映画・テレビ

2008年5月10日 (土)

大輪の向日葵としたたかな菊

Photo 朝、ネットしながらの映画鑑賞が癖になってしもうた。ほんとはよくないのだけれど(人様の作品はきちんと鑑賞せよ、まして何かコメントするのなら)、わかっちゃいるけど止められぬ。暇人の俺が結構、時間が無いのだ。

そんな、ながら鑑賞(ネットBGM映画)の今朝の一本は「娘・妻・母」成瀬巳喜男(1960)だ。
代々木上原の中流家庭(160坪の土地持ちだから今だと相当のもの)を舞台に出戻りの女性(原節子)の再婚とその母(三益愛子、そしてその息子の妻を高峰秀子)の老後の面倒を誰が見るかという物語である。

おっ、原節子が出てるやんかあ(調べてみると引退2年前の作品)と、「大輪の向日葵」に見入ってしまった。そして、もう一方の「したたかな菊」はぱっとしない。

いつも成瀬映画では最初仏頂面をして登場してくる彼女が、ここでは全編にわたりずっとぶっきらぼうで不機嫌そうにも見える。というより、彼女の「妻」役に そもそもあまり明確な性格が与えられていないような気が。高峰秀子ともあろう女優が数多くの登場人物の中に埋もれ、あまり存在感を発揮していない映画なん か自分は初めて観ました。

という評もあるくらいだ。

同じ成瀬巳喜男作品で昨日観た「あらくれ」はよかった。高峰秀子という役者を理解するには「二十四の瞳」とこの「あらくれ」の二作であると思わせる作品だ。

そんな訳で成瀬巳喜男という監督に興味を持ち始めた。

遺作は1967年、司葉子、加山雄三主演の『乱れ雲』。1969年に直腸癌のため死去。なお闘病中、見舞いに訪れた高峰秀子に「白一色の幕を背にして高峰秀子が一人芝居をする」という奇抜な作品の構想を語ったが、実現しなかった。これについては、成瀬と多くの作品でコンビを組んだ名カメラマン・玉井正夫が後年インタビューで「その発言は、成瀬さんが死ぬ間際に弱気になっていたからこそ出た言葉ですよ。成瀬さんは、高峰秀子を個人的には好きではなかったですよ、高峰さんは、人からどういう風に思われているか、良く考えたほうがいいですよ」と、興味深い発言をしている。

どの世界も人間関係は大変なんだなあ。成瀬巳喜男の代表作は「めし」。いつかそのうちBS2が放送してくれるだろう。

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2008年3月28日 (金)

リチャード・ウィドマーク死去

Photo_2 灰色の目としゃがれた声、冷やかな笑顔をトレードマークに、主にギャング映画での非情な殺し屋、戦争映画での冷徹で人望のない指揮官役などで持ち味を発揮した個性派。享年93歳、昨日の日経夕刊によると「脊椎を骨折、容体が悪くなっていた」とのことだ。ネットで訃報ニュースあんまり流れてない。過去の人ということなら残念。

昨日、彼が検事役をこなした「ニュールンベルク裁判」観たばかりだった。この映画、「シンドラーのリスト」(アバウトミー諸氏の感想はこちら)など足元にも寄れない文句なしの第一級の名画だ。スペンサー・トレイシー他の豪華キャスト(マレーネ・ディートリッヒの映画を初めてきちんと観た)で、歴史における個人の責任について考えさせてくれる。ナチスに批判的ながらも国家と民族のために協力した法律家の責任を問うのだ。「あなたがしたことが始まりだった」というのが最後に出てくる記憶するべき名台詞である。冥土の土産DVD作成済み。

ちなみに、監督のスタンリー・クレーマーについても見つかったネット情報はこの程度。往年の名監督なのに。

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2007年10月20日 (土)

一番よく見るテレビのチャンネルは

TBSが人気が無いことが実証された。報道のTBSが可哀想だなあ。

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2007年1月31日 (水)

寅、枯れにけり

Photo_569 遂に、寅最終作「寅次郎紅の花」を観てしまった。
最終作だと思うと、観る前からハイ・テンションで、渥美清の座ったままの演技につらかったろうと思ったりした。

奄美大島でなんとかなると思ったに、もーう、寅の
馬鹿にしか見えないよ、そんなのは。自分じゃ、格好良いつもりだろうけど、要するに、卑怯なの、意気地が無いの、気が小さいの。体裁ばっかり考えているエゴイストで、口程にもない臆病もんで、つっころばしで、ぐにゃちんで、とんちきちんの、おたんこなすだっていうんだよ。

この映画はそして寅はリリーのこのひとことにつきるのである。
ぐにゃちん

だからボクらは寅を愛した。愛する人を奪えない寅のやさしさを呆れるぐらい愛したのである。

しかしなあ、リリーも相当のもんだよ。この意地っ張り。寅がぐにゃちんだとわかっているのだから、やさしく導いてやればいいじゃあねえか。それともやっぱりあれかい、リリーも愛する人を壊すのが恐いのかい?いや、違うなあ、リリーは「あたしは愛される資格なんかないんだ」と思っているんだ、多分。奪い奪われることに資格や能力なんか関係ないのにね。

