短歌

2009年1月13日 (火)

海見れば遠き記憶の甦る遺伝子の神生命の連鎖

Nsp051224a 人類の歴史は300万年と思っていたのだが、先日BShiが再放送していた番組によると700万年にまで遡るらしい。

人類のもっとも古い化石は、トゥーマイ猿人と名付けられた、700万年前のものである。2001年にフランス人研究者によって発見され、かつてないほど大きな波紋を呼び起こした。

人類かサルかの区別の基準は二足歩行していたかどうか、ということのようだが、見つかった頭蓋骨の形から二足歩行していたと推量されるとのことだ(根拠として信頼に足りるかどうかようわからぬ)。
更に、見つかった場所が、これまで人類発祥の地とされていた東アフリカ大地溝帯の東側のサバンナではなく、中央アフリカはチャドというのも衝撃的だったとのことだ。

BShiの今月のメインテーマは“人類の未来”。「言葉の誕生 私たちはいかにして人間になったか」(15日)というのも放送予定、ビデオのお陰で好きなときに細切れで見て、内容をすぐ忘れてしまう俺である。

ちなみに、地球大進化も面白かった。要約してくれているサイトを見つけたのでここにリンクしておこう。

 海見れば遠き記憶の甦る遺伝子の神生命の連鎖

この歌はずーっと以前に鹿児島に出張ででかけたときに海を見ながらバスに揺られていたときに浮かんだ旧作である。日経歌壇で岡井隆に「面白い歌だ」と評されたのを大事に覚えている。

※画像はトゥーマイの頭蓋骨。番組ではこの頭蓋骨から顔、毛髪、表情まで復元していた。研究予算獲得アピールの狙いもあるのだろうがちょっとやりすぎじゃないの。

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2008年12月25日 (木)

昨日はイヴ

姑、だいぶ良くなったが、まだ自立して歩けない。
医者に行って薬を処方してもらう(といってもたいした薬ではなく熱さましの座薬その他)。ロイホで昼食した後、イヴのケーキを買うとかで京王デパートへ。俺は睡魔に襲われたので駐車場で昼寝。小一時間ほど眠ったかな。

帰宅して、ケアマネージャー女性(30代後半独身沖縄出身肉感的)が来訪。四人でケーキを食べる。ムービー撮影してYouTubeに上げた(URLをここに貼ろうとしてさすがに貼らず)。
姑ははしゃいでいた。そして、その後、今度は落ち込む。久しぶりの鬱。こういう鬱が認知症の厄介なところである。

糖質ゼロ日本酒パックを飲み干してちらし寿司その他を食う。焼酎飲んでいつもどおりうたた寝して二階に上がって10時過ぎに就寝。

目が覚めて居間で暗闇の中での朝ネット。恩義さん失踪を発見。
「ふざけるなよ、うちが観念論嫌いなんのわかっていってんだろ? 小生の理論を感情論とかいうんだったら、ホームレス自宅で介護してみろよ! この全共闘の死に底無いが!」
が、俺のコメ
「説得力を感じさせるのは、ステータスよりも論理です。激烈な言葉と観念論では人を動せません。遊びでやっているにしても、ここは論理と説得の訓練の場所 だと私は思っています。フレキシキュリティにしても北欧型と断じるだけで、中味を理解検証していないのではありませんか。」
に対するとりあえず最後の彼のコメである。http://aboutme.jp/question/show/90291

 躁鬱を過ぎていまここ還暦に我が残年を何が満たすや

ああ、観念的な駄歌である。

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2008年12月24日 (水)

ラジカルに思考をしつつマイルドに余生過ごさむ我はプチブル

アバミーでフレキシキリュティ論争しつつ(「更なる失業者増加」という企業側の負担増と防貧救貧対策及び労働訓練による経済効果を秤にかけるのがエコノミスト)、哲学お喋りパーティ(非公開・招待制。ご興味ある方は問い合わせを)でコメしていたら今朝の一首が生まれた。

フレキシキュリティについてはさておき、「原理はアクセル、道理はブレーキ。車はブレーキがあるから速く走れる」というのはどうですか。
私にとってこれは発見でした。自分の原理を絶えず自己批評(道理に合っているか否か)するというのは必要だと思います。

原理はラジカルに生活はマイルドに。他人の価値観尊重しつつ安穏平和清潔安全に余生を全うしたいのです。

 ラジカルに思考をしつつマイルドに余生過ごさむ我はプチブル

お、でけた。これを今日の一首にしよう。

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2008年10月22日 (水)

小夜の中山

阪神タイガースの今年が終わったけれど、お陰で駄歌を詠む(阪神応援短歌)癖が復活してしもうた。そこで、アバウトミー質問「なぜ、好きなんですか?」のコメにコメ返しは短歌にしようと思い、「夜を重ね昼を過ぎたる日々ありて」までは詠めたが後が続かない。

ええい、困った時は本歌取り。西行法師頼みと「いのちなりけり小夜の中山」と下の句をつけた。

 夜を重ね昼を過ぎたる日々ありていのちなりけり小夜の中山

西行でよかったかなあ、小夜の中山だっけと後から確認、ネット検索して

小夜の中山峠
 箱根と並び称される東海道の難所。古
くから多くの旅人達が、この峠に苦しめ
られながらも、数々のうたや伝説を伝え
てきた景勝の地です。

を見つけて一安心。一度見物に行ったうっすらとした記憶を思い出したのである。




 

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2008年3月22日 (土)

お節介な事務局

Photo 教えて!gooの質問内容にURL(ブログへのリンク)を書いていたら、個人特定につながる廉で事務局に削除された。自己紹介は全文抹消された。そこで書き直したのが下記。平和主義者たる俺に抗議するつもりは全く無い。

ブログ書いてます。アバウトミーもやってます。自分史は嫌いなんで日記帳として使ってます。もごもご日記もあります。以上、URLを全部に付けたのに個人特定につながる情報の廉で事務局に削除されてしまいました。ほんとにお節介な事務局だなあと思います。でもURLへの引き込みその他目に余る営業行為があるのかなあ。あ、俺もブログへの引き込みセールスしたかったんだ。

ついでに近作、俳句と短歌。

 エコとエゴ一字の違ひ菜種梅雨

 オキーフの花見て哲学クールベも世界の始原描きけるかも

短歌の方はアバウトミー質問「世界の根源は花である」をクリックして貰わないとほとんど意味不明だろうなあ。

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2008年3月21日 (金)

酒飲んで相撲を見れば覚えなく翌日の朝ビデオを回す

安馬Photo 勝った!白鵬負けた、朝青龍も負けた。
昨日も満員御礼(これで今場所何度目かなあ)。いくつかの醜聞を抱えながらも我がグローバル大相撲協会は事業隆盛である。モンゴルにもロシアにも足を向けては寝られぬ。日本の将来がここにあるのである。

ところで、昨日の「真理、論理、道理」→質問をアバウトミーにも教えて!gooにも出した。数多の人に支えられて俺は生きたい。

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2008年2月29日 (金)

久しぶりの短歌

Photo_2 したたかは大人の美徳転んでもタダでは起きぬ達磨とならむの欲しき

アバウトミーで質問「団塊のココが嫌い」にコメ「頑固 ってか全て?」→レス「私、頑固かつ柔軟でありたいと思いました」のやりとりをした。そうしたところに、たまたま恩義さんのブログで「「ゆとり」とは柔軟な政治的発想」という言葉に出会った。

そこで、「したたか」という言葉に思いが至り本歌となったものだ。出来はよくない。詩ではないし説教臭い。ああ、嫌だ厭だ。しようがないから「したたかですか?」と公衆に訊いてみた

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2007年2月22日 (木)

団塊男性諸君!

NHK短歌をビデオ鑑賞していたら

 手を焼くは団塊世代の男たち自立もならず自説も曲げず
                           東京都 青木孝子Photo_653

なる歌が出てきた。ゲストの高樹のぶ子も「同世代として実感あり」と発言していた。
うるさい黙れ、女ども。

※画像は高樹のぶ子book 紀伊國屋書店BookWebから勝手拝借/感謝です。

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2007年1月30日 (火)

島秋人と窪田空穂

フジテレビは基本的に観ないのだが、日曜日にたまたま新聞テレビ欄で「われに短歌(うPhoto_565 た)ありき~ある死刑囚と窪田空穂~」があるのを発見し、観た。

死刑囚の名は島秋人。経歴・事件内容についてはこちらに詳しいが、警察署長の息子として旧満州に生まれ、父親が公職追放にあったこと等もあり恵まれない生活の中で育っち、二千円のために強盗殺人及び致傷事件を起こし、死刑判決を下された人である。
獄中で小学生のとき唯一褒めてくれた図画の先生に手紙を出し、先生の夫人の勧めで短歌に目覚める。毎日新聞に投稿したことにより窪田空穂との文通交流が始まり空穂は心を込めて作歌を指導する。

 この澄めるこころ在るとは識らず来て刑死の明日に迫る夜温し

が処刑前日に残した歌である。この歌も含め多くの歌が心を打つ。その中から一首、引く。

 愛に飢ゑし死刑囚われの賜りし菓子地に置きて蟻を待ちたり

昭和42年4月12日窪田空穂、死去。享年89歳。
同年11月2日、島秋人、死刑執行される。享年33歳。

※画像は島の描いた絵である。朗読劇「鬼灯」と企画展「ある死刑囚の短歌と空穂、遺愛集が語りかけるもの」から勝手拝借/感謝です。

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柳沢大臣に寄せる短歌と俳句

日経夕刊につい先日までコラムを連載していた柳沢大臣。若い頃にはアカにもかぶれて なかなかの読書家とお見受けしたのであったが。

 デカルトを昔読みしがつい癖で子を生む機械と言ひにけるかもPhoto_564

ラ・メトリーはその著作で、足は歩く筋肉であり、脳髄は考える筋肉であるとした。100年近く前にデカルトが唱えていた人間を精神と肉体とでできた機械(デカルト的二元論)とみる発想よりも「機械論」に徹していた。という程度はご存知であっただろう、多分。

 生教養怪我の素なり冬の蠅

画像は「人間機械論」を提唱したラ・メトリー。

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2007年1月15日 (月)

藤井常世

久しぶりに「一人一首」である。すっかりご無沙汰、文字通り歌を忘れたカナリアだ。といPhoto_515 いながら駄歌は屁っていたのだから世話はない。要するに、俳句に夢中で「一人一首」まで手が回らない、気も向かないということだ。

とはいえ、始めたことは完遂しなければ気色が悪い。「週三日プールに通ふ日々続く根性なけれど根気はあるぞ」だから。そこで、ゆるゆるぼつぼつ継続の所存である。

さて、今回は藤井常世。常世のゴッドファーザーは折口信夫とのことである。

 なまなまと人顕たしめて秋は暮る一期はゆめといまだ思へず

「顕たしめて」は「たたしめて」と読ませる。恋する人の面影がなまなましく顕ち現れる思いで秋は暮れる、一生は夢と諦めきれないのにという恋歌であろう。
俳句だったら上の句でおしまい。下の句「一期はゆめといまだ思へず」は上の句に対する註釈と決め付けるのは短歌に対して酷、失礼だけれど。

そこで「一期はゆめ」にこだわって検索してみたら、閑吟集「何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ」に出会った。そうか、「一期は夢」の出典はここだったのか。そして、夢だから狂っていい、狂えというのが閑吟集の歌の本意である。
だから、藤井常世のこの歌は閑吟集からすると本意に添わない使われ方をしていることになる。思い切れないあの人を、人生夢だからこそただ狂え、狂うばかりに思い焦がれると詠うべきではなかったろうか。

 夢の世に葱を作りて寂しさよ     永田耕衣

この点、省略を真骨頂とする俳句では七七が無いから余計な突込みを受ける危険性が少ない。全てを削ぎ落とした抽象こそが人生の本質かもしれぬ。俳句は抽象した上で詠嘆することができるのである。

※画像は香月泰男「業火」。山口県立美術館から勝手拝借/感謝です。

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2006年12月24日 (日)

玉井清弘

今年中には終らんかったなあ「一人一首」105歌人一首紹介駄文企画。
今日の玉井清弘が74人目。このところ俳句で熱中でペースも落ちている。一週一人としてあと30人で30週。連休前後に目出度く終了の見込みか。

さて、玉井清弘。2006年度香川県文化功労者という歌人である。

 夜の海をこえゆく船にうつりいるテレビ静かに火事うつしおり

俳句的感性が身につきはじめた証左なのか、短歌においてもまず取り合わせが目につくようになった。この歌でいえば「夜の海」「船」「テレビ」「火事」が取り合わせである。そしてなかんずく「静かに火事」である。
景を表現して情に訴える。まさにそのお手本のような歌がこの歌だ。夜のフェリーのテレビに火事のニュースが映し出されている。しかも音声は低く、もともと乗客も少ない上に、テレビ画面に関心を寄せる人もいない。そんな情景である。
ここから何を受け取るかは読者に任されている。短歌も俳句もすべからく一行詩は省略という基礎の上に成立しているのである。

この作者の自撰五十首にもこのような地味かつ滋味な歌が並んでいる。繰り返し読んでも飽きない一行詩、それが名句秀歌である。

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2006年12月21日 (木)

岸上大作

安倍総理が憲法改正について「歴史的な大作業だが、私の在任中に何とか成し遂げたい」と明言したとのことだ。マスコミは騒ぎもしない、当然のように受け止めている。

国民投票法案を年明けの通常国会で通し、夏の参院選で大負けしなければ(大敗しないだろう、アホ国民が投票するから)選挙後に具体的政治日程に上がるだろう。参院選で憲法改悪を争点にするような愚かなことは自民党も(悲しいかな民主党も)しないだろう。
国民はずるずるとメディア操作されて嵌め込まれて行く。大企業だけが好景気の恩恵を受けて、庶民特に若者は痛めつけられる。定職につけない若者の存在は技術継承の機会を失わせ国力を衰えさせるのに、政府自民党は何ら対策を打とうとしない。売国奴が売国憲法(アメリカの軍事下請け化)にするのを許すな。

さて、今回の歌人は岸上大作。60年安保=日本がまだ貧しくて平和と自由に飢えていたPhoto_420 時代の象徴的歌人である。

 血と雨にワイシャツ濡れている無援ひとりへの愛うつくしくする

今の若者たちはこの歌の「血と雨にワイシャツ濡れている」にイメージを持てないだろうなあ。俺たち団塊は白黒テレビで国会を取り巻く大デモのニュースを観た。デモの真似をして学校の廊下で「アンポ反対、岸を倒せ」と遊んだ(この記憶が70年安保につながっていると思う)。
しかし結局、安保改定条約成立。池田低姿勢内閣で高度経済成長により豊かになった日本は政治を忘れた。
そしていま、新たな貧困(ワーキングプア、階層固定化二極化)が忍び寄っている。また、他方では、国家借金800兆と少子化(こんな国の株価が上がる筈が無いと石井久立花証券相談役が昨日の日経で発言していた)。若者に希望と職を。

参院選で自民党・公明党に投票するな。経済では消費税上げでデフレに逆戻り、軍事ではアメリカの下請け国家化。こんな日本にあなたはしたいですか?

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2006年12月19日 (火)

グールド、寅、自讃の三首

短歌も三首(連作にあらず)。Photo_411

 グールドのバッハを聴けば神のごと宇宙に触るゝ快感の湧く
 寅を観る哲学考ふ句をひねるこれに勝れる宝のありや
 「土曜日の短歌よけれど俳句なほ味はひ深し」自讃の一首

ほんま、いちびりやと自覚してはいるのだが。

※写真は藤山寛美 十八番箱 DVDから勝手拝借/感謝です。

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2006年12月16日 (土)

浜田康敬

実は(何を隠そう)ガキの頃からの阪神ファンである。野球は阪神の試合しか見ない。新聞もほとんどそうである。だから、野球を観て楽しむというよりは阪神を応援する自分を愛する阪神ファンと言うべきだろう。すなわち、メタ阪神ファンである(このチームのファンの多くは俺と同様にメチャではなかったメタだろう)。

ところで、松坂。レッドソックスは120億というカネをどうやって回収するつもりなのだろう。したたかなオーナーのようだから計算は立っているのだろうけれど、そのうち放映権料など日本からの回収額は相当なものだろうけれど、日経あたりがきっちり分析記事を書くべきだろうなあ。それを読んで俺に一銭の得も無いのだが。
更にところで、ベースボールを野球と訳したのは正岡子規と思っていたが、違うようである。それがどうした俺に一銭の損得も無いけれど。

さて、今日は浜田康敬。「両親とは早くに死別。兄弟たちとも離ればなれの生活を強いられた」と歌人紹介にある。

 「盗む」「刺す」「殺す」はたまた「憤死」する言葉生き生き野球しており

破調かなあと思って指折り数えればきっちり定型に納まっている歌だ。内容も平明で分かりやすい。そして下の句「言葉生き生き野球しており」が詩になっている。生き生きとPhoto_4いえば「ガッツ石松かつてボクサーたりし頃われも生き生きおりたりし」という歌もある。

まさに短歌の達人と思う。しかし(ゴメンナサイ)名人ではない。
思うに達人と名人を分かつものは毒ではないだろうか。例を出せば、茂吉も岡井隆も毒がある。人間、善良のみでは立身出世しないのである。

さて松坂は毒ありや。井川も頑張れ、俺が応援する。

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2006年12月 9日 (土)

春日井建

句歌において、いったい「詩になる瞬間」とはどのようなものか。Photo_380
音楽の三要素(リズム、旋律、ハーモニー)になぞらえて、句歌の三要素(韻律、主題・思想、言葉の響き合い)を俺は主張しているのだが、これに沿って考えてみよう。

まず韻律(リズム)。これは定型に即して句歌をつくれば自ずと(語感の問題は別にして)備わる。
次に(主題・思想は置いて)言葉の響き合い(ハーモニー)。俳句においては取り合わせ(二物衝撃・二章一句)という技法が確立されているので、これを勉強・修得すればよい。例を挙げると、「菜の花や月は東に日は西に」蕪村では「菜の花」と「月」が取り合わせの妙である。
他方、短歌には季語が無いので取り合わせという技法のありようが無い。そこで、言葉の貯蔵庫をどれだけ具備しているか、比喩(アナロジー)の発見力が決め手となる。俳句においてもこれらは必要な能力である。

さて、残る問題は主題・思想(旋律)である。これが難問。端的に言うと、対象(風景、心象その他対象となる事実の全て)からどう旋律を紡ぎ出すかということである。
例を挙げよう。「月天心貧しき町を通りけり」蕪村である。

このとき蕪村が町を月光を浴びて歩いていたかどうか知らないが、蕪村は「月天心」「貧しき町」という旋律を紡ぎ出したのである。ここには比喩「貧しき」とか語彙「天心」の力も多少は預かっているが、月が町の上にあったという事実から旋律(論理といってもいいだろう)を抽出する瞬間こそが「詩になる瞬間」である。
つまり、事実空間から論理空間を抽出する瞬間が「詩になる瞬間」なのである。
すなわち、これが「自己の発見」とか「生活から歌う」ということである。理屈・観念で歌うな、物事(事実)に即けということである。

さあ、問題(what)は分かった。あとは習練(how)である。句歌研究、事実探求そして練習しかない。道は遠い、しかし、寿命もたぶん少しは余裕あるであろう。

さて、今日は春日井建。三島由紀夫が「われわれは1人の若い定家を持ったのである」と絶賛してデビューした歌人である。

 童貞のするどき指に房もげば葡萄のみどりしたたるばかり

韻律よし。言葉の響きあいもよし(「童貞」と「葡萄」と「したたる」の響き合い、「するどき指」という比喩)。しかし、主題・思想がこの歌だけでは(俺には)よくわからない。
そこで、他の歌を見ると「男囚のはげしき胸に抱かれて鳩はしたたる泥汗を吸ふ」などがある。微かに♭の匂いがする。ハ長調はあまりにも単純だけれど俺はやっぱり♯だなあ。そういう眼で掲出歌を読み直すと、ああやっぱり♭だ。ヘテロに限ると俺は固定観念を抱いてしまったのである。

つまりは、旋律は趣味の問題に帰する部分がある。悪趣味だと切って捨てるのは悪趣味だけれど。

※画像は小松繁敬『葡萄と落葉』から勝手拝借/感謝です。小松さんはALSという病気を患い、入院生活を続けておられる方である。是非、クリックを。

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2006年12月 5日 (火)

佐佐木幸綱

長嶋茂雄      野村克也
大江健三郎    井上ひさし
曾野綾子      田辺聖子
さて、上の三人の対比はいったいなんだろうか。
答えは、左側が短歌型人間、右側が俳句型人間。坪内稔典「俳句的人間・短歌的人間」から頂戴した。
短歌型人間とは「主観的、情熱的、自己陶酔的、真面目」な人間で、俳句型人間は「客観的で冷静、そして自己をも茶化す道化的な精神を発揮」するとのことである。ちなみに著者ネンテン自身は俳人である。

そこで、なぜこうした対比になるかという根拠だが、短歌型人間の自己陶酔・自己主張は「五七五七七音の短歌形式の性格、ことに下句の七七音の働きから生じていると思われる」と主張して、次の歌を例証にする。
 人皆の箱根伊香保と遊ぶ日を庵にこもりて蠅殺すわれは         正岡子規
 やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君       与謝野晶子
 われ男の子意気の子名の子つるぎの子詩の子恋の子あゝもだえの子  与謝野鉄幹

つまり、短歌は俳句より下句七七の分、音数が多いため、つい饒舌となり上の三首(特に鉄幹の歌)のように自己陶酔的ホットになるというのだ。確かに俳句は「語り得ぬものについては沈黙しなければならない」と自制客観となるのだが、短歌は歯止めがないなあ。
しかし、ものごとは皆バランス。左が無ければ右も無い。心は左にお財布は右ポケットに、とか、熱いハートと冷たい頭脳とか言うではないか。短歌あっての俳句、俳句あっての短歌である。だから、多数派の右傾斜はやっぱりキモイぞ。Photo_366

さて、今日は佐佐木幸綱。男歌の代表的歌人であり、俵万智のお師匠さんである。

 ゆく水の飛沫き渦巻き裂けて鳴る一本の川、お前を抱く

「ゆく水の飛沫き渦巻き裂けて鳴る一本の」は「川」を引き出すための万葉調枕詞であろう。これが現代的前衛的技巧であり、歌の中身は「お前を抱く」だけである。
しかし、このような饒舌冗長な形容が新鮮な喩を歌にもたらし、しかも、硬い措辞が男っぽい雰囲気を醸し出すのである。女ならこんな男に惚れてみよ、と言っているのである。

幸綱はラガー・マンで「ハイパントあげ走りゆく吾の前青きジャージーの敵いるばかり」というラグビーを題材にした歌もある。むせるような男臭さ。この味は俳句ではちょっと音数が足らぬなあ。おセイさん(田辺聖子)の好みではないと勝手に思うのだが、いかがなものか。

※写真は早稲田ウィークリーから勝手拝借/感謝です。

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プール歌、二首

昨日のプールは短歌脳であった。Photo_365

 欲張りはもう止めました健やかにあれば嬉しと神仏に謝す
 下品さは自づと現るプールにて嫌な女と今日も会ひにけり

正味1時間強の間、無言で水中徒歩・平泳ぎ、そしてサウナをこなす。嫌な女に会うのがちょっぴり楽しみだったりして。
プール体重:85.0→84.4。節酒効果かもしれない。

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2006年12月 3日 (日)

小中英之

句作を始めるようになってあらためて叙情を思う。短歌は徹底的に私歌だから、自分の思Photo_359 い(メロディ)を韻律(リズム)に乗せて適当な措辞で響かせれば(ハーモニー)、なんとか歌にはなる。

しかし、17音と土俵が狭い俳句ではメロディを歌わせる余裕が極端に少なくなる。だから、「ものにつけ」ということになり主観よりは客観でメロディを歌わざるを得ない(即物有情)。
つまり、詩句の結晶度がより高く要求される(ごめん、短歌を見下しているのではない。俳句に現在バイアスがかかっているので許せ)ことになるのである。まして、季語という核がある分、写生が要求されるから尚更である。

こうして、思想をいかに旋律に転換するかという技(詩そのもの)が俳句では殊更に必要となるのである。また、中途半端な思想ではそもそも詩にはできないから、思想自体もやわではお話にならない。要するに、考え抜け、言葉を鍛えよ、である。

さて、今日は小中英之。若い頃から不治の病に冒されていて、2001年に他界した歌人である。

 今しばし死までの時間あるごとくこの世にあはれ花の咲く駅

平明で透明な叙情をたたえた歌だ。上の句「今しばし死までの時間あるごとく」が前奏を奏で、下の句「この世にあはれ花の咲く駅」が主題旋律を美しく歌う。
時間が止まったような風景であるが、しかし、いつか死は確実にやって来る。病を得ている歌人はそれだけに切々と歌い、詠うことにより時間を着実に刻みたいのではなかったろうか。

短歌においても俳句においても最後の主題は死だと思う。死を凝視することにより生は豊かになる。それを信じて鍛えよ言葉を。

※画像は雪舟から勝手拝借/感謝です。

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2006年11月30日 (木)

奥村晃作

このところ(正直に言って)俳句に夢中である。なぜ、こんなに夢中になったかという理由についてはウィトゲンシュタインとの出会いにありという自分なりの自己分析があるが、これはいつかまた書きたい。
それはさておき、俳句である。俳句の魅力のひとつは省略にある。簡潔なのである。

 生きがたきこの生のはてに桃植ゑて死も明かうせむその花ざかり  岡井隆
 夢の世に葱を作りて寂しさよ  永田耕衣

短歌と俳句を並べてみた。岡井隆が冗長に(申し訳ない)語っていることを、耕衣はぽんと放り出してお終いである。耕衣が「グダグタ言いなさんよ」と言っているかのようだ。
しかし、短歌には短歌の言い分がある。言葉を連ねて言いたいことがある。映像として読み手の脳に伝えたいことがある。
つまりは、短歌は具象画、俳句は抽象画ということかもしれない。この両者の世界で独りよがりに遊べる吾は幸せなりき。

さて、今日は奥村晃作。奥村晃作短歌ワールドを開設運営して元気いっぱいな歌人70歳Photo_349 である。

 次々に走りすぎ行く自動車の運転する人みな前を向く

一読、面白い歌だ。なにが面白いといって当たり前だから面白いのだ。言われてみればなるほどなのである。後ろを向いて運転する人なんてこの地球上に一人も(自信無くなってきた、ミラー使いが一人ぐらいいるかもしれぬ)いない(たぶん)。
作者にはこの手の歌が多い。いわゆる、ただごと歌である。
では、なぜ、ただごと歌を作者は好んで作るのか。

さきほど、俳句と比較して短歌は具象画と書いたけれど、この論理を延長すると具象画はただごと歌に到達するという理屈がひとつである。
もうひとつの推測は、作者の自己紹介にあるように思う。ここで作者はこう書いている。

少年の日と同じく、あいも変わらず、本当にやりたいことが何であるのか分らない。何のために生まれてきて、どういう使命を帯びていまなお生かされているのかよく分らない。

そして「
わたくしはここにゐますと叫ばねばずるずるずるずるおち行くおもひ」他の叙情歌が引かれている。

短歌には、俳句では汲み尽くせない叙情がある。この叙情を俳句は切り捨てることによって成立する。ものにつけ、ということである。ウィトゲンシュタインの言葉を借りれば「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」のが俳句なのである。

これに対して、奥村は叙情を切り捨てない。叙情を切り捨てるのではなく、裏側から歌いたい、それが奥村のこの歌ではないだろうか。前を向かねばならぬ運転者の切ない感情がここにはある。

※写真はクレスタ ユーザー評価 【carview】 トヨタ クレスタ - ユーザーレポートから勝手拝借/感謝です。

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2006年11月23日 (木)

小野茂樹

投句してコメント読み書き、さらには名句鑑賞して俳句脳はいったん終了。
一息ついて、来し方行く末を思えば短歌脳となり一首を得し。

 失ひしもの少なくて得しものの多しと思ふ冬の夜明けに

先物の傷は未だに残れども、代わりに俳句を得たと思えば釣り合いがとれたと思う浅墓さ。一歩後退、二歩前進。おお、陳腐な言葉ばかりなり。

つまり、我が句歌に親しむ由縁はと、これもまた自分探しなのか、いや、ボケ防止と立派客観理由あり。そうそう、我れ青春に非ず。自分探しとは言えぬ。なんでや、なんで自分探しと言うたらあかんねん、責任者出て来いコイコイ池の鯉。Photo_327

