べてほしい。指揮はいずれもバレンボイムである。
また、ついでながら、「浪漫は憧れのこと石蕗の花」を思い出してしまった。ロマンとはロマン=憧れ+寂寥+思い出のことかもしれぬ。下はJacqueline Du Préによるエルガー第2、第3楽章である。
しばらく(こちらでは)音楽を聴いていなかったので、以前に「シューベルト」で検索してみつけていた演奏を。すごい豪華メンバーだなあと思って検索したら
ジャクリーヌ・デュ・プレ、ダニエル・バレンボイム、イツァーク・パールマン、ズービン・メータ、ピンカス・ズッカーマンによる1969年のリサイタルと
そのリハーサルの様子を収めた作品。曲目は
シューベルトのピアノ五重奏曲「ます」。出演者はそれぞれが才能あふれるソリストであることに加え、「バレンボイム・ギャング」と呼ばれるほど気の合う仲
間。
(ズービン・メータってあの指揮者のメータなんだろうなあ、へーえ)
というユーザーレビューがついたTrout / Greatest Love & Greatest Sorrow (2005)外国DVDからのものみたいだ。ええんかなあ著作権と思いつつ、ジャクリーヌ・デュ・プレの貴重な映像と音が愉しめるのである。ジャクリーヌ・デュ・プレは
16歳の衝撃的なデビュー以降、イギリスの国民的な音楽祭「プロムス」にもエルガーのチェロ協奏曲の独奏者として常連のように出演。まだ少女の面影を残すデュ・プレが悲壮的なエルガーのチェロ協奏曲を弾いたことなどがきっかけとなり、イギリス国内で大衆的な人気を集めた。
チェロ演奏家として不動の地位を確立した後、1966年末に21歳でピアノ演奏家で指揮者でもあるダニエル・バレンボイムと結婚。夫となったバレンボイムとは数々の名演を残している。
1971年に指先などの感覚が鈍くなってきたことに気付く。この症状は徐々に悪化し、1973年初の演奏旅行のときには既に満足のいく演奏が行えなくなっていた。同年秋に多発性硬化症と診断され、チェロ演奏家として事実上引退。その後の数年間はチェロの教師として後進の育成を行っていた。1975年にはエリザベス2世|エリザベス女王からOBE勲章を授与されている。多発性硬化症の進行により、1987年に42歳で死去した。
というチェリスト。映画「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」を観たことを思い出す。
今夜(というか今朝)はこの曲だなあ、この曲しかない。
●あと三つ全力尽くせタイガース選手を信じチームを愛す
(10/8巨人戦3-1押し出しの1点のみで対巨人戦七連敗)
という歌をつくったけれど、ほんとうの気持ちはオワタである。
まあ、結局、あの破壊力に欠ける打線では北京オリンピックまでが出来すぎだったんだろうね(その点、金持ち巨人に脱帽)。クラシリでも中日にやられそうな予感あり。それでも最後までゲームを楽しむけれど。諸法無我、人人唯識、諸行無常。
先日、BShiで「ハイビジョン特集 征爾とユンディ The Young Romantic」を観た。小澤征爾と中国の若きピアニスト、ユンディ・リがベルリンで難曲プロコフィエフの協奏曲に挑むリハーサルのドキュメントで、中味は(正直言って)たいしたことなかったけれど、ユンディ・リというピアニストを知ったのは収穫だった。
そこで(例によって)YouTube検索して見つけたのが上の映像、プロモーションビデオだ。
というまさにスポーツのような爽快感をもたらす演奏だし、マーケット向けに作りこんだビデオだと思う。SMAPの木村拓哉さんに似ているというマスコミの過大宣伝なども手伝って、我が国の若い女性を 中心に、大変な人気というのも納得できるなあ。
でも、爽快感だけでキムタク似の若者が
2000年10月、ポーランド・ワルシャワで開催された第14回ショパン国際ピアノコンクールに文化省から派遣され、そ
の華麗な演奏は、会場を埋めた聴衆のみならず世界の一流のピアニストで構成する審査員団をも魅了した。その卓越した演奏により15年ぶりに「第1位優勝」
を果し、最年少金賞受賞者となり、併せて「ポロネーズ賞」も受賞した。
というキャリアに輝ける筈がない。下の小澤征爾との本番前の様子からは本番前に緊張する真摯な若手ピアニストの姿が浮かんでくる。
演奏にせよプロモーションにせよ全ての行為は社会的(伝えたいメッセージがある)、そして、その行為の前に人人唯識(一人一宇宙)すなわち人それぞれが自分の脳内に作り出す世界像(記号世界:脳内概念世界モデル:構造)があると改めて思う。ユンディ・リの様々な演奏(社会的行為)を通じて俺の心の中に俺はユンディ・リ像(個人的構造)を形成するのである。
BSハイで(前から聴きたいと思っていた)この曲を放送していたので録画、繰り返し何度も聴いて、耳を慣らしている。
この曲(仏: Quatuor pour la Fin du Temps)は、1940年にオリヴィエ・メシアンが作曲した四重奏曲。第二次世界大戦でドイツ軍の捕虜となり、ゲルリッツに収容されていたときに作曲した。ヨハネの黙示録10章に基づく。というものだ。
メシアンについては、関心空間にキーワード書きかけがあり、カトリックの作曲家と言われているけれど、響きが異教的官能的なのはどうしてだろうと思ったら、「音を聴くと対応した色が見える」という特殊な体質を持っていたために、色彩感覚を重視した曲が多いのも特徴とネット検索で知った。と書いている。この曲でも、繰り返し聴くと、静謐で宗教的でなおかつ官能的な味が忘れられなくなる。
ということで、全8楽章のうち、第5楽章、第8楽章を埋め込んでおく。いずれも「イエスの永遠性への賛歌 Louange à l'Éternité de Jésus」というタイトルになっていて、第5楽章はチェロ、第8楽章はヴァイオリン、のいずれもピアノとの二重奏で、上の演奏は第5楽章。
そして、下の演奏は第8楽章。こっちの演奏はチョン・キョンファ、指揮者チョン・ミョンフンの姉である。