 冬の河をとこをんなに手もふれず

画像は
浅丘ルリ子×木の実ナナ 二人の大物女優が“伝説の映画女優”を演じる!から勝手拝借/感謝です。一にルリ子、二が喜和子、次がナナでその次は小百合かなあ。オリエも忘れちゃあならない。男優ゲスト助演ベストは当然、志村喬である。なんといっても第一作だ。また泣くぞ。

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2007年1月24日 (水)

他人の悲しみや淋しさが良く理解できる人間

寅47作(おお、遂にラス前だ)は「拝啓 車寅次郎様」。Photo_543
寅と人妻(珍しいケースだ。今までにあったかなア)かたせ梨乃が縦糸、満男と牧瀬里保が横糸になって滋賀県長浜の情景をからませて映画は進行し、当然ながら寅も満男も「失恋」するお話である(顧客サービスのため満男の場合は最後に希望を持たせたが)。

さて、問題はラスト近くの満男のセリフ。
満男 「拝啓、車寅次郎様。伯父さん、僕は近頃、伯父さんに似てきたと言われます。言う人は、悪口のつもりなんだけど、僕には、それが悪口には聞こえないのです。伯父さんは、他人の悲しみや淋しさが、良く理解できる人間なんだ。その点において、僕は伯父さんを認めているからです。」

映画でこのセリフに接した時に俺には、かるーい違和感があった。
あらためて文字で読み直して沈思黙考して理由がわかった。満男は、「良く理解できる人間」と言っているのだ、これが俺の違和感の原因だったのだ。

理解できるためには理解しようとする意志だけではなく能力が必要。寅は理解しようとする意志はあるけれど、能力はどうだろうか。能力=一般的能力+個別能力は他人の悲しさや淋しさを理解するのに十分だろうか。

寅の「アタマのよさ」を棚に上げて人間味という点だけで一般的能力を捉えると、これは問題ない。寅は苦労人だし人情味はもともとあるから。
しかし、問題は個別能力である。その人の置かれた環境や人間関係、仕事の中味、その他もろもろをひっくるめてその人は喜怒哀楽しているのである。更には、性格や立場上、感情を出さない、出せないこともある。寅のような渡世人に簡単にわかってたまるか、堅気の人間の悲しみが。三丁目の夕日じゃないんだぞ、実人生は。

だから、満男よ、気安く「良く理解できる人間」だなどと言うな。寅に対しても失礼だ。人と人とは理解し得ない。理解できたような気持ちになっただけでも幸せよ、そこが渡世人のつれえところよ。だからなあ、俺は人を愛しても信じはしない。信じたら裏切られるというのもあるけれど、信じたら信じられた相手の負担になって可哀想じやねえか。

そこで応用例→東国原宮崎県知事。ウィキペディアは傍証も挙げずに「日常生活でも、自分より上と見た者には媚びへつらうが、一旦、下とみるや非常に横柄な態度をとる」と書いている。その真偽はさておき、県知事は政治家である以上に県組織・職員の長である。だから、働く人たちの気持ちを「良く理解できる人間」でなければ勤まらない。それが自分に欠けるとわかっていたら、信頼でき能力があるブレーンを作らねばならない。どんな人事をするかが新知事の試金石だ。

そんなことにも考えが及ばず(考えているなら悪質である)首相は「そのまんま東氏は再チャレンジに成功した。自分の再チャレンジ政策はそういうものなんだ」と発言した。政治家は結果責任だとのたまったご本人が知事当選だけで「成功」したと表現するあほらしさ。

さて、首相と満男、どちらが聡明であろうか。

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2007年1月20日 (土)

満男物語@満男は逃げたのだろうか

寅46作は「寅次郎の縁談」。就職活動(シュウカツというんだ。つい最近知った)に悩んだPhoto_531 満男は家出してしまう。瀬戸内の琴島(現実の地名は志々島)にたどりついた満男は農漁業の手伝いをして心を回復しつつあり、島の診療所の看護師(城山美佳子)にも慕いを寄せられる。そこへさくら夫婦に頼まれて寅が呼び戻しに来るのだが、満男が身を寄せた家には松坂慶子がいたのだった。

93年の作品だからバブル崩壊後の就職氷河期である。満男が履歴書・面接で「サークルのサブリーダーとして活躍…」などという嘘をつくのにくたびれ果てるという設定は現実味がある。物語の最後には父親ひろしも「嘘なんかつかなくていい」とようやく理解してくれるのだが。
それはともかくとして問題は、満男が看護師(城山美佳子)や松坂慶子に何の事前相談もなくて松坂慶子宛一片の置手紙だけで東京に帰ってしまうことである。

この点、満男の心境にどんな変化があったかを映画は一切、描かない。しかしまあ、普通に考えても大学卒業も就職もしないといけないから東京にいずれ戻るべきなのだろう。
でも、親切に居候させてくれた松坂慶子には事前相談するべきとも思える。こころよく了解してくれるはずなのだから。それが満男の果たすべき説明責任である。
一方、看護師(城山美佳子)に対してはどうか。彼女の気持ちがわかっているだけに説明責任を果たすのは難しそうだ。相手が納得してくれて初めて説明責任を果たしたことになるからだ。