さて、今日は小野茂樹。悲運の夭折歌人なり。

 あの夏の数かぎりなきそしてまたたつた一つの表情をせよ

二句から三句へたたみかけるリズムの気迫に加えて、下の句の命令形で読者は粛然とする。そして、作者の夭折を思うと、「表情」は永遠と化して記憶に固定される。
青春相聞歌の傑作である。俺にはこんな青春は無かったなあとちょっぴり口惜しく妬ましく思ってしまう傑作である。紆余曲折を経て果たした雅子との再会を背景にした歌とのことであるが、そんなことを知らなくても、この歌の透明で衝撃的な叙情を十分に感じることができる。

歌は叙情、句は叙景。情と景、すなわち心のうちそとを友とできる俺は(とにかくもまあ)仕合せなのだ。

 珈琲とジャズが青春秋扇

昨日、プールで得た句である。来年の秋、もし生きていたらハイクブログに投句しよう。

※写真は花物語  「羊雲離散」から無断拝借/感謝です。転載禁止ならば即削除いたします。

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2006年11月20日 (月)

寺山修司

昨日、ご近所の方の告別式で調布のセレモニーホールまで行ってきた。享年63歳。数年前に喉頭癌の手術をされて、金曜日の未明に自宅トイレで吐血し寝床に戻ってそのままだったようである。お酒の好きな方だったようで、親しく会話したことはないけれど朝ウォークの途次で毎日のようにご挨拶したお付き合いであった。

遺影の代わりに大型ディスプレーが中央に配置され、読経・焼香等伝統的儀式が済んだPhoto_320 後で故人紹介のナレーション、バイオリン演奏(裕次郎「わが生涯に悔いはなし」)がなされる現代風告別式だった。献花させて頂き出棺まで見送った。人の生涯を思う一日であった。

さて、今日はスーパースター寺山修司。三沢に記念館があるようで、今でも熱烈なファンが多い句歌演劇マルチタレントである。私は肝硬変で死ぬだろう。そのことだけは、はっきりしている。だが、だからと言って墓は建てて欲しくない。私の墓は、私のことばではあれば、十分。という言葉を残して47歳で逝ってしまった。

 きみが歌うクロッカスの歌も新しき家具の一つに数えむとする

寺山の歌は多様性に富み、どれが現か夢かわからぬところがあり、諧謔風刺おちょくりさえも感じられることもある。有名な「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」にしても額面通りに受け取っていいかどうか、「いや、単に裕ちゃんを気取っただけさ」と言われそうな気もする。
そんな寺山の歌の中で恋愛歌謡を選んでみた。みずみずしく鮮烈な歌であり、句跨り前衛手法を取り入れてモダンを感じさせ、それでいて歌謡性を失わないところがこの歌のいのちだ。

単独でこの歌のみを鑑賞すると、彼女と一緒の暮らしを始める青年の喜びの歌のように見えるかもしれない。しかし、寺山ワールドの中にこの歌を置くと(現代の短歌に掲載されたいくつかの歌を見渡すだけで)別の風貌が見えてくる。青春とは純粋さではない、偽悪と偽善のないまぜのような気がしてくる。ウソもマコトも全てがホントウなのだ。

だから、葬式で故人紹介なんかやってほしくない。片付けてほしくないと思う。
もっとも、死んだらなんにもないのだからどうでもいいことなのだけれど。葬式は生者のための儀式なのだから。

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2006年11月18日 (土)

オヤジ短歌とアマデウス

上原彩子のピアノをテレビで観ていたら歌が浮かんだ。Photo_317

 美醜にて判断するなと思へども美人のピアノ美麗に聞こゆ

日経歌壇にときどき掲載されるオヤジ短歌だなあと自省したけど、性懲りもなくまたオヤジ歌を読めり。 

 オヤジよりチョイ悪オヤジと呼ばれたしどちらも同じくクソが付けども

ところで、12/4遂に「アマデウス」BS2放映。冥土土産DVDにせむ。

※画像はアマデウス  象のロケット≪宅配DVDレンタル&前売券≫から勝手拝借/感謝です。

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小野興二郎

最近、人生観より死生観と思うようになった。ゴールを見据えつつ生きるということであPhoto_316 る。
そしてまた、「すこやかな脳で死にゆく冬の蝿」なる句に見られるように、恙なく生を全うしたい(はっきり言うと寝たきりになりたくない)という気持ちを強く持つようにもなっている(おかげで節酒三夜を恙なく過ごせたが。おお、今日は週末だ。焼酎、飲むぞお)。

ともかくもまあ、生を恙なく全うするというのも一つの事業である。そしてまた、意に反して病気になるのも人生である。生老病死、まさに生まれたこと自体が四苦八苦の苦であると仏教はのたまいにけり。

さて、今日は小野興二郎。「肝生検を受けショックを起こしその後遺症のため市川学園を退職し長期療養に入る」と歌人紹介にある。

 妻が望みわがあくがれしをみな子はかくうつくしきほとを持ちたり

「妻が望みわがあくがれし」とそれぞれ字余りの初句二句を受けて、この歌の核は「かくうつくしき・ほとを持ちたり」と句跨りで詠われる四句結句にある。
思わぬ病を得てそれと闘う作者にようやく生まれた女児。その女児の生殖器外貌を見つめて作者は美を感じる。いのちの連鎖である。

人は死するために生まれて来る。生の過程で様々なことを起こしたり起こされたりしつつも、いつかは確実に死ぬ。そしてまた、死の前段階たる老いも避けられぬ。それどころか、老いを経ずして亡くなったり、若くして病を得て苦しむ人もある。
だから、恙なく死を迎えることがどれだけ幸運なことか。

俺はイタイの、苦しいのが大嫌い。だからこそ、節酒を必死で続けよう。呆けたり中風で寝たきりになって人の世話になることを思えば、節酒ぐらいなんていうことはない。

さて、公開の場でここまで書いたのだから、節酒完遂できなくてはならぬぞと我とわが身にプレッシャーをかけたのであった。

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2006年11月13日 (月)

稲葉京子

テレビを見ていたら「いじめをなくそう」キャンペーンを実施中とか言う。何を笑止千万。そPhoto_305 んなもん無くなるものか、無菌社会を作ろうなんてと思う。どうせやるんだったら「いじめに負けるな」とか「負けても死ぬな」とか「いじめをちくろう」キャンペーンをやったらと思う。

しかし、これは当事者でない人間の言うことかもしれぬと反省もする。足を踏まれた人間の痛みは踏まれた人間でなくてはわからぬのだから。
とはいえ、痛みはいつかは消える。いや、忘れねばならぬ。死んだらおしまいなのだから何も無いのだから、絶対に死ぬな。死ぬぐらいなら相手をちくれ。ちくってちくってちくりまくってやれ。

だから、「いじめに負けても死ぬな」キャンペーンぐらいが妥当なところかもしれぬ。ピンチはチャンス。死ぬほどに追い詰められてあらためて知るいのちなり愛せよ我が身

さて、今日は稲葉京子。「婦人朝日」の投稿から歌を始めたそうである。

 風よりも静かに過ぎてゆくものを指さすやうに歳月といふ

おだやかな歌だ。このおだやかさは何処から来るか。
人間はひとひらの風。そのときは大変だけれども過ぎてみれば風。風の過ぎにしばかりなり。

しかしながら、もし我が子がいていじめられたらなんとしよう。ひとひらの風よ、と言ってもわからぬだろうなあ。

※画像はいづつやの文化記号 神奈川県近美葉山館の山口蓬春展から勝手拝借/感謝です。

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2006年11月12日 (日)

偶数は縁起悪し

先ほどの記事を送信した後に思いついた。
そうか、婚礼の祝儀と一緒やんか。偶数は泣き別れにつながるという理由で嫌われているんだ。

 2万円で済ましたいけど偶数は泣き別れなり3万となる

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2006年11月11日 (土)

石川不二子

こうやってブログに駄文を綴っていると、我ながらつくづく、言葉、いや、言葉を弄ぶのがPhoto_301  好きだなあと感心する。寡黙を標榜している俺だけれど、ほんとはやっぱり、喋りだしたら止まらないのであろう。困ったものだ。

ところで、「言葉は世界の可能性の全体だ」という意味のことを説いた哲学者がいた。例えば、「本が机の上にある」状態を想像しよう。この事実を「本が机の上にある」と言語表現するということは、その否定形「本が机の上にない」ということを可能性としてはあり得るということを示していることになる。
つまり、言語を持たない動物たちにとっては、世界は常にありのまま、時間も空間も無く可能性も無いのであるが、言語を弄ぶ人間にとっては、過去・現在・未来があり、ここ・そこ・あちらがあり、可能性とか希望とか絶望が生まれるのである。

こんなの下らぬ。虚妄だ。世間皆虚仮と主張するのが仏教である。だから、色即是空という。もっとも、仏教はちゃっかりしていて空即是色と反対側の可能性にも言及している。

さて、今日は石川不二子。広く、深く、おのがじしにの心の花に属する歌人である。中城ふみ子と同時に、かつ、中城の激しい情念と対照的な、健康的で清新な作風として歌壇デビューしている。

 われと同じ名をもつ林檎も薔薇もありこの世たのしとしばしは思へ

言葉フェチの俺はこの歌の下の句「この世たのしとしばしは思へ」に惹きつけられてしまう。仮令(この字をいっぺん使うてみたかった)世間虚仮であろうと、遊びをせむとや生まれけむ、だから、この世たのしとしばしは思へ、である。しかし、作者は開拓酪農の厳しい生活に自ら入った人だけに重みが違う。安易に惹きつけられたなどとほざくな、極楽トンボ。

とはいえ、言葉は世界の可能性だから、何を言ってもいい。どんな事態でも表現可能である。しかし、言葉と世界を結びつけることだけは絶対に必要だ。これが無ければ本当に世間虚仮になってしまう。
そして、言葉と世界とを結びつけるのは各人の人生しか無い。人生という現実において人は言葉を語り言葉と現実はリンクされる。だから、言葉で約束し裏切り裏切られ希望し絶望するのである。これを称して「
私の言語の限界が,私の限界を意味する」とウィトゲンシュタインは語ったのであろう、多分。この世たのしとしばしは思へ。

※画像はバラ 紀伊國屋書店BookWebから勝手拝借/感謝です。

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2006年11月10日 (金)

俳句の出来損ない短歌

我がPCデスクトップに俳句メモを置いて在庫管理しているが、そのうちの一句。Photo_297

 悦に入るひとりよがりの冬の蝶

よさそうでよくない。ぴったり来ない。という訳で投句せずにいたところ、さきほど朝ウォークで「冬蝶の」に直したらどうかと思いついた。
しかし、やっぱりよくない。「冬蝶の」にするのならいっそ短歌にしよう。そこで、

 悦に入るひとりよがりの冬蝶の句歌の世界に遊ばむか我

おお、でけた。これはいいと、まさにひとりよがった。
要するに、俳句にするには思想が凝縮されていなかったということなのだ。

※画像は関西生活情報サイト フルルKansai - ゆんぴょの日記から勝手拝借/感謝です。

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2006年11月 9日 (木)

ひろく、深く、おのがじしに

一人一首次回(石川不二子)の準備作業としてネット検索していたら「心の花」(俵万智もPhoto_294 同人である短歌結社)に遭遇し、タイトルの言葉に出会った。
この言葉、以前にも目にしているのだけれど、今日はなぜか、心に沁みた。

 言葉との出会ひは音楽聴くごとく心に響くときのありけり

「おのがじし」って今ではほとんど死語のように思うのだけれど、ネット検索すると、校歌などにはいまだ使われているようだ。たとえば佐賀県立小城高校「おのがじし進む道あり」などと。生徒は判って歌ってはいないやろうなあ。

※写真は北陸中日新聞 ふるさとよ!から勝手拝借/感謝です。

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2006年11月 8日 (水)

田井安曇

(正直言うと)コメントを頂くと(チョー)嬉しい。しかし他方、他人嫌いを標榜する俺としては、正面からコメント大歓迎プロポーズも出来ぬ。要するに、「春宵の酒場にひとりPhoto_291酒啜る誰か来んかなあ誰あれも来るな」石田比呂志@気分である(←あ、この歌、ヘッダーに貼ってやろ)。
人間ひとりが一番、というのは粛然たる真実と信じるが、一方で、意味の他者との出会いは存在論的経験をもたらし論理空間を豊かにしてくれるのだ。

ええい、コムツカシイ理屈をこくな。一期一会、花に嵐の喩えもあるぞ、さよならだけが人生だ。と言えばオシマイの話である。人といふ文字を分解してみればもちつもたれつ支え合ふなり

さて、今日は田井安曇。歌人紹介には<敗戦後、靴屋(元海軍下士官)の高橋さんにより歌をつくりはじめ、「花実」に入会。岡崎高等師範学校時代「アララギ」を経て「未来」創刊に加わる>とある。

 闇にまぎれて帰りゆくこのよるべなきぼろぼろをわれは詩人と呼ぶ

破調である。指折り数えると、7・5・7・7・7=33となる。二句のみが5音で、後は全て7音で韻律を形成している。
詩句の核は「このよるべなきぼろぼろを」であろう。この核に「詩人」がかぶさり自嘲と自負のないまぜが「闇にまぎれて帰りゆく」思想(主題)となる。

でもね。みーんな誰しも、よるべなきぼろぼろなんよ、あんた。実存が本質に先行するなどという小ざかしい屁言葉もあるけれど、気がついてみたらみーんな生まれて生きとったんよ。だから、あんたひとりのものではないのよ、よるべなき実存は。

ところでこの歌人は、憲法九条を守る歌人の会(九条歌人の会)で講演活動をされているようである。それを「サヨ」と蔑称して批判する人もいる。人といふ文字を分解してみれば左と右の二画に分かる。おお、もう一首。

 左右より美醜を語れ観念は親の仇と哲学書読む

※画像は♪お玉つれづれ日記♪ ~沖縄★美人画報~   女の「ひとり花見」マニュアルから勝手拝借/感謝です。

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2006年11月 3日 (金)

石田比呂志

人生に意味はあるか(エロスより出でてエロスに環り来む意味を求めてめぐりし後に)?Photo_280

そんな難しい問題わかれへんわ、と投げてもいいがウィキペディアだけはしてみよう。
言葉(単語・用語など)が持っている概念の事。とある←ちゃうなあ。もっとも、別の意味にも触れていて、ある物(物体やシステムなど)が存在するする必要性や理由の事とある。
そうそう、これこれ、すなわち、価値や、と今度は価値をウィキペディアすると、「価値」は「良いという性質」のこと とある。
なるほど。では、良いとはなんやねん、とまた疑問が湧く。

かくして、辞書めくりは循環する。言い換えれば辞書(規則)は意味(行動)を定め得ない。つまり、規則は行為の仕方を決定することはできないとなり、これが規則のパラドクスと言われているものである。語の意味とは言語におけるその使用であるとも言う(→リンクを拝読して使用方法(形態)に訂正)。

つまり、人生に価値があるかどうかは辞書をめくってもわからん、人生は人生してみないと意味不明という健全な常識人の理解に到達するのである(ここで冒頭の俺の歌を読み返すこと)。

さて、今日は石田比呂志。現代の短歌の歌人紹介に「昭和5年生まれ、旧制中学中退後、21年、16歳で一握の砂を読んで歌人を志す」とある。

 酒飲みてひとりしがなく食うししゃも尻から食われて痛いかししゃも

韻律(リズム)は出来てるけれど、いったいこの歌は何(思想=メロディ)が言いたいねん。「尻から食われて痛いかししゃも」が人を食った比喩(ハーモニー)ではあるが。
と、疑問に思えば得意の検索→居酒屋にて石田の酒を啜っている傍で、「鯛焼きは頭から食べるのか」「それとも尻尾から食べるのか」を論じ合っていた事から、生まれた歌であると遭遇→なるほど、嘘の中に大輪の真実の花を咲かせるのが歌であり、読み(意味)の探索は読者に任せられているのである。

と、ここで終わってもいいのだが、まだ、続きあり。しばし休憩。

ところで、「石田比呂志」でネット検索していたら20歳も年の違う、妻のある人と、いわゆる不倫の恋をしたのですもの、両親は泣きました。に遭遇した。石田の現在の連れ合いである阿木津英(フェミニズム歌人の先駆け)の文章である。他人の私事を云々するのは趣味ではないが、本人が新聞に発表した文章だから、ここでリンクしても差し支えはないだろう。

石田も阿木津もそして誰もが、真実の生を生きている(なぜなら人生は一回こっきりだから)。そして、人生の意味は、生きること自体・その瞬間において主体的に判断するしかない。意味・価値を決定する規則はない。仮にあったとしても、規則は行為を決定することができない。だから、多元的価値観こそが健全な価値観であると俺は思う。

ちなみに、阿木津英は現代の短歌に入れてもらっていない。そこで、彼女の歌を一首、引いておく。

 産むならば世界を産めよものの芽の湧き立つ森のさみどりのなか

※画像はINSPIRED BY...ISHIDA HIROSHIから勝手拝借/感謝です。

ブログランキング(我ながらよくできました)

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2006年11月 2日 (木)

サイドバー歌集(一応)完成

おいおい作るつもりが結局、今日のうちに作ってしまった。 Photo_15
こらえ性がないのだよ、おまえは。
とはいえ、歌の編集(配列)が楽しかった。
そしてまた、やっぱり縦書きは格好がいいことを再認識した。

さて、これで(いつかまた)歌が浮かんだら、ここに追加していけばいいな。これぞウェブ歌集なり。

※画像はゴールインマークの歴史から勝手拝借/感謝です。

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サイドバー歌集作成中

ブログパーツに凝ってしまった。昨日は「名言集」を更に追加、そして今日は歌集を自歌Photo_279 自讃してサイドバーに載せる始末だ(このビョーキ治らぬわ)。

おいおい、歌を追加していこう。ツールは縦書き文庫&ブログパーツを利用させて頂いている。

※画像は★★TAMIYA SHOPから勝手拝借/感謝です。

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雨宮雅子

ビデオに録っておいた亡国のイージスを観始めたけれど、冒頭の佐藤浩市の重々しい感慨(守るべき国とは何か)から既に嫌気がさしはじめて、アクションが始まり出した頃に途中放棄してしまった。晩飯の酔いのせいもあるかもしれないが、どうも俺はこらえ性がない。一生懸命作られたスタッフ・キャストに申し訳ないではないか。

しかしながら、老境に近くなると重々しい映画にはついていけなくなるようである。実は(何を隠そう)戦争映画は嫌いではない。眼下の敵ナバロンの要塞など(古いナア)理屈抜きのアクション(物理・心理)、スリルは楽しめた。日本映画はなんで形而上学(存在とは何か等)を中途半端にまぶして映画をつくるのだろう。Why、What、Howの問いのうち、Whyは最も重い問いである。重い問いに答えるためには相当の覚悟と準備が必要になPhoto_277るはずだ、と理屈好き老人候補は思うのである。

さて、今日は雨宮雅子。「女人短歌」「林間」創刊に参加し、のち「地中海」でも活躍を経 て、現在「雅歌」を発行、キリスト教の洗礼を受け、聖と俗に身をおきながら神を求め続け、歳月への思いを深くする清浄なる祈りと歌集の惹句にある。

 国の忌も個の忌もひとつ夏花の夾竹桃のいろににじみて

二句で切れて、「夏花の」が「夾竹桃の」につなぎ、ひらがなの「いろににじみて」とやさしくかなしい余韻で終える。作者は昭和4年生まれ(ちなみに俺の亡母は3年生まれ、亡父は元年生まれで敗戦の日に即日除隊となったそうだ)、思春期を戦争で過した世代である。
死者について語ることはあっても、死者は何も語らない。他方、国敗れて山河あり、どころか国敗れて国は再生したけれど、死者は還らない。
映画ならば戦闘のスリルを楽しむけれど、実戦では(俺なんか一番に)小便ちびり糞を垂れるかもしれない。怖いこと痛いことは絶対に厭だ。

だから、我らはWhyの問いを忘れてはならない。なんであんなあほな戦争をしたんや。

※画像は三岸節子・赤い花から勝手拝借/感謝です。

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2006年10月31日 (火)

高嶋健一

久しぶりの「一人一首」である。Photo_273

前回(馬場あき子)で歌謡曲短歌について触れたが、もう少し考えてみた。

歌謡曲短歌とは、詩になっていない通俗的短歌をいう。前回、引用した俺の歌

 リストラの風は冷たしこの宵は二合の酒に酔ひて眠らむ

が、その一例だ。

では、歌謡曲短歌か否かを判定する基準は何か。
音楽の三要素に倣って、短歌の三要素を(以前にも考えたが)考えてみた。
声調・韻律(リズム)、思想・主張(メロディ。以前はこれを措辞としていた)、メタファー(ハーモニー。以前は言葉の響き合いとしていた)が短歌の三要素と考える。

まず、声調・韻律は、声に出して歌を読んだ場合の調子すなわちリズムである。定型を守っていればこれは自然に伴うものだ。上の例で言えば2句切れ(3句切れよりこちらの方が心地よいリズムをつくる。音楽で言えば下の句が弱起の調子になるからだ)で声調よく、ほとんどこれだけで点を稼いでいる。ちなみに、前衛短歌では意識的に句割れ・句跨りを作り出し晦渋なリズムを生み出す技法がとられている。

次に、思想・主張は、歌の内容、つまり、歌が言いたいことである。どんな文章でも意味をなす以上はなんらかの主張がある。短歌も文章である以上、なんらかの主張があるはずだ(無内容を売りにする短歌もあるけれど、それは無内容を主張にしているのだ)。
上の例で言えば、作者のリストラに対する位置取りが不分明ではあるが、リストラについての思想表現はなされている。メロディも聞こえるのである。

そして最後はメタファー(広く、喩。隠喩に加えて直喩も含むと俺は考える)である。これが詩の本質であり、短歌の味噌である。これがなければ歌ではない。作者は思想・主張をより鋭く深く読者の胸に切り込ませるために愉に最大の工夫を払い、読者は、意外で新鮮なメタファーに遭遇すれば言葉と世界について新しい見方を開かれる思いになる。
上の例で言えば「二合の酒」にほんのちょっぴりの愉はうかがえるが、何か新しいものが見えるわけではない。つまり、歌謡曲(酒よ涙よつらい切ない別れよ)と同じく、手垢の付いた言葉ばかりが並んでいるだけなのだ。愉がない歌、それが歌謡曲短歌である。

そこで、白秋の名歌を引く。後朝の別れという主張はありふれているとしても、この歌の何度繰り返して読んでもくみつくせない愉を味わって頂きたい。

 君かへす朝の舗石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ

さて、今日は高嶋健一。紹介文(たぶん歌人自身の文章だろう)には「具象と抽象のあわいに漂う世界を表現したい」とある。歌人の根本旋律(思想)であり通奏和音(愉)である。

 てのひらのくぼみにかこふ草蛍移さむとしてひかりをこぼす

愉は一方で、読みをかなりの部分で読者に任せる。読者は連想を広げて、あるいは、記憶を遡ったりして自由に歌を鑑賞すればいい。読者は「てのひらのくぼみ」「草蛍」「ひかり」に何を思うか、この歌を読むとき、具象と抽象のあわいに漂う音楽が聞こえては来ないか。詠みと読みとを音楽がつなぐのである。ちなみに、草蛍の歌の歌碑が 清水市の船越堤公園にあるとのことだ

とはいえ、歌を詠むためにはまず伝えたい思想がなければならぬ。

 我が歌の泉は涸れて凡作を転がし遊ぶ夏の夕暮

泉から思想を湧かせることができるのは作者だけ。深く生きよ、歌謡曲歌人よ。

※画像は旅の写真館_フランス編から勝手拝借/感謝です。

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2006年10月25日 (水)

馬場あき子

新聞投稿の話が続く(多分、これで最後)。
当時、「朝日見て左にすこし傾けて日経を読む毎日の朝」と朝日と日経を購読していた(いまは、朝日を読む時間と購読料が惜しくなって日経だけにしているが)。Photo_265
そこで、新聞投稿を始める際に標的を朝日にすべきか日経にすべきか少し考えた。結論は日経。読者層の量と質から考えて、断然、日経の方が入選確率は高いだろうからだ。
かくして日経投稿を始めたのだが、一首だけ朝日歌壇に入選した歌がある。

 リストラの風は冷たしこの宵は二合の酒に酔ひて眠らむ

日経は選者指定で投稿するが、朝日は指定不可だった。そして、この歌を採ってくれたのが馬場あき子である。「リストラに対する作者の位置取りが不分明」旨、評されていたことを覚えている。確かにその通り、当事者なのか第三者なのかはっきりさせず、当時流行りかけていたリストラ現象を定型の声調に乗せただけの歌謡曲短歌なのだ。そして、こういう傾向歌は日経より朝日の方が採られやすいだろうと踏んで朝日に投稿したのだった。

 あざとさは俺の戦術、歌謡曲短歌をひねり朝日に載れり

さて、馬場あき子。「民衆詩としての短歌」を標榜する「まひる野」に入会し窪田章一郎に師事し、その後「かりん」を主宰。能に造詣が深く新作能を作られたり、ご自身でも舞われるようである。

 さくら花幾春かけて老いゆかん身に水流の音ひびくなり

「さくら花」で起こして「幾春かけて老いゆかん」と詠嘆して切れた後の「身に水流の音ひびくなり」がこの歌の肝であろう。さくらの木の中に、清冽な水流の映像が湧く。いや、さくらを見ている作者の体内に水流はあるのだろうか。これは舞っていらっしゃる瞬間のお歌だという読みもある。様々な読みを許容しつつ「水流」は歳月を流れる。

あざとさも時に必要だけれども、身に響くぐらいの水流を懸命に流してみよ。それが出来ぬ俺は所詮歌謡曲歌人にもなれないなあ。凡と非凡との間の距離は相当のものとあらためて思う。

※画像はエリシナ-elishina- 能面 般若から勝手拝借/感謝です。

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2006年10月22日 (日)

島田修二

前回に日経歌壇を出したので、もう少し続けさせてもらう。
投稿を始めたのは1995年。当時の選者は岡井隆と高野公彦。投稿第一作(仕事とはものつくることの喜びぞ流れ流されるな「秀才」の君)を岡井隆に採ってもらって、気をよくして、この歌は岡井向け、こちらは高野向けなどと自分なりに振り分けて毎週投稿を続けた。

こうして高野公彦に採ってもらったうちの一首が次の歌である。

 我が眉に白毛一本見つけたり悲しき器ししむらの老ゆ

実は、「悲しき器」は大昔に読んだ高橋和己「悲の器」から借りた。また、「白毛一本」は茂吉の「Munchenにわが居りしとき夜ふけて陰の白毛を切りて棄てにき」が意識下にあっPhoto_263たかもしれない。まあ、選者はそんなこと先刻ご承知だったろうが。

さて、今日は島田修二。宮柊二に師事して、昭和63年に歌誌「青藍」を創刊したと「現代の短歌」にある。朝日歌壇の選者を永く務めて米国刑務所終身囚郷隼人の歌を多く選歌した。一昨年76歳での逝去に郷は追悼文を寄せている。

 ただ一度生まれ来しなり「さくらさくら」歌うベラフォンテも我も悲しき

ベラフォンテはハリー・ベラフォンテというアメリカの歌手(反体制的とは知らなかった)。この歌手の歌う「さくらさくら」を聴いての作者の感慨の歌である。
この歌の読み方は様々で、小馬鹿にされたような感覚が島田氏のなかにあったかもしれないという読み方もあるが、他方、アメリカに隷属する日本人として、ともに選択肢のない存在を悲しむというのもある。俺は平たく、ベラフォンテも作者も、人は全て「悲しみの器」、「さくらさくら」を聴けばその思い切なり、と読みたい。

ところで、ネット検索で短歌結社の光と影--島田修二の死--甦った母と子の絆に遭遇した。重い複雑な事情があったようである。利害関係の無い他者には介入できない事柄で、また、当事者の一方が死亡した以上、最早争いは継続不可能ではあるが、「悲の器」を再認識した思いを表したくて、敢えてリンクした。また、大岡信「折々の歌」を引くブログもリンクする。
            