先日、BS2が放送した東京JAZZ2008で寺井尚子(名前を聞いたことはあるような記憶が)が面白かったのでYouTube検索して、タンゴがいいなあ(ピアソラだと尚better)と引っ張り出したものである。
寺井尚子については
もともとはクラシックを専攻していたが、腱鞘炎にかかり練習中断を余儀なくされた時にビル・エヴァンスに触発されジャズに目覚める。
ジャズバイオリンの世界ではステファン・グラッペリ、レイ・ナンスなど、スウィンギー、かつグリッサンドを生かした演奏が多い中で、寺井はバップの基本スタイルを徹底的にマスターしたと思われるアドリブを展開しジャズ・バイオリン奏法に新しい解釈を与えた。
とウィキにある。少しふくよかな顔に若干の色気を感じる。音楽も色気である。今度、図書館でCDをリクエストしてダビング編集しよう。
そこで、東京JAZZを見逃した人のために今後の放送予定。
のど自慢、以前はたまに見る程度だったのだが、今は毎回(姑気晴らし番組として)録画している。認知症というやつは落ち込むもののようだ(ぶりっ子姑は特にその傾向が強い)。
そののど自慢、先週は藤山直美がゲスト出演。えっ、どうしたのと思ったら前川清とのデュエット曲を最近、出したようだ。
これ、YouTubeにあったら名曲アルバムに入れるかなと思って検索したら(そのものズバリ)先週ののど自慢がアップロードされていた。ダイジョウブかな著作権と思いながら埋め込みリンクする俺である。
藤山直美はさすが芸人だ。上手い。ちょっとガナリ気味に聞こえるのはライヴだからだろう。ちなみに、彼女は旦那がいるんだっけとウィキしてみた。→
過去には女性誌に歌手でタレントのやしきたかじんと
結婚以上の仲であると報道されたことがある。結婚などの事実はないが、実際、たかじんの大ファンであり、舞台でもよくたかじんの歌を歌う。特番等でたかじ
んとの共演も多く、プライベートでも12時間以上の長電話をするなど、現在でもふたりの相性が抜群によいことが伺われる。
グールドが弾くベートーベン「皇帝」協奏曲第2楽章@カレル・アンチェル×トロント交響楽団。
先日、SKY-Aが放送していたものだ(この局、阪神の野球以外にクラシック音楽も放送してくれている)。名演奏とは言い難いが、グールドファンなら一度は聴きたいものだろう。
そこで、色々検索してみるとこの演奏、大昔にNHKが放送したことがあることが判った。そして、音楽評論の大家、吉田秀和が次のように評していたとのことだ。
ところが、ベートーヴェンの『皇帝協奏曲』のような長大な曲の場合となる
と、進むにつれて彼がしだいに周囲から切り離され、ある世界に深く進入してゆくさまが手にとるようにわかってくる。右手だけを使っている時の彼は、まるで
右手の演奏を指揮するかのように、あるいはそこから生まれてくる音をある想像上の空港に着陸させようと誘導したり、あるいはその余韻を掌の中に包みこんで
から、改めて解放し大気の中に飛び立たせてやろうとでもするみたいに、右手に沿って左手もいっしょに、さかんにあげたりさげたりする。そのうえ、同じ曲の
第二楽章のように荘重な歩みで冥想的な旋律をひく時には、彼は上半身を右から左に輪のようにさかんにゆさぶりながらひくのだが、そうした時に限らず、早い
楽句を奏する場合も、たえず、口をくちびるをパッパと動かして、リズムにのってうたっているのが見える。[…]
大家は凄い。ここまで聴きとれないよなあ。と思いつつ更に検索して、YouTubeに登録された上の映像にめぐり合った次第だ(クラシック試聴音楽YouTube » ベートーベン 皇帝 グレン・グールドの演奏。←YouTube埋め込み集だけど、俺の土曜日名曲アルバムはこれとは一味違うぞ。
ちなみに、この演奏、ヤフオクにも出品されている。YouTubeからダウンロードしての出品だとすると、せこい商売だよなあ。
オスカー・ピーターソン、MJQ、に続いて今度はデューク・エンリントン(1899年生まれ、1974年没。享年75才)。これで俺のジャズ御三家の完成である。スイングしなけりゃ意味がない、且つ知的なのが俺の好みであることがお判りだろう。
さて、この曲、エリントンのテーマ曲であると同時にジャズのスタンダードナンバー。本来は彼のバンドのテーマなのだが、上のトリオ演奏では彼のピアノがたっぷり楽しめる。今日現在でYouTube再生回数:
4,560というのが信じられない。もっともっと聴いてほしい演奏である。
そして、次はオスカーピーターソンの「A列車で行こう」。エリントンよりもっとねちっこそいぞ。これも名演だ。ちなみに、こちらの再生回数:
21,318。
で、最後はやっぱりビッグバンドで聴かなくっちゃ。Duke Ellington Take the A Train Soundie 1940's。何かの映画からの抜粋のようである。
オスカー・ピーターソンの次はモダン・ジャズ・カルテット(MJQ)。曲はThe golden striker。
フランスのヌーヴェル・バーグ映画がジャズをサウンドトラックに使うのが流行った頃があったが、この曲もその頃の一曲、ロジェ・ヴァディム「大運河」のサントラ音楽である。洒落て上品で知的な室内楽ジャズである。
ところで、三菱UFJ、米モルガン・スタンレーに出資 最大9000億円。安い買い物なのかそれとも日米政府に強要されたのか、このニュース、昨夜のNY市場開場前に流されたが、結局、ダウは-
歌謡曲の次はジャズ。中でもオスカー・ピーターソン。スイングしなけりゃジャズじゃない。
世界の文化/芸術に貢献した人たちを顕彰する、高松宮殿下記念世界文化賞の第11回、音楽部門受賞者であるオスカー・ピーターソン(黒人ピアニスト)。幼
少の頃は“魔法の指を持つ少年”、近年は“鍵盤の皇帝”の異名をとる。鬼のようなテクニックでピアノを弾きまくるが、決して粗い演奏ではない。音がすべて
立っていて粒がハッキリし、キラリッと光る音色をもつ。そして、なんといっても抜群のスウィング感がたまらない。アート・テイタム(p)への尊敬の念が強