いや、松坂慶子は看護師(城山美佳子)のことを知っているだろうから、松坂慶子も引き止めるかなあ。だとすると、置手紙だけで逃亡するのも止むを得ないのかもしれない。

いずれにせよ、満男は東京に戻った。逃げの名人寅も満男が不用意に寅の気持ちを松坂慶子に言ってしまったこと(葉子 「そういうことはね、本人の口から、直に聞きたいの!あんたみたいな、寅さんの良さがちっとも分かっとらん様な青二才から聞いても、ちっとも嬉しゅうない。余計なお節介よ!」)をきっかけに満男と一緒に島を出る。寅の場合、説明責任を求めることは酷なのは当然だ。

俺は説明責任を果たしたか。そんなことを考えるのも俺に酷だから止めておこう。人には厳しく自分には甘くが身上なのだから。

※写真が瀬戸内の琴島(現実の地名は志々島)。香川の名所案内3から勝手拝借/感謝です。「かっては千人近かった島民が、今では全人口30余人 平均年齢80歳の過疎の島」だそうである。

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2007年1月12日 (金)

満男の考え違い

寅45作は「寅次郎の青春」。寅と風吹ジュン(弟と二人暮らしの床屋さん)を横糸に、縦糸Photo_500 は満男と泉のいったいどうなるの二人は物語である。これがゴクミ登場の最終作で、東京駅での二人の別れのシーンが記憶に残る。

それはいいのだけれど問題なのは、寅が例によって風吹ジュンの気持ちを知りながら(知っているからこそ)東京に逃げる場面での満男のセリフである。例によってLiebestodさんにお世話になる。

泉 「裏切られた様な思いをしたのよ、小母さんは。だからおじちゃまは、ここへ残るべきよ、ね、満男さん。」
満男 「違う。伯父さんは帰るべきだ。」
泉 「どうして?」
満男 「伯父さんがここに残ったら、もっと大きな悲劇が待ち受けるだけだ。」
泉 「どういうこと?」
満男 「そりゃ、最初はいいよ。伯父さんは、人を笑わせるのが上手いし、楽しい人だから、あの小母さんも幸せかもしれない。けど、伯父さんは楽しいだけで、奥行きがないから、一年もすれば、結局飽きてしまう。伯父さんは、そのことを良く知っているんだ。だから帰ることを選択したんだ。ね、そうでしょう、伯父さん?」

満男よ、お前は考え違いをしている。男と女はそんなものではない。(寅に奥行きがないかどうかは別にして)寅が楽しい人だから女は幸せというのはアサハカというもんだ。また、飽きるから不幸せというのも底が浅いぞ。
アホなあんた、あたしがいなければ駄目なのよ、というのもあるし、高倉健さんみたいに無口でも惚れられる素晴らしい男もいるし、まあ、人生いろいろよ。

だから、その根底から考え違いを直さなくっちゃ、満男くん。男は女を楽しませるためにあるんじゃない。
結局、満男は泉と一緒になれなかったんだ、多分。
人がよくっても底が浅い男に女は惹かれない。アホかワルでないと女は惚れないのかもしれない。アサハカだなあ、女も。

※画像はこの作品が下敷きにしたパトリス・ルコント監督「髪結いの亭主」のポスターだ。BSで以前にたまたま観て濃密なエロスの香りに惹きこまれた映画だった。

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2007年1月 3日 (水)

初映画の句@初映画浪花の恋の寅次郎

初映画という季語は歳時記にない。季語にないけれどPhoto_472

 初映画ほろほろ泣けて恥しや    富安風生

という句があるのだから、季語にしてもいいだろう(いや、この句の季語は「初泣き」かな)。そこで俺も初映画の句を一句。

 初映画浪花の恋の寅次郎

ああ、恥ずかしい、こんな安易な、季語+映画の題名だけの句。寅次郎に免じて許してたもれ。そして、風生の句を鑑賞してたもれ。

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カラーパープル@スピルバーグ

年末に録っていたビデオ「カラーパープル」を観終わった。映画の内容については美しいPhoto_470 強さで心が浄化されますよを参照して頂きたいが、監督スピルバーグを検索して驚いた。な、なんと、米国フォーブス誌によると2006年の彼の年収は約350億円だそうである。

ほんとかよ、映画ビジネスはそんなに儲かるのかよと思う数字である。映画の演出だけではなくて脚本、製作その他いろんな形で権利を留保して収入を得ているんだろうなあ。日本の若者よ、野球もいいけど目指せハリウッド。

映画自体は黒人にとってのキリスト教の意味についても考えさせてくれる名画である。しかし、冥土土産DVDにはしない。スピルバーグに若干の嫉妬を覚えるからである。

※写真は主演のウーピー・ゴールドバーグいい顔。から勝手拝借/感謝です。

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2006年12月25日 (月)