 生きがたきこの生のはてに桃植ゑて死も明かうせむその花ざかり  岡井隆

※画像は1957年の異色ヒット・ソングから勝手拝借/感謝です。

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2006年10月21日 (土)

岡井隆

朝ドラ「芋たこなんきん」をビデオで毎日欠かさず見ている。藤山直美扮する主人公37歳(史上最年長の朝ドラヒロイン)が文学賞を得て作家として一家をなす一方で、町医者と結婚し、現在のところは作家業を成立させるために別居結婚生活というストーリーなのだが、俺の当面の興味の焦点は町医者の妹との嫁小姑対決でありそれを期待していたのが、昨日の放送では期待はずれにに終わった。というのも、主人公の人柄がよすぎて、真心から公正に小姑と接していたからである(具体的詳細はNHK朝ドラ「芋たこなんきん」日記参照)。
これじゃあ、ハナシにならへん。こんな人、ホントにおるんやろか。大抵、他人の不幸とか苦労は歓迎しないまでも(特にドラマの場合は)ある程度期待するものだけれど、この主人公はその種の邪心・邪気がまったく無いなア。ちょっとやりすぎ、と思うのは俺の邪心であることよと思いつつ昨夜寝床についた。Photo_262

さて、今日は岡井隆。前衛短歌(作品の主人公と作者が異なる、虚構を詠っている点が最大の特徴といわれている)の旗手であり、我が思い出の日経歌壇選者である。

 蒼穹は蜜かたむけてゐたりけり時こそはわがしづけき伴侶

一読、意味がとりづらい(かもしれない)。「蒼穹(おほぞら)は蜜かたむけて」とはいったいなんのこっちや、と思うのだけれど、ここはルネ・マグリット(「目に見える思考」)でも思い浮かべて深く考えずイメージとして受け止めればいい。青空に蜜(これがエロチック)である。
この上の句に対して下の句「時こそはわがしづけき伴侶」はわかりやすく、詩句そのままである。痛みも哀しみも不幸も時が解消する、時間はおまえの最大の味方なり、である。
とすると、この歌の意味は「青空に蜜、時間はおまえの味方」ということになる。矢張り「青空に蜜」が不思議として残る(その不思議さがこの歌の魅力ではあるが)。

そこで、夢の中であれこれ思考していたら、「芋たこなんきん」と今朝、結合した。
「蒼穹は蜜かたむけて」とは、心の比喩ではないか。心に蜜(エロス、色気更には欲望)を抱きながらも邪(よこしま)ではない心、それが蜜かたむけている蒼穹ではないか。

人間が人間である限り、欲望は捨てられぬ(腹が減ったら飯を食いたい)。だから、武士は食わねど高楊枝とか聖人君子は無理。
しかし、邪心は持たないことはできる。事実を正しく認識し心を公正に保って暮らしていたら、いつかええことがあるよ、ええことなくても不幸にはならないよ、とこの歌は教えてくれているように思う。「幸福に生きよ」の歌なり。

※画像はマグリット空から勝手拝借/感謝。このサイトには「マグリットは普通の暮らしを、せいいっぱいの嘘をついて維持しています」という言葉がある。
またちなみに、水燿通信70号には岡井隆の歌を鑑賞して「それ以上に私たちを感動させるのは、ひとりの人間がいろいろ苦しんだ末に、開き直って大きな決断をした、その後に訪れた、人生に対する見方の深まり」とある。不幸と虚構とは幸福のためのビタミンかもしれない。

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2006年10月16日 (月)

尾崎左永子

司会者に嫌気がさして見るのを止めていたサンデープロジェクト。ところが、先週、今週とビデオ録画して見ている。
昨日の放送で気になったのはクーデター噂話。司会者が、CIAがこれまでも北朝鮮内でクーデターをしかけたことはご存じですねってもちかけたとき、麻生外相と森本さんはニタニタとなかば肯定するような表情だった。現役外相がテレビカメラの前でこのような「演技」をするのは、関係各国特にアメリカに対して問題にならないのかなあ、と思う。

それから日本核武装論。「核保有、議論はあっていい」…中川・自民政調会長なんて場面があった。たしかに議論はあっていいけど、憲法9条・日米安保(核の傘)・自衛隊はセットだと思う。アメリカが頼りにならないから核武装するのかアメリカを補完するために核武装するのか、ここから議論するべきだろう。安易な核抑止力論は無事に終わる保証のないチキンレースに参加するかどうかを検討しよう、ということのように思う。

さて、今日は尾崎左永子。佐藤佐太郎門下だったが、短歌からいったん離れまた戻ったと紹介文にある。合唱組曲の作詞も多いとのことだ。Photo_258

 戦争に失ひしもののひとつにてリボンの長き麦藁帽子

2句「失ひしものの」を字余りに(多分、意識的に)して結句「麦藁帽子」は体言止めで強調する。そして4句「リボンの長き」が、失ったものの大切さと、喪失感の埋められない長い時間を暗示する。
作者は昭和2年生まれ(俺の母は3年生まれ)。「麦藁帽子」は戦争で否応無く変えられてしまった世代の人生の象徴である。

大東亜戦争は一部軍国主義者が無理矢理に国民を引きずり込んだ戦争ではない。国民のほとんどは、勝利に感激し戦争を支持し協力し遂行した。
そして、戦後日本はアメリカに民主主義を貰ったけれど、民主主義は多数決で物事を決めることである。だから、国民の多数が9条を変えて核武装するのをよしとするなら、少数は「麦藁帽子」を脱いで従うのも民主主義である。民主主義と平和と自由は(ひょっとしたら)両立しないのかもしれない。あ、アメリカが既に具体例をつくってくれていたか。

 いつまでも戦後でありたし戦ひを始める前は戦前と言ふ

※写真はかんちゃんの趣味のページ ~菜園道具から勝手拝借/感謝です。また、ぼやきくっくりFC2版 安保理で対北朝鮮制裁決議採択…韓国はやっぱダメねは、一連の状況を丹念にまとめていらっしゃる。敬服です。

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2006年10月15日 (日)

富小路禎子

本の存在を知る(新聞書評、ネット、図書館)→読む→書名・著者・キーワードでネット検索→ハイパーテキストを駆使(?)して読書感想文を紡ぐ。
こんなパターンが出来上がってしもうたなあ。今日も「ラッセルのパラドクス―世界を読み換える哲学」を読み終わったのでネット検索。さしたる収穫なかったので「戸田山和久」に切り替えて検索したら認識論を自然科学の一部に埋め込んじゃえという「認識論の自然化プロジェクト」を発見。面白そう→解体せよ哲学なあんちゃって。
ちなみに、このサイトに戸田山さんの写真があるが、山口百恵が同居しているのPhoto_8がなんとも嬉しい気分になった。

さて、今日は富小路禎子。俵万智が書評の中で歌人紹介している。

 処女にて身に深く持つ浄き卵秋の日吾の心熱くす

上の句「処女(おとめ)にて身に深く持つ浄き卵(らん)」で軽い衝撃を与えながら立ち上がり、下の句「秋の日吾の心熱くす」が文字通り熱い共感(女性読者は更に熱くだろうなあ)を呼び起こす。この共感は、体内奥深くから湧き上がる情感というべきか。また、季節は「秋の日」でなければならない。生命が芽吹く春過ぎて夏を経て紅葉落葉する秋だからこそ、このような感情が湧くのである。
俵万智は、一人の女性歌人が何を見、何をとらえ、何を歌おうとしたのかという軌跡を、私自身も追体験するような感覚を持ったと書いている。若干の境遇の違いはあるが、同じくシングルとして生き抜く「身に深く持つ浄き卵」の持ち主=女性の心意気ないし執念というべきか、と卵を持たないオトコは思うのである。

ユーミンに「男は最初の恋人でいたい、女は最後の愛人でいたい」なんて歌詞があった。
女は生命を育み、男は理屈を(例えば認識論の自然化)を紡ぐ、と小声で呟いておこう。

 春たけて女系家族の饒舌の絶ゆることなし一日は暮れぬ

※画像はOHARA MUSEUM of ARTから勝手拝借/感謝です。

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2006年10月13日 (金)

長澤一作

先日、BSでオランダ運河コンサートを放送していた。運河の上に特設ステージをこしらえて無料で開放的な雰囲気で音楽を聴かせるコンサートだ。私語でざわざわしているのだが、それにも関わらず演奏者は熱演し聴衆も思い思いそれぞれの聴き方で聴いている。音楽そのものも楽しいが、ぴったりくっつき合っているカップルや、昔日を想い起こしているのだろうか涙ぐんでいる老人などカメラが意識的に映し出す聴衆を見るのが面白い。西洋には西洋音楽が根付いているのだなあと実感した。
ところで、西洋近代音楽(いわゆるクラシック)は何故ヨーロッパで発生・開花したのだろうか。前からそんな疑問を持ち続けているのだが、このコンサートを見ていて疑問が氷解した(つもり独断)。
理由の一つは、音楽は神への捧げものという信仰にある。思い思いのポーズで演奏を聴く聴衆ではあるが、そこには共通して神を思う心があるように感じた。原罪を背負わされた人間が神に音楽を捧げることによって救いを乞う。だからクラシック音楽のような理知的でかつ情念に溢れた音楽になったのではないか。
もう一つは舞踊。我ら農耕民族の二拍子盆踊りと異なって、ヨーロッパ狩猟民族の舞踊は三拍子ワルツにある。二拍子が、農民が上から下にくわを振り下ろす永続的なリズムであるのに対し、三拍子は土地や現世のしがらみから一時的にでも抜け出そうとする現世否定享楽のリズム。かように、クラシック音楽には信仰と享楽の一見相反する要素があるのだが、それがかえって普遍性を齎した原因となっているように思うのである。

さて、生煮え一知半解の音楽論はそれぐらいにして、今日は長澤一作。佐藤佐太郎に師事した歌人である。Photo_257

 轟々として夜の海荒れゐたり貧も願ひも思へばかすか

上の句「轟々として夜の海荒れゐたり」は一首の背景をなすものにすぎず、この歌の根幹は下の句「貧も願ひも思へばかすか」にある。だからこの歌は叙景歌ではなく叙情歌である。
轟々と音轟かし荒れている海を見つめていれば、人の貧乏も希望も微かなものよ。だからといってそれがどうでもいいのではない。だからこそ大切に生きよ、幸福になれ。
人の惨めさ卑小さを知るほどに、神の偉大を思い世界があることの不思議を歌い(詠いではない)たくなる。神に捧げる一首「貧も願ひも思へばかすか」。ほら、バッハが聞こえてくるではないか。

※画像はセブンアンドワイ - 本 - グレン・グールドの生涯から勝手拝借/感謝です。

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2006年10月 7日 (土)

前登志夫

哲学に独我論なる考え方がある。この世界に確実に存在するのはこの私だけ。この机とか本とかあるいは他人とかの実在は、私が認識するからこそ存在する、すなわち、実在は私の脳内の存在とするのである。
普通の実在論的考え方(実在が先行。実在を我が認識する)を全てひっくり返した極端な認識論(我が先行。我が実在を作出する)である。
ここまで極端に走らなくとも、例えばカントは「認識が存在に依存するのではなく、存在が認識に依存する」(コペルニクス的転回)ともっと常識に近く、更には常識よりも健全な見方を提供している。事実は立体的、すなわち、丸いものでも見方によっては四角、見方を変えれば違う姿が見えてくるという健全な認識論である。
つまり、独我論はカントの健全な認識論を更に一歩進めた(後退させた?)認識論ということになる。ウィトゲンシュタイン「論理哲学論考」は、俺に言わせれば、各人がそれぞれの論理空間を世界の存在論的経験を基に構成するが(ここが独我論)、論理と言語(各人に共有可能な論理形式)によって世界は相互理解可能とするものである。
すなわち、世界の内容は独我論だが、論理と言語によって世界の形式は実在論といえよう。今のところの俺には、これがぴったりくる考え方である。

さて、今日は前登志夫現代の短歌の歌人紹介に「柳田・折口の民俗学を学び、郷里の先人・前川佐美雄を知り日本の定型歌人としての短歌を作る」とある。Photo_248

 暗道のわれの歩みにまつはれる蛍ありわれはいかなる河か

初句・2句「暗道のわれの歩みに」で起こして、3句・4句前半「まつはれる蛍あり」と詠う。4句が句割れ、4.5句切れとでも言おうか、4句後半・結句「われはいかなる河か」と問いかけて歌は終わる。
「暗道のわれの歩み」とは、手探りで歩む我が人生であろうか。そこにまといつく「蛍」。「蛍」がなにものかわからないけれどいつも私につきまとう、右に行ったり左に振れたり少し距離を置いたり近づいたり。そして更なる疑問は「われはいかなる河か」。いったい「われ」は何だろう。「蛍」と「河」が響き合って、世界を(我を)問いかけるのである。

私は私。あなたはあなた。世界の内容は異なるけれど、いつかはわかりあえる。論理と言語がつながっている限り。あ、蛍のいのちは短きか。

※写真はONE NOTE  salvia 蛍を見に行くから勝手拝借/感謝です。

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2006年10月 4日 (水)

山中智恵子

振り返れば、思い出の1999年忘れ得ぬ1995年など記憶に残る年がある。
1968年もそんな年である。当時、まだ学生だったけれど、この年はプラハの春パリの5月テト攻勢の年として今でも記憶に残る年である。学園紛争から新宿騒乱事件(これも1968年)へといわゆる70年安保闘争が街頭行動に発展し盛り上がった騒然とした年だった。Photo_239
今にして思えば熱病である(俺は熱病から身を遠ざけて名曲喫茶とパチンコの日々だったが)。学生だけではなく世間一般に造反有理の雰囲気があった。新聞に毎日、今日の反日共系全学連の動きというコーナーが掲載され、街頭行動を肯定しないまでも面白がる空気があった(特に讀賣新聞)。北京、チェコ、パリ、ベトナムそしてアメリカ(ベトナム反戦運動)と世界中で反権力、強いものに対する抵抗があり、日本のメディア(今も昔も)がこうした世界の動きを材料に世間を煽り、煽られた人々が踊るという構図である。

ベトナムの戦火を止めよ、世の中を変えたい、変わってほしいという大衆の思いは正当であるとしても、マスは極端に振れるものである(株式相場を思え)。新宿駅で電車を止めたり投石などせずにもっと着実な行動が継続する道があったかもしれないのに、最後は浅間山荘事件で幕を閉じる。学生たちの多くは長い髪を切ってネクタイを締めるようになる。熱病は潮が引くように消失した。

さて、今日は山中智恵子前川佐美雄に師事した歌人である。

 われら鬱憂の時代を生きて恋せしと碑銘に書かむ世紀更けたり

初句「われら鬱」と起こして「憂の時代を生きて恋せしと」で継なぎ、「碑銘に書かむ」で転じ「世紀更けたり」と閉じる。起承転結のお手本のような歌だ(そうか、起承転結を意識して作歌するというのも技法だなあ)。
憂鬱を倒置して「鬱憂」。しかも初句2句に跨らせ重い声調を作る。そしてこれが「恋」と対置され「碑銘」(死を暗示)へと発展し、「世紀」も我も「更け」るという感慨に到る。

たしかに20世紀は鬱憂の時代である。いやそれどころか戦争と革命の悲惨な世紀であった。いったい何千万何億の人が戦争と革命(圧制:収容所群島ソ連と餓死数千万中国を思え)の下で生命を落としたことだろう。
そんな世紀の中葉に俺は幸運にもこの列島に生まれ(あの半島に大陸に生まれていなくてよかった)、ベルリンの壁崩壊をテレビで眺め今はネットで毎日相場を見ている。まことに時間と空間の幸運に恵まれたものだ。
だから、人を煽ることもせず煽られもせず安穏に暮らし続けたい。愛国心とグローバルマネーの亀裂を横目に市井の生活を守りたい。それが我が林住期である。

 穏やかなニヒリストあり絶望も希望も持たず悦楽に生く

※写真は京都発ー安全保護具屋:ヘルメットのページですー作業服・安全靴・ヘルメットの事ならわくわくワールド ようこそ働く人の世界へから勝手拝借/感謝です。

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2006年10月 2日 (月)

大西民子

「論考を読む」をもう一度読んでいる。そこで、「幸福に生きよ」に関して重要な追加。Photo_228

6.41 世界の意義は世界の外になければならない。世界の中ではすべてはあるようにあり、すべては起るように起こる。世界の中には価値は存在しない。

ここに世界とは、事実世界(俺の造語:主客未分・座標系未導入ののっぺらぼうの世界)と論理空間(時間空間座標系が導入済で対象と論理形式により分節された世界)のことである。この二つの世界には意義はない。世界の意義は「私の意志」によって齎される。

ここで、野矢茂樹は「草稿」のウィトゲンシュタインから引用する。

善と悪とは主体によってはじめて登場する。そして主体は世界に属さない。それは世界の限界である。
(ショーペンハウエルのように)こう述べることもできる。表象の世界は善でも悪でもない。善であったり悪であったりするのは意志する主体である。

そうか、「意志と表象の世界」はそういう意味だったのか。表象の世界(事実世界と論理空間)に対して、意志が善悪すなわち価値を齎し、価値の世界が形成されるのである。
すなわち、思想=形而上学(価値観)+哲学。価値観は哲学の対象ではなく形而上学の対象。そして価値観の根源をなすのは、あなたと私のそれぞれの意志である。野矢茂樹の文章を引く。

世界の事実を事実ありのままに受け取る純粋に観想的な主体には幸福も不幸もない。幸福や不幸を生み出すのは、生きる意志である。生きる意志に満たされた世界、それが善き生であり、幸福な世界である。生きる意志を奪い取る世界、それが悪しき生であり、不幸な世界である。あるいは、ここで美との通底点を見出すならば、美とは私に生きる意志を呼び覚ます力のことであるだろう。

かくして世界は三つの層から構成される→意志と表象の世界=事実世界と論理空間と価値世界。そして人生は世間と社会と魂であり、こころは思い(揺れ動くこころ)と心(対自)と情(対他)である。以上、3×3×3=27。ああ、アタマがイタクなってもた。

さて、今日は大西民子前川佐美雄に学び、後に木俣修に師事したとある。

 かたはらにおく幻の椅子一つあくがれて待つ夜もなし今は

初句「かたはらに」2句「おく幻の」と句跨りの晦渋声調が3句「椅子一つ」で切れ落ち着いて、下の句「あくがれて待つ夜もなし今は」の嘆く倒置詠嘆につながる。
「あくがれて待つ」のは帰って来ない夫である。「かたはらにおく幻の椅子一つ」が大きな空白として作者の価値世界に存在する。
なぜ、椅子一つごときが大きな空白なのか。それは、作者が夫との暮らしを意志しているからである。意志して得られないもの、それを人は希望ないし絶望と呼ぶのである。

 妻を得てユトレヒトに今は住むといふユトレヒトにも雨降るらむか

あまりに切なくてもう一首引いてしまった。過去は言語的制作物であるから、人が意志すればいつまでも現在である。そして空間も言語的制作物であるからユトレヒトも日本も同じく「ここ」なのであろう。野矢茂樹はこう書いている。

私の人生がかくもみじめである、あるいは満ち足りているのも、それは私の人生の世俗的なエピソードのためではない。ひとえに私の生きる意志にかかっている。

大西民子には申し訳ないけど、夫との別離は人生の世俗的エピソードにすぎない。しかし彼女は少なくとも別離を忘れないことを意志した。だから彼女の人生において夫との別離は世俗的エピソードに止まらず、かくも美しい歌として結晶した。

まさに人生は「意志と表象の世界」である。「生の器」を生きる意志で満たすこと。ウィトゲンシュタインはそれを「幸福に生きよ!」の一言に集約したのである。

※ネット検索で大西民子を透かしてみればに遭遇。大部な論稿です。ちょっと拝読したけれど大部な論稿。拝読完了までもう少し時間が必要。
※画像は映画の心理プロファイル  『トーマス・クラウン・アフェアー』(1999 米)から勝手拝借/感謝です。『ヤマアラシのジレンマ』(byショーペンハウエル)というものがあるそうな。

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2006年10月 1日 (日)

岡野弘彦

今日は趣向を変えていきなり歌人、岡野弘彦。「折口信夫の家にあって薫育を受ける」とPhoto_224 ネタ本「現代の短歌」にある。

 ひたぶるに人を恋ほしみし日の夕べ萩ひとむらに火を放ちゆく

3句切れの歌。「恋ほしみし」は「恋し」を「沁み」(沁み沁み)と強調した措辞であろうか。この2句字余りが初句「ひたぶるに」を受けて激しい恋愛感情の形容となり、3句「日の夕べ」で一旦は抑える。しかし激しい感情は、下の句「萩ひとむらに火を放ちゆく」と果敢な行為に遂には結晶せざるを得ない。ここに、放火の客体は「萩ひとむら(一叢)」でなければならず、「ひたぶる」「恋ほしみし」「萩ひとむら」がこの歌の連なる山脈を形成しているのである。

恋愛感情とはかくなるものなのであろう(多分。昔日の我が初恋を想い起こして)。そこで問題としたいのはふたりごころとの関係である。ふたりごころとは、こころを心(内を向くこころ)と情(外に向かうこころ)に二分して理解する考え方であるが、この歌の「萩ひとむらに火を放ちゆく」は心なのか情なのか、いずれであろうか。
心(対自)ではないな。心は自己を見つめる分析的なこころだから、かかる果敢な行為に反射的に走るはずがない。
また、情(対他)でもない。情ならば恋の相手に訴えかけねばならず、「萩ひとむら」に放火するのはお門違いである。
しかし、「恋ほしみ」て(それが通じず)そのあまり激烈な行為に走るようなこころは実在する(ワイドショー話題を想起せよ)。つまり、こころには心(内)と情(外)以外になにものかがあるのである。

思うにそれは、内を向くこころでも外に向かうこころでもなく、喜怒哀楽(思い乱れるこころ)ではなかろうか。つまり、こころは心と情と思いに三分して理解すべきである。言い換えると思いが原初的なこころ(爬虫類脳→旧哺乳類脳)、そこから対自(心)と対他(情)とが派生したと考えるべきなのである。

かくしてこころは「みたりこころ」。人は、三つの世界(世間、社会、魂)を三つのこころ(思い、情、心)で生きているのである。

 我が思ひ母に届けと意地張りて口論の果て煙草を断てり

禁煙してから五年近く、母が他界してからも二年余となりにけるかも。

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2006年9月29日 (金)

安立スハル

今日は安倍総理の所信表明演説。前総理は「米百俵」で話題となったが、では「米百俵」Photo_214 を具体化した政策が遂行されたかは疑問である。そこで、新総理には美しき国日本を具体化する所信表明を是非とも期待したいのだが、「思います」を連発する自信なさそうな弁舌でもあるようなので、ここは俺がエラソーに演説骨子を代筆してあげよう。

1.内需拡大→デフレ後戻り阻止
デフレ脱却は企業努力と円安によってもたらされたものにすぎない(構造改革の成果なんて大嘘)。だから内需を拡大してデフレ脱却をより確実なものにする必要あり。もっとも政府にできることは増税などで民間経済の邪魔しないこと。また、偽装請負摘発など大企業にコンプライアンスを徹底させるのも政府の役割である。
2.改革推進、特に公的部門改革
総理、閣僚の給与減らしをいの一番に実行したようだが、改革は人減らし・給料減らしではないから勘違いしないこと(公務員の給料を急激に減らすと内需萎縮する)。リエンジニアリングという手法もあるので勉強しよう。
3.ドル依存体制からの脱却
これが実は一番大事。いつまでアメリカがクシャミして日本が風邪を引く状況を続けるのか。ドル暴落で日本も(俺も)共倒れなんて御免蒙りたい。中国及びアジア諸国も同じ課題を抱えているので、これがアジア外交のキーワードであり、アジア経済共同体への道であり、日本国の安全保障必須手段となる。
4.知財立国の具体化
愛国心教育も大事だろうけれど、愛国心は信任に足る政府があって初めて涵養の基盤ができる。そして信任に足る政府を作るためには個々の国民がグローバルな視野を持ち、賢いことが前提となる。賢い政府と強い経済は賢明な人民によってのみ創られるのである。教育基本法改正案を今国会に提出するそうだが、個人→国家(国家は個人の権利保障のための単なる手段)という発想とは逆だろうなあ。

さて、今日は安立スハル。検索して、このブログを読んで頂いているsohyaさんの短歌の師だったことを知った。

 金にては幸福は齎されぬといふならばその金をここに差し出し給へ

2句「幸福は齎されぬと」字余りだがこれは必然的な字余り。そして下の句「その金をここに差し出し給へ」とずばりと命令形で言い切る。
武士は食わねど高楊枝なんてのは観念論。まず先立つものは金。金満ち足りて(満足基準はその人の賢さ次第)次に幸福が問題となるのである。
つまり、人生は愛と勇気とサムマネー(原語ではちょっと違うニュアンスみたい。愛ではなくてimaginationだけれど、お金が大切なのは変わらない)。

美しき国日本は経済安全保障を達成してこそ造れるのだよ、御曹司安倍ちゃん、その金をここに差し出し給へ。

眠られぬ夜のために 神は無しとわれは言わねどにスハルの別の歌の胸を打たれる素敵な解読がある。拝読必須。

※写真は北斎「富嶽三十六景・神奈川沖浪裏」 - 写真 - MSN エンカルタ 百科事典 ダイジェストから勝手拝借/感謝です。

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2006年9月28日 (木)

音楽は脳内洗浄装置

 相場終へシューベルト聴く吾、音楽は脳内洗浄魂洗ふPhoto_211

BGMはBS2クラシック・プロムナード。ライン川を背景にロザムンデ、即興曲。

※写真はドイツ ロマンチック街道に魅せられて|阪急旅行サイト|世界探訪 海外旅行より勝手拝借/感謝です。阪急旅行は初めての海外旅行でお世話になった格安ツーリストだ。

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上田三四二

四苦八苦の四苦はたしか、生老病死。八苦はなんだっけと検索したらすぐ語源がわかるこの手軽さ。そうか、愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五陰盛苦のことか。人生の全てはまさに苦しみであると仏教は言う。
一方、般若心経は色即是空空即是色と現実(色)は空であり、かつ、空は色なりと主張する。苦しみは現実、現実は空、従って苦しみは空。しかし空は色すなわち現実であることも忘れるなよと言うのである。
いったい、仏教は何が言いたいんや、この蒟蒻問答め。

さて、今日は上田三四二。兵庫県小野の人(俺はその下流の加古川の生まれ育ち)。短歌は日本語の底荷と三四二は言ったそうだ。

 かがまりて臀をふく恥ふかく魂ひくき生きものわれは

初句2句「かがまりて臀(いさらひ)をふく」で切れて、「恥ふかく魂ひくき」と対句で3句4句を構成し、「生きものわれは」と倒置形で結句を置いている。

「恥ふかく魂ひくき」と形容されると、そこまで自己を侮蔑しなくともと思う。
しかし、いま少しこの歌を噛み締めるとこの歌は自己侮蔑ではないと思えるようになる。Photo_209 「臀をふく」「かがまり」た姿勢から人は立ち上がる。立ち上がって、愛し別離し怨み憎んでまた会い何かを求めて得られない。まことに人生は、五陰盛苦(存在を構成する物質的・精神的五つの要素に執着)そのものである。「恥ふかく魂ひく」くあろうとも、何事かに執着し何かを求めるのが人生である。だから「生きものわれは」生きているのである。

生きていること自体が苦しみ。人はそんな生を引き受けて(実存)「恥ふかく魂ひく」くあろうとも生きなければならぬ。執着もよし怨憎もよし愛もよし。とにかく生きねばならぬ。それだけで十分ではないか、とこの歌は排泄の姿勢で教えてくれるように思う。

私は生きもの。「光をひきて谷にゆく」「かずかぎりなき」生きもののひとつ。大河の一滴とはちょっとクサイけれども、否定できない事実である。あ、昨日、立てた先物のポジション、今日は決済できるかなと我は執着し居り。

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2006年9月26日 (火)