く、彼からハーモニー概念とテクニックを学び、ナット・キング・コール(p)からタイム感覚を、ハーモニーの動きをつなぎ長いラインを美しく表現する方法
はテディ・ウィルソン(p)から学んだという。
上の紹介が一番的確だなあ。曲は「自由への賛歌」。レイ・ブラウン(b)とエド・シグペン(ds)によるトリオによる演奏(CD)に比べると落ちるけど名曲だ。米帝はキライだけれどこんな音楽を生み出したアメリカは偉大である。
と思ったら、米国株急反落、ダウ終値449ドル安の1万609ドル(前日夜に米政府と米連邦準備理事会(FRB)が経営不安が強まっていた保険大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)の救済を発表。ただ、
金融システムへの強い懸念は後退せず、証券大手のモルガン・スタンレーや銀行大手JPモルガン・チェースが大幅に下落するなど金融株を中心に売りが優勢と
なった)。
そこで、オスカーとミシェル・ルグランのピアノデュオでもう一曲。どんな時も好奇心と希望を失わないなのが人生楽しむためのコツと思うのである。
ほんとは「時代おくれの酒場」を出したかったのだけど(この曲も歌舞伎町場末で覚えた)、加藤登紀子本人の歌唱が無かったので、代わりに百万本のバラ。この曲も俺のレパートリーの一つだ。
そして、やっぱり「時代おくれの酒場」。どこかの素人さんが高倉健バージョンで歌っているカラオケ。テレビ番組のアップロードではなく、これがYouTube本来の使い方なんだろう。もっとも、カラオケ事業者の著作権を侵害しているけれど。
\200カラオケ、「逢わずに愛して」の次は「リバーサイドホテル」。陽水はこのシュールでジコチューな雰囲気がよろしい。
責任65、目標80、理想100。百歳で「リバーサイドホテル」を歌って鐘を鳴らしたるねん。と俺はアバウトミーのプロフィールで書いているのだ。
クラシックが続いたのでここらで趣向を変えて歌謡曲、前川清「逢わずに愛して」だ。
先日、古賀政男音楽博物館(代々木上原)を訪ねてみた。東京・ミュージアム ぐるっとパス2008(\2000、有効期間2カ月)の元を取り返すべく暇つぶしに行ったのだが、館内展示もさることながら、館内地下にあるカラオケスタジオがよかった。なんと、スタジオ使用料:\200/30分、CD録音:1曲目は\1000、2曲目からは\500(5曲まで1枚に録音可)なのである。
代々木上原(昔の俺の通勤乗換駅)で\200/30分はいいなあ。会社の帰りに寄ればよかったなどと思ったけれど、営業案内を見ると17:00までしか営業していない。残念である。
そこで、最初に歌ったのがこの曲。昔、歌舞伎町場末でよく遊んでいた頃に知った曲だ。この論理矛盾の題名が面白い。カラオケもとんとやらなくなったので技量が落ちているのを悲しみつつ歌ったのである。
BSハイビジョンで「小沢征爾 魂の響きを伝える」を見て、人間力の根源は①豊かな感性、②緻密な頭脳、③広い視野と行動力であることを発見した。詳細は関心空間俺のキーワードをどうぞ。
この番組で演奏されていたのがモーツァルトのディヴェルティメントK136。この曲は小澤の師、斎藤秀雄が死の間際に、医師の制止を振り切って合宿に参加し、弟子たちに命懸けの指導をした思い出の曲だという。彼らの演奏会では毎年、この嬉遊曲を演奏 する。そして、必ずだれかが泣き出すと、小澤征爾は語っている。あの日の師匠がまぶたに浮かんでくるのだという。それは小澤自身の思いでもあろう。以上、なんとあの聖教新聞から引用である。
上の演奏はユーディ・メニューインの指揮、第一楽章。小澤の演奏を探したのだが見つからなかった。しかし、第二楽章の演奏は見つかったので聴いてほしい。こまやかな愛に満ち溢れた指揮である。K136 divertiment. The second movement.
Seiji Ozawa with Saito Kinen Orchestra.
シューベルトの切なく悲しい旋律がまだ聴き足らないので今度は「死と乙女」第二楽章、これも変奏曲である。演奏はアルバン・ベルク弦楽四重奏団、名演奏だ。上は第二楽章前半なので、これを聴いたら続きも聴きたくなるので下がその後半だ。
ところで、シューベルトは梅毒に感染してその絶望の境地から弦楽四重奏曲「死と乙女」を作曲したとの説がある。どこまで本当かわからないが、そんなゴシップとは全く無関係に聴かれるべき美である。知ってて悪いことはないけれど。
ベートーベンときたらシューベルト。悲しき歌、チェロ二本の弦楽五重奏だ。Alban Berg Quartet and Heinrich Schiff
ベートーベンのop.131弦楽四重奏に対して「この後でわれわれに何が書けるというのだ?」と述べたというシューベルトは、ベートーベンとは違う方向を目指した。それは(ベートーベンには出来なかった)美しく悲しい旋律を綴るということだ。この、弦楽五重奏曲ハ長調(長大な曲だけど)はその記念碑的作品。これも我が青春の一曲である。
そして、先日、この旋律屋シューベルトを更に印象付ける映画「バリー・リンドン」スタンリー・キューブリックに出会った。シューベルト:ピアノ三重奏曲第2番ホ長調D.929,Op.100から第2楽章が素晴らしく効果的に使われているのだ。YouTubeで捜したらそのものズバリ、映画のシーンが投稿されていたので埋め込んでおこう。農家に生まれた成り上がり志向主人公青年が貴族女性を6時間で恋に堕ちさせる場面である。また、この曲は、映画のラストでも再び使われていて人の世のはかなさを歌い上げている。
かくして、悲しくなりたいときはシューベルトを聴くとてきめんに効くのである。
ベートーベン後期弦楽四重奏OP.131の次はベートーベン最期のピアノソナタの第2楽章。
Maurizio Pollini plays Beethoven's Sonata for piano n.32 op.111 in C minor.
Second mvt. (first part): Arietta. Adagio molto semplice e cantabile.