奪われたい女、奪えない男

寅44作「寅次郎の告白」は言わば二部構成である。Photo_434
前半は泉(ゴクミ:満男の「彼女」)の葛藤のお話。しかし、これは彼女の下のような認識セリフで(とりあえずは)決着がつく。

泉 「名古屋の家を飛び出した時はね、あたしは、世の中で一番不幸せで、だれもあたしの気持ちなんか判ってっくれはしないと思っていたの。でも、田舎の町で、知らないお婆さんに親切にされたり、おじちゃまにばったり会って、すがり付いてわぁわぁ泣いたり、それに、砂丘の天辺からころころ転がってくる先輩、見てたりする内に、あたしはそれほど不幸せじゃないんだって、そう思えてきたの。」

そこで、問題は後半である。寅が昔訳ありの吉田日出子(一年前に夫水死して今は後家さんの料理屋女将)に再会し、あわや、という場面を満男がずっこけでぶち壊しにするのだが、泉が二人の将来について満男に質問する。下は、それに対する満男の答え(俺にとっては予想通りの答えなのだ)である。

満男 「あの伯父さんはね、手の届かない女の人には夢中になるんだけれど、その人が伯父さんのことを好きになると、慌てて、逃げ出すんだよ。もう今まで、何べんもそんなことがあって、その度に俺のお袋、泣いていたよ。『馬鹿ね、お兄ちゃんは』なんて言って。」
泉 「どうしてなの?どうして逃げ出すの?」
満男 「わかんねぇや。」
泉 「自分の伯父さんのことでしょう。どうして分からないの。」
満男 「つまりさぁ、綺麗な花が咲いているとするだろう。その花をそっとしておきたいな、という気持ちと、奪い取ってしまいたい気持ちが男にはあるんだよ。
泉 「ふぅーん。」

さくらの『馬鹿ね、お兄ちゃんは』というのもどういう意味なのか問題だが、泉の「ふぅーん。」は、もっと意味がわからない。つまり、寅のように躊躇う男の優しい心根が(さくら、泉のような)女には理解できないのではないだろうか。もっと言うと、女は奪われたい(或はそのフリをする)性だから、奪えない性=男の気持ちなんか理解不能ではないかと(乏しい経験の中から)俺は思うのだ。

こんところをもっと掘り下げて欲しかったのだけれど、ここで映画は、満男の投げた石が釣りをしていたオヤジに当たって二人は逃走するというつまらないギャグで逃げてしまう。
シナリオを書いたのは山田洋次・朝間義隆という男どもだから、所詮、耳には耳かき棒の気持ちは永久にわからないということにしておこう。

追記:夏木マリ(泉の母親)は今回は娘の優しさに嗚咽する。夏木マリ熱演嗚咽冬の薔薇

※画像は超快感耳かき棒 快太郎から勝手拝借/感謝です。

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2006年12月23日 (土)

映画「ザ・ハリケーン」は素敵な名画

BS2でやっていた映画「ザ・ハリケーン」をビデオ収録し、昨夜一気に観た(眠り込まずにPhoto_30 俺が観るというのは稀有である)。

元プロボクサー終身囚ルービン・'ハリケーン'・カーターの冤罪を晴らす不屈の戦いの映画である。主演はデンゼル・ワシントン、監督は「夜の大走査線」のノーマン・ジュイソン。おお、「月の輝く夜に」もジュイソンの作品であったか。我が歌「人生って月に憑かれしピエロかな輝く夜に星屑が降る」をこの映画で得たり。

銭ゲバ=アメリカ帝国主義は嫌い。しかし、正義を臆面なく堂々と語りそれで儲けるアメリカは素晴らしい。DVDにダビングし冥土土産にせむ。アスリートは文学哲学映画音楽等の才人よりも、ある意味真理に近づいている存在なのでは?にも同感する素敵な映画だった。※日本にも袴田事件という冤罪らしき事件があることを思い出させてくれた。

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2006年12月18日 (月)

渾身号泣夏木マリ@男はつらいよ

寅43作「寅次郎の休日」は、それまでの作品にはない人情心理ドラマだと思う。Photo_408
物語の縦糸は前作を受けて寅の甥っ子満男と泉(ゴクミ)の青春恋愛だけれど、横糸が新機軸である。

泉の母親(夏木マリ)は夫(寺尾聰)と別居して(離婚未済)名古屋でクラブのママをやっている(スポンサーがいそうなものだと俺は邪推してしまうけど、やましい関係は持ったことがないと夏木マリは寅に明かす)。
泉は父恋しさ及び母との復縁を願って愛人(宮崎美子)の故郷大分県日田まで父を追って行く(満男も止むに止まれず新幹線に飛び乗り同行する)。ここでようやく寺尾聰登場(いったいどんなクソエロオヤジだと観客に散々気を揉ませた後に気弱そうな父親が出てくるという筋書き)。
宮崎美子が健気に薬屋をやっている一方で寺尾聰は製材所での慣れない仕事に従事しているという二人を見て、泉は何も言えなくなってしまい二人に暇を告げる。父親は断固引き止めるべし、なんで後を追わないんやアホんだら。
と思ったらそこにばったり夏木マリとサポーター寅登場(こういう筋書きだから父親は追いかけられないんよね、ドラマ構成上)。