塚本邦雄

実は(何を隠そう)功名が辻を毎週欠かさず見ている。今週は関白切腹。関白秀次の自死と、千代・一豊夫妻と(捨て子)拾との別れを対照的に描いている。山内家の行く末に関わる辛い決断の時→拾に一豊が出家を命じる場面で恥ずかしながらちょっぴり落涙してしまった。これまでの中で一番出来がいい回だった。
ところで、札束番組=国営放送大河ドラマを毎年見ている訳ではない。武蔵は今の海老蔵の目を剥く演技が面白くて見ていたけど途中で飽きてしまった。新撰組は権力側テロリストの話というだけで最初から敬遠。Photo_203
これまでの大河ドラマで出色はなんといっても花神。村田蔵六 という人物像に興味があり(晩酌はいつも湯豆腐)それを演ずる中村梅之助の飄々たる演技が印象に残っている。
ということで、俺なりに番組内容(原作、配役、演技)を評価しているのではある。

さて今日は前衛短歌の巨星塚本邦雄塚本の作品には「われ」が出てこない。この「私」の排除は私をして短歌に対する意識を一変させた。とするブログ(革命家ではなくて革命歌ですよ。差し出がましくてごめんなさい)もある。なるほど俺の、短歌は徹底的に私歌であるべきという主張(というほどのものではないけれど)を考え直す必要もあるやもしれぬ。

 馬を洗はば馬のたましひ冱ゆるまで人戀はば人あやむるこころ

字余り初句で起こして、馬と人の対比を軸に下の句「人戀はば人」「あやむるこころ」に落とし込んでいる。馬に魂あるのならば冱えるまで洗ってやれ、人に恋するのなら殺めるまで恋せよと歌う(詠う?)のである。解りそうで判らないけれど確かに、殺めるという烈しさゆえに、脳裏から離れない歌である。

いったい、作品において、分かりやすさ(通俗性と言い換えていいだろう)はどのような意味を持つのだろうか。例えば、司馬遼太郎の小説は(極く割り切れば)通俗的の部類に属する。しかし通俗的だからといって国民文学としての司馬作品の値打ちが落ちる訳ではないと俺は考える。だから(議論はあるだろうが)通俗性は作品の水位を決定する要素ではない。
他方、塚本邦雄短歌は分かりにくい。分かりにくいけれど人の魂に突き刺さる。そのような作品に仕立て上げるところに読者は作者の見識と技量を感じ取る。だから分かりやすさは人気を博するための必須要素ではない。

結局、問題は言語の持つ二面性(同化と異化)に帰結するように思う。言語は、人々が解り合うための手段(同化)であり同時に、人々の論理空間を変容させる契機(異化)でもあるからである。人は作品に同化したく思い、他方、異化→存在論的経験を得たいとも欲望するからである。

かくして、短歌は私歌(同化)であり滅私歌(異化)でもある。こころは、情であり心でもあるからである。

    秋高しふたりごころのボクがいる

※写真は活写劇場 - 靖国神社の大村益次郎像から勝手拝借/感謝です。

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2006年9月25日 (月)

河野愛子

外泊で貯まったビデオの鑑賞がまだ追いつかない。
眼は口ほどにものを言う指揮者ムラヴィンスキーのドキュメント、炎のコバケン(小林研一郎)指揮する幻想交響曲、お、前川清が「黄昏のビギン」唄ったやんかあ→これで俺のこの歌のライブラリーは美樹克彦・ちあきなおみ・新沼謙治・八代亜紀に前川清が加わったPhoto_200 なあ。そして淫水ではなかった陽水コンサート。寄る年波に抵抗して声を張り上げて叫ぶ卑猥なる朔太郎詩人陽水。
こんな風に消費的人生でいいんだろうかとちょっぴり不安に思うけれど、いつ再生するか不明の永久保存DVDがまた増えて行く。
いや、消費的人生でいいんだ、どうせおいらの行く先は脳梗塞ないし認知症の日々それでも俺には音楽がある。音楽消費人生末路かな。

さて、今日は河野愛子。「未来」の設立時からの同人。「鋭いメタフィジカルな作風」と現代の短歌に紹介されている。

 一夜きみの髪もて砂の上を引摺りゆくわれはやぶれたる水仙として

初句「一夜きみの」字余りで始めて、2句「髪もて砂の」、3句字余り「上を引摺りゆく」まで、句跨り・句割れがちょうど音楽で言えば弱起のような効果を上げてまさに引き摺られるようなリズム(声調)を形成する。これを下の句「われはやぶれたる水仙として」定型77で受けて納まりをつける。
髪を持って引き摺られたら痛いなあ(ちなみに相撲では反則。今場所千代大海・朝青龍のけんか相撲で反則ではないかと物言いがついたが行司軍配通りで朝青龍負け)。そして引き摺るわれは「やぶれたる水仙」という喩が卓抜である。
いったいこの歌は何を詠おうとしたのだろうか(壮絶な「心象風景」とするブログあり)。きみに対する復讐?きみへの執着?
「やぶれたる水仙」なのだから復讐ではないだろう。まだ執着が残っているような気がする。いや更には、この歌は後悔の歌ではないのか。せめて一夜でいいから髪を引き摺るくらいの愛をきみに私は傾けるべきだったのに、と作者は悔恨しているように思う。
過去は過ぎ去らず時間は流れない。過去は言語的制作物として現在にあるのである。

ところで陽水(コンサートの最後、涙ぐんでいた)スーパーライブの最後の歌は2006年作品「あなたにお金」。団塊大定年時代なんだってえ。
 あなたにお金、金をあげたら帰ろう
 メロンを抱いて 星を見ながら帰ろう
 まだまだバスは はるか遠くで揺れて
 まつ毛の先を 濡らし始めたばかり
 目の中に星屑を 散りばめ
 星空に夏の空 重ねて       (1コーラス終了。以下残念省略)

※画像は[KW]井上陽水コンサート2006から勝手拝借/感謝です。←ドラム、私もよかったです。

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2006年9月23日 (土)

中城ふみ子

実は(何を隠そう)躁鬱であった(ある?)。酷かったのは三十台。一年後輩営業マンが気にしてくれて飲みに誘ってくれたのに、一言も喋らずに(多分)飲んでいたことがある。朝Photo_196 刊シンドロームもあったなあ。
同期の知り合いにも躁鬱ちゃんがいたのだけれど、彼と俺に共通点があった。自負心が強すぎるのである(おのれを恃む心←恃むというこの字が好きだ)。自負心が強すぎるとなにかのきっかけで転んだときに一転、ああ俺はダメだなあと心が塞がってしまうのである。
これを別の側面から見ると「ふたりごころ(心と情)」のうち心のバランスが強大に過ぎてこころを支配してしまう状況といえる。外に向かうこころ(情)が内に向かうこころ(心)に制圧されてしまい、欝に陥るのである。(ちなみに、チェーホフ「可愛い女」は情が濃く、心が希薄な女ともいえるのではないか)

欝なんてこころのかぜにすぎないのに、当人にとっては大事態なんだよね。「林住期」に到達した俺にはもう過去(?)のことだけれど。

さてスーパースター中城ふみ子登場。その鮮烈で短い生涯は冬の花火として虚構化された(読んだけど、鮮烈!という概念しか記憶に残っていないのは俺の記憶力の問題)。

 冬の皺よせゐる海よ今少し生きて己れの無惨を見むか

初句2句「冬の皺よせゐる海よ」で切れて、3句「今少し・生きて」が句割れとも読め、4句「生きて・己の」に跨り、結句「無惨を見むか」に雪崩れ込む。
冬の海を「冬の皺」と見た眼及び詩句倉庫が秀逸。そして「皺」と「無惨」が響き合って生き急いだ女の不幸を奏でる。「よせくる」ではなく「よせゐる」、また、「おのれ」を「己れ」と表記したのも技術である。
一読、心を打つ迫力の歌である。「冷たく広がる海」と「凍結した地面」の現場に行かれてこの歌に想いを寄せているブログもある。

だがしかし、かつての俺はこの歌に一握の希望を読んだ。欝のときの俺にとって「己れの無惨」と言われると心地よいところもある。頑張れ、おまえなら出来ると激励されるより、アカンタレ、おまえなんか死んでしまえと罵詈された方が心が安らぐのである。

そうか、俺は欝になってもどこまでもナルちゃんなのだ。無惨で不幸な我をナルちゃんは愛したいのだ。

Yahoo!ブログ - 黄昏流星群的休憩処【浮雲堂】を是非クリックされよ。迫力の書と写真なり。

※写真は有鄰 No.460 P4 座談会―没後10年― 遠藤周作と“宇宙” (3)より遠藤周作と北杜夫のツーショットを勝手拝借/感謝です。

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2006年9月21日 (木)

築地正子

俺にしては珍しくじっくり丁寧に読書している。野矢茂樹「論理哲学論考」を読む
実は、以前にも読んでいるのだが、ツチヤ教授がウィトゲンシュタイン開眼させてくれたので、根性を入れて再読に取り組んだものである。読書吸収内容については後日別論とするが、以下ちょびっとだけエッセンス。

論理哲学論考は思考の限界を明らかにするために著述された。だから、語りえぬものについては、沈黙せねばならない
世界は成立していることがらの総体である。そして我々は世界から箱庭=論理空間(可能性として成立しうることの総体)を抽象する。この抽象は言語によって開かれる。すなわち、言語がなければ可能性は開けない。かくして思考の限界と言語の限界は一致する。
従って、私の言語の限界が私の世界の限界を意味する。そして、私の言語の限界は私の存在論的経験と言語によって構成される。すなわち、世界と生とはひとつである

何を言っているかというと、俺は俺の経験と俺たちの言語によって実在世界に関する俺の脳内モデル(論理空間)を形成し、脳内モデルと実在世界とを照合することにより実在世界を理解しつつ、脳内モデルを調整修正している。それが生である。ということだ。この構造を論理の性質を解きほぐしながら、厳密に記述しようとするのが論理哲学論考なのである(ああ、こんな言い方しかデキナイのか。これでは素人衆はワカランではないか)。

要するに、生きるということは経験→論理空間形成過程であるから世界と生とはひとつという言い換えが可能となるのである。Photo_189

アカン、寝言はこのぐらいにしよう。今日の歌人は築地正子(ついじまさこ)。心の花会員。マイナーだけれど滋味豊かな歌の歌人だと俺の論理空間に今回位置づけができた。

 桃いくつ心に抱きて生き死にの外なる橋をわたりゆくなり

初句「桃いくつ」は「桃をいくつか」の五音短縮形。これを「心に抱きて」と受けて3句4句の句跨り中核詩句「生き死にの外なる橋を」と継なぎ、結句は「わたりゆくなり」とさらっと終える。「桃」は「生き死に」と響き合い具体的かつちょっぴりエロティックな生のイメージを形成する。
さて、世界と生とはひとつなのに、「生き死にの外なる橋」なるものが存在できようか。これではまるで、春の夜の夢の浮橋とだえして嶺にわかるゝよこ雲のそらではないか。
そうなのだ。
世界と生とはひとつは哲学「生き死にの外なる橋」は文学。哲学はあくまで実在についてのみ語り、文学は絵空事を語るのである(だから価値観・人生観・世界観について語る形而上学は文学なり)。でも実在だけでは人生悲しい。人生には御伽噺が必要なのだ。人は今夜も「生き死にの外なる橋」を渡って夢を見るのである。噛み締めれば味の出るいい歌である。

※「夢の浮橋」でイメージ検索したYume no Ukihashiから画像を勝手拝借/感謝です。

  

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2006年9月20日 (水)

「一人一首」半目次

何事も一度に行うことには困難が伴う。この105歌人一人一首が完了した暁には総目次Photo_186 を作ろうと思っているのだけれど、105の目次を一度に作るのは大変。そこで今日はこれまでの完了分の目次を作り、他日に備えることとする。

佐佐木信綱
 ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一ひらの雲
与謝野鉄幹
 われ男の子意気の子名の子つるぎの子詩の子恋の子あヽもだえの子
太田水穂
 もの忘れまたうちわすれかくしつゝ生命をさへや明日は忘れむ
窪田空穂
 鉦鳴らし信濃の国を行き行かばありしながらの母見るらむか 
与謝野晶子
 清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき
会津八一
 あめつち に われ ひとり ゐて たつ ごとき
             この さびしさ を きみ は ほほゑむ

斎藤茂吉
 ただひとつ惜しみて置きし白桃のゆたけきを吾は食ひをはりけり
前田夕暮
 君ねむるあはれ女の魂のなげいだされしうつくしさかな
若山牧水
 かんがへて飲みはじめたる一合の二合の酒の夏のゆふぐれ
北原白秋
 君かへす朝の舗石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ
土岐善麿
 遺棄死体数百といひ数千といふいのちをふたつもちしものなし
古泉千樫
 朝なればさやらさやらに君が帯むすぶひびきのかなしかりけり
三ヶ島葭子
 今にして人に甘ゆる心あり永久に救はれがたきわれかも
吉井勇
 かにかくに祇園はこひし寝るときも枕の下を水のながるる
釈迢空
 いまははた 老いかヾまりて、誰よりもかれよりも 低き しはぶきをする
土屋文明
 小工場に酸素溶接のひらめき立ち砂町四十町夜ならむとす
岡本かの子
 桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命をかけてわが眺めたり
結城哀草果
 貧しさはきはまりつひに歳ごろの娘ことごとく売られし村あり
五島美代子
 花に埋もるる子が死顔の冷たさを一生たもちて生きなむ吾か
初井しづ枝
 伎芸天くちびるに保つ朱あればうつつの愛の思ほゆらくに
山田あき
 生き得たる胸の泉を溢れしめおんなはおんなのたたかいをする 
吉野秀雄
 これやこの一期のいのち炎立ちせよと迫りし吾妹よ吾妹
前川佐美雄
 春の夜にわが思ふなりわかき日のからくれなゐや悲しかりける 
柴生田稔
 放課後の暗き階段を上りゐし一人の学生はいづこに行かむ
生方たつゑ
 にんげんはつひに「ひとり」と書き終へて硝子のやうな氷片溶かす 
木俣修
 老の身の華奢を見よとぞ胸にさすアカシヤの白き花のひと枝
坪野哲久
 曼珠沙華のするどき象夢にみしうちくだかれて秋ゆきぬべき
葛原妙子
 晩夏光おとろへし夕 酢は立てり一本の壜の中にて
窪田章一郎
 冬の虹さやかに太し潮けぶる紀伊水道の沖のただなか
佐藤佐太郎
 冬山の青岸渡寺の庭にいでて風にかたむく那智の滝みゆ
斎藤史
 死の側より照明せばことにかがやきてひたくれなゐの生ならずやも
宮柊二
 ひきよせて寄り添ふごとく刺ししかば声も立てなくくづをれて伏す
高安国世
 かきくらし雪ふりしきり降りしづみ我は真実を生きたかりけり
近藤芳美
 たちまちに君の姿を霧とざし或る楽章をわれは思ひき
山崎方代
 一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております
加藤克己
 核弾頭五万個秘めて藍色の天空に浮くわれらが地球
岡部桂一郎
 ひとり行く北品川の狭き路地ほうせんか咲き世の中の事
田谷鋭
 駅売りの牛乳買はずしてかたはらの水に口づけば心がなしも
宮英子
 通夜の夜のひとりごころや棺の蓋あけて注ぎたる一掬の酒
浜田到
 火の匂ひ、怒りと擦れあふ束の間の冬ふかくして少年期果つ
武川忠一
 ゆずらざるわが狭量を吹きてゆく氷湖の風は雪巻き上げて
安永蕗子
 ひとの世に混じり来てなほうつくしき無紋の蝶が路次に入りゆく
築地正子
 桃いくつ心に抱きて生き死にの外なる橋をわたりゆくなり
中城ふみ子
 冬の皺よせゐる海よ今少し生きて己れの無惨を見むか
河野愛子
 一夜きみの髪もて砂の上を引摺りゆくわれはやぶれたる水仙として
塚本邦雄
 馬を洗はば馬のたましひ冱ゆるまで人戀はば人あやむるこころ
上田三四二
 かがまりて臀をふく恥ふかく魂ひくき生きものわれは
安立スハル
 金にては幸福は齎されぬといふならばその金をここに差し出し給へ
岡野弘彦
 ひたぶるに人を恋ほしみし日の夕べ萩ひとむらに火を放ちゆく
大西民子
 かたはらにおく幻の椅子一つあくがれて待つ夜もなし今は
山中智恵子
 われら鬱憂の時代を生きて恋せしと碑銘に書かむ世紀更けたり
前登志夫
 暗道のわれの歩みにまつはれる蛍ありわれはいかなる河か
長澤一作
 轟々として夜の海荒れゐたり貧も願ひも思へばかすか
富小路禎子
 処女にて身に深く持つ浄き卵秋の日吾の心熱くす
尾崎左永子
 戦争に失ひしもののひとつにてリボンの長き麦藁帽子
岡井隆
 蒼穹は蜜かたむけてゐたりけり時こそはわがしづけき伴侶
島田修二
 ただ一度生まれ来しなり「さくらさくら」歌うベラフォンテも我も悲しき
馬場あき子
 さくら花幾春かけて老いゆかん身に水流の音ひびくなり
高嶋健一
 てのひらのくぼみにかこふ草蛍移さむとしてひかりをこぼす
雨宮雅子
 国の忌も個の忌もひとつ夏花の夾竹桃のいろににじみて 
石田比呂志
 酒飲みてひとりしがなく食うししゃも尻から食われて痛いかししゃも
田井安曇
 闇にまぎれて帰りゆくこのよるべなきぼろぼろをわれは詩人と呼ぶ
石川不二子
 われと同じ名をもつ林檎も薔薇もありこの世たのしとしばしは思へ
稲葉京子
 風よりも静かに過ぎてゆくものを指さすやうに歳月といふ
小野興二郎
 妻が望みわがあくがれしをみな子はかくうつくしきほとを持ちたり
寺山修司
 きみが歌うクロッカスの歌も新しき家具の一つに数えむとする
小野茂樹
 あの夏の数かぎりなきそしてまたたつた一つの表情をせよ
奥村晃作
 次々に走りすぎ行く自動車の運転する人みな前を向く
小中英之
 今しばし死までの時間あるごとくこの世にあはれ花の咲く駅
佐佐木幸綱
 ゆく水の飛沫き渦巻き裂けて鳴る一本の川、お前を抱く
春日井建
 童貞のするどき指に房もげば葡萄のみどりしたたるばかり
浜田康敬
 「盗む」「刺す」「殺す」はたまた「憤死」する言葉生き生き野球しており
岸上大作
 血と雨にワイシャツ濡れている無援ひとりへの愛うつくしくする
玉井清弘
 夜の海をこえゆく船にうつりいるテレビ静かに火事うつしおり
藤井常世
 なまなまと人顕たしめて秋は暮る一期はゆめといまだ思へず


ここまでで計42歌人。ちなみにネタ本は高野公彦編「現代の短歌」(現代歌人105人のアンソロジーである。いまだ道は途上なり。

※リンク等、間違いはないと思いますが、若しあればご指摘頂ければ喜びます。

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2006年9月19日 (火)

安永蕗子

「よい子(谷垣)、悪い子(麻生)、普通の子(安倍)」があれば矢張り「変な子」もいるだろう。いや、純一郎のことではなく俺である。ガキの頃から「変な子」だった。
というのも、群れるのが好きではなく(近所には悪ガキばかりだから一緒に遊んではいけません)一人遊びが基本。そして思うのは自分のこと。自己愛=ナルちゃんになってしまったのだ。
なんで俺は俺なんだろう、俺はこの家に生まれてきたのだろう、みんなは一人でいるときに黙っている時に何を考えているのだろう、などと愚にもつかないことばかり想っていた。このマクラを書くために適切なコトバを昨日から探していたのだけれど、「自己に対する違和感」というのが一番ぴったり来るな。サルトル流に言うと、実存が本質に先立つことに発する対自が故の必然的違和感ということになろうか。要は、自分の居場所がぴったり来ないのである。おお、このあたり上手にコトバにするとモダニズム短歌になりそうだけれど俺にはその力が無い。

さて、今日は安永蕗子書家でもあり、歌会始めの選者も務めている歌人だ。<人間関係にはポエジーがない、過去や未来ではなく、「今」という一瞬を詠う安永蕗子の優美と格調、清冽と端正の歌風に、「水の精」のようだという人もい>るそうである。Photo_180

 ひとの世に混じり来てなほうつくしき無紋の蝶が路次に入りゆく

2句「混じり来てなほ」から3句「うつくしき」に跨らせて、この一首の主幹詩句→4句「無紋の蝶が」を際立たせている。そして結句「路次に入りゆく」ですっと落とすのである。読者に「無紋の蝶」とは何かの読みを委ねているのである。
俺のようなナルちゃんは自分のことと読むだろうなあ。控え目な人は、生一般の象徴と受け取るだろう。ともかくもまあ実存は意思も欲しもしないのに「ひとの世に混じり来て」生まれてくるのだ。そしてそれでも「なほうつくしき」こそが生きる意味である。倫理と称してもいいかもしれない。「汚れちまった悲しみに」それでも無紋の蝶はうつくしく路次(路地のことを路次とも書くのか)を翔ぶのである。

かくして「変な子」は、オトナになってなお、お縄にもならず謗られるようなことも誉められることもなく、陋巷に在って今日も株先物に現を抜かすことが出来ている。平和と自由の有り難きかな。

※写真は無紋型ベニヒカゲという蝶だそうだ。展示即売会 絹島バイオから勝手拝借/感謝です。

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2006年9月18日 (月)

今日はビデオ曜日

溜まったビデオを処理すべく、相撲、株ニュースそして音楽と寅さん。Photo_178

 安馬負けて阪神無安打白鵬も綱取り消えてショパン聴く

まことに人生は苦難と絶望の連続であります。しかし、希望は最後まで捨ててはなりません←写真はデイリースポーツonline「阪神 無失点リレーで一矢報いた」より堂々転載。

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武川忠一

自民党総裁選が盛り上がらない。保守正統(国家主義)の嫡子、安部総理誕生確実は慶賀すべきことなのに、新聞には「よい子(谷垣)、悪い子(麻生)、普通の子(安倍)」の戦いなどと揶揄しているものがある。許せぬ。
揶揄するような連中は単に小泉劇場と比較して面白くないと不満を言っているのにすぎないのだ。俺に言わせれば小泉は保守正統に入らぬ全くの異端。国家あっての個人なのに、「人生いろいろ」などと抜かしやがった。オフタイムはオペラなんどにうつつをぬかし、露助に日本人が射殺されたときも夏休みと称してなんにもせぬ。見よ、船長はいまだ拘束されているではないか。そんな弱腰では北方領土は永久に帰ってこないぞ。
政治は力である。まして国際政治は生きるか死ぬかの国家間の闘争である。この戦いに生き抜かなければ、個人の自由で平和な生活はあり得ない。だから、国家は手段ではなく目的であり、国家あっての個人なのだ。
小泉政権が終わってようやく自民党は本来の姿に戻る。郵政民営化の一事だけで理念を同じくする同志が分裂したのはかえすがえすも残念無念、小泉や竹中某(ざまあみろ、虎がいなければ議員も出来ない腑抜けめ)に掻き回された時間を返せ。自民党を本来の国家主義政党に戻して押し付け憲法を廃棄せよ。教育改革して日本人に大和魂を注入せよ。Photo_177

さて、今日の歌人は武川忠一。窪田空穂章一郎に師事したとある。

 ゆずらざるわが狭量を吹きてゆく氷湖の風は雪巻き上げて

上の句「ゆずらざるわが狭量を吹きてゆく」と一息に詠い、下の句「氷湖の風は雪巻き上げて」がそれを受けて烈々たる風景を描写する。「ゆずらざるわが狭量」が「氷湖の風」「雪」に具体化映像化されている歌である。

 歳古れば考え硬く視野狭く譲るを嫌ひ秋の日は暮れ

即席歌だが実感でもある。残り少ないいのちを大事にしたいと思うからであろうか、ときに自分の考えに固執しているのに愕然とすることがある。そんなときに思い出したい一首だ。諏訪湖畔にたしかこの歌の歌碑があったように記憶している。寒い冬には全面結氷する諏訪湖、そこに我が狭量は閉じ込められるのだ。

 いつまでも色気持ちたしお千代ちゃん様々の秋色々の生

これも即席歌。多様な個の緩やかなネットワークが時代を切り開き、平和を維持する。国家主義は親の仇なり。

※写真は諏訪湖の御神渡り。Gocho Museumより拝借/感謝です。

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2006年9月13日 (水)

浜田到

一人一首のマクラを書こうとして未だテーマが定まらず、まずは「青春」でネット検索してみる。成果なし。では、「朱夏」ならどうだ。これも成果なし。
そうそう、なんか「林住期」なんてのもあったなあ。これならどうだ→で、見つかったのが四十にして惑わず? 林住期に突入」。ふーん、なかなかのこと書いてるやんかあ、と筆者を見ると三宅善信。ん?レスラーだっけ?と思いつつ検索すると、ブログ日暮れて途遠し:宗教家三宅善信氏の存在に出会う。ブログ主宰の方の自己紹介には「日々憂国の思い」とある。これ以上深入りするとマクラにならぬ、今日はここまでにしておこう。

で、三宅善信氏を参考に林住期について。これは古代インドの思想から来ている。すなわち、人生は「学生(がくしょう)期」・「家住(かじゅう)期」・出家して精神的な修行生活に入る「林住(りんじゅう)期」。そして最後に、それら一切を越えた境地である「遊行(ゆぎょう)期」という四期に分別できる。ちょうど、青春・朱夏・白秋・玄冬に対応する。
これを我が身に引きつけて理解すると、俺はいま林住期。ふふ、閉門蟄居して日経平均先物で精神的な修行生活に入っているのだ。これを卒業すると遊行期である。はは、いったい一切を越えた境地っていったいどんな境地やろか、と一人悦に入った次第である。Photo_174

さて、今日の歌人は浜田到。1951年「短歌研究」モダニズム特集で塚本邦雄らと共に登場、とネタ本「現代の短歌」に紹介がある歌人だ。

 火の匂ひ、怒りと擦れあふ束の間の冬ふかくして少年期果つ

初句の後に読点があるからここで切れ、という指示だろう。そして、2句3句「怒りと擦れあふ束の間の」が「冬」を形容する鋭角的な暗喩(大江健三郎「セブンティーン」を想起した)をなし、冬の深い谷を乗り越えて結句「少年期果つ」に到る。
そうなのだ、少年期は終わるのではない、果てるのである。果てねばならない。果てた後に眼を開ければ新しい世界がある。そんな想いの夜と昼を幾度繰り返したことだろう。あの頃俺は火のように熱く、世界の全てに対して怒っていた。怒りをこめてふりかえれ

最後に、四十にして惑わず? 林住期に突入」から論語の一節をコピペ。
子曰、吾十有五而志乎學、三十而立、四十而不惑、五十而知天命、六十而耳順、七十而従心所欲、不踰矩。

 肌寒き雨の日曜こもりゐて「春の祭典」聴きつつ眠る

※画像は新国立劇場から勝手拝借/感謝です。

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2006年9月12日 (火)

宮英子

寅第30作は「花も嵐も寅次郎」。今回、寅は田中裕子と沢田研二の間の恋のキューピッドを務める。恋のキューピッド役はもともと第一作のさくらとひろしの間で果たしているし、後の作品でもあったように記憶しているのだが、今回はキューピッドに最初から最後まで徹した作品であることが異なる。すわ、現役引退かと思わせる。

しかし、一昨日ビデオで再見して現役引退ではなかった、寅はやっぱりマドンナに恋していたのだと思い当たった。Photo_170
というのは、純情なジュリーが突然職場たる動物園に訪ねて来た裕子に対して遂にようやく求愛し(観覧車内での求愛と受け入れと接吻)、それを裕子から報告する電話が入ったのを聞いた寅が旅に出てしまうのだ。いつもどおりの失恋→逃避のパターンである。寅は、そうこなくっちゃ。
そして俺が思うに、寅の逃避は、実は、相手への思いやりでもある。心優しい寅は「俺がいたんじゃお嫁に行けぬ」と旅に出なければならないのだ。寅の逃避は愛恋の代償行為でもあるのだ。