ベートーベンの弦楽四重奏は手紙、ピアノ・ソナタは日記とよく言われるけれど、このピアノソナタの第2楽章は日記の中でも白眉のお得意変奏曲。上に引いた部分(第2楽章前半。後半部分もYouTubeにあるが何故か再生状態が悪い)の終わりの方では、まるでジャズ・スイングしているようで好きだ。この曲も名曲喫茶で知ったのかなあ、ずーっと大昔からのお気に入りである。
ついでに、ピアノ・ソナタop.109も名曲である。だいぶ以前にBS2が放送したピーター・ゼルキン(祖父はヴァイオリニストで作曲家だったアドルフ・ブッシュ、父はピアニストのルドルフ・ゼルキン)が素晴らしかった。よし、今から探してみよう。
で、見つけたのが3rd MOVEMENT- Glenn Gould - Beethoven - Sonate opus 109。グールドのベートーベンは(バッハと違って)耳に馴染まない。何故だろう。
これも青春(梅新・日響)の一曲である。
この名曲喫茶「日響」で俺がリクエストをよくしていたのはマーラー。他に、常連の若い男がいて(口を利いたことは一度もない)、この人がリクエストしていたのがベートーベンの後期弦楽四重奏だ。
後期弦楽四重奏とは(ウィキから引くと)第12番 変ホ長調Op.127、第13番 変ロ長調Op.130、第14番 嬰ハ短調Op.131、第15番 イ短調 Op.132、大フーガ 変ロ長調 Op.133、第16番 ヘ長調 Op.135の六曲のことだ。
ベートーヴェンは第11番の作曲後、14年間弦楽四重奏曲に着手する事はなかったが、その後、弦楽四重奏曲5曲と大フーガを作曲している。この12番は、ベートーヴェンがこの14年のブランクの後に作曲した最初の弦楽四重奏曲であり、これ以降の弦楽四重奏曲はベートーヴェン「後期」の弦楽四重奏曲とされる。
とりわけこの第14番 嬰ハ短調Op.131、更に中でも第七楽章(終楽章)は驚天動地(激しく叩きつけるような第1主題)の現代的な響きを感じた。
会心の作品であり、しばしば引用されるところによると、「ありがたいことに、想像力は昔よりもそんなに衰えてはいないよ」と友人に語ったという。《弦楽四重奏曲第13番》と《第15番》とともに、ベートーヴェンの創作活動の頂点を極めた作品である。シューベルトはこの作品を聴いて、「この後でわれわれに何が書けるというのだ?」と述べたと伝えられている。
という記念碑的作品だ。音楽とは何かと訊かれたらこの曲が答えだと言ってもいいぐらいである。
さて、この曲(終楽章)の演奏をYouTubeで捜したけどなかなか見つからない。なんとか見つけたのがこの演奏である。どういう演奏家たちかというと
We
are 8 professional musicians who comprise the faculty of the Point
CounterPoint Music Festival, located on Lake Dunmore in Vermont. We
perform 4 full-length chamber music concerts throughout Vermont each
summer. Cyrus Beroukhim, Sean O'Neil
Violin
William Hakim
Viola
Yun Joo Na
Cello
apologies for the grainy video; some of the quality was obviously lost
somewhere between the dvd and youtube, but at least the sound quality
was retained. also, i understand the sections of this performance are
not the standard movements; i had to arrange this performance by file
size more than anything else. all movements are represented, but not
grouped in the traditional segments.
http://www.pointcp.com
ということである(このぐらいの英文になるともうついていけぬ)。第一級のプロのスリリングな演奏ではないが鑑賞には耐える演奏だった。興味ある方は次の第一楽章も聴かれよ。
我が青春の名曲シリーズ、ショスタコーヴィチの次はマーラーである。
Zubin Mehta conducts Israel Philharmonic Orchestra. Teatro Municipal de Santiago de Chile. 2001.
高校時代にタコ(ショスタコーヴィチのこと。通はタコ8とかタコ5とか略称するものらしい)でクラシック開眼、大学に入って名曲喫茶通い(大阪梅新にあった「日響」)。
何がきっかけだったか覚えていないがマーラー(作品の演奏が頻繁に行われるようになったのは、「新ロマン主義」が流行した1970年代からであり、幸か不幸か前衛の停滞が彼の名声に大きく貢献した)を好きになって、「日響」でコーヒー1杯で6、7時間粘って聴いていた。他人様が嫌がるのも無視してリクエストは暗く重く聴きづらいマーラー。中でも「大地の歌」@クレンペラーが好きでお店に数え切れず迷惑リクエストだった。
「生は冥く死もまた冥い」というニヒル・ヒロイズムに溺れる乃至エエカッコする年頃だったのだ。大学紛争/70年安保の時代である。デモにも行かず名曲喫茶とパチンコの日々であった。
そこで「大地の歌」をYouTubeで捜したのだが見つからず、代替にマラ5。「ベニスに死す」ヴィスコンティで使われたアダージェット(ベストセラーたるカラヤン「アダージオ」にも収録されている)だ。ひょっとしたら、俺はどんな人生を過ごすのだろうかという不安感が俺にマーラーを聴かせていたかもしれない。以来、マーラーの虜である。ちなみに今は3番、9番がいい。
From the 2007 BBC Proms, Michael Tilson Thomas conducts the San Francisco Symphony in Symphony No. 5 by Dmitri Shostakovich.