その夜四人は旅館で一泊。悲しい宴に興じた後に母娘二人になっても母は酒を止められない。さんざん酔った果てにようやく母は娘に夫の様子を訊く。ここでセリフ起こしをやってみよう。
母「どうしてた。女の人と一緒だった?」
娘「一緒だった」
母「パパと別れて頂戴って言ったの、その女に」
娘「言わなかった」
母「だってそれ言うために来たんでしょぉ。言わなかったの」
娘「言えなかったの」
母「なぜ」
娘「パパ、幸せそうだったから。……だからもう、パパのことはあきらめよう、ねえママ。あたしと一緒に暮らそぉ」

ここで夏木マリが渾身の演技である。すっていたタバコを投げやってテーブルの上のコップをひっくり返して号泣する。手を口に当てて抑えて突っ伏して泣く。

どんな事情が夫婦の間にあったかは映画は語らない。観客の想像に任されている。しかしながら、夏木マリの心情はは観客に届く。悔しさ、切なさ、悲しみ、そしてほんのちょっぴりの安堵(今でも夫を愛しているのだから幸せだと聞いて安堵の気持ちが起きない筈はない)。
寅もよく耐えた。隣の部屋で母娘の会話を一緒に聞いていた満男に「なんとかしろよ伯父さん」と言われてもよく辛抱した。

人にはそれぞれの悲しみがある。胸の奥底に悲哀がある。それを他人は安易に慰撫してはいけない。寅もようやくその程度のことは理解できるようになったのである。

 わが心深き底あり喜も憂も波もとどかじと思ふ    西田幾多郎

※写真は夏木マリ。放蕩娘の縞々ストッキング  β◆着物から勝手拝借/感謝です。

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2006年12月12日 (火)

恋の神髄

早く寝て真夜に覚めては句をひねる。Photo_388
寝床の中で三句を得た後は、寅第42作「ぼくの伯父さん」の名アリアは何だろうと考える。そうだこれだと決めて、起きてハイクブログに投句して自分のブログに駄文を弄しつつ例句を鑑賞する。
さてその後に、あの名セリフを多分絶対起こしてくれているだろうと拝見するとやっぱりあった。

「私の様な出来損ないが、こんな事を言うと笑われるかもしれませんが、わたくしは、甥の満男は間違ったことをしていないと思います。馴れない土地へ来て、淋しい想いをしているお嬢さんを慰めようと、両親にも内緒で、はるばるオートバイでやってきた満男を、わたくしは、むしろ、良くやったと褒めてやりたいと思います。」

これは満男(吉岡秀隆)が恋する下級生後藤久美子を案じて遥々佐賀まで家出して訪ねたのを、ゴクミの叔父嫌味な高校教師(尾藤イサオ←好演)が「高校生がこんなことしてていいのか」となじったことに対しての<いったん受け止め暫し躊躇した後の>寅の決然たるアリアである。

ここに恋の神髄がある。恋とは、見栄も外聞も振り捨てて一途に相手を大切に思う気持ち。満男がそれを理解しているか否かは別にして、寅の恋はいつもこの恋(相手を大切に思う)なのである。
だから、寅は恋する相手に指一本触れることが出来ない。触れれば相手が壊れてしまう、汚れるとまで思い詰める恋なのである。可哀相なヤツだ。

そこで最後に俺の疑問。恋と愛とは同じでしょうか?

               熱燗やひとふでがきの片思ひ

※写真は後藤久美子から勝手拝借/感謝です。

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2006年12月 4日 (月)

なぜか好きになれない竹下景子

寅41作は「寅次郎心の旅路」。なんとウィーンに寅が行くのである。
面白いのはその前置き話。自殺し損ねた会社人間坂口(柄本明)と寅のやりとりである。
坂口 「無断で会社を休んでおりますので、明日は、出勤致しませんと。今からですと、新幹線で上野行きに間に合いますので。これで失礼しようと。」
寅さん 「おい、お前がいないと会社、つぶれちゃうのか。」
続きはクリックでどうぞ。

でも、この作品、人物像が中途半端で(特に景子及び景子の恋人へルマン)気に入らなPhoto_362 い。前作のすま・けいの名演技の残像のせいなのか、それとも、良妻賢母景子がそもそも嫌いなのか、どうも後者のようだなあ。可愛くて阿呆で色気のあるのが我がタイプなり、ああ太地喜和子よ。

とはいえ、恋人を捨て日本に帰ろうとする景子を諭す淡路恵子のセリフが心に残った。
「くみちゃんはほんとに好きなの、ヘルマンが」
「好きよぉぉ」
「だったらどうして、帰るな、って言わせなかったの。ほんとはヘルマンにそう言って欲しかったんだろ。そんなことも出来ないでどうして愛してるって言えるの」

そうなのだ。「鞦韆は漕ぐべし愛は奪ふべし」三橋鷹女。それが出来ない、このじれったさが「男はつらいよ」の魅力の一つなのだろう。「寅さんは安全牌や日向ぼこ」。

※写真はいい女列伝 伝説の名女優!太地喜和子 第一夜! - 『梁塵秘抄』 または ”わしふぃーるど” - 楽天ブログ(Blog)より勝手拝借/感謝です。ここは喜和子満載必見!