さて、今日は宮英子。柊二没後、コスモスを主宰している歌人である。三鷹市在住のようだ。

 通夜の夜のひとりごころや棺の蓋あけて注ぎたる一掬の酒

初句2句「通夜の夜のひとりごころや」で切って、あとは「棺の蓋あけて注ぎたる一掬の酒」と一気に詠う。「ひとりごころ」と「一掬の酒」とが響き合い、体言止めだけに余計に悲哀がつのる。柊二との永訣の歌である。
柊二年譜によると、二人の結婚生活は42年間。「通夜の夜のひとりごころ」には切々たる思いが凝縮しているのであろう。いつか別れが来るのは絶対に確実なのだけれど、その時が実際に来ないとわからない「ひとりごころ」があるのである。

思えば、寅も「ひとりごころ」の持ち主であった。人を愛しても、愛することは相手に負担になるかもしれない、相手を傷つけるのかもしれない。そう考えて愛を打ち明けられずに寅は旅に出るのだ。そんな寅に観客は共感のエールを送って、映画は終わるのである。

※写真はspilt-milk  photoから勝手拝借/感謝です。

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2006年9月11日 (月)

田谷鋭

昨日の朝刊の雑誌広告、まず東洋経済は日本版ワーキングプア→シャープ亀山工場でPhoto_167 見た若年・外国人労働者の実態など。次に日経ビジネスはと見れば、外国人労働者「使い捨ての果て」こんな国では働けないなどとある。期せずして経済誌の巨人・阪神が格差問題、労働問題を採り上げている。政権交代期の現象なのか、はたまた両誌談合キャンペーンなのか、時間があれば図書館で見つけて読んでみよう。

デフレ脱却を織り込んで株価は上昇トレンドだけれども、このデフレ脱却はグローバリゼーションのお陰を蒙っている面もある(中国、インド等の経済離陸、円安・ドル高・ユーロ高)。
とすれば、若者の失業問題、外国人労働者問題などは先進国共通の現象として捉えるべきなのかもしれない。ニート、フリータは日本特有の問題ではないのだ。
小泉政権がサミット等において存在感はあったのかなかったのかはよく分からないけれど、大所高所(グローバル、歴史)から世界問題を論じた上で、したたかに国益を確保する能力と技量が次期宰相には必要だろう。安倍ちゃん、出来るかなあ?要は、人格(価値観)と教養(歴史文化の知識)の問題である。

さて、今日は田谷鋭。宮柊二の指導を受けた歌人とある。

 駅売りの牛乳買はずしてかたはらの水に口づけば心がなしも

牛乳を「ちち」と読ませて韻律を整え、3句「かたはらの」を4句「水に」かからせ結句「心がなしも」で締める。駅のホームには売店もあったけれど水飲み場もあった。一昔前の啄木調通勤風景である。

こんな時代があった。貧しさがあった。飽食の今、貧乏は姿を消したように見えるけれど視点を変えれば問題が地球化しただけのことかもしれない。日比首脳、経済連携協定に署名 看護士・介護福祉士初の「労働開国」というニュースもある。亀山で作るテレビをもっと売りたいのなら亀山工場に出稼ぎさせろ、ということである。国境は経済面からまず、消えて行く。無知な大衆の空虚な国家・民族意識とそれを煽りたい政治家が俺は不安でたまらない。

※写真は国内最大の液晶生産拠点「シャープ・亀山工場」訪問記から勝手拝借/感謝です。「パネル生産は、800人のシャープ社員が担当するが、テレビ生産に関しては、提携協力会社の社員が行い、1,800人が勤務している」と訪問記にあり。

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2006年9月10日 (日)

岡部桂一郎

俺はかねてから、人は三つの世界(世間、社会、魂)を生きている、と考えている。
これを今の俺に照らし合わせると以下のようになる。

世間→閉門蟄居中なので電車にも乗らず、付き合う人も町内の淡い付き合いのみ。そういえば今日は町内の草抜き。業後、世間話をしながらちょびっと飲む。
社会→新聞テレビで接するのみ。テレビもビデオで見てるのが殆どで、しかもその半分以上は音楽と映画。だから日経とテレ東とNHKのみが社会に開いた窓ということになる(サミシーイ)。これを基に日経225先物で勝負しているのが社会ということになる。
おっと忘れていた、ネット。株とブログが俺の社会的活動なのだ。
→いわずとしれた音楽。そして読書(ようやく感じかけたウィトゲンシュタインに持続的に挑む所存)。おお、ブログをウィトゲンシュタイン検索したら結構出てきた。まずは、標(しるべ)の道 - 市井の民に挨拶してみよう。Photo_166

さて、今日の歌人は岡部桂一郎。「戦後は所属結社などは無い一匹狼」の歌人だ。

 ひとり行く北品川の狭き路地ほうせんか咲き世の中の事

一応、3句で切れているのだろう。上の句「ひとり行く北品川の狭き路地」と下の句「ほうせんか咲き世の中の事」とが拮抗しつつ、滋味を醸し出している。草花に不案内なのだけれども、「ほうせんか」という文字面に哀歓を感じ、その哀歓が「世の中の事」と読者に向けて投げ出されているように思う。
いったい何をしにひとり「北品川の狭き路地」に行ったのだろう。北品川って京浜急行の駅があるんだな。JRの北は御殿山。それと対照的に「狭き路地」があるんだろう。路地にほうせんかが咲いているのが世間である。借金の取立てに行ったのだ、なんて空想すると面白い。まことに世間とは、金銭と愛憎の世界なり。

今日のBGMはグレン・グールド。グールドとウィトゲンシュタインって同一人物ではなかったか。

※写真は季節の花 300から規約に従って転載/感謝です。

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2006年9月 9日 (土)

加藤克己

「概念なき知覚は盲目である」という言葉がある。ものごとを知覚するためには知覚する側に知覚の対象に関しての一定の概念(俺のコトバでは脳内モデル)が必要、という意味だ。例えば、ある程度の会計知識、概念が無ければ経営者は日々発生する経営上の出来事を正しく認識し対処することが困難ということだ(BS、PLが読めなくても胡麻すりで出世できたのは昔のハナシ、多分)。
上の言葉との対句で「知覚なき概念は空虚である」という言葉がある。これは、知覚とか経験と切り離された概念は空虚すなわち理屈倒れで空回りするということだ。例えば、実務を知らないコンサルタントがいくら経営知識を振り回しても会社はよくならない、三現主義(現場で現物を現実に知る)というコトバがあるけれども、現場と遊離した経営は破綻するのである。

つまりは、経営に限らず人生森羅万象において知識(概念)と経験は車の両輪ということである。そして問題は、上の二点(概念なき知覚知覚なき概念)のうちいずれが危険かということになる。
思うに、これは知覚なき概念の方である。なぜなら、もともと人間には経験から学ぶ能力(例えば下手糞ナンピンで火傷したら反省するだろう、大抵は)があるから、概念なき知覚はいずれ概念が整備されて精々自損事故程度で終わるのが一般である。
これに対して、知覚なき概念はアブナイ。上滑りした理屈は伝染するのである。また理屈好きな人間は大抵、声が大きい(例えば売れない営業が何故売れなかったかを滔々と理屈付けて出世するという事例)。MBA蔓延って会社倒産するのである。大日本帝国を見よ(理屈好きで声が大きい秀才官僚・軍人が国を亡ぼした)、オウムを思え(ポアを理屈付け無差別テロを惹起した)。←以上、「理性はどうしたって綱渡りです」をネタに土曜日流に発展展開させた。もう少し書きたいことがあるが、別稿とする。Photo_161

さて、今日の歌人は加藤克己近藤芳美らと新歌人集団を起こし戦後歌壇に新風を起こしたモダニズムの代表的歌人である。

 核弾頭五万個秘めて藍色の天空に浮くわれらが地球

定型の韻を踏んだ上で、「核弾頭五万個」という破壊的詩句を「藍色の天空に浮く」と宙吊りにしたところがモダニズムであろう。そして「われらが地球」と体言止めにして読者に「おい、どうするんだよ」と問いかけている。
ほんと、どうするんだよ。米ソ冷戦は終焉したのに核は廃絶される気配は毛頭ない。それどころか核はビジネスのネタにされ技術が流通し、お隣の金王朝が得意のゆすりたかりの道具にしようとしている。人類絶滅の危機がいまここにあるのはずっと変わらないのだ。

核兵器を作り出したのは人間の理性である。しかし理性はかかる自殺的武器を廃棄することが出来ない。理性は、国益(イランも北朝鮮もイスラエルも核武装は国益である)の前に無力である。残念ながら、国益は人類益に優越するのである。国家という個人生存のための手段が目的(個)を疎外しているのである。

なに、核兵器があっても理性的に使用を抑制するから大丈夫だってえ。アホか、ボタンの押し間違えがあるやろ。ブッシュが発狂したらどないするねん。

※写真はhttp://leonmilan.lamost.org/astropic/earth.htmから拝借/感謝です。

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2006年9月 8日 (金)

山崎方代

昨日は俺の音楽遍歴(の一端)を書いたので今日は俺の恋愛遍歴を。Photo_158
なあんて思ったけれど、恋愛なんて柄ではないし、語るほどの遍歴も無い。
そこで、初恋の話をちょびっとだけ。

同級生で自転車屋の娘だった。ぽっちゃりした子で(このあたり好みは今も変わっていない)、意識したのは小学六年生のときだった。しかし、俺はシャイでなんにもアクションできなかった。中学、高校と同じ学校だったからチャンスはいくらでもあったのに。
そうそう、これに関連して乱闘の思い出がある。小学六年の放課後に俺たちは校庭で野球をやっていた。そこへ一級上の札付きの不良が数人連れでやって来て「俺に打たせろ」と割り込もうとした。俺は「なんやねん。おまえなんか入れてやれへんわい」とみんなを代表して拒否した。押し合いが続いたけど結局彼らは引き揚げた。よく勇気が出たもんだ、それに大したことでもないから打たせてやってもよかったのに。だけどそういう訳にはいかない。彼女が教室の窓から俺たちを眺めていたのだ。俺はええとこを見せたかったのである。
中学に進んだら不良が俺のクラスにお礼参りにやって来て乱闘になった。一対三だったかな。椅子を放り投げたりして揉み合いになった。怪我はしなかった記憶があるので負けはしなかったのだろう。俺の生涯で唯一の暴力行使だ。このとき彼女は現場にいないのでええとこを見せたかったのではない。
高校時代に俺が指揮してブラスバンドの夏休みコンサートを開いた。彼女は友達と一緒に聴きに来てくれた。俺と彼女は小学六年から高校卒業まで一度も口をきいていない。どうしてるかな。会えばどんな思い出話になるだろか。

さて、今日は山崎方代。ブログを検索してもわかるように(例えば「好きな歌を並べると限がありません」あるいは「弱いものに目をむけたやさしい歌が多い。ぐっとくる」)、人気がある歌人だ。

 一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております

口語だけど57577の韻律はきちんと踏んである。「一度だけ」「本当の恋」で読者の興味を惹き、「南天の実」で平明でそれでいて卑俗に陥らない詩にしている。上手い歌である。南天を見るにつけこの歌を思い出す。そして時々は彼女を思い出し、本当の恋だったかどうか考える。
しかし、(因果な性分やなあ)種田山頭火とか尾崎放哉とかと同様にこの手の放浪系詩人には一種の「あざとさ」を感じてしまう。破滅的生き方に善良な小市民は嫉妬するからかもしれない。嫉妬のついでに、歌までもが虚構ではないかと疑ってしまう。

そんなことを思っていると、「真の嘘を書ける人だと思います」としているブログに出会った。なるほどそうか。山頭火も放哉も方代も真の嘘を求めて放浪したのかもしれない。
真実は虚実皮膜の間にあり。(確か近松だっなあと思って検索→「絵空事」といって、その像を描くにも、また木に刻むにも、本当の姿に似せる中に、また大まかなところもあるというのが、結局、人の愛するものとなるわけである。を発見)。

「我々は世界について語っているのではない。実は世界のモデル(摸像)について語っているにすぎない。俺はおまえを理解し愛しているつもりだけれど実はおまえについて俺の脳内に形成されたモデルを理解し愛しているのだ」と俺も世界的微小カント入門で書いていた。
そうか、俺は俺の脳内の彼女に恋していたのだ。なにせひとことも話していないのだから。

※画像はグーテンベルク21から勝手拝借/感謝です。

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2006年9月 7日 (木)

属国日本の歌

 アメリカの労働統計発表で下げる株なり属国日本

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近藤芳美

音楽との出会いを振り返ってみる。
俺の音楽体験の黎明は祖父に連れられていやいや聞いた浪花節。全く面白くなかったことを覚えている。
次に覚えているのは、「歌のない歌謡曲」というラジオ番組(あ、今でもあるやんか)。これが器楽に興味を持ったきっかけかもしれんな。
そして中学でブラスバンドに入部。技術は下手糞やったけど高校時代も続けて遂には部長・指揮者にのぼりつめるのであった。体が大きいもので与えられた楽器はバス、高校では面白くないバスを蹴っ飛ばしてトロンボーンをエゴで勝ち取った。この頃にジャズと出会う。アート・ブレイキーのサン・ジェルマンでのモーニン。痺れた。Photo_152

こうした中で高2のときだっか、クラシック・ショックがやってきた。ショスタコーヴィッチの第五交響曲(ロジンスキー演奏だった確か)。第一楽章の出だしでガーン。思春期のアカかぶれ→ソヴィエト幻想も影響していたのかもしれないけれど、世の中にはこんな凄い曲があるのかと思った。反共に転じた今でもこの曲は20世紀屈指の名曲と思う。特に第三楽章の弦の奏でる悲哀は胸に迫る。そうそうちなみに、この曲の終楽章がかの長寿ドラマ「部長刑事」のタイトルに使われたので、聞けば、ああ、あの曲かと分かる人も多いだろう。

さて、今日の歌人は近藤芳美(この六月に他界された)。「未来」を主宰し岡井隆などの師匠筋にあたる歌人である。

 たちまちに君の姿を霧とざし或る楽章をわれは思ひき

初句「たちまちに」立ち上がり3句「霧とざし」で切れて、下の句「或る楽章をわれは思ひき」に転じて音楽的余韻を残して終わる。霧がロマンチックで、「或る楽章」はなんだろう、多分シベリウス、「カレリア組曲」とか「悲しいワルツ」ではないかと感じてしまう一首である。映画「逢びき」で使われたラフマニノフでもいいな。
ところがネット検索して、かわうそ亭 或る最終楽章に出会ってこの歌が敗戦前に近藤が二度目の応召された際の妻との別れの歌であったことを知る。とするとこの歌はロマンチックなばかりではない。戦争が男女を引き裂く「霧」として浮かび上がってくる。「或る楽章」もベートベン第三交響曲の葬送行進曲かもしれぬなあと思ったりする。

しかしまあ、作品は作者からも当時の時代状況からも独立して味わうべきものである。日本軍国主義国家が崩壊してもソ連が消滅しても、歌は残り音楽は永遠に聴かれるのである。それが言語及び音楽の抽象性(普遍=神)のもたらす果実である。

 音楽と出会ひしことは豊穣の神の恵みと目を瞑り居り

※画像は名盤紀行から勝手拝借/感謝です。

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2006年9月 6日 (水)

高安国世

人生の黄金期は、と聞かれたら(若干の躊躇いの後に)思春期と答えるだろう。人生とは?とか、理想とは?とか、真実とは?とかについて思い悩みつつ、友人たちと遊び議論した黄金の時代であった(具体的なことは全て忘れたけれど)と記憶している。若干の躊躇は性欲、天も貫く我が性欲を如何にせむと苦しんだことがあるからだ。
あれから四十余年、時の経過は夢のようでもあるし、一日一日を生きてきたのだから夢とは言えないなあと、馬齢を重ねたことを忸怩と思うこともある。

そういえば、一昨日のカンブリア宮殿に朝青龍登場。目標なくして人生なし。大きな目標と同時に、目の前の小さな目標を着実に達成することが重要と言っていたなあ。小池栄子(ちょっといい女)が同い年として尊敬できる人と言っていたけれど、三十歳以上の年長者はなんて表現すればいいんだァ。目標も理想も持たず生き生きて還暦間近スイングを聴くPeterson →オスカー・ピーターソン大好き。

さて、今日は高安国世。大阪は道修町のお医者さんの三男でドイツ文学者・京都大学教授である。

 かきくらし雪ふりしきり降りしづみ我は真実を生きたかりけり

初句、2句、3句と畳み込むような声調の後に切れて下の句「我は真実を生きたかりけり」が直截に詠嘆する。「真実」は「まこと」と読めばぴったり7音に納まるが、「しんじつ」と読ませて字余りにしてもいい感覚がある。
戻って初句「かきくらし」の「かき」は「掻き抱く」の「掻き」で「動詞に付けて、語勢を強める」と短歌用語辞典にあった。
掻き暮らしつつ居れば、雪は降りしきり降り沈む。そんな夜につくづく真実を生きたいと思う、と(具体的な状況はわからねど)読者の共感を誘う詠嘆の歌である。

作者が主宰した塔短歌会の発足のことば(1954)には「広く豊かな心を養って、僕たちはこの困難な時期に、生活に光と力をあらしめたい。また僕たちの短歌が、常に真実を見ぬく力と、虚飾ない美の感覚を喚起することを疑わない。」とある。日本がまだ貧しく「平和と民主主義」という言葉が光を放っていた時代である。

あの頃、俺は真実を生きたかった。その後馬齢を重ねて、真実は<今ここ>にあると強弁するだろうなあ、多分。

 生き急ぐ歳にはあらず通勤の各駅停車哲学史読む

※画像はつきねの落書きですから勝手拝借/感謝です。

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2006年9月 5日 (火)

宮柊二

※以下はだいぶ以前(安倍政権成立時)の記事ですが、「個人が目的、国家は手段」という私の価値観表明と反戦短歌傑作の紹介をしたくて、トラックバックに流させて頂きます(2007.1.24)。

今日のマクラは政治話。以前、小泉政権の総括をしたけれども、まずは小泉首相の名言集から。自民党をぶっ壊す、改革なくして成長なし、官から民へ、そして、人生いろいろ。

これを価値観の対立軸(国家vs個人)に照らしてみると、そんなに右(国家)寄りの発言はしていない。改憲についても積極的な発言はなかったと記憶しているし、「人生いろいろ」などは(年金未納で追い詰められた際の発言としても)個人の自由の立場に立っていると見ることができる。靖国問題でも(政教分離という憲法問題をすり抜けようとするずるさは別にして)信仰は個人の問題という意味の発言を繰り返している。

こんな風に極端な国家主義を振りかざさず、個人の自由の立場に立つ姿勢が国民の心を掴んだ所以であろう。権謀術数策謀家であり、たいした理念もない政治家ではあるが、国民とずれていないのである。
これに対して次期首相ほぼ確定の安倍ちゃんはどうか。改憲と教育改革を重要課題とする政策を発表したけれど、なんか国民の感覚とずれていないだろうか。
国民は自分の生活と自由と平和を第一に欲している。国家主義を主張するのなら、国民の生活・自由・平和を守るために、改憲とか教育改革がどうして必要なのかを説明しなければならない。彼の掲げる国家主義が上滑りする危険性を否定できないのである。Photo_99

首相選びの基本は首相候補の価値観点検に拠るべきである。政策は優先順位の問題にすぎないし、ある部分優秀な官僚に任せて差し支えない。そんなことより、国家と国民の運命を左右する問題(平和か戦争か、個人か国家か、自由か平等か)について首相がいかなる価値観に基づいてどんな決断をするかが重要である。個人が目的、国家は手段であり、首相は国民の僕(公務員)であることを英明な国民各位に忘れないで欲しい。マスメディアのばらまくノイズに惑わされずに。多数派によって俺の生活・自由・平和を乱されたくないのだから。

さて、今日は宮柊二。白秋に師事しコスモスを創刊し「作品によってみずからの生を証明したい」と主張した歌人である。

 ひきよせて寄り添ふごとく刺ししかば声も立てなくくづをれて伏す

この歌を前にして声も出ない。戦争・戦闘はかかる現実のことである。上句「ひきよせて寄り添ふごとく刺ししかば」がリアルな行為を即物的に描写し、下句「声も立てなくくづをれて伏す」に粛然とする。作者はかかる経験を現実にしたのである(従軍記録参照)。
戦争は人を被害者にするのみならず加害者にもする。殺らなければ殺にれるという状況もあるけれど、敵に向かって弾を撃たなければ後ろから撃たれるということもある。

人間は生きていくために社会を作る。
そして国家を作る。
すなわち人間の知恵。
だが、人間が集団をつくり、個人が我を忘れるとき、
しばしば狂気をはらむ。

日本国内閣総理大臣とはかかる国家の指導者であり自衛隊(陸海空軍隊)最高指揮官である。国家は必要悪という価値観を持った人間を選びたい。

 

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2006年9月 4日 (月)

斎藤史

鏡像反転の謎という問題がある(そうだ)。鏡に映る自分の像が左右反転している理由は何か、左右は反転するのに何故上下は反転しないかという問題である。加地大介「なぜ私たちは過去へ行けないのか―ほんとうの哲学入門」を読んでいて出会った。226
なるほど、左右と上下と何故異なるのか、言われてみれば不思議に思う。
他方、鏡像に自分の身体をくっつければぴったりとくっつくのだから、なんにも問題ではないじゃんとも思う。
そうか、この謎は鏡の向こう側にいる自分を想定して左右が逆転し、上下は逆転しないことを問題にしているのだな、と思いつつ読んでいたらマーティン・ガードナー「自然界における左と右」からの記述引用部分に出くわした。
「数学的に厳密な言い方をすれば、鏡は左右を逆転してはいない。本当は前後を逆転しているのである!」
そうそうこれでいいのだ。鏡は鏡面を境にして前後を逆転している。自分が北を向いていれば鏡の中の自分は反対方向→南を向いている。だから事態は前後の逆転なのだ。
しかし、あれえ。鏡の中の自分というものを考えた途端にやっぱり左右が逆転しているなあ。これは前後の逆転だけではないぞ。

てなことでハナシがヤヤコシクなってしまうので閑話休題。今日の歌人はスーパースター斎藤史である。

 死の側より照明せばことにかがやきてひたくれなゐの生ならずやも

初句「死の側(がわ)より」6音が唐突に始まり、2句「照明(てら)せばことに」3句「かがやきて」の句割れ・句跨りがこの歌のGスポット4句「ひたくれなゐの」を引き出す。死の側よりの照明→ひたくれなゐという見事な構図が彫塑されて、結句「生ならずやも」という詠嘆が読者に同意を求めるのである。
歌の背景に作者の二・二六事件の哀切な記憶(幼友達が事件首謀者として銃殺された)を求めてもいいが、そんな具象を離れてこの歌は生を美しく抽象化・普遍化していると思う。死者という鏡に映せば、人生はひたくれなゐであるという発見だけで十分なのだ。

鏡の向こう側に鏡の中の自分を想定すると左右反転の謎が発生する。これに対して死の向こう側に死している自分を想定することは不可能だと俺は思う。死は絶対に無であるからである。
しかし、死は無であるけれども死者の記憶は生きている限り消えない。すなわち、時は流れない。だから、過去はどこへ「行った」のでもない。「もはやない」ものとして<今ここ>にあるのであり、死者は私と共に今ここに生きているのである。

こうして我々は鏡の向こう側にも死の向こう側にも行けない。ひたくれなゐとして今ここにいるしかないのだ。

「斎藤史」で検索したら唐津の旅館女将の「浜辺を少女のように喜んで歩きまわられた」という思い出と、みの虫さんの短歌との出会いに遭遇した。人それぞれにひたくれなゐはあり、だからこそ人生はかけがえがないと思う。

 深く息つきつつ思ふ生き居れば呼吸でさへも快楽なりと

※写真は田村のホームページですから転載/感謝です。

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2006年9月 3日 (日)

佐藤佐太郎

この「一人一首」、自分の歌の勉強のために始めた。なんで今頃、歌の勉強かというと、この春に相場を本格的に始めてから俺の中で作歌が復活したからである。このあたりの事情を以前、ストボに「歌、甦る」として投稿したものからコピペする。

金曜の後場、初デイトレ成功。銘柄は6302さわかみ銘柄である。

  数分で五千円儲け デイトレの
     味をほのかに知りそめにけり

実は、元ヘボアマ歌人である。
95年に見よう見まねで作った歌を日経に投稿し、掲載されたのが病みつきになった。

  仕事とはもの作ることの喜びぞ
     流れ流されるな「秀才」の君

以来、五年で49作が採用され、朝日歌壇にも一首採ってもらった。
  リストラの風は冷たしこの宵は二合の酒に酔ひて眠らむ
しかし
  我が歌の泉は涸れて凡作を転がし遊ぶ夏の夕暮れ
状態になり遂には作歌を放棄していた。

ところがここに来て
  株始め 歌よみがえる面白さ 人生の後場ジリ安でよし
となりつつある次第だ。
これもストボ及び皆様のお陰です。感謝しています。

さて、今回のリセット相場は結局は日本株高値感大調整ではなかったか。とすれば、一段高のためには業績大幅向上等の大材料が必要。本格反転はゼロ金利解除後と読む。

以上、エラソーに自慢している。しかし自慢はしたものの、実は見よう見まねは変わらず、基礎が出来ていない。ブログのネタにもなるのだから「一人一首」(パソコン通信時代にも経験あり。今回はハイパーテキストの利点を利用)をやってみようとなった次第である。Photo_145
さて、今日の歌人は佐藤佐太郎。アララギから出て結社「歩道」を始めた人だ。
 冬山の青岸渡寺の庭にいでて風にかたむく那智の滝みゆ
初句、2句と「の」を続け3句「庭にいでて」字余りはあまり気にならず、4句「風にかたむく」が発見の詩句。読者は滝が「風にかたむく」との表現で驚いた後に、なるほどそういうこともあるかと納得する。冬のよく晴れた風の強い日であろう。青岸渡寺という寺の名前もよい。寒い青空を連想させる。
自然詠の傑作である。昨日、自然詠を作るためには、確かな眼とやわらかな心と豊富な詩句の抽斗が必要、との発見を俺は得たが、当然ながらそのどれもが備わっていてこのような歌が作れる。ああ、俺には自然詠は(当分、多分死ぬまで)出来ぬなあと溜息である。
しかし(見よう見まねヘボアマがこんなことを言っていいのだろうかと思いつつ言ってしまうアホ)、面白くない。余りに美しすぎる。というよりは人間臭が消えてしまっている。やっぱり俺は茂吉の方がいい。人間の臭みがあって面白く、さらには「あはれ」を感じる。たとえば、「大根の葉にふる時雨」の歌などは人生の哀歓を尽くしていると思うのである。
とはいえ、自然は人間、人生の基礎である。だから、自然詠の修練は人生を歌うためにも必要。その点、「歩道」のホームページは「作歌上の注意」など、充実している。折に触れて勉強したい。
相場も歌も(ひょっとして人生も)全て勉強。勉強あるのみである。
 二十年資本に仕え覚えたり全ては仕事全ては遊び
※写真はやま桃ギャラリーから勝手拝借/感謝です。

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2006年9月 2日 (土)

窪田章一郎

昨日はノー・トレード。まだ相場は弱いと見て参戦するならある程度下げてからと(俺にしては)控えめな態度を貫いたためであった。さっき、アメリカの相場を見ると大幅上昇。CME(シカゴ取引所の日経平均先物)も16210と上値を示している(大抵、このCME通りに翌日の日本の相場が寄せるから面白い。その忠実度は小泉政権以上である)。
雇用統計が市場期待通りの数字であって、もうインフレ懸念は払拭、利上げは無い、心配はリセッションだけどその不安が出れば利下げすればいいという市場心理が支配してのアメリカ上げだったのだろう、多分。ああ、買っとけばよかった、と後悔はしない。宵越しのリスクは持たず、が博打場デイトレの美意識一般であるから。Photo_141

ところで俺は、何故かくも相場に溺れてしまったか。
(答1)銭ゲバだから(2)博打好きだから(3)他にすることがないから(4)自分を試してみたいから。ふふ、以上の全てが理由かもしれぬ。

さて、今日は窪田章一郎。空穂の長男であり、「民衆詩としての短歌」を進める「まひる野」を創刊した歌人である。西行の研究者としても名高いようで、今回ネット検索して出会った辻野武彦さんのHPにその紹介がある。