YouTubeは1投稿10分以内という制限があるので第三楽章が二つのパートに分かれている。
高校生だった。アカ思想にかぶれていたこともありソ連の音楽だという理由でレコードを買ったように思う(ロジンスキー指揮)。
第一楽章の衝撃的な低弦の出だし、そして、第四楽章、勝利の歌。クラシック音楽の凄さ、奥行きの深さに出会った一曲である。
それから四十年以上、クラシックを聴き続けている。この曲、今では第三楽章が一番好きだ。人生の悲哀を切々とみずみずしく歌う緩徐楽章、いつ聴いても新鮮な響きである。上の演奏はプロムス(プロムス(Proms)は「プロムナード・コンサート」の略であり、その語はこのコンサート開始当初に聴衆がそぞろ歩いていた(promenading)という習慣に由来している)の明るい雰囲気の中のものなので少々違和感を感じるけれど、これはこれで一曲である。
ショスタコーヴィチ、政治に翻弄されつつも自分の音楽を綴った作曲家。政治が音楽の良し悪しを判断、支配する(典型はジダーノフ批判)という愚劣な国家は滅亡して当然である。今から思えば。
小菅優のピアノに続いては若手日本人演奏家つながりで庄司紗矢香にした。
東京に生まれたが、母の美術の仕事の関係で3歳からシエーナに移り、2年間を送る。最初ピアノを習っていたが、シエーナでのキジアーナ音楽院のコンサートでヴァイオリン演奏を見たことがきっかけとなり、5歳からヴァイオリンを始めた。帰国後、国分寺市内の小学校に進み、1994年、6年生の時に第48回全日本学生音楽コンクール東京大会、全国大会で第1位を獲得した。
というキャリアの持ち主だ。幼少時の在欧経験が大きいのか、音楽に色気と艶がある。ブラームスのバイオリン協奏曲をテレビで聴いたが堂々と艶やかで切ないブラームスだった。音楽は切なくなければ音楽ではない。ちなみに、数日前に観た「バリー・リンドン」スタンリー・キューブリックでシューベルトが切なかった。
そこで、もう一曲。ブラームスを探したが見つからなかったのでベートーベンの協奏曲第3楽章。指揮者ノリントンおじさんの毒気に当てられているような気がする演奏だが。
ピアノつながりで今度はショパン。この曲、BS2で放送していた小菅優の演奏が素晴らしかった。美しいトレモロ、しみじみとジーンとくる旋律、まさに珠玉の演奏だった。前回採り上げたジャズピアノの上原ひろみに対抗するクラシック若手ピアニストである。プロフィールの一部を転載しておこう。1983年東京生まれ。東京音楽大学付属音楽教室を経て、1993年よりヨーロッパ在住。9歳よりリサイタルを開き、オーケストラと共演している。
この時の演奏をYouTubeで探したのだが無かった。有名な曲なのでアマチュアの演奏も多く投稿されているが、プロの演奏とは矢張りレベルが違う。映画「戦場のピアニスト」(観た記憶あり)のモデルとなったウワディスワフ・シュピルマン本人の演奏を選んだのだが、正直言って小菅優の方が数等、上だ。繊細さと丁寧さが違うのである。
ショパンが無かったので更にYouTube探索していると、このショパン(アンコールで弾いたもの)を弾いたコンサートのメインの演奏が見つかった。ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番/サカリ・オラモ指揮フィンランド放送響で、第3楽章のピチピチした演奏を聴きつつショパンを思い出すことにしよう。
内田光子からピアノつながりで上原ひろみ。お気に入りのジャズピアニストである。曲は「いつか王子様が」(ディズニー映画「白雪姫」の主題歌)、演奏はWatanabe, Sadao(As), Autin Peralta(p), Uehara, Hiromi(p), Chick Corea(p) and The Great Jazz Trioの豪華顔合わせである。
上原ひろみが気に入っている。まるで子犬が鍵盤上を跳ねているようなノリのいいピアノなのだ。ジャズも結構、聴くのだが基本はトラディショナルなスィング、スィングしなけりゃ意味がないと思う俺にとって、最近のジャズ(ロックとの融合傾向など)は敬遠なのだが上原ひろみだけは別格。スイングしているのである。
そんな上原ひろみのスイングをと、YouTube検索して見つけ出したのがこの演奏(東京ジャズフェスティバル。BS2が放送していたもの)だ。ナベサダで始まってチック・コリアに続いて上原ひろみが登場する。短時間だけれどスタンダードナンバーでひろみを聴いてほしいと思い選んだ。
こんな短時間の上原ひろみでは欲求不満だと思う人には下の "XYZ"。ばりばりの現代風ジャズの巫女、HIROMIを楽しめる。
そして最後におまけ。ビル・エバンスのSomeday my prince will come。これがトラディショナルジャズなのだ。Bill Evans,Chuck Israels,Larry Bunker
London,TV Broadcast,March 19,1965
dvd"in europe"
バッハ@グールドの次はモーツァルト@内田光子。
Mitsuko Uchida plays piano and Jeffrey Tate conducts the
Mozarteum Orchestra in Mozart's Piano Concerto No. 9 "Jeunehomme", in E
flat major, K. 271.
A Saltzburg Festival performance, recorded in the Mozarteum, Saltzburg, 1989
俺だって少しは英語を読めることを示しておこう。続きはのちほど。
(続き)内田光子とジェフリー・テイトとのコンビによるピアノ協奏曲「ジュノム」があったので引いた。
内田光子は「とにかくピアノを弾くことが、好きで好きでたまらない。1000回生まれ変わったら、999回はピアニストになりたい」「口紅1本持っていません。そんな時間がもったいないから」との発言がある1948年生まれのピアニスト(俺と同年や)。演奏している時の表情だけで音楽を語ってくれている。
指揮者のジェフリー・テイトは生まれつき二分脊椎症を患っており、1989年より英国ASBAH(二分脊椎症と水頭症の患者と家族のための慈善団体)の総裁に就任している人で、内田とのコンビでモーツァルトピアノ協奏曲を録音している。