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2006年12月 2日 (土)

ペニスに死す→やっぱり退屈や

BS2でやってた「ペニスに死す」。Photo_358
何日かに分けて見てるけど、やっぱりわからんわ。何が言いたいねん。
これでもトーマス・マン「魔の山」「トニオクレエゲル」面白く読んだ遠い記憶(具体的なことなんにも覚えとらへん)あるけれど、「ペニスに死す」はやっぱりわからん、オモロない。

お稚児さん趣味が無いからかなあ。ホモ(短歌)とヘテロ(俳句)の両刀使いやねんけどなあ。
でも、マーラーの音楽だけは好き。これは我が青春。
みんな、この映画のどこがいったいええねんやろ。ブログ検索したけれど納得できる記事見当たらず。ヴィスコンティっていったいなんやねん。なんぼのもんや。

※一部カナ漢ミスがあります。ご迷惑をおかけいたします。写真はヴィスコンティ、ヴィスコンティの肖像から勝手拝借/感謝です。

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2006年11月29日 (水)

スコア

BS2「スコア」を観た。エドワード・ノートンアンジェラ・バセットも知らんかったけど、これでPhoto_345 (名前は)覚えたぞ。

 諍ひてひとり洋画を深夜観るマーロン・ブランドああ老いにけり

これが、スーパーマン リターンズ(アーカイブ映像にて参加)を別にすれば、ブランドの最後の出演作だったようだ。2004/07/01没、享年80歳。

※写真はアンジェラ・バセットから勝手拝借/感謝です。

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2006年11月28日 (火)

陰の主役、すま・けい

寅40作は「サラダ記念日」。当時、爆発的なブームを起こした俵万智の歌集にちなんだ題名の作品だ。知らない人のために歌を引いておこう。
 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日Photo_342

マドンナは三田佳子。ちょっとセンチにすぎる女医役がぴったりだった。寅に対するカンドンはマドンナ共通だからこれは許す。
そして、三田の上司である病院長(一人暮らしであることが映画結末部でさりげなく描かれている)がすま・けい。これが実は陰の主役なのだ。

というのは、すま・けいのセリフ(ようちゃん、流石。冒頭で引いてくれました)が理由だ。

いいですか。この病院はあなたを必要としている。それが何よりも大事な事で、あなたが抱えている問題は大したことじゃない。子供と会いたければ、呼び寄せれば良い。え、悩み事があれば、働きながら解決すれば良い。そうやって苦しみながらですね、この土地で医者を続けていくことが、自分の人生だということが、あなた、どうしてそれが確信を持てな・・ないんですか。東京の郊外のお母さんの家で、花でも眺めながら休息の日々を送る。その内、縁談があって、瀟洒な病院の奥様に納まる。そんな人生があなたにとって幸せなんですか。ちっとも幸せなんかじゃない。

これはもうほとんど愛の告白である。「瀟洒な病院の奥様」などは嫉妬の表明である。このセリフを映画は、すま・けいの後姿のみを映して表現する。すま・けいの背中の名演技に俺は唸ったのだ。
そして映画の結末部、新年、忙しく働いている三田佳子(東京に戻ることを諦めたようだ)と一人ぼっちのお屠蘇で酔っ払ったすま・けいを映し、画面一転、恒例の寅の正月バイで終わらせる。

どうした、すま・けい。おまえも寅になりたいか。
欲しいのなら「センチな医者は不要。俺の女になれ」と迫れ。愛は惜しみなく奪うものなりき。

※写真はすまけい -プロフィール-から勝手拝借/感謝です。

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2006年11月21日 (火)

仏は愚者を愛す、されど

寅第40作は「寅次郎物語」→題名は次郎物語をパロってる、絶対に。なぜなら、人はなんのためPhoto_21に生きるのかが重要なテーマとなっている哲学的作品であるからだ。

そしてこれに対する寅の答えは、満男 「人間って何の為に生きているのかな?」
寅さん 「んなぁー、お前、難しい事聞くな。なんていうのかな、あー、生まれてきて良かったなぁ、と思う事が、何べんかあるじゃない、ねぇ。その為に人間生きているんじゃないのか。」といつものセリフ収録ブログ
(ご苦労様です。徹夜なんて無理はしないで)を参照されたく。

さてマドンナは秋吉久美子。色っぽいのである(もう少しぽっちゃりしてると俺のタイプ)。で、落とせる場面もあったのに肉欲を忌避する寅はいつものようにびくついてしまう。それでいて、彼女との生活を夢見てアリアを歌うのだが。