 冬の虹さやかに太し潮けぶる紀伊水道の沖のただなか

2句切れの正統な声調。「さやかに太し」がこの歌の言い回し(措辞)のポイントであり、詩の中核となっている。「さやか」は「清か」であり「太し」と連合することにより、冬の虹に(言われてみれば)ぴったりの美しい形容となっている。後は、「潮けぶる」を言葉の抽斗から探し出して「紀伊水道の沖のただなか」と一気に体言止めとなるのである。
これは自然詠のお手本のような作品である。自然を確実に看取する眼と、感じ取る柔軟な心と、的確に表現する言葉(そしてその抽斗)があって成立する歌だ。清かに太く生きたい心がそこにはあり、潮けぶる中で詠嘆しているのである。

ところで、詠嘆と言えば西行の歌。

 をしむともをしまれぬべきこのよかは身をすててこそ身をばたすけめ

辻野さんは、この歌は西行の作ではないとする説を紹介されているがそれはともかく、俺はこの歌が気に入っている。誰に惜しまれるような俺ではないが、「身をすててこそ身をばたすけめ」に感じるのである。無欲は大欲。欲を捨ててこそ見える世界もあるのではないかと、日々相場を見ているワタシです。

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2006年9月 1日 (金)

葛原妙子

おじいちゃん子だった。祖父とその内妻、父(養子)と母と叔母そして俺という家族構成でPhoto_136 育った。祖父は田舎町でうどん屋を創業、養子をとって家業を譲り孫を相手に隠居。俺は祖父の膝下で大相撲中継ラジオを聞いて育った(みんな鏡里なんて知らんでしょう)。祖父は株をやってた。方眼用紙に罫線を書いていたのを覚えている。
それから、浪花節が好きだったなあ。公会堂での公演に孫を連れて行くのだが、孫は退屈でしようがなかった。何を言っているのか聞き取れないのだから。
かくして、株と相撲と浪花節。なんや俺の趣味の土壌はおじいちゃんが作ったんやないか。

その祖父が(俺が小学3年だったか)中風で寝込んだ。俺を可愛がってくれた内妻(おばあちゃんと呼んでいた)がある日突然学校に来て「おばあちゃん、いなくなるからね」と言った。俺は泣いた。
そして祖父は寝込んで半年で他界した。ある朝、祖父は俺に「いつもの薬を持って来い」と言いつけた。それは風呂に入れない祖父の身体を拭くための薬(薄い硫酸ではなかったか)だった。俺が持って行くと祖父はそれを飲み込んだ。医者を呼んだが間に合わず。母は交番に煙草を包んで内々にと頼んでいた。
これが俺が人の死に接した始めての体験だ。祖父享年六十四だったかなあ。俺は絶対にこれ以上は生きるぞ。

さて、今日は葛原妙子。塚本邦雄をして「幻視の女王」と言わしめたシュール歌人だ(今回ネット検索して初めて知った)。川野里子さんが茂吉と妙子を対比したエッセイもネット検索で発見した。

 晩夏光おとろへし夕 酢は立てり一本の壜の中にて

余白をあえて置くことによって2句切れであることを明確に示しながら、4句5句「一本の壜の中にて」で句を跨らせて晦渋なリズムをつくり、5句「中にて」はなんと4音という破調である。
晩夏光はたぶん造語。衰えている夕だから季節はもう秋。そしてなんといっても面白いのは「酢は立てり」だ。立ってるのは壜なのに、酢だと言い張るのだ。ここらあたりが「幻視の女王」(cocoaさんのおっしゃるとおり目の歌人だ)である。あえて幻視することにより具体の果て→抽象の詩を見出そうとしているのである。

かくして読者は晩夏になると酢を想う。酢を想えば口がすっぱくなる。そうか、人生は甘さも苦さもあるけれど、すっぱさもあったよな。酸味は美味には欠かせないのだから。

このようにして、俺にとって祖父の思い出は人生の終末の酸味として記憶にあるのである。

※画像はルネ マグリット (Rene Magritte )『L Empire des Lumieres 1954』:アートポスタ-通信販売 アズポスターから勝手拝借/感謝です。

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2006年8月31日 (木)

天国のドア

 先物はまさに両極地獄みて利食いできれば天国のドアPhoto_135

なにせレバレッジ100倍だもんね。損も利益も大きい。
ボク、モルヒネになりそう。

画像はユーミンCDのジャケットです。

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坪野哲久

みの虫さんから「チョーマイナーな短歌、書」とコメントを寄せて頂いて、そうか俺は少数派に属するのだとあらためて安心感(少数派でないと納得できないこのへそ曲がり)。そんなところに「グーグル―Google 既存のビジネスを破壊する」をさーっと流し読み。流し読みしても未だグーグルの凄さがよくわからぬ、日本では何故ヤフーがグーグルに勝っているかも不明。ああやっぱり俺の目は曇っている(俺はヤフー4株を塩漬け所有)。
それはそれとしてロングテール現象は少数派にとって福音。リアル書店で手に入らぬ希少本を古本屋巡りせずとも入手できるのはラクチンであろう。
だがしかし安心するのはまだ早い。一方でネットは無知大衆が一方的に煽られる危険性を秘めている(想起せよ昨日の相場楽天騒ぎ。あ、朝ウォークで週刊新潮立ち読みしなくちゃ)。
結局ネットは矢張り手段にすぎぬ。人民が無知ならばネットはそれを増幅する。もっとも双方向性がある分、マスメディアよりは相当性にマシ。それが証拠に、こうして俺がヘタレ話を書いても読んでコメントしてくれる人がいる。ハイパーテキストとブログと検索エンジンに多様言論の希望をつなぐべし。Photo_132

さて、今日は坪野哲久山田あきの旦那であり、チョーマイナーな短歌人の中でも左翼という更なる少数派に属する。

 曼珠沙華のするどき象夢にみしうちくだかれて秋ゆきぬべき

「曼珠沙華のするどき象(かたち)」はいったい何の愉(たとえ)であろうか。「曼珠沙華」に「するどき」という形容詞をかぶせるのは尋常ではない。更には「象(かたち)」である。この不可解な愉は不可解なままで読者の記憶に残る一方で、下句「うちくだかれて秋ゆきぬべき」は比較的平明に読める。作者が「うちくだかれて」も歌いたかったものは何かという疑問は残りつつ、その切迫感は伝わってくるのである。
そんな疑問をずっと抱いていたが今回ネット検索して作者自解に出会った。「これは三十四年前の夢の歌。いわゆる「支那事変」という侵略戦の只中、多くの若者たちが、大陸の山野に血を流しつつあった時期で、この身もいっぴきの餓狼にちがいなく、心身ともに病み憑れていた。そのときのやる方なき無残の想いが、この歌の最後に揺曳しているのであろうか」と作者は書いているそうだ。また、転向したか否かという議論にも出会い、「うちくだかれて」という措辞には(転向したか否かは別にして)転向を迫られるような暴力の状況が反映していると思う。

しかし、歌は言語として外化した以上は、作者及び作歌の時代状況とは独立した生命を持つ。不可解は不可解のままで愉として読者に迫る。夢にみた彼岸花は打ち砕かれても、季節は過ぎ、生者は死者をときに悼みつつ生きなければならぬ。

            彼岸花死人のごとく血を垂らす

※写真はひゃあひゃあ 山へ行くから勝手拝借/感謝です。

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2006年8月30日 (水)

木俣修

昨日のプール体重は86.0→85.2。いっときは84キロ台に突入したのに、このところ停滞気味である。朝ウォークも休まず継続しているのにどうしたことか。年内目標80キロを取り下げるつもりはさらさらないが。
実はこのリストラbyプール計画、発端は大山登りであった。町内有志でヤビツ峠から山頂目指し約3時間だったかなあ、30分歩いては5分休憩というペースでの「初心者コース」だった。ところが、頂上まであと一息というところでふいてしまった。顔面蒼白になってしまった。町内おばさんたちは悠々頂上に到着したのに俺はその手前で脱落。畜生、くやしーいがこのリストラにつながったのだ。
12月初旬から毎週3回ブールに通い、水中ウォークとちょっとだけ水泳そしてサウナ。少なくとも3キロは減らしているなあ。週3回プールに通う日々ありて根性無けれど根気はあるぞ。

さて今日は木俣修。白秋の「多磨」(白秋が鉄幹の死に際して「奥様、私は弔い合戦をいたします」と短歌に復帰して作った同人雑誌とのこと)で活躍し、近代短歌研究にも業績を残した人である。Photo_128

 老の身の華奢を見よとぞ胸にさすアカシヤの白き花のひと枝

4句から5句にかけて「白き花のひと枝」が句跨りになっているが、それが結句を際立たせる声調を作り出している。さりげない技巧である。2句切れ(57・577)なのか3句切れ(575・77)なのか判然としないのも技術であろう。
そして措辞はなんといっても「老の身の華奢」。「きゃしゃ」ってこんな華々しく豪奢な字だったのだと、「老の身の華奢」だけに余計にあらためて思う。スマートな老人の色気を感じさせ、アカシヤと共によく映えるのである。

こんなスマートで知性的でダンディな老境を迎えたい。いつまでも色気を失わずに、とダンディとか色気に無縁な俺は思うばかりである。
だから、プール通いは中性脂肪対策や健康のためばかりではなく、伊達や酔狂でもある。伊達や酔狂が人生の本質なのだから。

※写真はアカシヤの大連から勝手拝借/感謝です。

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2006年8月29日 (火)

生方たつゑ

こどもの頃、俺は一人遊びが好きだった。家が商売だったもので親は面倒をみてくれず、かといって近所の子たちはワルが多いからと遊びを止められるボンだったのだ。
だから、メンコもビー玉も(恥ずかしながら)できない。釣りもトンボ採りもしたことがない。
家の中でひとり漫画を読んだり空想してたりするこどもだった。大きいなあ、育ちは。孤独が好きで甘えん坊という性格を形成したのは、まさに育ちである。Photo_126

さて、今日は生方たつゑ。三重県宇治山田に生まれ群馬県沼田の四百年続く旧家に嫁した人だそうだ。自然というより、自然以上にし峻烈な人生を思っていた」という感慨を残している。

 にんげんはつひに「ひとり」と書き終へて硝子のやうな氷片溶かす

どのような状況で何があってこの歌に到ったかはわからない。しかし、この感情は分かる(ような気がする)。生まれてくるときもひとり、死ぬときもひとりという点において「ひとり」は普遍的だから。
だけど「硝子のやうな氷片」(多分、作者の心の中のなにごとかの比喩だろう)は水に溶けていく。溶けるのが自然とまでは言わないが、とにかく溶けざるをえない。
群馬県沼田は三重県で生まれ育った人にとって寒さの厳しい土地であったろう。そこの旧家で嫁として暮らしつつ我がうちの「硝子のやうな氷片」を徐々に溶かして行かざるを得ない女の一生を思うのである。

今日は印象批評になってしまった。
歌は徹底的に私歌ではあるが、「私」は普遍に何処かでつながっている。誰もが心の中に

「硝子のやうな氷片」を持っているのだから。
そして、それが溶けるか否かはまた別の問題。生まれ育ちの違い、そして人生において自分がどんな決断をするかにかかっているのだから。

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2006年8月28日 (月)

柴生田稔

昔、大江健三郎が好きだった。名曲喫茶とパチンコの日々だった頃である。「死者の奢り」「飼育」「セブンティーン」(絶版か)等の初期作品から「性的人間」「個人的な体験」を経て「万延元年のフットボール」までかなあ。それ以降(就職した頃)はとんと読まなくなった。大江が変わったのか(エラソー)俺が変わったのか、司馬遼太郎を読むようになったのだから多分俺が変わったのだろう。いや、時代が変わったのかもしれない。時代を覆う閉塞Photo_125 感の内容が変わったこともあるだろう。

さて、今日の歌人は柴生田稔。斎藤茂吉に師事したアララギの人である。

 放課後の暗き階段を上りゐし一人の学生はいづこに行かむ

2句「暗き階段を」4句「一人の学生は」がいずれも字余りで、それがごつごつした触感を生んでいる。そしてまた「暗き階段」が何ものかを暗示し、結句「いづこに行かむ」と相まって音楽でいえば短調の響きをもたらす。
なんということもない情景を淡々と描写する中にある時代の翳りを読者は感じるのである。陸軍登戸研究所跡を訪れて脈絡もなしにこの歌を想起した方もいる。

歌は徹底的に私歌でなければならぬ。しかし同時に歌は作者から独立の存在であり、時代を映しとる言語ゲームでもある。だから、言語ゲームとして個人的な体験を掘り下げて行けばいつかは普遍的なものに到達する可能性を孕んでいる。昔、大江健三郎もそんな意味のことを書いていたように思う。

「暗き階段」の上には、いったい、何があるのだろうか。

※写真は浜脇小学校HPから勝手借用/感謝です。

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2006年8月27日 (日)

前川佐美雄

今日はマクラに苦しんでいる。苦しんだときに容易な解決は一つ。苦しみを克服することではなく回避することである。そこでマクラなしで今日は始めよう。

さて、今日は前川佐美雄。「心の花」から出発しプロレタリア短歌運動にも親近感を持ち、昭和5年「植物祭」で一躍、モダニズム短歌の旗手となり、日本浪漫派(注参照)とも親交を結ぶという振幅の大きな遍歴を経た歌人である。「塚本邦雄・前登志夫・山中智恵子ら多くの異色の歌人を育てた」と現代の短歌にある。そんな歌人の「大和」昭和15年より一首。

 春の夜にわが思ふなりわかき日のからくれなゐや悲しかりける

平明な語り口の歌である。1・2句「春の夜にわが思ふなり」で歌はすっと立ち上がり、ここで切れた後に(2句切れ。575で切れる3句切れより歌の厚みが出ると思う)、「わかき日のからくれなゐや」と詠嘆し、結句「悲しかりける」で決める。
「春」は生命が溢れ出る季節だけれどなぜか人は憂鬱になる(春愁)。だからここは一息で「春の夜にわが思ふなり」と唐突に歌っても読者は納得する。そして「わかき日のからくれなゐ」がこの歌の喩(暗喩、隠喩)である。革命運動でも皇国運動でも詩歌の交わりでも恋愛でもなんでもいい。「熱き血潮」である。それを「や」と嘆じて「ける」と受けるのは技巧技術である。Photo_123

春の夜に溢れ出づ涙。花が咲き若葉が萌える新しき生命。しかし、もう私の熱き血潮は終わったのか。昭和15年、佐美雄36歳。パールハーバー2年前である。敗戦前の昭和二十年間は左から右まで振幅が激しい時代であった。そして奇襲成功でメディアは大衆を煽り大衆は歓喜し、その僅か四年後に一億総懺悔となるのである。

世間も社会も所詮、バブル。だったら、人は三つの顔と舌→世間向けと社会向けと魂を使い分ければいいのである。これを称して俺は人生三枚舌悦楽教としている。あ、苦しみを回避する容易な解決であったか。

注:リンクした松岡正剛千夜千冊から引用。
このとき、保田には二つの歌の流れが見えていた。
ひとつは「ますらおぶり」の歌である。これは保田の言い方ならヤマトタケルに始まって万葉をへて与謝野鉄幹に及んでいる。もうひとつは大津皇子に代表される「憂結の歌」だった。いわば敗北の歌であり、望憶の歌である。これは家持から西行をへて後鳥羽院にとどいて、「心ばえの歌」というものになった。

この表現を借りると佐美雄のこの歌は「憂結の歌」となる。

追記:この歌を素敵な色紙に書かれているサイトに出会った。鑑賞も簡潔にして要を得ていると思う。是非クリックを。

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2006年8月26日 (土)

吉野秀雄

トラ トラ トラ!を観た。日米両面から描いたフェアーな映画である。両国軍隊の組織文化もPhoto_119 的確に描かれていると思う。アメリカは「個人対組織」の相克。現場の情報が上に伝わっていかないもどかしさ。これに対して日本は、意見の対立はあれど大将(山本五十六)の下に結局は収斂する組織第一体質。そして死を覚悟して出撃する将兵には滅私奉公の精神が漲っている一方で、時の宰相近衛は優柔不断な人物として描かれる。

今はこんな時代だから「わーい、アメリカをやっつけたぞ。気持ちいーい」などとノーテンキ発言があるのではないかとカスタマーレビューもチェック。幸い、無かった。日本もそこまではまだ堕ちていないと安心(するのはまだ早いかもしれぬ)。

さて、今日は吉野秀雄。詩人、正津勉さん(今回、検索して初見)の恋歌・恋句に胸を打つ紹介がある。「生の深処を強く照らす」などと、まことに詩文である。

 これやこの一期のいのち炎立ちせよと迫りし吾妹よ吾妹

発句「これやこの」と結句「吾妹よ吾妹(わぎも)」とがリフレインの対照基礎構造をなしていて、その上に、2・3句「一期のいのち炎(ほむら)立ち」とあまりにも直截な4句「せよと迫りし」が詩の中核として配置される。壮絶な歌である。これ以上の言葉を加える力は俺には無い。

ところでここのところ、「短歌は徹底的に私歌」を思考内で培養している。他方、メディアが毎日煽る集団主義ヒステリーにも些かの恐怖を覚えている。
「私」は集団主義ヒステリーと滅私奉公に対峙できるか。われらにはわれらのパールハーバーがある。Remember the Pearlharbor.生の深処より思考せねばならぬ。

※画像は「いろは 伊呂波 IROHA」から勝手拝借/感謝です。「支配被支配の間に通底する解消しやうのない矛盾を今に予言し得て居る画幅」は至言なり。

勉さん正津勉

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2006年8月25日 (金)

山田あき

三つ子の魂なんとかでこのへそ曲がりは困ったものである。
なにを言っているかというと「ハンカチ王子」である。別に甲子園の優勝投手に嫉妬しているわけでもなんでもない。ギョーカイの人たちがワイドショーの時間埋めのために適当なキャッチをでっち上げて「いま巷で人気」と大衆を煽るのが気に入らない。
ちょうど相場でギョーカイ人が人気株などと煽って買わせるのも同じ手口であり、更に言うならば、政治家三代目を貴公子とかソフトな強硬派とかなんとか持ち上げていつの間にやら次期総理本命にしたのも同様である。
要するに、無知な大衆を煽るのはええかげんにせえ、と俺は言いたいのだ。Photo_114

さて、今日は山田あき。プロレタリヤ歌人同盟に参加した歌人であり、日本母親大会の設立呼びかけ人でもあった人である。今は全く流行らないサヨクの所為だろう、ネット検索しても適切な経歴紹介のページは無かった。かろうじて石川県志賀町観光協会があったので引いておく。

 生き得たる胸の泉を溢れしめおんなはおんなのたたかいをする

戦後、平和運動華やかなりし頃の歌である。そして、おんながおとこの劣位にあった時代である(今でもハンディが無いとは言わせない)。だから、下の句「おんなはおんなのたたかいをする」という言い回し(措辞)が成立する。4句「おんなはおんなの」が字余りであるが、ここは「おんな」のリフレインが必須であるから必然的に字余りとなる。

そして、上の句「生き得たる胸の泉を溢れしめ」が戦争下を生き抜くことができた切実な感情と健康なエロスを感じさせる。この歌はこの「胸の泉」によって徹底した私歌となり、短歌として成立しているのである。歌人・山田富士郎の批判に登場する「ベトナムの友をはげます声の波ペキン放送は火をふく如し」と比較すればその違いは歴然としている。短歌が短歌として成立するためには「私」が存在していなければならないのである。

サヨクが左翼として再生するために、綺麗ごととか大衆を煽るためのキャッチ等と訣別して、まずは徹底して「私」に立つべきではないかと(まだ論証が不足で軽率だが)俺は思う。例えば、俺の安穏な老後を守れ→平和と民主主義を守れ、憲法改悪安倍政権を許すな、などと。

 だからあんた出世はできぬと細君が俺の軽率たしなめて言ふ

画像はアートポスターズから勝手借用/感謝です。

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2006年8月24日 (木)

初井しづ枝

昨日、村治佳織・渡辺香津美のデュオをBS2が放送していた。実は(何を隠そう)テレビPhoto_111 のクラシック番組の殆どを録画していつかやって来る冥土の土産永久保存DVDライブラリーを着々形成している。認知症になっても、観て聴いて感じて滂沱して時を過ごすための用意周到策である。
番組で佳織ちゃんが「ある朝突然指が動かなくなった」病気を克服したと聞いてちょっと吃驚。ギタリスト職業病ではなくて一般人もかかる病気とのことだが、医師が「絶対に治る」と断言してくれたのでそれを励みに闘病したそうだ。よかった佳織ちゃん。
ところで渡辺香津美がエラソーだったなあ。佳織と俺とでは格が違うわいという感じの態度であり発言だった(俺の偏見?)。女を丁寧に扱わないと男は長生きできないぞ。

さて今日は初井しづ枝。白秋門下とのことだが、名前でブログを検索してもヒットせず。一般受けしないのだろうなあ。しかし我が郷里→播磨の人である。

 伎芸天くちびるに保つ朱あればうつつの愛の思ほゆらくに

伎芸天→朱、そして歌のキモは「うつつの愛」である。「うつつ」とは「現」のことだが、「夢うつつ」のうつつもあり、おぼろげとも解し得る。また色即是空の色とも空ともとれる。つまりは多義的な「うつつの愛」なのである。
それから「朱あれば」の「あれば」は「あるならば」と解すのが原則だが「あるので」という意味の使い方もすると思う(間違っていたらご指摘嬉しく)。

以上、この歌はヒジョーにファジーである。
伎芸天(大自在天(ヒンスー教の最高神であるシヴァ神で摩醯首羅天(まけいしゅらてん)ともいう)が天上界で天女達と伎楽を行ったとき、髪際から生まれたとされ、容姿端正、技芸秀抜の天女)(仏像事典からコピペ)の唇の朱を見るにつけ我が愛(色即是空)を思う、と歌意を理解することにしよう。「封建的な婚家の家風に煩悶」した人のようであるから、この理解で遠くはないであろう。
ちなみに秋篠寺の伎芸天が有名だということを今回知った。将来の天皇(間違いなく男児出生と俺は確信)のご母堂が似ていらっしゃるとのことだ。

我が伎芸天=佳織ちゃんの更なるご健勝精進を。比叡山コンサートは冥土の土産にしてある。

写真はこたりとのサイトから勝手拝借/感謝です。(コメントしようとしたけれどメールアドレス入力必須と叱られて止めちゃいました)

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2006年8月23日 (水)

空蝉←朝Walkの歌

 ブログにて激論吐けど我が暮らしなんにも変わらず空蝉の鳴く

「うつせみ」で検索したら素敵な写真に出会いました。「徒然冩眞館」です。クリックを是非どうぞ。

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五島美代子

図書館にリクエストしていた大鹿清明「ヒルズ黙示録」がようやく到着し、一読。こんな世界もあるのだなあ、という他人並みの感想を抱く。ただ、例の広報担当、乙部綾子さんの堀江評が面白いコトバなので記録しよう。

堀江さんは女性を本当に愛したことがないと思う。誰かと熱烈な恋愛をしたり、失恋して傷ついたりすることができない人なんです。あの人、自分が一番好きだから。

そうか、「自分が一番好き」か。だったら俺も一緒やん、なるほど、と思う。
しかしすこーし考えてみると、「自分が一番好き」だったら「女性を本当に愛」せないのだろうか、という疑問も湧く。だいたい「好き」とか「愛」の程度を相互に比較計量することができるのだろうか、とも思う。
たぶん、「好き」とか「愛」の程度を抽象的に比較計量することはできず、具体的なトレードオフが問われるような場面局面での当事者の行為により推量されるようなものだろう。「愛」している当人にしてもその時そのときの判断、行為をしているにすぎないのだから。

とはいえど、「自分が一番好き」だから他人を「本当に愛」せないということはあり得ることである。そうか、俺の「人間大好き、他人は嫌い」というのは俺のジコチューに自己愛に理由があったのかと納得した次第である。自己愛は少なくとも他人嫌悪の理由にはなるのである。

さて、今日は五島美代子。リンクしたブログの筆者は「日本の伝統的な価値観の中にいき続けながら社会問題・国際問題までも視野に入れようとした五島先生」と表現されている。

 花に埋もるる子が死顔の冷たさを一生たもちて生きなむ吾か

1句「花に埋もるる」字余りでの開始を2・3句「子が死顔の冷たさを」で受け止めて、下句は一気に「一生たもちて生きなむ吾か」とぽつんと疑問形で投げ出して終わる。「花」と「死顔」の対比が棺にあるわが子を喪った母親の悲しみを映像化し、「冷たさ」を「一生(ひとよ)たもちて」生きるという困難に読者は思いを致すという歌である。
母親というものは逆縁で早世した我が子に対してこのような切実な感情を持つのであろう(俺は親になったこともなく早世した我が子もいないから想像するのみだけれど)。
この歌は我が子を亡くした母親という私の切実を結晶させている屈指の歌である。

思うに、短歌は徹底的に私歌である。たとえ写生歌であろうと、写生を通して私を歌いたいという作者の情念の流露が短歌に結実する。読者も、短歌に作者の私を味わいたくて、作者の私を感じ取り自分の私と比較したくて、短歌を読む。私(という不可思議→開闢の奇跡)を抜きにして短歌は成立しないのである。

だから、自己愛とまでは言わないが少なくとも自己に対する興味関心が無いと歌は出来ない。他人のことを他人事として歌う他人歌は短歌ではあり得ないのである。Photo_108

ところで、「五島美代子」で検索して「朝日歌壇とサヨクを考える資料室」に遭遇した。その中の「昭和短歌の再検討『ベトナム戦争にみる新聞歌壇』」が五島美代子他朝日歌壇のいわゆる社会派傾向を批判している。右だ左だというヤヤコシイ議論は嫌いだけれど、新聞歌壇に現れたベトナム反戦歌の中に私歌ではなく他人歌がありそれは矢張り今から振り返るとつまらない歌だと思うのも否定できない。やっぱり俺はジコチューなのだ。

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2006年8月22日 (火)

結城哀草果

なぜ敗戦後日本経済は復活・繁栄したのだろうか。
だいたい、敗戦国が経済的に繁栄し戦争に勝った国(中国)が長い間離陸しなかったのが不思議である。敗戦国に賠償が課されなかったこと(第一次大戦後の天文学的賠償がナチズムを生んだ教訓の成果:それにしても蒋介石・毛沢東に感謝)が第一に理由として挙がるだろう。
しかし、それに加えて戦後改革(財閥解体・労働民主化・農地解放)を挙げなければなるまい。これらはいずれも日本の防共対策(共産主義を食い止める)として占領軍主導で実施されたものだが、中でも農地解放が経済離陸・復活に果たした役割は大きい。

戦前日本は基本的に農業国であった。労働人口の多くが農村に固定化されており、貧しい小作農を長男のみならず次男以下の家族全員による労働集約で維持するという仕組みが、帝国主義日本軍隊の兵隊供給源という役割と共に日本の経済・軍事にビルトインされていたのだった。だから、いつまでも貧しい農村の人々が新天地満蒙に活路を求めるという悲劇(満蒙開拓義勇団)も発生したのだった。
この状況を農地解放は抜本的に変えた(自前の改革でない故の問題指摘があるけれど)。 農民は土地を所有するようになり、農村は活性化した(生活改善活動、農機具購入等農業技術発展)。そしてなによりも大きいのは、労働集約の必要性が低下し、余剰人口(次男以下)を工業労働力として活用できる途が開けたことである。次三男は都市へ移転し工場で働き所帯を形成し、住宅・家電の需要が増大した。農地解放は内需の大黒柱=都市中間層を形成する役割を果たしたのである。
日本経済は朝鮮戦争特需で離陸のきっかけを掴み、農地解放による経済構造の変化Photo_102 (若くて安い大量の労働力供給と内需増大)により、繁栄することができたのである。更なる詳細と興味深い論点は増田悦佐「高度経済成長は復活できる」を参照。

さて、今日の歌人は結城哀草果。農民生活、特に戦前東北大凶作を歌った人である。

 貧しさはきはまりつひに歳ごろの娘ことごとく売られし村あり

2句「きはまりつひに」の武骨な句割れのリズムが4句「娘ことごとく」字あまりと共に作者の強い怒りと悲しみを訴える作品である。アララギの歌人ではあるが悲惨な現実を前に最早アララギ調では歌えずアジテーション歌にならざるを得なかった。昭和10年の作品である。俺が生まれる高々十数年前→遠い昔ではない、いや、今の若い人にとっては想像もつかない昔話であろうか。しかし、フィリピン等において少女人身売買がなされ日本で強制的に働かされているという現実を忘れてはならないだろう。