ところで、「音楽そのものの結晶」=バッハと対比できるのがモーツァルト。グールドは「記号的な音楽だ」とモーツァルトを評価していたようだが、装飾的な音楽だという意味かなあ。下の浅田彰(ようわからん哲学者)司会のグールド紹介テレビ番組でも、「モーツァルトにビタミンを注入してみたい」「モーツァルトをバロック風に演奏する」などとグールドは発言している。
結晶だ装飾だとかぐだぐだ言っているが、要するに、音楽は音楽以外のなにものでもない。音楽から何をどう感じるかは聴き手に委ねられているのである。
グールドのバッハを聴けば神のごと宇宙に触るゝ快感の湧く
エリック・サティからバッハへ。「音楽の意味とは何か」つながりである。
(ここに後ほどぐたぐだを書くつもり)→さて、そのぐだぐたを書こうとして、きっかけの言葉が見つからず、グールドがバッハにあそこまでこだわった「意味」とか「(グールドの)言葉」を知りたくて、「グールド バッハ 言葉」でググってみた。
何件か眺めてみたら、ぴったりの言葉に遭遇。
「“今”、鳴っているこの音こそが全てで、これ以上に確実なもの、重要なものなどどこにもない。」「
グールドのバッハは、(途中省略)バッハについて、グールド自身について、一切なにも表さない。それはどんなことともまるで関係がないのだ。ただ、音楽そのものの純粋な結晶として、物質のように、在る」
おお、その通りだ。俺の言いたかった言葉がここにある。「音楽そのものの純粋な結晶」がグールドの弾くバッハとりわけゴールトベルク変奏曲なのだ(デビュー盤としてグールドは、プロデューサーなどの反対を押し切り、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」を録音。1956年に初のアルバムとして発表されるや、ルイ・アームストロングの新譜を抑えてチャート1位を獲得した)。
将棋の駒に意味は無い。将棋というゲームにおいて駒が使われることが駒の意味である。同様に、音楽に意味は無い。音楽という作曲・演奏・鑑賞ゲームにおいて音楽が使われることが音楽の意味である。
と俺も前回に書いている。音楽に意味は無い。意味が無いからこそ音楽は「純粋な結晶として」魂に作用する。ここが他の芸術と決定的に違う音楽の効用なのだ。いや、効用などという功利的な言葉を使ってはいけない。音楽は魂(コラソン)そのものなのである(ピアソラの項で、素晴らしい音楽が全て共有しているコラソン=魂と書いているのでここで、リベルタンゴ@ピアソラを鑑賞されよ)。
そこで、アリアだけでは欲求不満な人、もっと聴きたい人は次をどうぞ。
Gould plays Goldberg Variations var.26-30 & Aria Da Capo 9:32
武満徹つながりでエリック・サティ。どうしてかと言うと、ロマン派音楽の終焉とはどういうことか、哲学における言語論的転回との関係は、などという屁理屈が必要になる。後ほど乞うご期待。→以下、その屁理屈である。
関心空間「翼 武満徹ポップ・ソングス」記事に「それまではただ単純にメロディや詩に重きをおいた音楽の聴き方をしていたと思うのですが、武満さんの音楽からは、音の生まれ方や音そのものの存在感のようなものを知った気がします」というコメントを頂戴して、そうだなあ、武満の音楽を「音の生まれ方や音そのものの存在感」というのは適切な表現だなあと感心した。つまり、メロディや詞という音楽の意味するものではなくて、音楽が何かを意味するのではなく、「音の生まれ方や音そのものの存在感」そのものが音楽ということだと思うのだ。
このような音楽の意味転換は、哲学における言語論的転回(フレーゲは、言葉の意味を人間の心の状態に関係づけるこうした心理主義=意味の観念説に反対した。言葉の意味を意義(言葉が公共的に使用され理解されるあり方)とイミ(言葉が指示する対象)に分解し、意義もイミも公共的に使用される文脈の中で定まってくるという文脈原理を主張した)と符合するというのが俺の屁理屈である。
すなわち、音楽が何かを意味し、その意味を作り出すのが作曲・演奏でそれを聴き取るのが鑑賞という一般的な考え方ではなくて、音楽の意味とは音が公共的に使用され理解されるあり方という考え方への転換である。
将棋の駒に意味は無い。将棋というゲームにおいて駒が使われることが駒の意味である。同様に、音楽に意味は無い。音楽という作曲・演奏・鑑賞ゲームにおいて音楽が使われることが音楽の意味である。
こういう考え方はバッハの昔からあったのだろうが(そうでなければバッハがあの豊穣な音楽世界を作り出せた筈が無い)、西洋音楽において音楽家が意識的にこの考え方を採るようになったのは後期ロマン派爛熟の前後からではないだろうかと妄想する。
そして、武満の音楽も当然にこの延長線上にあり、このような道を切り開いた重要な作曲家の一人がエリック・サティだと俺は屁理屈を構成したのだ(ああ、なんとか結びついた)。
ちなみに、『家具の音楽』というのは彼が自分の作品全体の傾向を称してもそう呼んだとされ、主として酒場で演奏活動をしていた彼にとって客の邪魔にならない演奏、家具のように存在している音楽というのは重要な要素であった。そのことから彼は現在のイージーリスニングのルーツのような存在であるともいえるとウィキにある。
要するに、音楽に意味を求めるな、音自体を楽しめばよいという単純なことである。こんな単純なことを言うのに屁理屈をぐだぐだこねるなと自戒しなければならぬ。
ご参考:スティーヴ・ライヒ(YouTube埋め込みあり)など、ミニマル・ミュージックと呼ばれる音楽も同じ音楽観の産物であろう。
言い忘れた。記事冒頭のYouTubeエリック・サティ「グノシエンヌ第1番」は本来、ピアノ曲だが、気に入った演奏が見つからず、村治佳織のギター演奏で代替した。音楽はまさに音を楽しめばよいのだ。
前回に引き続き、BS2「フォークソング大全集」、石川セリ、五つの赤い風船、因幡晃、上田正樹、大野真澄、岡林信康、尾崎亜美、海援隊、加川良、小室等、杉田二郎、ダ・カーポ、谷村新司、BORO、ムッシュかまやつ ほかに触発されて今回は武満徹。どういうつながりなのかは後述するとしてまずは動画埋め込みのみである。武満徹らしい新鮮な響きの洒落たワルツを鑑賞されよ。