そんな愚者(賢者?)を仏は愛しておられる。されど愚者はそれに気がつかない。アホやなあ、でもそれを言っちゃあ、人生おしめえよ。愛の交差に人生の真実ありき。

ところで、昨日のプール体重:85.2→84.6。光微かに射しつつありや。

 一缶のビールの味を確かめて飲み居るわれに救ひはありや

昨日は月曜日故節酒再開。無事進行中。

※写真は東スポ 写真コラム 色っぽすぎるよ 秋吉久美子から勝手拝借/感謝です。

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2006年11月14日 (火)

竹下景子、フツー

男はつらいよ38作は「知床旅情」。加藤登紀子ではなくて森繁の歌が流れるのはなぜかPhoto_307 とか、三船敏郎はやっぱり好みではないな(俺はホモではないから勘違いしないよう)とか、淡路恵子もちょっと敬遠とか思ったりして鑑賞した。いつものごとく名セリフ再現ブログにリンクする。

ところでこの当時、竹下景子はうちのお嫁さんナンバー1人気だった(多分)。だから、結婚に失敗した相手も映画末尾で再婚報告する相手も画面には出てこない。変なヤツが相手だとイメージ崩れるもんね。聡明で健気なフツーの女優なり。

※写真はEarth Dreaming~ガラスの地球を救え~から勝手拝借/感謝です。

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2006年11月 9日 (木)

ケビン・コスナー、好演

BS2放映「パーフェクト・ワールド」観了。どんな映画かは、静かな感動で幕を閉じる美しKevin_costner い物語に概略あり。

ケビン・コスナーは(チェロキー族、ドイツ、アイルランドの混血なんだ)ダンス・ウィズ・ウルブズ、ロビン・フッド、フィールド・オブ・ドリームスを観ているなあとウィキペディアで確認した。近頃、低迷とあるが、この作品では、イーストウッド監督の手腕もあってオーラをふりまいている。
まず、顔がいいんだよね。そして、犯罪者でありながら一途を感じさせ、それでいながら嫌味のない演技。要するに素直セクシーということか。

映画自体は、この映画の隠れテーマが「教育」って事なんですねに同感。そして、教育というよりは父の不在というべきかもしれない。これには俺にもいささかの体験あり。ああ、こどもがないから逆スペクトルは永遠の課題なり。

※写真はケビン・コスナーから勝手拝借/感謝です。

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2006年11月 6日 (月)

じゃじゃ馬ならし

リチャード・バートン、エリザベス・テーラーの共演かあ、という興味だけで録画予約した映画だったけど、こらえ性の無い俺が最後まで観てしまった。例によってブログ検索すると今時のフェミニストが見たら卒倒するような「男尊女卑」テーマだが、じっくり「深読み(深観)」すると「結局、女の方が強い」というメッセージになっているのが分かるというコメントあり。なるほどと思う。所詮オトコはお釈迦様(オンナ)の手の平が遊び場所に過ぎないのPhoto_284 だ。

エリザベス・テーラーはタイプにあらず。なんちゅうか濃すぎるんだよね。
醤油とオンナは同じカラダには塩分控え目薄味がよし←あ、歌になってもた。ウェブ歌集にとりあえず入れておこう。

※画像は素敵な女性から勝手拝借/感謝です。

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長渕剛、サイコー

男はつらいよ「第37作 幸福の青い鳥」(あらすじ及び寅アリア紹介はいつものごとくこちらPhoto_18にお世話になります)の長渕剛がよかった。覇気と挫折の青春を見事に演じていた。
監督の力(「吹けば飛ぶよな男だが」という青春映画の傑作を思い出す)もあるだろうけど、役者(人間)の持つオーラだろうなア。ランキング付けするとベスト10以内には確実に入れたい傑作である。

と思って寅さん観客動員数リストを見ると30位だった。商売は時の運なり。

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2006年11月 2日 (木)

TANKA

アクセス解析を見ていたら、このチンケな俺のブログに「短歌」をキーワードに検索してくTanka れる人がいる。
どうしたんだろ、と俺もブログ検索したらやっぱり邦画好き…  『 TANNKA 短歌 』に遭遇(画像はここから勝手拝借/感謝です)。そうか、こんな映画が封切りされるんだ、万智ちゃんの原作か、と感慨を持つ。

というのも万智ちゃんとはパソコン通信で会話経験あり、リアルでも一度だけ、ご挨拶したことがある。
仕事を後半休にして観に行ったシンポジウムで「土曜日です。こんにちは」に「ああ、土曜日さん」と反応してくれた。もう遠い記憶の底にも無いだろうなあ。

 十三夜月は傾き星うすれパソコンいじる中年ひとり

このシンポジウムで万智ちゃんが採ってくれた歌である。

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2006年11月 1日 (水)

寅をウィキペディアする

寅コメントを書こうとして「木の実ナナ」が浮かばなかったので(なにせ毎日脳細胞が死滅Photo_10 するのだ)ウィキペディアしたところ、こんな豆知識を入手した。

2006年8月4日の北日本新聞のコラム「天地人」によると、山田洋次監督は寅さんの最期を決めていたという。晩年は幼稚園の用務員になり、子供達と遊んでいるうちに死に、町の人が思い出のために地蔵を作るというものだ。最後のマドンナには黒柳徹子を考えていたらしい。