平和と民主主義と繁栄の荷い手は、知的で享楽的で誠実な中間層である。このモデルを我々はアメリカから日本国憲法と共に頂戴した。いま、我々にはこの経験を中国にインドにアジア諸国に伝える義務がある。あ、各国指導層はこんなことはとっくに了解済みか。

 スナックにフィリピーナあり英会話練習をして夜は更けにけり

ボクはフィリピン・パブで遊ぶことはしなかったし今後もしない。

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2006年8月21日 (月)

岡本かの子

浪花の恋の寅次郎」は最悪の作品である。(リンクはお時間あれば是非クリック願います。寅を愛されている方です)
マドンナ松坂慶子が俺のタイプではないのを置くとして、ストーリーが不自然である。第一、弟の死にショックを受け乱酔した芸者慶子が寅次郎が泊まっている新世界のホテルPhoto_99 に行くのだが、びびった寅は雁之助(ホテルのダメ息子)の部屋に逃げてしまう。翌朝早く慶子は縁切り置手紙を残してホテルを去る。なんだなんだそんな気があったのかよぉ、と観客は疑問発生してしまうのである。
オンナはビミョーでフクザツだからこれは許すとしても次なる問題は第二、わざわざ慶子が上京してきて寅に「うち、こんど対馬に行くことになったんよ」と鮨屋の女房になることを告げるのである。許せぬ、松坂慶子は不倶戴天の敵である。同衾しなかったことをなじって縁切り状を書くような女がこんな残酷な仕打ちを寅にするなんて。だから俺はオンナがキライだ。
そして最大の問題は第三、寅がさくらに愚痴るのだ。「少しは相手の気持ちを考えろってんだよ」と。寅が愚痴るのは後にも先にもこの作品しかないのではないだろうか。失恋の局面で寅は黙って逃げるのみ、がお約束ではないか。愚痴にせよ、マドンナになにかを要求する寅はあってはならない。なんでこんな寅にしたんや山田洋次よ。
最後第四はこれでは救いが無いと思ったのだろう、寅を対馬に行かせて鮨屋夫婦に会わせるのである。これもフツーはあり得ない。芸者仲間のかしまし娘の団体旅行バスに旅の途中で出会った寅が「おにいさん、一緒に行こうな」とせがまれて「それじゃ、ご一緒するかいワルイなあ結構毛だらけ猫灰だらけ」などでエンディングがお約束やんかあ。

さて不平不満愚痴はこれぐらいにして今日は岡本かの子。太郎画伯の母親である。筆跡診断士 慧子さんによると「どこへ行っても満足することはできないタイプかもしれません」とのことである。

 桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命をかけてわが眺めたり

2句末尾「に」3句末尾も「に」と韻を踏ませてある。桜花を「桜ばな」としたのも工夫。そして全体の骨格は「いのち」と「生命(いのち)」のリフレインである。結句も「われ」ではなく「わが」→私が眺めたと、行為より主体を強調している。桜花満開の季節になると思い出す有名な歌である。
しかし名歌ではないなあ、といちゃもん(俺は今日は不機嫌なのだ)。いっぱいいっぱいの歌になってしまっているのだ。こんなに精一杯歌われると、ほんまにそうかあと疑念を抱いてしまう。おまえ偽善とちゃうかあとも思ってしまう。もっとも作者にもこの歌ができる際の切ない事情はあるのだろうが。
だから俺はかの子でもこちらの方が好きだ。

 かなしみをふかく保ちてよく笑ふをんなとわれはなりにけるかも

実際に笑わなくてもいい。ハンドルに余裕を持ちたいという気持ちだけで十分だ。その切なさは俺によく伝わっているのだから。おねえさんよ、達者で暮らせよ。

追記:写真は「新世界 りありずむ」から勝手拝借しました。感謝です。

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2006年8月19日 (土)

土屋文明

ビデオに溜まっていた山田洋次「息子」を観た。三国連太郎扮する岩手の父親と、東京のPhoto_95 二人の息子(兄は大企業、弟は小工場アルバイター)及びそのパートナー(妻、耳の不自 由な美しい恋人)との物語である。「下町の太陽」は青二才松竹ヌーベルバーグ臭紛々たる映画だったためか途中で眠り込んでしまったけれど、こちらは円熟山田洋次、こなれた名作となっている。
大企業に勤めている秀才兄の過労日常と、劣等性弟の彷徨人生と、出稼ぎでこども三人を育て上げ妻を去年亡くした父親の老残とのトライアングル対比を通して幸せとは何かを考えさせようとの山田物語である。

 おのずから涼しさ溢るる秋あした満ち足りというは日常にあり

さて、今日は土屋文明。茂吉と並び立つアララギの総帥である。

 小工場に酸素溶接のひらめき立ち砂町四十町夜ならむとす

これはもうなんといっても下句「砂町四十町夜ならむとす」で詩になっている。これに加えて「酸素溶接」の配合の妙があって視覚イメージが形成される。歌意なんかどうでもいい。一幅の絵画として鑑賞すべき作品である。「砂町」で検索すると江東区砂町が出てくるから、多分このあたりなんだろう。詩人にとって実際の土地ではなく地名が喚起する映像が大事だけれども。

歌は言語芸術だけれども名歌は映像を喚起させる(例:「ゆく秋の大和の国の」)。我らの共通理解のためには、言語で世界を分節することが必要だけれども、純粋経験の記憶は言語以前の世界を映像で取り戻したいのである。

劣等生弟は彼女の美しさに一目惚れ。その後彼女が不自由なことを知って愕然とするも、「聾唖でナニが悪い。俺は彼女が好きなんだ」と叫ぶのである。

追記:写真は「山田洋次の映画」から勝手借用した。感謝です。

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2006年8月18日 (金)

不協和音

 モーツァルト穏やかに聴く四重奏玉を抱えて場が開くまで Photo_93

曲は弦楽四重奏「不協和音」ゲヴァントハウスSQである。

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釈迢空

BS2放送のレッド・プリーストを聴いた。「ヴィヴァルディにアドレナリンを注入した」演奏とPhoto_91 のことだが、確かにアドレナリンがフル分泌の音楽を作り出している。
聴きながら考えた。一見、ゲテモノとも思えるが、そうではない。ゲテモノから脱している理由は二つあって、一つはリコーダ奏者のテク。まさに達人、抜群のテクニックである。
もう一つは彼らの音楽、パフォーマンスがユーモアに拠って立っていること。ユーモアとはヒューマニズムのこととされているHPがあるが、同感である。彼らの演奏は、現代におけるバロック音楽への人間性への愛(ユーモア)を基にした挑戦ではあると思う。まだ俺の耳が慣れていないから、トラッドかつ先鋭なベニス・バロック・オーケストラで四季を聴きたくなったのは事実であるが。

さて、今日の歌人は釈迢空。民俗学・国学者折口信夫(お時間あればウィキペディア検索をどうぞ)である。

 いまははた 老いかヾまりて、誰よりもかれよりも 低き しはぶきをする

「老いかヾまりて」(多分、造語)が閃きの措辞である。そして、第三句第四句に句跨り・句割れで「誰よりもかれよりも 低き」と殆ど難渋して止まってしまうような声調を作出している。主観の表出が全く無いのに十分に個=孤独・孤高を感じさせる歌だ。俺も老年に入ればこんな老人になるのか、ちょっとイヤだなと思わせる歌でもある。

老人は概して人嫌いではなかろうか。もういい加減人付き合いを経てきたのだからエエカゲンにしてえなあ、というのが本音かと思う。でも、うちの姑を見ているとそうでもなさそうである。人嫌いのクセしてデイ・ケアに行くのが待ち遠しくて堪らない。そうか、人嫌いだけど人が愛想よくしてくれると嬉しい。要するに我儘なのである。

とすれば、この歌の「誰よりもかれよりも低きしはぶき」も我儘の現われなのだろうか。いや、ひょっとすると釈迢空は類稀なユーモアの達人で、内心微笑んでいるのかもしれぬ。孤高は人間性への愛なくして生まれはしないのだから。

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2006年8月17日 (木)

吉井勇

あまり酒が飲めなくなった。といっても毎夜晩酌を嗜んでいるのは変わりがないのだが、Photo_90 ビール(第三)、白波オンザロックで適度に酔えば、もうそれ以上受け付けなくなったということだ。以前は、食後更におかきをつまみながら水割りを一二杯やっていたのだ(そりゃあ、太るはずよ中性脂肪がたまるはずよ)。

今日は吉井勇。酒を愛し京都を愛した文人である。

 かにかくに祇園はこひし寝るときも枕の下を水のながるる

「祇園」「枕」「水」の三重奏である。また、結句は「水のながれて」ではいけない。「ながるる」として業と不安定に止めて余韻を響かせるのである。
そして、「こひし」としているから、祇園のある夜を想起しているのだろうか。いろんなことがあったけれど色町は「かにかくに」恋しいなあ、全て水に流して、と回想している歌と読む。

「君にちかふ」の歌を採ろうかと迷ったけれど、マクラとの親和性から「祇園はこひし」の方にした。祇園に遊んだことも銀座のクラブで飲んだこともないけれど、この歌で祇園を楽しむことができる。まことに歌とはコトバとは観念とは安上がりなものである。しかし、コトバでは実際に酔うこと不可能である。過去(の想起)はコトバによる制作物であるが現在(知覚)は純粋経験なのだから。

追記:吉井勇→大森荘蔵→西田幾多郎のお陰でいろんなブログを拝読し多様な方と出会える。インターネットは全てを変える、を実感しています。

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2006年8月16日 (水)

三ヶ島葭子

昨日は8.15。61回目の敗戦記念日である。Photo_87
そして、1945敗戦から40年遡れば1905日露戦争/日比谷焼打ち事件(「ポーツマスの旗」参照)である。
思えば、1868明治維新から1945敗戦に到るまで、この国は戦争のし通しだった。明けても暮れても戦争。遂には「統帥権」が泥沼に引きずり込んで誰も責任を取ろうとしない対中・対米戦争に突入してしまい敗戦となった。
そして、そこから61年。我が国軍たる自衛隊が一発も撃たず一人の死傷者も出さない平和にめぐまれている(イラクにゴラン高原になにごともないことを祈る)。
僥倖である。稀有なことである。
こんな幸運が永続するはずがない。我ら団塊が安穏老後をむさぼれるはずがない。ほら、ファシズムはついそこのブログに顔を出しているではないか。

さて、今日の歌人は三ヶ島葭子。この一人一首のテキスト本たる「現代の短歌」では、「家庭の不幸・不和を反映した内省的な作風で知られる」とある。

 今にして人に甘ゆる心あり永久に救はれがたきわれかも

上句「今にして人に甘ゆる心あり」はリズムよく、すっと入ってくるが、下句では「救はれがたき」が4句と5句に句またがりとなっているので、晦渋な声調をなし陰鬱に終わる歌となっている。あのとき許せばよかった受け入れればよかった、甘えてもよかった、それができなかった私は…、という歌意である。
後悔先に立たず、という。三つ子の魂百までも、というコトバもある。譲るに譲れない自分があり、意地を張り通したい宰相がいる。
しかし、平和は平安はなんとしても維持しなければならない。手練手管を尽くしても自己欺瞞してもまもるべきである。死んだら人は無なのだから。

 諍ひの後の厨はほの暗く葱をきざみて夜食をつくる

なかなかの佳品である。俺にもこんな歌をつくれた時があったのだ。

  

 

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2006年8月15日 (火)

古泉千樫

今日はマクラが思いつかない。昨日の停電・相場棒上げは短歌となかなか結びつきそうにないし、最近のNHK左傾化(日中戦争/南京虐殺実在肯定スペシアルにちょっとびっくり、その前のワーキング・プア、チャベス政権)が安倍政権成立を前に心配というのもオチに困る。困ったからこのウダウダをマクラにして兎に角書き始めてみた。

今日の歌人は古泉千樫。アララギの編集に携わったがその後離れた歌人である。

 朝なればさやらさやらに君が帯むすぶひびきのかなしかりけり

白秋の「君かへす」が、「さくさくと」が大発見であったのに対して、この歌も「さやらさやら」Photo_81 が発見である。そして「朝なれば」が暗い事情を暗示していて、結句「かなしかりけり」と対置されている。「かなしかりけり」は「哀しかりけり」とも読めるが、ここは矢張り「愛しかりけり」であろう。愛は哀しいのだから。
白秋は美しすぎた。千樫は女性的要素が入っているのか美が哀しみによって若干中和されていて、写実的美となっている。だからどうした、単なる不倫の歌だろ、「夜が恋しい、あなたが憎い」とどこがちゃうねん、と言われても困るのだけれど。

詩は発見でなければならない。陳腐な言葉遣いは詩を愚弄するものである。この歌は「さやらさやら」と「かなしかりけり」によって詩として成立しているのである。擬音語の発見にも注力を心がけよう。

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2006年8月14日 (月)

土岐善麿

実は、この「一人一首」では、構成において、次のような仕掛けを施すことを試みている。
それは、マクラ(なるべく俺的な事柄)→歌人/歌人紹介リンク(ブログ優先)→歌人の短歌一首→短歌分析(具体的に。措辞・声調・厚みの三要素に沿って)→オチ(マクラと響きあうことが望ましい)という構成である。
従って、「一人一首」執筆にあたっては、(1)構成検討(2)リンク先検索(3)内容作成という手順を含むことになる。
本記事でも、昨日に構成概略案が既にあったのだが、今朝、リンク先検索した結果及び気分が揺らいで、マクラをこのような形に変えることにした。

さて、今日は土岐善麿。新聞記者として活躍した人で、駅伝の名付け親だそうである。

 遺棄死体数百といひ数千といふいのちをふたつもちしものなし

冒頭に「遺棄死体」といういささかショッキングな言葉を配置し、「数百といひ数千といふ」リPhoto_79 フレインでそれを強調し、下句はひらがな表記で哀しく愛しく閉じている。
たぶん、ニュース映画を見ての歌であろう。「数百」「数千」に対しての「ふたつ」「なし」すなわち一=個の対比がこの歌の眼目である。報道や映像は事実をマスで伝えることに傾き勝ちだが、いのちはいのちにとって唯一、それを忘れてはならぬということを訴えている歌である。そうなのだ、俺にとっては俺の人生が全て。しかし、戦争は国家は俺をマスの中の一つとしてしか扱わないのである。一銭五厘で兵隊は集められた時代の話だが、現在も事態は本質的に変わっていないと思うのである。

人生=損得+好き嫌い+いのち。そして、いのちにとって、損得と好き嫌いは人間の大脳皮質が生んだ過剰。この過剰がイデアをつくり国家を生み資本を育てた。そして作り出されたイデア・国家・資本がいのち(人間)を道具視しマスとして扱う。その疎外の極致が戦争である。

ここに、俺が反国家(左)を基本とする根拠がある。お財布は右のポケットに入れているのだけれど。

追記:写真は「歴史と旅の世界」から借用しました。お時間あればノモンハン事件の項をお読み下さい。
追記:善麿のこの歌を引用している株ブログに出会った。トラックバックさせて貰おうと思ったけれど禁止なのでコメントさせて頂いた。

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2006年8月12日 (土)

サウナの哲学者

週末は読書予定が諸般事情により日帰り温泉。ここは近くて安いので我が定番となりに けり。サウナもホットと蓬の二種類があり、どちらにも入って沈思黙考をする。

 裸形にて汗をかきつつ沈思するサウナに入れば皆哲学者Photo_77

思えば、ゴルフもせず蟄居中のため外でも飲まず、本は(申し訳ない)図書館で借りて映像・音楽も図書館及びテレビ録画で済ます。加えて数年前に禁煙(我が思ひ母に届けと意地張りて口論の果て煙草を断てり)したので煙草銭不要小遣い無しのしぶちん暮らし。贅沢といえば日帰り温泉である。

 温泉は我の贅沢温泉に浸るカネをば株で稼がむ

温泉より帰り来てショスタコービッチ第四番シンフォニーをBGMにてこうして駄文を書くが我が日常なりき。

追記:「いこいの湯」で検索したら懇切に紹介してらっしゃるサイトを発見したので、勝手リンクさせて貰った。「音楽の冗談」ブログをお持ちのようなので拝見すると、うわぁ、「もう一人のモーツァルト」なんて記事がある。こちらにトラックバックしますので事後承諾のほど、よろしくお願い申し上げます。

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市場は鏡

ストボに投稿して、それをキャスターの方が取り上げてくれて我がブログ名を発声して下さPhoto_50 ったら、アクセスが急増。有難いことだ。

昔、「株価に一喜一憂せず」と言い放った総理がいた(あ、今も在任していた)が、ブログも大切なのは中味だから「アクセスに一喜一憂せず」ともいえる。しかし、株価もアクセスも市場の評価。市場はおのれの鏡でもある。

そこで、某エコノミストの不運に思いをはせつつ一首。

 手鏡におのれの姿映してはのぼりてぞ行く駅の階段

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北原白秋

「オンナと仕事と結婚と病気」というブログに出会った。「2社を経験し自ら会社を起し、そしてトラウマからの持病で全てを失ったワタシについて」という一言メッセージが添えられている。
ブログの内容については置くとして、例えば、オンナをオトコに置き換えて「オトコと仕事と結婚と病気」というタイトルが成立するだろうか。そんなん、なあんにもオモロない。アタリマエやんかあ、となって矢張りここは「オンナ」であることに意義があるのだろう。オトコにとってもオンナにとっても「病気」は共通問題だからこれは別にして、「オンナ」と「仕事」「結婚」には格別の今日的問題性があるから、こうしたタイトルが成立するのである。

さて今日は北原白秋。浪漫派の巨匠であり、詩、童謡においても数多の名作を残した国民的詩人である。

 君かへす朝の舗石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ

擬音語「さくさくと」の大発見があって、それと、雪を「林檎の香のごとく」直喩したこととの取り合わせが絶妙のハーモニーをなしている。そしてその背景には「君かへす朝」という暗い事情がある。暗い事情を背景に君は歩いて出て行くが、白い雪がさくさくと降り、林檎の清潔な香りが残っている「後朝の別れ」の情景である。

ここで問題。これは矢張りオトコが作った歌だと思う。オンナが「後朝の別れ」をこのように美しく歌おうとするだろうか。咥え込みの性=オンナにとって「後朝の別れ」はもっと切なく哀しいものであり、とてもこのように美しく歌う気分にはなれないのではないか(オンナになったことがないから全くの想像だけれど)。ばら撒きの性=オトコだからこそ、暗い事情があっても「後朝の別れ」にはカタルシスがあるから美しく歌いたい、歌えるのである。Photo_76

白秋はこの件が原因で姦通罪(戦前犯罪規定があった。有夫ノ婦のみに貞操義務を課し その相手も罰するという男女平等に反するものだ。詳しくはこちらを参照)で告発され収監された。その後も何回かの男女関係での苦しみを経た後にようやく安定的な夫婦生活を得ることが出来た苦労人である。

確かに、オンナとオトコは構造的に異なる性(セックス)である。しかし、社会とか国家とかは、かかる性区別に加えて、社会的性差別(ジェンダー)を付加しオンナに不当な圧力を加える。刑事罰を加える姦通罪は敗戦のお陰で廃止されたが、未だ社会的文化的差別は数多あると思う。
つまりは、オトコは「男はつらいよ」とノーテンキを言っていればいいけどオンナはもっとしんどいのである。しんどいから結婚もしたくないし子供も生みたくない。少子化は当然の成り行きである。株は上がるためには下がらねばならない。

以上、オンナにちょっとよいしょし過ぎたので口直しにオトコ=俺の旧作を引く。

 愛といふ不可思議なもの胸に抱き喧騒の街今日も歩めり

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2006年8月11日 (金)

ヘタレ短歌一首

 儲けたき心捨てれば道はあり株式相場先物を買ふ

ヘボじゃなあ。「道はあり」などはヘタレ坊主の念仏みたい。
なによりも、歌はまず詩でなければならぬ。

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若山牧水

電話が壊れた。本体は別になんともないのだが、電話線の差込口の接触が悪くなったみたいで、一時間ぐらい電話線ケーブルを押さえ込んだり外したりいろいろやってたら遂に全く無反応になってしまった。ああ勿体無いこんなことぐらいで買い換えるなんてと口惜しがりながら量販店に電話機を買いに行く。オニイチャンに「こんなことあるの」と訊くとPhoto_73「ありますよ、電話線を付けたり外したりしてました」と訊かれ「やってた、この春までダイアルアップ接続だったから」と答えると、呆れたような顔をされた。そうだよなあ、今年の春までダイアルアップなんて珍しいよなあ、と自認するしぶちんであった。

さて、今日は若山牧水。「白鳥は哀しからずや空の青海の青にも染まずただよふ」歌人である。

 かんがへて飲みはじめたる一合の二合の酒の夏のゆふぐれ

酒を飲むのに「かんがへて」とはどういうことだろうと疑問に思いつつ次に移れば「一合の二合の」とリフレインがあり、「夏のゆふぐれ」と体言止めで終わる。5757/7と四句切れと見ていいだろう。「かんがへて」がちょっぴり瞠目させる措辞、そうして飲み始めた酒量が倍になることを示唆するリフレイン(声調)、陳腐とまでは言わないまでも常套体言切れ「夏のゆふぐれ」で夏の悲哀・季節感に広げて終わる歌である。
牧水と酒によると晩年の九州旅行で牧水は「一日平均二升五合」を飲んだそうだ。そりゃあ、肝臓を壊すよ無茶だよと思う。そして、仕事の無理と酒で肝臓を悪くして牧水は43歳で短い生涯を閉じることになる。なるほど「かんがへて」とは自制したという願望のことか、牧水が旗印とした自然主義とは「少なくとも日本の場合、それは破滅のリアリズムであった」ともされている。

俺も毎晩酒を飲むけど肝臓を悪くしてまで飲みたくはないし、(株で大含み損を抱えている以外)しぶちんの俺は経済合理性第一で、電話機も十年以上使用継続した。市井で慎ましい小市民生活を悦楽して、なんとか天寿を全うしたい、こんな俗物性もまた人間の自然だと思うけれども、いかがなものであろうか。
写真は牧水の顔、「よく写真で見る牧水さんの顔が好きで、折あらば一度彫刻のモデルに座っていただくことをねだろうと思って」いたと高村光太郎が追悼文を寄せているとのことだ。

ところで、今回、俺の下の歌二首が牧水の歌の本歌取りだったことが判明したことが収穫だった。

 我が歌の泉は涸れて凡作を転がし遊ぶ夏の夕暮れ
 リストラの風は冷たしこの宵は二合の酒に酔ひて眠らむ

「リストラ」歌は朝日歌壇唯一入選(馬場あき子さん)の歌で「作者のリストラに対する位置取りが不明」と評されたのを今でも覚えている。おっしゃる通りのカラオケ短歌であった。歌人は鋭く読むものである。

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2006年8月10日 (木)

前田夕暮

筆坂秀世「日本共産党」を読んだ。人気がある本らしくて図書館にリクエストしてから入手Photo_68 できるまで数ヶ月を要した。チークダンスセクハラで党ナンバー4の地位を失い結局離党した人の体験的共産党論だが、読後、この人は一番大切なことを敢えて書かなかった(書けなかった)のではないかと感じた。それは、今でも共産主義を信じているか否か、ということである。
今でも共産主義を信じ、社会主義社会を実現したければ、その運動を始めればいい。共産主義を信じていないのなら、社民党でも民主党でもいいから加入して政治活動を再開すればいい。一番の根源は、ベルリンの壁崩壊から既に十六年も経過するのに、壁崩壊をきっちりと総括しなかったその知的怠慢にあると思う。善意だけれども知的自立を好まない人々の集団、それが日本共産党であると改めて思う。
ちなみに、著者は私と同い年。高校を出て三和銀行に入行し共産党に入党したそうだ。ちょうどその頃俺は同じ大阪の空の下、名曲喫茶とパチンコの日々を過ごしていた。

さて、今日の歌人は前田夕暮。「夕暮・牧水時代」と称される一時代を文学史上に画した自然主義歌人だ(そうだ)。近代短歌の主流=アララギ(茂吉が総帥)に対抗する少数派の一人である。

 君ねむるあはれ女の魂のなげいだされしうつくしさかな

「なげいだされし」でぎょっとする。しかも彼女は眠っている。とするとそこに投げ出されているのは女というよりは女体である。ああ、ボク、セクハラしちゃいそう。
しかし、彼は彼女を「うつくしい」と思い「あはれ」を感じ、踏みとどまる。

と、そんな妄想を抱かせる歌である。あるいは、同棲している彼女と仲違いして不貞寝をして夜半に目覚めると隣に寝ている彼女を「あはれ」と感じ仲直りしようと思う。
などという情景を想像させる歌でもある。

要するに写生ではないのである。眠る女のあはれと美を抽象的に描くのみだから、読者はいかようにも想像してしまうのである。これに対して、昨日の茂吉の白桃の歌を想起されよ。あの歌で茂吉は、白桃をではなく白桃に対する自己の思いを「ただひとつ惜しみてPhoto_69 置きし」「食ひをはりけり」と具体的に写生している。夕暮はそこを「あはれ、うつくしさ」で済ませてしまっているのである。

政治は具体的総括、そして、歌は実相観入。対象を、あるいは対象に対する情念をいかに具体的に描くか、それが勝負である。

最後に茂吉の歌をもう一つ引く。団塊の世代に(自戒を込めて)実相観入エールとしたい。

 ゆふされば大根の葉にふる時雨いたく寂しく降りにけるかも

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2006年8月 9日 (水)

斎藤茂吉

自分のブログを開いて以来、ブログの面白さを一味違って味わえるようになった。事実は立体的だから見る人の角度によって一つの事実でも異なって見える。それまでは単なるPhoto_67 日記やないかと軽視していたブログも開設者の立場に立つと、違う姿で見えてくるのである。それは、一言で言えば、ブログを通してその人が見えてくる(エラソー!)ということである。
だから、ネット検索する際にもWEB一般とブログを切り分けて検索できるヤフーを最近は重宝している。下のリンクは「実相観入」でブログ検索して出会ったものだ。

さて、今日の歌人は斎藤茂吉。日本近代短歌史上、最大の巨人である。

 ただひとつ惜しみて置きし白桃のゆたけきを吾は食ひをはりけり

歌の鑑賞に入る前に一言、茂吉は相当の食いしんぽだった。だから「ただひとつ惜しみて置きし」という措辞には切実な情念があることを理解しておきたい。そして第三句(57577の7)を「ゆたけきを吾は」と敢えて句割れ(ゆたけきを/吾は)にして声調を破っているところに、桃に対する執着が表れていると思う。
歌意は単純(一見)。ひとつ残して置いた白桃を(食欲に負けてしようがなく)食べてしまったが、なんと旨かったことよ、とただそれだけの歌である。こんな、ただごと歌(内容のない歌・感動を覚へない歌)が短歌かよぉ、という声もあるだろう。
しかし、巨人茂吉が単純に写生に徹したのみの歌をつくるはずがない。そこで、実相観入=実相に観入して自然・自己一元の生を写す、の登場となる。作者が写生を通じて自然・自己一元の生を表現しようとしているのだから、読者もそのつもりで読まねばならないのである。

ここで問題。この歌で、茂吉は自然・自己一元の生の何を歌おうとしたのだろうか。そして「白桃」は果たして何の隠喩であろうか。俺には答えがあるが、もう紙幅に余裕が無くなった。

ところで、カラオケ歌俺も写生に徹しようとして作った歌があるが、実相観入の足元にも及ばず。だけど見せたがりなものだからここで引いておく。

 店員をスタッフと書き募集する貼紙ありて店繁盛す

歌の三要素は、措辞(レトリック)・声調・厚み。カラオケ歌屋さん、精々精進しなはれ。

追記:四宮さん、はじめまして。「ただごと歌」で検索したら四宮さんの「名歌鑑賞」に出会いました。拝読して大変参考になりましたので勝手ながらリンクを張らせて頂きました。ブログでコメントしようとしましたが不可のようですので、トラックバックしました。どうもありがとうございました。

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2006年8月 8日 (火)

凶暴化社会到来の不安

自然が凶暴化するという話題はかなり以前からあるような気がする。考えられない集中豪雨、ハリケーン災害などなど、地球温暖化が原因と言われて久しいが。Photo_65
そして更に問題なのは、社会も凶暴化しつつあることのようにも思う。

その1:親殺し・幼児虐待等陰惨事件頻発の一方で、例の19歳ボクサー父子物語のマスコミでの持て囃され方、異常露出。亀田父がテレビでやくみつるを恫喝したそうな。
親になったことがないから説得力に欠けるが、これらはいずれも伝統的な親子関係が崩れつつあることの証左であるように思う。家父長制度/家の解体→核家族幻想の成立→核家族の崩壊と並べると、家族関係の凶暴化とも表現できる。もちろん、凶暴化している家族関係はほんの微小数だろうが、メディアの伝染力はそれを拡張記号化伝播するから問題である。
その2:排外主義の高まり。犯罪国家北朝鮮及びそれを支援する中韓という格好の悪玉が存在するお陰で大和魂復活。チョーセン、チャンコロにいいようにやられてたまるか、と煽る人々。自らに自信がないこと及び被害者意識が裏返しとなって過剰な優越意識となって肥大化する怖さ。

家庭にも近隣にも会社にもそして社会にも安住感を持てない人たちが声高に民族を、文化を、国家(権力・権威・強制)を誇る凶暴化社会がやって来るのだろうか。せっかく安穏な老後を迎えられると思っていたのに、団塊の食い逃げ許さじ、ということか。

戦争が無いだけまだまし、から始めよう。無数のヒトラーたちと対峙する時代がやって来た。

  権力と権威・強制嫌ひなり努力もせずにまた夏が来る

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会津八一

子供の頃から「自分」が不思議だった。なんで俺はここに生まれて来たんやろう、どうして俺は俺なんだろうなどと。そしてまた、他人はこんなことを考えるのだろうか、なんにも喋らずなんにもしないでいるときみんなは一体何を考えているのだろう、というのも疑問だった。
こんな不思議をある人に言ったら、「変わった子やったんやねえ。そんなこと思いもしなかったわ」と返された。うどん屋の一人っ子で育ち、一人遊びをせざるを得ずまたそれが好きだったという生い立ちに理由があるのかもしれない。

さて、今日の歌人は会津八一。かな表記の歌と書で有名な歌人である。

 あめつち に われ ひとり ゐて たつ ごとき
             この さびしさ を きみ は ほほゑむ

「天地」→「我れ一人」→「君」と視線が移動することによって歌に厚みが形成され、「さびしさ」と「ほほゑむ」とが対句をなして格調をもたらす。声調はというと、二句切れ(575・77ではなく57・577で切る手法)がリズミックな気品を醸す。格調・声調・厚みの三要素が打ち揃った口吟すべき名歌である。
「ひとりゐてたつごときこのさびしさ」とは、(哲学っぽい言い方を借りると)実存の寂寥感とでも表現すべき孤独感であろう。では、これを受けて微笑している「きみ」は誰であろうか。特定の人間(女性?)、いや、神、などと想像は広がるが、やはり、ここは仏であろう。人間だとすると微笑だけでは物足りなくなるし、神は絶対的に沈黙を貫徹する(イエスが十字架にくくりつけられても神は沈黙した)からである。そして仏の微笑というと俺は弥勒菩薩の微笑を思い起こすのである。Photo_64
なに、一人がさみしいって。ふふ、いつまでもこどもやねえ。そんなのあたりまえの話なのに、オバカな子。と、菩薩は微笑のうちにおっしゃっていると思うのである。

人生に生まれて来た理由とか生きる意味は無い。ひたすらに生きて生きる歓びを味わうべし、それが生きること自体なのだから。ほら、そこのうどん屋の子、わかった?