で、どういうつながりかというと、上の番組で石川セリが「八月の濡れた砂」を歌っていた。この曲もいいけど石川セリといえば「翼 武満徹ポップ・ソングス」がいいなあ。武満徹のポップソングってみんな、どれだけご存知だろう。
ということで代表作「死んだ男の残したものは」をYouTubeで探したのだが、どこかの百貨店合唱団の重々しい演奏ぐらいしかない(石川セリは軽快なボサノバでシニカルに歌っている)。そこで、しようがないから石川セリの上のアルバムに入っている「ワルツ「他人の顔」より」にした。指揮は(映像から判断すると)ユーリー・バシュメットである。
以上のような事情なので多少欲求不満が残る。そこで、武満徹がギターを愛し、ギター曲の編曲をよくしていたというのをだいぶ以前のBS2村治香織の番組で聞いたのを思い出して、その番組で放送された一曲、オーバー・ザ・レインボウ / Over the Rainbow。
ええい、もう一曲。上の石川セリのアルバムのタイトルチューン「翼-wings」、東京混声合唱団・岩城宏之指揮である。武満も岩城も今はもういない。
先週土曜日に放送していたBS2「フォークソング大全集」、石川セリ、五つの赤い風船、因幡晃、上田正樹、大野真澄、岡林信康、尾崎亜美、海援隊、加川良、小室等、杉田二郎、ダ・カーポ、谷村新司、BORO、ムッシュかまやつ ほかの豪華出演者、団塊の世代狙いのナツメロ番組であったが、特筆すべきは「教訓Ⅰ」加川良。我が「殺すな、逃げよ。」と共鳴する歌だったので、関心空間で紹介した。
そして、このコンサートの最大の売り物はかつてのフォークの神様岡林信康。
というのだから矢張り凄い。神様である。ちなみに上のリンクにステージ写真もある。分別臭いオッサン顔だ。
そして、最も聴かせたのが上の曲「チューリップのアップリケ」(レコードジャケットの静止画像なのが残念)。下の歌詞(こちらから一部転載。譜面付きだけれど音付きなので注意)のところでは目頭を拭くオバサン聴衆もいた。
みんな貧乏が みんな貧乏が悪いんや
そやでお母ちゃん 家を出ていかはった おじいちゃんに お金のことで
いつも大きな声で 怒られはったもん
みんな貧乏のせいや お母ちゃん ちっとも悪うない
あの貧乏な時代を思い出す。夜になると焼酎で飲んだくれて路上で寝ていたオッサン、家庭不和、あ、今も変わらんか。
ところで、岡林信康は教会の家で生まれ育った人だそうだ。
岡林と同棲生活を送った吉田日出子は、表現されているものと実生活に著しい乖離があり、偽善者と酷評。その後、岡林信康とは訣別している。また、日雇労働者の悲哀を歌った『山谷ブルース』は、岡林が山谷に長期滞在して作ったといわれるが、実際には一週間程度しか滞在していなかった。
とウィキにある。人生に紆余曲折あり。人は複雑にして単純怪奇である。
元タンゴ歌手菅原洋一、アドゥンはタイ人つながりで今回はタンゴというか、タンゴの強烈なリズムとクラシック・現代音楽との融合を成し遂げたアストル・ピアソラ(1921年3月11日 - 1992年7月4日)、曲はリベルタンゴ、演奏はヨー・ヨー・マである。CMにも使われたから聞き覚えのある方も多いだろう。
ピアソラの音楽に触れたのはいつだったろうか。ピアソラのFM特集番組をエア・チェックしてテープにダビングして聴き始めたのだから十年ぐらい昔にはなるのかもしれない。タンゴは元々嫌いではなく、そのエロチックなリズムとメロディーに惹かれていたのだが、ピアソラのモダンな曲に触れてより深く愛せるようになった。お洒落で甘美でモダンなのだ。上のリンクの筆者の言葉を借りれば
の通りだ。素晴らしい音楽が全て共有しているコラソン=魂がそこにあるのである。
そして、ピアソラの代表曲、リベルタンゴとは
ということで、「自由なタンゴ」というか「自由」そのものへの憧れをこの曲に聴き取るのである、俺は。
つい長くなってしまった(といっても他人様からの転載で長くしているにすぎないのだが)。
ちなみに、ピアソラなどのモダンタンゴのアルバムCD「我が愛しのブエノスアイレス~バレンボイム、タンゴを弾く」を車運転愛聴していることを付記しておこう。
今回は「土曜日名曲アルバム」特別編。
実は聖蹟桜ヶ丘ヴィータ・マンスリーコンサートのボランティアスタッフをこの春から務めているが、そのコンサートの10月企画は「秋の夜長はエスニック気分で」(仮称)である。津軽三味線とピアノ弾き語り、そしてタイ民俗ポップのジョイントコンサートになる予定だ。
その打合せで出演者の方と顔合わせを始めたのだが、上の動画はそのうちのお一人、アドゥンはタイ人さん。曲は(オリジナルだろう、多分)「君の笑顔」。明るい太陽を感じさせるラブソングだ。皆様、お気に召したでしょうか。そして、コンサート、盛り上げるぞ。
シャンソン越路吹雪の次はタンゴ菅原洋一。といっても、菅原洋一がタンゴ歌手だったこと、更にはそれ以前はクラシック歌手だったことを知っている人は少ないだろう。
なんで俺が知っているかというと、実は彼(1933年8月21日 - 。兵庫県加古川市出身。兵庫県立加古川東高等学校卒業。国立音楽大学大学院修了。ニックネームはハンバーグ)は同郷、同窓(高校)の先輩だからだ(面識は無い)。俺が高校を出た頃に「知りたくないの」が大ヒットしてビッグネームになった。彼の実家が商店街で結納品店を営んでいてちょうどその頃に改装、きれいな店になったのを覚えている。また、彼のおばさんか(お姉さんだったか?)高校の売店でパンを売っていたのも覚えている。そしてまた、D先生(ハイミス、音楽の先生。ブラバンの顧問)も懐かしいなあ。教え子が有名な歌手になったのを喜んだろう。
ということで誰も俺の過去など「知りたくないの」だろうけれど、開陳してしまった。口直しにもう一曲。今度は「今日でお別れ」。菅原洋一のたっぷりとしたバリトンを聴いてもらおう。ちなみに、加古川人にイケメンはまず、いないのではないか。
ミレッラ・フレーニの次は日本の歌姫、越路吹雪。
越路 吹雪(こしじ ふぶき、本名: 内藤 美保子(ないとう みほこ)、1924年(大正13年)2月18日 - 1980年(昭和55年)11月7日)
ああ、56で没しているんだ。しぶちんの俺が、日生劇場ロングラン・リサイタルを観たのは死の半年前だろうか。彼女の歌、「ろくでなし」「私はヴィオロン」「イカルスの星」、その他、ろくに知らない時だった。もっと研究してから行けばよかった、などと悔やんでもはじまらないのだが。