画像は車寅次郎業績集から勝手拝借/感謝です。ところで、この地蔵さんはどこにいらっしゃるのだろうか。

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2006年10月31日 (火)

栗原小巻、サイテー

BS2・寅さん話である。Photo_274
「柴又より愛をこめて」のマドンナは栗原小巻(「ペレストロイカとソ連の芸術」なんて論文も書いているロシア好きなんだ) 。二作目の登場だ。松坂慶子も非道かったけど小巻はそれ以上である。

小巻の亡くなった親友の夫(男手ひとつで娘を育てている)川谷拓三(1995年逝去)から求婚されて小巻は悩む。悩んだ小巻が寅に相談する(この鈍感さは寅マドンナが持たなければいけない論理的必然なのでこの際問題にしない)。問題にしたいのは、小巻の悩み方・内容である。以前もトラバさせて頂いたブログ(凄いな、この台詞収録能力努力は)からコピペする。

真知子 「彼は誠実な人だし、女の子、とても私になついているし、何も問題は無いの。でもね、・・あ、でも・・、もしそうなったとしたら・・・・・・・身を焦がす様な恋の苦しみとか、大声で叫びたい様な喜びとか、胸がちぎれそうな悲しみとか、そんな・・・・・そんな感情は、胸にしまって鍵をしたまま、一生開けることもなくなってしまう・・・、そんな悩み、寅さんなら、どう答えてくれるかと思ってね。」

具体的な求婚に対して、この女性は一般的なことを悩んでいる。相手が誠実で結婚生活もうまく行きそうならば、それでいいではないか。なんで満足できへんねん。
思うに、このオンナは強欲なのだ。幸せな生活だけでは満足しないのだ。恋の歓び苦しみを味わったことがないのに(ないから余計に思うのだろう)封印して暮らすことが厭なのだ。

しかし彼女は数日(映画では描かれていないが、たぶん)悩んだ後に結局、結婚を決める。なんや、それやったらそんなつまらぬ悩みを寅に打ち明けるな、このカンドン。

ということで、俺は小巻が昔から嫌いやった。それだけの話しでありました。

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2006年10月27日 (金)

プリティ・ウーマン→永久保存

BS2放送プリティ・ウーマンを昨夜ようやく鑑賞終了。2週間ぐらいかかったかなア。まとまった時間を取れない取らないのでこうなる。そして大抵は早送りで終了ないし途中放棄とPhoto_269 なるのだ。
ところが、この映画はなんとか最後まで観ることができた。リチャード・ギアのあの朴訥そうな風貌の所為かなあ。ジュリア・ロバーツの完璧な肢体も理由に挙げられるかもしれないけれど。

ところでこのシンデレラ・ストーリーを観ながらカントの言葉を思い出そうとしたのだけれど、出てこない。そこで「カント 目的 手段」でネット検索して発見。

「人間性それ自体が尊厳である。なぜなら,人間はいかなる人からも(他人によっても,また自己自身によってさえも)単に手段としてだけ必要とされることはできず,常に同時に目的として必要とされねばならないからである。そしてこの点にこそまさに人間の尊厳(人格性)が存するのであり,そのことによって人間は……すべての物件を越えている。」

ということで、十年後この映画をもう一度観てもカントを思い出すかどうか自分自身に興味があるのでDVDに永久保存した。男はつらいよ 第35作 寅次郎恋愛塾(←台詞満載が凄いブログ)と一緒に。

※写真はJIJIGAHO 社団法人 時事画報社から勝手拝借/感謝です。

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2006年9月28日 (木)

オンナが好きなもの

芋たこなんきん。10/2からスタート。Photo_213
ビデオ予約レパートリーがまた増えた。

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2006年9月 2日 (土)

紳士は金髪がお好き

催してしまったので、まず、ブログを探したけれど、適切なもの発見できず。WEBに手を広げてMarilyn Monroe マリリン・モンローに遭遇。Photo_2
写真はジェーン・ラッセルとのデカパイ(嗚呼、書いちゃった)ツーショット。マリリン・モンローから借用/感謝です。

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2006年8月 8日 (火)

寅さんが帰ってきた

BS2で「寅次郎ハイビスカスの花」 (第25作目) を観る。寅が「てめえら、出来てるな」と珍しく嫉妬心をあからさまに言葉にする痴話喧嘩が名場面の作品である。Photo_66
上映後のレビユーで「嫉妬される喜びと嫉妬する悔しさ」との山田洋次監督の言葉が紹介されていたけど、なかなかええ文句や、なにかのときに使おうと思った。

上のリンクはヤフーのブログ検索(←便利かつ楽しい)で見つけたブログです。
下記のコメントを書き込もうとしたけれどシステムエラーで書き込めず。トラックバックからはじめまして、です。

「男はつらいよ」で検索してこちらへ到達。作品ランキングにも投票しました。自分のブログで一筆してトラックバック致します。

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