 エロスより出でてエロスに環り来む意味を求めてめぐりし後に

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2006年8月 7日 (月)

体重リストラ宣言

ああ、遂にやってもた。いちびりやからやるだろうとは思っていたが。Photo

 我が腹をブログに公開宣言す「今年の内に80kgを割る」

昨日のプール体重は86.2→85.6。朝Walkサボリ、何もせずに山梨桃狩りドライブの罰があたったのである。

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与謝野晶子

「あなたの知らないルーヴル美術館」というシリーズをBSがやってくれている。ルーヴルのPhoto_59 成り立ちから作品紹介、背景等、面白くてためになるルーヴルガイドである。
そして先日放映された第三回が大収穫だった。20世紀になってようやく発見された幻の名匠ラ・トゥールに出会えた。今日までに伝わる作品数は40余りと少ないらしいが、「大工の聖ヨセフ」1645が圧倒的名品である。日本に来たことがあるみたいだけれど、実物で見たかったなあ。いや、巴里にまた行こう(株で儲かったら)。今度はゆっくりとルーヴルを見たい。

さて、今日の歌人は与謝野晶子。紹介したい作品が沢山あるが、ここはおのれの立てた原則を遵守して一作だけを厳選する。

 清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき

清水・祇園・桜月夜という三点セットだけでこの歌の成功は約束されたようなものだ。そして、「こよひ逢ふ人みなうつくしき」が読者の想像をくすぐる。幸福感でいっぱいなんだろうなあ、作者は。なんでやねん、桜月夜だけが理由ではあれへんやろ。そうか、「こよひ逢ふ人」やなあ、逢い引き(デートなどというカタカナよりはよっぽど美しい)に行くから彼女はときめいている、だから通りすがりの人みなが美しくみえるんや。ええなあ、お裾分けをチョーダイ。

夜は光と影が織りなすモザイク模様。人類はいったいいくつの夜を経験し通過したことだろう。光と影、色と形に美の根源がある。イエスと出会った大工聖ヨセフ、鉄幹との逢う瀬に急ぐ晶子にもそれぞれの夜があり、美と苦悩があったと思うのである。

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2006年8月 6日 (日)

窪田空穂

昨夜のBSにっぽんの歌熱唱ひとり舞台は堀内孝雄。聴きながら、谷村新司との距離をあPhoto_57 らためて思い、両者をわかりやすい比喩で対比できないかと考えた。思いつかないまま寝床に入り今朝例によって早く目覚めたら「うどんvsパスタ」という適切な比喩が浮かび、醤油味とバタ臭さの対比はなかなかのものだなどと自画自賛しだしたら起きてしまった。Wikipediaを見ると堀内孝雄の「実兄は奈良市でお食事処を経営」とある。さもありなむ、堀内孝雄の家業はもともと食堂ではなかっただろうか。

さて、今日の歌人は窪田空穂。昨日の水穂よりはポピュラーな歌人だと思う。

 鉦鳴らし信濃の国を行き行かばありしながらの母見るらむか

「鉦(かね)鳴らし」と「信濃の国」の取り合わせに絵画的妙味がある。言葉は字面だけでは存在せず、言葉には我々が生まれ育ってきた過程で獲得してきた、字面から広がる連想イメージ(=ここでも奥行きと表現しよう)があるのである。
そして声調を整えるための「行き行かば」というリフレイン。最後は「ありしながらの」で亡母に対する作者の思いを間接的に、それ故に強く、読者に訴求するのである。
やはり短歌は、言葉の美(訴求力)と声調と奥行きが三要素であると自説に持ち込もう。

ところで以前誰かに「おまえの短歌はカラオケ短歌やね」と評された。これは核心を突いた評であって、実は俺は短歌以前に歌舞伎町でカラオケスナック遊びに凝った時期がある。カラオケ演歌を練習極める過程で詞→詩/短歌に目覚めたのではないかと自分では思っている。
だから俺の短歌は俗。醤油味である。そして(声調は置くとして)言葉の美と奥行きを欠いている。これを基本的技能の修練で補う必要があるのだ。谷村新司流のキザっぽい味は俺には不似合い不可能だから。あ、俺は田舎町うどん屋の息子であった。

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2006年8月 5日 (土)

カメラ付携帯ようやく購入

先日、ようやくカメラ付携帯電話に買い換えた(家人使用機器。俺は蟄居中だからPhoto_56未だカメラ無し)。ドコモショップのオネーチャンに相談しながらの買い物である。オネーチャンに写した写真をPCに送るとどのくらい通信料かかるの?と訊いたら約23円という返事だった。帰宅して試し撮りをPCにメール、受信ファイルを開いて満悦した。
ところが、根っからのしぶちん我は、アホラシイなんで数十センチの距離でネット転送せにゃあかんのだ、と疑問を抱き携帯のマニュアル見ればミニSDカードでPCとやり取りできるようだ。

そこで暑い暑い今日は小避暑行もかねて聖蹟桜ヶ丘さくらやへ。携帯売り場のオネーチャンにミニSDカードについて教えてもらい、価格他概略判明し問題は我がPCにカード受け口があるか否かに移った。とんかつ食べてご飯味噌汁キャベツお変わりして帰宅→読書昼寝となる。

目覚めた後にNECHPアクセスして我がパソコン仕様検索→我が初級品PCではPCカードアダプタ必要と判明。これでも一度さくらやオニーチャンに確認しながら必要機器購入で きる状態になって安心となる。それでも実際購入するのは少なくとも半年後だろうなあ。

 カメラ付携帯購入嬉しくて我がウエストを記念に撮れり

84キロ台突入記念写真である。PCカードアダプタ・ミニSDカード等購入したらアップの所存。

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朝Walk一首

 先物をやつているとは知らぬまい多少の秘密あるは嬉しきPhoto_55

家人(いっぺんこの言葉使うてみたかった)は知りません。それが嬉しき大暑かな

ところで昨日のプール体重85.2→84.8。初の84台突入、順調に下げる体重大暑かな

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太田水穂

もう何回目だろう観るのは、でも冥土の土産にDVD永久保存しようと思い録画、録画すれば観る、観たら泣く、それが幸福の黄色いハンカチである。Photo_52
健さんがいい、カッコいい、というか、筋の通った寡黙な男らしさ→凛々しいのだ。出所して初めてビールを飲むシーンからラストに至るまで「男は黙って」物語るのである。そしてまた、何回も観ているのに映画的発見がある。ああここはこういうアングルから撮るんだ、こんなカットにするんだ、と思う。健さんと千恵子の再会はロングで撮っているから余計に観客に想像力発揮を要求する。映画の面白さをあらためて認識する名画である。戦後映画最高傑作である。

さて、今日の歌人は太田水穂。あまりポピュラーな歌人ではない。不勉強な俺もよく知らない。

 もの忘れまたうちわすれかくしつゝ生命をさへや明日は忘れむ

上句「もの忘れまたうちわすれかくしつゝ」で畳みかけ、一転、下句「生命をさへや明日は忘れむ」と転じて悲哀感で閉じる歌である。また、「わすれ」の三回繰り返しが声調の背骨となっている。言葉の格調美、声調、奥行きの三要素が揃っていると思う。

この歌を選んだのには、85歳要介護1姑との同居体験がある。要介護というと世間的には認知症がかなり進んでいると思うだろうけれど、ところがどっこい、表面的にはしっかりしているのである。人の話もちゃんと理解できるし話すことも「賢げに」筋が通っている。また、おかげさまで自分の足でトイレにも風呂にも行ける。
ところが、短期記憶がダメ。例えば、朝、何を食べたかは当然、食べたか食べないかも覚えていないのである。また、曜日、月日の感覚も無い。新聞(日経!)は一応目を通しているみたいだけど、多分あれは読んでるフリ、字を眺めているだけだろう。

短期記憶が衰えるということは、生きる意欲にも影響するのだろうか。意欲的に自分から何かを楽しんで暮らそうということもなく、週5回お迎えに来てくれるデイサービスだけが楽しみのようで、「行くところがあって幸せ」と行っている。毎日何度もカレンダーを確認してお迎えを待っている。これが85歳の普通の老人の日々である。

生命(いのち)は歌に生まれ人を愛し別れを経験し、ときには(映画のような)劇的再会もあって最後は歌に死ぬ。しかし問題は(幸いに長命すると)「生命をさへや明日は忘れむ」呆心の日々があることである。あ、本人はなにも感じていないかもしれない。

かにかくに姑は俺の先生なりき。今日のBGMはミケランジェリのショパンであった。

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2006年8月 4日 (金)

朝Walk短歌二首

暑いけれども今日はプールの日だけれども84キロ台目指してWalking。

 株式の板眺むるはパチンコをしてる気分になるのは何故かPhoto_50

遠き昔日、ウメシン(梅田新道)の名曲喫茶「日響」で長時間粘り、パチンコをする日々ありき。今はパソコンでバッハを聴いて先物の板(売買注文及び約定状況ボード)を眺めるなり。なんや、なあんにも変わってないやんか。

では、うえの歌に対する返歌(のつもり)。

 長引ける梅雨が明ければ盛夏来てあなたまかせの四季は過ぎ行く

これには本歌あり。

 所有するなにものもなく愛恋の憶ひは持たず過ぎゆくは秋

日経歌壇一等賞(唯一)。岡井隆さんが「二重否定が清々しい」と評してくれたのを今でも覚えている。我が勲章なりき。

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与謝野鉄幹

いかんなあ、二時過ぎに目覚めてしもた。なんかストレスあったっけ。オーバーナイトしたミニ先物3枚しか思いあたることはないぞ。

さて、今日は与謝野鉄幹。馨大臣(密かに私がポスト小泉に擬している政治家)の祖父です。鉄幹へのリンクも馨大臣のHPに敢えて張りました。

 われ男の子意気の子名の子つるぎの子詩の子恋の子あヽもだえの子

有名な歌です。「子」を七回も繰り返す破調の歌ですが、調子(リズム)はよく、「もだえの子」でオチもついています。
音楽の三要素はメロディ・リズム・ハーモニーですが、短歌の三要素をこれになぞらえると、言葉自体の美しさ・調子・奥行きとでもなるでしょうか。昨日の信綱の歌「行く秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一ひらの雲」でいうと、歌全体が格調美を備え、定型が調子を整え、大和の国→薬師寺→一ひらの雲というズーミングの妙が歌の奥行きを形成しています。
これに対して鉄幹のこの歌は、調子は破調ながらよいのですが格調高いとはいえませんし「あヽもだえの子」はナマすぎるともいえます。そして、歌は一直線で奥行きは感Photo_44じません。
しかしそれでもこれは名歌です。愛唱できる歌です。それは、自意識が強い人間一般(特に俺)に通じる悲哀を湛えつつ一種の昂揚感をもたらすからです。
そんな鉄幹を晶子は生涯、恋しました(愛というよりは恋でしょう)。だから鉄幹の死に際してこんな歌を残しました。

 筆硯煙草を子等は棺に入る名のりがたかり我れを愛できとPhoto_45

そういえば、渡辺淳一に「君も雛罌粟(コクリコ)われも雛罌粟(コクリコ)」が ありました。ボク、渡辺淳一がワリと好きです。あまりにエロっぽいのは歳の所為かついていけませんが。

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2006年8月 3日 (木)

佐佐木信綱

プール・ウォークしていると(何故か)歌が浮かぶ。

 艶っぽき女の声が実況す鉄火場相場乱高下してPhoto_41

ストボ竹矢宣子(たけやのぶこ)さんの声が好きだ。カレン・カーペンターを思い出させる甘いアルトである。ストボにも何回か「セクシーです」と投稿して、ほとんどボクはビョーキかもしれない。

さて、歌をもう一度読み直そうと思う。高野公彦編「現代の短歌」(現代歌人105人のアンソロジー)をテキストにして、気ままに一首ずつ拾っていくことにした。短歌のサイトと謳っているのだから俺もビョーキに甘んぜず勉強しなくっちゃ。

第一回は佐佐木信綱。信綱といえば、教科書にも載っていたこの歌である。

 ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一ひらの雲

「行く秋の大和の国」で大きく空に拡がった視点は、「薬師寺の塔」にズームして、更に「一ひらの雪」に焦点は定められていく。そんな視点の移動/ズーミングの面白さを感じさせてくれる歌である。そして、視点の移動を味わった後に音楽(例えばヴィヴァルディ)が聞こえる。名歌は音楽を伴うのである。いつかこのズーミング手法を使ってみたいな。
そうそう、「ひとひらの雪」なる小説があったが、きっとこの歌に触発されたネーミングだったに違いない。 

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2006年7月28日 (金)

ブログ開いて一週間

相場を見ていてあまりの閑況に作ってみようかと思いつき、作るんだったら今のところ株主でもあるし当然ヤフーと試作して見たが、そもそもアバターなるものが気に入らない。その上、改行方法がわからない、数時間ああでもないこうでもないと格闘したけどわからない(無能だけど執拗なのだ、ボク)。あほらしか、とココログがすんなりEnter、Shift+改行できたので乗り換えて、ブログ開設。Photo_14
熱中症なのでここまでで書いた記事が52本→アクセス解析もお陰さまで予想外まずまずの結果。記事にグーグルから画像を引っ張ってきているのが著作権ちょっと心配、しかしよそでも承諾無し引用ありそうなので(あ、赤信号みんなで渡れば怖くない→いかんなあ)と思いつつ積極的広告も載せてないので許されるだろうと勝手判断。トラックバックのなんたるかも分かったし、ブログランキングも人様のブログを見る回数も増え、見る角度も変わった。

現場で現物を現実に見る(三現主義)。事実は立体、見る角度によって○も□に見える。やってみなければわからない、開いてよかったあ、が実感である。前のホームページ「ビジネスと思索と短歌のサイト」はプロバイダー乗り換えと同時に消滅したが、このブログは俺が死んでも暫時は残るだろう。墓碑銘ともなり得る、と思ったりして。

さてところで、昨日のプール体重:85.6→85.2と順調。

 薔薇のごと乙女らプールに打ち揃ひ水中散歩の蕾が開く

白昼夢だったか実像だったか、電車でも女性しか眼に入らなかったするもんね。

 ウエストが締まれば目立つ贅肉が削いでくれよと泣き顔をする

NYも何事も無く、今日の兜町には(ポスト小泉政権を先取りして)昨日以上の自主性を発揮して欲しいな。日本の未来は(暗くなるまでは)明るいのだ。

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2006年7月27日 (木)

モジュール式短歌の奨め

プール通いは原則、二日に一回にしているのだが、昨日は新安値が出そうな気がして一昨日に続いてプールに行った。
予想通り新安値が出てニッコリ、帰宅して風呂に入ってビールをごくり。これがタマラヌ、無上の喜びである。そこで一首。

毎晩のプール上がりの缶ビール幸せといふは満ち足りにあり

実はこの歌には俺の旧作本歌がある。

おのずから涼しさ溢るる秋あした満ち足りといふは日常にあり

この歌の下の句「満ち足りといふは日常にあり」をもっと一般化して「幸せといふは満ち足りにあり」に変えて、これを共通モジュールとすれば短歌をラクチン製造できるなあ、と思い至った。例えばPhoto_23

かあさんが作る手料理おいしいな幸せといふは満ち足りにあり
この辺で手を打てばよし十人並み幸せといふは満ち足りにあり
愛してるあなたの貰う年金を幸せといふは満ち足りにあり

てな具合。俳句の「根岸の里のわび住まい」と同じ趣向だ。参考になったかな。

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思い出の1999年

おっちょこちょいもあったし、会社と飲み屋と家のトライアングル生活に飽きていたのもあった。だから会社が初めて優遇特典付早期退職を募集した時に「いざ海へ」力んPhoto_22で27年半勤めた会社を辞めてしまった。1999年9月末のことである。このままぢゃ、俺は立ち腐れてしまう、という実感もあったし、その判断は間違ってなかったと今でも思う。
過去の人脈とは切断したところで仕事を探した。ベンチャーに仕事を頂戴したりしているうちに、今ではJQ上場している某社のジョイント支援を受けてネットベンチャーを起こした。ベンダー選定失敗と俺の根性無さが原因でネットは失敗。失意の時間を過ごした後にベンチャー営業を半年でケツ割り。

愛といふ不可思議なもの胸に抱き喧噪の街今日も歩めり

結局俺にはなんにも無いんだと実感して、ある資格試験に挑戦し、現在に至っているが、この試験、今春は2ポイント不足で第一関門また通過できず。
これに先立つ3月にパソコン買い替え/ADSL接続したら案の定ネット取引に嵌る。5~6月暴落で多大な含み損抱えても飽きもせず継続、その上ブログまで開設するとは。

アホやなあ、死んでも直らぬわ。

甘き蜜外に求めて飛び出せば苦き米食み蟄居となれり

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強欲な願い

百歳で呆けず居りたし無能なる半生過ごせる吾ならばこそ

「おかあはん、あんた強欲やでえ」と指摘したら随分怒ったな、亡母は。俺も強欲である。百まで生きるかどうか判らぬのにその上注文を付けるとは。 Ny

昨日のプール体重は86.2→85.4。順調な下げである。

ところでNYはどうする東京、と投げかけている。CMEも14980だ。これで上げなきゃオトコが立たぬぞ。

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2006年7月26日 (水)

歌メモ

甘き蜜外に求めて飛び出せば苦き米食み蟄居となれり

  ウォーキング中に浮かんだ。とりあえずメモ/詳細は後日。

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2006年7月25日 (火)

忘れ得ぬ1995年

PC立ち上げて、ブログ・アクセス解析を確認した後にナスダウを見る。 Photo_4
おっ、大幅高やんけえ。今日は得難い利食いチャンスという認識で相場に接しよう。

それはさておき、ちょっと昔話。1995年は社会的には阪神大震災、地下鉄サリン事件という二大事件の年だった。地下鉄サリンの時は沖縄で仕事上トラブル囚われ人一週間だったなあ。あのトラブルが無ければ日比谷あたりで事件に遭遇していたかもしれなかった。
ところで、この年は俺世間的にも二つのイベントがあった年だ。

一つは、俺の短歌元年。その数年前から新聞歌壇はわりと見ていたのだが、見よう見まねで実作・投稿にに手を出した年だ。朝日と日経の勝率比較予想して日経に投稿を始めたら、思いもかけず、岡井隆さんにすぐ採ってもらえた。Photo_15

仕事とはものつくることの喜びぞ流れ流されるな「秀才」の君

それから中毒症に拍車がかかった。通勤の行き帰りにも57577を指折り数え、当時所有していたザウルスなどに浮かんだ歌をログしたり、入門書・歌集・雑誌もよく読んだ。
しかしながら、

我が歌の泉は涸れて凡作を転がし遊ぶ夏の夕暮れ

状態におちいり、いつか歌を忘れたカナリアとなった。
そこに、この春から株を本格化したら「歌、蘇る」となり、遂には「株と思索と短歌のサイト」ブログを始める始末だ。いつまで続くかとも思うが、根性無けれど根気はあるぞ、だからずっと継続する可能性も高い。

もう一つはネットワーキング元年。1995年はパソコン通信を始めて土曜日の各駅停車なるハンドルで駄文を分泌まきちらし始めた年だ。当時、まだPCではなくソニーのワープロでダイアルアップ通信を使っていたのだった。
そして98年にはPC購入、ホームページ「ビジネスと思索と短歌のサイト」を開設、インターネットにパソコン通信分泌物を展開し始めた。なんだ今のブログと基本的に同じネーミングではないか。
ところが、この春に8年間使用継続したPCが遂にお釈迦となる。PC買い替えを機会にADSL接続したら(予想通り)ネット株にはまる、ストボにはまる、ブログにはまる、となって現在に至っている。

ああ、俺にはするべきことが他にもあるのに今日も未明からせっせせっせとカキコしているのである。そんなこんなで1995年は、生涯で忘れ得ぬネットワーク短歌元年であった。

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2006年7月24日 (月)

デイサービスと下げ相場

デイサービスに姑見送り株見れば下げ幅拡大顔は下向くPhoto_14

姑「行くところがあってよかったわ」
俺「そやろ。月火水木はふくろう、土は白楽荘やでえ、これで言うのは十度目や、わかったあああ?」
姑「わかった」

姑85歳。まさか同居するとは思いもせなんだ。要介護1、俺の先生である。

さて、俺はひたすら音楽を呆然聴き居る時を過ごしているだろうか。

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人を愛しても信じはしない

mixi中毒症というのがあるんだそうな。
SNS(ソーシャルネットワーキングサイト)「mixi」で頻繁に日記を書き、多くの「マイミク」と交流している人が、コミュニケーションに疲れ切ってmixiを突然辞めてしまう――「mixi疲れ」とでも呼ぶべきこんな“症状”が、一部のmixiユーザーに見られている

SNSで日記を書き続けることについて、相手にも自分にも過剰な重荷を背負わせてしまって結局は疲れてしまってポッキリ折れてしまう。
あるだろうなあ、そんなこと、と考えていたら突然、昔のことを思い出してしまった。

飲み屋で職場の先輩と飲んでいて何かの拍子で「人を愛しても信じはしない」と呟いたら食って掛かられた記憶。「**くーん、さみしいよ、そんなのぉ」

でも今でも俺は信じている。信じたら裏切られるというのもコワイけど、信じたら相手の負担になる。だから俺は、人を愛しても信じはしない。Photo_12

人嫌いニートは今に始まったことではないんだなあ、とわれながら改めて思う。
そして、ブログ中毒症もいつかは覚める。なぜなら俺はすぐに飽きるのだから。

なだらかにつづく坂なり飽かずしてのぼりて行かむアヂサヰの花

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86.2→85.6

標題は昨日のプール体重である。揉み合いを脱して健全下降トレンドに入っPhoto_11たかな。
80を切れば中性脂肪対策薬を止める約束を女医さんと交わしているのだが。

サンダルをペタペタさせてプールへとリュック背負えば山下清

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2006年7月22日 (土)

ファド@ミージア

BSライブチヒ・ガラをも一度聴き直す。ファドがええなあ、これはポルトガルの演歌やんかあ、と感じつつ歌手の名前を今日はしっかりと把握した。

ミージア→「ミージアは、生まれはポルトガルのポルトだが、独裁政権の崩壊時に母Photo_5の郷里スペインへと旅立つ。以来スペインを中心として活動し、この地でファドを歌うようになる。」と勝手引用ゴメン(アマゾン@カスタマーレビューより)。
早速図書館にインターネット検索/リクエスト→あったあった「リスボン・センチメンタル」。これをPCに入れてユーミン等と混合配合カスタムCD作成し車で聴く快楽よ。

ネットにてCD手配PCで混合配合作る欲望聴く快楽

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時を刻む

嫁が居ぬ束の間吾はテレビ聴きブログ読み書き時を刻めり

今日の午後は嫁が勤めに出て留守。これ幸いと俺はビデオで音楽楽しみながら世の中(ブログ)を眺める。Photo_4

人間は好きだけれども他人(ひと)嫌い碌な終焉無いぞなモシ

ショスタコービッチ@ピアノ協奏曲第一番第二楽章に痺れた。冷たいユーモア漂うニヒルな緩徐楽章がたまらぬ。

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87.2→86.8

2時半に目覚めてしもうた。嫁に叱られはしないかとビクビクしながら起きている。
夜は酒を飲む。飲んだら眠くなる。眠くなるから昨夜は10時過ぎにはもう床の中。そしたら2時半に目覚めてしまう。我(老人)が身体の摂理であろうか。

六時間眠れば覚める我が仕掛け検査入院夜明け待ちをり

ところで近頃若くして亡くなる方が気になる。橋本龍太郎68歳、岩城宏之73歳、宮田征典66歳。おいおい俺の寿命もあと10年かなどと思ったり、タバコを止められてよかったこれだけが早期退職の功徳だなあと考えたりする。

責任は65、目標は80、そして理想は100。百歳でのど自慢に出て鐘を鳴らすのが夢であるのだが。さて、神は我にいかなるいのちを与えしか。Mm20060713225211082m0_1

エロスより出でてエロスに環り来む意味を求めてめぐりし後に

標題は昨日のプールでの体重。去年12月から通い始めたのだが、このところ下げ止まり揉み合いである。確実に2キロは削減、もう一段の下げを期待しているのである。

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2006年7月21日 (金)

大引け

なにごともなくなにもせずまたなにもできず本日も終了。
これで三連休。来週決算発表で盛り上がりは→期待できないだろう。
ブログ更新と読書の日々は続く。

渇かざる心を抱きて生きたかりなにごともなくなにごともあり

キャッシュなし何をするにもネタがなししようがないからブログを作る

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