美人でも美声でも上手でもない彼女の歌の魅力はなんだろう。芸としか言いようがないように思う。それと、彼女のレパートリーの品のよさ。シャンソンを日本に根づかせた功労者だ。彼女とコンビを組んだ岩谷時子(91歳健在の現在の写真はこちら)とのツーショット(二人の出会いの頃)を付けておこう。
ところで、この曲には俺の高校時代の思い出がある。高校で下手糞なトロンボーンを吹いていたのに、神戸製鋼の社内バンドに助っ人に呼ばれてこの曲を演奏したのだ。今思うと目から火の出る恥ずかしさなり。
閑話休題、コーちゃんの曲、一曲だけではおさまらない。もう一曲、アンコールは「ラストダンスは私に」。YouTubeには他にも沢山、コーちゃんがいるので検索されよ。
ラ・ボエームから「我が名はミミ」@ミレッラ・フレーニ。
フレーニはイタリアのモデナで労働者階級の家庭に生まれた。彼女の母親はルチアーノ・パヴァロッティの母親と同じタバコ工場で働いており、同じ乳母の乳で育ったという。
パヴァロッティと同じく苦労人の生まれ(同年、同郷)、育ちで、パヴァロッティ、フレーニは共に譜面が読めなかったという説があるぐらいである。
「パヴァロッティは楽譜が読めない」というまことしやかな噂があったが、本人は2005年9月12日のBBCインタビューの中で「オーケストラ総譜はほとんど読めないけど、テナーとピアノ(伴奏)のパート譜なら完璧に読めるよ」と語っていた。
閑話休題、フレーニに戻ろう。彼女が美人でないのも余計に親しみ深く思える。不美人が薄幸のヒロインを演じるのがおつなのだ。演奏がHamburg, 1971だそうだから、この時フレーニ36歳、まだ若々しく青い声だ。
そこで、絶頂期(?)の
Torino. February, 1996(→61歳にしてこの美声の両者)パヴァロッティとのデュエット(同じくラ・ボエーム第一幕最後の重唱)をどうぞ。
イタリア・オペラって高尚なものではなく、惚れた腫れたの美声を囃すイタリア版浪花節だと俺は思うのである。
カヴァレリア・ルスティカーナから何かアリアを引きたかったのだが、見つからなかったのでオペラつながりでパヴァロッテイ。曲はカルーソー。何年か前にテレビでめぐり合って気に入った曲だ。
ということを(実は)知らなんだ。あのカルーソーに関係ありそうという薄い認識でしかなかった。
それはさておき、上の演奏はパヴァロッティとルチオ・ダッラの共演で、そのせいかパヴァロッティは力演熱演名唱である。この土曜日名曲アルバム(このYouTube埋め込みシリーズを今からこう呼ぼう)作成のためにあれこれ検索して出会った演奏である。いやあ、ネットって素晴らしいですねえ。
ちなみに、カルーソー本人の声も見つかったので引いておく。次回はパヴァロッティからのつながりでフレーニを予定。
じじばばが孫を連れ来るプールにて孫に混じりて買ふアイスクリーム
「ルスティカーナ」でYouTube検索するとどっかの学校オーケストラとか、様々な演奏が出てくる。ほんとはカラヤンで聴きたいのだが、ここは我慢して中国(台湾?)オーケストラにした。小節も利いてなかなか聴かせる演奏だ。
物語は、兵役帰りの若く貧しい男トゥリッドゥと、彼の元許婚者であった人妻ローラとの男女関係の成行、そしてトゥリッドゥがローラの亭主アルフィオに決闘
で殺されるまでを淡々とした筆致で描く。大まかなストーリー展開は後掲のオペラの粗筋と大差はないが、オペラでは主役的存在といっていいサントゥッツァ
が、小説の中では嫉妬心にかられて軽はずみな告げ口をする単なる一脇役として描かれている。
元は小説で、原作者が戯曲にしたところで改訂がだいぶ入ったとのことだ。知らなかった。YouTubeとWikipediaのお陰である。しばらくはこのパターン、止められぬなあ。
あ、また、ちあきなおみを出してしもうた。止まらぬなあ、このビョーキ。
「喝采」はスゴイ歌だった。日本の歌謡曲にもこんなにスケールの大きい曲が出るようになったかと感じ入ったものである。1975年(頃?)、俺が元住吉に住んでいた頃だ。
1972年、就職上京して暮らし始めたのが市ヶ尾の独身寮。3DKに2+2+1=5人だ。
職場の先輩が馬券を買うのに相乗りして初めて買った馬券(連番5-6をいまだに覚えている)が当たってしまってそれを元手に元住吉でアパート暮らしを始めた(家賃9500円、四畳半、共同便所→掃除当番あり)のがその年のたしか12月だった。
まだコンビニのない時代、帰りが遅くなってもかろうじて開いている食料品店があった。そこで食べ物飲み物を買って、朝は駅前で朝定食を食べて、学芸大学の職場に通っていた。
懐かしい一人暮らし、そんな時代の名曲、「喝采」である。
青春や一人暮らしの熱帯夜
ちあきなおみのYouTubeに結構アクセスがあったので図に乗って今度は「黄昏のビギン」。永六輔・中村八大コンビの名曲だ。俺がちあきなおみに興味を持ったのは一昨年だったか、BSでちあきなおみ特集をやっていて、この曲に惹かれたのがきっかけだ。アンニュイなセクシーがぴったり嵌っている。
この曲はもともと水原弘がオリジナル。ちあきなおみがカバーして、なにかのCMに使われて再ヒットしたらしい。そこで、水原弘のオリジナルも引いておこう。こちらもモダンな歌いぶりである(映像はレコードジャケットの静止画像のみ。動画は残っていない時代だ)
BS2が放送しているオールデイズ中心の音楽番組である。あのアメリカが光り輝いていた時代、ラジオの電リクから流れるポップスが僕らの憧れであった。
先日の放送はコニー・フランシス特集。伊東ゆかりが当然にトリを勤めた。しかし、伊東ゆかりも老いた。声に潤いがなくなったなあ。女は濡れていなくっちゃ。
あと、発見が二つ。一つは高木ブー。凄いウクレレだ。特製の三本立てウクレレを抱えての自作の演奏、かっこよかった。
もう一つは芦屋雁之助の娘RINA。ふっくらとした体形で、もう、おばさんと呼んでいいであろう年頃だ。雁之助が粋筋となした子供のように勝手に想像した。
こうしてみんな老いていく。なにはなくとも時間だけは誰にとっても平等なのだ。
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